悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

文字の大きさ
48 / 72
第5章 魔塔の魔術師

第48話 変化

しおりを挟む

 目を瞑っていたけれど、確かに感じた吐息。
 柔らかい感触とともに、唇から感じた熱と痺れ。
 それを思い出した瞬間、リシェリアは熱くなる頬を押さえて頭を振っていた。

「リシェ、どうしたの? 怖いんだけど」

 学園に向かう馬車にはリシェリアのほかにもう一人乗っている。ヴィクトルだ。今日は朝練がないからと、一緒の馬車で登校している。
 彼は突然頭を振ったリシェリアに、奇異なものを見る視線を向けてきた。

「な、なんでもないわ」
「ふーん。そういえば最近……」
「どうしたの?」

 言いかけた言葉を止めたヴィクトルに問いかけると、彼は開けかけた口を閉じてからもごもごと呟いた。

「なんでもないよ」

(なんだろう?)

 疑問に思ったものの、リシェリアは揺られる馬車の窓を見つめ続けた。脳裏にはまた芸術祭二日目のあのシーンが浮かび、再び頭を振って追いだした。
 あれからもう一週間は経っているというのに、どうして消えてくれないのだろうか。


 王立学園の校門に着いて馬車から降りると、先に降りていたヴィクトルがなにやらキョロキョロと周囲に視線をやっている。

「どうしたの?」

 問いかけると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした後に首を振った。

「何でもない」
「ヴィクトル、今日は少し変ね」
「リシェには言われたくないよ。芸術祭のあとからおかしいだろ」
「そんなことないわ。普通よ」

 ジト目を向けられるが、リシェリアに身に覚えはなかった。いつもと変わらないように過ごしているつもりだからだ。

「ふーん。二日目の劇の後から、おかしいと思うんだけどさ。……そういえば劇でキスシーンがあったよね?」
「っ!? え、そうだったかしら」
「……その様子を見ていると、やっぱりあの時、何かあったんじゃないの?」
「べ、べつにぃ。何もなかったわ」
「ふーん。まあ、良いけど。それよりも芸術祭のあとから……やっぱりいいや」

 また何か言いかけたヴィクトルが言葉を止める。
 気になったが、いつまでも校門の前に立っているわけにはいかない。他の生徒たちが好奇の視線を向けてきていることもあり、リシェリアたちはとりあえず教室に向かうことにした。


 芸術祭からもう一週間が経っている。すっかり落ち葉が増えてきて、秋も終わりに向かってることを教えてくれる。
 そんな中、王立学園の一年生の間には、芸術祭の時とは違う活気に満ちていた。おそらく近いうちに開催される行事に対する期待からだろう。

 芸術祭のあとの一年生には、とあるイベントが待ち受けている。
 その名も、『魔塔ツアー』だ。
 一年生の中でも魔法の授業を選択している生徒や、魔法に興味のある生徒たちから選ばれた生徒たちが魔塔に見学に行くことができる。特に将来魔術師を目指す生徒にとっては喉から手が出るほど欲しいチャンスで、ゲームでも選択として出てきていた。

 ゲームでは、この選択によってヒロインの運命が決まる場合がある。
 特にケツァールのルートを進む場合、この選択は吉となる場合もあれば、凶になる場合もある。
 なぜなら魔塔はヒロインの能力を前々から狙っていて、隙あらば捕まえようとしているからだ。夏休み中に起こった誘拐のイベントも魔塔の仕業だったとこのルートで判明する。

「もう募集は始まっていて、そろそろ希望の参加者の名前が張り出されている頃かしら」
「――魔塔ツアーのこと?」
「うん。ヴィクトルは参加するの?」
「いや。ぼくは特に興味がないけど。選択科目は剣術だしね」

 ゲームの場合、ヒロインが参加するときにヴィクトルも仕方なくついていくよという台詞があったぐらいで、魔塔ツアーにはほとんど参加していなかった。
 リシェリアも参加するつもりはなく、ルーカスも参加しないだろう。

「あ、張り紙があるね」

 ちょうど生徒が少ないことから近づいてなんとなく参加者の名前を確認する。クラスメイトの名前を見つけて、ふと下の方を見ると、そこに信じられない名前が載っていることに気づいた。

「え、なんで?」

 リシェリアの呟きに反応したヴィクトルが、同じところを見て眉を顰める。

「アリナさん、参加するんだね」
「うん。でも――」

 アリナが参加するなんてありえない。だって彼女は、ヒロインにはならないと言っていた。だから今回の魔塔ツアーにも参加しないものだとばかり思っていた。
 それに魔塔のツアーに参加したら、運が悪いと一生魔塔に囚われたままになることだってあるのに……。

 険しい顔をしていたからだろうか、ヴィクトルが何か言いたげな視線を向けてくる。

(本人に直接聞いたほうがいいかしら)

 そう思ったけれど、最近アリナと会話をしていないということに、リシェリアは気がついた。

「気になることがあるのなら、本人に訊いたら。ちょうど、ほら」

 ヴィクトルの言葉に顔を上げると、アリナが登校してくるところだった。

「アリナ、おはよう!」

 呼びかけると、彼女はなぜか首を傾げた後、思い出したかのように笑顔を見せる。

「おはよう、リシェリア。……って、ヴィクトル様ッ!」
「おはよう、アリナさん」

 ヴィクトルが挨拶をするより早く、アリナが頭を下げる。

「じゃ、じゃあ、私はこれで」

 慌ただしく走って行ってしまった。問いかけることすらできなかった。

「……やっぱり、おかしいよね」

 ヴィクトルが小さな声でぼやいている。

(おかしいって、アリナのこと?)

 最近顔を合わせていなかったけれど、アリナの様子は前と変わっていないように思える。相変わらずヴィクトルの前だと挙動不審になっているし。

 ヴィクトルはため息を吐くと、教室に行くからと先に歩いて行ってしまった。

(変わったことといえば、アリナよりも……)

 ここにいない、ある人のことを思い出す。
 金糸のような髪に、エメラルドの瞳を。

 最近あまり「挨拶」をしてくれなくなった、婚約者のことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...