悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

文字の大きさ
63 / 72
第6章 エンディングに向けて

第63話 黄色のドレス

しおりを挟む

「え、ダミアン先生がいなくなったの?」

 ヴィクトルからその話を聞かされたのは、帰りの馬車の中だった。
 どうやらヴィクトルは、ケツァールと連絡を交わし合う仲になっているらしい。
 
「うん。朝――ケツァール先輩から呼び出しを受けてね。それで聞いたんだ」

 王室が魔塔の調査に入る前に、それを察したのかダミアンは魔塔から姿を消したらしい。ケツァールも独自に探しているが、まだ見つかっていないそうだ。

「そう、なのね。それで、ミランダさんは?」

 ダミアンのことだ。ミランダも一緒に連れて行って、また何か企んでいるかもしれない。
 そう思ったのだけれど、ヴィクトルは落ち着いた顔で首を振った。

「リシェが考えているようなことはないよ。ミランダさんは無事。というより、重要参考人として王室に保護されているんだってさ」

 魔塔の地下を告発したのがミランダだった。ケツァールも手伝ったそうだが、彼は目立つのを嫌って名乗り出ていないらしい。
 ケツァール自身も学園に入学する前に魔塔から逃げ出していることから、今回の魔塔の騒動とは関係ないところにいる。ケツァール自身、魔塔には嫌な記憶しかないから関わりたくないと思っているのだろう。

「とりあえず気をつけてだって。もしかしたらまたアリナさんを狙うかもしれないからさ」
「アリナにも伝えておくわね」
「うん、そうして。僕は、まだ避けられているみたいだから」

 アリナは相変わらずヴィクトルのことを避けているみたいだった。
 前にアリナと一緒に話していたところにヴィクトルがやってくると、変な声を上げて去って行ってしまった。そして遠くの物陰から、じっとこちらを見ているのだ。
 その姿を見てさすがにリシェリアも何かおかしいと思ったけれど、普段と変わらないアリナに戻ってホッとしてもいた。

「それで、リシェに聞きたことがあるんだけど」

 ヴィクトルが深刻そうな顔で座席から身を乗り出す。

「あの日からずっと気になっていたんだ。ダミアン先生が言っていた言葉なんだけど――。シナリオとか前世って、なんなの?」

 喉の奥が鳴る。
 あの日、ヴィクトルがいる前でダミアン先生と話していたから、きっといつか質問されるだろうとは思っていた。
 だけど、まだ心構えはできていない。

 ゲームのリシェリアは、ヴィクトルに酷いことをしていた。そんなことまで話す勇気はない。
 いまのヴィクトルはリシェリアのことを家族だと思てくれていて、父からも受け入れられている。この幸せを、壊したくはないと思った。

 じっとした視線から逃れるように、ギュッと握りしめた自分の掌を見つめる。

「……いまは、まだ話せないわ」

 どうにか振り絞った言葉だったけれど、帰ってきたのは「そっか」という軽い声だった。

「別に話したくないなら話さなくてもいいよ。ただ、気になっただけだからさ」
「……ごめんね、ヴィクトル」
「え、なんで謝るの?」
「……なんとなく」

 困惑した様子のヴィクトルを見て、リシェリアは安堵する。
 いまはまだ勇気がない。けれど、いつかは話したほうがいいだろう。


    ◇◆◇


 タウンハウスに戻ると、邸の門の前に大きな馬車が止まっていることに気づいた。
 豪華に飾り立てられている馬車で、なじみのある紋章が付いている。

「あ、あれって、王室の馬車よね?」
「……そうだね」

 隣のヴィクトルの様子を見ると、彼は驚きながらも呆れた声を出す。
 王室の馬車から、綺麗に包装された荷物が運び出されていく。
 荷物を運び終えると馬車はそのまま行ってしまったので、ルーカスが訪問したというわけではなさそうだ。

「お帰りなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま」

 邸に入ると、家令が近づいてきた。

「お嬢様、王太子殿下からプレゼントが届いています」

(プレゼント? こんな時期に?)

 不思議に思いながらも家令のあとについて、別の部屋に移る。
 そこにあったのは、一着のドレスと一通の手紙だった。

『リシェリア。直接そちらに赴きたかったのだが、予定が入ってしまったので手紙で失礼するよ。冬の舞踏会用のドレスを用意した。当日は、それを着ている君をエスコートさせてほしい』

 手紙はルーカスからで、要約するとそのようなことが書いてあった。
 手紙を畳んで封筒に戻してから、改めてドレスを見る。まじまじと見る。

 一目見て気づいたけれど、このドレスって……。

「さすが、殿下だね」

 ヴィクトルがやれやれと言った声を出す。
 ルーカスから贈られてきたドレスは、誰がどう見てもわかるほど、彼の色をしていた。

 金糸のようなやわらかい黄色のドレス。ふんわりと滑らかに広がるそのドレスは、どこかルーカスの髪色を連想させる。
 黄色いドレス自体珍しいものではない。だからリシェリアが着てもおかしくないのだけれど……。

「どうして、私にこのドレスを?」

 建前とはいえ婚約者だからだろうか。でも、地味な格好をしている自分に、似合うとは思えない。

「……そろそろ気づいてあげてよ」

 困惑していると、隣でヴィクトルがため息を吐いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...