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第6章 エンディングに向けて
第64話 しがらみ
しおりを挟む「こうして会うのは久しぶりね」
ケツァールの前にいるのは、嫌いな男と似た顔をした、穏やかながらも少し儚げに微笑む女性だった。
ボサボサだった桃色の髪は魔塔にいた頃よりかは整えられているように見える。いつも疲れていた眼鏡の奥の瞳は、どこか安らかだ。
そのゆとりのある様子に、ケツァールはほっとする。
「元気そうだな」
「ええ。ここの生活は前より快適だわ。毎日同じようなことばかり聞かれるけれど」
女性――ミランダは、重要参考人として保護されているが、それでも魔塔の魔術師であることに変わりない。能力も相まって警戒されているのだろう。
それでもミランダにとって脅威だったダミアンはもうそばにいない。その分、彼女も落ち着いて生活できているのかもしれない。
「今日きたのは、ひとつ訊きたいことがあるからなんだ」
「なんでも言ってちょうだい」
「ダミアンがどこに行ったか分かるか?」
ミランダはすこし考えた後、首を振った。
「わからないわ。魔塔に調査が入るのを知っていたのか、他の目的があるのかはわからないけど、あたしを置いてどこかに行ってしまったの。あたしのことなんて、もう忘れてしまったのかも」
「……そうか。わかった。変なこと聞いて悪いな」
「あなたの質問だもの。あたしは、なんでも答えるわ」
「すまねぇな」
ミランダは長いことダミアンの洗脳に晒されていた。それを解いたのがケツァールだから、ケツァールに恩を感じているみたいだ。
その信頼をむず痒く思いながらも、ケツァールは悪い気分ではなかった。
「ねえ、ケツァール」
「なんだ?」
「いまでも、あの名前で呼ばれるのは、嫌?」
ミランダの問いに、ケツァールは顔を険しくさせる。彼女は失言に気づいたようで、すぐに謝ってきた。
「ごめんなさい」
「……いや、あんたは悪くない。……すまないが、俺は帰る」
「うん、またね。……また、会いに来てくれるわよね?」
「時間があればな」
立ち上がると、別れの挨拶もそこそこに、ミランダが保護されている邸の窓から出ていく。
そのまま屋根の上を飛び、身体を風で浮かせてやってきたのは、首都にある時計塔のてっぺんだった。
魔塔ほど高くはない。てっぺん――三角屋根の上から見る景色は、この国を一望することができる特等席だ。
ここからの景色を見るたびに、どこか自由になれるような気がしていた。
魔塔が潰れてから、その気持ちはさらに高まっている。
このまま風に乗って、どこか遠くに飛んでいきたい。自由な鳥のように、ずっと、ずっと遠くまで。
だけど、まだしがらみが残ったままだ。
「……名前か」
ミランダの言葉とともに――いや、あの名前を思い浮かべただけで、昔の嫌な記憶がよみがえってくる。
あの名前は、ケツァールを魔塔に縛りつけるためのものだった。
だからケツァールは、魔塔から出ると同時に名前を変えることにしたのだ。
誰よりも自由に。
ただ、そうありたいと。
そう思って、自由の象徴である鳥の名前を借りることにした。
もうあの地下に、縛られたままの自分なんて嫌だったから。
『クロード。おまえは私の誇りで、大切な息子なんだ』
優しい声音でそんな名前を呼びながらも、眼鏡の奥の瞳を欲望でギラギラとさせていた、魔術師である父親。
彼はケツァールが産まれた時に、誰よりも喜んだという。ケツァールを産んでしばらくして亡くなった妻のことなど忘れたかのように。
ケツァールは、生まれながらに潤沢な魔力を持っていた。
それを知った血が繋がっているだけの父親は、ケツァールを実験に使うことにしたのだ。
物心つく前からケツァールは魔塔の地下で過ごしていた。
外に出たことはなく、むしろ外の世界の存在すらほとんど知らなかった。
次第に言葉を覚えて、知恵を身につけるにつれて、自分の置かれている状況がおかしいということに気づき始めるまで。
十歳にもなれば地下から出て、魔塔の上階に個室を与えられて、他の魔術師と変わらない生活ができるようになっていたが、それでも外に出られないことに変わりはなかった。
他の魔術師たちはなぜかケツァールのことを怖がっているのか、近寄ってくることはなかったのだが、例外はあった。
ケツァールのいくらか年上のダミアン・ホーリーだけは、向こうからこちらに近づいてきた稀有な人だった。
はじめてその男と対面した時、ケツァールの胸に湧き上がったのは嫌悪だった。
ダミアンは愛想の良い笑顔と、人当たりの良い性格をしている。
それなのに、その瞳の奥は、なぜか父親によく似ていた。
欲望のような感情でぎらついた、赤色の瞳。人を操ることを躊躇わず、自分のやっていることは正しいことだと信じて疑わない傲慢な心。
ケツァールは、ただただダミアンのことが嫌いだった。
ダミアンのことは極力無視したし、一緒にいた双子の姉だという女のことも避けていた。
だけどダミアンの双子の姉であるミランダは、弟から洗脳されているだけだった。
それに気づいたケツァールはゆっくりと時間をかけてミランダの洗脳を解き、それからミランダの協力を得て、魔塔から脱出することに成功した。
そしていつか魔塔を暴こうと、情報を得ながらも、ケツァールのことをしつこく追ってくる魔塔を追い払ったりしながら過ごしていた。
学園に入ったのはミランダの勧めだった。学園にいる限りは、いくら魔塔といえどもそう簡単には手出しできないだろうからと。
実際に学園の行事以外で魔塔が学園に入ってくることはなかった。たまに追手がかけられたりしたものの、すぐに追い払えるぐらいだった。
(まあ、サマーなんちゃらの時は、すこしヘマしたけどな)
何はともあれ、学園にいる三年間という期間だけれど、割かし自由な時間を得ることができた。
魔塔の地下も暴かれて、ケツァールを縛っていた鎖ももうなくなっている。
それなのにどうしてこんなにモヤモヤするのか。
それは、きっと父と似た目をした男が、まだ逃げているからだろう。
あの男がいる限り、おそらく魔塔の地下で起こったような悲劇がまた繰り返される恐れがある。
だから見つけ出して、捕まえなければいけない。
そうしない限り、きっとケツァールは自由になれない。
時計塔のてっぺんから、周囲を見渡すケツァールの瞳に力がこもる。
暗かった魔塔とは違い、ウルミール王国の首都は深夜になっても明かりが灯っている。
その光に眩し気に目を細めながらも、ケツァールは時計塔から見える自由の希望に満ちた景色を、ただ眺めていた。
風に揺れて、赤と緑の鳥の尾羽のようなツートンカラーの髪が風になびいている。
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