婚約破棄令嬢、不敵に笑いながら敬愛する伯爵の元へ

13話 調査員 その1

　ゲシュタルト王国の北にそびえる金鉱山。アイリーンの知識とミランダの事前調査がきっかけとして、最も金が眠っている区画の整備が行われた。

　それから、2週間が経過し、仮整備を終えたＥ区画で大量の金が採掘されるようになったのだ。
　班長であるデゴールは満面の笑みを浮かべて宿舎で、アイリーン達を迎えていた。

「いや～～めでたいな！　アイリーン様方一行のおかげだよ、本当に！」

「いや、私は何も手伝えていないし……実際に整備したのは班長たちでしょ」


　アイリーンは驚く程の彼からの誉め言葉に恐縮してしまう。周りの従業員たちの態度も同じだからだ。アイリーンは本気で、自分は知識を伝えただけでそれ以上の役には立っていないと考えていた。


「何言ってる。炊事場で精力的に働いてくれてたじゃねぇか。あんたの評判は、この2週間で鰻上りだぜ？」

「う、うん。それは嬉しいけどさ……」


　褒められるのは悪い気はしない。彼女が鉱山で働く従業員の為に、料理や洗濯などを行っていたのは事実だ。ミランダも掃除などを手伝っていたが。さすがに男の面々よりも、そっち方面の手際は良かった彼女。いつの間にか、強面の連中とも打ち解け、最初の柄の悪い印象はどこかに消えていた。


　最初にセクハラ的なことを言って来た二人は、少し前に土下座をしてアイリーンに謝ったほどである。


「それから、アルガス伯爵」

「いえ、私は本当になにもしていません」

「何言ってるんだよ？　資材の搬入と、整備のための人員の確保。あんたの協力がなければ、まだ仮整備とはいえ、2週間で終了なんて無理だったぜ？　従業員全員を代表して、感謝させてくれ」



「そうよね。アルガス伯爵の協力がなければ、そもそも私自身がどうなってたかわからないし。伯爵には感謝してもし尽せません」

「アイリーン殿にそう言っていただけるのは、とても光栄です」

「なにかお返しできないですか？」


　アイリーンは特に意味はなく発言していた。アルガスの優しさは感謝してもし切れないからだ。金鉱山の権利を任せるといった大きな事でのお返しではなく、もう少し身近なことでも返したいと考えていた。


「では……私とデートをしていただけますか？」

「ええ、お安い御用……えっ？」

「あなたをデートに誘いたい。どうでしょうか？」


「……え、ええ……そんなことでよければ、ぜひ……！」



　アイリーンは先ほどまでとは違い、顔を驚くほど真っ赤にしていた。手が思わず震えてしまっている。そんな彼女を見て、アルガスは満足気だ。

「よかった。精一杯楽しんでいただけるように頑張ります」

「あ、はい……」

　アイリーンは先ほどまでの態度とは一変しており、デゴールを始め、ミランダも怪訝な表情をしている。


「おいおい、こりゃどういうことだい？　アイリーン嬢は、そっち方面は弱いのか？」

「確かに、恋人と言える人物はいませんでしたが……なかなか、珍しい光景かもしれませんね」


　ミランダはそのように言ったが、彼女の場合は本来のアイリーンの性格と被ってみているのだ。それだけに、現在の初々し過ぎる彼女は珍しかった。

「くくくく、なかなか楽しいものが見れそうだな。嬢ちゃん、やっぱり若い者の特権は恋愛だぜ！」

「ちょ……大声でなにいってんのよ……！！」

　アイリーンはさらに焦った表情になり、最早、ただの子供のように喚いていた。

　そんな楽しい宿舎内での出来事だが……そんな彼らの前に、王国中央部の放った「調査員」が近づいていた。