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第一章 入れ替わる記憶
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湖畔で少年に出会った翌日の朝、目が覚めるといつになく頭がぼうっとしていた。なんだか頭が空っぽになって、ふわふわと宙を彷徨っているかのような感覚に襲われた。
「夕映、なんか今日も浮かない顔しとーね。昨日何かあったと?」
朝食の席で母にそう聞かれて、「昨日……」と記憶を辿る。だが、不思議なことに“昨日”の出来事がぱっと頭に思い浮かばない。湖畔で会った少年のことは思い出せるのだが、学校で何をしたのか、覚えがなかった。
「昨日は……えっと」
どんな授業を受けた? 誰と会話をした?
頭の中に、クラスメイトの向井さんが私に向かって何か話しかけているような映像が思い浮かぶ。けれど、記憶にはもやがかかっていて、完全に何があったのか思い出すことはできなかった。
「覚えてないならいいわ。さっさとごはん食べて行きんしゃい」
母に急かされて、結局深く考える間もなく朝食を食べて、学校に向かった。自転車で真白湖の横を通り過ぎる時、昨日出会った少年がいないかと探したけれど、今日は見当たらなかった。
「……さん、綿雪さん」
朝のSHRが始まるまでの時間、席について読書をしていると昨日と同じようにクラスメイトの一人が話しかけてきた。ポニーテールの女の子。確か名前は、山上千尋ちゃん。五月になってもまだクラスメイトのフルネームをおぼろげにしか覚えられていないのは、やっぱり私が友達をつくろうとしていないことが原因だ。
「山上さん、なにかな」
「昨日日直だったでしょ? 今日、私が日直だから日誌をちょうだい」
彼女に言われてはたと固まる。
日直? 私、昨日日直だったっけ。
首を捻りながらガサゴソと机のひきだしをまさぐると、確かにそこには学級日誌が入っていた。
日誌がここにあるということは、確かに昨日私は日直だったということだ。
それなのに、おかしい。どうして日直の仕事をした記憶がないんだろう……。
目を見開いたまま硬直していると、頭の中にパチンととある映像が流れ始めた。
クラスメイトの向井さんが、じっと私を睨みつけて、「最低」と私を罵る。敵意をあらわにする彼女を前にして、私は何も言えずにじっと身体を硬直させた。口の中に苦味が広がるように、なんとも言えない気分にさせられた。
そこで映像はハッと途切れ、私の意識も現実の教室へと舞い戻る。
「今のは……」
気がつけば訝しそうに私を見つめる山上さんの顔が目の前にあった。ぐるりと教室を見回すと、向井さんは自分の席に座ってスマホをいじっている。「最低」という彼女の声が頭の中でこだまする。けれどそれは全部私の妄想で、実際に彼女が放った言葉ではないのだ。
「綿雪さん、早く日誌ちょうだいよ」
「あ、うん。ごめん」
固まったまま動きを止めてしまった私を急かす山上さんの声で、我に返った。日誌を彼女に渡すと、踵を返した山上さんは仲良しの友人の元へと駆けていった。
さっきのは一体なんだったんだろう。
もしかしてまた、昨日と同じように、未来を予知したんだろうか?
昨日も朝に湖畔に佇むブロンズの髪の少年の映像を見て、放課後に実際彼と出会った。だったら、今見た映像もこれから近い将来に起こりうることなの……?
分からない。一体どうして見覚えのない映像が頭の中を流れるのか。記憶がこうも飛び飛びになってしまうのか。
額に流れ落ちる汗を拭って、その日も粛々と授業を受けた。
「夕映、なんか今日も浮かない顔しとーね。昨日何かあったと?」
朝食の席で母にそう聞かれて、「昨日……」と記憶を辿る。だが、不思議なことに“昨日”の出来事がぱっと頭に思い浮かばない。湖畔で会った少年のことは思い出せるのだが、学校で何をしたのか、覚えがなかった。
「昨日は……えっと」
どんな授業を受けた? 誰と会話をした?
頭の中に、クラスメイトの向井さんが私に向かって何か話しかけているような映像が思い浮かぶ。けれど、記憶にはもやがかかっていて、完全に何があったのか思い出すことはできなかった。
「覚えてないならいいわ。さっさとごはん食べて行きんしゃい」
母に急かされて、結局深く考える間もなく朝食を食べて、学校に向かった。自転車で真白湖の横を通り過ぎる時、昨日出会った少年がいないかと探したけれど、今日は見当たらなかった。
「……さん、綿雪さん」
朝のSHRが始まるまでの時間、席について読書をしていると昨日と同じようにクラスメイトの一人が話しかけてきた。ポニーテールの女の子。確か名前は、山上千尋ちゃん。五月になってもまだクラスメイトのフルネームをおぼろげにしか覚えられていないのは、やっぱり私が友達をつくろうとしていないことが原因だ。
「山上さん、なにかな」
「昨日日直だったでしょ? 今日、私が日直だから日誌をちょうだい」
彼女に言われてはたと固まる。
日直? 私、昨日日直だったっけ。
首を捻りながらガサゴソと机のひきだしをまさぐると、確かにそこには学級日誌が入っていた。
日誌がここにあるということは、確かに昨日私は日直だったということだ。
それなのに、おかしい。どうして日直の仕事をした記憶がないんだろう……。
目を見開いたまま硬直していると、頭の中にパチンととある映像が流れ始めた。
クラスメイトの向井さんが、じっと私を睨みつけて、「最低」と私を罵る。敵意をあらわにする彼女を前にして、私は何も言えずにじっと身体を硬直させた。口の中に苦味が広がるように、なんとも言えない気分にさせられた。
そこで映像はハッと途切れ、私の意識も現実の教室へと舞い戻る。
「今のは……」
気がつけば訝しそうに私を見つめる山上さんの顔が目の前にあった。ぐるりと教室を見回すと、向井さんは自分の席に座ってスマホをいじっている。「最低」という彼女の声が頭の中でこだまする。けれどそれは全部私の妄想で、実際に彼女が放った言葉ではないのだ。
「綿雪さん、早く日誌ちょうだいよ」
「あ、うん。ごめん」
固まったまま動きを止めてしまった私を急かす山上さんの声で、我に返った。日誌を彼女に渡すと、踵を返した山上さんは仲良しの友人の元へと駆けていった。
さっきのは一体なんだったんだろう。
もしかしてまた、昨日と同じように、未来を予知したんだろうか?
昨日も朝に湖畔に佇むブロンズの髪の少年の映像を見て、放課後に実際彼と出会った。だったら、今見た映像もこれから近い将来に起こりうることなの……?
分からない。一体どうして見覚えのない映像が頭の中を流れるのか。記憶がこうも飛び飛びになってしまうのか。
額に流れ落ちる汗を拭って、その日も粛々と授業を受けた。
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