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第四章 未来の記憶
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その翌日も瑠伊と図書館で勉強をし、さらにその次の日は土曜日だったので、いつもと趣向を変えてカフェで勉強をした。
瑠伊と一緒に勉強をする時間は、一人で勉強をするよりもずっと楽しい。勉強することが楽しいと思ったのは初めてだ。
そして、日曜日。六月十五日に、私は福岡に向かっていた。
命日は明日だが、一周忌の法要は日曜日の今日に執り行うらしい。母親から教えてもらい、事前に優奈のお宅に連絡を入れてもらった。
優奈のご両親にどう思われているのか……正直、母が連絡をとってくれている間も怖くて仕方がなかった。けれど、母が「ぜひいらして、だって」と教えてくれた言葉を信じて、新幹線の切符をぎゅっと握りしめる。
新幹線の隣の席には、約束通り瑠伊が座っていた。
「俺、新幹線に乗るの、何気に初めてかも」
「え、そうなの?」
「ああ。フィンランドの母親の実家に行くのに飛行機にはよく乗るけど、新幹線は初めて。修学旅行では乗ったのかな。中学の時の記憶がないから分かんねえや。だから夕映と乗るのが初めての新幹線」
笑い話のように、へへっと鼻を掻きながら教えてくれる瑠伊。なんだか照れ臭くて、そっと下を向いた。
「あ、飛行機雲だ」
出発してすぐに座席の窓から飛行機雲が見えた。瑠伊が急いでスマホのシャッターを押す。「うわ、ちょ、待って!」と慌てている姿がおかしくて、しばらく笑いが止まらなかった。
優奈の自宅にたどり着いたのは、午後一時過ぎだ。お昼ご飯は新幹線の中で、駅弁を食べて済ませておいた。いい感じに眠たくなる時間帯だったけれど、馴染みのある彼女の戸建ての家ではなく、少し古くさいマンションを目にしたとき、心臓が痛いほどに跳ねた。
『優奈ちゃんは、忘れ物を取りに帰った時に余震に遭って、ご自宅が倒壊して、それで……』
優奈が亡くなった時のことを語る母の震える声を思い出す。
あの日、私とお揃いのブレスレットを取りに帰った優奈は、タイミング悪く起こった大きな余震によって、崩れた家の下敷きになった。
その時の映像を想像すると、胃が引き絞られるみたいにキリキリと痛んだ。気づかないうちに、歯をぐっと噛み締めて、新しい優奈の家のマンションの扉を、穴が空くほど見つめてしまう。
優奈だけがいない、彼女の家の扉を。
「夕映、大丈夫か」
息をするのも忘れてしまっていたとき、隣にいた瑠伊が、私の背中にぽんと手を添えてくれた。
彼の手のひらの感触に、はっと我に返る。
「う、うん。ごめん。チャイム鳴らすね」
強がって答えたけれど、インターホンに触れる指は震えていた。
「待って。俺が押すよ」
さっと彼の手が横から伸びてきて、私の手に覆い被せるようにして、インターホンのボタンを押した。
軽快な音が鳴り響き、しばらくするとガチャリと玄関のドアが開く。中から優奈のお母さんが顔を覗かせた。
「夕映ちゃん……、久しぶりね」
一年ぶりに見た優奈のお母さんは、心なしか目元のシワが増え、以前よりも痩せているような気がした。
事前に母から連絡は入れてもらっていたから、私が来たことに驚いている素ぶりは見せない。
「お、お久しぶりです。あの……」
こういう時、なんと言えばいいのか分からずに、もごもごと口を動かしていると、おばさんは「そういうのはいいのよ」と優しく言ってくれた。
「わざわざ来てくれてありがとう。あと、そちらの方は?」
「えっと、友達の海藤瑠伊くんです。優奈とは面識はないんですけど、一緒に来てくれるというので……」
「初めまして。海藤瑠伊です。突然お邪魔してすみません。彼女の友達の優奈さんのこと、どうか弔わせてください」
瑠伊は、私が予想していた以上にきっちりとした挨拶をして、おばさんに向かって頭を下げた。その丁寧な物腰に驚いたのか、おばあさんは「まあ」と目を丸くしたあと、すぐに微笑んだ。
「来てくれてありがとうございます。どうぞ、上がって」
おばさんから歓迎されていると分かったからか、どこか強張っていた彼の表情もほっと和らいだ。
優奈の家に上がると、中にはおじさんもいた。黒い服に身を包んだ弟の涼真くんも、おじさんの隣にちょこんと立っている。
「夕映ちゃん、久しぶりだね」
おじさんは、私が知っている優しいおじさんのままで、初対面の瑠伊にも「よく来てくれたね」と柔らかく笑っていた。
「こっちよ」
和室に通された私たちは、優奈の眠る仏壇の前まで案内される。
真新しい立派な仏壇を見て、ごくりと唾をのみ込む。遺影は、中学の頃、二人で海に遊びに行った時にとった写真だった。満面の笑みを浮かべる彼女の写真を見て、胸にどうしようもない痛みが走る。
「優奈……」
無意識のうちに、左手首をまさぐる。そこにはかつて、彼女とお揃いのブレスレットがついていた。でも、優奈が亡くなってからは、机の奥底にしまいこんだまま、一度もつけたことがない。
瑠伊と一緒に勉強をする時間は、一人で勉強をするよりもずっと楽しい。勉強することが楽しいと思ったのは初めてだ。
そして、日曜日。六月十五日に、私は福岡に向かっていた。
命日は明日だが、一周忌の法要は日曜日の今日に執り行うらしい。母親から教えてもらい、事前に優奈のお宅に連絡を入れてもらった。
優奈のご両親にどう思われているのか……正直、母が連絡をとってくれている間も怖くて仕方がなかった。けれど、母が「ぜひいらして、だって」と教えてくれた言葉を信じて、新幹線の切符をぎゅっと握りしめる。
新幹線の隣の席には、約束通り瑠伊が座っていた。
「俺、新幹線に乗るの、何気に初めてかも」
「え、そうなの?」
「ああ。フィンランドの母親の実家に行くのに飛行機にはよく乗るけど、新幹線は初めて。修学旅行では乗ったのかな。中学の時の記憶がないから分かんねえや。だから夕映と乗るのが初めての新幹線」
笑い話のように、へへっと鼻を掻きながら教えてくれる瑠伊。なんだか照れ臭くて、そっと下を向いた。
「あ、飛行機雲だ」
出発してすぐに座席の窓から飛行機雲が見えた。瑠伊が急いでスマホのシャッターを押す。「うわ、ちょ、待って!」と慌てている姿がおかしくて、しばらく笑いが止まらなかった。
優奈の自宅にたどり着いたのは、午後一時過ぎだ。お昼ご飯は新幹線の中で、駅弁を食べて済ませておいた。いい感じに眠たくなる時間帯だったけれど、馴染みのある彼女の戸建ての家ではなく、少し古くさいマンションを目にしたとき、心臓が痛いほどに跳ねた。
『優奈ちゃんは、忘れ物を取りに帰った時に余震に遭って、ご自宅が倒壊して、それで……』
優奈が亡くなった時のことを語る母の震える声を思い出す。
あの日、私とお揃いのブレスレットを取りに帰った優奈は、タイミング悪く起こった大きな余震によって、崩れた家の下敷きになった。
その時の映像を想像すると、胃が引き絞られるみたいにキリキリと痛んだ。気づかないうちに、歯をぐっと噛み締めて、新しい優奈の家のマンションの扉を、穴が空くほど見つめてしまう。
優奈だけがいない、彼女の家の扉を。
「夕映、大丈夫か」
息をするのも忘れてしまっていたとき、隣にいた瑠伊が、私の背中にぽんと手を添えてくれた。
彼の手のひらの感触に、はっと我に返る。
「う、うん。ごめん。チャイム鳴らすね」
強がって答えたけれど、インターホンに触れる指は震えていた。
「待って。俺が押すよ」
さっと彼の手が横から伸びてきて、私の手に覆い被せるようにして、インターホンのボタンを押した。
軽快な音が鳴り響き、しばらくするとガチャリと玄関のドアが開く。中から優奈のお母さんが顔を覗かせた。
「夕映ちゃん……、久しぶりね」
一年ぶりに見た優奈のお母さんは、心なしか目元のシワが増え、以前よりも痩せているような気がした。
事前に母から連絡は入れてもらっていたから、私が来たことに驚いている素ぶりは見せない。
「お、お久しぶりです。あの……」
こういう時、なんと言えばいいのか分からずに、もごもごと口を動かしていると、おばさんは「そういうのはいいのよ」と優しく言ってくれた。
「わざわざ来てくれてありがとう。あと、そちらの方は?」
「えっと、友達の海藤瑠伊くんです。優奈とは面識はないんですけど、一緒に来てくれるというので……」
「初めまして。海藤瑠伊です。突然お邪魔してすみません。彼女の友達の優奈さんのこと、どうか弔わせてください」
瑠伊は、私が予想していた以上にきっちりとした挨拶をして、おばさんに向かって頭を下げた。その丁寧な物腰に驚いたのか、おばあさんは「まあ」と目を丸くしたあと、すぐに微笑んだ。
「来てくれてありがとうございます。どうぞ、上がって」
おばさんから歓迎されていると分かったからか、どこか強張っていた彼の表情もほっと和らいだ。
優奈の家に上がると、中にはおじさんもいた。黒い服に身を包んだ弟の涼真くんも、おじさんの隣にちょこんと立っている。
「夕映ちゃん、久しぶりだね」
おじさんは、私が知っている優しいおじさんのままで、初対面の瑠伊にも「よく来てくれたね」と柔らかく笑っていた。
「こっちよ」
和室に通された私たちは、優奈の眠る仏壇の前まで案内される。
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