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第二章 不穏なカルテ
◾️八月三十日土曜日Ⅷ
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***
シンちゃんの最近のXの投稿一覧を見て、サーッと鳥肌が立った。
ひとを驚かそうとしているのか? と一瞬思わないでもないが、もっと前の投稿を遡ると、彼の投稿は「お腹すいた」とか、「今日は流行りの映画を観てきた」とか、些細な日常に関するものばかりだ。オカルト系のつぶやきは見受けられない。それに、彼の最新のポストに寄せられたリプを見ると、フォロワー(おそらく、現実での知り合いと思われる)から本気で心配されていることが分かる。それは、彼が冗談でこんなことを言うひとだとは思われていない証拠だった。
“ついてくる”
“ずっと声がする”
“たすけて”
“ごめんなさい”
不穏な言葉の並びに、思わず後ろを振り返ってしまう。
誰もいない……。
当たり前の事実にほっとしつつ、やっぱり彼の投稿が気になって仕方がなかった。
彼の最新の投稿は、二日前。八月二十八日のものだが、そこに添付画像がある。全体的に薄暗くてよく見えないが、どうやらリプの「ひとみ」というひとが書いている通り、彼の部屋の中を映し出したものらしい。
ベッドと勉強机、本棚があるごくありふれた大学生の部屋という感じ。特に変わった様子はない——はずなのだが、「ひとみ」の返信が気になって、窓のほうに視線が移る。
窓のところも暗くてぱっと見はよく分からないが、よく見ると確かに、子どもサイズの手が映り込んでいるのだ。
しかも、一つではない。無数に。
「ウッ」と、口元を手で押さえる。この手の画像は、今の時代AIを使えば素人だとしてもいくらでも作ることができる。だからフェイク画像と思いたい——のに、心がその可能性を否定してくる。
きっとこの画像はフェイクではない……。
根拠はないけれど、普段からほとんど日常のつぶやきしかしないひとが、突然心霊写真をつくって他人を驚かそうとしているというのは考えられなかった。
最後の投稿は「ごめんなさ」と不自然に言葉が途切れているけれど、この後“シンちゃん”はどうなったのだろう……。
考えすぎて、頭がくらくらとしてくる。
一度休憩をしよう。
確か、一階のロビーにコーヒー・紅茶の無料提供サービスがあったはずだ。
スマホだけをポケットに入れて、部屋を後にする。身体を動かすと、凝り固まっていた血液がゆっくりと巡り出して、呼吸がだいぶ楽になった。無意識のうちに、身体に力が入りすぎていたようだ。
一階で紙コップにホットコーヒーを入れて、再び部屋へ。
椅子に座り、コーヒーを飲むと、幾分か気分が和らいでいくのを感じた。
そして、再び“シンちゃん”の投稿をよく見てみようとスマホを開いたときだ。
メールアプリの右上に通知が来ているのが視界に映った。普段、よく使うSNSはポップアップ通知をONにしているが、メールはそこまで緊急性がないので、ポップアップ通知まではしていない。通知が来ていることに気づいたのは今だが、開いてみるとメール自体は今朝届いていた。しかも、捨てアドのほうに届いている。
「誰だろう」
知らないアドレスからのメールだった。
だが、件名を見てはたと目を瞬かせる。
【件名:Hisaのブログの主です】
「ブログ……」
すぐに脳裏に先週の出来事が思い浮かぶ。
先週、岩手からの帰りの新幹線でHisaというひとが運営していたブログにたどり着き、コメントをしていたのだ。まさか返信をいただけるとは思っていなかった。
突然の出来事に、心臓が暴れ出す。
二十五年前のブログだ。そのブログを彼女(男性かもしれない)がまだ見ていたこと自体驚きだが、こうしてメールをくれるのはもっと驚いた。
私は、ごくりと生唾を飲み込んで、メールを開いてみた。
----------------------------------------------
From:Hisa_Ishi0922@XXXX.com
To:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com
日付:2025/8/30 9:59
ヤミコ様
初めまして。ブログを運営しているHisaと申します。
かなり昔のブログにも関わらず、ご一読のうえ、コメントをくださいましてありがとうございます。
普段、あのブログはまったく開いていないのですが、ふと気になってログインしてみたところ、ヤミコ様からコメントが届いていることに気づきまして。一週間前のことだったので、返信すればつながるかもしれないと思い、こうしてメールを差し上げました。
コメントにありましたご質問について、もし可能であれば、直接会ってお話できればと思うのですがいかがでしょうか?
急な話にはなりますが、明日ならば一日空いております。
場所は盛岡市内でいかがでしょうか?
ご検討いただけますと幸いです。
よろしくお願い申し上げます。
Hisa
----------------------------------------------
「明日」
メールを読んで、二度驚く。
まさか直接会って話してくれると言われるなんて。思わぬ展開だ。しかも、今私はちょうど岩手県内に滞在している。明日はもともと予備日にしていて、もう一度清葉病院に行く予定だったのだが、今日のあれで懲りてしまった。予定が空いてしまったから、ちょうど良いことこの上ない。
会ってみるか。
どんなひとなのか分からない。ブログの内容から助産師か看護師である可能性が高く、女性らしい文章ではあるが、男性の可能性もある。あのブログを見た別の誰かが嘘や冷やかしでメールを送ってきている可能性だってある。場合によっては騙されて、襲われてしまうかも。
それでも……一度あの廃病院に関わってしまった私はもう、後戻りすることはできない。
だって感じるのだ。
今も後ろから、誰かにぴったりとつかれて、見られているような視線を——。
この何者かの気配の正体を知るためにも、母のカルテの意味を知るためにも、清葉病院の“秘密”を知らなくちゃいけない。そう感じるのだ。
再び唾を飲み込んで、「返信」ボタンをタップする。
一文字一文字、深呼吸しながら返信を打ち込んでいった。
----------------------------------------------
From:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com
To:Hisa_Ishi0922@XXXX.com
日付:2025/8/30 17:45
Hisa様
初めまして。
ヤミコと申します。
拙いコメントにご返信くださいまして、ありがとうございます。
そして直接お会いしてくださるとのことで、大変光栄です。
今ちょうど岩手にいるので、明日盛岡市で会ってくださるとのこと、お受けいたします。
場所は分かりやすく、盛岡駅前でもよろしいでしょうか?
時間はいつでも大丈夫です。
お返事お待ちしております。
ヤミコ
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シンちゃんの最近のXの投稿一覧を見て、サーッと鳥肌が立った。
ひとを驚かそうとしているのか? と一瞬思わないでもないが、もっと前の投稿を遡ると、彼の投稿は「お腹すいた」とか、「今日は流行りの映画を観てきた」とか、些細な日常に関するものばかりだ。オカルト系のつぶやきは見受けられない。それに、彼の最新のポストに寄せられたリプを見ると、フォロワー(おそらく、現実での知り合いと思われる)から本気で心配されていることが分かる。それは、彼が冗談でこんなことを言うひとだとは思われていない証拠だった。
“ついてくる”
“ずっと声がする”
“たすけて”
“ごめんなさい”
不穏な言葉の並びに、思わず後ろを振り返ってしまう。
誰もいない……。
当たり前の事実にほっとしつつ、やっぱり彼の投稿が気になって仕方がなかった。
彼の最新の投稿は、二日前。八月二十八日のものだが、そこに添付画像がある。全体的に薄暗くてよく見えないが、どうやらリプの「ひとみ」というひとが書いている通り、彼の部屋の中を映し出したものらしい。
ベッドと勉強机、本棚があるごくありふれた大学生の部屋という感じ。特に変わった様子はない——はずなのだが、「ひとみ」の返信が気になって、窓のほうに視線が移る。
窓のところも暗くてぱっと見はよく分からないが、よく見ると確かに、子どもサイズの手が映り込んでいるのだ。
しかも、一つではない。無数に。
「ウッ」と、口元を手で押さえる。この手の画像は、今の時代AIを使えば素人だとしてもいくらでも作ることができる。だからフェイク画像と思いたい——のに、心がその可能性を否定してくる。
きっとこの画像はフェイクではない……。
根拠はないけれど、普段からほとんど日常のつぶやきしかしないひとが、突然心霊写真をつくって他人を驚かそうとしているというのは考えられなかった。
最後の投稿は「ごめんなさ」と不自然に言葉が途切れているけれど、この後“シンちゃん”はどうなったのだろう……。
考えすぎて、頭がくらくらとしてくる。
一度休憩をしよう。
確か、一階のロビーにコーヒー・紅茶の無料提供サービスがあったはずだ。
スマホだけをポケットに入れて、部屋を後にする。身体を動かすと、凝り固まっていた血液がゆっくりと巡り出して、呼吸がだいぶ楽になった。無意識のうちに、身体に力が入りすぎていたようだ。
一階で紙コップにホットコーヒーを入れて、再び部屋へ。
椅子に座り、コーヒーを飲むと、幾分か気分が和らいでいくのを感じた。
そして、再び“シンちゃん”の投稿をよく見てみようとスマホを開いたときだ。
メールアプリの右上に通知が来ているのが視界に映った。普段、よく使うSNSはポップアップ通知をONにしているが、メールはそこまで緊急性がないので、ポップアップ通知まではしていない。通知が来ていることに気づいたのは今だが、開いてみるとメール自体は今朝届いていた。しかも、捨てアドのほうに届いている。
「誰だろう」
知らないアドレスからのメールだった。
だが、件名を見てはたと目を瞬かせる。
【件名:Hisaのブログの主です】
「ブログ……」
すぐに脳裏に先週の出来事が思い浮かぶ。
先週、岩手からの帰りの新幹線でHisaというひとが運営していたブログにたどり着き、コメントをしていたのだ。まさか返信をいただけるとは思っていなかった。
突然の出来事に、心臓が暴れ出す。
二十五年前のブログだ。そのブログを彼女(男性かもしれない)がまだ見ていたこと自体驚きだが、こうしてメールをくれるのはもっと驚いた。
私は、ごくりと生唾を飲み込んで、メールを開いてみた。
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From:Hisa_Ishi0922@XXXX.com
To:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com
日付:2025/8/30 9:59
ヤミコ様
初めまして。ブログを運営しているHisaと申します。
かなり昔のブログにも関わらず、ご一読のうえ、コメントをくださいましてありがとうございます。
普段、あのブログはまったく開いていないのですが、ふと気になってログインしてみたところ、ヤミコ様からコメントが届いていることに気づきまして。一週間前のことだったので、返信すればつながるかもしれないと思い、こうしてメールを差し上げました。
コメントにありましたご質問について、もし可能であれば、直接会ってお話できればと思うのですがいかがでしょうか?
急な話にはなりますが、明日ならば一日空いております。
場所は盛岡市内でいかがでしょうか?
ご検討いただけますと幸いです。
よろしくお願い申し上げます。
Hisa
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「明日」
メールを読んで、二度驚く。
まさか直接会って話してくれると言われるなんて。思わぬ展開だ。しかも、今私はちょうど岩手県内に滞在している。明日はもともと予備日にしていて、もう一度清葉病院に行く予定だったのだが、今日のあれで懲りてしまった。予定が空いてしまったから、ちょうど良いことこの上ない。
会ってみるか。
どんなひとなのか分からない。ブログの内容から助産師か看護師である可能性が高く、女性らしい文章ではあるが、男性の可能性もある。あのブログを見た別の誰かが嘘や冷やかしでメールを送ってきている可能性だってある。場合によっては騙されて、襲われてしまうかも。
それでも……一度あの廃病院に関わってしまった私はもう、後戻りすることはできない。
だって感じるのだ。
今も後ろから、誰かにぴったりとつかれて、見られているような視線を——。
この何者かの気配の正体を知るためにも、母のカルテの意味を知るためにも、清葉病院の“秘密”を知らなくちゃいけない。そう感じるのだ。
再び唾を飲み込んで、「返信」ボタンをタップする。
一文字一文字、深呼吸しながら返信を打ち込んでいった。
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From:Nyuoub_v3d4Xni@XXXX.com
To:Hisa_Ishi0922@XXXX.com
日付:2025/8/30 17:45
Hisa様
初めまして。
ヤミコと申します。
拙いコメントにご返信くださいまして、ありがとうございます。
そして直接お会いしてくださるとのことで、大変光栄です。
今ちょうど岩手にいるので、明日盛岡市で会ってくださるとのこと、お受けいたします。
場所は分かりやすく、盛岡駅前でもよろしいでしょうか?
時間はいつでも大丈夫です。
お返事お待ちしております。
ヤミコ
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