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第五章 かわいい我が子です
◾️九月十五日火曜日Ⅱ
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盛岡駅に辿り着いたのは十六時十五分だった。
ここ一ヶ月の間でこう何度も東京都盛岡を行き来することになるとは思ってもみなかった。向かう先はただひとつ。駅前からバスに乗り、霜月町へとバスで揺られている間、ずっと神経が昂っていたせいか、眠りこけていた。
コッチダヨ……。
夢の中で、“私”の声がしてはっと目を覚ます。バスの運転手がちょうど「霜月町です」とバス停の名前を告げた。バスを降りた私は、そのままふらふらと誘われるようにして清葉病院へ向かう。
「ふふ……」
何もおかしいことなどないのに、なぜだか笑いが止まらなかった。
病院に入る前に、ふと病院の裏手にある森へと視線が留まった。森の入り口に“私”が佇んでいる。
彼女が白い手で私を手招きする。逃げよう、という気にはならなかった。私は“私”に会いに行かなければならない。私の居場所はきっとここにしかない気がしたから。
“私”に連れられて一歩森の中へと踏み締めると、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれていた。ふとここで、鞄の中にGoProが入っていることに気づく。GoProを取り出した私は電源を入れ、徐に撮影を始めた。これが私の最後の撮影になる気がしたのに、不思議と心拍数は落ち着いていて、なんだか自分が自分でないような感じだった。
ワタシ……ハ……ココ……。
少し進んだところで、また“私”が立ち止まっていた。首が九十度にかっくりと折れて、地面を見下ろしている。何かあるのかと彼女の視線の先にカメラを向けると、そこにはバラバラに破壊された祠のようなものが散らばっていた。
「子作……安寿の祠……」
砕けた破片からなんとかその祠の名前を読み上げる。その刹那、頭の中に閃光のような瞬きがバチバチと弾けた。
脳裏に次々と断片的な映像が浮かんでは消えていく。
祠の前でほぎゃあと泣く、生まれたての子どもの姿。
若かりし頃の母が清葉病院で診察を受けている姿。
地下室へ連れて行かれ、院長から無理やり堕胎手術をさせられそうになり、発狂している母の姿。
やがて麻酔によってなすすべもなく、手術させられて悲しみの海に沈む母の姿。
父親とおぼしき人物が、岩石で頭を殴られている姿。
時が経ち、廃病院となった清葉病院の屋上で、ふらふらとした足取りの院長の頭を地面に打ちつけた後、下へと突き落とす母の姿。
経験したことのないはずの記憶が、雪崩のように頭に傾れ込んできて、こめかみを抑える。強い腹痛を感じて、もう片方の手でお腹を抑えた。
目の前にいた“私”の顔がぐにゃりと歪んで、大人の私の顔から子どもの頃の私の顔に変化する。
そして、子どもの“私”がパカッと漆黒の口を開いて、にんまりと口角を持ち上げた。
——やっとあえたね。
ぐるん、と視界が一回転した。と思ったら、子どもの“私”が先ほどの笑顔を一変させ、鬼の形相になって私に迫ってきた。
私は逃げ出した。GoProを構えたまま、一目散に森から出ようと走る。身体中のいろんな痛みから逃れるように無我夢中で走る。森から出るとそのまま路上へと向かおうとしたのに、どういうわけか、足は勝手に病院のほうへと向かってしまっていた。
「どうして……!」
必死に足を止めようとしても無駄だった。何かに操られているかのように、強制的に病院へと連れて行かれる。
「助けて!!」
そう叫んでも、病院の周りは人通りが少なく、誰にも気づいてもらえない。その間も“私”は般若となって私を追いかけてくる。
震える手でスマホを取り出し、LINEを開く。一番上に表示されていた山吹先生に咄嗟に電話をかけた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
ようやく電話に出てくれた山吹先生は、私の荒い息遣いを感じ取ったのか、『藤島さん!?』と開口一番に必死に私の名前を呼んでくれた。
「や、山吹せんせい……たすけて、ください」
自分の声が異様なほど震えていた。すぐそばに、ひゅうっと“私”が息を吹きかけてくるような感覚がして身体の熱が二、三度下がったような心地がした。
『藤島さんどうされたんですか!? 今、どこです!?』
ただならぬ気配を感じ取ったのか、山吹先生が前のめり気味に必死に問いかけてくる。
「い、岩手の清葉病院です……足が……勝手に動いて、」
『勝手に!? 清葉病院ってこの間おっしゃってた廃病院ですね!? なんでそんなところにまた……!』
「ここに、来なくちゃいけないと、思って」
電話をしながら、進みたくもないのに病院の中をどんどん突き進んでいく。ほぎゃあ、あああ、という赤ん坊の声が耳障りで仕方がない。
『……!! 分かりました。今すぐ新幹線でそちらに向かいます! だから、絶対に電話を切らないでくださいっ』
「は、い……」
電波が悪いのか、山吹先生の声が途切れがちに聞こえる。あの時と同じだ。石川さんと電話をしているときと同じ。だったら私はこれから、石川さんと同じ運命を辿るのだろうか——。
ここ一ヶ月の間でこう何度も東京都盛岡を行き来することになるとは思ってもみなかった。向かう先はただひとつ。駅前からバスに乗り、霜月町へとバスで揺られている間、ずっと神経が昂っていたせいか、眠りこけていた。
コッチダヨ……。
夢の中で、“私”の声がしてはっと目を覚ます。バスの運転手がちょうど「霜月町です」とバス停の名前を告げた。バスを降りた私は、そのままふらふらと誘われるようにして清葉病院へ向かう。
「ふふ……」
何もおかしいことなどないのに、なぜだか笑いが止まらなかった。
病院に入る前に、ふと病院の裏手にある森へと視線が留まった。森の入り口に“私”が佇んでいる。
彼女が白い手で私を手招きする。逃げよう、という気にはならなかった。私は“私”に会いに行かなければならない。私の居場所はきっとここにしかない気がしたから。
“私”に連れられて一歩森の中へと踏み締めると、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれていた。ふとここで、鞄の中にGoProが入っていることに気づく。GoProを取り出した私は電源を入れ、徐に撮影を始めた。これが私の最後の撮影になる気がしたのに、不思議と心拍数は落ち着いていて、なんだか自分が自分でないような感じだった。
ワタシ……ハ……ココ……。
少し進んだところで、また“私”が立ち止まっていた。首が九十度にかっくりと折れて、地面を見下ろしている。何かあるのかと彼女の視線の先にカメラを向けると、そこにはバラバラに破壊された祠のようなものが散らばっていた。
「子作……安寿の祠……」
砕けた破片からなんとかその祠の名前を読み上げる。その刹那、頭の中に閃光のような瞬きがバチバチと弾けた。
脳裏に次々と断片的な映像が浮かんでは消えていく。
祠の前でほぎゃあと泣く、生まれたての子どもの姿。
若かりし頃の母が清葉病院で診察を受けている姿。
地下室へ連れて行かれ、院長から無理やり堕胎手術をさせられそうになり、発狂している母の姿。
やがて麻酔によってなすすべもなく、手術させられて悲しみの海に沈む母の姿。
父親とおぼしき人物が、岩石で頭を殴られている姿。
時が経ち、廃病院となった清葉病院の屋上で、ふらふらとした足取りの院長の頭を地面に打ちつけた後、下へと突き落とす母の姿。
経験したことのないはずの記憶が、雪崩のように頭に傾れ込んできて、こめかみを抑える。強い腹痛を感じて、もう片方の手でお腹を抑えた。
目の前にいた“私”の顔がぐにゃりと歪んで、大人の私の顔から子どもの頃の私の顔に変化する。
そして、子どもの“私”がパカッと漆黒の口を開いて、にんまりと口角を持ち上げた。
——やっとあえたね。
ぐるん、と視界が一回転した。と思ったら、子どもの“私”が先ほどの笑顔を一変させ、鬼の形相になって私に迫ってきた。
私は逃げ出した。GoProを構えたまま、一目散に森から出ようと走る。身体中のいろんな痛みから逃れるように無我夢中で走る。森から出るとそのまま路上へと向かおうとしたのに、どういうわけか、足は勝手に病院のほうへと向かってしまっていた。
「どうして……!」
必死に足を止めようとしても無駄だった。何かに操られているかのように、強制的に病院へと連れて行かれる。
「助けて!!」
そう叫んでも、病院の周りは人通りが少なく、誰にも気づいてもらえない。その間も“私”は般若となって私を追いかけてくる。
震える手でスマホを取り出し、LINEを開く。一番上に表示されていた山吹先生に咄嗟に電話をかけた。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
ようやく電話に出てくれた山吹先生は、私の荒い息遣いを感じ取ったのか、『藤島さん!?』と開口一番に必死に私の名前を呼んでくれた。
「や、山吹せんせい……たすけて、ください」
自分の声が異様なほど震えていた。すぐそばに、ひゅうっと“私”が息を吹きかけてくるような感覚がして身体の熱が二、三度下がったような心地がした。
『藤島さんどうされたんですか!? 今、どこです!?』
ただならぬ気配を感じ取ったのか、山吹先生が前のめり気味に必死に問いかけてくる。
「い、岩手の清葉病院です……足が……勝手に動いて、」
『勝手に!? 清葉病院ってこの間おっしゃってた廃病院ですね!? なんでそんなところにまた……!』
「ここに、来なくちゃいけないと、思って」
電話をしながら、進みたくもないのに病院の中をどんどん突き進んでいく。ほぎゃあ、あああ、という赤ん坊の声が耳障りで仕方がない。
『……!! 分かりました。今すぐ新幹線でそちらに向かいます! だから、絶対に電話を切らないでくださいっ』
「は、い……」
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