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翌朝、エリアーナは鳥のさえずりで目を覚ました。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。時計を見ると、まだ早朝だった。しかし、三週間の旅で早起きが習慣になっていたエリアーナは、すっきりと目を覚ました。
窓を開けると、清々しい空気が流れ込んできた。王都とは違う、草木の香りがする。遠くで、農民たちが畑に向かう姿が見えた。
エリアーナは身支度を整えた。侯爵家から持ってきた服は数着しかなかったが、その中で最もシンプルなものを選んだ。華美な装飾は、この場所には似合わない気がした。
部屋を出ると、廊下でマリーと出会った。
「おはようございます、エリアーナ様。もうお目覚めですか」
「おはよう、マリー。早起きが癖になっているの」
「朝食の準備ができております。食堂にご案内いたします」
食堂に行くと、ルーカスがすでに席についていた。書類を広げ、何か計算をしている。眉間に皺を寄せ、困ったような表情をしていた。
「おはよう、エリアーナ」
ルーカスは顔を上げ、微笑んだ。しかしその笑顔の奥には、疲れが見えた。
「おはようございます、ルーカス様。お忙しそうですね」
「ああ、領地の帳簿を見ていたんだ。でも、朝食にしよう」
エリアーナが席につくと、使用人が朝食を運んできた。パン、チーズ、卵料理、それにハーブティー。質素だが、温かい食事だった。
食事をしながら、エリアーナは尋ねた。
「昨夜、領地の再建に取り組んでいるとおっしゃっていましたね」
「ええ。父が残した負債は大きく、領地の財政は火の車です」
ルーカスは溜息をついた。
「軍人として戦場では戦えますが、こういう帳簿と数字の戦いは苦手でして」
その言葉に、エリアーナは少し考えた。
朝食を終えると、ルーカスは書斎に戻ろうとした。エリアーナは勇気を出して声をかけた。
「ルーカス様、もしよろしければ、その帳簿を見せていただけませんか」
ルーカスは驚いた顔をした。
「帳簿を?なぜ」
「もしかしたら、私にもお手伝いできることがあるかもしれません」
ルーカスは少し戸惑ったようだったが、やがて頷いた。
「わかりました。こちらへどうぞ」
書斎に案内されると、エリアーナは部屋の様子に驚いた。大きな机には書類が山積みになっており、床にも積まれた帳簿があった。壁には領地の地図が貼られ、そこには赤いペンで問題箇所が印されていた。
ルーカスは机の上の帳簿を取り出した。
「これが、城の家計簿です」
エリアーナは帳簿を受け取り、ページをめくり始めた。
最初のページを見た瞬間、彼女は目を見開いた。
収入の欄は寂しいほど少なく、支出の欄は膨大だった。しかも、支出の内訳があまりにも杜撰だった。
「これは...」
エリアーナは言葉を失った。
王都から取り寄せる高級食材。使われていない部屋の豪華な家具。必要以上に高い給金を払われている使用人がいる一方で、重要な仕事をしているのに低賃金の者もいる。
さらにページをめくると、もっとひどい支出が目についた。
豪華な晩餐会の費用。誰も読まない高価な書籍。装飾用の高価な花瓶や彫刻。
「これは、本当にひどいです」
エリアーナは率直に言った。
ルーカスは苦笑した。
「父は見栄っ張りでした。王都の貴族のような暮らしをしたがり、辺境の領主であることを恥じていた。だから、無駄な贅沢ばかりして、領民のことは顧みなかったんです」
「でも、ルーカス様はこの二年間、改善に努めてこられたんですよね」
「ええ。できる限りの無駄を削減しています。でも、まだまだ足りない。どこをどう削ればいいのか、正直よくわからないんです」
エリアーナは真剣な表情で帳簿を見つめた。
侯爵家で冷遇されていた頃、彼女は使用人たちと共に働いてきた。台所で料理を手伝い、洗濯場で服を洗い、掃除をし、家計の管理まで学んでいた。
母は「令嬢らしくない」と嫌悪したが、その経験が今、役に立とうとしていた。
「ルーカス様」
エリアーナは顔を上げ、ルーカスをまっすぐに見つめた。
「私にも、手伝わせてください」
「え?」
「この家計簿、私なら改善できる箇所がたくさん見えます」
ルーカスは戸惑った表情を浮かべた。
「でも、君は疲れているだろう。それに、こんな退屈な仕事を」
「退屈ではありません」
エリアーナは首を横に振った。
「私は侯爵家で、ずっと役立たずと言われてきました。でも、実は使用人たちと一緒に働いて、いろいろなことを学んでいたんです。料理も、洗濯も、掃除も、そして家計管理も」
彼女は帳簿を指差した。
「例えば、この食材費。王都から高級品を取り寄せていますが、地元で手に入るもので十分代用できます。むしろ、地元の商人から買えば、領内にお金が回ります」
ルーカスの目が、わずかに見開かれた。
「それから、この暖房費。使っていない部屋まで暖房しているようです。必要な部屋だけに絞れば、大幅に削減できます」
エリアーナは次々と指摘していった。
「使用人の給金も、見直すべきです。仕事の内容に見合った適正な給金にする。頑張っている人には正当な報酬を、怠けている人には厳しく」
「それから、この装飾品の購入。今は必要ありません。領地が豊かになってから考えるべきです」
ルーカスは驚きと感心の表情で、エリアーナを見つめていた。
「エリアーナ、君は...本当にすごい」
「いいえ、これは当たり前のことです。ただ、無駄を省き、必要なところにお金を使う。それだけです」
エリアーナの瞳は真剣だった。
「私は、ただここにいるだけの妻にはなりたくありません。この領地のために、ルーカス様のために、何か役に立ちたいんです」
ルーカスは、しばらく黙っていた。
彼は窓の外を見た。荒れた中庭、遠くに見える貧しい村々。
そして再び、エリアーナを見た。
「君は、本当にこの仕事をしたいのか。きっと、大変だぞ。使用人たちの反発もあるだろう」
「構いません」
エリアーナは即座に答えた。
「私は、この領地を良くしたい。ルーカス様を助けたい。それが、今の私にできることです」
ルーカスの表情が、ゆっくりと柔らかくなった。
「わかった」
彼は手を差し出した。
「エリアーナ、頼む。君の力を貸してくれ」
エリアーナはその手を取った。
「はい、精一杯努めます」
二人の手が握り合わされた瞬間、新しい協力関係が始まった。
ルーカスは机の上の書類を整理し、エリアーナのために椅子を用意した。
「では、早速始めよう。まずは、この城の支出から見直そう」
「はい」
二人は机を挟んで向かい合い、帳簿を広げた。
エリアーナは一つ一つの項目を確認し、削減できるもの、見直すべきもの、そのままで良いものを分類していった。ルーカスは彼女の説明を聞き、時折質問をし、そして納得して頷いた。
「この豪華な晩餐会、父の時代の名残だな。もう必要ない」
「ええ。その代わり、領民との交流の機会を増やすべきです。質素でも、心のこもった集まりの方が、領主として大切だと思います」
「その通りだ」
二人は何時間も、帳簿と向き合った。
昼食の時間になっても、二人は仕事を続けた。マリーが食事を書斎に運んでくれた。
「お二人とも、本当に仲がよろしいんですね」
マリーが微笑んで言った。
エリアーナは少し照れたが、ルーカスは笑顔で答えた。
「彼女は、素晴らしい妻だよ」
その言葉に、エリアーナの胸が温かくなった。
夕方になると、ようやく城の家計簿の見直しが一段落した。
「これで、月々の支出を三割は削減できる」
エリアーナが言うと、ルーカスは驚いた。
「三割も?」
「ええ。無駄が多すぎました。これを削減すれば、その分を領地の改善に回せます」
ルーカスは深く息をついた。
「本当に、君に出会えて良かった。一人では、ここまでできなかった」
「私こそです。ここでなら、私も役に立てる」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
窓の外では、夕日が沈んでいく。
長い一日だったが、充実していた。
エリアーナは、生まれて初めて、自分が必要とされていることを実感した。
そして、ルーカスは、信頼できるパートナーを得た喜びを感じていた。
「明日からも、一緒に頑張ろう」
「はい、ルーカス様」
二人の協力関係が、確かに始まった。
そして、グレンフォード領の再建も、ゆっくりと動き出そうとしていた。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。時計を見ると、まだ早朝だった。しかし、三週間の旅で早起きが習慣になっていたエリアーナは、すっきりと目を覚ました。
窓を開けると、清々しい空気が流れ込んできた。王都とは違う、草木の香りがする。遠くで、農民たちが畑に向かう姿が見えた。
エリアーナは身支度を整えた。侯爵家から持ってきた服は数着しかなかったが、その中で最もシンプルなものを選んだ。華美な装飾は、この場所には似合わない気がした。
部屋を出ると、廊下でマリーと出会った。
「おはようございます、エリアーナ様。もうお目覚めですか」
「おはよう、マリー。早起きが癖になっているの」
「朝食の準備ができております。食堂にご案内いたします」
食堂に行くと、ルーカスがすでに席についていた。書類を広げ、何か計算をしている。眉間に皺を寄せ、困ったような表情をしていた。
「おはよう、エリアーナ」
ルーカスは顔を上げ、微笑んだ。しかしその笑顔の奥には、疲れが見えた。
「おはようございます、ルーカス様。お忙しそうですね」
「ああ、領地の帳簿を見ていたんだ。でも、朝食にしよう」
エリアーナが席につくと、使用人が朝食を運んできた。パン、チーズ、卵料理、それにハーブティー。質素だが、温かい食事だった。
食事をしながら、エリアーナは尋ねた。
「昨夜、領地の再建に取り組んでいるとおっしゃっていましたね」
「ええ。父が残した負債は大きく、領地の財政は火の車です」
ルーカスは溜息をついた。
「軍人として戦場では戦えますが、こういう帳簿と数字の戦いは苦手でして」
その言葉に、エリアーナは少し考えた。
朝食を終えると、ルーカスは書斎に戻ろうとした。エリアーナは勇気を出して声をかけた。
「ルーカス様、もしよろしければ、その帳簿を見せていただけませんか」
ルーカスは驚いた顔をした。
「帳簿を?なぜ」
「もしかしたら、私にもお手伝いできることがあるかもしれません」
ルーカスは少し戸惑ったようだったが、やがて頷いた。
「わかりました。こちらへどうぞ」
書斎に案内されると、エリアーナは部屋の様子に驚いた。大きな机には書類が山積みになっており、床にも積まれた帳簿があった。壁には領地の地図が貼られ、そこには赤いペンで問題箇所が印されていた。
ルーカスは机の上の帳簿を取り出した。
「これが、城の家計簿です」
エリアーナは帳簿を受け取り、ページをめくり始めた。
最初のページを見た瞬間、彼女は目を見開いた。
収入の欄は寂しいほど少なく、支出の欄は膨大だった。しかも、支出の内訳があまりにも杜撰だった。
「これは...」
エリアーナは言葉を失った。
王都から取り寄せる高級食材。使われていない部屋の豪華な家具。必要以上に高い給金を払われている使用人がいる一方で、重要な仕事をしているのに低賃金の者もいる。
さらにページをめくると、もっとひどい支出が目についた。
豪華な晩餐会の費用。誰も読まない高価な書籍。装飾用の高価な花瓶や彫刻。
「これは、本当にひどいです」
エリアーナは率直に言った。
ルーカスは苦笑した。
「父は見栄っ張りでした。王都の貴族のような暮らしをしたがり、辺境の領主であることを恥じていた。だから、無駄な贅沢ばかりして、領民のことは顧みなかったんです」
「でも、ルーカス様はこの二年間、改善に努めてこられたんですよね」
「ええ。できる限りの無駄を削減しています。でも、まだまだ足りない。どこをどう削ればいいのか、正直よくわからないんです」
エリアーナは真剣な表情で帳簿を見つめた。
侯爵家で冷遇されていた頃、彼女は使用人たちと共に働いてきた。台所で料理を手伝い、洗濯場で服を洗い、掃除をし、家計の管理まで学んでいた。
母は「令嬢らしくない」と嫌悪したが、その経験が今、役に立とうとしていた。
「ルーカス様」
エリアーナは顔を上げ、ルーカスをまっすぐに見つめた。
「私にも、手伝わせてください」
「え?」
「この家計簿、私なら改善できる箇所がたくさん見えます」
ルーカスは戸惑った表情を浮かべた。
「でも、君は疲れているだろう。それに、こんな退屈な仕事を」
「退屈ではありません」
エリアーナは首を横に振った。
「私は侯爵家で、ずっと役立たずと言われてきました。でも、実は使用人たちと一緒に働いて、いろいろなことを学んでいたんです。料理も、洗濯も、掃除も、そして家計管理も」
彼女は帳簿を指差した。
「例えば、この食材費。王都から高級品を取り寄せていますが、地元で手に入るもので十分代用できます。むしろ、地元の商人から買えば、領内にお金が回ります」
ルーカスの目が、わずかに見開かれた。
「それから、この暖房費。使っていない部屋まで暖房しているようです。必要な部屋だけに絞れば、大幅に削減できます」
エリアーナは次々と指摘していった。
「使用人の給金も、見直すべきです。仕事の内容に見合った適正な給金にする。頑張っている人には正当な報酬を、怠けている人には厳しく」
「それから、この装飾品の購入。今は必要ありません。領地が豊かになってから考えるべきです」
ルーカスは驚きと感心の表情で、エリアーナを見つめていた。
「エリアーナ、君は...本当にすごい」
「いいえ、これは当たり前のことです。ただ、無駄を省き、必要なところにお金を使う。それだけです」
エリアーナの瞳は真剣だった。
「私は、ただここにいるだけの妻にはなりたくありません。この領地のために、ルーカス様のために、何か役に立ちたいんです」
ルーカスは、しばらく黙っていた。
彼は窓の外を見た。荒れた中庭、遠くに見える貧しい村々。
そして再び、エリアーナを見た。
「君は、本当にこの仕事をしたいのか。きっと、大変だぞ。使用人たちの反発もあるだろう」
「構いません」
エリアーナは即座に答えた。
「私は、この領地を良くしたい。ルーカス様を助けたい。それが、今の私にできることです」
ルーカスの表情が、ゆっくりと柔らかくなった。
「わかった」
彼は手を差し出した。
「エリアーナ、頼む。君の力を貸してくれ」
エリアーナはその手を取った。
「はい、精一杯努めます」
二人の手が握り合わされた瞬間、新しい協力関係が始まった。
ルーカスは机の上の書類を整理し、エリアーナのために椅子を用意した。
「では、早速始めよう。まずは、この城の支出から見直そう」
「はい」
二人は机を挟んで向かい合い、帳簿を広げた。
エリアーナは一つ一つの項目を確認し、削減できるもの、見直すべきもの、そのままで良いものを分類していった。ルーカスは彼女の説明を聞き、時折質問をし、そして納得して頷いた。
「この豪華な晩餐会、父の時代の名残だな。もう必要ない」
「ええ。その代わり、領民との交流の機会を増やすべきです。質素でも、心のこもった集まりの方が、領主として大切だと思います」
「その通りだ」
二人は何時間も、帳簿と向き合った。
昼食の時間になっても、二人は仕事を続けた。マリーが食事を書斎に運んでくれた。
「お二人とも、本当に仲がよろしいんですね」
マリーが微笑んで言った。
エリアーナは少し照れたが、ルーカスは笑顔で答えた。
「彼女は、素晴らしい妻だよ」
その言葉に、エリアーナの胸が温かくなった。
夕方になると、ようやく城の家計簿の見直しが一段落した。
「これで、月々の支出を三割は削減できる」
エリアーナが言うと、ルーカスは驚いた。
「三割も?」
「ええ。無駄が多すぎました。これを削減すれば、その分を領地の改善に回せます」
ルーカスは深く息をついた。
「本当に、君に出会えて良かった。一人では、ここまでできなかった」
「私こそです。ここでなら、私も役に立てる」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
窓の外では、夕日が沈んでいく。
長い一日だったが、充実していた。
エリアーナは、生まれて初めて、自分が必要とされていることを実感した。
そして、ルーカスは、信頼できるパートナーを得た喜びを感じていた。
「明日からも、一緒に頑張ろう」
「はい、ルーカス様」
二人の協力関係が、確かに始まった。
そして、グレンフォード領の再建も、ゆっくりと動き出そうとしていた。
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