虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん

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婚約破棄の知らせは、社交界に瞬く間に広がった。

「聞いて? 公爵家の婚約が解消されたんですって」
「あの病弱な侯爵令嬢? 可哀想に……」
「でも仕方ないわよね。跡継ぎを産めない女性では……」
「新しい婚約者はハルテンベルク伯爵令嬢ですって。とても健康的な美人だとか」
「それに社交界でも評判の良い方ですものね」
「公爵家も安心でしょう。これで跡継ぎ問題も解決ね」

貴族たちのティーパーティーで、午後の社交界で、夜会の片隅で。セラフィーナの名は同情と嘲笑の対象となった。

「あの令嬢、どうされているのかしら」
「きっと部屋に閉じこもって泣いているんじゃない?」
「あれだけ病弱では、他に良縁もないでしょうし……」

人々は好奇の目でセラフィーナの不幸を語った。同情する者もいれば、密かに楽しんでいる者もいた。

だが、当の本人は屋敷から一歩も出なかった。

婚約破棄から三日。セラフィーナは自室に閉じこもり、誰とも会わなかった。

「お嬢様……何か召し上がりませんか」

マリアが心配そうに声をかける。トレイには温かいスープと柔らかいパンが乗っているが、セラフィーナは首を横に振った。

「食欲がないの」
「でも……このままでは……」
「分かってる。分かってるわ」

セラフィーナは天蓋の下、ベッドに横たわっていた。窓のカーテンは閉められ、部屋は薄暗い。外の陽光を拒むように。

頭の中で、あの日の光景が何度も繰り返される。

アレクシスの冷たい目。感情のない声。そして、エリーゼの勝ち誇った笑み。

「跡継ぎを産めない」

その言葉が、呪いのように響く。心に深く刻まれ、何度も何度も繰り返される。

しかし。

三日目の夜、セラフィーナは、前世の記憶を辿った。

看護師として働いた病院。不妊治療の専門科。多くの女性患者たちと向き合った日々。

彼女たちの苦しみ。悩み。そして、希望。

不妊の原因は様々だ。女性側だけではない。男性側の問題もある。そして、何より――健康状態が大きく影響する。

栄養状態、ホルモンバランス、ストレス、体重。すべてが妊娠に関わってくる。

この身体の状態では、確かに妊娠は難しいだろう。栄養失調で、ホルモンバランスも崩れている。生理も不規則だ。慢性的な毒物摂取で、身体のすべての機能が低下している。

でも。

「治せる……かもしれない」

呟きが、暗い部屋に響いた。

セラフィーナはゆっくりと身体を起こした。目眩がするが、ベッドの縁に腰掛ける。

三日間、ほとんど食べていない。毒性の薬草茶も飲んでいない。

すると――不思議なことに、少し身体が軽い気がする。

倦怠感は相変わらずあるが、頭がぼんやりする感覚が減っている。これは、毒物の排出が始まっているからかもしれない。

「マリア」
「はい、お嬢様!」

マリアの声が明るくなる。三日ぶりに令嬢が自分から話しかけてくれた。

「私、お父様に会いたいの。そして……屋敷の薬草園を見せてほしい」
「薬草園……ですか?」

マリアは驚いた表情を浮かべた。

ヴァレンシュタイン侯爵家は、かつて薬草栽培と医学で名を馳せた名門だった。王国中の貴族たちが、ヴァレンシュタイン家の薬を求めた時代があった。

だが、それは二代前の話。

セラフィーナの祖父の代で事業は縮小し、母の死後は完全に放棄された。今では屋敷の奥にある薬草園も放置され、誰も手入れをしていない。

「ええ。それと、医学書を集めてほしいの。できるだけ多く」
「お嬢様……何を?」
「自分の身体を治すの」

セラフィーナは、初めて確かな意志を込めて言った。目には、光が戻っていた。

「アレクシス様が何と言おうと、エリーゼ様がどう笑おうと、関係ない。私は、私のために健康になる」

マリアの目に涙が浮かんだ。

「お嬢様……」
「泣かないで、マリア。これは終わりじゃない。始まりなの」

セラフィーナは立ち上がった。足は震えているが、それでも前に進む。

窓に向かい、カーテンを開ける。

春の陽光が部屋に溢れた。目が眩むほどの光。だが、それは温かく、優しい。

庭園では、花々が咲き誇っている。生命力に満ちた、美しい光景。チューリップ、水仙、桜。春の息吹がそこにあった。

「私も……あの花たちのように咲きたい」

セラフィーナは、自分の手のひらを見つめた。

血色の悪い、痩せた手。爪も脆く、すぐに割れる。

でも、これは変えられる。

前世の知識がある。医学の基礎を理解している。そして、この世界には薬草という資源がある。

「まず、食事を改善する。次に、適度な運動。そして、薬草を使った補助療法」

セラフィーナは、頭の中で計画を立て始めた。看護師として学んだ栄養学、運動療法、そして薬理学。

すべてを総動員して、この身体を健康にする。

「マリア、お腹が空いたわ。何か軽いものをお願いできる?」
「もちろんです!」

マリアは嬉しそうに部屋を出ていった。

一人になったセラフィーナは、鏡の前に立った。

映っているのは、青白い顔の少女。大きな目は虚ろで、頬は痩けている。まるで幽霊のような姿。

「変わるのよ」

セラフィーナは、鏡の中の自分に語りかけた。

「アレクシス様に見返すためじゃない。社交界の人々を見返すためでもない」

彼女は自分の目をじっと見つめた。

「私が、私のために、私らしく生きるために」

その決意と共に、セラフィーナの新しい人生が始まった。

部屋の外では、マリアが厨房で軽食を用意している。新鮮な果物、柔らかく煮た野菜、消化の良いスープ。

執事は、令嬢の変化を侯爵に報告した。

そして、屋敷の奥では――誰も知らない薬草園で、貴重な植物たちが春の陽光を浴びていた。

忘れられた宝が、再び日の目を見る日が近づいていた。
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