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春の訪れと共に、薬草園はさらなる変貌を遂げていた。
セラフィーナは朝から執務室で帳簿と向き合っていた。窓の外では、新しく雇用した農民たちが薬草の苗を植えている。隣接する領地から来た彼らは、最初こそ半信半疑だったが、今では熱心に働いていた。
「令嬢様、今月の注文書です」
執事のセバスチャンが分厚い書類の束を持って入ってきた。その量に、セラフィーナは小さく息を呑んだ。
「これほどまでに……」
「月光茶と晨露茶だけでなく、新しい傷薬への問い合わせも殺到しております。特に騎士団からの注文が」
前世で看護師だった知識を活かし、セラフィーナは従来の傷薬を改良していた。薬草の配合を変え、清潔な環境で製造することで、治癒速度が格段に上がったのだ。
「価格は適正に。暴利を貪ってはなりません」
「しかし令嬢様、この品質なら倍の値でも……」
「いいえ、セバスチャン。多くの人々に届けることが目的です。利益はその後についてくるものです」
執事は深々と頭を下げた。この一年で、侯爵家の財政は劇的に改善していた。かつては質素倹約を強いられていた家計が、今では余裕を持って運営できている。それもすべて、病弱だった令嬢の尽力によるものだった。
セラフィーナは窓の外を眺めた。薬草園の向こうに、新しく建設中の工房が見える。製造量を増やすため、専用の施設が必要になったのだ。
前世の記憶が、確かに役立っている。衛生管理、品質管理、在庫管理。現代日本の病院で当たり前だったシステムを、この世界に持ち込んだ。最初は使用人たちも戸惑っていたが、結果が出るにつれ、皆が協力的になっていった。
午後、セラフィーナは薬草園を視察した。新しく拡張した区画では、解熱作用のある薬草が育っている。
「順調ですね」
声をかけてきたのは、老庭師のトマスだった。彼はこの薬草園の再生を、最初から支えてくれた恩人だ。
「トマスさんのおかげです」
「いいえ、令嬢様の知識と情熱があってこそです。私は種を蒔き、水をやるだけ」
「それが最も大切なことです」
トマスは嬉しそうに笑った。彼の顔には、生き甲斐を取り戻した者の輝きがあった。
夕刻、父ロデリック侯爵が執務室を訪れた。
「セラフィーナ、少し時間があるか」
「はい、父上」
侯爵は娘の向かいに座り、穏やかな表情で語り始めた。
「お前の事業が、どれほど我が家を救ったか。言葉では言い尽くせん」
「私は当然のことをしたまでです」
「いや、違う」
侯爵は首を横に振った。
「お前は病に苦しみながらも、決して諦めなかった。自らの力で立ち上がり、この家を、領民を、そして自分自身を救った」
「父上……」
「誇りに思う。お前は真の侯爵令嬢だ」
その言葉に、セラフィーナの胸が温かくなった。父の承認は、どんな成功よりも嬉しかった。
夜、自室で明日の予定を確認していると、侍女のアニーがお茶を運んできた。
「令嬢様、無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう、アニー。でも大丈夫よ。もう以前のような身体ではないから」
確かにその通りだった。規則正しい生活と栄養バランスの取れた食事、適度な運動。それらを続けた結果、セラフィーナの身体は見違えるほど健康になっていた。
窓の外に、満月が輝いている。
かつて婚約破棄された日の悔しさは、もう遠い記憶だ。今のセラフィーナには、やるべきことがあり、支えてくれる人々がいる。
それで十分だった。
セラフィーナは朝から執務室で帳簿と向き合っていた。窓の外では、新しく雇用した農民たちが薬草の苗を植えている。隣接する領地から来た彼らは、最初こそ半信半疑だったが、今では熱心に働いていた。
「令嬢様、今月の注文書です」
執事のセバスチャンが分厚い書類の束を持って入ってきた。その量に、セラフィーナは小さく息を呑んだ。
「これほどまでに……」
「月光茶と晨露茶だけでなく、新しい傷薬への問い合わせも殺到しております。特に騎士団からの注文が」
前世で看護師だった知識を活かし、セラフィーナは従来の傷薬を改良していた。薬草の配合を変え、清潔な環境で製造することで、治癒速度が格段に上がったのだ。
「価格は適正に。暴利を貪ってはなりません」
「しかし令嬢様、この品質なら倍の値でも……」
「いいえ、セバスチャン。多くの人々に届けることが目的です。利益はその後についてくるものです」
執事は深々と頭を下げた。この一年で、侯爵家の財政は劇的に改善していた。かつては質素倹約を強いられていた家計が、今では余裕を持って運営できている。それもすべて、病弱だった令嬢の尽力によるものだった。
セラフィーナは窓の外を眺めた。薬草園の向こうに、新しく建設中の工房が見える。製造量を増やすため、専用の施設が必要になったのだ。
前世の記憶が、確かに役立っている。衛生管理、品質管理、在庫管理。現代日本の病院で当たり前だったシステムを、この世界に持ち込んだ。最初は使用人たちも戸惑っていたが、結果が出るにつれ、皆が協力的になっていった。
午後、セラフィーナは薬草園を視察した。新しく拡張した区画では、解熱作用のある薬草が育っている。
「順調ですね」
声をかけてきたのは、老庭師のトマスだった。彼はこの薬草園の再生を、最初から支えてくれた恩人だ。
「トマスさんのおかげです」
「いいえ、令嬢様の知識と情熱があってこそです。私は種を蒔き、水をやるだけ」
「それが最も大切なことです」
トマスは嬉しそうに笑った。彼の顔には、生き甲斐を取り戻した者の輝きがあった。
夕刻、父ロデリック侯爵が執務室を訪れた。
「セラフィーナ、少し時間があるか」
「はい、父上」
侯爵は娘の向かいに座り、穏やかな表情で語り始めた。
「お前の事業が、どれほど我が家を救ったか。言葉では言い尽くせん」
「私は当然のことをしたまでです」
「いや、違う」
侯爵は首を横に振った。
「お前は病に苦しみながらも、決して諦めなかった。自らの力で立ち上がり、この家を、領民を、そして自分自身を救った」
「父上……」
「誇りに思う。お前は真の侯爵令嬢だ」
その言葉に、セラフィーナの胸が温かくなった。父の承認は、どんな成功よりも嬉しかった。
夜、自室で明日の予定を確認していると、侍女のアニーがお茶を運んできた。
「令嬢様、無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう、アニー。でも大丈夫よ。もう以前のような身体ではないから」
確かにその通りだった。規則正しい生活と栄養バランスの取れた食事、適度な運動。それらを続けた結果、セラフィーナの身体は見違えるほど健康になっていた。
窓の外に、満月が輝いている。
かつて婚約破棄された日の悔しさは、もう遠い記憶だ。今のセラフィーナには、やるべきことがあり、支えてくれる人々がいる。
それで十分だった。
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