虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん

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王宮医師ウィリアム・フォレストは、公爵邸の診察室で難しい表情をしていた。

エリーゼの診察を終えた彼は、丁寧にカルテに記録を書き込んでいる。五十代半ばの温厚な医師だが、その表情は曇っていた。

「先生、いかがでしたか」

アレクシスが不安そうに尋ねた。

「身体的には、何の問題もございません」

「では、なぜ……」

「公爵様」

医師は声を落とした。

「これは公式の診断ではございません。私の個人的な見解として、お聞きください」

「構いません。教えてください」

「奥方様の精神状態が、非常に不安定です」

アレクシスは黙って頷いた。自分も気づいていたことだ。

「激しい感情の起伏、突然の怒り、過度の不安。これらはすべて、心の不調の表れです」

「治療法は?」

「まず、ストレスの原因を取り除くこと。穏やかな環境で、心を休めることが必要です」

「しかし……」

アレクシスは言葉に詰まった。エリーゼのストレスの原因は、彼女自身の性格と、満たされない欲求だ。それをどう解決すればいいのか。

「率直に申し上げます」

医師は真剣な眼差しでアレクシスを見た。

「このままでは、懐妊は難しいでしょう。精神状態が身体に影響を与えています」

その言葉は、アレクシスの最後の希望を打ち砕いた。

「そうですか……」

「申し訳ございません」

医師が去った後、アレクシスは一人執務室に残された。

窓の外は雨が降り始めていた。灰色の空が、彼の心情を映しているようだった。

跡継ぎ。それは公爵家の最重要課題だ。しかし、今の状況では望めない。

かといって、離縁することも簡単ではない。エリーゼの実家である伯爵家との関係もある。何より、離縁は公爵家の恥となる。

「どうすれば……」

その時、ドアがノックされた。

「失礼いたします」

入ってきたのは、従兄のエドガーだった。二十代後半の聡明な青年で、公爵家の執務を補佐している。

「エドガーか」

「公爵様、お顔色が優れませんね」

「……医師の診断を聞いた」

アレクシスは簡潔に状況を説明した。エドガーは深刻な表情で聞いていた。

「そうでしたか……」

「どうすればいいと思う」

「難しい問題です」

エドガーは慎重に言葉を選んだ。

「しかし、一つ提案があります」

「何だ」

「奥方様を、しばらく田舎の別荘で静養させてはいかがでしょうか。環境を変えることで、心が落ち着くかもしれません」

「……それは、事実上の隔離ではないか」

「言葉は悪いですが、そうです。しかし、奥方様のためでもあります」

アレクシスは考え込んだ。

確かに、今の環境は彼女にとっても良くない。社交界での比較、使用人との軋轢、満たされない欲求。すべてがストレスとなっている。

「提案として、検討しよう」

「はい」

エドガーが退室した後、アレクシスは再び窓の外を見た。

雨は強くなっている。

この一年、彼は幸せだったか。答えは否だ。

エリーゼとの結婚生活は、苦痛以外の何物でもなかった。毎日が争いと嘆きの連続。館には笑い声がなく、使用人たちも怯えている。

もし、あの時違う選択をしていたら。

もし、セラフィーナとの婚約を続けていたら。

しかし、過去は変えられない。

今できることは、この状況をなんとか改善することだけだ。

夜、寝室で一人横になっていると、廊下から叫び声が聞こえた。

「何ですって! 田舎に行けというの!」

エリーゼの声だ。どうやら、侍女が別荘静養の話を伝えたらしい。

「私を追い出す気ね! 絶対に嫌よ!」

物が壊れる音がした。

アレクシスは枕に顔を埋めた。

もう、疲れた。

心から、疲れていた。

翌朝、公爵邸の使用人たちは重苦しい雰囲気の中で働いていた。

「また昨夜も大変だったわね」
「新しい侍女が辞めたいって泣いていたわ」
「このままでは、誰もいなくなってしまう」

囁き声が廊下に響く。

かつて誇り高かった公爵邸は、今や不幸の館と化していた。

社交界でも、その噂は広がっていた。

「公爵家、大変らしいわよ」
「奥方様が手に負えないとか」
「跡継ぎの見込みもないそうよ」

人々の同情は、アレクシスに向けられていた。

そして、同時にこう囁かれる。

「侯爵令嬢との婚約を破棄したのは、失敗だったのでは」
「セラフィーナ様は今、あんなに素晴らしいのに」
「公爵様、後悔しているでしょうね」

その通りだった。

アレクシスは、深く、深く後悔していた。
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