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32 ど近眼魔女と違う世界
しおりを挟む「お願いよ、聖獣!コハクを助けて!!」
ルルーシェラたちのことはもちろん心配だ。でもここで聖獣の事を諦めたらなんのためにここまで頑張ったのかわからなくなってしまう。私はありったけの魔力を込めて叫んでいた。
そして────まるで時間が止まったかのように、世界は真っ黒に染まったのだった。
***
「お嬢様、大丈夫ですか?」
その声にハッと我に返ると、ハンナが心配そうに眉をハの字にして私の顔を覗き込んでいた。
「────ハンナ?うそ、どうしてここに……」
「どうしてもなにも……お嬢様がお部屋にいらっしゃらないからお探ししていたんです。まったく、こんな埃っぽい図書室で何をしていらしたんですか?旦那様と奥様がお呼びですよ」
「……図書室で何をって、そんなの本を読むに決まって……」
私が首を傾げながらそう言うと、ハンナはきょとんと目を丸くする。あれ?ハンナってこんな感じだったけ……。
「お嬢様が本を?あんなに文字嫌いでしたのに熱でもあるんですか?さぁ、そんなことより早く旦那様の所へ行かないと……どうやら今度のパーティーのドレスが完成したみたいですよ」
「ちょ、ちょっと待って……あれ?」
ハンナに急かされて立ち上がると、側にあった積み上げられた本が崩れてバサバサと床に散らばった。埃が舞う中、妙に違和感を感じて思わず顔に手をやるとあるはずのものがそこにはなかった。
「ねぇハンナ、私の眼鏡が無いんだけど……?」
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?10歳にもなって眼鏡をかけるだなんて言うなど、なんてはしたないことを……。それにお嬢様にはそんなもの必要ないでしょう」
「えっ……10歳?眼鏡がはしたないって……そうか、そうよね」
確かに私は眼鏡がなくても周りがハッキリと見えていた。そうだ、私はそんなものなど必要無いのに……なんで違和感なんかを感じたんだろうか。
ダメダメ、しっかりしなきゃ。なんといっても今度のパーティーで王子の婚約者に選ばれなきゃいけないんだから。
「あぁ、やっと来たわね。アリアーティア、ごらんなさいな。とっても素敵なドレスと宝石よ」
「このドレスなら他のどんな令嬢たちよりも目立てるぞ!婚約者の座は確定だな!」
そう言って両親が見せてくれたのは、ゴッテゴテの派手なドレスと重たそうな宝石の塊のついたアクセサリーだ。それから山盛りの化粧道具も。王都ではこれが流行りなのだという。
「これならお嬢様が1番輝けますね。このようなメイクはいかがでしょうか?」
両親から期待の視線を浴びる中、ハンナはニコニコとしながら私の顔に化粧を施していく。皮膚呼吸が出来なくなるんじゃないかってくらい分厚い化粧をされてから鏡を渡されたが、そこにはもはや私の顔の原型なんてどこにもなかった。それに、さっきから顔がなんだかむず痒い気がする。唇も少し痛くなってきた。
「あ、あの……」
「とっても素敵よ、アリアーティア!なんでもこの白粉はどんな肌も白く見せてくれる特注品なんだって商人がオススメしてきたものなのよ。息も止まるくらいの美しさになるって謳い文句は本当だったわね。あまり長時間の使用はやめたほうがいいって言われたけれど……きっと、美しすぎて周りの人間が魅了されてしまうからね。そんな貴重品をあなたのために特別に手に入れたんですから、ちゃんと王子の心を射止めてくるのよ?」
「この口紅の色も素晴らしい!特種な香料を配合しているらしいが……やはり紅は真っ赤でないと意味が無いんだ。女とは白い肌と赤い唇が魅力的な生き物だからな!その唇で王子に迫れば婚約者の座はこちらのものだ!」
「ええ、とてもお美しいです。アリアーティアお嬢様……真っ白なお顔がまるで血の通っていないお人形のようでございますよ」
「「「本当に美しい」」」
3人からの圧の強い言葉が私に反論を許さない。この化粧品は肌に合わないみたいだなんて言える雰囲気では無かった。
「……あ、ありがとう……」
握り締めたままの鏡には、複雑な表情をした白い顔が映り込んでいた。
そしてパーティー当日まで私はなぜかずっと空を見上げていたのだが、どうしてそうしているのかわからないままだ。
ただ、小鳥を見かけると妙に気になってしまう。
「ねぇ、ハンナ。……白い小鳥を見かけなかった?」
「お嬢様、小鳥だなんて汚らしい生き物を近づけてはいけません。どんな病気をもっているかわかりませんし、何よりも美しくありません。お嬢様にはふさわしくありませんわ」
ハンナは眉をつり上げ、声を上げた。こんなのハンナじゃない。なぜかそんな気持ちがわき上がってくるが、しかしハンナは今までもこうだったはずだと思う自分もいるのだ。
表情が豊かで、感情だってすぐにわかる。私の専属侍女ではあるがお父様とお母様の命令を優先する完璧な侍女。私の、誰よりも大好きなはずの…………自慢の侍女。
「……そうね」
なぜだろう、今にも吐きそうなくらい気持ち悪い。しかし体の方は私の気分などお構い無しにパーティーの準備を進めていて、あのごってりとしたメイクを顔に塗りたくられていた。
さらに分厚く白粉を塗られた顔が痒い。少しでも動かせば今にもヒビが入りそうだし、皮膚呼吸が出来ないからか息苦しい。派手なドレスはうごきにくいし、大き過ぎる宝石のついたネックレスのせいで重くて首がもげそうだ。
……なんで私、こんな目に遭っているんだっけ?こんな事をしている暇があったら師匠の元へ……。え、師匠って誰?私に家庭教師なんかついていないのに。あぁ、顔が痒い。体が重い。
「お前を今日から俺の婚約者にしてやる。見た目はそこそこだし、公爵令嬢ならば釣り合うしな」
目の前には、いつの間にか生意気そうな……いや、王子がいた。
……婚約者?そうだ、今日はこの王子の婚約者を決めるパーティーだった。お父様とお母様には絶対に王子に見初められてこいと念押しをされていた事を思い出した。
私のためだと、ドレスと宝石を用意してくれたお父様とお母様。私を蔑んだりせず、大切に育ててくれた両親に恩返しするためにも私は王子の婚約者にならなければならないのだ。
「……ありがとうございます」
こうして私は王子の婚約者になった。お父様とお母様は大喜びで私を褒めてくれる。自慢の娘だと、これで誰よりも幸せになれると……。
そして数年の月日が流れたある日、私はふとハンナの事が気になった。
「……そう言えば、ハンナは結婚ってしないの?」
「はぁ?突然どうなさったんですか?お嬢様がお嫁に行かれるならば、もちろんわたしはお嬢様に付いていきますから結婚するなんてあり得ません」
何を馬鹿な事を。と言わんばかりにハンナが大袈裟に首を振ったのだが、私はそれが不思議で仕方がなかった。
「…………そうなの?だって、それじゃあ子供は」
「子供など産むつもりはございませんから、ご安心を。お嬢様の侍女をするのに子供なんていても邪魔なだけじゃないですか」
────あれ?なぜ今、ズキッと心臓が痛くなったんだろう。
だってハンナは私の侍女で、王家に嫁いでからもずっと一緒の予定だ。だからハンナが結婚なんかするはず無いのに……ましてや子供なんか…………。
でも、こんなのハンナじゃない。子供が邪魔だなんて絶対にいわない。なぜかそう思ったのだ。
そうよ、だってハンナは……自分の子供に無償の愛を注げる人だって知ってるはずなのに……。
「…………………………違う」
頭では分かっているのに、勝手に口が動いていた。
「お嬢様?」
「ハンナはそんな事言わないわ……!だってあの子の事、あんなに愛してたもの!」
「あの子とは誰ですか?」
「それは…………………………」
ダメだ、思い出せない。ちゃんといるはずなのに、なぜ顔も名前もわからないのか。でも、どうしてらいいかわからない。今の私には何も無いのだ。眼鏡も、白い小鳥も、頼れる師匠も…………………。
「お嬢様には王子と結婚して、公爵家を豊かにする義務があります。子供とは親の道具であり手駒です。子供にご興味があるのならば、ご自分で“道具”として王子のお子をお産みになればよろしいかと。そうすればお嬢様の地位も安泰するでしょう」
「ハンナは……私のこともとても大切にして愛してくれたわ……」
「もちろん大切でございますよ。お嬢様が“ちゃんと”してくださればわたしの評価も上がりますしね」
そう言って鼻で笑ったハンナは、もはや私の知っているハンナじゃなかった。
ハンナは、私を大切にしてくれたお母さんのような人。いつだって私の味方で、私の全てを受け入れてくれた人。そして……自分の1番大切な宝物を私に託してくれた人────。
ピシィ……ッ!!と、空間か軋む音がした。やっぱりここは作られた世界だ。なぜか私の魔力が抑え込まれて記憶までイジられているようだった。
でも、もう思い出した。“今の”私があるのは、全部ハンナのおかげなの。親に見捨てられた私に自由と愛することを教えてくれたのがハンナなのだ。と。
それに……“あの子”にだって、ハンナがいたから出会えたのだから────!
「私の大切なハンナをこれ以上馬鹿にするなら、絶対に許さないんだから!!」
パァン!!
周りの景色が歪み、小さな亀裂が大きくなり……世界は破裂した。そして真っ白になった世界には、小さな光がポツンと佇んでいたのだ。
そしてその光がポワポワと揺らめいたかと思うと、私の目の前で姿を変えた。……それは、ツギハギの体を持った小さな獣の姿。
大きさはずっと小さいけれど────グリフォンだ。
グリフォンは申し訳なさそうにうつむき、見てこう言ったのだ。
『……君からは、ボクの“会いたい人”の魔力を感じたんだ。だから、君の記憶を食べちゃえばそれが“誰”だかわかると思ったのに…………その“誰”かが怒っちゃったみたい。ボク、ずっと探してた“会いたい人”に嫌われちゃったよ~!ごめんなさい~っ』と。
「え……」
そして、ポロポロと泣き出した小さなグリフォンを見て戸惑う私の側に……懐かしい気配を感じたのだった。
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