【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか契約聖女になってしまいました

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10 尾行するからには証拠を掴みたいんです

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 結局、アニーの説得は無理でした。ロイに変装した私の隣を意気揚々と歩くアニーを、つい横目で見てしまいます。 

「アニー、私は別に遊びに行くわけじゃないのよ?」

「もちろんわかっています。あの男エドガーの素行調査をなさるおつもりなんでしょう?ですが、そもそも執事長様に内緒でこんなことするなんてこと自体が異常事態なんですよ。なにもお嬢様自らこんなことなさらなくてもいいじゃないですか。旦那様と奥様が知ったらそれこそどうなるか……」

「うっ、それはそうなんだけど……。これには一応事情があって……、どうしても調べたいことがあるのよ。別の手段も取れなくなってしまったと思ったら居ても立ってもいられなくて……」

 思わずしどろもどろになってしまいました。どこまでアニーに説明したらいいか悩んだからです。確かにアニーはあの銀髪男が酒場で私に脅し的なことを言ってきたのは知っていますが、それ以前に部屋に不法侵入してきたことは知らないのですから。……もしも知ったら、それこそ大騒ぎになる予感がします。

 まず、なぜこんな事態になったのかを考えました。私が調査を依頼した人物の事をよくよく考えたわけです。一応は伯爵令嬢である私の依頼を突然に断り、そのまま音信不通にまでなるとなれば、その人に圧力をかけた人物は私よりも権力がある者だということでしょう。それがあの銀髪男だと仮定したならば、相手は伯爵位以上……もしくはかなりの闇の権力者ということになってしまいます。隣国のスパイだと言っていましたけれど、どこまで信じていいのかもわかりませんもの。

 だからこそ、あの銀髪の男の忠告に逆らうのは危険かもしれないとわかってはいるのです。できればアニーやトーマスを巻き込みたくはなかったのですが……。なんとなく、トーマスは私の行動など全て把握済みのような気がしてきました。それは全てを準備して扉の前で待っていたアニーが物語っていましたから。

「やっぱり……トーマスはこのことを全部知っているのね」

「もちろんです。執事長様からはお嬢様の護衛を命じられました。お嬢様ならきっとジッとしていないだろうからと」

 そう言って笑みを向けるアニーの姿に思わずため息が出ます。

「やはり、心配をかけていたのね……。でも、今日しようとしていることはどうしてもやり遂げたいの」

「もちろんわかっています。執事長様からも余程危険にならない限りお嬢様に付き添うように申しつけられていますから。もちろん、そう何度もお許しが出るとも思いませんけれど」

 そう言って肩を竦めるアニーの姿に申し訳なさも感じましたが、それでも少しでも早く行動したいとも思い体がうずきます。しかも、今回を逃せば次はなさそうな予感までしますから。

「――では行きましょう。エドガーの罪を暴くために」







 ***






 そして、アニーと共にエドガーの現れそうな場所を探しました。とはいえ、あの男は定期的に街に現れては店を物色しているそうなのでだいたいの目星はついていたのですが。

「あっ」

 下町を探って数分。曲がり角のところで辺りを伺っているとすぐにエドガーを発見しました。こんなに早く発見するとは予想外でしたが、今日も安定の馬鹿面ですね。

「俺は次期伯爵だぞ!この領地にいたいのならそれを寄越せ!」

「で、ですが、それはこの店で1番高い商品でして……」

 やはり各店から商品を強奪しているようでした。エドガーが手にしているのは大きな宝石のついた髪飾りでしたが、なんと勝手に箱から取り出してそれを鷲掴みにするとジロジロと値踏みするように見てから「お前、この次期当主である俺にそんな口を聞いていいのか?ロティーナは俺の言いなりなんだ。もしこの事を知ればどうなるか……」と店主を脅し始めていたのです。

     私が知ったらどうなるかですって?そんなのすぐさまその髪飾りを店主に返してエドガーあなたをぶん殴りたい衝動に駆られていますが?

「うわぁ……。お嬢様ってば、よくあんなのと婚約してますよね?」

 エドガーの行動にドン引きしたアニーがポロリと本音をこぼしてきました。決して使用人が口にするような言葉ではありませんが、私も同意見です。

     本当なら今すぐあの場に飛び出して行きたいくらいですがぐっと我慢します。あとで店主さんには謝罪とお詫びをしなくてはと、心の中でごめんなさい!と謝るのでした。

     結局エドガーは「ちっ!金を払えばいいんだろう?!この守銭奴どもめ!俺が伯爵になったら覚えていろよ!」と小銭を投げつけるように払うと足早にその場を去っていきました。悪態をつきながら足元の物を蹴りつける様子はどう見てもその辺のゴロツキです。一体どの口が「この守銭奴め」とか「俺が伯爵になったら覚えていろ」などと言っているのでしょうか。

     私は項垂れる店主さんに後ろ髪を引かれる思いでエドガーの後を尾行します。さらに酒屋の扉を乱暴に足で蹴りつけて中に入ると高級なワインを奪って出てきました。デジャヴのような台詞を叫んだかと思うと「たかが酒のひとつやふたつで、ケチくさい領民どもだ!」と店に唾を吐いたのです。

     最初の報告書に書かれていたよりもさらに酷い現状に、こんな人と結婚しようとしていたなんてと背筋がゾッしました。やっぱり絶対に婚約破棄しなければと決意を新たに尾行を続けると、やはりエドガーの行き先は公爵家の……アミィ嬢がいる別邸だったのです。




「……やっぱり」

     思わずため息交じりに声が漏れました。わかっていた事とは言え、やはりショックです。でも落ち込んでいる暇はありません。ここまでは報告書でもわかっていた事ですが、問題はこの先なのですから。

「……お嬢様、まさかここは……」

「えぇ、公爵家の別邸よ……」

 事態の深刻さに気づいたのか、アニーの顔色が悪くなります。なにせアミィ嬢とレベッカ様の例の事件は良くも悪くも庶民たちすらも良く知っていますから。

 とにかく、エドガーが貢ぎ物をたんまり持ってアミィ嬢の元へ通っている事だけは確かです。今のままでもエドガーとの婚約破棄だけなら出来そうですが、アミィ嬢に「エドガーが無理矢理やってきただけで自分は断った」などと言われてしまってはたまりません。アミィ嬢が隣国の王子を裏切ってエドガーと密通している証拠を手に入れなければ……!

     エドガーがだらしない顔をしながら門をくぐったのを確認してから、木陰を利用して壁伝いに侵入すると窓の近くに出てこれたのです。心配そうに眉をひそめるアニーに「静かに」とお願いしてから中をそっと覗くとそこに人影がありました。

     昔、学園で遠目に見たことのある人物……アミィ嬢がそこにいたのです。

     黒く長い髪はゆるく巻かれ、空色の瞳は大きな宝石を見つめてうっとりと輝いています。宝石が好きなのでしょうか?確かに宝石は美しいですが、学園で聞いていた噂ではアミィ嬢はお金や権力には興味のない純粋な方らしいとのことでしたが。

 その部屋には壁一面に色とりどりのドレスが並べられ、たくさんのアクセサリーは宝石箱から溢れんばかりにこぼれていました。

     学園にいた頃よりも濃いめの化粧を施した彼女は、まるでどこかの絶対的な女王のような雰囲気を纏っていたのです。

 そして、学園時代の頃もアミィ嬢から漂っていたあの不思議な香りも健在のようでした。窓の隙間から漂ってくる甘ったるい香り。あの時も不快でしかなかったですが、相変わらず何の香水なのかは不明です。なんというか、なんとも表現しにくい香りなのです。うーん……柑橘系?スパイス系?それでいて砂糖菓子のような甘ったるく纏わりつくこの香りはあの頃と同じく無意識に眉をひそめる匂いでした。しかし、学園時代よりもさらに臭いが濃くなった気がします。そんなむせ返るような香りに思わず鼻をつまみそうになったその時、エドガーがやって来ました。

 何を話しているかはよく聞こえませんが、「俺の女神」とか「会いたかった」とか、エドガーはうっとりした顔で語っているようでした。ただアミィ嬢は窓に背を向けてしまったので、どんな表情をしているかが見えません。

     果たして嫌がっているのか、喜んでいるのか……。もう少し見えやすい角度に……。

「お、お嬢様、危な……!」 

「あっ……!」

 私の側で息を潜めていたアニーが、つい身を乗り出して体勢を崩してしまった私の体を支えようと手を伸ばしました。

 ガタッ!

「誰だ?!」

 身を乗り出し過ぎたせいで手元が滑って音を立ててしまいました。せっかくアニーが体を支えようとしてくれたのに、とんだ失態です。窓側にエドガーが近づいてくる気配がして思わず身がすくみ、アニーを巻き込んだ事を後悔しました。

     今、窓を開けられたら私がここにいることがバレてしまいます……!変装はしていてもウィッグを取られたら終わりですし、なによりもアニーは厳罰を受けることになるでしょう。たとえ罪を犯していたのがエドガーとアミィ嬢だとしても、それを立証出来なければ罪人になるのはこちらなのです。

 もしこのまま見つかったら、エドガーとアミィ嬢の密会を暴く前に私が公爵家に不法侵入した罪で裁かれてしまうでしょう。公爵令嬢であるアミィ嬢にはその力があるのですから。

 ドクンドクンと、心臓の動きが手に取るようにわかるくらいに感覚が研ぎ澄まされている中……私の服の裾をぎゅっと握るアニーの肩を抱きました。


「そこにいるんだろう?!ーーーー出てこい不審者め!」

    もうダメだ……!私は神に祈るように目を固く閉じたのでした。




     
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