金なし道中竜殺し

しのはらかぐや

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1章 結成

第14話 セントエルフ

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「まぁ、驚くのも無理はない。私も実際にこの目で見るまでは伝説だと思っていたからね」

ゼーローゼはパイプに火をつけて煙を吐く。

「しかも、これはトルソーの中でも特に希少価値の高い逸品であるネームドというものだ」

自慢げな声は話したくて仕方がないといった様子で一行の様子など気にした風もない。
ゼーローゼはトルソーを一瞥して鼻を膨らませる。

「セントエルフトルソーは瞳の色の薄さで価値が変わるんだが…彼女、“アレキサンドライト”は見ての通り薄い金と銀の瞳を持つ非常に美しい個体でね。10年分のバカンスを棒に振ったよ」

残念そうな様子とは裏腹に声は弾む気持ちを抑えられていない。

「これが…伝説のセントエルフ…と…?本物の…?」

たてのりの口から自然と言葉が溢れた。
他は何も言葉を発しないが、皆が同じ思いを抱えている。
伝説は存在しないからこそ伝説なのだ。御伽話の種族がいることを俄かには信じられなかった。

「おや?“本物”を見るのは初めてなのかね?」

皺の寄った目尻が片方吊り上がり、にやりと笑ってアレキサンドライトの方を見る。
人形は少しだけ眉を顰めて嫌そうに睫毛を伏せた。

「トウカ君…君は、どうだね」

ゼーローゼの呼びかけにアルアスルは思わず隣に座っていたトウカの方に振り返った。
そこにいたのは、透き通るペリドットの瞳を大きく見開いた、初雪のように白い肌、陶人形のように美しい面立ちのエルフだ。

まるで、トルソーと同じような。

「トウカ、ちゃん…まさか…」

「アル!」

たてのりがアルアスルの言葉を制した。少しの余韻を残して室内は静まり返る。
ゼーローゼが鼻を鳴らし、立ち上がってトウカの方へ近付くと変わらずにやついた顔でその端正な面立ちを睨め回した。

「トウカ君…あぁ近くで見れば見るほど、見紛うてしまうよ…その真っ白な肌、透き通る髪と宝石のような瞳…まさに“伝説そのもの”」

その場にいるたてのりを除いた全員の視線がトウカに集まる。
たてのりはゼーローゼを睨みつけていた。

「一度、エルフ王族に謁見したこともあるのだが、はて…君ほど色の白く美しいお方はあらせられたかな…?」

「おい…何が言いたいねん……」

痺れを切らしたタスクの唸るような声にゼーローゼは面白くなさそうに睨みをきかせる。

「…その、トウカとやら…セントエルフである可能性が高い。手足のあるセントエルフは絶滅したと思っていたが、本物であるならその莫大な魔力を有する手足は国の貴重な資源だ。諸君らが所持していて良い代物ではない」

「な…なんやと!トウカちゃんはただのエルフや!」

ただならぬ雰囲気を感じ取ったアルアスルが素早く否定する。
ゼーローゼは食事の際に飛んできた小蝿ほども気にかけずに自分の席に戻ると深くパイプを吹かした。

「魅了のバフを…使っていたね?魔装なしのあの正装で」

トウカがハッとした顔でゼーローゼの顔を見る。
ゼーローゼはいやらしい顔で笑うだけだ。

「うちにも優秀な魔導士がいるのでね…さぁ、取引だ。この部屋の全てを渡してもそのセントエルフには及ぶまい。何が欲しい?ここにないものでも構わん。富か?名声か?全て与えよう。何ならそれと交換できる?」

捲し立てるゼーローゼに怒りで震える莉音が立ち上がる。

「そ、そんなこと、できるわけ…!」

思い切り叫んだ莉音の声を、バチバチという不快な乾燥した音と点滅する光が遮った。
刹那的な出来事にアルアスルでさえも反応が遅れる。
気がつけばトウカは地面に伏し、首に雷の鉾を突きつけられていた。
ゼーローゼの反対側の扉から数人の黒装束の者たちがいつの間にか入ってきていた。
黒装束の者たちがトウカの両手足を雷を纏う鉾で押さえつけている。
トウカの美しい面立ちが苦痛で歪んだ。

「トウカ!」

「おい!」

莉音が叫んだ。
アルアスルは手足を変化させてゼーローゼに向けて威嚇する。
たてのりは剣を置いてきたことを踏まえて近くに飾られていた銀食器のバターナイフを手に取った。
先に風呂に入って部屋着に着替えていたばかりに、誰も武器を持っていない。
たてのりはタスクと目配せをし、タスクは机を爪で叩いてアルアスルに合図を送る。
タスクが莉音を庇い2人がそれぞれゼーローゼと黒装束の者たちに飛びかかろうとした瞬間、空気が冷涼なものに一変する。

「やかましい!」

天翔ける竜のような美しく気高い声が屋敷中に響き渡る。

「騒ぐな、下等生物。妾の目を汚すな」

声の主は台の上に座する陶人形だった。
薄い金と銀の目は恐ろしいほどに冷たく底知れない怒りを湛えていた。
全員の動きが止まり一気に視線が声の主であるアレキサンドライトに集まる。

「アロイス・フォン・ゼーローゼ公爵、お戯れもそこまでにしてくださいな。汚らわしい酒場の下賎なおんなエルフと同族扱いされて気が立っておりますの」

ゼーローゼはその言葉に小さく唸った。
アレキサンドライトはその美しい面立ちを歪めて虫けらを見る目でトウカを見る。

「セントエルフは聖域に住む神秘の種族。そして信仰上、俗世に堕落するなど万一にもありえません。ましてやこの者の踊りは民族舞踊だと伺いましたが?」

「あぁ、そうだ」

「セントエルフの舞踊魔法はその一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが型通りに行われないと発動しません。その辺りで習えるような民族舞踊などを踊るような小娘がどうして我々と同じ種族だと言えましょう」

アレキサンドライトは冷たい声のまま堂々と言い放った。瞳には未だ怒りの色は消えず本当に気分を害している様子が誰の目に見てもわかる。
ゼーローゼはしばらくアレキサンドライトとトウカを比べるように見ていたが、大きく息を吐いて椅子に深く腰掛けると残念そうにパイプで吸った煙を吐いた。

「…ようやく酒場から引き出せたというのに…また違ったのか。その者を放せ。…客人だ」

ゼーローゼの合図でトウカは黒装束から解放される。
黒装束の者どもはどこへともなく立ち去っていった。

「…すまなかったね。私の勘違いだったようだ」

ゼーローゼは固まってしまった一行などお構いなしに昼間に見せていた穏やかな笑顔を顔に貼り付けた。

「アロイス様、確認してほしいものとはこれだけですの?」

アレキサンドライトの不機嫌な声が棘を持ってゼーローゼを刺す。
ゼーローゼは困ったように頰を掻いて台座を下げるようにと使用人に手で合図した。

「今後はこのようなつまらぬことでお呼びにならないでくださいまし。…あぁ、それと」

下がっていく台座の上からアレキサンドライトは唖然とする一行に視線を向ける。

「Muka Rinda Tianesie Kig」

「みゅ…?」

「…祈りの言葉よ」

聞きなれない発音と言葉に困惑する様子を見てアレキサンドライトはそう呟いた。
床に座ったままになっていたトウカだけがハッと顔を上げる。そして、閉まりゆく扉に向かって叫んだ。

「天竜の契りに祈りを…!」

言葉の最後までを聞き届けずに扉は閉まった。

「…今日はすまなかったね。明日、詫びといってはなんだが必要なものはなるべく用意しよう」

アレキサンドライトがいなくなった途端にゼーローゼがそう呟き、そそくさと部屋を後にした。



部屋に残された一行の間にはゼーローゼを責めることすら忘れるほどのひどく気まずい沈黙が流れた。
たてのりが銀食器の展示にバターナイフを戻す音だけが一瞬響く。

「トウカ…さっきの言葉って?」

最初に口を開いたのは莉音だった。
へたり込んだまま黙りこくって目も合わせず立ち上がらないトウカの代わりにたてのりが口を開いた。

「…大昔より、エルフの、王族に伝わる言葉…」

「え、たてのりわかるんか?」

タスクが驚く。
たてのりは深い緑の瞳を伏せて頷いた。

「…母が、昔言ってたその言葉に似ている」

アルアスルとタスクは困ったように顔を見合わせた。
状況が飲み込めない莉音が2人の顔を交互に見上げる。タスクは特に何も言わずに莉音の頭に手を置いた。

「つまりどういうこと…?エルフ王族の言葉がわかる…トウカは、エルフの王族なん?」

トウカがぴくりと震えて、少しだけ顔をあげ莉音を一瞥した。

「…ナドカ」

「え?」

黙りこくっていたトウカの小さな呟きに全員が耳を傾ける。

「あたしの本名…。…等加などかっていうの」

「な…どか…?」

等加と名乗った踊り子はまた俯き、何かを考え込むようにそれきり何も話さなくなった。







「…あの娘には今後一切関わらないでくださいまし」

寝室に戻ったゼーローゼに、飾られたアレキサンドライトが言い放つ。

「あれは、天契てんけいてんけいの竜を呼び寄せるもの」

その一言にゼーローゼはハッと青ざめ、ベッドに腰掛けて深く深くため息をついた。

「そういうことか…。お前が言うことならば信じよう。…私は、触れてはならない禁忌のすぐ側まで来てしまっていたのか…」

ゼーローゼは立ち上がると、暖炉に火をつけた。
そしてテーブルからいくつかの書類を取り出し、ゆらめく火に焚べて燃やした。
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