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それぞれの想い
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「そっか、そうなんだね。三浦先生…」
話を聞き終えると、有希は神妙な面持ちでうつむく。
あれから数日経ち、久しぶりに会わない?と電話をくれた有希とランチをしながら、菜乃花は三浦とのことを打ち明けていた。
「いい人だね、三浦先生って」
ポツリと呟く有希に、菜乃花はまた涙が込み上げてきた。
「有希さん、私、三浦先生を傷つけたくなかった。本当にいい人なの。優しくて、私なんかにはもったいないくらい素敵な人。結婚出来れば良かったのかな…」
そう言った途端、新たな涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
有希は静かに微笑んで、菜乃花に語りかけた。
「菜乃花ちゃん。同情で結婚する方が三浦先生に失礼よ?」
「でも、じゃあ、私が先生を好きになれれば良かったのに…」
「菜乃花ちゃんたら。それは本当の優しさではないし、ましてや本当の愛でもないわよ?三浦先生になんて言われたのか思い出して。幸せになれって言われたんでしょ?」
涙でしゃくり上げながら、菜乃花は頷く。
「だったら、幸せにならなきゃ。三浦先生の気持ちに応える為にも。ね?」
「先生を傷つけたのに?私だけ幸せになんて…」
「あらあら、菜乃花ちゃん。それも三浦先生に失礼よ。私の友人がみなと医療センターでナースをやってるって話したでしょ?三浦先生、それはそれは評判が良くてモテるんだって。すぐにいい人が現れるわよ。ぼやぼやしてたら、菜乃花ちゃんよりも先に三浦先生の方が幸せになるかもよ?」
「あ、そうか。そうですよね。先生にはどうか幸せになって欲しいです。あんなにいい人なんだもの。私なんかよりもずっと素敵な人と結婚して欲しい」
「ふふふ。じゃあ菜乃花ちゃんも、ちゃんと自分の幸せを見つけなきゃね」
うーん、と菜乃花は下を向く。
「私の幸せ…。見つける自信ないです」
「そんなこと言わないの!三浦先生に怒られるわよ?私も、あと春樹もね。みんな菜乃花ちゃんが幸せになるのを願ってるわ。大丈夫!菜乃花ちゃんはちゃんと幸せになれる。ほんの少し、自分の気持ちを開放して素直になってみて。ね?」
有希の言葉にじっと耳を傾けた後、菜乃花はコクリと頷いた。
◇
「宮瀬先生!」
「はい。あ、三浦先生」
病院の廊下で後ろから声をかけられた颯真は、足を止めて三浦を振り返った。
「ちょっといいかな?君の耳に入れておきたいことがあってね」
「えっと、先生とフィアンセのことでしょうか?でしたら、私なんかに報告は…」
「いや、フィアンセなんかじゃないよ」
「…はい?」
「最初から鈴原さんは、俺のフィアンセなんかじゃない。俺には全く気がない彼女に、一方的にしつこく言い寄ってただけなんだ。でもね、ようやく気づいたんだよ。いい年の男がみっともないなって。だからきっぱり諦めて彼女にもそう伝えたんだ。言いたかったのはそれだけ。じゃあね」
「はあ…」
颯爽と去って行く三浦の後ろ姿に、颯真は呆然としながら気の抜けた返事で見送っていた。
◇
それぞれの想いを抱えたまま、季節はゆっくり夏へと変わっていった。
夏休みに入ると、菜乃花は小学生の子ども達向けのイベントを開催する。
宿題や自由研究のヒントになるように、図鑑や実験の本を紹介したり、勉強会を開いたりしていた。
今日は、星空研究の日。
菜乃花がカーペットエリアにプリントや資料、図鑑や筆記用具を並べて準備をしていると、ふいに「なのかお姉さん」と声をかけられた。
顔を上げた菜乃花は驚いて目を見開く。
「りょうかちゃん!」
はにかんだ笑顔で立っていたのは、みなと医療センターに入院していたりょうかだった。
「うわー、久しぶり!元気にしてた?」
「うん。今ね、一年生になったの」
「そうかあ、小学校に入学したんだね。おめでとう!それからお手紙をありがとう。大事に取ってあるんだよ」
りょうかはあの時と同じように、照れたような笑顔をみせる。
「この図書館、おうちからは遠いんだけど、今日はお父さんが車で送ってくれたの。星空研究にどうしても行きたくて。終わる頃にまた迎えに来るって」
「そうなのね!遠いのに来てくれて嬉しい。一緒に楽しもうね」
「うん!」
開始時間にはまだ少し早く、りょうかは菜乃花の準備を手伝ってくれる。
「なのかお姉さん。病院のおなはし会には行ってるの?」
「それがね、少しお休みしてるの。でもそろそろまた行こうと思ってたところなのよ」
「そうなんだ!まさるくんがね、なのかお姉さんが最近来ないって言ってたよ。お母さん同士が時々電話してるの」
「そっか。まさるくんにも会いたいな。じゃあ、今度仕事がお休みの日に会いに行こうかな」
「うん。まさるくん、もうすぐ退院なんだよ」
え!と菜乃花は手を止めてりょうかを振り返る。
「そうなの?」
「うん。来週の木曜って言ってた」
「木曜…。仕事だけど、なんとか会いに行ってみる」
「うん!まさるくん、きっと喜ぶよ」
「そうだといいな。教えてくれてありがとうね、りょうかちゃん」
りょうかはにっこりと可愛らしい笑顔で頷いた。
イベントの時間になり、たくさんの小学生達が集まって来た。
菜乃花はまず挨拶してから、早速図鑑を開いて子ども達と一緒にプリントに星座を書き込んでいく。
春の空、夏の空、秋の空、冬の空。
それぞれの星座を書き込むと、あとは自由に星について調べてもらう。
星座にまつわるエピソードや、星占い、英語での星の名前など、子ども達は自分の興味があることについて調べていく。
菜乃花はそれを手伝い、関係のある本を持ってきたり相談に乗ったりした。
「なのかお姉さん、ありがとうございました」
「こちらこそ。みんな気をつけて帰ってね」
「はーい!」
子ども達を見送ると、最後にりょうかに礼を言った。
「お手伝いありがとう、りょうかちゃん。それに今日は会えて嬉しかった。また来てね!」
「うん!今度はまさるくんも誘ってみる」
「わー、楽しみ!待ってるね」
菜乃花は手を振ってりょうかを見送ると、カウンターに戻って早速館長に相談する。
「来週の木曜日だね。分かった。その時間は抜けてもらって構わないよ」
「ありがとうございます!昼休憩をその時間にずらして取らせていただきます」
「そんな細かいこと気にしなくていいから。ゆっくり会っておいで」
「はい!」
そしてみなと医療センターにも連絡する。
顔馴染のナースは、久しぶりの菜乃花の電話を喜んでくれ、いつでもお待ちしていますと言ってくれた。
◇
翌週の木曜日。
菜乃花は小ぶりの花束とラッピングした本を持って、みなと医療センターの小児科病棟を訪れた。
「まさるくん」
「なのか!」
病室を覗くと、少し見ない間にどこか大人びた表情になったまさるが、菜乃花を見てパッと笑顔になる。
「なのか、怪我してたんだって?だいじょうぶかよ?」
「うん、もう大丈夫だよ。まさるくん、なんだかかっこいいね。私のこと心配してくれてたの?」
「バカ!そんなわけねえよ」
「あはは!本当にかっこいいね。はい、これ。退院おめでとう!」
菜乃花は花束と本を手渡す。
「え、くれるの?」
「もちろん!まさるくん、本を好きになってくれたもんね。おうちで読んでみて」
プレゼントしたのは、子ども図鑑。
色々なジャンルを分かりやすくイラストで解説してあり、乗り物や食べ物の他に、人間のからだの仕組みについても書かれていた。
多感な子ども時代に入院を経験した子ども達は、きっと誰よりも命や身体を大切にしてくれるだろう。
そんな気持ちで、菜乃花はこの本を贈ることにしたのだった。
退院の手続きを終えた母親が「そろそろ行くわよ」と呼びに来た。
まさるが廊下に出ると、ドクターやナースがずらりと並んで待っている。
「まさるくん、退院おめでとう!長い間よく頑張ったね」
三浦が笑顔でまさるの頭を撫でる。
「まさるくん、元気でね!」
「また顔見せに来てね!」
ナースや事務のお姉さんにも次々と声をかけられ、まさるは照れ笑いを浮かべながら無事に退院していった。
「今日はありがとう。来てくれて」
「いいえ。まさるくんに会えて私も嬉しかったです」
他のスタッフが持ち場に戻って行ったあと、三浦が菜乃花に話しかけてきた。
いつもと変わらない優しい三浦の笑顔を、菜乃花は懐かしく感じる。
「りょうかちゃんが図書館に来てくれたんです」
「へえ、りょうかちゃんが?元気そうだった?」
「はい、とっても。小学校に通ってるって嬉しそうにお話してくれました。まさるくんの退院のことも、りょうかちゃんが教えてくれたんです」
「そうだったんだ」
「それと、私、そろそろここのボランティアも再開させていただこうと思っています」
「そう。体調は大丈夫?」
「はい。無理しないように気をつけます」
「分かった。それじゃあ、また。気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます」
菜乃花は三浦にお辞儀をして見送る。
心の片隅に寂しさや心細さ、後悔や感謝、様々な想いが混ざり合い、菜乃花はうつむいてじっと自分の気持ちをやり過ごしていた。
◇
暑い日が続く。
図書館は連日、夏休み中の子ども達が多く訪れ、菜乃花は対応に追われていた。
本の問い合わせや貸し出し業務、イベントの開催に宿題の相談。
毎日、他のことは考えられない程、仕事に集中していた。
夏休みが終わりかける頃、りょうかがまさると一緒に図書館を訪れてくれた。
三人で再会を喜び、菜乃花は二人が仲良くテーブルに並んで宿題をする姿を微笑ましく眺めていた。
9月に入り、暑さが少し和らいでくると、加納夫妻がよく顔を出してくれるようになる。
皆の元気そうな姿を嬉しく思いながら穏やかな毎日を送っていた菜乃花は、ある日有希から嬉しいメッセージを受け取った。
「え、生まれた?男の子が無事に!」
仕事終わりにスマートフォンを見た菜乃花は、早速有希に返事を書く。
『有希さん、先輩。おめでとうございます!ママも赤ちゃんも無事で何よりです。とっても可愛い赤ちゃんですね。私も早く会いたいです。有希さん、お身体お大事に。ゆっくり休んでくださいね。嬉しいお知らせをありがとうございました』
送信すると、ふふっと思わず笑みがこぼれる。
(落ち着いたら会いに行きたいなあ。あ!プレゼントを買いに行かなきゃ!)
次の休みに早速探しに行こうと、既に菜乃花はウキウキしながら明るい気持ちになっていた。
話を聞き終えると、有希は神妙な面持ちでうつむく。
あれから数日経ち、久しぶりに会わない?と電話をくれた有希とランチをしながら、菜乃花は三浦とのことを打ち明けていた。
「いい人だね、三浦先生って」
ポツリと呟く有希に、菜乃花はまた涙が込み上げてきた。
「有希さん、私、三浦先生を傷つけたくなかった。本当にいい人なの。優しくて、私なんかにはもったいないくらい素敵な人。結婚出来れば良かったのかな…」
そう言った途端、新たな涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
有希は静かに微笑んで、菜乃花に語りかけた。
「菜乃花ちゃん。同情で結婚する方が三浦先生に失礼よ?」
「でも、じゃあ、私が先生を好きになれれば良かったのに…」
「菜乃花ちゃんたら。それは本当の優しさではないし、ましてや本当の愛でもないわよ?三浦先生になんて言われたのか思い出して。幸せになれって言われたんでしょ?」
涙でしゃくり上げながら、菜乃花は頷く。
「だったら、幸せにならなきゃ。三浦先生の気持ちに応える為にも。ね?」
「先生を傷つけたのに?私だけ幸せになんて…」
「あらあら、菜乃花ちゃん。それも三浦先生に失礼よ。私の友人がみなと医療センターでナースをやってるって話したでしょ?三浦先生、それはそれは評判が良くてモテるんだって。すぐにいい人が現れるわよ。ぼやぼやしてたら、菜乃花ちゃんよりも先に三浦先生の方が幸せになるかもよ?」
「あ、そうか。そうですよね。先生にはどうか幸せになって欲しいです。あんなにいい人なんだもの。私なんかよりもずっと素敵な人と結婚して欲しい」
「ふふふ。じゃあ菜乃花ちゃんも、ちゃんと自分の幸せを見つけなきゃね」
うーん、と菜乃花は下を向く。
「私の幸せ…。見つける自信ないです」
「そんなこと言わないの!三浦先生に怒られるわよ?私も、あと春樹もね。みんな菜乃花ちゃんが幸せになるのを願ってるわ。大丈夫!菜乃花ちゃんはちゃんと幸せになれる。ほんの少し、自分の気持ちを開放して素直になってみて。ね?」
有希の言葉にじっと耳を傾けた後、菜乃花はコクリと頷いた。
◇
「宮瀬先生!」
「はい。あ、三浦先生」
病院の廊下で後ろから声をかけられた颯真は、足を止めて三浦を振り返った。
「ちょっといいかな?君の耳に入れておきたいことがあってね」
「えっと、先生とフィアンセのことでしょうか?でしたら、私なんかに報告は…」
「いや、フィアンセなんかじゃないよ」
「…はい?」
「最初から鈴原さんは、俺のフィアンセなんかじゃない。俺には全く気がない彼女に、一方的にしつこく言い寄ってただけなんだ。でもね、ようやく気づいたんだよ。いい年の男がみっともないなって。だからきっぱり諦めて彼女にもそう伝えたんだ。言いたかったのはそれだけ。じゃあね」
「はあ…」
颯爽と去って行く三浦の後ろ姿に、颯真は呆然としながら気の抜けた返事で見送っていた。
◇
それぞれの想いを抱えたまま、季節はゆっくり夏へと変わっていった。
夏休みに入ると、菜乃花は小学生の子ども達向けのイベントを開催する。
宿題や自由研究のヒントになるように、図鑑や実験の本を紹介したり、勉強会を開いたりしていた。
今日は、星空研究の日。
菜乃花がカーペットエリアにプリントや資料、図鑑や筆記用具を並べて準備をしていると、ふいに「なのかお姉さん」と声をかけられた。
顔を上げた菜乃花は驚いて目を見開く。
「りょうかちゃん!」
はにかんだ笑顔で立っていたのは、みなと医療センターに入院していたりょうかだった。
「うわー、久しぶり!元気にしてた?」
「うん。今ね、一年生になったの」
「そうかあ、小学校に入学したんだね。おめでとう!それからお手紙をありがとう。大事に取ってあるんだよ」
りょうかはあの時と同じように、照れたような笑顔をみせる。
「この図書館、おうちからは遠いんだけど、今日はお父さんが車で送ってくれたの。星空研究にどうしても行きたくて。終わる頃にまた迎えに来るって」
「そうなのね!遠いのに来てくれて嬉しい。一緒に楽しもうね」
「うん!」
開始時間にはまだ少し早く、りょうかは菜乃花の準備を手伝ってくれる。
「なのかお姉さん。病院のおなはし会には行ってるの?」
「それがね、少しお休みしてるの。でもそろそろまた行こうと思ってたところなのよ」
「そうなんだ!まさるくんがね、なのかお姉さんが最近来ないって言ってたよ。お母さん同士が時々電話してるの」
「そっか。まさるくんにも会いたいな。じゃあ、今度仕事がお休みの日に会いに行こうかな」
「うん。まさるくん、もうすぐ退院なんだよ」
え!と菜乃花は手を止めてりょうかを振り返る。
「そうなの?」
「うん。来週の木曜って言ってた」
「木曜…。仕事だけど、なんとか会いに行ってみる」
「うん!まさるくん、きっと喜ぶよ」
「そうだといいな。教えてくれてありがとうね、りょうかちゃん」
りょうかはにっこりと可愛らしい笑顔で頷いた。
イベントの時間になり、たくさんの小学生達が集まって来た。
菜乃花はまず挨拶してから、早速図鑑を開いて子ども達と一緒にプリントに星座を書き込んでいく。
春の空、夏の空、秋の空、冬の空。
それぞれの星座を書き込むと、あとは自由に星について調べてもらう。
星座にまつわるエピソードや、星占い、英語での星の名前など、子ども達は自分の興味があることについて調べていく。
菜乃花はそれを手伝い、関係のある本を持ってきたり相談に乗ったりした。
「なのかお姉さん、ありがとうございました」
「こちらこそ。みんな気をつけて帰ってね」
「はーい!」
子ども達を見送ると、最後にりょうかに礼を言った。
「お手伝いありがとう、りょうかちゃん。それに今日は会えて嬉しかった。また来てね!」
「うん!今度はまさるくんも誘ってみる」
「わー、楽しみ!待ってるね」
菜乃花は手を振ってりょうかを見送ると、カウンターに戻って早速館長に相談する。
「来週の木曜日だね。分かった。その時間は抜けてもらって構わないよ」
「ありがとうございます!昼休憩をその時間にずらして取らせていただきます」
「そんな細かいこと気にしなくていいから。ゆっくり会っておいで」
「はい!」
そしてみなと医療センターにも連絡する。
顔馴染のナースは、久しぶりの菜乃花の電話を喜んでくれ、いつでもお待ちしていますと言ってくれた。
◇
翌週の木曜日。
菜乃花は小ぶりの花束とラッピングした本を持って、みなと医療センターの小児科病棟を訪れた。
「まさるくん」
「なのか!」
病室を覗くと、少し見ない間にどこか大人びた表情になったまさるが、菜乃花を見てパッと笑顔になる。
「なのか、怪我してたんだって?だいじょうぶかよ?」
「うん、もう大丈夫だよ。まさるくん、なんだかかっこいいね。私のこと心配してくれてたの?」
「バカ!そんなわけねえよ」
「あはは!本当にかっこいいね。はい、これ。退院おめでとう!」
菜乃花は花束と本を手渡す。
「え、くれるの?」
「もちろん!まさるくん、本を好きになってくれたもんね。おうちで読んでみて」
プレゼントしたのは、子ども図鑑。
色々なジャンルを分かりやすくイラストで解説してあり、乗り物や食べ物の他に、人間のからだの仕組みについても書かれていた。
多感な子ども時代に入院を経験した子ども達は、きっと誰よりも命や身体を大切にしてくれるだろう。
そんな気持ちで、菜乃花はこの本を贈ることにしたのだった。
退院の手続きを終えた母親が「そろそろ行くわよ」と呼びに来た。
まさるが廊下に出ると、ドクターやナースがずらりと並んで待っている。
「まさるくん、退院おめでとう!長い間よく頑張ったね」
三浦が笑顔でまさるの頭を撫でる。
「まさるくん、元気でね!」
「また顔見せに来てね!」
ナースや事務のお姉さんにも次々と声をかけられ、まさるは照れ笑いを浮かべながら無事に退院していった。
「今日はありがとう。来てくれて」
「いいえ。まさるくんに会えて私も嬉しかったです」
他のスタッフが持ち場に戻って行ったあと、三浦が菜乃花に話しかけてきた。
いつもと変わらない優しい三浦の笑顔を、菜乃花は懐かしく感じる。
「りょうかちゃんが図書館に来てくれたんです」
「へえ、りょうかちゃんが?元気そうだった?」
「はい、とっても。小学校に通ってるって嬉しそうにお話してくれました。まさるくんの退院のことも、りょうかちゃんが教えてくれたんです」
「そうだったんだ」
「それと、私、そろそろここのボランティアも再開させていただこうと思っています」
「そう。体調は大丈夫?」
「はい。無理しないように気をつけます」
「分かった。それじゃあ、また。気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます」
菜乃花は三浦にお辞儀をして見送る。
心の片隅に寂しさや心細さ、後悔や感謝、様々な想いが混ざり合い、菜乃花はうつむいてじっと自分の気持ちをやり過ごしていた。
◇
暑い日が続く。
図書館は連日、夏休み中の子ども達が多く訪れ、菜乃花は対応に追われていた。
本の問い合わせや貸し出し業務、イベントの開催に宿題の相談。
毎日、他のことは考えられない程、仕事に集中していた。
夏休みが終わりかける頃、りょうかがまさると一緒に図書館を訪れてくれた。
三人で再会を喜び、菜乃花は二人が仲良くテーブルに並んで宿題をする姿を微笑ましく眺めていた。
9月に入り、暑さが少し和らいでくると、加納夫妻がよく顔を出してくれるようになる。
皆の元気そうな姿を嬉しく思いながら穏やかな毎日を送っていた菜乃花は、ある日有希から嬉しいメッセージを受け取った。
「え、生まれた?男の子が無事に!」
仕事終わりにスマートフォンを見た菜乃花は、早速有希に返事を書く。
『有希さん、先輩。おめでとうございます!ママも赤ちゃんも無事で何よりです。とっても可愛い赤ちゃんですね。私も早く会いたいです。有希さん、お身体お大事に。ゆっくり休んでくださいね。嬉しいお知らせをありがとうございました』
送信すると、ふふっと思わず笑みがこぼれる。
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次の休みに早速探しに行こうと、既に菜乃花はウキウキしながら明るい気持ちになっていた。
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