花咲くように 微笑んで 【書籍化】

葉月 まい

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『Be you tiful』

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 みなと医療センターでのボランティアにも、少しずつ通い始めた。

 入院中の子ども達の顔ぶれは入れ替わっており、三浦がかつて王子様役として紙芝居に参加していたことを知る子はいない。

 菜乃花は、新しい子ども達にも楽しんでもらえるよう、毎回あれこれ考えながら本を選び、読み聞かせをしていた。

 三浦と会うことはなく、おなはし会を終えると本棚の整理をしてから看護師長に挨拶して帰る。

 週に1回通っているにも関わらず、三浦にも颯真にも会うことはないまま月日は流れていった。

 秋の気配が深まった頃、菜乃花は仕事休みの日に久しぶりに有希と春樹のマンションを訪れていた。

 「いらっしゃい、菜乃花ちゃん。どうぞ入って」
 「こんにちは、有希さん。お邪魔します」

 産後まだ2ヶ月足らずだが、有希は元気そうで菜乃花は安心する。

 出産祝いに花束と、布製のベビー絵本をプレゼントした。
 布の中に色々な素材が入っており、赤ちゃんが握るとそれぞれ違った手触りが楽しめ、りんごやバナナや象など大きなイラストも描かれている。

 「ありがとう!こんなのあるのね。早速見せてみようっと」
 「はい。気に入ってくれるといいな」

 有希は菜乃花をリビングの端に置かれたベビーベッドに案内した。

 「ほーら、瑞樹みずき。菜乃花お姉さんが来てくれたわよ」

 ベビーベッドから赤ちゃんを抱き上げて、有希が優しく声をかける。
 その横顔はすっかりママの顔だった。

 菜乃花は念入りに手を洗ってから、赤ちゃんを抱かせてもらう。

 「うわー、可愛い!ふわふわ!甘くていい匂い。初めまして、瑞樹くん」
 「ふふ、菜乃花ちゃん、抱っこ上手ね」
 「え、そうですか?これで大丈夫?」
 「うん!いつでもママになれるわよ」

 有希はにっこり菜乃花に笑いかけた。

 布絵本を手に握らせてあやしたり、たくさん写真を撮ったりと、菜乃花は赤ちゃんに心癒やされた。

 授乳を終えてお腹がいっぱいになった赤ちゃんが眠ると、有希と菜乃花はソファに座って紅茶を飲みながらおしゃべりする。

 「菜乃花ちゃん、その後どう?」
 「いつもと変わらない毎日です」
 「え?何も変わらないの?」
 「はい。図書館で仕事をして、休みの日は週に1回ボランティアに行っています」
 「それだけ?デートしたりは?」
 「いえ、全く」

 はあ、もう、やれやれと有希はソファの背に身体を預けて腕を組む。

 「もう4ヶ月経つわよね?三浦先生と別れてから」
 「えっと、そうですね」
 「それでまだ何もないなんて。三浦先生が知ったら怒り心頭じゃないかしら」
 「ご、ごめんなさい」
 「菜乃花ちゃんに対してじゃないの。『鈍感気弱な勇気0%男』に対してよ」
 「は?有希さん、色んな人種をご存知ですね」

 菜乃花は目をぱちくりさせる。

 「ちょっとこれは春樹にも知らせなきゃ」

 有希はスマートフォンに何やら素早く入力していく。
 これでよし!と顔を上げると、菜乃花に尋ねた。

 「菜乃花ちゃん。今日は夕食まで時間ある?ここで食べていかない?」
 「あ、はい。お邪魔でなければ。それとこれ、デパ地下でお惣菜買ってきたんです」

 菜乃花はデパートの紙袋を有希に手渡す。

 「え、こんなにたくさん?ありがとう!助かるわ。早速、今夜はこれを頂いちゃうわね」

 二人でキッチンに立ち、惣菜を皿に盛りつけスープを温める。

 サラダや果物も用意し終わった頃、ただいまーと玄関から声がした。

 「あ、帰って来た。お帰りなさい!」

 有希がぱたぱたと春樹を出迎えに行く。

 「お、菜乃花。久しぶり!」
 「お邪魔してます」

 リビングに入って来た春樹に挨拶した菜乃花は、春樹のすぐ後ろに誰かがいるのに気づいて驚いた。

 「宮瀬さん!」
 「こんばんは。久しぶり」
 「お久しぶりです」

 菜乃花がお辞儀をすると、有希が呆れたようにため息をつく。

 「二人ともお久しぶりなの?菜乃花ちゃん、毎週颯真先生の病院に行ってるのに」
 「あ、ボランティアに行ってるのは小児科病棟なので…」
 「でも同じ病院でしょう?颯真先生、顔出さないの?」
 「え、まあ、その。部外者なので」

 すると有希は、解せないとばかりに両腕を組む。

 「颯真先生、もし三浦先生に遠慮してるならそれは余計なお世話よ」
 「は?」

 有希の言葉に颯真は目を丸くする。

 「それは、どういう?」
 「もう、それも分からないの?あのね、イケメンだからって余裕ぶってたらダメなんだからね!しかもドクターなのよ?もっと女心を理解しなさい!」
 「は、はあ」

 勢いに押されて颯真はたじろぐ。

 「まあまあ、有希。いいじゃないの。忙しい颯真を無事に召喚出来たんだ。今夜はみんなで楽しもうぜ」

 春樹の言葉に、有希も態度を軟化させる。

 「それもそうね。さ、支度出来てるから早速夕食にしましょ!」

 有希と菜乃花がテーブルに食器を並べる間、春樹は颯真に赤ちゃんを抱かせていた。

 「うわ、可愛いなあ。瑞樹くんか、いい名前だ。目元が春樹にそっくりだな」
 「だろ?将来イケメン間違いなしだぜ。俺みたいにモテまくるぞー」
 「ははは!性格はあんまり似ない方がいいな」
 「おい、どういう意味だよ?」

 二人のやり取りを、菜乃花は後ろから微笑ましく眺める。

 颯真が手土産のワインとフルーツの盛り合わせを春樹に渡した。

 「急いでたから、取り敢えずでごめん」
 「いや、気持ちだけでありがたいよ。颯真、今夜は飲めるのか?」
 「うーん。車で来たしなあ…」

 そう言いつつ、いつものように病院からの呼び出しを気にしているのが分かる。

 「春樹、私も授乳中で飲めないからさ。ワインは春樹と菜乃花ちゃんで楽しんで」
 「そうだな。菜乃花、つき合ってくれ」
 「はい」

 そして4人で乾杯した。

 「改めまして、有希さん、先輩。瑞樹くんのお誕生おめでとうございます」
 「おめでとう、春樹、有希さん」

 菜乃花と颯真がグラスを掲げると、二人は笑顔で礼を言う。

 「ありがとう!菜乃花ちゃん、颯真先生」
 「二人ともありがとな。いやー、結婚式から1年足らずで瑞樹が生まれて、俺ホントに嬉しいよ」

 ワインをごくごく飲み、饒舌になった春樹ののろけは止まらない。

 「綺麗な有希と結婚出来て幸せだーって思ってたら、まさかのハネムーンベビーまで授かって!」

 菜乃花は思わずワインにむせて顔を真っ赤にする。

 「大丈夫?菜乃花ちゃん」
 「は、はい。大丈夫です」
 「ちょっと春樹!やめてよ、私まで恥ずかしいじゃない」

 有希が咎めるが、春樹は上機嫌で更に語り始める。

 「なんでだよ?結婚っていいぞ。颯真もさ、いい加減身を固めろよ。俺達来年には30だぞ?家庭を持ってこそ男は仕事にも邁進出来るんだ」
 「春樹ったら!ごめんね、颯真先生。聞き流して」
 「いや、春樹が幸せそうで俺も嬉しいよ」

 すると春樹はガバッと颯真に抱きついた。

 「颯真ー!サンキュウー。俺もお前の幸せを願ってるからな!」
 「う、あ、ありがとう」

 苦しそうに身をよじりつつ颯真は苦笑いする。

 その後も春樹のご機嫌トークは止まらない。
 颯真に相手を任せ、有希と菜乃花はソファに場所を移した。

 「ねえ。春樹のセリフじゃないけど、菜乃花ちゃんも結婚を考えたりはしないの?」
 「うーん…。私、周りの人達とちょっと感覚違うみたいなんですよね」
 「ん?どういうこと?」
 「女の人も、私くらいの年齢になったら誰かとおつき合いしたり結婚に憧れたりしますよね?でも私はそんな気持ちにならなくて。大学時代も、いつも春樹先輩に言われてたんです。せっかくのキャンパスライフをもっと楽しめって。取り敢えず誰かとつき合ってみたら?って」
 「でも結局そんな気持ちにはならなかったのね?」
 「はい。だから私は一般的な流れには乗れないのかなと思っています。周りがどんどん結婚していっても、私は出来そうにないなって」
 「それは、結婚や恋愛に興味がないから?」
 「それもありますけど、一番は自信がないからです。有希さんも、とってもお綺麗だしキラキラしたオーラがあって、私なんかとは違うなといつも思っています」

 そんなこと…と首を振って視線を落とすと、有希は再び顔を上げた。

 「ねえ、菜乃花ちゃん。『Be you tiful』って言葉知ってる?」
 「ビー、ユー、ティフル、ですか?ビューティフルではなくて?」
 「そう。『あなたらしくいることがbeautiful』なの。そのままの菜乃花ちゃんが、一番綺麗なのよ」
 「そのままの、私…」
 「そうよ。だから周りと比べたりしないで。菜乃花ちゃんは菜乃花ちゃんのままでいいのよ」

 その時、ホワーと可愛い泣き声がして有希は立ち上がった。

 「あら瑞樹。起きたのねー」

 優しい声でベビーベッドに近づく。

 (私は私のままで…)

 ソファに残された菜乃花は、心の中で有希の言葉を噛みしめていた。




 「じゃあね。菜乃花ちゃん、颯真先生」
 「はい、お邪魔しました」

 ソファで酔いつぶれている春樹に、じゃあな!と声をかけてから、颯真も有希に挨拶して菜乃花と一緒に玄関を出た。

 「マンションまで送って行くよ。おっと、大丈夫?」
 「はい、すみません」

 よろけた菜乃花に颯真が手を差し出す。
 平気だと思っていたが、歩き出すと急に酔いが回ってきた。

 「春樹につき合わされて、結構飲まされてたもんな。ごめんな」
 「宮瀬さんが謝ることはありませんですから、ん?ありゃしませ、ん?」
 「おいおい、大丈夫か?」

 ヨロヨロする菜乃花の腕を支えながら、颯真は車に乗せた。

 「気分悪くない?車に酔ったらすぐに教えてね」
 「大丈夫です。私、こう見えてちっとも酔っ払ってませんから」
 「いや、そうじゃなくて。ま、いいや。じゃあ出発するよ?」
 「はい。出発進行ー!」

 苦笑いしてから颯真はゆっくりと車を走らせ始めた。

 「みじゅきくん。可愛かったですねー」
 「瑞樹くんね」
 「かわゆくていい子でしゅねー」
 「はいはい。そうだねー」

 もはや菜乃花は呂律も回らない。

 やがて菜乃花のマンションに着いたが、一人ではまともに歩けそうになかった。

 「ここってゲストパーキングある?」
 「げしゅとぱーくん?ってだれ?」
 「ゲストパーキング!来客者用の駐車場」
 「ちゅうちゃじょうは、ここ。あいてたらどうじょ」
 「ここ?ってどこ?」

 窓を開けて見ると、白線の内側に『来客者用』と書かれた区画が一つあった。
 そこに駐車すると、颯真は菜乃花の腕を取って車から降ろす。

 「えっと、部屋は何号室?」
 「しゃんまるに」
 「302ね。えっと3階の…」

 エレベーターで3階に上がると、菜乃花の身体を支えながら廊下を進む。

 「302…ここね。鍵は?鞄の中?」
 「うん」
 「うんって、終わり?じゃあちょっと失礼するよ?」

 颯真は菜乃花が斜め掛けにしているバッグの中をごそごそと探る。
 鈴がついたキーホルダーに鍵がついているのを見つけて取り出した。

 「あった。これかな?」

 差し込んで回すとカチャッと鍵が開く。

 「ほら、靴脱いで」

 玄関の電気を点けて菜乃花に声をかけると、かろうじて靴を脱いだ。

 「えっと、失礼します。取り敢えずそこに座って」

 颯真は菜乃花をベッドに座らせる。

 ぽーっとしている菜乃花のバッグを肩から下ろすと、キッチンに行って冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 「勝手に冷蔵庫開けてごめん。ほら、飲んで」

 ペットボトルのキャップを開けて菜乃花の口元に持っていく。

 菜乃花はグビグビと飲んでから、あー!と声を出した。

 「ははは、いい飲みっぷりだね。じゃあ、もう大丈夫?そろそろ俺は帰るね」
 「はーい。先生さようなら」
 「あ、ああ。さようなら」

 颯真に手を振った後、菜乃花は立ち上がりフラフラとバスルームに向かう。

 「ちょっと待って!」

 颯真は菜乃花を呼び止めた。

 「今お風呂に入るのは危ないよ」
 「え、やだ!お風呂入りたい!」
 「ダメだ。転んで頭を打ったりしたら…え、ちょっと」

 菜乃花は下を向いてグズグズと泣き始める。

 「お風呂大好きなのに。温まりたいのに。入っちゃダメなんて…。酷いよ」
 「いや、だって。お酒に酔った状態でお風呂に入るのは、医師として許可出来ないよ」
 「じゃあシャワーは?それもダメなの?」

 うるうると涙で潤んだ瞳で見つめられ、颯真はドギマギする。

 「そ、それなら、俺が一緒に入って介助する。だったらいいよ」
 「えっ、そんなことしたら、もうお嫁に行けないー!」

 菜乃花は両手で顔を覆って泣き出した。

 「いや、医師として介助するだけだから。お嫁にだって行けるよ。大丈夫だから」
 「でも、嫁入り前に男の人とお風呂に入ってはいけません!」
 「そうか、そうだね。じゃあやっぱり今日は諦めて。明日の朝入ればいいから。ほら、もう寝よう」

 ぐずる菜乃花をベッドに促すと、横になった途端すーっと眠りに落ちた。

 「ふう、やれやれ」

 颯真はため息をついて床に座り込む。

 菜乃花に掛け布団をかけると、ふと壁の本棚に目を向けた。

 (ん?あれってまさか…)

 嫌な予感がして近寄ってみる。

 小さなイーゼルに開いた状態で飾ってある本は、あの時自分がサインをした本に間違いなかった。

 (えー、飾らないでって言ったのに)

 わざわざサインしたページを開いてある。

 急に恥ずかしさが込み上げてきて、颯真はまたため息をついた。
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