極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい

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営業デビュー

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次の日のモデルルームも、平日にしては盛況だった。

いつものように吾郎はコンテンツの操作や子ども達を担当する。

あと1時間でクローズになるという頃、原口が吾郎の隣にいた安藤を呼びに来た。

「安藤。これから今日最後の予約のお客様がいらっしゃる。若いご夫婦なんだけど、ご主人は仕事があって、今日は奥さんだけがいらっしゃるんだ。お前、担当してくれるか?」

えっ!と安藤だけではなく、吾郎まで驚いてしまった。

「私が、ですか?そんな…、大丈夫でしょうか」

「もちろん、俺も一緒に隣でフォローする。営業は、実際にお客様を担当しなければ成長出来ない。思い切ってやってみろ」

じっと考え込む安藤を、吾郎もドキドキしながら見守る。

やがて安藤はキリッとした表情で頷いた。

「はい、やらせてください」

「よし。じゃあ、簡単に打ち合わせしよう」

「分かりました。よろしくお願いします」

原口と並んで商談スペースに向かう安藤の後ろ姿に、吾郎は、がんばれ!とエールを送った。



「お、いらっしゃったぞ」

ウィーンと自動ドアが開くかすかな音がして、原口と安藤は姿勢を正す。

「いらっしゃいませ」

深々とお辞儀をする二人の近くで、なぜだか吾郎もカチコチに緊張しながら頭を下げた。

どうにも安藤のことが気になってしまい、他にお客様もいないことから、吾郎も近くで見守ることにした。

「こんにちは。5時に予約をした深瀬ふかせと申しますが…あ!吾郎さん!」

急に名前を呼ばれ、え?と吾郎は顔を上げる。

「やっぱり会えた!やっほーい」

「亜由美ちゃん?!」

ヒラヒラと片手を振ってみせる亜由美に、吾郎は目をしばたかせる。

「どうしたの?なんでここに?」

「ん?もちろん、マンションを見に来たの。前に透さんが、ここはどう?ってパンフレット見せてくれてね。私が、いいね!って言ったら、じゃあ見ておいでって。俺はモデルルームに行ったことあるから、亜由美の好きな部屋、申し込んで来なよって」

うひゃー!と吾郎は仰け反る。

「さすがだな、あいつ。軽い、軽すぎる!スーパーで好きなお菓子買って来なよ、みたいなテンションだな」

「そう?重い買い物ってどういうの?」

「それは、まあ、じっくり二人で話し合って決めるとか…」

「ええー?私、そういうの苦手なの」

でしょうね、と吾郎も頷く。

「お二人がいいなら、もちろんそれで」

「うん!楽しくお買い物しまーす」

「ははは…。何千万のお買い物をね」

するとそれまで二人の様子をうかがっていた原口が、控えめに声をかけてきた。

「あの、もしかして都筑さんのお知り合いの方なのでしょうか?」

「あ、はい。以前お話した、結婚したばかりの同僚の奥さんなんです」

「ああ!おっしゃってましたね。なるほど、ご紹介ありがとうございます。それでは、早速奥様をご案内させていただきます」

「はい!よろしくお願いします!」

亜由美は元気いっぱいに答えて、楽しそうにモデルルームに足を踏み入れた。

モデルルームは亜由美の貸し切り状態で、まずは紹介映像から始めた。

「わあっ!このナレーション、瞳子さんでしょ?はあ、癒やされるー」

亜由美は両手を広げてうっとりと目を閉じる。

吾郎は小さく、プッと吹き出した。

(透とおんなじだよ。さすがは似た者夫婦)

MRなどのデジタルコンテンツも、一つ一つ感激したように、興奮気味に吾郎にしゃべりかけてくる。

「すごい!なんて素晴らしいの。さすがはアートプラネッツ!日本が世界に誇る技術!私の自慢の旦那様!」

はいはい、と吾郎は聞き流す。

ひとしきりコンテンツを紹介すると、いよいよ商談のテーブルで、安藤は亜由美と向かい合って座った。

「初めまして。内海不動産の安藤 莉沙と申します。よろしくお願いいたします」

丁寧に名刺を差し出す安藤に、亜由美はにっこり笑いかける。

「こちらこそ。莉沙さんはおいくつなんですか?」

「は?わたくしですか?25歳です」

「わあ、私と2つ違い!ちょうどいいですね。マダムプラネッツに入りませんか?」

「は?あの…」

ただでさえ緊張しているところに、意味不明なことを言われて、安藤は固まっている。

吾郎は、ゴホン!と咳払いをしてから亜由美に近づいた。

「亜由美ちゃん、頼むから普通にして」

「えー?普通にしてますよ?私」

「亜由美ちゃんは普通でも、モデルルームに来たお客様としては普通じゃないよ」

「そうなんですかー?変なの」

ガクッと吾郎は首を折る。

「じゃあ、吾郎さんも一緒にいて。ほら、お隣どうぞ」

無邪気にポンポンと椅子を叩く亜由美に、吾郎はしかめっ面になる。

「あの、よろしければ都筑さんもどうぞ」

原口に言われて、吾郎は仕方なく亜由美の隣に座った。

「ではまず、当マンションの概要からご説明いたします。ターミナル駅から徒歩10分の抜群の立地に、緑豊かな広大な土地をご用意しました」

「いいですよね、あの駅。色んなお店が入ってて、私もよくお買い物に行くんです。美味しいカフェとか、お気に入りの雑貨屋さんもあって!」

「そうなのですね!それでしたら、毎日の通勤も楽しくなりますね」

「ええ。あんなに大きな駅なのに、歩いて10分でこんなに自然に囲まれたマンションに帰れるなんて、素敵!」

「はい。敷地面積が広く、約1000戸の規模の低層レジデンスですから、真夜中の一般道路の騒音にも悩まされず、静かに安心して暮らしていただけると思います」

安藤と亜由美は、楽しそうに話を進める。

「共用施設も、どれもこれも魅力的!プールにカラオケに、パーティールームにスカイラウンジ!私、全部使いまくっちゃうかも」

「ふふっ、はい!どうぞ毎日たくさん使ってくださいね」

原口も安心したように、隣でにこやかに頷いている。

「ここに住めば、ご近所のお友達もたくさん出来そうだなー。将来子どもが生まれたら、敷地内の公園に遊びに行かせれば危なくないし」

「そうですよね。その安心感はご両親にとって大きいと思います」

「お部屋はどんなタイプがありますか?いずれは子どもが欲しいのと、主人も私も映画鑑賞やゲームが好きなので、シアタールームに惹かれてるんですけど」

「ええ。それでしたら、まずはシアタールームのあるお部屋をいくつかご紹介しますね」

マンションは全部で50棟に分けられていて、見える景色やリビングに面する方角も違ってくる。

安藤はそれを、一つ一つ丁寧に説明した。

「なるほど。じゃあ、ここが1番いいなー。リビングも南向きだし、メゾネットタイプだから、2階に子ども部屋を作ったら、下の階の人に気を遣いすぎなくても良さそうだし」

「そうですね。1階にあるシアタールームも広いですし、オプションで防音仕様にも出来ますよ」

「そうなんですね!すごーい。じゃあここにしよう!あ、その前に。吾郎さん」

急に話しかけられ、吾郎は、ん?と亜由美の顔を見る。

「なに?」

「うん、あのね。このお部屋ってこのお値段なんだけど。アートプラネッツのお給料的には、どう?大丈夫かな?」

亜由美は心配そうに小声で聞いてくる。

「透さんは『どこでもいいよー。1番高い部屋でもいいよー』って笑ってたの。でも無理して欲しくないし…。さすがに1番高いお部屋にはしないけど、このお部屋も充分お値段が…」

「ああ、なるほど」

吾郎はニカッと笑ってみせる。

「大丈夫だよー。俺達、こう見えて結構稼いでるんだ。これくらいの金額なら、余裕だよ」

ほんと?!と、亜由美は目を輝かせる。

「ああ。念の為、今電話であいつに聞いてみたら?」

「うん、そうするね」

亜由美は安藤達に断ってから、部屋の隅で電話をかけ始めた。

「もしもし、亜由美です。…うん。今ちょうどモデルルームでお話聞いてたの。あ、吾郎さんも一緒にいてくれてね。それで…、そう。気に入ったお部屋があったの。メゾネットタイプで、シアタールームもある、日当たりのいいお部屋。…え?決めちゃっていいの?お値段のことは?」

しばらく沈黙が続き、うん、分かった。じゃあね、と手短に言って亜由美は席に戻って来た。

「どうでしたか?ご主人は」

安藤が固唾を呑んで尋ねる。

「ええ。あっさり、そこを申し込んでおいでって」

ほらね、と吾郎がしたり顔になる。

「大丈夫だって。あいつは嘘ついたり無理したりするキャラじゃない。亜由美ちゃんが気に入った部屋がいいって、本気で思ってるよ」

「そうかな。大丈夫かな?」

すると原口が、グイッと身を乗り出してきた。

「でしたら奥様。我々、精いっぱいがんばらせていただきます。少々お待ちいただけますか?」

「え?は、はい」

しばらく席を外した原口は、満面の笑みで戻って来ると、亜由美にかなり値引きした額を提示した。

「こちらでいかがでしょう?」

「ええー?!いいんですか?本当にこの額で」

「はい、もちろんです。お世話になっているアートプラネッツ様の大切なご自宅となるのですから、喜んでご提供いたします」

「わあ、ありがとうございます!主人も喜びます」

亜由美は嬉しそうに笑顔を弾けさせる。

結局この日、安藤は初めての商談で初めての申し込みをもらうこととなった。
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