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トオルちゃんの正体
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「かんぱーい!」
その後、亜由美が手続きを終えてモデルルームをあとにすると、片付けを他のスタッフに任せて、原口は安藤を飲みに連れて行くことにした。
都筑さんも、ぜひ!と言われて向かった先は、Bar. Aqua Blue。
(大丈夫かな?彼女、また酔っ払うんじゃ…)
吾郎は気が気でなかったが、まあ今日くらいは盛大にお祝いするべきだろうと思い直した。
「やったな!安藤。初めての商談で即お申し込みいただくなんて、すごい快挙だぞ」
「いえ。都筑さんのおかげですし、あのお客様は最初からお申込みされるおつもりでしたから、私の力ではありません。むしろ私の方がお客様に感謝しなければ」
「まあ、そうだけどさ。でもお前の商談もなかなか良かったぞ。危なげなくて、初めてとは思えなかった。この調子でがんばれ!」
「はい!次は実力でお申込みいただけるよう、精進します」
力強い言葉に原口も頷き、吾郎も、良かったなと頬を緩める。
「それにしても、安藤。最近なんか変わったよな」
しばらく他愛もない話をしてから、ナッツを口に放り込みつつ原口が切り出した。
「眼鏡やめてコンタクトにしたからかな?と思ってたけど、雰囲気や表情も明るくなった気がする。なんかいいことあったのか?」
「え?いえ、別に。いつもと変わりないですけど」
「そうか?でも良かったよ。営業に異動してきた時は、大丈夫かな?って心配してたけど、毎日がんばってるし笑顔も増えてきた。指導担当の俺としてもホッとしてる」
そう言って原口は、営業マンらしい爽やかな笑みをみせる。
「ありがとうございます、原口さん。私も初めは、営業なんて自信なくて…。でも皆さんが優しく接してくださるので、なんとかやって来られました。これからは少しでも皆さんのお力になれるように、がんばります」
「ああ、一緒にがんばろう!」
「はい!」
二人のやり取りに、吾郎は、いいなーと目を細める。
(俺達、ヤローばっかりの職場だもんな。こんな青春物語みたいな爽やかなやり取り、絶対ないわ)
今はモデルルームにかかり切りだが、もう少しすれば吾郎はいつものようにオフィスでの毎日になる。
大河や洋平、そして透。
学生の頃からずっと変わらないメンバー。
懐かしいような、照れくさいような…
(でもまあ、あそこが俺の居場所なのは間違いない)
吾郎はウイスキーのグラスを少し揺らしてから、ゆっくりと味わった。
◇
「ですからー、トオルちゃん!私、すごーく会いたいんですよー、トオルちゃんに!」
やっぱり始まった…と、吾郎は原口と顔を見合わせる。
お酒はそろそろやめにして…と原口が言った時には既に遅く。
またしても安藤の一人新喜劇が幕を開けた。
「私の所に真っ直ぐに来てくれるトオルちゃん!可愛いおめめで私を見つめて、健気に近寄って来るの。トオルちゃん、私もあなたが大好きよー!」
「ちょっ、安藤!声が大きいって。そんな赤裸々に叫ばなくても…」
どうやら原口は、安藤が恋人の名前を叫んでいると思い込んでいるらしい。
しきりに辺りを気にして、安藤の口をふさごうとする。
「私、トオルちゃんに癒やされたい!トオルちゃんに会いに行きたいの」
「そ、そうか。それならこのあと行けばいいよ」
「トオルちゃんを思い出すと、仕事もがんばれる。だって、トオルちゃんもあんなに一生懸命お仕事がんばってるんだもん。愚痴をこぼしたりせず、嫌な顔一つしないで、いつもニコニコがんばってる。だから私もトオルちゃんみたいにがんばる!」
「う、うん、それは、いいことだな」
「原口さん!どうしてトオルちゃんの所に連れて行ってくれなかったんですか?もしや、私とトオルちゃんを引き裂こうと?」
「ま、まさかそんな!」
「うわーん!トオルちゃんに会いたかったよー!」
そして安藤は、バタッとテーブルに突っ伏して、スーッと寝息を立て始めた。
「やれやれ、やっと終わった。皆様、お騒がせしました」
原口が周りの客に会釈すると、皆は微笑んで片手を挙げる。
「都筑さんも、すみません。やっぱり安藤には飲ませちゃいけませんでしたね」
「いえいえ。私はまたしても楽しませてもらいましたよ」
なにせ吾郎の頭の中では、あのロボットワンちゃんがウィーンと動いていたのだから。
「そうですか?そう言っていただけると。それにしてもあの安藤が、こんなに彼氏とラブラブだとは。あ、だから最近コンタクトにしたんですかね?」
「さあ、どうなんでしょうね?」
としか言いようがない。
「でもなんか、ちょっと寂しくなってきました、俺」
原口がポツリと呟く。
「ずっと安藤のことをそばで見てきて、大丈夫かなって毎日心配して…。けど、俺なんかより近くで見守ってくれる恋人がいたんですね。そっか、そうだったのか」
自虐的にフッと笑うと、原口はグラスを一気に煽った。
(原口さん、もしかして彼女のことを…)
好きになったのか?
そこまでいかなくとも、気になる存在にはなっているのだろう。
吾郎はそっと横目で原口の様子をうかがう。
(もしそうなら、伝えるべきか?トオルちゃんの正体を)
そうすれば、なんだ!と原口は安心するだろう。
だがどうしてか、結局そのあとも吾郎は原口にそれを伝えないままだった。
その後、亜由美が手続きを終えてモデルルームをあとにすると、片付けを他のスタッフに任せて、原口は安藤を飲みに連れて行くことにした。
都筑さんも、ぜひ!と言われて向かった先は、Bar. Aqua Blue。
(大丈夫かな?彼女、また酔っ払うんじゃ…)
吾郎は気が気でなかったが、まあ今日くらいは盛大にお祝いするべきだろうと思い直した。
「やったな!安藤。初めての商談で即お申し込みいただくなんて、すごい快挙だぞ」
「いえ。都筑さんのおかげですし、あのお客様は最初からお申込みされるおつもりでしたから、私の力ではありません。むしろ私の方がお客様に感謝しなければ」
「まあ、そうだけどさ。でもお前の商談もなかなか良かったぞ。危なげなくて、初めてとは思えなかった。この調子でがんばれ!」
「はい!次は実力でお申込みいただけるよう、精進します」
力強い言葉に原口も頷き、吾郎も、良かったなと頬を緩める。
「それにしても、安藤。最近なんか変わったよな」
しばらく他愛もない話をしてから、ナッツを口に放り込みつつ原口が切り出した。
「眼鏡やめてコンタクトにしたからかな?と思ってたけど、雰囲気や表情も明るくなった気がする。なんかいいことあったのか?」
「え?いえ、別に。いつもと変わりないですけど」
「そうか?でも良かったよ。営業に異動してきた時は、大丈夫かな?って心配してたけど、毎日がんばってるし笑顔も増えてきた。指導担当の俺としてもホッとしてる」
そう言って原口は、営業マンらしい爽やかな笑みをみせる。
「ありがとうございます、原口さん。私も初めは、営業なんて自信なくて…。でも皆さんが優しく接してくださるので、なんとかやって来られました。これからは少しでも皆さんのお力になれるように、がんばります」
「ああ、一緒にがんばろう!」
「はい!」
二人のやり取りに、吾郎は、いいなーと目を細める。
(俺達、ヤローばっかりの職場だもんな。こんな青春物語みたいな爽やかなやり取り、絶対ないわ)
今はモデルルームにかかり切りだが、もう少しすれば吾郎はいつものようにオフィスでの毎日になる。
大河や洋平、そして透。
学生の頃からずっと変わらないメンバー。
懐かしいような、照れくさいような…
(でもまあ、あそこが俺の居場所なのは間違いない)
吾郎はウイスキーのグラスを少し揺らしてから、ゆっくりと味わった。
◇
「ですからー、トオルちゃん!私、すごーく会いたいんですよー、トオルちゃんに!」
やっぱり始まった…と、吾郎は原口と顔を見合わせる。
お酒はそろそろやめにして…と原口が言った時には既に遅く。
またしても安藤の一人新喜劇が幕を開けた。
「私の所に真っ直ぐに来てくれるトオルちゃん!可愛いおめめで私を見つめて、健気に近寄って来るの。トオルちゃん、私もあなたが大好きよー!」
「ちょっ、安藤!声が大きいって。そんな赤裸々に叫ばなくても…」
どうやら原口は、安藤が恋人の名前を叫んでいると思い込んでいるらしい。
しきりに辺りを気にして、安藤の口をふさごうとする。
「私、トオルちゃんに癒やされたい!トオルちゃんに会いに行きたいの」
「そ、そうか。それならこのあと行けばいいよ」
「トオルちゃんを思い出すと、仕事もがんばれる。だって、トオルちゃんもあんなに一生懸命お仕事がんばってるんだもん。愚痴をこぼしたりせず、嫌な顔一つしないで、いつもニコニコがんばってる。だから私もトオルちゃんみたいにがんばる!」
「う、うん、それは、いいことだな」
「原口さん!どうしてトオルちゃんの所に連れて行ってくれなかったんですか?もしや、私とトオルちゃんを引き裂こうと?」
「ま、まさかそんな!」
「うわーん!トオルちゃんに会いたかったよー!」
そして安藤は、バタッとテーブルに突っ伏して、スーッと寝息を立て始めた。
「やれやれ、やっと終わった。皆様、お騒がせしました」
原口が周りの客に会釈すると、皆は微笑んで片手を挙げる。
「都筑さんも、すみません。やっぱり安藤には飲ませちゃいけませんでしたね」
「いえいえ。私はまたしても楽しませてもらいましたよ」
なにせ吾郎の頭の中では、あのロボットワンちゃんがウィーンと動いていたのだから。
「そうですか?そう言っていただけると。それにしてもあの安藤が、こんなに彼氏とラブラブだとは。あ、だから最近コンタクトにしたんですかね?」
「さあ、どうなんでしょうね?」
としか言いようがない。
「でもなんか、ちょっと寂しくなってきました、俺」
原口がポツリと呟く。
「ずっと安藤のことをそばで見てきて、大丈夫かなって毎日心配して…。けど、俺なんかより近くで見守ってくれる恋人がいたんですね。そっか、そうだったのか」
自虐的にフッと笑うと、原口はグラスを一気に煽った。
(原口さん、もしかして彼女のことを…)
好きになったのか?
そこまでいかなくとも、気になる存在にはなっているのだろう。
吾郎はそっと横目で原口の様子をうかがう。
(もしそうなら、伝えるべきか?トオルちゃんの正体を)
そうすれば、なんだ!と原口は安心するだろう。
だがどうしてか、結局そのあとも吾郎は原口にそれを伝えないままだった。
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