極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい

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夢のような一日

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次の日。
大河は、ドレスやヘアメイクまでトータルでコーディネートしてくれるブティックに、瞳子を連れて行った。

オペラ座に行く、とスタッフに伝え、いくつかドレスを見繕ってもらう。

その中から大河は、ワインレッドのタイトなロングドレスを瞳子に薦めた。

「えー?こんなに大人っぽいデザイン、似合うかな?」

そう言って渋る瞳子を、とにかく試着してみて、と大河は促す。

しばらくすると、嬉しそうな笑顔のスタッフが大河を呼びに来た。

「Ta princesse attend!(あなたのプリンセスがお待ちかねよ)」

案内された部屋に行くと、壁の大きな鏡の前にいる瞳子の後ろ姿があった。

「瞳子?」

そっと呼びかけると、瞳子は大河を振り返り、照れたようにはにかんだ笑みを浮かべる。

その美しさに大河は息を呑んだ。

壁に掛けられていた時はストンとしたドレスに見えたが、瞳子が身にまとうと身体のラインに沿ってとてもセクシーで、大人の女性の魅力に溢れている。

大河が言葉を忘れて見とれていると、瞳子がためらいがちに口を開いた。

「あの、大河さん。大丈夫でしょうか?これで」

「…え?ああ!もちろん。すごく綺麗だよ、瞳子」

「うーん…。日本だと絶対に無理ですけど、ここはパリだし。まあ、いいかな?」

「ああ、そうだな。俺も日本ならこんなに大人っぽい瞳子は誰にも見せたくないけど、パリだしな。じゃあ、俺も瞳子のドレスに合わせたスーツを選んでもらうよ」

「はい。わあ、楽しみ!大河さん、かっこいいだろうなあ」

色っぽいドレス姿の瞳子に笑顔を向けられ、思わず抱きしめてキスしたくなる衝動を抑えつつ、大河はスタッフと一緒にメンズフロアに移動した。

光沢のあるダークスーツに、瞳子のドレスの色と同じワインレッドのネクタイとチーフを合わせる。

大河が着替えている間に、瞳子はヘアメイクを整えてもらっていた。

「ひゃー!大河さん、とっても素敵」

戻って来た大河に、瞳子は思わず口元に両手をやって見惚れる。

だが反対に、大河は瞳子に見惚れていた。

髪をアップにまとめて前髪をサイドに流し、華やかにメイクした瞳子は、気軽に近寄れないほど美しく気品のあるオーラに溢れている。

スタッフに促されて瞳子の隣に並ぶと、大河は更に緊張した。

「大河さん?あら?また、むむっ!てなってる」

瞳子の言葉に、「なにをー?」と大河は調子を取り戻す。

「ふふっ。でも、むむっ!てなっててもかっこいいです」

「だから、むむっ!は、もういいってば」

「あはは!」

ようやくいつもの二人に戻り、仲良く腕を組んでスタッフにお礼を言う。

素敵な夜を!と見送られて、ブティックをあとにした。



19世紀後半のパリ都市改造計画の一環として、ナポレオン3世の命を受けて建築され、1875年に完成したネオ・バロック様式の『オペラ・ガルニエ』

タクシーで向かう車中、大河は瞳子に詳しく話して聞かせる。

「並み居る世界的建築家をしのいで、171の公募の中からコンペティションを勝ち取ったのが、当時無名だった35歳のシャルル・ガルニエなんだ」

「そうなのね。オペラ・ガルニエは『オペラ座の怪人』の舞台でもあるのよね?」

「ああ。劇場の中央にあるシャンデリアは、重さ7トンのブロンズとクリスタルでデザインされているんだけど、過去に落下したこともあったんだ。そこから『オペラ座の怪人』のワンシーンが生まれたらしい」

「えっ!7トンもあるの?また落っこちたりしない?」

「ははっ!今は大丈夫だよ。そのシャンデリアの上には、シャガールの『夢の花束』っていう天井画があるんだ。モーツァルトの『魔笛』やチャイコフスキーの『白鳥の湖』とか、14人の著名な作曲家とその作品を題材にして描いたらしい。凱旋門やエッフェル塔、オペラ・ガルニエも散りばめられているんだって」

「そうなの?うわー、じっくり見てみなくちゃ」

やがてタクシーの前方に、ライトアップされた宮殿そのものの建物が見えてきて、瞳子は思わず息を呑む。

「なんて綺麗なの…」

先にタクシーを降りた大河は、続いて降りる瞳子に手を差し伸べる。

二人は肩を並べて建物を見上げた。

正面から見たファサードはギリシャ神殿を思わせ、古代ギリシャの建築手法であるコリント式の柱が並んでいる。

柱の下には、モーツァルトやベートーヴェン、ロッシーニなどの作曲家の胸像があった。

しばし見とれてから、大河が瞳子に声をかける。

「じゃあ行こうか」

「ええ」

大河は左腕に瞳子を掴まらせると、ゆっくりとエントランスに向かった。

「わあ…、すごい」

モザイクタイルと天井の彫刻が美しいエントランスに足を踏み入れた途端、瞳子は目を見張って言葉を失う。

円形のロビーを抜けた先には、高さ30mにもおよぶ吹き抜けの中央広間と、白い大理石の大階段『グラン・エスカリエ』

美しさに圧倒されつつ、うっとりと眺めてから、瞳子は夢見心地で階段を上がる。

大河は少し後ろから、何枚も瞳子の写真を撮った。

あまりにも絵になる瞳子の姿に、何かの撮影だと思い込んだ周りの人が、サーッと遠ざかっていく。

おかげで大河は、きらびやかな背景に見事に調和する美しい瞳子の姿を、たくさん写真に収めることが出来た。

大階段下の両側には、光のブーケを持つ2体の彫刻。

「彫刻に照明を持たせる演出でガス灯を使っていたら、何度も火災が発生したんだ。だから彫刻の下には、火を食べるトカゲのサラマンダーをお守りとして置いているんだって」

「そうなのね、ふふふ」

大河の解説のおかげで、瞳子はあちこちに目を向けながら楽しく観て回った。

そして一番の見どころは、やはり『グラン・フォワイエ』

高さ18m、奥行き154m、幅は13mもある古典様式のロビーで、鏡と窓の効果で空間の広がりを演出している。

パノラマな空間に余すことなく描かれた天井のフレスコ画やまばゆいシャンデリア、キラキラと輝く黄金の装飾など、とにかくどこを取っても豪華絢爛。

その美しさは、ベルサイユ宮殿の「鏡の間」をしのぐと言われるのも頷けた。

最後にようやく二人はホールに入る。

イタリア式の馬蹄形をした劇場ホールは5階まであり、ズラリと並んだ深紅のベルベットの座席とゴールドの装飾で、瞳子の心は一気にときめいた。

「なんて素晴らしいの。もうこの劇場こそが芸術作品よね。こんな豪華な空間でバレエを観られるなんて、本当に贅沢だわ」

開演を待つ間も、瞳子は天井を見上げてうっとりと目を輝かせていた。



「はあ…、素敵だった。まるで夢の世界に行ってたみたい」

終演後も瞳子は興奮醒めやらぬ様子で、何度も感嘆のため息をつく。

最後にギフトショップに立ち寄った。

「ひゃー!あれもこれも欲しくなっちゃう。ん?大河さん。これ、なあに?」

「どれ?ああ、蜂蜜だよ」

蜂蜜?!と瞳子は目を丸くする。

「そう、屋上で養蜂してるんだ。もともと小道具係が作った蜂の巣箱を、オペラ座の屋上に置いたのが始まりだったらしいよ。『オペラ座の蜂蜜』として販売されていて、世界一高い蜂蜜なんだって」

「へえー。じゃあここでしか買えないのね?」

「ああ。買って帰ろうか」

「うん!」

瞳子はたくさんのお土産を胸に抱え、満面の笑みで大河に頷いた。

「あー、なんだか後ろ髪を引かれちゃう。素敵だったな、オペラ座」

外に出てからも名残惜しそうに振り返る瞳子を、大河はリヨン駅のコンコース内にある老舗レストランに連れて行った。

「ええー?!何、ここ。オペラ座みたいに豪華なレストラン!しかも、駅の中なのに?」

「ああ。オペラ座の余韻に浸りながら、ここで美味しいフランス料理を楽しもう」

ゆったりと優雅な雰囲気の中、二人は美味しいワインとフレンチコースを味わう。

「本当にゴージャスな内装ね。少しレトロな感じもして、そこがまた素敵」

「そうだな。ここは歴史的建造物にも指定されていて、映画の撮影にも使われているんだ」

瞳子は、オペラ座の余韻とレストランの雰囲気、そして何より、大河の紳士的な振る舞いとかっこよさに酔いしれ、半分ポーッとしながら夢のようなひとときに身を委ねていた。
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