極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい

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いつの間にか

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「ようこそ!私達の愛の巣へ」

玄関を開けるなり笑顔の亜由美のセリフに、早くも吾郎と安藤は苦笑いになる。

「お、お邪魔します」

「どうぞどうぞー」

透に促され、二人は早速リビングに通された。

「おお!家具が揃って雰囲気も良くなったな」

内覧会の時はガランとしていた空間にセンスの良い家具が並び、オシャレで温かみのある部屋に様変わりしていた。

「さ!ソファに座って。今お茶でも淹れますねー」

亜由美がキッチンに向かうと、安藤が、私もお手伝いしますと声をかける。

「都筑さん、トオルちゃんをお願いします。トオルちゃん、よそのおうちだから、抱っこでいい子にしててね」

「アン!」

トオルを吾郎に預けてから亜由美と楽しそうにキッチンに並ぶ安藤を見て、透が感心する。

「へえー、もうどこからどう見ても吾郎の奥さんに見えるんだけど?」

「そんなんじゃないよ。どっちかって言うと、こいつの彼女。だからよく一緒に遊んでるだけだよ」

そう言って吾郎はトオルの頭をなでる。

「吾郎、それナンパの常套句だよ」

「は?!何が?」

「俺、子犬飼ってるんだよねー。えー、ほんと?見たーい!いいよ、会わせてあげる。ありがとー!って、部屋に連れ込むんだ」

透は声色を変えながら一人芝居をした。

「そ、そんなんじゃないってば!そんなつもりは全く…」

慌てて吾郎が否定する。

「全くないの?彼女に会えて嬉しいって気持ちも全くない?」

それは…、と吾郎は言葉に詰まってうつむく。

「吾郎、ちゃんと言葉にしないとダメだよ。大事なんだろ?彼女のこと」

「大事…?うん、あの。彼女のことが、ってよりは、こいつと3人の時間が大事なんだ」

はあー?と透が呆れた声を上げる。

「やーれやれ、どんだけ恋愛初心者だよ。そんなガタイのいい30過ぎの男が、中学生みたいなこと言っちゃってさ。男を見せろよ!凱旋門吾郎!」

バシッと吾郎の背中を叩くと、透は吾郎の腕からトオルを抱き上げる。

「おー、可愛いな、お前。さすがは俺と同じ名前だけある。モテるだろ?トオル」

「アンアン!」

あはは!と笑って頭をなでていると、亜由美と安藤が紅茶とケーキをソファの前のテーブルに並べ始めた。

「トオルちゃんにもワンちゃん用のケーキ買って来たんだ。ほら!」

亜由美が小さめのお皿をトオルの前に置く。

「わあ、可愛い!ワンちゃんの顔のクッキーが載ってる!良かったわね、トオルちゃん。亜由美さん、ありがとうございます」

「どういたしまして、莉沙ちゃんママ」

「え?いえ、あの」

「ふふっ、もうすっかりトオルちゃんのママにしか見えないわよ?」

「そんなことは…」

するとトオルがお皿の上のケーキに顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いでから、安藤の顔を見上げる。

「え?ああ。ちょっと待ってね、トオルちゃん。みんなでいただきますしてからね」

亜由美はニヤニヤしながら、皆を見回す。

「じゃあ食べましょ!トオルちゃんがお利口に待ってくれてるからね」

いただきまーす!と4人で声を揃えると、安藤はトオルに声をかけた。

「トオルちゃん、召し上がれ」

「アン!」

ハグハグとケーキを食べ始めるトオルに微笑んでから、安藤は紅茶を飲む。

亜由美は更にニヤニヤと意味ありげに、透と顔を見合わせていた。



ケーキを食べたあと、4人は敷地内のドッグランに向かった。

トオルと一緒に駆け回る吾郎や透の様子を見ながら、ベンチに並んで座った亜由美が安藤に話しかける。

「ねえ、莉沙ちゃんは吾郎さんが好きなの?」

ど真ん中ストレートな質問に、安藤は慌てふためく。

「まさか!そんな。都筑さんはお仕事の取引先の方です」

「でも普通、単なる仕事の取引先の人と、プライベートでしょっちゅう会ったりしないでしょ?」

「あ!そうですよね。すみません、非常識なことをして。私、トオルちゃんに会いたくてつい…。でもいけないことでしたよね」

安藤は見た目にも分かりやすく、どんよりと落ち込む。

「トオルちゃんにも、もう会えないのかな…」

いやいやいや!と、亜由美は手を伸ばして遮った。

「そんなのダメだよ。トオルちゃんにとって、莉沙ちゃんは立派なママだよ?莉沙ちゃんがいなくなったら、トオルちゃんがどんなに悲しむか。だからこれからも一緒にいなきゃダメ!」

「亜由美さん…。でも私、お仕事の関係者の方と、こうしてプライベートの時間にお会いするのはもう辞めなきゃ」

「いやだからね、仕事の関係者っていうのを辞めたらいいのよ」

「えっ!そんなのいけません」

「は?どうして?」

「アートプラネッツ様は、うちの会社にとってとても重要なお取引先なんです。これからもお力添えをいただきたいので」

「なんでそうなるのー!」

亜由美はガックリと頭を垂れる。

「莉沙ちゃん、少女マンガとか恋愛ドラマとかは観る?」

「いえ。そういうのは興味なくて」

「なるほど。では僭越ながらわたくしが物申します。莉沙ちゃん、あなたは吾郎さんのことが好きです」

「えっ?!そうなんですか?どうして?」

「好きでもない人と、こんなにしょっちゅう会ったりしないからです。莉沙ちゃん、吾郎さんの部屋にいて、苦痛だなって思ったことは?」

「ありません。居心地良くて、いつもついつい長居してしまって…。あ、それもいけないことでしたか?」

「いけなくなんかありません。じゃあ会話が噛み合わなかったり、つまんないなーと思ったことは?」

「ないです。不思議とリラックス出来て、トオルちゃんとソファでお昼寝させてもらったりはしますけど」

えっ!と亜由美は素に戻る。

「莉沙ちゃん、吾郎さんの部屋で寝ちゃうの?」

「はい。あ!これも非常識でしたね、すみません」
「ううん!いいのよ、全く問題ありません。どうぞスヤスヤお休みくださいませ」

「はあ…」

拍子抜けしたような安藤の横で、亜由美は「これはもう決まりでしょ!」と拳を握りしめていた。



「じゃあねー!私達はもうここで」

ドッグランでひとしきり走り回ったあと、亜由美は透の手を引いて帰って行った。

「ん?なんだ。やけにあっさり別れたな」

「そうですね。お二人、このあとご予定があるのかもしれませんね」

「ああ、そうか。いつまで経ってもラブラブだからな、あいつら」

吾郎と安藤もトオルを抱いて部屋に戻った。

「トオルちゃん、お水飲んでね」

「アン!」

トオルの頭をなでてから、安藤はキッチンへ行く。

「都筑さん、アイスコーヒーでいいですか?」

「うん、ありがとう」

慣れた手つきで冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出して注ぎ、安藤はソファの前のローテーブルにグラスを置く。

「どうぞ」

「ありがとう」

二人でトオルを見守りながらアイスコーヒーを飲んでいると、それぞれふと今日のことを思い出した。

透に「男を見せろ!」と言われた吾郎。

亜由美に「あなたは吾郎さんのことが好きです」と言われた安藤。

そのセリフを思い出した途端、二人は妙にギクシャクと緊張し始めた。

「あの、ちょっと話をしてもいいかな?」

「はははい!どうぞ」

二人は居住まいを正して向き合う。

「えっと、まずはいつもトオルを可愛がってくれてありがとう」

「そんな、とんでもない!私の方こそ、いつもトオルちゃんと遊ばせてくださってありがとうございます」

「こちらこそ。これからも変わらずトオルと遊んでやってくれるかな?」

「もちろんです!私の方がお願いしたいくらいです」

「ありがとう。それで、その…」

「はい」

吾郎は思い切ったように顔を上げた。

「俺はずっとこんな日々が続けばいいのにって願っている。君がいて、トオルがいて。笑顔が溢れる時間が、いつの間にか大切でかけがえのないものになっていたんだ。これからもこの幸せな瞬間をずっと俺にくれないかな?」

安藤は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「ええ、それは、はい。私にとっても、トオルちゃんと都筑さんと過ごす時間は何よりも幸せで楽しい時間です。許されるなら、ずっとずっといつまでも、この時間が続けばいいのにって願ってしまいます」

「そうか!それなら、そうしよう」

「はい、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ」

互いに頭を下げると、シーン…と沈黙が広がった。

(そうしようって、どうするの?)

二人の頭の中に、同じ疑問が浮かぶ。

「えっと…」

「は、はい」

吾郎が再び口を開くと、安藤も身を固くした。

「あの、毎週末君をマンションに送り迎えするのもなんだから、ここで一緒に暮らすのは、どうかな?」

「あ、そうですよね。いつも車で送り迎えさせてしまって、本当にすみませんでした。お手数おかけしました」

「いや、それはいいんだけど。いつも別れ際にトオルが悲しそうにするのも忍びなくて」

「私もです。トオルちゃんと離れる時は、いつも涙が出そうになります」

「それなら一緒にここで暮らして、別れなくてもいいようにしよう」

「それはトオルちゃんの彼女として、ってことですか?」

「いや、トオルのママで、つまり俺の妻ってことで」

「ママでツマ…。え、妻?!」

安藤は目を丸くして軽くパニックになる。

「え?彼女はどこに行ったんですか?」

「えっと、彼女は通過してしまったかも」

「通過?通り過ぎちゃったんですか?」

「うん。トオルの彼女を通り過ぎてママになって、俺の彼女はすっ飛ばして妻になる」

「すっ飛ばす?そんなことあるんですか?なんだかゲームのワープみたい」

「まあ、そうだな。あっという間にゴールイン。ダメかな?」

「いえ、ダメではないですけど。でもいいんですか?ワープとか、なんだか裏ワザみたいで」

「大丈夫だよ。裏ワザなんかじゃない。だって俺、君のこと本気で好きだから」

思わず息を呑む安藤に、吾郎は優しく笑いかけた。

「いつ好きになったのかは分からない。最初は、真面目な学級委員みたいな子だなって思ってた。慣れない仕事に一生懸命で、大丈夫かな?って心配もしてた。酔っ払うと面白くて、ああ、君は覚えてないだろうけどね。なんだか意外な一面が見られて楽しかったよ。それに、そう!ファミレスに行った時。あれは本当に楽しかった。いい歳してはしゃいで、あんなふうに誰かと盛り上がるのも新鮮で。あの時には、もう恋に落ちていたのかもしれない。君がトオルと走り回っている無邪気な姿は微笑ましくて、トオルに見せる笑顔にドキッとして、優しくトオルをなでていると、ちょっとヤキモチ焼いたりして。君の口から原口さんの名前が出ると、年甲斐もなく焦った」

そう言って吾郎はふっと照れたように笑みをこぼす。

「トオルの彼女として週末に遊んでやって、なんて都合のいいこと言って、本当は俺が君に会いたかったんだ。こうやって俺の部屋で一緒にいると、居心地良くて心が安らぐ。思い返せば、もう既に恋人同士の関係だったと思う。だから次は結婚して欲しい。ずっと俺とトオルのそばにいて欲しいんだ」

「都筑さん…」

安藤の目から涙がこぼれ落ちる。

「私もです。あなたのことを、いつ好きになったのかは分かりません。最初はなんだか近寄りがたい人だなって思ってたけど、ワンちゃんって口にした時、意外過ぎてびっくりして。仕事の話をしている時は真剣で頼もしいのに、モデルルームで子ども達を相手にすると優しくて、時々タジタジになったりもしていて。私を眼鏡屋さんに連れて行ってくれたり、そう!ファミレスでは小学生の男の子みたいにはしゃいで。ふふっ、楽しかったですね。お客様との商談中も、都筑さんが温かく見守ってくださっているのを感じていました。いつの間にか都筑さんの存在そのものが、私の心の支えになっていたんだと思います。トオルちゃんと一緒に遊んでいる時の都筑さんは、明るくて温かくて。私もトオルちゃんに会いたいって言っておきながら、都筑さんにも会いたかったんです。こうやって一緒に過ごす週末がいつも楽しみで仕方なくて。だからずっとここで暮らしていきたいです。都筑さんと、トオルちゃんと一緒に」

吾郎は嬉しそうに笑って、そっと安藤を抱き寄せた。

「ありがとう。ずっと一緒に暮らしていこう。俺と結婚して欲しい、…莉沙」

「はい。私もずっと一緒にいたいです。…吾郎さん」

微笑みながら見つめ合い、ゆっくりと吾郎が顔を寄せた時だった。

「アン!」

二人の間にトオルが割り込み、莉沙の唇をぺろぺろ舐める。

「トオル…、頼むから空気読んでくれよ」

ガックリと肩を落とす吾郎に、莉沙が笑い出す。

「ふふっ、私のファーストキスはトオルちゃんに奪われちゃいました」

「なにっ?!」

吾郎は本気で憤慨する。

「トオルー!俺はお前にマジで嫉妬してるからな!」

トオルは『日本語分かりません』とばかりに、ひたすら莉沙の顔をぺろぺろと舐めている。

「おい!聞いてるのか?トオル」

「うふふ。じゃあトオルちゃん、抱っこね」

そう言ってトオルを胸に抱くと、莉沙は吾郎に顔を近づけて左頬にチュッとキスをした。

吾郎は顔を真っ赤にして固まる。

「ちょ、二人とも!俺をもてあそび過ぎだぞ?」

「そんなことないですよ。ね?トオルちゃん」

「アン!」

見つめ合うトオルと莉沙に、吾郎はムキーッとなる。

「トオル、俺の方がキス上手いんだからな!」

「やだ!なんてこと言うんですか?」

今度は莉沙が顔を真っ赤にする。

吾郎は莉沙の肩に手を置いて優しく笑いかけた。

「莉沙。幸せにするよ、莉沙も、トオルも」

「はい、吾郎さん」

二人は見つめ合うと、ゆっくりと目を閉じる。

吾郎は莉沙の背中に腕を回し、トオルごと抱きしめながらそっと莉沙の唇にキスをした。


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