魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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高坂会長

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「あれから色々調べましたが…」

一夜明けた総支配人室。

一生は難しい顔で顧問弁護士と向き合っていた。

「どうやら今回は、週刊誌の単なるゴシップ記事ではないようです」
「どういう意味だ?」
「はい。裏で、ごく一部のホテル同士が手を組んで、ああいった記事を書くようにと週刊誌に働きかけたようです。このホテルを落とし入れる為に」

なに?!と一生は険しい表情になる。

「最近フォルトゥーナが、京都の老舗ガラス工房と提携を結んだことがマスコミにも取り上げられ、大きく注目されました。収益も一気に上がっています。そしてホテル業界では重鎮の、ホテル高坂こうさかの会長が、フォルトゥーナの総支配人と頻繁に会っている。何やら大きな動きがあるのでは?もしや、2つのホテルが手を組むのでは?などという噂もあります」

一生は、ドサッと背もたれに体を預けた。

「つまり、妬んだってことか?」
「おそらく」

はあと大きく息を吐いた時、早瀬が近づいて来た。

「お話中、失礼致します。総支配人、あと5分ほどで高坂会長が到着されます」
「分かった」

一生は立ち上がると、また何か分かり次第報告するようにと弁護士に告げて、部屋を出た。

***

ホテルの車寄せに、1台の黒い大きなリムジンが滑るように入ってきた。

「高坂会長、お待ちしておりました。ようこそホテル フォルトゥーナ東京へ」

一生が、深々とお辞儀をして出迎える。

「やあ、一生くん。久しぶりだね、元気にやっとるかね?」
「はい、おかげ様で。高坂会長もお変わりなくお元気そうで」
「まあまあだな。さすがの私も歳には勝てん。あ、ほら、これが話してあった孫娘だ。麗華れいか、こちらが一生くんだよ。若いのになかなかのやり手だ」

一生は、杖を片手に後ろを振り返った高坂の視線を追う。

リムジンから、若い女性が降り立った。

ロングの巻き髪に高いヒール、短くタイトなワンピースに化粧も濃い。

一生が1番苦手とする人種だ。

「初めまして。神崎 一生と申します」

営業スマイルで挨拶したが、きつい香水の匂いに思わず顔をそむけた。

「まあ!あなたが噂の、ホテル界の若きイケメンプリンスね。初めましてえ、高坂 麗華ですう」

(…宇宙人、未知との遭遇…)

顔に営業スマイルを貼り付けたまま、一生は妙なことを考えつつ無言で立ち尽くす。

ゴホン、と早瀬の咳払いがうしろから聞こえてきた。

「それでは高坂様。早速お部屋にご案内致します」

なんとかいつもの流れを思い出し、一生は、どうぞと入口へうながした。

「うわー、すてきなお部屋!ねえ、おじい様」

宇宙人…ではなく、高坂 麗華が嬉しそうな声で、ロイヤルスイートの部屋を歩き回る。

「こちらのお部屋でいかがでしょうか?」
「ああ。良い部屋だね。ありがとう」

一生の言葉に頷いて、高坂は、ゆったりとソファに腰を下ろした。

「高坂様。ディナーはフレンチレストランでいかがでしょう?個室をご用意しております」

早瀬がうやうやしく頭を下げながら聞く。

「ああ、結構。一生くんも同席してくれるかね?」
「はい。かしこまりました」
「では、18時でお願いします。あ、そうそう。それまでに、ぜひ見ておきたいものがあるんだ」

しばらく部屋で休憩したあと、高坂は、一生に案内されてショッピングアーケードにやって来た。

ガラス工房 清河の作品を、ひとつひとつ手に取りながらじっくりと吟味する。

「なるほど。これはどれも素晴らしい。実はね、うちのホテルもここに交渉に行ったことがあるんだよ」
「え、そうなのですか?」

一生は驚いて高坂を見る。

「ああ。うちで1番の営業マンを行かせたが、良い返事はもらえなかった。いったい君はどうやって、あの清河さんを落としたんだい?」
「いえ、私は何もしていません。全てうちのスタッフの功績です」
「ほう、それは驚いた。よほど素晴らしい営業マンなんだろうね」

(営業マン…ではないな)

一生が、瑠璃の顔を思い浮かべていると、高坂が続ける。

「うちにヘッドハンティングしたいくらいだ」
「えっっ!!」

思わず大きな声を出してしまった一生を見て、高坂は笑った。

「ははは!冗談だよ。大事にしなさい。その優秀なスタッフをね」

一生は、ホッとして笑顔で頷いた。

***

「え?会長、明日出発されるのですか?1週間滞在されるご予定と聞いておりましたが」

フレンチレストランの個室。

会長とその孫娘との食事の席で、一生は驚いて声を上げる。

「そうなんだよ、急に仕事が入ってね。慌ただしくて申し訳ない。私ももっとゆっくりこのホテルを楽しみたかったが、仕方ない」

その代わり…と会長は、嬉しそうに孫娘に目を向ける。

「麗華は予定通り、1週間こちらでお世話になるよ。よろしくな、一生くん」
「は、はい。かしこまりました」
「麗華はな、お嬢様学校の短大を卒業して、半年ほどアメリカに行っておったんだよ。帰国したばかりだが、ぜひこのホテルに泊まってみたいと言うから連れて来たんだ。まだ20歳と若いし、見ての通りの美人だ。一生くんとも、美男美女でお似合いだな。ははは!」

(…そういうことか)

ここ最近、やたらと連絡してくる高坂の意図がようやく分かったと同時に、面倒なことになったと、一生は心の中でため息をついた。

***

「お帰りなさいませ」

立ち上がって頭を下げる早瀬に頷き、一生は自分のデスクの椅子に座って息をつく。

「お疲れ様でございました。いかがでしたか?会食は」
「最悪だ」
「…は?」

一生は、ゆっくりと両肘をデスクに載せ、話し出す。

「なあ、早瀬」
「はい」
「週刊誌にこれ以上好き放題書かれず、スタッフにも危害が及ばず、このホテルの評判も落とさずに済む方法が何か分かるか?」
「いえ。そんな方法があればいいのですが、私にはさっぱり」
「1つある。俺が高坂会長の孫と結婚することだ」

早瀬は思わず息を呑む。

「まさかそんなこと、本気でお考えですか?総支配人のお気持ちはどうなるのです?」
「俺の気持ち…か」

小さく声に出してから、一生は早瀬を見る。

「俺はこのホテルの総支配人だ。ここで働いてくれるスタッフとその家族の幸せを守らなければいけない。それが俺の使命だ。そんな大きな責任の前では、俺の個人的な気持ちなんてちっぽけなものに過ぎない」
「で、ですが、それでは…総支配人の幸せは、いったいどこにあるのですか?」
「俺の幸せ?それは、ここのスタッフが幸せでいてくれることだ」

そう言って、ふとデスクの花瓶に目をやった。

「今日はまた一段ときれいな花だな。ありがとう」
「あ、い、いえ。その花は先程、瑠璃さんが来て飾ってくれたものです」
「え?」

まじまじと花を見つめる。

ブルースターが散りばめられたホワイトローズの花束。

真っ白なバラに、水色の小さな花がまるで星のようだ。

よく見ると、小さなカードが入っていた。

そっと取り出してみる。

『Happy Birthday!
一生さんにとって、すてきな1年になりますように…』

一生は、不覚にも、涙が込み上げてくるのを抑えられなかった。
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