Good day! 4

葉月 まい

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卒園式

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3月の末。
翼と舞の卒園式の日がやって来た。

「こんな日が来るなんてね」

紺のスーツで胸にコサージュを飾った恵真と彩乃は、感慨深く式場のホールに向かう。

空港で働く職員の子どもが多いこの保育園には、翼と舞が2歳8ヶ月の頃からお世話になってきた。
野中と彩乃も、翔一が3歳になったのを機に近くに引っ越して来て、同じ園に入園。
そしてその半年後には、もともと近所に住んでいた伊沢とこずえも、娘の美羽を生後5ヶ月で預け始めた。

今日、たくさんの思い出が詰まった保育園を、翼と舞、そして翔一も卒園する。

「もう俺、今日は泣く自信しかない」

野中がそう言うと、大和も頷く。
二人ともこの日の為にオフを取り、スーツに身を包んでいた。

「佐倉、今日だけはキャプテンであることを忘れよう。今日の俺たちは単なる親バカだ」
「そうですね。せめてバカ親にはならないように気をつけます」
「あー、俺、バカ親になっちゃうかもしれないー」

隣で彩乃がやれやれとため息をつく。

「真一しんいちさん、ビデオ撮ってますからね。がんばっておとなしくしててください。号泣はナシですよ」
「そんなの無理だよー。うっうっ……」
「どうしてもう泣くの!?」

恵真は苦笑いを浮かべながら、手元の式次第に目を落とす。

先生の挨拶や卒園の歌のあと『お別れの言葉』とあった。
卒園生代表の横に書かれていた名前は『佐倉 翼・佐倉 舞』

その文字を見ただけで、恵真は胸に込み上げるものがあった。
卒園生たちが、ぜひ翼と舞にやってもらいたいと言って二人に頼んだらしく、どんな内容なのかは恵真も大和も知らされていない。

(でも保育園の卒園式なんだから、決まったセリフをちょこっと言う程度よね)

そんなことを考えているうちに、開式の時間になった。

「これより卒園生が入場します。皆様、どうぞ拍手でお迎えください」

マイクで告げられて、保護者はホールの入り口に目を向ける。
袴姿の担任の先生がお辞儀をしてから歩き出すと、胸にお揃いのコサージュを着けた園児たちがあとに続いて入場して来た。
どの子も真剣な面持ちで、しっかりと前を見て歩いて行く。

(えっ、こんなに本格的な式なの?)

6歳ながら、今日がどんな日なのかきちんと理解している様子の園児たちに、恵真は驚きつつ、早くも感動で目を潤ませた。

子どもスーツを着た翼と、ネイビーのセーラーカラーのワンピース姿の舞が、キリッとした表情で恵真と大和の前を通り過ぎる。

(二人とも、いつの間にこんなに大きくなったの?)

初めて見る我が子の頼もしい姿に、恵真は大和の言葉を思い出した。

『あの子たちは大丈夫だ。翼も舞も、保育園で色んなことを吸収してぐんぐん成長してる。友だちや先生と過ごすことで、大切なことを学んでいる』

まさにその通りだったのだ。
自分が仕事をしているせいで、子どもたちを保育園に通わせていることに、どこか負い目を感じていた。
寂しい思いをさせていると、いつも申し訳ない気持ちになっていた。
けれどそれは思い違いだったのだ。
恵真は心から、この保育園にお世話になってよかったと改めて感じていた。

園児たちがホールの前方の席に着くと、卒園証書が一人ずつ授与されていく。

「佐倉 翼」
「はい」

名前を呼ばれ、大きな声で返事をした翼が、ステージへと上がる。
園長先生から証書を手渡され、翼は両手で受け取るときちんとお辞儀をした。

「佐倉 舞」
「はい」

いつも控えめな舞も、はっきりと返事をし、丁寧に証書を受け取ってお辞儀をする。
二人の凛々しい姿に、恵真は懸命に涙を堪えた。

「野中 翔一」
「はい!」

元気良く返事をした翔一も大人びた表情でステージに上がり、野中が「ううっ……」と嗚咽をもらす。

(おめでとう! 翼、舞、翔一くん)

恵真は心の中で三人を祝福した。

全員の授与が終わると、園長先生がお祝いの言葉を贈る。
続いて園児たちが保護者席を振り返り、卒園の歌を歌った。
澄んだ声がホール中に響き渡り、恵真は感動で胸がいっぱいになる。

そしていよいよ……

「お別れの言葉。卒園生代表、佐倉 翼、佐倉 舞」

はい、と返事をした二人が、並んでステージに上がる。
マイクの前に立つと、二人で息を揃えて堂々と話し始めた。



お別れの言葉。
ぼくたちわたしたちは、今日、保育園を卒園します。

はじめて保育園に来た日は、とてもドキドキしました。
おかあさんと離れて寂しくて、不安になりました。

そんなとき先生が、だいじょうぶだよと声をかけてくれました。
お友だちが、いっしょにあそぼうと手をつないでくれました。

それからは、この保育園に来るのが楽しみになりました。

みんなでお散歩に出かけて、川で泳ぐお魚を見たこと。
空を飛ぶ飛行機に、バイバイと手をふったこと。
公園で元気に走りまわったこと。
ぜんぶぜんぶ宝物です。

おゆうぎ会では、いっしょうけんめいセリフを練習しました。
運動会では、力いっぱい走りました。
先生となかまのおかげで、成長できました。

たくさんのことを教えてくれた先生、ありがとうございました。
失敗してもいい、やってごらんと応援してくれたこと、これからも忘れません。

いつも一緒に遊んでくれたお友だち、とっても楽しかったよ。
けんかをしてしまったこともあったけど、ごめんねとあやまって、また仲直りしてくれてありがとう。

そしておとうさん、おかあさん。
どんな時もやさしく見守ってくれてありがとう。
大好きだよって抱きしめてくれてありがとう。
まいにちがしあわせでいっぱいです。

ぼくたちわたしたちは、桜がさいたら小学生になります。
きんちょうするけど、保育園のことを思い出してがんばります。
やさしい心とがんばる力、保育園で学んだ大切なことは、ずっと忘れません。
みんなみんな、いつまでも大好きだよ。

今までほんとうに、ありがとうございました。

卒園生代表
佐倉 翼
佐倉 舞            



一斉に湧き起こる拍手。
先生や保護者のすすり泣く声。

その中を、二人は揃ってお辞儀する。

「翼ー、舞ちゃんー、えらいぞー」

野中が泣きながら拍手を贈り、彩乃も頷いて涙を拭う。

恵真は、張り裂けそうになる胸を押さえて唇を震わせた。
涙がとめどなく溢れ、息を吸うのも苦しくなる。
二人の姿を目に焼きつけたいのに、涙でにじんでしまう。

「恵真」

大和も感極まったように目を潤ませながら、恵真の手を握った。

ステージから下りた二人は、園児たちの列に戻る。
と、翼が「せーの!」と掛け声をかけた。

「せんせい、ありがとう。みなさん、ありがとう。ずっとずっとわすれないよ」

卒園生の皆が声を合わせ、先生も保護者も涙ながらに拍手する。
誰もが心を震わせながら、いつまでも拍手を贈り続けた。



「それでは最後に、卒園生から保護者の皆様へプレゼントがあります。お子さんのところに来てください」

園児たちの集合写真のあと、先生がマイクで呼びかけた。
ようやく涙が落ち着いた恵真は、大和と共に翼と舞のもとへと行く。

「翼、舞、とっても素敵だったわよ。がんばったね」

しゃがんで二人を抱き寄せると、二人とも照れたように笑った。

「おとうさん、おかあさん。いままでありがとう。これからもよろしくね」

そう言って翼が大和に、舞が恵真に一輪のカーネーションを差し出す。

「わあ、ありがとう!」

笑顔で受け取っていると、先生がもう一度マイクで呼びかけた。

「お花の他にもう1つ。子どもたちが保育園の思い出と保護者の皆様への感謝の言葉を綴った作品集をお渡しします。お受け取りください」

先生から配られた作品集を、翼と舞が笑顔で差し出す。
それはリボンで綴じたお絵描き帳だった。

「ありがとう、舞。見てもいい?」

すると舞は、「うーん」と視線を落とす。

「はずかしいから、おうちにかえってからみてくれる?」
「え? ああ、そうね。分かった。あとで見せてもらうね」
「うん」

何が描いてあるんだろう、と気になるが、恵真も大和も今は我慢することにした。
隣に並んでいた翔一は、得意げに「みてみて!」と野中に笑いかけている。

「どれ、何が描いてあるんだ? おお、似顔絵か! よく描けてるな」

他の保護者たちも、嬉しそうに我が子の作品集をめくっていた。
どうやら家族の似顔絵や、保育園での思い出の場面などが描いてあるらしい。

「つばさのおかあさんもみて!」

翔一に言われて、恵真も、どれどれ?と覗き込む。

「上手だね、翔一くん。お父さんとお母さんの似顔絵、そっくりだよ」
「でしょー? えへへ。こっちもみて。しょうらいのゆめ!」

野中が持っている作品集に手を伸ばし、翔一はページをめくった。
そこに描かれていたのは、大きな口を開けて笑っている制服姿の翔一と、クレヨンで書かれた文字。

『パイロットに おれはなる!』

野中がブッと吹き出して、翔一の頭をグリグリとなでる。

「翔一。嬉しいけど、これだと海賊だ」
「ほんとよ。まあ、気合いは充分伝わるけど」

彩乃も笑いながら翔一の肩を抱いた。

「だろー? おれ、ぜったいパイロットになるもんね」
「パイレーツじゃないよな? 頼むぞ、おい」

あはは!と楽しそうな野中たちに、恵真と大和も思わず笑う。

「翔一くんらしくていいですね」
「ああ、そうだな。将来が楽しみだ」
「翔一くん、一緒に飛べる日を待ってるからね」

翔一は満面の笑みで「うん!」と頷いた。



「さてと。名残惜しいけど、そろそろ帰ろうか」

先生や友だちと記念写真を撮ったり、おしゃべりをしてから、大和が恵真に声をかける。

「そうですね。翼、舞。帰りに美味しいもの食べに行こうか」

うん!と二人は目を輝かせた。

「じゃあ、最後に先生にご挨拶してからね」

そう言って、皆で担任の先生のもとへ行く。

「先生、翼と舞が大変お世話になりました」
「佐倉さん! こちらこそ。今日の翼くんと舞ちゃん、とっても立派でしたね」
「ありがとうございます。親の知らないところでこんなにも成長出来たのは、先生とお友だちのおかげです。長い間、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです」
「いいえ。私の方こそ、翼くんと舞ちゃんには教わることが多かったです。二人はいつもお友だちに優しくて、自分のことより周りのこと、みんなが仲良く過ごせるようにって気を配ってくれました。きっとおうちでご両親にたくさん愛情を注いでもらっているから、心優しくいられたんだなと思います。これからの翼くんと舞ちゃんの成長も、陰ながら応援しています。またいつでも遊びに来てくださいね」

にっこり笑う先生に、恵真はまた涙で声を詰まらせる。
先生はひざまずいて翼と舞をギュッと抱きしめた。

「小学校に行っても、翼くんと舞ちゃんなら大丈夫。自分の力を信じて、いつも元気でいてね」
「はい!」

先生と翼と舞。
そこにも、親とは違った確かな信頼関係があったのだと、恵真は三人の姿を見ながらしみじみと感じていた。



「恵真、お疲れ様。コーヒー淹れるよ」

思い出いっぱいの卒園式が終わり、夜になると翼と舞はいつもより早くベッドに入った。
静かになったリビングで、恵真は大和とソファに並んで座る。

「私、最後の最後でやっと保育園のありがたさに気づけました」

大和の肩にそっと身体を寄せて、恵真は言葉を噛みしめながら話し出す。

「私一人で子育てしたのでは、二人はあんなにも成長出来なかったかもしれない。私が勝手に、ずっとそばにいてあげた方があの子たちにとって幸せなのにって、決めつけていたんです。でも今日の二人の姿を見て、保育園でどんな毎日を過ごしていたか、どんなに貴重な日々を送っていたのか、ようやく分かった気がします。特に舞には、寂しい思いをさせて申し訳ないって思っていたけど、あの子はちゃんと毎日を生き生きと過ごしていたんだなって。どうしてもっと信じてあげなかったんでしょう」

大和はそんな恵真の頭を抱き寄せた。

「翼と舞が保育園での生活を楽しめたのは、帰るべき温かい場所があったからだよ。朝、保育園で別れても、必ずお母さんが笑顔で迎えに来てくれる。うちに帰ればたくさん抱きしめてくれる。だから二人は安心して、保育園で楽しく過ごすことが出来たんだ。全部恵真のおかげなんだよ」
「大和さん……」

恵真は目を潤ませる。

「ね、恵真。あの子たちの名前の由来、覚えてる?」
「翼と、舞の?」
「そう。自分の翼で大きくのびのびと羽ばたく子に。舞うように生き生きと人生を輝かせる子に。その通りになったと思わない?」
「ええ」

笑いかける大和に、恵真は涙を堪えながら頷いた。

「すごいよな、子どもって。大人の何倍も色んなことを吸収して、毎日どんどん成長していく。まだ6歳だぞ? 俺たちも負けていられない。だろ?」
「はい」

泣き笑いの表情で大和を見上げてから、恵真は「あ!」と思い出した。

「大和さん、卒園式でもらった作品集、まだ見てなかったです」
「お、そうだった」

バッグに入れたままの作品集を取り出し、ドキドキしながら二人でページをめくる。
最初に描かれていたのは、翔一と美羽と一緒の、仲良く手を繋いだ4人の似顔絵。
翔一は口を大きく開けた笑顔で、美羽はピンクの洋服で愛らしく描かれていた。

「ふふっ、可愛い」
「ああ。翼の絵は豪快で、舞の絵は繊細だな。二人とも、特徴をよく捉えてる」
「そうですね」

次のページは、家族4人の似顔絵。
その下に『おとうさん おかあさん ありがとう』とクレヨンで書かれていた。

「わあ、嬉しい! 私たちの宝物ですね」
「そうだな。大切にとっておこう」

更にページをめくると、そこには……

「えっ、これって」

にっこり笑った制服姿の将来の自分と飛行機の絵。

翼の似顔絵に添えられた文字は
『おとうさんとおなじ パイロットになります』

そして舞の似顔絵には……

『おかあさんみたいな パイロットになりたいです』

恵真はハッと息を呑んだ。

(舞、まさか、こんな……)

恵真、と呼ぶ大和の目にも涙が浮かぶ。

「舞、ちゃんと見てたんだな、恵真の背中を」
「本当に? だって私、あの子に何も……」
「伝わってたんだ。恵真の想いも、かっこいい生き方も。恵真は舞の憧れで、道しるべなんだよ」
「私が、あの子の?」

恵真の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「ああ、そうだ。舞は心の中で決めたんだろうな、進むべき道を。恵真の姿を見て、将来の夢を見つけられたんだ。恵真は舞にとって、最高のお母さんだよ」

大和は笑顔で恵真の瞳を見つめる。

「俺もがんばらなきゃな。翼に憧れてもらえるように」
「大和さんは、いつだって私の憧れです」
「じゃあこれからも、恵真と翼と舞の憧れでいられるように、俺はみんなに誰よりも大きな背中を見せるよ」
「はい。私もがんばります」
「ああ。あの子たちが力をくれる。俺たちは4人で一緒に、お互いを高めていける家族だ」
「はい!」

ようやく笑顔になった恵真に、大和も力強く頷いてみせた。
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