Good day! 4

葉月 まい

文字の大きさ
7 / 12

エマージェンシー

しおりを挟む
4月になり、小学校に入学した翼と舞は、毎日元気いっぱいで学校に通っている。
新しい友だちもたくさん増え、勉強するのが楽しいと、宿題をがんばっていた。

授業参観や運動会でも、真剣な眼差しで大人びた表情を見せる二人を、恵真は頼もしく見守る。

保育園では小さな子の面倒をみることが多かったが、小学校では6歳も年上のお兄さんお姉さんと一緒に活動することもあり、それは二人にとって大きな刺激となったようだった。

『パイロットになりたい』
二人の将来の夢は揺るがないらしく、学習発表会でも堂々とそう語っていた。

二人に誇れるパイロットでありたい。
恵真もそう固く心に決めて、気を引き締める。
そして双子が7歳になったのを機に、単日数乗務制度で8割に抑えてもらっていた乗務を通常に戻すことにした。

これから海外のロングフライトにも、徐々に戻してもらうことになる。
大和も子どもたちも、がんばって!と応援してくれていた。

いつか、大和と共にもう一度ホノルルに飛ぶ為に。
そして翼と舞と一緒に操縦桿を握って飛べる日が来るように。

恵真はこれからの目標を明確にしていった。
その先に、機長昇格を見据えて……。



「お母さん、アルコールチェックした?」

早朝フライトのバタバタした準備の中、舞がリビングで恵真に声をかける。

「あ、まだだった」
「はい、アルコールチェッカー」
「ありがとう! 舞、寝てていいのに。まだ4時半よ?」
「だいじょうぶ。お母さんを見送ったらもう一度寝るから。お父さんもショーアップに遅れないように起こすわね」
「あはは……。ありがとう、頼りにしてます」
「ね、お母さん、今日はピンクのスカーフにしてみて」

ネクタイを手にしようとした恵真に、舞がスカーフを手渡す。

「えー、お母さん、スカーフ上手く結べないのよね」
「わたしがやってあげる」

そう言うと、舞はシュルッと恵真の胸元にスカーフを結び、華やかに形を整えた。

「はい、できた。にあうよ、お母さん」
「わー、舞、上手ね。これで1日がんばれそう」
「うふふ。あ、タクシー着いたみたいよ」
「分かった。行ってきます!」
「行ってらっしゃい。Good day !」
「舞もね。Good day !」

二人でサムアップして笑い合った。



「おはようございます」

オフィスにShow Upしてサインしていると、伊沢もやって来た。

「おっ、恵真! おはよう」
「おはよう、伊沢くん。最近どう?」
「うーん、実機訓練で毎日必死」

伊沢はちょっと苦笑いで答える。

「そっか。あと5レグくらい?」
「多分ね、順調にいけば」

伊沢は副操縦士としての飛行時間も基準をクリアし、機長昇格審査で選ばれ、昇格訓練に入っていた。
シミュレーター審査で合格し、今は実機でのライン訓練中で、実際の路線で乗客を乗せてのラインチェックをパスすれば、晴れて機長となる。
それに他社ではあるが、こずえも同じように機長昇格訓練に入っていた。

恵真は、妊娠と出産の期間に空を飛ばなかったこともあり、飛行時間が基準にはまだ少し足りていない。

(焦る必要はない。私は私で、着実に経験を積んでいこう。今は、伊沢くんとこずえちゃんの訓練をしっかり応援したい)

そう心に決め、電話でこずえの話を聞いたり、オフィスで伊沢に声をかけたりしていた。

同じように大和もまた、教官操縦士と査察操縦士への訓練を終え、正式に昇格を果たしたばかり。
おそらく大和が初めてラインチェックするのが、伊沢になるのでは?と言われていた。

(みんながんばってる。私も負けていられない)

恵真も、徐々に復活する世界各地のフライトのため、海外の空港の情報やアプローチの仕方、飛行ルートなどを日々勉強していた。



新年を迎えた1月、いよいよ伊沢の機長昇格への最後の審査、ラインチェックの日がやって来た。

設定されたのはJWA105便 羽田発ロサンゼルス行き。
教官は大和、コーパイに恵真、そして野中もクルーメンバーに入れられた。

深夜便のため、恵真と大和は翼と舞と一緒に夕食を食べてから、泊まりで手伝いに来てくれた大和の母親に二人を預けて空港に向かった。

「おいおい、なんだよこのアットホーム感は」

ブリーフィングエリアで顔を揃えると、野中は皆を見て笑い出す。

「コーパイに藤崎ちゃんがいて、まさか審査をパスしない訳ないよな? 伊沢」
「野中さん、勘弁してくださいよ。まあ、確かに恵真がコーパイなんて、安心感しかないですけど。あとはちょこっと佐倉さんがおまけしてくれたらなー、なんて」

すると大和が真顔で答える。

「おまけでパスさせるほど甘い世界じゃないだろ? 俺はあくまで淡々と審査する」
「分かってます。佐倉さんが、微妙だなー、どうしようー、なんて悩まないように、どう考えても合格! って言わせてみせますよ」
「それは頼もしいな。期待している」

大和がポンと伊沢の肩に手を置いた。

「いつもの伊沢なら問題ないはずだ。気負わず行け」
「はい!」

恵真も伊沢に大きく頷いてみせる。

「伊沢キャプテン、私も精いっぱいサポートします」
「ありがとう、恵真。頼りにしてる」

それを見ていた野中は、両手を頭の後ろにやって軽く口を開いた。

「じゃ、俺は伊沢にめちゃめちゃ突っ込んだ質問して困らせてやろう」
「野中さん! お願いしますよー、今日だけは」

わいわいと賑やかに雑談してから、気を引き締めてブリーフィングを行う。

「行ってらっしゃい! がんばって」とオフィスの社員に見送られ、伊沢はキリッと顔つきを変えて歩き始めた。



「それでは、コックピットクルーをご紹介します」

シップに移動して準備が整うと、CAも交えたブリーフィングで恵真が切り出した。

「この便のPIC(最高責任者)は佐倉キャプテン。またラインチェックにつき、伊沢キャプテンが監督付きPICとなります。FOデューティーに野中キャプテン。FOはわたくし藤崎です。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。我々CAも、伊沢キャプテンを全力でサポートいたします」

チーフパーサーの佐々木が笑顔で言う。

「佐々木ちゃんまでクルーに入れてくれるなんて、スケジューラーさんの愛を感じるねー。な、伊沢」

野中に言われて、伊沢は頷いた。

「はい、とても心強いです。皆様、どうぞよろしくお願いします」

よろしくお願いします、と皆で声を揃える。
一致団結してこの便をベストフライトにしようと、誰もが意気込んでいた。



ところが、いざコックピットでシステムを立ち上げようとした時だった。

「Battery ON, APU Master START……」

スイッチを入れてもインジケーターは点かず、起動音も聞こえない。

「入らないですね、APU完全にアウトです」

左席の伊沢はガクッとうなだれた。

「頼むよ、よりによってこんな日に」

航空機のエンジン始動は、通常APU(補助動力装置)から供給される高圧空気によって行われるため、もしAPUが故障すればASUというエアスターターユニットやGPU(外部電源)が必要になる。
手間も時間もかかり、多少の遅延は免れない。

そもそも故障した状態で飛んでいいのかどうかも、Minumum Equipment List、通称MELによって厳格に運用許容基準が決められていた。
航空機に故障が生じた時、運航の安全を害さない範囲でその故障の修理を持ち越すことが出来るかどうかをMELに則って判定し、整備士とパイロットの双方が合意する必要がある。

「伊沢キャプテン、私にとっては日常の範囲内ですよ。整備さんに連絡しますね」
「なんと頼もしい。頼む」

恵真は淡々とカンパニーラジオで整備士を呼ぶ。
すぐさま整備士が駆けつけた。

「MELでいけます。ASUとGPUで対応しますね」
「はい、よろしくお願いします」

恵真はタブレットで会社の運行支援システムを開き、オペレーションコントロールセンターにメッセージを送信した。

『APU INOP. Request MEL 49-01-01. ASU and GPU available.』

しばらくして返信が来る。

『MEL 49-01-01 applied. Reconfirm CREW READY.』

恵真は顔を上げて伊沢に報告した。

「OCCからMEL適用許可の返信ありました」
「了解。じゃあCREW READY再送お願いします」
「はい、CREW READY再送信します」

今度は伊沢がグランドスタッフに呼びかけた。

「プッシュバックまでPCA(空調用エア)維持出来ますか?」

機内の空調も地上から供給してもらわなければならない。

『10分が限界です。なるべく出発急いでください』

真冬の深夜は機内もかなり冷え込む。
恵真はインターホンでキャビンのCAを呼び出した。

『はい、L1佐々木です』
「コックピット藤崎です。APUの不具合により、機内の暖房が一時的に外部から供給されています。温度調節が不安定ですので、早めにドアクローズ出来ればと思います。ご協力お願いします」
『承知しました。スムーズなご搭乗を心がけます』
「よろしくお願いします」

佐々木の言葉通り、いつもより早く乗客の搭乗が完了した。
キャビンの最終ドアが閉まり、ドアモードが「ARMED」に切り替わる。

通常ならプッシュバックの間にエンジンをスタートさせるが、今回は手順が違った。

伊沢がヘッドセットマイクでグランドスタッフに指示を出し、スポットに停止したまま左側のエンジンのみスタートさせる。

次に恵真が管制官に許可をもらい、トーイングカーでプッシュバックを開始。
安全な場所まで来ると停止して、パーキングブレーキをセットし、トーイングカーを外してもらう。

「Equipment, all disconnect.」

装置を全部取り外して全員退避してもらうと、左エンジンの圧縮空気を使うクロスブリードスタートで、ようやく右エンジンもスタートした。

伊沢はグランドスタッフにサムアップサインを送る。

「Both engines stable.」
『了解です。行ってらっしゃい!』
「サポートに感謝します。ありがとうございました。行ってきます」

地上走行に入り、恵真は「Before Takeoff Checklist」を読み上げる。

「Flight Controls — Checked」
「Flaps — Set 5」
「Bleeds — Engine only, APU off」
「Packs — On」
「Transponder — TA/RA」
「Cabin — Ready」

恵真は最後にもう一度、APU offの項目に目をやった。
本来であれば、非常時のパワーバックアップとして、APUはまだ回り続けているはずだった。
でも今は違う。
万が一、電源系統の異常が起きれば、頼れるのはエンジンだけだ。

(フライト中、いつも頭の片隅に置いておかなければ)

恵真は前方に浮かび上がる深夜の誘導灯を見据えて、表情を引き締めた。



無事に離陸してから約4分後、高度は15,000フィートに達した。
恵真はブリードエアの表示を確認しながら、計器を眺める。

「Pack flow normal. PCAの時は冷えましたけど、エンジンブリードに切り替えてからは、機内の温度も安定しています」
「了解。念の為、落ち着いたらキャビンに聞いてみよう」
「はい」

恵真は飛行が安定してから、佐々木にインターホンで尋ねた。

「客室の温度、大丈夫そうですか?」
『はい、大丈夫です。離陸前は少し寒かったのですが、今は温かくなっています』
「ありがとうございます。なにかあればすぐに教えてくださいね」
『了解しました』

巡航に入り、シートベルトサインをオフにすると、恵真はようやく肩の力を抜いた。
すると同じように後ろから「ふう、やれやれ 」と聞こえてきて、慌てて振り向く。

「の、野中キャプテン!?」
「ん? なに、藤崎ちゃん。もしかして、俺達の存在忘れてた?」
「あ、はい。すっかり……」
「だってよ、佐倉。愛する奥さんに忘れられてたぞ」
「ちょ、野中さん!」

恵真は思わず顔を赤らめた。

「いえ。操縦に集中してこそパイロットですから」

キリッとした声で大和が答える。

「なるほど。直訳すると、ますます君に惚れ直したよってことか」
「あの、もう、野中キャプテン。ここはコックピットですから」
「はいはい。それに大事な伊沢のラインチェックだしな。ん? どうした、伊沢」

左側の伊沢を見ると、何やら落ち込んでいる。

「俺もすっかり忘れてました……。佐倉さん、俺、APUアウトでも全く動揺してませんよ? あはは!」
「なーにを今更。佐倉のやつ、熱心にカリカリ書き込みしてたぞ」
「ええー!?」

野中の言葉に、伊沢はますます肩を落とす。

「伊沢キャプテン、まだフライトは始まったばかりですから。ね?」
「うん、そうだよな」

恵真が励ましていると、またしても野中が茶々を入れた。

「ふむふむ。伊沢キャプテン、コーパイに励まされる……、と」
「もう、野中さん!」
「ごめんって。あまりに藤崎ちゃんが完璧だからさ」

その時、コックピットのドアがコンコンとノックされる。

「佐々木です。お飲み物をお持ちしました」
「今開けまーす」

野中が立ち上がってドアを開けた。

「失礼します。はい、佐倉キャプテンはブラック、野中キャプテンはお砂糖とミルクたっぷり。恵真さんはミルクオンリー。伊沢キャプテンは、CAみんなのパワーも注いでありますからね」
「ありがとうございます!」

にっこり笑う佐々木から、伊沢も嬉しそうにコーヒーを受け取った。

「なんだよー、みんな伊沢を甘やかし過ぎてないか?」
「あら、伊沢キャプテンの人徳ですよ。クルーみんなから愛されるキャラですもの」
「俺以外のみんなね」
「そんなこと言って。野中キャプテンが一番可愛がってるでしょ? ふふっ」

な、なにを……と面食らう野中をよそに、「それでは、このあともよろしくお願いします」と言って佐々木は出て行った。



「ふあー、なんかオブザーバーシートって窮屈だな。藤崎ちゃん、今どの辺?」

退屈になったのか、しばらくはおとなしかった野中がまた話しかけてきた。

「離陸して約80分。東京FIR(Flight Information Region)の洋上境界付近です」

コックピットには、まだギリギリ東京コントロールの無線が入ってきている。
キャビンでは、乗客へのサービスが始まっているようだった。

「腹減ったなー。俺、先にミールもらってもいいか?」
「はい、もちろん」

恵真が答えた時だった。
ふいにキャビンからのインターホンが鳴る。

「はい、コックピット藤崎です」
『L1佐々木です。キャビン中央で、うっすらと白い煙が漂っています。お客様にはまだ気づかれていないようですが、通気口からじわっと流れているように感じます』

コックピット内の空気が瞬時に凍りつく。
恵真は伊沢と目配せし、システムパネルに目を移しながら佐々木に尋ねた。

「煙探知機は作動していますか?」
『いいえ。ギャレー、ラバトリーともに警報はありません。視認出来る火も今のところありません。ただ、CA全員一致で、何かおかしいと感じています』

警報パネルにも異常表示はない。

「警報なし。与圧も正常、電気系統も異常なし。全てノーマルです」

だけど、と恵真は心の中で考える。

(警報が鳴らないのは、煙の濃度がまだスレッシュホールド(しきい値)を下回っているからであって、確実に煙が広がっているのだとしたら?)

火災や煙の警報が鳴れば、即座に緊急事態のプロシージャーに移れる。
だが、システム上は全て問題がないこの状況では、どう判断すべきか。

「何か発火源の心当たりがないか、リチウムバッテリー類も確認してもらいます」

再びインターホンで佐々木を呼び出した。

『お客様の頭上の棚を1つずつ開けてチェックしていますが、まだ何も。相変わらず白い煙が薄く漂っていますが、火は見えません。少し焦げるような臭いもします』

恵真は瞬時に考えを巡らせる。

(火元不明、システム異常なし。でも確実に煙は出ている。一番疑わしいのは、手荷物の中のリチウムイオンバッテリーの発火。それさえ防火バッグに入れられれば問題はない。だけど、もし違ったら? シップの不具合だとしたら? しかも今はAPUは使えない。いざという時の電源冗長が効かない)

たとえ火元を特定出来ても、APUがないため、機内の換気や電源制御に制限があった。
一刻も早く安全高度のフライトレベル100まで下げる必要がある。

迷っている時間はない。
恵真は少し視線を後ろにそらして、大和たちの様子をうかがった。
野中が身を乗り出し、いつでも伊沢と代わろうとしているのが分かる。
大和は……?

恵真はじっと大和と視線を合わせた。
大和も真剣な表情で恵真を見つめると、小さく頷く。
恵真もしっかりと頷き返した。

「伊沢キャプテン」

恵真は冷静に呼びかける。
伊沢が恵真と視線を合わせた。

恵真は真っ直ぐに伊沢の目を見て告げる。

「Wilco. いつでも行けます」

大丈夫。たとえあなたがどんな決断をしても、私は必ずサポートしてみせる。

その思いが通じたのか、伊沢もキュッと唇を引き結んで頷いた。

「Emergency Descent !」
「Roger. Emergency Descent」

二人で即座に緊急降下のプロシージャーに移り、酸素マスクを装着した。

「I have control.」
「Roger. You have control.」
「Set Altitude 10,000ft. Thrust Lever Idle. Speedbrake armed. Transponder 7700. 速度はVmo(運用最高速度)ギリギリまでは持っていかない。もしこの煙が、与圧装置や空調ダクトの異常によるものだとしたら、高速で降下することで更に悪化する可能性がある。Speed set 280 knots. 降下率2,000で」
「了解。パッセンジャーマスクは?」
「Not required. Cabin Altitude安定、与圧も正常だ。なるべく不安にさせたくない」

通常の急降下では1分間に3,000ftを超える勢いで落とせる。
だがそうするとキャビンには酸素マスクが落ちてきて、けたたましく警報も鳴り響く。
乗客にとって、身体にも心理的にもかなりの負荷を与える恐れがあった。

それは避けたい、今の状況なら避けられる。
伊沢のその考えに恵真も同意する。

「Roger. ATCにコンタクトします」

恵真はマイクスイッチを押した。

「Tokyo Control, J Wing105. There is a little smoke in the cabin. No warning indications. Request immediate descent to FL100. It is precautionary descent due to unidentified smoke. Squawking 7700」

一拍置いて、管制官の声が返ってくる。

『JW105, roger. Descend to FL100, expedite if necessary. Report passing FL200.』
「Descend to FL100, will report passing FL200, JW105.」

交信を終えると、恵真は伊沢と視線を合わせた。

「PAはあとだ。降下開始!」
「Roger、降下開始」

機内アナウンスは後回し。
まずは機体を確実に、静かに降下させなければ。

恵真は緊急用3連ベルを鳴らしてキャビンのCAたちに知らせ、乗客のベルト着用サインがONになっているかも確かめた。
あとは佐々木たちCAが、乗客にベルト着用をしっかりと促してくれるはずだ。

伊沢がスピードブレーキをわずかに展開し、高度計のメモリが静かに沈み始める。
緩やかで、ほんの少しだけ耳に違和感を感じる程度の降下速度。
それでも充分、FL100までは速やかに到達出来る。

「PA、入れます」
「頼む」

恵真はマイクのスイッチを入れ、機内アナウンスを始めた。

「ご搭乗のお客様に、副操縦士の藤崎よりご案内申し上げます。現在、機内にわずかな煙が確認されたとの報告を受け、念のため安全な高度へと降下を始めました。降下中はご着席のうえ、シートベルトをしっかりお締めください。機体に異常は見られず、通常通りコントロールされております。どうぞご安心ください。
Ladies and gentlemen, this is your first officer speaking. A little smoke was confirmed in the cabin, so we are descending for safety. There is no emergency at this time, and all systems are functioning normally.
Please remain seated and keep your seat belts fastened. Thank you for your cooperation.」

続いてインターホンで佐々木にキャビンの様子を聞く。
比較的落ち着いていて、煙もそこまで酷くなってはいないとのことだった。

順調に高度を下げ、フライトレベル200が近づくと、このあとの動きを確認する。

「システムノーマルとは言え、火元不明のまま飛び続けるのはリスクがある。羽田へエアターンバックを要求する」

伊沢の言葉に恵真も頷いた。

「了解です。燃料も充分、ETA(到着予定時刻)まで120分です」

フライトレベル200を過ぎると、恵真は管制官とコンタクトを取る。

「Tokyo Control, JW105. Descending two thousand feet per minute, through FL200. Request return to Haneda due to cabin smoke. Non-alerting, precautionary descent in progress.」

『JW105, roger. Turn left heading 090. Descend and maintain FL100. Radar vector for return to Haneda.』

恵真は航法ディスプレイのベクトルを確認しながら応答した。

「Left heading 090, descend and maintain FL100, JW105」

『JW105. Say souls on board and fuel remaining.』

機内の人数と燃料の残量を問われる。

「Souls on board, two-five-five. Fuel remaining, seven-seven decimal five. JW105」

『JW105, roger. Emergency services are standing by.』

交信を終えると、伊沢が確認する。

「よし、ヘディング090でFL100まで。そのまま東京アプローチにハンドオフされたら、優先着陸を要求しよう」
「優先着陸、了解です」

無事にフライトレベル100に達して機体が安定し、コックピットでの酸素マスクも不要となる。
程なくしてキャビンの佐々木から連絡が来た。

『L1佐々木です。お客様の頭上の棚で、充電式ヘアアイロンの発火が確認されました。直ちに消火し、防火バッグに隔離済み。煙は弱まりました』
「承知しました。佐々木さん、本当にありがとうございました」

恵真と伊沢は顔を見合わせてホッと息をついた。

「火元が特定されても、被害が確認出来ていない以上、リスクは変わりない。 ATB続行」

伊沢の言葉に「ATB了解」と答えてから、恵真は佐々木に知らせる。

「佐々木さん、羽田へエアターンバックが決まりました。火元は特定されましたが、安全のため、緊急着陸扱いとなります。このあとPA入れますが、キャビンでのご対応よろしくお願いします」
『ATB承知しました。キャビンはお任せください』
「ありがとうございます、対応助かります」

そのまま恵真は機内アナウンスを入れる。

「副操縦士の藤崎より、皆様へご報告申し上げます。先ほど客室内で煙を確認しましたが、ヘアアイロンのバッテリーからの発火と火元が特定され、即座に消火して防火バッグに隔離いたしました。機内の空気も約3分で完全に入れ替わるように設計されておりますので、ご安心ください。また万全を期すため、当機はこれより羽田空港に引き返すこととなりました。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことを、心よりお詫び申し上げます。ご理解とご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。
Ladies and gentlemen, this is your first officer speaking. Earlier, we detected smoke in the cabin. The source has now been identified and contained. There is no further danger. We will be returning to Haneda Airport as a precaution. Thank you for your understanding.」

やがて東京アプローチへハンドオフされた。

「Tokyo Approach, JW105. FL100. Cabin smoke identified as isolated device. Request priority landing at Haneda」

すぐさま返答が来る。

『JW105, Tokyo Approach. Roger, cleared direct ARLON, expect vectors for ILS approach. Runway 34Left.』
「Cleared direct ARLON, expect vectors for ILS approach. Runway 34Left. JW105」

まもなくベクターが入り、ARLONを通過する。

「ギアダウン、フラップ20。ILSキャプチャー」

羽田の誘導灯が遠くに見え始め、滑走路34Lへのファイナルアプローチに入った。

『JW 105. Runway 34Left, cleared to land. Wind 020 at 6』
「Runway 34Left, cleared to land. JW105.」

通常のランディング。
だが滑走路の手前に、回転灯を灯した消防車が3台待機していた。

「タッチダウン」

ランディングギアが滑走路を捉えると、スラストリバーサーで一気に減速させる。

ゆっくりと誘導路に入り、地上管制へハンドオフされた。

『JW105. Taxi to Spot 74 via Bravo 6. Emergency vehicles will follow』
「Spot 74 via Bravo 6, JW105」

滑走路を離れた機体の横に、消防車がピタリと寄り添う。
サイドウィンドウ越しに、隊員の一人がこちらに親指を立てた。

「放水の必要はないみたいだな。外部温度だけチェックしてもらおう」
「了解です」

管制官からも連絡が入る。

『JW105, Tokyo Ground. Rescue reports no external fire, no spray needed. You’re all clear.』
「Roger. Thank you for your support, JW105」

無事にスポットにつくと、消防隊とやり取りした整備士から連絡が入った。

『火災なし、外部温度も異常なしとのことです』
「了解しました。通常通りの降機をお願いします」

パーキングブレーキをセットし、エンジンを停止。
ブロックインすると、ようやく伊沢が機内アナウンスを入れた。

「機長の伊沢です。皆様、本日は大変ご迷惑とご心配をおかけしました。無事に羽田空港に着陸し、機内に火災はなく、安全が確認されました。当機は羽田空港を離陸して約80分後に、客室乗務員よりわずかな煙が発生しているとの報告を受け、安全高度までの降下を始めました。お手荷物のヘアアイロンのリチウムイオンバッテリーからの発火と特定し、消火の上で隔離を完了しましたが、お客様の安全を最優先し、羽田空港へ引き返してまいりました。大幅なスケジュール変更を余儀なくしてしまい、大変申し訳ありません。ご理解いただけますと幸いです。尚、このあとの宿泊や振り替え輸送に関しましては、地上係員が対応いたします。重ね重ね、この度は大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

パッセンジャーボーディングブリッジが取り付けられ、乗客が降機を始める。
佐々木たちが「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」としきりに謝罪する声がドア越しに聞こえてきた。

最後に整備士がコックピットにやって来る。

「お疲れ様です。へアアイロンのあった詳しい場所は、チーフパーサーから聞きました。機外の温度、機内残留煙、チェック入れておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

恵真たちは4人で一度コックピットを出て佐々木に声をかけ、現場に案内してもらう。

「こちらです」

客席の上の棚の1つを覗き込むと、茶色い焦げ跡があった。

「お客様によると、手荷物検査場を通る前にヘアアイロンはフライトモードに切り替えていたそうです。ですが、ゲートで搭乗を待つ間に化粧室で使用し、搭乗アナウンスが聞こえてきて慌ててバッグにしまったそうです。恐らくその時、きちんとスイッチを切っていなかったのではないかと」

なるほど、と恵真たちは頷く。

「いずれにしろ、お客様がどなたも怪我をされなくてよかったです。キャプテンも恵真さんも、お疲れ様でした」
「こちらこそ。佐々木さんがチーフで本当によかったです。キャビンを守っていただき、ありがとうございました」

そこに会社の運航支援者が近づいて来た。

「お疲れ様でした。皆さん、オフィスでヒアリングの時間をいただけますか?」
「承知しました」

コックピットに戻り、4人それぞれフライトバッグを手にする。
野中と伊沢に続き、恵真もコックピットを出ようとした時だった。

「恵真」

呼ばれて振り返ると、ふいに大和に腕を引かれ、そのままギュッと両腕で抱きしめられる。

「よくやった、恵真。よくぞ無事で……。本当によかった」

耳元でささやく大和の声は、感極まったようにかすれていた。

「大和さん……」

張り詰めていた気持ちがぷつりと切れたかのように、恵真の目から涙が溢れる。

「私、とにかく必死で……。判断は、あれでよかったんでしょうか?」
「ああ。恵真は乗員乗客全員の命を守りきったんだ。さすがは俺の恵真だ。えらかったな」
「はい。ありがとうございます、大和さん」

ポロポロと涙をこぼす恵真を、大和は優しく抱きしめていた。



「それでは、機長訓練中の伊沢さん。降下の判断に至った経緯を、順を追って説明してください」

オフィスの会議室に集められ、事後聴取として運行本部安全監査室の室長が切り出した。

伊沢はゆっくりと記憶をたどるように話し始める。

「はい。羽田空港を離陸して約80分後、東京FIRの洋上境界付近で、チーフパーサーより『キャビンでわずかな煙を確認』との報告を受けました。すぐにコックピット内の警報装置を確認しましたが異常表示はなく、システムはすべて正常でした」
「ではなぜ緊急降下を?」
「客室乗務員全員が煙を認識していたこと、それから火元も不明だったことが一番の理由です。加えて今回のフライトでは、APUが使えない状態でMEL適用で出発していました。その分、冗長性が下がっていたことも考慮しました」
「なるほど。緊急降下を始めたものの、スピードを敢えて抑えた判断について、藤崎副操縦士はいかがですか?」

話を振られて、恵真は居住まいを正す。

「はい。私は伊沢キャプテンの指示に全て同意しました。緊急降下とは言えシステムは全てノーマルでしたし、お客様にGの負荷をかけることは避ける余地があると判断しました。また、煙の原因が不明であれば、シップの電気系統の不具合も完全に否定出来ず、高速で降りることで更なる故障を招く懸念もあったからです」
「分かりました」

最後に野中と大和に質問が及ぶ。

「野中キャプテンは、コックピットにいてどう感じましたか?」
「私はいつでも交代する心づもりでいました。ですがこの二人は、まったくブレることなく判断も的確、私が口を挟む必要はありませんでした」
「そうですか。では佐倉キャプテンは?」

大和はゆっくりと顔を上げて言葉を選んだ。

「今回のケースは、煙が微量だったことと感知器から火元が離れていたこともあり、警報が一切鳴りませんでした。マニュアルやプロシージャーに移るタイミングが非常に難しく、その場のパイロットに判断が委ねられます。明確な正解はありません。ですが」

一度言葉を止めてから、大和はきっぱりと言い切った。

「あの時、私も彼らと全く同じ判断をしました」

シン……と静けさが広がる。

「そうでしたか。大変よく分かりました。皆さん、今回はお疲れ様でした。空の安全と多くの命を守ってくださって、ありがとうございました」

室長は、深々と頭を下げた。



伊沢のラインチェックは、次回に持ち越され、4人はようやく解放される。
明日は急遽オフ、そのあとのスケジュール変更は追って連絡が来るらしい。

「さてと、帰りますか。彩乃も翔一もびっくりするだろうな」

野中が両腕を上げて伸びをしながらそう言うと、伊沢も笑う。

「うちもですよ。こずえにロスのお土産頼まれてたのになあ」
「じゃあ、これからデッドヘッドでロスに飛ぶか?」
「いえ。愛する家族のもとに帰ります」
「だよな。そうしよう」

歩き始めた廊下で、恵真は小さく伊沢に声をかけた。

「ごめんね、伊沢くん。ラインチェックの大事なフライトだったのに、私が一緒に飛んだばっかりに大変なことになって」

なにせ、ハプニングばかり起きる恵真と違って、伊沢のフライトは常に穏やかなものだったから。

「何言ってんの。俺が今回、どれだけ恵真に助けられたか。俺、今日のフライトで恵真がコーパイじゃなくて、佐倉さんも野中さんも一緒にいてくれなかったらと思うとゾッとする。それにすんなり審査をパスしてたら、いざという時に何も出来ない機長になってたと思う。こんな大変なフライトは初めてだったけど、乗り越えられたことが大きな自信になった。ありがとな、恵真」
「伊沢くん……」

すると前を歩いていた野中が振り返る。

「よかったな、伊沢。藤崎ちゃんっていう、最強のコーパイが一緒に飛んでくれてさ。大きな壁を乗り越えられた。これで次のラインチェック落ちたら、さんざん笑ってやる」
「ご心配なく。絶対に受かってみせますよ」
「楽勝で受かれよ?」
「はい!」
「よし。それにしても何が一番驚きって、藤崎ちゃんがまだキャプテンじゃないことだよ」

は?と、恵真は目をしばたたかせた。

「どういう意味ですか? 野中さん」
「だって、あんな肝の据わったコーパイいるかよ? 俺、後ろで聞いてて『Roger!』って敬礼したくなったわ」
「はい? おっしゃる意味が……」
「楽しみだなー、JWA初の女性機長の誕生」

それを聞いて、伊沢が半泣きの表情を浮かべる。

「野中さん、その前に伊沢機長の誕生は楽しみにしてくれないんですか?」
「お前はずっと俺の右側で飛んでてほしいからさ。佐倉、ラインチェック落としてやれ」
「ちょっと! 野中さん!!」

賑やかに言い合う二人を後ろから眺め、恵真と大和は顔を見合わせて笑った。



「ただいまー」
「おかえり! 翼、舞」
「えっ、お父さんとお母さん?」

夕方になり、小学校から帰って来た双子を玄関で出迎えると、翼も舞も目を丸くした。

「アメリカに飛んだんじゃなかったの? どうしたの?」

そう言う舞に続いて、翼が「忘れ物?」と聞いてくる。

「ははっ! そうだな、翼と舞を連れていくのを忘れちゃってさ」
「そうなの? それで帰ってきたの?」
「ああ。二人に会いたくてな」

すると舞は顔をしかめる。

「お父さん。お仕事なんだから、そんな理由で帰ってきたらダメよ」
「ははっ、そうだな、舞。明日も家で反省したら、またちゃんと働くからさ。よし! 今夜はお寿司を頼もうか」
「お寿司? やったー!」

飛び跳ねて喜ぶ翼と舞に、恵真も大和も目を細めた。

「二人とも、疲れたでしょ? 今夜は早く休みなさい」

お寿司を食べたあと、大和の母親に促されて、恵真と大和は早めにベッドに入った。

二人きりの寝室で大和は優しく恵真を抱き寄せ、愛おしそうに髪をなでる。

「恵真」
「ん? なあに」

トロンと潤んだ目で見上げてくる恵真は、操縦桿を握っている時とは別人のように、あどけなく可愛らしい。

「どこまですごいんだろう、俺の恵真は。 かっこよくて心から尊敬出来るパイロットで、俺の腕の中では最高に可愛くて愛おしい。恵真が俺といてくれることが、奇跡みたいに感じる」

すると恵真は照れたように笑ってうつむいた。

「私の方こそ。大和さんのおかげで、私はいつも勇気をもらえるの。あの時、コックピットで大和さんが頷いてくれたから、不安な気持ちがスッと消えていった。大和さんが後ろで見守っててくれるから、私は冷静になれた。大丈夫、大和さんがついていてくれるって、心から安心出来た。全部あなたのおかげなの、大和さん」

恵真……と、大和は切なげに言葉を詰まらせる。

「どんなに伝えても伝えきれない。恵真、君を心から愛していると」
「大和さん……。もう充分伝わってます。あなたはどんな時も私の心の支え。私の全てなの」

微笑みを浮かべる恵真を、大和はたまらず胸にかき抱く。
愛を込めて、溶け合うように、大和は恵真に深く熱く口づけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

桜のティアラ〜はじまりの六日間〜

葉月 まい
恋愛
ー大好きな人とは、住む世界が違うー たとえ好きになっても 気持ちを打ち明けるわけにはいかない それは相手を想うからこそ… 純粋な二人の恋物語 永遠に続く六日間が、今、はじまる…

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

Good day !

葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1 人一倍真面目で努力家のコーパイと イケメンのエリートキャプテン そんな二人の 恋と仕事と、飛行機の物語… ꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳ 日本ウイング航空(Japan Wing Airline) 副操縦士 藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema 機長 佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

処理中です...