Good day! 4

葉月 まい

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入試

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夏になり、ついに翼と舞の航空大学校の入試が始まった。

まずは7月にある第一次試験。
出題形式は、リスニングを含む「英語」と、数学や自然科学の「総合」の筆記試験だ。
特に「総合」は、操縦士として必要な判断や処理能力、時事問題、社会常識、気象、数学、物理など多岐に渡っている。
この第一次試験が一番の難関だった。

「まあ、チャンスは今年限りって訳でもないですしね」
「ああ。それに航大にこだわらず、自社養成パイロットになる道もある」

恵真も大和も、まるで自分に言い聞かせるように頷き合う。
子どもたちの前ではあくまで自然に振る舞うが、二人きりになると妙にそわそわと落ち着かなかった。

試験当日、恵真と大和は玄関で翼と舞を見送る。

「じゃあね、気をつけて行ってらっしゃい」

がんばって、の言葉は敢えて呑み込んだ。

「行ってきます!」

そう言って身を翻した二人の背中は、凛として頼もしかった。



「あー、ちょうど始まった頃ですね。大丈夫かな。翼は物理と数学は得意だけど、英語は苦手だし。舞は逆に英語が得意で、理系はイマイチ。もう、足して2で割ったらちょうどいいのに」

恵真は何度も時計を見ながら、しきりに大和に話しかける。

「恵真、落ち着きなって」
「そうなんですけど、気になっちゃって。フライトがあった方がよかったかも」

スケジューラーが配慮してくれたのか、この日は恵真も大和もオフだった。

「もしかしたら、気もそぞろになって危ないから外されたのかもよ?」

そう言って大和は笑う。

「いざフライトとなったら、ちゃんと気持ち切り替えて集中しますよ?」
「でもまあ、朝は二人を見送って、帰って来たらおかえりって出迎えられるようにって、スケジューラーさんが気を遣ってくれたんだろうな」
「そうですね、ありがたいです。さてと、お昼ご飯作りますね。翼たちには食べやすいおにぎりを持たせたんですけど、私たちはゲンかつぎでカツ丼にでもしますか?」
「ははっ、なんか二人に悪いな。カツ丼は夕食にして、昼は俺たちもおにぎりにしよう」
「はい。では受験生弁当で」

二人で笑いながらおにぎりを握り、卵焼きとからあげを二つ食べた。

「ただいまー」

夕方になり、帰って来た二人を、大和と恵真は玄関で出迎える。

「おかえり。どうだった?」
「うん、まあまあかな。帰り道にお兄ちゃんと答え合わせしたけど、結構合ってた」

そう言う舞の表情はどこか晴れやかだった。

「そう。お弁当、あれで足りた?」

すると翼と舞が思い出したように笑う。

「それがさ。別の部屋で受験してた翔一が、昼休みに半泣きで俺たちのところに来たんだ。てっきり、前半の英語が出来なかったのかと思って心配したら、『食べかけの弁当、落っことした!』って」
「そうそう。しかも落っことしたのが縁起悪くて気にしてるのかと思ったら、翔くん『足りない、お腹空く、どうしよう』って。だから私とお兄ちゃんでおかず分けてあげたの。もうね、緊張感とかあっさり吹き飛んじゃった」
「だよな」

顔を見合わせて笑い合う翼と舞の明るい様子に、恵真も大和と一緒に頬を緩めた。

「とにかくお疲れ様。夕食はカツ丼にしたの。早速食べようか」
「えー、お母さん。ゲンかつぎなら試験前に食べるものなんじゃない?」
「あ、そうか! ごめん。夕べ何も考えずに肉じゃがにしちゃったね」
「ふふっ、いいよ。いつも通りが逆にありがたかったから。あー、ホッとしたらお腹空いちゃった。カツ丼楽しみ」
「たくさん作ったからね。舞の好きなお吸い物と、翼の好きなお漬物もあるから」
「やった!」

4人で賑やかに夕食を味わった。



翌月の8月、第一次試験の合格発表の日。
朝の10時にホームページ上で合格者の受験番号が発表されるのを、4人でドキドキしながらパソコンの前で待つ。

「よし、いくぞ」

時計の針が10時を回ったのを見て、翼がマウスをクリックした。
固唾を呑んで見守るが、アクセスが集中しているのか、なかなか表示画面が変わらない。

「うーん、しばらくは無理かな」

何度も更新を繰り返しながら翼がそう言った時だった。
パッと画面が変わり、番号がずらりと表示される。

「あっ、あった!」
「俺もだ!」

舞と翼が即座に声を上げた。

「え、どこ?」
「ほら、ここ。私がこれで、お兄ちゃんがこれ。あ! 翔くんも受かってる」
「ほんと? すごい!」

ようやく恵真は笑顔になり、大和と顔を見合わせる。

「よかったー、ホッとした」
「ああ。よくがんばったな、二人とも」

大和が翼と舞の頭をクシャッとなでた。

「うん。でもまだ三次試験まで残ってるけどね」
「とにかく今日はお祝いだ。お寿司がいいか?」

うん!と二人は満面の笑みで頷いた。

美味しいお寿司を食べながら、合格の喜びを噛みしめる。

「次は身体検査か。来月は視力、呼吸器系、聴力、血液とかで、それをパスすれば12月に脳波だっけ」
「項目がすごく多いから、引っかからないかちょっと心配」

そう言う二人に、恵真は笑顔で頷いてみせた。

「大丈夫、そこに関してはお母さんの出番よ。お父さんもお母さんも普段航空身体検査を受けてるから、いつも食事に関しては気を配ってるの」
「ああ。おかげで俺、一度も再検査になったことないぞ」

大和の言葉を聞いて、二人は安心したように笑みを浮かべる。

「とっても助かる。ね、お兄ちゃん」
「そうだな。それに俺たち双子なのに、生まれた時から大きな病気もせずに育ててもらった。お母さんには感謝してる」
「うん、本当にそう。パイロットをしながら双子を育てるなんて、すごく大変だったでしょう? ありがとう、お母さん。お父さんも」

思いがけない言葉をかけられ、恵真も大和も胸が詰まった。

「二人の方こそ、元気に大きくなってくれてありがとう。家族旅行やおでかけも、ほとんど連れて行ってあげられなくてごめんね」
「本当にいい子に育ってくれた。何も心配いらない。翼も舞も、自分の思う道を真っ直ぐに進んで行きなさい」

二人は「はい!」と笑顔で答えた。



9月と12月の身体検査をパスし、翼と舞は翌年1月に行われる第三次試験に進むことが決まった。
第三次試験は面接と飛行訓練装置による操縦適性検査で、試験会場は宮崎にある航空大学校。
宮崎へは、同じく身体検査をパスした翔一と一緒に、野中が操縦するフライトで飛ぶことにした。

「こればっかりは勉強のしようがないし、3人で宮崎を楽しんでくる」

そう言って3人はリラックスした様子で羽田から宮崎へと向かった。
操縦適性検査では、実機を操縦するに当たり姿勢に無理がないかの身長もチェックされるらしかったが、翼は既に大和と同じ180㎝ある。
舞も恵真の血を引いたのか、女子ながら167㎝あり、特に問題もなさそうだった。
シミュレーターを使った操縦の検査では、敢えて翼も舞も対策をせずに臨んだ。
それに今回の受験全体を通しても、大和と恵真に助けを求めたことは一度もない。
他の受験生と同じように自分の力だけで挑戦しようと、翼と舞は受験を決めた時に話し合っていたのだった。

面接では、やはりパイロットを志す理由を聞かれ、その時だけは素直に両親への憧れを口にする。
両親は自分にとって人生の道しるべともいうべき存在だから、と。

無事に全ての試験を終えると、せっかくだからと翔一と3人で宮崎を観光してから東京に戻って来た。

そして2月下旬の最終合格発表。
翼と舞は見事第三次試験を突破、航空大学校への入学が決まった。



「おめでとう!」

恵真たちのマンションのパーティールームで、3家族が集まってのお祝いのパーティー。
無事に航空大学校への合格を勝ち取った翼、舞、そして翔一は、にぎやかに皆の祝福を受けていた。

「まずは大きな一歩を踏み出したな。いよいよこれからが始まりだ。しっかりな、翔一」

野中の言葉に、翔一は大きく頷く。

「でも翼くんも舞ちゃんも一緒だから、すごく安心で心強いわ。よろしくね」
「こちらこそ。しかも3人とも同じⅠ期生で、本当によかった」

彩乃と恵真も笑顔で言葉を交わした。

航空大学校は、飛行機操縦科に合格した108名を4つのグループに分けて、授業を開始する。
翼たち3人は、6月から始まるⅠ期生となった。
まずは宮崎で学科課程を5ヶ月、そのあと帯広でフライト課程を5ヶ月。
そして再び宮崎に戻ってフライト課程を7ヶ月、最後に仙台フライト課程を7ヶ月の、合計24ヶ月に渡って学ぶことになる。
授業が始まれば寮生活に入るが、3人一緒ならきっと大丈夫。
互いに励まし合いながら、厳しい訓練を乗り超えていけるだろう。

子どもたちに目を向けると、美羽も交えて楽しそうにおしゃべりしている。

「私も絶対CAになってみせるからね。みんなと同じ年に入社になるかも?」
「そうなんだ! 楽しみ」
「うん、がんばろうね!」

目をキラキラさせた子どもたちは、夢と希望に溢れていた。

「なんか、初心忘るべからずだね。私も思い出しちゃった、純粋だった頃の自分を」
「やだ、こずえさんったら。今も純粋でしょ?」
「いやー、薄汚れてきちゃったわ。見てよ、あの子たちの笑顔。うっ、まぶしくて直視出来ない」

あはは!と彩乃がおかしそうに笑う。
恵真はぽつりと呟いた。

「なんだか子育てって、人生をやり直してる感じがする。もう一度子どもの頃からの体験をなぞってるみたいな」

こずえと彩乃も頷く。

「それ、なんとなく分かる。疑似体験っていうか、青春時代の思い出を呼び起こされるというか」 
「うんうん。当時は実感湧かなかったけど、今ならこう思える。あの時の自分は、キラキラ輝く貴重な青春時代を過ごしていたんだなって」 
「本当に」

3人でしみじみとその思いを噛みしめる。

「あの子たちに負けないように、私たちも第2の青春時代を楽しみましょ!」
「え、もう若さも体力もないわよ?」
「そこは経験値と大人の美貌でカバーよ」
「経験値はともかく、美貌は……」
「いいの! 大事なのは内面の美しさよ。こずえさんなんて、妖艶な女性の魅力に溢れてるもの」
「やだー! 彩乃さん、なんてこと言うのよ。でも嬉しい。ふふん、私もまだまだこれからだもんね」
「そうそう!」

盛り上がる二人に、恵真もつられて笑った。
大和たちに目を向ければ、野中や伊沢と共に楽しそうに話をしている。

(大和さん、いつ見てもかっこいい。ますます男性の魅力に磨きがかかった感じがするし、いつも頼もしくて温かい。私も大和さんにつり合う女性でいたいな)

するとこずえが恵真の顔を覗き込んだ。

「おやおや恵真さん、目がハートになってますけど? 大和さんに恋しちゃってるでしょ」
「ちょ、こずえちゃんたら!」
「だってほんとだもーん。いいわね、いつまでもラブラブで」
「こずえちゃん! 子どもたちに聞こえちゃうって」

あら、いいじゃない、と彩乃も笑いかける。

「いつまでも両親が仲いいって、子どもたちにとっては最高の環境よ。見せつけちゃえー」
「もう彩乃さんまで。恥ずかしいから」

必死に止めていると、ふと大和が顔を上げてこちらを見た。

「恵真」
「は、はい!」
「みんなでこっちで話さないか」
「そ、そうですね。はい」

ギクシャクと答える恵真に、こずえと彩乃が笑い出す。

「では、愛する旦那様のもとへ行きましょうか」
「そうね。ほら、恵真さんも」

彩乃に背中を押されて、恵真は顔を赤らめたまま大和のそばへ向かった。
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