Good day! 4

葉月 まい

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巣立つ我が子へ

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フルムーンフライトから帰って来ると、翼と舞は航空大学校に入寮するための荷物をまとめ始める。
そしていよいよ、二人が宮崎に行く日が翌日に迫った。

「とうとう明日ですね」

翼と舞が寝静まると、リビングのソファに並んで座り、恵真は大和にぽつりと呟く。

「寂しい? 恵真」
「……少し」

素直な気持ちを口にする恵真を、大和はそっと抱き寄せた。

明日から、翼と舞は宮崎で寮生活。
つまり、家族4人で暮らす毎日は終わりを告げるのだ。

二人が宮崎へと向かうフライトは、スケジューラーの配慮で大和と恵真が担当することになっていた。

「子育てって、あっという間ですね。あんなに悩んだ保育園時代が嘘のように感じます。でもそれはきっと、翼と舞がいい子に育ってくれたから。親が出来ることなんて、たいしてないのかもしれません」
「そうだな、あの二人は自分の力で立派に成長した。でもそれは、恵真のサポートのおかげだ。恵真はいつも笑顔で温かい家庭を守ってくれた。だからあの子たちは安心してすくすく大きくなれたんだ」
「大和さんこそ。あなたは何があっても頼もしく、不安も悩みも包み込んでくれる存在だったからです。大和さんはあの子たちを、それに私のことも、いつも守ってくれているから」  

そう言う恵真に、大和は優しく笑いかける。

「恵真。翼と舞が巣立っても、寂しいことばかりじゃないぞ」
「え? どうして?」
「だって恵真のそばにはいつも俺がいる。これから毎日、俺は片時も恵真を離さないから」

途端に恵真は顔を真っ赤にした。

「大和さん、何を言って……」
「二人だけの時間が戻って来るんだ、楽しみだな。いつでもどこでも抱きしめてキス出来るし、夜だって」
「や、大和さん!」

恵真はもう、顔を上げることも出来ずにうつむいた。
大和はそんな恵真を抱きしめて耳元でささやく。

「俺の恵真への愛情は深まるばかりだ。出会った頃より、結婚した時より、もっとずっと何倍も、俺は恵真を愛している」
「大和さん……。私もです。ずっとずっと、いつまでも、私はあなたのことが大好きなの」

恥じらうように顔を上げる恵真に微笑んでから、大和はゆっくり顔を寄せて口づける。
恵真の心がキュッと小さくしびれた。

そっと唇を離すと、大和はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「これからは毎日、二人で甘い時間をたっぷり過ごそうな、恵真」
「え、あの」
「ん? 返事は?」
「……はい」
「ふっ、よろしい。いつも可愛い俺の恵真。これからもずっと愛させてくれ」

大和はそう言ってもう一度、優しく甘く恵真にキスをした。



「それじゃあ、ここで」

翌日。
4人揃って車に乗り込み、羽田空港へとやって来た。
恵真と大和はShow Upに向かう前に、空港ターミナルで翼と舞に向かい合う。

「お父さんとお母さんのフライト、客席からしっかり勉強させてもらうね」

舞がにっこり笑顔を浮かべた。

「俺たちの一番のお手本だからな」

そう言って翼も笑う。

恵真は、溢れそうになる涙を懸命に堪えた。

「翼、舞。身体に気をつけてね」
「うん。お母さんとお父さんもね」
「何かあったら、いつでも電話してきて」
「ありがとう。でもお兄ちゃんも翔くんもいるから、大丈夫よ」

親の自分より、子どもたちの方がしっかりしている。
いつの間にこんなに大きくなったのだろう?
恵真はたまらず、翼と舞をギュッと抱きしめた。
幼い頃は1日に何度も二人を抱き上げていたのに、今は身長も追い抜かれている。

(最後にこの子たちを抱っこしたのは、いつだったのだろう)

そう思った途端、涙が溢れた。
きっと何気なく抱き上げ、いつものようにトンと下ろしたに違いない。
それが最後の抱っこだとも気づかずに……

「翼、舞……。たくさんの思い出をありがとう」
「やだ、お母さん。私まで泣けてきちゃう」

舞は慌てて目元を拭った。

「まだまだ子どもでいさせてよ。すぐにまた会えるから」
「うん、そうよね。飛行機ですぐだもんね」
「心配だからって、飛行機で迎えに来ないでよ?」
「ふふっ、行っちゃうかも」
「もう、お母さんたら」

もう一度ギュッと抱きしめてから、恵真は二人に笑いかける。

「じゃあね。翼、舞、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」

恵真と舞が微笑み合うと、大和が翼と顔を見合わせた。

「恵真、行ってらっしゃいって言うけど、俺たちが飛行機で送るんだぞ?」
「そうだよ、俺も『いやいや、送ってくださいよ』って思った」

あ、そうか!と、恵真は舞と笑い出す。

「しっかり送り届けるね」
「うん! お願いします」

最後は4人笑顔で手を振って別れた。



オフィスに出社してブリーフィングを終えると、二人でシップに向かう。

機内のブリーフィングでは、チーフパーサーの佐々木が二人に笑いかけた。

「先日はフルムーンフライトでしたけど、今日は旅立ちのフライトですね。私たちも、しっかりと翼くんと舞ちゃんの背中を見届けたいと思います」
「ありがとうございます。佐々木さんには、フライトデビューの時からお世話になりました」
「いいえ。あの時の可愛らしいお二人が、立派に大きくなって……。私も感無量です。翼くんと舞ちゃんが操縦するシップでアテンドする日を、楽しみに待っています」
「はい」

気を許せばまた涙が込み上げそうになり、恵真は唇を噛みしめる。

コックピットに戻って席に座ると、ふいに大和が右手を伸ばし、恵真の手を握った。
え?と恵真が顔を上げる。
大和は真っ直ぐに恵真を見つめた。

「恵真、心を込めて二人を送り出そう。あの子たちの道しるべとなるように」

恵真は涙で潤む瞳で大和を見つめ返し、しっかりと頷いた。

「はい、大和さん」

大和も頷くと操縦桿に手をやり、前を見据える。

「出発5分前。Contact Tokyo Delivery.」
「Roger.」

二人でパイロットの顔に戻った。



「JW 605. Runway16 Left. Cleared for takeoff」

全ての離陸準備が整い、やがてタワーの管制官から離陸許可が伝えられた。

「Runway16 Left. Cleared for takeoff. JW 605」

恵真がリードバックを終え、大和が声をかける。

「よし、行こう。Cleared for takeoff」
「はい、お願いします。Cleared for takeoff」

ゆっくりと機体が動き出し、オートスロットルのモードが変わる。

滑走路の上をどんどん加速して走り続け、エンジン推力を表す指標が離陸推力まで達した。

恵真は「Thrust Set」とコールする。

対気速度計が80ノットに達した。

「Eighty」
「Checked」

恵真のコールに、計器を確認した大和が応える。

やがて離陸決心速度に達した。

「V1」
この先はもう飛び立つしかない。
大和の右手がスラストレバーから離れた。

「VR」
ゆっくりと大和が操縦桿を引き、機首が空へと引き上げられる。

「V2」
安全離陸速度に入り、昇降計の上昇指示を確認した恵真は、さらに「Positive」とコールする。

「Gear up」
「Roger. Gear up」

ギアが無事に格納されたのをチェックすると、管制官から交信が入った。

「JW 605. Contact Departure. Good day!」
「Contact Departure, JW 605. Good day!」

無事に巡航に入り、しばらくした時だった。
大和がふと身を乗り出す。

「恵真、見て。ブロッケン現象だ」
「えっ」

恵真は大和の視線の先を追う。
飛行機の影が雲に映り、その周囲に虹色の光の輪が現れていた。

「本当だ、きれい……」
「ああ。ここまで見事な光は初めて見る」
「私もです」

正式には「光輪(グローリー)」と呼ばれる珍しい大気現象。
飛行機の影の周りを七色の虹が彩り、見ると幸せになれると言われている神秘的な光景。
それはまるで、翼と舞の前途を祝福してくれるかのようだった。

「1つとして同じフライトはない、私はいつもそう思っています。今日のフライトも、決して忘れることはありません」
「ああ、そうだな。俺はなんて幸せなパイロットだろう。大切な子どもたちを、自分の飛行機で夢の出発地点へと送り届けることが出来るんだ。心から愛する恵真と一緒に」
「大和さん……」

恵真の胸に、色んな想いが込み上げる。
寂しくて、幸せで、嬉しくて、切ない。
言葉に出来ない恵真の気持ちを、大和は全て受け止めた。

「恵真、俺はずっとそばにいる。これからも二人で翼と舞を見守っていこう。俺たち二人で、あの子たちの道しるべとなるように」
「はい、大和さん」

涙を堪えて頷くと、大和は愛おしそうに恵真に微笑んだ。

(大丈夫、私たち家族が羽ばたく先には、いつも青空が広がっている。何があっても、大和さんが大きな愛で包み込んでくれる。これからもずっとずっと、幸せでいられますように……)

恵真は輝く七色の光の輪にそう願い、もう一度大和と微笑み合った。
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