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日本での日常
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ピピピピピ!
無機質な音がいきなり頭の中に鳴り響き、美桜は、うーんと布団をかぶり直した。
けれどそのままという訳にはいかない。
手探りで枕元のアラームを止めると、仕方なく目を覚ました。
見慣れない低い天井、そう思ったのは最初だけだ。
(ああ、そうか。こっちが現実か)
苦笑いしてベッドから降りる。
(うわっ、さむ!)
とたんに身震いして、慌ててエアコンを付けた。
(あーあ、広くて温かいお部屋、優しいメアリー。言っちゃダメだと分かってるけど…)
「戻りたーい!」
堪えきれず声に出してしまう。
(はは、むなしいだけね。さ、切り替えてがんばろう)
美桜はトースターに、夕べコンビニで買ったロールパンを入れて温める。
空港からの帰り道、とりあえずの飲み物と朝食を買っておいた。
(今日は仕事帰りにスーパーで買い物しないとなあ)
コーヒーとパンを食べ終わると、仕事用の鞄の中を確認して、着替える。
職場に着いてから舞台用のメイクをする為、たいてい家を出る時はすっぴんだ。
起きてから二十分後には出かける準備は出来ていた。
(もう一つ食べちゃお)
袋からロールパンを一つ取って口に入れながら、玄関を出てカギを締める。
(こんなところクレアに見られたら怒られるわね。美桜様!お行儀が悪いですわって)
気付くとついつい思い出に浸ってしまう自分に苦笑いして、美桜は気を引き締めた。
(今日から仕事!がんばるぞ!)
久しぶりの満員電車は辟易したけれど、職場の最寄駅に降りると、美桜の表情は明るくなる。
(やっぱりいいな、キラキラの海)
海沿いに広がる大きなパークを見下ろして、美桜は改めてここで働く事は幸せな事だと感じる。
胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んでから、パーク内の従業員エリアに入っていく。
時間はまだ七時。
全体の朝礼は、今日の予定では八時半とあったから、まだまだたっぷり時間はある。
だが、早めに行って、休んでいた間の業務日誌に目を通しておきたかった。
「おはようございます!」
早くて誰もいないだろうと思っていたのに、オフィスの奥ではすでに二人の先輩が、パソコンを覗きながら何やら打ち合わせをしていた。
美桜より五つ年上で、美桜の入社後二年ほどは一緒にショーに出ていたが、今は主にオフィスの仕事をしている由香とみどりだ。
「おおー、美桜!おかえり。どうだった?えっと、ハワイだっけ?」
「違うわよ、由香。美桜は確かイギリスだよね?」
「あ、はい。イギリスです」
「そっか、ごめんごめん」
由香はそう謝ったが、間違えるのも無理はない。
美桜が有給休暇を取って旅行に行くのと同じように、何人ものメンバーが世界のあちこちに旅行に行っているのだ。
皆、普段はまとまった休みが取れず、この時期に有給消化を勧められるので、ここぞとばかりに海外旅行を楽しむのだ。
「由香先輩、みどり先輩、お休みさせていただいてありがとうございました。これ、お土産です」
そう言って美桜は、紙袋をテーブルに載せる。
「なになにー?お、おいしそう!本場イギリスの紅茶と、ショートブレッド!早速食べよ」
由香はいそいそとティポットを持ってくる。
「みどりの分も淹れるね。美桜は?飲んでく?」
「あ、私はいいです。業務日誌読んだり、連絡ノートチェックしたいので」
「帰ってきて早々、さすがねー」
由香はポットにお湯を注ぎながら言う。
「時差ボケは大丈夫なの?昨日帰国したばかりでしょ?」
「はい、しっかり寝たので大丈夫です」
するとみどりが席から立ち上がって、美桜にファイルを渡した。
「これ、今日の美桜のシフトと、連絡事項ね。ミーティングがメインかな。本当はショーのメンバーからも外してあげたかったんだけど、なかなか上手く組めなくて。まだ休みのメンバーもいるから。ごめんね、帰国早々にハードになっちゃって」
「いえいえ、全然構わないです。張り切って踊りまーす」
美桜がガッツポーズでおどけると、二人の先輩もおだてるように拍手した。
ドレッシングルームに移動すると、さすがにまだ誰もいなかった。
電気とエアコンを付け、ポットにお水を入れる。
お湯が沸くのを待つ間に奥の衣裳部屋へ行き、Tシャツとジャージに着替える。
スタッフジャンバーを羽織って戻ると、お茶を淹れて自分のドレッサーに座り、業務日誌を読み始めた。
特に大きなトラブルや急な欠勤者もなかったようでほっとする。
アルバイトだった頃は、自分の勤務のことばかり考えていたが、契約社員になってからは自然と全体の事も気にするようになった。
マグカップで手を温めながら、今日のシフトを頭に入れていく。
すると「おはようございまーす」と元気に挨拶しながら、二年目の後輩、綾乃が入ってきた。
「おはよう、あやちゃん」
「美桜先輩!おかえりなさーい。どうでした?お休みは」
「うん、とっても楽しかった。あやちゃん、前半留守番組だったよね?ありがとう」
「いえいえー、しっかりお留守を守っておりました」
「あはは、ありがとう。お休みは明日から?」
「はい!バリ島へ行ってきます」
「へえー、いいね!楽しんできてね」
そんな会話をしていると、次々と他のメンバーも出勤してくる。
美桜と同じく旅行から帰ってきたメンバーは手にお土産を抱えて満足そうな顔で、綾乃と同じようにこれから休みに入るメンバーは旅行を控えてわくわくした様子だ。
靴を脱いでくつろげるカーペットエリアには、お土産がずらっと並べられた。
「えーっと、これはオーストラリアのお菓子ね。こっちは、おお、エジプト!で、これはフロリダね。すごーい、世界物産展みたい」
綾乃のセリフに笑いながら、美桜も、
イギリスに行ってきました。ショートブレッドと紅茶です。美桜より
とメモに書き添えて、一緒に並べる。
久しぶりにメンバー同士顔を合わせ、皆嬉しそうにお土産話に花を咲かせている。
美桜もそんな仲間を見ながら、ようやく気持ちがイギリスから離れるのを感じた。
◇
「美桜先輩ー、ウォーミングアップ始まりますよー」
「はーい、すぐ行く!」
綾乃に呼ばれて、美桜は慌ててドレッシングルームをあとにする。
(思いがけずメイクに時間取っちゃった。いつもなら五分で済むのに、やっぱり一週間の休みって影響あるのかな?)
たかが一週間、されど一週間。
美桜はショーの前のウォーミングアップでそのことを痛感する。
(いてて、体が硬ーい)
冬場にこの硬さでは、怪我に繋がりかねない。
美桜は念入りにストレッチする。
「はい、じゃあそのまま耳だけ聞いててね」
由香は、メンバーが思い思いにストレッチしているレッスンルームに入ってくると、前に立って連絡事項を告げる。
「前半お休み組、おかえりなさい。そして後半お休み組は、この一週間良くがんばってくれました。今日からまた徐々にメンバーが入れ替わっていきます。メンバー全員が揃うのは、十日後かな。それまではいつもとダンスポジションが変わったりするので、よく確認して下さい」
「はい!」
皆で揃って返事をした後、円陣を組んで気合を入れる。
「今日もゲストに最高のショーを!」
ダンスリーダーの巧がそう言い、皆で士気を高めたあと、ハイタッチしながら部屋を飛び出していく。
そのまま廊下の突き当たりの階段を上がって外に出ると、大きな扉の前の待機場所で整列する。
衣裳は薄いけれど、寒さは感じない。
軽く飛んだり足首を回して合図を待つ。
やがてパレードの始まりの音楽が、パーク内に流れ始めた。
「五秒前!三、二、一、スタート!」
みどりの合図とともに扉が開き、美桜達は一斉に笑顔で飛び出した。
このグリーティングパレードは、美桜が最も好きなショーの一つだ。
大きなフロートを囲んだダンサー達が、踊りながらパーク内をぐるっと一周する。
踊りといってもきっちり踊るのではなく、時にはゲストに手を振ったり、近くまで行って、こんにちはーと声をかけたり、その名の通り挨拶しながら回るのだ。
そして最後に、イベント広場と呼ばれる広いエリアに出ると、ダンサーはそこで初めて一つに集結し、音楽に合わせてダンスショーを披露する。
最後のポーズを決めると、ステージの両端から紙吹雪が飛び出し、小さな子どもたちは歓声を上げて懸命に手を伸ばした。
季節ごとに変わる紙吹雪は、今は雪の結晶の形だった。
バックヤードに戻り、美桜は自分の頭に付いていた紙吹雪を取ってじっくり見てみる。
(綺麗だなー。冬らしくていいね)
美桜は、自分のドレッサーの鏡に飾ることにした。
◇
「それで、これがバレンタインのショーの企画書ね。ほぼこれで決定。リハの時に少し調整するくらい」
由香に渡された分厚い書類を、美桜はぱらぱらとめくりながら目を通していく。
軽く昼食を取ったあとは、オフィスの社員達が集まってのミーティングだった。
バレンタインのショーは二月一日に始まり、十四日までの二週間毎日行われる特別なショーだ。
「音響さんと照明さんの打ち合わせは?」
美桜が聞くと、由香は頷いて答えた。
「一応簡単に説明はしてあるわ。この企画書も渡してある。あとは、本番の一週間くらい前と前日、当日の合計三回のリハで詰める感じかな」
了解ですと答えて、美桜はじっくり、ダンサーの動きに関連するページを読む。
今回踊る場所は、ショッピングアーケードにある小さなステージだ。
普段は、季節のデコレーションをしたり、フォトスポットで使われたりすることもある。
そこに観客用の椅子を、ペア五十組、計百脚用意するとのこと。
「ダンサーは、男女のペア三組、合計六人ね」
「うわっ、少ないですね」
驚いて、美桜は思わず由香を見る。
「うん、あの特設ステージは小さいからね。あそこを使うこと自体初めての試みだし」
今までは、クリスマスと同じように、バレンタインやホワイトデーのショーもイベント広場の大きなステージで行ってきた。
「ただねー、クリスマスとバレンタインはやっぱり違うのよ、雰囲気が。家族連れやカップルで賑わうクリスマスに比べて、バレンタインは恋人同士のしっとりしたイメージ。で、今回は客席も用意してみたの。二人の距離を縮めてショーに見とれて欲しいなって」
「なるほどー」
納得したように、美桜は何度も頷く。
「だからホワイトデーも基本的には同じ感じ。特設ステージで、ダンサー六人ね。イメージとしては、バレンタインの方は、明るくポップな感じで衣裳も赤。女の子達がワイワイ言いながら、お目当ての彼にチョコを渡そうとするの。ちょっと演技も入れてね。ホワイトデーは、逆に男性が綺麗な女性に白いバラを贈るの。衣裳も白。でね、これまた初の試みで、クラシックバレエを取り入れたいの」
ひょーと美桜は驚いてのけ反る。
「バレエですか?うわー、すごい。でもとっても素敵なショーになりそうですね」
驚いたものの、想像してみるとなんともロマンチックなショーになりそうで、美桜は両手を頬に当ててうっとりする。
「でしょー?でもうちの男性陣にバレエがどれだけ出来るか、よね」
由香がちょっと難しそうな顔をして言う。
「ああ、まあ、そうですね。みんな基本的にバレエは習ってきてますけど、それをショーでやるのは…」
いわゆるテーマパークダンサーは、意識してバレエを取り入れすぎないようにしている。
バレエの腕の使い方や体の向きなどは、他のジャンルのダンスと比べると独特で、浮いてしまうのだ。
リズムの裏拍を感じて踊るヒップホップのような振りも、バレエをずっと習っているメンバーは苦戦する。
「そうなのよ。事情は私も分かるから、出来ないことを責めるつもりはないんだけどね。ただやっぱり今回のコンセプトはこれでいきたいの。ってことで、バレエの先生を呼んで特別に監修してもらうつもり」
「おおー!それはすごい!」
美桜は、由香の本気を見た気がした。
「分かりました。ぜひこれでやりましょう!私も全面的に協力して…」
そこまで言った時だった。ノックの音と同時に、みどりがミーティングルームに飛び込んでくる。
「会議中失礼します!ごめん、美桜。今からハピラキショー出られる?」
「え、今からですか?」
美桜は壁の時計を見る。
ハピラキショーとは、ハッピー・ラッキー・スペシャルデイという名前の屋内ショーで、簡単なダンスをゲストにレクチャーして一緒に踊ってもらうという、通年行っている人気のショーだ。
開演は一時半。
今はちょうど一時になろうとしているところで、今日の出演メンバーはレッスンルームでウォーミングアップをしているはずだ。
「三番ポジションのあゆみが、さっきアップ中に足をくじいたの。本人はいけるって言うんだけど、大事を取って休ませたくて。誰か他に、いきなり三ポジ踊れる子って言ったら、今日いるメンバーだと美桜くらいなのよ」
「分かりました、すぐ行きます」
美桜は立ちあがると、
「他のメンバーは先にステージに向かわせてください」
そうみどりに言い残し、急いでドレッシングルームへ向かう。
カラフルな衣装に着替えると、えーっとハピラキのヘアメイクは…と思い出しながら、手早く整える。
(準備運動は、ステージまでのダッシュね)
軽く手首と足首を回して屈伸すると、バックヤードを全速力で走って舞台裏まで移動した。
「あ、美桜先輩!」
心配そうにこちらを見ていた綾乃が、ほっとしたように手招きする。
「お、おまたせ。はあ、きつい」
「先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫。はは。久しぶりにダッシュしたわ。それよりえっと、三ポジって…」
簡単にフォーメーションや移動の動線、ポーズを確認する。
美桜自身、三番ポジションを踊るのはかなり久しぶりだった。
「本番五秒前!」
みどりが舞台袖で声をかける。
「みんなフォローお願いね」
美桜がそう言って笑うと、綾乃達は、はい!と頼もしい返事をした。
◇
「あの女の子、可愛かったね。ほら、一番前で踊ってた五才くらいの」
「うんうん、可愛かったですー。将来うちで一緒に踊ってくれないかな」
「えー?その頃私達いったい何歳よ?」
「美桜先輩は、えーっと還暦くらい?」
「おいこら!」
無事にショーを終え、レッスンルームに戻ってクールダウンしながら反省会をする。
と言っても、実際は単なるおしゃべりになることが多い。
「まったくもう、あやちゃん私と二つしか違わないんだからね」
「えへへ、そうでしたー」
可愛く首を傾げる綾乃は、もうすぐ二十歳になるところだが、見た目は十七歳くらいだろうか。
まるでアイドルのような雰囲気で、綾乃目当てにやってくるゲストも多い。
ワイワイ言いながらストレッチを終えドレッシングルームに戻ると、カーペットエリアに座っていたあゆみが顔を上げた。
どうやら由香にテーピングをしてもらっているところらしい。
「あ、美桜先輩!すみませんでした。急に代わって頂いて」
「ううん、大丈夫。それより足の具合はどう?」
「普通に歩くのは平気です。体重を外側にかけるとズキッと痛むくらいで」
「はい、これで良し」
由香がテーピングテープを切って立ち上がった。
「とりあえずの応急手当ね。今日はもう上がっていいから、病院で診てもらうこと。いい?」
「はい。ありがとうございます」
あゆみはもう一度美桜にお礼を言ってから、慎重に歩いて部屋を出て行った。
「お大事にね」
皆で見送っていると、代わりにみどりが入ってきた。
「美桜、さっきはありがとう!助かったわ」
「いえいえ」
「それでねー、言いにくいんだけど…。このあとのフラッグショー、あゆみは十番ポジションで出るはずだったの。誰か他にいきなり十ポジ出来る子って言ったら…」
「以下同文」
「ちょっと由香!茶化さないでよ」
真剣な表情で怒るみどりに対して、ははっと笑いながらおどける由香。
とてもバランスがいいなといつも美桜は思う。
リーダーとして、細やかに心配りをすることも大事だし、何があってもドーンと構えている度胸も、みんなに安心感を与えるためには必要だ。
この二人は、お互いの役割をそれぞれ心得ているようだと、美桜は日頃から思っていた。
「十ポジですね。了解です」
美桜がそう言うと、みどりがパッと振り返った。
「いいの?ありがとう!」
「はい!本番まで時間もありますし、大丈夫です」
「よっ!さすが美桜。太っ腹!」
「由香!何言ってんのよもう。じゃあね、美桜。よろしくね」
そう言ってみどりは、由香の背中を強引に押し出しながらドアの外へ消えていった。
◇
少し休憩してから、美桜は再び衣裳部屋で着替え始めた。
今度はフラッグショーの衣裳、紺のショートジャケットに真っ白なミニのキュロットだ。
英国衛兵風というだけあって、肩にはゴールドの肩章、パレード用の帽子にも羽がついた本格的な装いだ。
(うん、やっぱりこの衣裳着ると、気持ちが引き締まるな)
不意に、メイソンや護衛隊の皆を思い出す。
(みんな元気に練習してるかな。よし、私もがんばろう)
美桜はドレッサーの前に移動すると、髪を後ろで結び、パレード帽を目深にかぶってあごひもを調整する。
(えーっと、あとは手袋とブーツね)
真っ白な手袋をはめ、シューズクローゼットからこれまた白いロングブーツを取り出して履く。
「先に上に行ってまーす」
まだ準備中の他のメンバーに声をかけると、美桜は階段を上がって待機場所の横の倉庫に入った。
ショーで使う小道具や、パレードのフロートなど、たくさんの色々なものが置かれている。
一番手前に準備してあるフラッグのケースから一本取り出すと、美桜は軽く振ってみる。
感触を確かめるように少しずつ動きを大きくすると、バサッと風を切りながらフラッグが綺麗になびく。
(一週間ぶり、どうかな?)
少し不安になりながら、まずは手首を返しつつお腹の前と背中のうしろ、交互に八の字を描くように片手で回してみる。
(うーん、やっぱりちょっと重く感じるな。トスはどうだろう。調子いい時は目をつぶっててもキャッチ出来たけど)
さすがにそれは無理だろうと、まずは低めに一回転投げてみる。
なんなくキャッチ出来てほっと一安心。
今度は高めに二回転。
少し右手を伸ばして取りに行ってしまった。
本来なら、構えた所にすっとフラッグが戻ってくるのが理想だ。
何度かやってみて、ようやく最後には感覚を取り戻せた。
(うん、大丈夫そう。あとは十ポジの動きね。トリックターンはカウントスリーで、ピンフィールは外側から二番目、二人技の時は後出し…)
ひと通り頭の中で通してから頷いた。
(よし!あとは周りをしっかり見てやるだけね)
やがてガヤガヤと他のメンバーも上がってきて、各々フラッグを手にウォーミングアップを始める。
美桜は、同じ列になるメンバーによろしくと挨拶をした。
整列の合図があり、皆はフラッグを右側に携えて二列に並ぶ。
一番前でこちらを向いて立っているのは、指揮官の役割をするドラムメジャーだ。
フラッグではなくメジャーバトンを持ち、ホイッスルに手をかけながら、列が乱れていないかを鋭い目つきで確認している。
今日のチームのドラムメジャーは、ベテランの直樹だ。
「圭太、もう少し右、そうそこ」
列が綺麗に整ったことを確認すると、直樹は急にきりっと顔つきを変え、手を叩きながら号令を出す。
「テンハット!」
ザッと皆は一斉に気を付けの姿勢を取る。
右手を真っ直ぐ下ろしてフラッグに添え、左手は胸の前で地面と平行に構えてフラッグを握る。
顔の角度も、斜め上四十五度に視線を向けて揃える。
他のショーでは笑顔で踊るが、このフラッグショーは決して笑わない。
きりっとした表情のままクールに演技するのだ。
「今日の十番は、あゆみに代わって美桜が入ります」
「よろしくお願いします」
直樹の紹介の後、気を付けの姿勢のまま美桜がそう言うと、皆も揃ってよろしくお願いしますと返す。
「今日はほぼ無風なので、ラストのトスは二回転です」
「はい!」
返事をしながら、二回転かと美桜はちょっと怯む。
(いや、やるしかない)
通常、カラーガードなどのショーは屋内で行われることが多いが、ここは海のすぐそばだ。
空中に投げた時に風の影響を受けて流されてしまうことがよくある。
そのため、強風の時はラストの大技のトスは、低めの一回転にする。
どちらにするのかは、その日の風の様子からドラムメジャーが判断して、毎回出発前にメンバーに伝えていた。
「時間です」
みどりが直樹に告げると、直樹はホイッスルを構え、ピーッピ!と力強く吹いた。
列は一斉に足踏みを始める。
直樹のホイッスルに合わせてしばらくその場で足踏みを繰り返したあと、直樹は右足を後ろに引いてから、切れのある動きで回れ右をした。
「ピーッピッピッピ!」
合図が変わり、列は力強く前進し始める。
皆、隣の人と歩幅を揃え、肩のラインがずれないように意識しながら歩く。
門を出ると、たくさんの観客がこちらを見てわあっと歓声を上げた。
「へいたいさんだ!」
小さな男の子が目を輝かせて言うのが聞こえ、思わず顔を緩めそうになった美桜は、慌てて気を引き締める。
(男の子の期待に応えて、かっこいいショーをしなくては)
やがてスタートの位置まで来ると、ドラムメジャーのホイッスルに合わせて、カツンとブーツのかかとを揃えながら列は止まった。
辺りは一瞬静寂に包まれ、観客は固唾を飲んで見守る。
そこにトランペットのファンファーレが鳴り響く。
列の最後尾にいた二人のメンバーが、フラッグの代わりに手にしていた楽器を吹いたのだ。
短いフレーズだけれど力強い音の響きに、これから始まるショーの期待も高まった観客たちが拍手する。
やがて軽快なマーチが流れてきて、いよいよショーが始まった。
二列に並んでいたメンバーは、二人ずつ斜めに移動して、いつの間にか縦横四列ずつの隊形になる。
ファンファーレ隊の二人も、すぐそばに用意されている台に楽器を置き、代わりにフラッグを持って列に加わる。
直樹がメジャーバトンをくるくると回したり投げたりしながら進むのに続き、それぞれの列が順番にフラッグを掲げると、ブルーの鮮やかな模様が風になびいて美しく広がる。
二つに分かれた隊列は、それぞれ左右の端からピンフィールで回転し、中央に集まると、そこから二人が前に出て踊り始めた。
フラッグを綺麗に回しながらターンしたり、ステップを踏んだり、互いのフラッグを投げて交換したり、細かい技を次々と繰り広げていく。
それは当初のプログラムにはない要素だった。
「こういうのはどうですか?」
と、マーチングの盛んな高校でカラーガードをしていた綾乃と、バトントワリングを長くやっている涼花が二人で提案してきたのだ。
「へえ、いいんじゃない?」
他のメンバーも賛同して、ショーに加えることになった。
そんなふうに、誰もがアイデアを出し合えるこの職場の雰囲気が、美桜はとても好きだった。
与えられたものをただやるだけではなく、皆でショーを作り上げていく。
だからモチベーションも上がるし、やりがいも感じられる。
やがて前半の終わりの見せ場がやってきた。
全員がVの字で観客に向かって前進していく。
その間もフラッグの動きはめまぐるしく変わる。
一番前まで来ると、踊っていた二人が頂点に加わり、曲の最後の音に合わせて皆でピタッと止まって敬礼をした。
わあっと一斉に拍手が起こる。
だが、まだショーは続く。
今度は四人のドラム隊が、用意された楽器の前に歩み出る。
スティックをカンカンと鳴らして合図を出すと、ドラムのリズムに合わせて再び列は動き出す。
トリックターンや二人組の技、相手の顔の位置めがけてフラッグを横切らせ、危ない!と思った瞬間に相手が上半身をかがめて回避するなど、ひと時も目が離せない。
一体どうなっているんだ?と混乱してしまいそうになるほど、列は色々な形に変わっていく。
たたみかけるように、スピーディに次々と変化していた隊列は、やがて横一列に並んで止まった。
ドラムロールが始まる。
(いよいよラスト!)
美桜が右手にギュッと力を込めた時だった。
いきなり強い海風が、右側からザーッと吹きつけてきた。
(え、どうしよう、このあと二回転で投げるのに)
今は、中央から左右に向かって順番に、フラッグを体の前で風車の様に回していく途中だった。
一番端の二人まで来ると、そこからは逆に内側に向かって順番にトスをしていく事になる。
(もう少しでトスが始まる)
その時だった。
観客に背を向けてメンバーに向き合っていたドラムメジャーの直樹が、右手の手の平を下に向け、下げるような仕草をゆっくり何度も繰り返した。
(一回転のトス!)
それは変更の合図だった。
やがて順番が両端の二人までくると、次の瞬間くるっと頭の高さで回転するようにフラッグを投げてキャッチする。
ドラムロールに合わせて、流れるように次々とトスの波が起こり、中央の二人が無事にキャッチするのと同時に、ドラム隊の締めの音がダンッと力強く鳴り響いた。
息を詰めて見守っていた観客が、ようやくほっと一息ついた後、一斉に大きな拍手が沸き起こる。
直樹は背中に歓声を浴びながら、よくやったというように、小さくメンバーに頷いた。
そして美しい姿勢でキュッと回れ右をすると、ホイッスルで敬礼の合図を出す。
メンバーは拳を作って左胸に当てた後、真っ直ぐ前に腕を伸ばしてから右目のこめかみに指を揃えて敬礼した。
その動きも、一、二、三、と一糸乱れぬタイミングだ。
おお!とより一層拍手が大きくなる。
直樹はその幸せな瞬間を存分に味わった後、再びホイッスルで合図を出し、列は退場していった。
「パレード、レスト!」
バックヤードまで来ると、休めの号令をかけ、お疲れ様でした!と言うドラムメジャーに、皆もお疲れ様でした!と声を揃える。
ショーが終わった。
次の瞬間、はーっと皆一斉にその場にしゃがみ込む。
「いやー、しびれたわ」
「ホント、みんな同じ気持ちだったよね?あの時」
「そうそう。どうなる?どうする?二回転、いくの?みたいな」
「ははは、みんなすんごい顔でこっち見てたぞ」
笑って帽子を脱ぎながら直樹が言う。
「そりゃそうですよ、直前であんな風吹くなんて。ビビりますって」
まだ経験の浅い圭太がうらめしそうに直樹を見上げる。
「まあな。でもよくやったよ」
ポンッと圭太の肩を叩いてから、みんなもおつかれさん!と手を挙げて、直樹は颯爽と階段を下りて行った。
◇
「うははは、こりゃおもしろいわ」
「ちょっと由香、笑いすぎよ」
「だって見て、みんなの顔。圭太なんて半泣きじゃん」
ミーティングルームで、さっき撮ったばかりのフラッグショーの動画を見ながら、由香はおもしろそうに笑った。
みどりは真顔でたしなめる。
「そりゃそうなるわよ。だって直前よ?ほら、風車やってる途中にぶわって海風が吹き始めたんだもん。私も動画撮りながらハラハラしちゃった。あ、ちょっと手もぶれてるね」
「あー、私も実際見てみたかったわ」
まだ笑いが止まらない様子で由香が言う。
「ちょっともう!不謹慎な。みんな必死だったんだからね?」
「でも無事にクリアしたでしょ?やれば出来るんだって、みんな」
そう言ってもう一度画面に目をやった由香は、再び笑い始めた。
「あはは、直樹の合図に圭太ったら思わず頷いちゃってる。お、来るぞ来るぞ、はいそこでトス!おお無事にキャッチ!からの、ドヤ顔!」
あははと笑い続ける由香に、みどりは呆れて溜息をつく。
と、コンコンとドアをノックする音がした。
「はーい」
由香とみどりが顔を上げると、失礼します、と美桜が入ってきた。
ジャージ姿で、手にはファイルを持っている。
「お、美桜!お疲れ様。今日は色々あったね」
「あ、はい。このあとミーティングですよね?」
「ああ、いいや。あんたはもう上がりな」
「え?でも。バレンタインショーの話も、さっき途中で抜けちゃったし」
「いいっていいって。明日で充分間に合うから」
手をひらひらさせて由香が言うと、みどりも頷いた。
「美桜、今日はすごく疲れてるはずよ。ゆっくり休んで。ね?」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて、お先に失礼してもいいですか?」
「うんうん、また明日ねー」
由香とみどりは笑顔で美桜に手を振った。
◇
「ふう、ただいま」
テーブルに鞄を置くと、美桜はそのままベッドにボフッと顔から飛び込んだ。
(ああ、疲れた)
みどりの言った通り、体は思った以上に疲れていたようだ。
じわじわと全身に疲労感が漂っていく。
(あー、買い物、忘れちゃった)
帰りにスーパーに寄るはずが、すっかり忘れて帰って来てしまった。
これから行くのも、考えただけでうんざりする。
(ま、いいや。適当にパスタでも作ろ)
ふあーっとあくびをしながらキッチンへ行き、簡単にミートソースのスパゲティを作って食べる。
と、スマホにメッセージの着信があったことに気付く。
「あ、メイソンからだ!」
いそいそと開くと、送られてきたのは動画だった。
「みおさまーお元気ですか?」
そう言って手を振るメイソンの後ろで、護衛隊の皆も、ミオサマーと手を振っている。
「わー、みんな。元気だよー」
美桜も思わず画面に手を振る。
「あれからまた少し、練習しました。見てください」
メイソンがそう言ったあと、皆は一斉に走って列を作る。
メイソンが手拍子しながら号令を出すと、列は前に歩き出す。
と、思ったら手前から順に、タイミングをずらしながら後ろ歩きになる。
しばらくそのまま後ろに進んだ後、また前に歩き始めた。
全体としてみると、大きな波のような動きだ。
「わー、すごいすごい!列が綺麗ね。みんな
歩幅もきっちり揃ってる」
やがてウエーブは少しずつおさまり、また元の一列になって止まった。
「みおさまーどうですかー?」
メイソンと隊員達は、またカメラに向かって走ってきて、にこにこと手を振っている。
「どうやったらもっとうまくできますか?教えてください」
そう言った後、さようならーと手を振りながら、動画は終わった。
「あはは、みんな元気ね」
さっきまで疲れていた美桜も、なんだか元気が湧いてきた。
少し考えてから、早速返事の動画を撮ることにした。
「こんにちはー!メイソン、みんな、元気ですか?私も元気です!ビデオをありがとう!とっても上手くなっててびっくりしました。みんなのがんばりはすごいです。ビッグウェーブ、歩幅も揃っていてとても綺麗でした。後ろ向きに歩くの、難しいよね。ポイントは、前歩きから後ろ歩きに変わる時、体のラインは真っ直ぐにしたままにすること。後ろから前歩きに変わる時も同じね。体が前のめりになったり、後ろにのけ反ったりしないで常に真っ直ぐにして列を揃えてね。そうするとさらに予期せぬ動きになって、見ている人を驚かせられると思うの」
実際に体を横向きにして、身振り手振りを交えながら話す。
出来るだけ簡単な言葉で説明するつもりが、ついつい熱が入ってしまった。
(ま、いいか。クレアが通訳してくれるよね)
最後にもう一度カメラに近付いた。
「みんながどんどん上手になっていて、私もがんばらないとって思いました。またビデオ送ってね。楽しみにしています。みんな元気でねー」
手を振ってから録画を止める。
見直してみると、なんとも大げさな自分の動きが恥ずかしい。
「ま、いいか」
再び口癖のように繰り返し、美桜はそのままメイソンに送信して、スマホを置く。
「みんな生き生きしてたなあ。私もがんばろ!」
頷いて、ガッツポーズをしてみた。
さっきまでの疲れは、もう感じなかった。
◇
「はーい、じゃあ今から早速バレンタインショーの振り写しします」
レッスンルームに集まったメンバーを前に、由香が言う。
「まずはこの六人でショーを固めていきます。初日を迎えたら、もう一つのチームメンバーにもレッスンしていくので、まずはあなた達で無事に完成まで持っていってね」
「はい!」
六人は揃って返事をする。
ドリーミーバレンタイン、と名付けられた今年のショーは、舞台やダンサーの人数も今までとは違う初めてづくしということで、メンバーもある程度経験を積んだ六人が選ばれた。
美桜と巧、綾乃と智也、涼花と温人の三組だ。
十四日間の開催中、ずっとこのメンバーでやる訳にはいかないので、もうひとチーム作って怪我や欠勤に備える。
今日は一月二十三日。綾乃や涼花達が有給休暇を終えて戻ってきたこの日に、ショーの最初から最後まで、一通り踊れるようにならなくてはいけない。
なぜなら、一回目のリハーサルは、明日の早朝にあるからだ。
「まず頭からね。舞台上には大きなハートのモチーフの背景があって、その後ろに女子がスタンバイします。男子は舞台裏、階段を下りたところね。冒頭、音楽と照明でスタート、音楽が盛り上がったタイミングで、女子三人がハートの後ろから現れてフリーでポーズ!そう、そんな感じ」
由香の指示に合わせて、実際に動いてみながら進めていく。
「カウント八つ止まっててね。そのあとの踊り、いきまーす。左足からワンツースリーフォー、回ってポーズ、ツーツースリーフォー、ステップ、ターン。手の動き入れてもう一回」
鏡に映る自分と由香を見ながら、三人は振り付けを体に入れていく。
「オッケー。じゃあ曲かけてやってみよう。スタンバイの位置に戻って」
三人が床に貼ってある目印のテープの位置に戻ると、みどりが曲を流した。
「よく聴いててね。ここから数えて、ワンツースリーフォー、はい出ていってポーズ!オッケー、そのまま静止、はい次から動くよ。ワンツー、そうそう」
由香は、所々指示を出したり、振りを簡単に踊ったりしながら進めていく。
が、中盤になると、ん?と首をひねって、みどりに合図する。
曲が止まり、女子三人は由香を振り返った。
どこか悪いところがあったのだろうか。
「んー…、なんだろ。今のところもう一回やってみて。センターの美桜の後ろに二人が回って、そうそこから。いくよ、ワンツースリーフォー、あ!美桜!」
急に呼ばれて、美桜は驚いて由香を見る。
「はい!なんでしょう」
「ちょっとそのポーズ変じゃない?」
「え、これですか?」
お目当ての彼にチョコを渡したいけど、恥ずかしくて行けない、というシーンだった。
「なんだろう、可愛さがまるでない」
「え、そ、そんな」
真顔でずばっと由香に言われ、美桜は怯んだ。
「美桜先輩、こんな感じはどうですか?」
綾乃がそう言って、口元に両手でグーを作り、上目づかいでパチパチ瞬きしてみせた。
「おお、いいね。そんな感じ」
由香が言い、美桜は綾乃を真似してみた。
「こうかな?」
「あっはは!それなんか違う。洗濯物を嗅いで、生乾きくさーい!みたいな」
その場にいる皆がどっと笑い、美桜は反論する。
「えー、なんですかそれ。主婦みたいな」
「だってそんな感じなんだもん」
由香はまだ笑い続けている。
「じゃあ先輩、これは?」
また綾乃の真似をして、両手を真っ直ぐ下に伸ばして組み、ちょっと体をひねってみる。
「あはは、美桜、トイレ行きたいの?」
「もう!そんなんじゃないですって」
怒ってはみたものの、綾乃の可愛らしい仕草は、なぜか自分がやると全く違って見える。
「このショーは、女の子の可愛らしさがメインなのよ。ぶりっ子すぎる感じでいいくらい。美桜、女子高生の頃を思い出しなよ」
由香の言葉に美桜は、うーんと唸る。
「私、高校生の時もぶりっ子じゃなかったし」
「まあ、そうだろうね」
少し考えてから、由香はポンッと手のひらを打った。
「よし、じゃあポジション変更!センターは綾乃ね」
「ええー?私ですかー?」
びっくりする仕草がまさに可愛らしく、美桜は頷いて綾乃の肩に手を置いた。
「うん、適役だわ。あやちゃん、お願いね」
「ええー、出来る自信ないですう」
「大丈夫だって。ほら、相手役の智也もフォローしてくれるし。ね?智也」
そう言って智也を見ると、
「ええー?僕も自信ないですう。でもがんばろう!綾乃ちゃん」
と、アイドル顔で、綾乃と同じ口調で言う。
「ははは、まさに適役だわね」
由香は苦笑いしつつ頷いた。
◇
「うわー、外は寒いね。風が冷たい」
IDを見せながら従業員用の出口を出ると、美桜は思わず首をすくめた。
「ああ。この季節は体冷やさないように気を付けなよ」
隣の巧が、美桜の首にマフラーを掛ける。
「あったかーい。いいの?巧くんは?」
「俺は平気。ほら、このダウン首元まであるから」
「そっか。ありがとう」
二人は駅までの道を並んで歩き始めた。
「あ、そうだ。ごめんね、私のせいで巧くんもセンター下ろされちゃって」
美桜の同期だが、年齢は二つ上でダンスリーダーでもある巧は、常にショーのセンターを任されてきた。
「いや、全然構わないよ。俺もあの振り付けでセンター張る自信ない」
「確かに。巧くんのイメージじゃないね」
さっきの智也と綾乃の踊りを思い出して、思わず二人で苦笑いする。
「いやー、二人ともブリブリの甘々だったな」
「あはは、なにその表現。まあでも分かるけど」
「だろ?今回のショーはあの二人で決まりだな。俺らはそっと脇で見守ろうぜ」
「ふふ、そうね。きっと大成功よね」
すると、ふと思い出したように巧が話を切り出す。
「そう言えばさ、ホワイトデーのショー、由香先輩とみどり先輩のラフな振り付けの動画もらっただろ?」
バレンタインのショーよりもホワイトデーの方が振り写しに時間がかかるとみて、由香はすでにメンバーに、簡単に踊ったものを撮影して送っていた。
「あれ見てやっぱりさ、バレエは俺普段やらないからまずいなと思って、練習してたわけ。自分のレッスンの後に」
自分のレッスンというのは、巧がダンススタジオで受け持っているダンスレッスンのことだろう。
契約社員の美桜と違いフリーで活動している巧は、このパーク以外にも、週に二度ダンスインストラクターをしていたり、単発のイベントで踊ったりしている。
「スタジオで一人、動画見ながら踊ってたんだ。そしたら次のレッスンの先生が入って来たんだけど、よりによってバレエの先生でさ」
そこまで言って溜息をついた巧に、美桜はその後を想像出来て笑った。
「ダメ出し食らっちゃったと?」
そうなんだよ、と巧はげんなりしたように言う。
「あら、巧先生。一体それは何の踊りですか?まさかクラシックバレエとか言わないでしょうね」
体をくねらせ、裏声でその先生の真似をしているらしい巧に、美桜は思わず吹き出す。
「バレエの先生って、妙に厳しいよね。ジャズやヒップホップのレッスンは、とにかく楽しくテンション上げてって雰囲気なのに、バレエはある一定のレベルまでくると、急にレッスン厳しくなる気がする」
「そう!あれなんでだ?私達はあなた達の世界とは違うわ!みたいな。妙なプライド?」
「あはは、そこまで思ってるかは分からないけど。私も、最初に習ってた頃は優しかった先生が、ポアントクラスに上がったとたん、急に恐くなったのを覚えてる。バレエの厳しさも教えていくわよ、みたいな。あれって日本だけでなく、世界共通じゃない?」
「そうなのかもなあ。やっぱり違うんだろうな、伝統あるバレエの世界は」
そう言うと巧は、もう一度そのバレエの先生の真似を始めた。
「巧先生、そのピルエット本気でやってます?まさかそれで出来てるとでも?その足は何番ポジションのつもり?」
妙な動きと口調に、美桜は笑いが止まらなくなった。
「あー、おかしい。涙出て来ちゃった」
そう言って目元をぬぐった時だった。
ふいに後ろから、美桜ちゃんと呼ばれて振り返る。
「え…、誰?あ!仁くん!」
道路に停めてある黒い車の横で、上品なロングコートに身を包んだ仁が軽く手を挙げた。
「わあ、一瞬誰かと思っちゃった。そんな格好してるんだもん。どうしたの?こんな所で」
「うん、ちょっと仕事で近くまで来てさ。もしかして美桜ちゃん、帰る頃かなと思って」
そうなんだ、と普段とは違う仁の装いをまじまじと見ていると、じゃあ美桜、俺はここで、と後ろで巧の声がした。
「あ、うん。また明日ね。あ、待って。これ返さないと」
美桜は慌ててマフラーを取ろうとする。
「いいよ、明日で」
そう言うと巧は、仁に会釈をしてから、小走りに駅の階段を上がっていった。
◇
「わー、綺麗ね。ここからうちのパークの夜景が見えるなんて知らなかった」
窓の外に広がる煌めくパークを見ながら、美桜はうっとりとする。
「美桜ちゃんの職場のすぐ近くなのに?」
「あはは、そうね。灯台下暗し、だね」
あれから仁の車で近くのホテルへ移動し、最上階のレストランに入った。
久しぶりに美桜に会えて嬉しいはずが、仁はどうにもさっき美桜と一緒にいた男性の事が気になっていた。
美桜の隣の席に置かれた鞄の上には、彼が貸したであろうマフラーが載せられている。
(さわやかな青年だったな。美桜ちゃんも楽しそうに笑ってたし。はあ、なんだよ。俺のライバルはアレンだけじゃないのか?)
「どうかした?仁くん。溜息なんかついて」
パンをオリーブオイルにつけながら美桜が聞く。
なんでもないよ、と仁は首を振った。
「そう?ならいいけど。あ、昨日大学に行ったら絵梨ちゃんに会ったよ。卒業式、三人で写真撮ろうねって言ってた」
「ああ、うん。そうだね。そう言えば美桜ちゃん、アレンとは連絡取り合ってるの?」
仁は、気になることをズバッと聞いてみた。
「ううん、全然。お互いの連絡先も知らないしね」
「そうなんだ…って、え?そうなの?」
「うん。そうなの。だから全く。あ、メイソンとは時々やり取りしてるけど」
「ええ?メイソンと?」
しーっ、声が大きいよ、と美桜が人差し指を立て、ごめんと慌てて小声で謝る。
(なんだって?あのカタブツのメイソンと?信じられない。あいついつの間に…)
一体俺のライバルは何人いるんだ?と、仁は食事の手を止めてまた溜息をついた。
◇
やがて二月になり、ドリーミーバレンタインの初日を迎えた。
初めは緊張の面持ちだった綾乃と智也も、いざステージに立つと本領発揮とばかりに笑顔を振りまき、恋する二人を見事に演じてみせた。
終演後にダンサーが出口に立ち、出てくるカップルにチョコを渡すサプライズでは、笑顔で見つめ合うカップルから、素敵でした、楽しかったです!など、嬉しい言葉をかけられた。
綾乃と智也の周りには、記念写真を撮ろうとカップルが列を作っている。
巧と美桜は、そんな綾乃達を頼もしく見ていた。
評判も上々のうちに十四日間をやり抜き、今年のバレンタインショーは幕を閉じた。
◇
「今日からいよいよホワイトデーのレッスン本格始動!がんばるぞ!」
気合を入れて、美桜はレッスンルームのドアを開けた。
体をほぐしているとやがて巧がやって来て、いきなり、ごめん!と手を合わせる。
え、何が?と美桜は驚く。
「あのさ、今日からバレエの先生来るじゃん?それで俺、ちょっと前に由香先輩に聞かれたんだ。バレエ業界には特にツテもないから、うちのダンススタジオの先生に声掛けてみてもいいかって。いいですよーって軽く答えたら、なんとうちの先生オッケーしたんだって。だから今日から来るんだ、その…」
「ああ、例のダメ出し先生?」
「うん。すまん。覚悟してくれ」
「やだ、巧くんが謝ることじゃないでしょ。それにそんな大げさな。わざわざ私達の指導に来て下さるんだもん。ありがたいよ」
笑顔でそう言った美桜だったが、いざレッスンが始まると、そんな余裕は吹き飛んだ。
「美桜さん!アラベスクの足は綺麗に伸ばす!ポールドブラは丁寧に!背中はもっと反らす!軸足しっかりパッセはもっと高く!」
矢継ぎ早に繰り出されるダメ出しの嵐。
初日のレッスンが終わり、レッスンルームを後にする頃には、美桜はもうヨレヨレだった。
「いたたた、うっ筋肉痛が…」
「大丈夫か?美桜」
巧が見かねて肩を貸してくれる。
「ごめんな、やっぱりキツイだろ?あの先生」
「ううん。巧くん、私ね、追い込まれると火がつくタイプなの。今すんごい燃えてるの。最後まであの先生に食らいついていく。そして絶対ショーを最高のものにして見せるわよ」
「お、おお」
ガッツポーズで一点を見据える美桜は、今まで見たことがないほど気合に満ちており、巧はちょっとたじろいだ。
◇
三月一日。
厳しいレッスンを乗り越え、ようやく迎えたホワイトデーのショー初日。
美桜はいつになく緊張していた。
(大丈夫。あんなに練習したんだもん。あとは思い切りやるだけ)
舞台裏で待機しながら、大きく深呼吸する。
「本番一分前!」
みどりの声を聞いて、ダンサー六人が円陣を組む。
「いよいよ初日。今までやってきたことを信じて!俺達みんなで恋人達を夢の世界に!」
巧の掛け声に、皆でおお!と、観客に聞こえないように小声で叫ぶ。
いざ、今年のホワイトデーのショー“恋人達のホワイトローズ”は幕を開けた。
真っ白な衣裳で軽やかに踊る三人の女性。
そこに男性達も現れて、楽し気に皆で踊る。
ある男性は、愛する彼女と踊りたいが、勇気を出せずにいた。
やがて夜になり、男性は彼女が一人、月明かりの中美しく踊る姿を見かける。
息を呑むほどの美しい舞。
思わず歩み出た男性は、手にしていた白いバラを捧げて愛を告白する。
そっとバラを受け取り微笑む彼女。
やがて二人は見つめ合いながら、踊り始めた。
最後は、そんな二人を祝福するかの様に、皆で楽しく踊りフィナーレを迎える。
キラキラと雪のように舞い落ちる紙吹雪の中、美桜は巧にリードされながら、微笑んでお辞儀をする。
ふと一番後ろの客席を見ると、バレエの先生が感極まったように立ち上がって、大きな拍手を送ってくれていた。
美桜は隣の巧を見上げて笑いかけた。
「いやー、良かった。素晴らしかったわ。私、ダメ出ししようと思って見ていたのに、いつの間にかすっかり入り込んじゃって。ただただうっとりしてたわ。踊りって、技術の上手い下手だけじゃないのね。はー、素敵だった」
出口で白いバラを一輪ずつプレゼントしながらお見送りしていると、最後に出て来たバレエの先生は、興奮冷めやらぬ様子で美桜と巧にそう言った。
「先生のおかげです」
そう言って二人で先生にバラを手渡す。
(いつもは鬼のような先生が、今日は恋する乙女みたい)
美桜がそう思って頬を緩めた時だった。
「あとでじっくりビデオを見させてもらうわ。ダメ出しは、明日のレッスンでね」
そう言って立ち去る先生に、
(ああ、やっぱり先生は先生だ)
がくりと美桜はうなだれた。
無機質な音がいきなり頭の中に鳴り響き、美桜は、うーんと布団をかぶり直した。
けれどそのままという訳にはいかない。
手探りで枕元のアラームを止めると、仕方なく目を覚ました。
見慣れない低い天井、そう思ったのは最初だけだ。
(ああ、そうか。こっちが現実か)
苦笑いしてベッドから降りる。
(うわっ、さむ!)
とたんに身震いして、慌ててエアコンを付けた。
(あーあ、広くて温かいお部屋、優しいメアリー。言っちゃダメだと分かってるけど…)
「戻りたーい!」
堪えきれず声に出してしまう。
(はは、むなしいだけね。さ、切り替えてがんばろう)
美桜はトースターに、夕べコンビニで買ったロールパンを入れて温める。
空港からの帰り道、とりあえずの飲み物と朝食を買っておいた。
(今日は仕事帰りにスーパーで買い物しないとなあ)
コーヒーとパンを食べ終わると、仕事用の鞄の中を確認して、着替える。
職場に着いてから舞台用のメイクをする為、たいてい家を出る時はすっぴんだ。
起きてから二十分後には出かける準備は出来ていた。
(もう一つ食べちゃお)
袋からロールパンを一つ取って口に入れながら、玄関を出てカギを締める。
(こんなところクレアに見られたら怒られるわね。美桜様!お行儀が悪いですわって)
気付くとついつい思い出に浸ってしまう自分に苦笑いして、美桜は気を引き締めた。
(今日から仕事!がんばるぞ!)
久しぶりの満員電車は辟易したけれど、職場の最寄駅に降りると、美桜の表情は明るくなる。
(やっぱりいいな、キラキラの海)
海沿いに広がる大きなパークを見下ろして、美桜は改めてここで働く事は幸せな事だと感じる。
胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んでから、パーク内の従業員エリアに入っていく。
時間はまだ七時。
全体の朝礼は、今日の予定では八時半とあったから、まだまだたっぷり時間はある。
だが、早めに行って、休んでいた間の業務日誌に目を通しておきたかった。
「おはようございます!」
早くて誰もいないだろうと思っていたのに、オフィスの奥ではすでに二人の先輩が、パソコンを覗きながら何やら打ち合わせをしていた。
美桜より五つ年上で、美桜の入社後二年ほどは一緒にショーに出ていたが、今は主にオフィスの仕事をしている由香とみどりだ。
「おおー、美桜!おかえり。どうだった?えっと、ハワイだっけ?」
「違うわよ、由香。美桜は確かイギリスだよね?」
「あ、はい。イギリスです」
「そっか、ごめんごめん」
由香はそう謝ったが、間違えるのも無理はない。
美桜が有給休暇を取って旅行に行くのと同じように、何人ものメンバーが世界のあちこちに旅行に行っているのだ。
皆、普段はまとまった休みが取れず、この時期に有給消化を勧められるので、ここぞとばかりに海外旅行を楽しむのだ。
「由香先輩、みどり先輩、お休みさせていただいてありがとうございました。これ、お土産です」
そう言って美桜は、紙袋をテーブルに載せる。
「なになにー?お、おいしそう!本場イギリスの紅茶と、ショートブレッド!早速食べよ」
由香はいそいそとティポットを持ってくる。
「みどりの分も淹れるね。美桜は?飲んでく?」
「あ、私はいいです。業務日誌読んだり、連絡ノートチェックしたいので」
「帰ってきて早々、さすがねー」
由香はポットにお湯を注ぎながら言う。
「時差ボケは大丈夫なの?昨日帰国したばかりでしょ?」
「はい、しっかり寝たので大丈夫です」
するとみどりが席から立ち上がって、美桜にファイルを渡した。
「これ、今日の美桜のシフトと、連絡事項ね。ミーティングがメインかな。本当はショーのメンバーからも外してあげたかったんだけど、なかなか上手く組めなくて。まだ休みのメンバーもいるから。ごめんね、帰国早々にハードになっちゃって」
「いえいえ、全然構わないです。張り切って踊りまーす」
美桜がガッツポーズでおどけると、二人の先輩もおだてるように拍手した。
ドレッシングルームに移動すると、さすがにまだ誰もいなかった。
電気とエアコンを付け、ポットにお水を入れる。
お湯が沸くのを待つ間に奥の衣裳部屋へ行き、Tシャツとジャージに着替える。
スタッフジャンバーを羽織って戻ると、お茶を淹れて自分のドレッサーに座り、業務日誌を読み始めた。
特に大きなトラブルや急な欠勤者もなかったようでほっとする。
アルバイトだった頃は、自分の勤務のことばかり考えていたが、契約社員になってからは自然と全体の事も気にするようになった。
マグカップで手を温めながら、今日のシフトを頭に入れていく。
すると「おはようございまーす」と元気に挨拶しながら、二年目の後輩、綾乃が入ってきた。
「おはよう、あやちゃん」
「美桜先輩!おかえりなさーい。どうでした?お休みは」
「うん、とっても楽しかった。あやちゃん、前半留守番組だったよね?ありがとう」
「いえいえー、しっかりお留守を守っておりました」
「あはは、ありがとう。お休みは明日から?」
「はい!バリ島へ行ってきます」
「へえー、いいね!楽しんできてね」
そんな会話をしていると、次々と他のメンバーも出勤してくる。
美桜と同じく旅行から帰ってきたメンバーは手にお土産を抱えて満足そうな顔で、綾乃と同じようにこれから休みに入るメンバーは旅行を控えてわくわくした様子だ。
靴を脱いでくつろげるカーペットエリアには、お土産がずらっと並べられた。
「えーっと、これはオーストラリアのお菓子ね。こっちは、おお、エジプト!で、これはフロリダね。すごーい、世界物産展みたい」
綾乃のセリフに笑いながら、美桜も、
イギリスに行ってきました。ショートブレッドと紅茶です。美桜より
とメモに書き添えて、一緒に並べる。
久しぶりにメンバー同士顔を合わせ、皆嬉しそうにお土産話に花を咲かせている。
美桜もそんな仲間を見ながら、ようやく気持ちがイギリスから離れるのを感じた。
◇
「美桜先輩ー、ウォーミングアップ始まりますよー」
「はーい、すぐ行く!」
綾乃に呼ばれて、美桜は慌ててドレッシングルームをあとにする。
(思いがけずメイクに時間取っちゃった。いつもなら五分で済むのに、やっぱり一週間の休みって影響あるのかな?)
たかが一週間、されど一週間。
美桜はショーの前のウォーミングアップでそのことを痛感する。
(いてて、体が硬ーい)
冬場にこの硬さでは、怪我に繋がりかねない。
美桜は念入りにストレッチする。
「はい、じゃあそのまま耳だけ聞いててね」
由香は、メンバーが思い思いにストレッチしているレッスンルームに入ってくると、前に立って連絡事項を告げる。
「前半お休み組、おかえりなさい。そして後半お休み組は、この一週間良くがんばってくれました。今日からまた徐々にメンバーが入れ替わっていきます。メンバー全員が揃うのは、十日後かな。それまではいつもとダンスポジションが変わったりするので、よく確認して下さい」
「はい!」
皆で揃って返事をした後、円陣を組んで気合を入れる。
「今日もゲストに最高のショーを!」
ダンスリーダーの巧がそう言い、皆で士気を高めたあと、ハイタッチしながら部屋を飛び出していく。
そのまま廊下の突き当たりの階段を上がって外に出ると、大きな扉の前の待機場所で整列する。
衣裳は薄いけれど、寒さは感じない。
軽く飛んだり足首を回して合図を待つ。
やがてパレードの始まりの音楽が、パーク内に流れ始めた。
「五秒前!三、二、一、スタート!」
みどりの合図とともに扉が開き、美桜達は一斉に笑顔で飛び出した。
このグリーティングパレードは、美桜が最も好きなショーの一つだ。
大きなフロートを囲んだダンサー達が、踊りながらパーク内をぐるっと一周する。
踊りといってもきっちり踊るのではなく、時にはゲストに手を振ったり、近くまで行って、こんにちはーと声をかけたり、その名の通り挨拶しながら回るのだ。
そして最後に、イベント広場と呼ばれる広いエリアに出ると、ダンサーはそこで初めて一つに集結し、音楽に合わせてダンスショーを披露する。
最後のポーズを決めると、ステージの両端から紙吹雪が飛び出し、小さな子どもたちは歓声を上げて懸命に手を伸ばした。
季節ごとに変わる紙吹雪は、今は雪の結晶の形だった。
バックヤードに戻り、美桜は自分の頭に付いていた紙吹雪を取ってじっくり見てみる。
(綺麗だなー。冬らしくていいね)
美桜は、自分のドレッサーの鏡に飾ることにした。
◇
「それで、これがバレンタインのショーの企画書ね。ほぼこれで決定。リハの時に少し調整するくらい」
由香に渡された分厚い書類を、美桜はぱらぱらとめくりながら目を通していく。
軽く昼食を取ったあとは、オフィスの社員達が集まってのミーティングだった。
バレンタインのショーは二月一日に始まり、十四日までの二週間毎日行われる特別なショーだ。
「音響さんと照明さんの打ち合わせは?」
美桜が聞くと、由香は頷いて答えた。
「一応簡単に説明はしてあるわ。この企画書も渡してある。あとは、本番の一週間くらい前と前日、当日の合計三回のリハで詰める感じかな」
了解ですと答えて、美桜はじっくり、ダンサーの動きに関連するページを読む。
今回踊る場所は、ショッピングアーケードにある小さなステージだ。
普段は、季節のデコレーションをしたり、フォトスポットで使われたりすることもある。
そこに観客用の椅子を、ペア五十組、計百脚用意するとのこと。
「ダンサーは、男女のペア三組、合計六人ね」
「うわっ、少ないですね」
驚いて、美桜は思わず由香を見る。
「うん、あの特設ステージは小さいからね。あそこを使うこと自体初めての試みだし」
今までは、クリスマスと同じように、バレンタインやホワイトデーのショーもイベント広場の大きなステージで行ってきた。
「ただねー、クリスマスとバレンタインはやっぱり違うのよ、雰囲気が。家族連れやカップルで賑わうクリスマスに比べて、バレンタインは恋人同士のしっとりしたイメージ。で、今回は客席も用意してみたの。二人の距離を縮めてショーに見とれて欲しいなって」
「なるほどー」
納得したように、美桜は何度も頷く。
「だからホワイトデーも基本的には同じ感じ。特設ステージで、ダンサー六人ね。イメージとしては、バレンタインの方は、明るくポップな感じで衣裳も赤。女の子達がワイワイ言いながら、お目当ての彼にチョコを渡そうとするの。ちょっと演技も入れてね。ホワイトデーは、逆に男性が綺麗な女性に白いバラを贈るの。衣裳も白。でね、これまた初の試みで、クラシックバレエを取り入れたいの」
ひょーと美桜は驚いてのけ反る。
「バレエですか?うわー、すごい。でもとっても素敵なショーになりそうですね」
驚いたものの、想像してみるとなんともロマンチックなショーになりそうで、美桜は両手を頬に当ててうっとりする。
「でしょー?でもうちの男性陣にバレエがどれだけ出来るか、よね」
由香がちょっと難しそうな顔をして言う。
「ああ、まあ、そうですね。みんな基本的にバレエは習ってきてますけど、それをショーでやるのは…」
いわゆるテーマパークダンサーは、意識してバレエを取り入れすぎないようにしている。
バレエの腕の使い方や体の向きなどは、他のジャンルのダンスと比べると独特で、浮いてしまうのだ。
リズムの裏拍を感じて踊るヒップホップのような振りも、バレエをずっと習っているメンバーは苦戦する。
「そうなのよ。事情は私も分かるから、出来ないことを責めるつもりはないんだけどね。ただやっぱり今回のコンセプトはこれでいきたいの。ってことで、バレエの先生を呼んで特別に監修してもらうつもり」
「おおー!それはすごい!」
美桜は、由香の本気を見た気がした。
「分かりました。ぜひこれでやりましょう!私も全面的に協力して…」
そこまで言った時だった。ノックの音と同時に、みどりがミーティングルームに飛び込んでくる。
「会議中失礼します!ごめん、美桜。今からハピラキショー出られる?」
「え、今からですか?」
美桜は壁の時計を見る。
ハピラキショーとは、ハッピー・ラッキー・スペシャルデイという名前の屋内ショーで、簡単なダンスをゲストにレクチャーして一緒に踊ってもらうという、通年行っている人気のショーだ。
開演は一時半。
今はちょうど一時になろうとしているところで、今日の出演メンバーはレッスンルームでウォーミングアップをしているはずだ。
「三番ポジションのあゆみが、さっきアップ中に足をくじいたの。本人はいけるって言うんだけど、大事を取って休ませたくて。誰か他に、いきなり三ポジ踊れる子って言ったら、今日いるメンバーだと美桜くらいなのよ」
「分かりました、すぐ行きます」
美桜は立ちあがると、
「他のメンバーは先にステージに向かわせてください」
そうみどりに言い残し、急いでドレッシングルームへ向かう。
カラフルな衣装に着替えると、えーっとハピラキのヘアメイクは…と思い出しながら、手早く整える。
(準備運動は、ステージまでのダッシュね)
軽く手首と足首を回して屈伸すると、バックヤードを全速力で走って舞台裏まで移動した。
「あ、美桜先輩!」
心配そうにこちらを見ていた綾乃が、ほっとしたように手招きする。
「お、おまたせ。はあ、きつい」
「先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫。はは。久しぶりにダッシュしたわ。それよりえっと、三ポジって…」
簡単にフォーメーションや移動の動線、ポーズを確認する。
美桜自身、三番ポジションを踊るのはかなり久しぶりだった。
「本番五秒前!」
みどりが舞台袖で声をかける。
「みんなフォローお願いね」
美桜がそう言って笑うと、綾乃達は、はい!と頼もしい返事をした。
◇
「あの女の子、可愛かったね。ほら、一番前で踊ってた五才くらいの」
「うんうん、可愛かったですー。将来うちで一緒に踊ってくれないかな」
「えー?その頃私達いったい何歳よ?」
「美桜先輩は、えーっと還暦くらい?」
「おいこら!」
無事にショーを終え、レッスンルームに戻ってクールダウンしながら反省会をする。
と言っても、実際は単なるおしゃべりになることが多い。
「まったくもう、あやちゃん私と二つしか違わないんだからね」
「えへへ、そうでしたー」
可愛く首を傾げる綾乃は、もうすぐ二十歳になるところだが、見た目は十七歳くらいだろうか。
まるでアイドルのような雰囲気で、綾乃目当てにやってくるゲストも多い。
ワイワイ言いながらストレッチを終えドレッシングルームに戻ると、カーペットエリアに座っていたあゆみが顔を上げた。
どうやら由香にテーピングをしてもらっているところらしい。
「あ、美桜先輩!すみませんでした。急に代わって頂いて」
「ううん、大丈夫。それより足の具合はどう?」
「普通に歩くのは平気です。体重を外側にかけるとズキッと痛むくらいで」
「はい、これで良し」
由香がテーピングテープを切って立ち上がった。
「とりあえずの応急手当ね。今日はもう上がっていいから、病院で診てもらうこと。いい?」
「はい。ありがとうございます」
あゆみはもう一度美桜にお礼を言ってから、慎重に歩いて部屋を出て行った。
「お大事にね」
皆で見送っていると、代わりにみどりが入ってきた。
「美桜、さっきはありがとう!助かったわ」
「いえいえ」
「それでねー、言いにくいんだけど…。このあとのフラッグショー、あゆみは十番ポジションで出るはずだったの。誰か他にいきなり十ポジ出来る子って言ったら…」
「以下同文」
「ちょっと由香!茶化さないでよ」
真剣な表情で怒るみどりに対して、ははっと笑いながらおどける由香。
とてもバランスがいいなといつも美桜は思う。
リーダーとして、細やかに心配りをすることも大事だし、何があってもドーンと構えている度胸も、みんなに安心感を与えるためには必要だ。
この二人は、お互いの役割をそれぞれ心得ているようだと、美桜は日頃から思っていた。
「十ポジですね。了解です」
美桜がそう言うと、みどりがパッと振り返った。
「いいの?ありがとう!」
「はい!本番まで時間もありますし、大丈夫です」
「よっ!さすが美桜。太っ腹!」
「由香!何言ってんのよもう。じゃあね、美桜。よろしくね」
そう言ってみどりは、由香の背中を強引に押し出しながらドアの外へ消えていった。
◇
少し休憩してから、美桜は再び衣裳部屋で着替え始めた。
今度はフラッグショーの衣裳、紺のショートジャケットに真っ白なミニのキュロットだ。
英国衛兵風というだけあって、肩にはゴールドの肩章、パレード用の帽子にも羽がついた本格的な装いだ。
(うん、やっぱりこの衣裳着ると、気持ちが引き締まるな)
不意に、メイソンや護衛隊の皆を思い出す。
(みんな元気に練習してるかな。よし、私もがんばろう)
美桜はドレッサーの前に移動すると、髪を後ろで結び、パレード帽を目深にかぶってあごひもを調整する。
(えーっと、あとは手袋とブーツね)
真っ白な手袋をはめ、シューズクローゼットからこれまた白いロングブーツを取り出して履く。
「先に上に行ってまーす」
まだ準備中の他のメンバーに声をかけると、美桜は階段を上がって待機場所の横の倉庫に入った。
ショーで使う小道具や、パレードのフロートなど、たくさんの色々なものが置かれている。
一番手前に準備してあるフラッグのケースから一本取り出すと、美桜は軽く振ってみる。
感触を確かめるように少しずつ動きを大きくすると、バサッと風を切りながらフラッグが綺麗になびく。
(一週間ぶり、どうかな?)
少し不安になりながら、まずは手首を返しつつお腹の前と背中のうしろ、交互に八の字を描くように片手で回してみる。
(うーん、やっぱりちょっと重く感じるな。トスはどうだろう。調子いい時は目をつぶっててもキャッチ出来たけど)
さすがにそれは無理だろうと、まずは低めに一回転投げてみる。
なんなくキャッチ出来てほっと一安心。
今度は高めに二回転。
少し右手を伸ばして取りに行ってしまった。
本来なら、構えた所にすっとフラッグが戻ってくるのが理想だ。
何度かやってみて、ようやく最後には感覚を取り戻せた。
(うん、大丈夫そう。あとは十ポジの動きね。トリックターンはカウントスリーで、ピンフィールは外側から二番目、二人技の時は後出し…)
ひと通り頭の中で通してから頷いた。
(よし!あとは周りをしっかり見てやるだけね)
やがてガヤガヤと他のメンバーも上がってきて、各々フラッグを手にウォーミングアップを始める。
美桜は、同じ列になるメンバーによろしくと挨拶をした。
整列の合図があり、皆はフラッグを右側に携えて二列に並ぶ。
一番前でこちらを向いて立っているのは、指揮官の役割をするドラムメジャーだ。
フラッグではなくメジャーバトンを持ち、ホイッスルに手をかけながら、列が乱れていないかを鋭い目つきで確認している。
今日のチームのドラムメジャーは、ベテランの直樹だ。
「圭太、もう少し右、そうそこ」
列が綺麗に整ったことを確認すると、直樹は急にきりっと顔つきを変え、手を叩きながら号令を出す。
「テンハット!」
ザッと皆は一斉に気を付けの姿勢を取る。
右手を真っ直ぐ下ろしてフラッグに添え、左手は胸の前で地面と平行に構えてフラッグを握る。
顔の角度も、斜め上四十五度に視線を向けて揃える。
他のショーでは笑顔で踊るが、このフラッグショーは決して笑わない。
きりっとした表情のままクールに演技するのだ。
「今日の十番は、あゆみに代わって美桜が入ります」
「よろしくお願いします」
直樹の紹介の後、気を付けの姿勢のまま美桜がそう言うと、皆も揃ってよろしくお願いしますと返す。
「今日はほぼ無風なので、ラストのトスは二回転です」
「はい!」
返事をしながら、二回転かと美桜はちょっと怯む。
(いや、やるしかない)
通常、カラーガードなどのショーは屋内で行われることが多いが、ここは海のすぐそばだ。
空中に投げた時に風の影響を受けて流されてしまうことがよくある。
そのため、強風の時はラストの大技のトスは、低めの一回転にする。
どちらにするのかは、その日の風の様子からドラムメジャーが判断して、毎回出発前にメンバーに伝えていた。
「時間です」
みどりが直樹に告げると、直樹はホイッスルを構え、ピーッピ!と力強く吹いた。
列は一斉に足踏みを始める。
直樹のホイッスルに合わせてしばらくその場で足踏みを繰り返したあと、直樹は右足を後ろに引いてから、切れのある動きで回れ右をした。
「ピーッピッピッピ!」
合図が変わり、列は力強く前進し始める。
皆、隣の人と歩幅を揃え、肩のラインがずれないように意識しながら歩く。
門を出ると、たくさんの観客がこちらを見てわあっと歓声を上げた。
「へいたいさんだ!」
小さな男の子が目を輝かせて言うのが聞こえ、思わず顔を緩めそうになった美桜は、慌てて気を引き締める。
(男の子の期待に応えて、かっこいいショーをしなくては)
やがてスタートの位置まで来ると、ドラムメジャーのホイッスルに合わせて、カツンとブーツのかかとを揃えながら列は止まった。
辺りは一瞬静寂に包まれ、観客は固唾を飲んで見守る。
そこにトランペットのファンファーレが鳴り響く。
列の最後尾にいた二人のメンバーが、フラッグの代わりに手にしていた楽器を吹いたのだ。
短いフレーズだけれど力強い音の響きに、これから始まるショーの期待も高まった観客たちが拍手する。
やがて軽快なマーチが流れてきて、いよいよショーが始まった。
二列に並んでいたメンバーは、二人ずつ斜めに移動して、いつの間にか縦横四列ずつの隊形になる。
ファンファーレ隊の二人も、すぐそばに用意されている台に楽器を置き、代わりにフラッグを持って列に加わる。
直樹がメジャーバトンをくるくると回したり投げたりしながら進むのに続き、それぞれの列が順番にフラッグを掲げると、ブルーの鮮やかな模様が風になびいて美しく広がる。
二つに分かれた隊列は、それぞれ左右の端からピンフィールで回転し、中央に集まると、そこから二人が前に出て踊り始めた。
フラッグを綺麗に回しながらターンしたり、ステップを踏んだり、互いのフラッグを投げて交換したり、細かい技を次々と繰り広げていく。
それは当初のプログラムにはない要素だった。
「こういうのはどうですか?」
と、マーチングの盛んな高校でカラーガードをしていた綾乃と、バトントワリングを長くやっている涼花が二人で提案してきたのだ。
「へえ、いいんじゃない?」
他のメンバーも賛同して、ショーに加えることになった。
そんなふうに、誰もがアイデアを出し合えるこの職場の雰囲気が、美桜はとても好きだった。
与えられたものをただやるだけではなく、皆でショーを作り上げていく。
だからモチベーションも上がるし、やりがいも感じられる。
やがて前半の終わりの見せ場がやってきた。
全員がVの字で観客に向かって前進していく。
その間もフラッグの動きはめまぐるしく変わる。
一番前まで来ると、踊っていた二人が頂点に加わり、曲の最後の音に合わせて皆でピタッと止まって敬礼をした。
わあっと一斉に拍手が起こる。
だが、まだショーは続く。
今度は四人のドラム隊が、用意された楽器の前に歩み出る。
スティックをカンカンと鳴らして合図を出すと、ドラムのリズムに合わせて再び列は動き出す。
トリックターンや二人組の技、相手の顔の位置めがけてフラッグを横切らせ、危ない!と思った瞬間に相手が上半身をかがめて回避するなど、ひと時も目が離せない。
一体どうなっているんだ?と混乱してしまいそうになるほど、列は色々な形に変わっていく。
たたみかけるように、スピーディに次々と変化していた隊列は、やがて横一列に並んで止まった。
ドラムロールが始まる。
(いよいよラスト!)
美桜が右手にギュッと力を込めた時だった。
いきなり強い海風が、右側からザーッと吹きつけてきた。
(え、どうしよう、このあと二回転で投げるのに)
今は、中央から左右に向かって順番に、フラッグを体の前で風車の様に回していく途中だった。
一番端の二人まで来ると、そこからは逆に内側に向かって順番にトスをしていく事になる。
(もう少しでトスが始まる)
その時だった。
観客に背を向けてメンバーに向き合っていたドラムメジャーの直樹が、右手の手の平を下に向け、下げるような仕草をゆっくり何度も繰り返した。
(一回転のトス!)
それは変更の合図だった。
やがて順番が両端の二人までくると、次の瞬間くるっと頭の高さで回転するようにフラッグを投げてキャッチする。
ドラムロールに合わせて、流れるように次々とトスの波が起こり、中央の二人が無事にキャッチするのと同時に、ドラム隊の締めの音がダンッと力強く鳴り響いた。
息を詰めて見守っていた観客が、ようやくほっと一息ついた後、一斉に大きな拍手が沸き起こる。
直樹は背中に歓声を浴びながら、よくやったというように、小さくメンバーに頷いた。
そして美しい姿勢でキュッと回れ右をすると、ホイッスルで敬礼の合図を出す。
メンバーは拳を作って左胸に当てた後、真っ直ぐ前に腕を伸ばしてから右目のこめかみに指を揃えて敬礼した。
その動きも、一、二、三、と一糸乱れぬタイミングだ。
おお!とより一層拍手が大きくなる。
直樹はその幸せな瞬間を存分に味わった後、再びホイッスルで合図を出し、列は退場していった。
「パレード、レスト!」
バックヤードまで来ると、休めの号令をかけ、お疲れ様でした!と言うドラムメジャーに、皆もお疲れ様でした!と声を揃える。
ショーが終わった。
次の瞬間、はーっと皆一斉にその場にしゃがみ込む。
「いやー、しびれたわ」
「ホント、みんな同じ気持ちだったよね?あの時」
「そうそう。どうなる?どうする?二回転、いくの?みたいな」
「ははは、みんなすんごい顔でこっち見てたぞ」
笑って帽子を脱ぎながら直樹が言う。
「そりゃそうですよ、直前であんな風吹くなんて。ビビりますって」
まだ経験の浅い圭太がうらめしそうに直樹を見上げる。
「まあな。でもよくやったよ」
ポンッと圭太の肩を叩いてから、みんなもおつかれさん!と手を挙げて、直樹は颯爽と階段を下りて行った。
◇
「うははは、こりゃおもしろいわ」
「ちょっと由香、笑いすぎよ」
「だって見て、みんなの顔。圭太なんて半泣きじゃん」
ミーティングルームで、さっき撮ったばかりのフラッグショーの動画を見ながら、由香はおもしろそうに笑った。
みどりは真顔でたしなめる。
「そりゃそうなるわよ。だって直前よ?ほら、風車やってる途中にぶわって海風が吹き始めたんだもん。私も動画撮りながらハラハラしちゃった。あ、ちょっと手もぶれてるね」
「あー、私も実際見てみたかったわ」
まだ笑いが止まらない様子で由香が言う。
「ちょっともう!不謹慎な。みんな必死だったんだからね?」
「でも無事にクリアしたでしょ?やれば出来るんだって、みんな」
そう言ってもう一度画面に目をやった由香は、再び笑い始めた。
「あはは、直樹の合図に圭太ったら思わず頷いちゃってる。お、来るぞ来るぞ、はいそこでトス!おお無事にキャッチ!からの、ドヤ顔!」
あははと笑い続ける由香に、みどりは呆れて溜息をつく。
と、コンコンとドアをノックする音がした。
「はーい」
由香とみどりが顔を上げると、失礼します、と美桜が入ってきた。
ジャージ姿で、手にはファイルを持っている。
「お、美桜!お疲れ様。今日は色々あったね」
「あ、はい。このあとミーティングですよね?」
「ああ、いいや。あんたはもう上がりな」
「え?でも。バレンタインショーの話も、さっき途中で抜けちゃったし」
「いいっていいって。明日で充分間に合うから」
手をひらひらさせて由香が言うと、みどりも頷いた。
「美桜、今日はすごく疲れてるはずよ。ゆっくり休んで。ね?」
「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて、お先に失礼してもいいですか?」
「うんうん、また明日ねー」
由香とみどりは笑顔で美桜に手を振った。
◇
「ふう、ただいま」
テーブルに鞄を置くと、美桜はそのままベッドにボフッと顔から飛び込んだ。
(ああ、疲れた)
みどりの言った通り、体は思った以上に疲れていたようだ。
じわじわと全身に疲労感が漂っていく。
(あー、買い物、忘れちゃった)
帰りにスーパーに寄るはずが、すっかり忘れて帰って来てしまった。
これから行くのも、考えただけでうんざりする。
(ま、いいや。適当にパスタでも作ろ)
ふあーっとあくびをしながらキッチンへ行き、簡単にミートソースのスパゲティを作って食べる。
と、スマホにメッセージの着信があったことに気付く。
「あ、メイソンからだ!」
いそいそと開くと、送られてきたのは動画だった。
「みおさまーお元気ですか?」
そう言って手を振るメイソンの後ろで、護衛隊の皆も、ミオサマーと手を振っている。
「わー、みんな。元気だよー」
美桜も思わず画面に手を振る。
「あれからまた少し、練習しました。見てください」
メイソンがそう言ったあと、皆は一斉に走って列を作る。
メイソンが手拍子しながら号令を出すと、列は前に歩き出す。
と、思ったら手前から順に、タイミングをずらしながら後ろ歩きになる。
しばらくそのまま後ろに進んだ後、また前に歩き始めた。
全体としてみると、大きな波のような動きだ。
「わー、すごいすごい!列が綺麗ね。みんな
歩幅もきっちり揃ってる」
やがてウエーブは少しずつおさまり、また元の一列になって止まった。
「みおさまーどうですかー?」
メイソンと隊員達は、またカメラに向かって走ってきて、にこにこと手を振っている。
「どうやったらもっとうまくできますか?教えてください」
そう言った後、さようならーと手を振りながら、動画は終わった。
「あはは、みんな元気ね」
さっきまで疲れていた美桜も、なんだか元気が湧いてきた。
少し考えてから、早速返事の動画を撮ることにした。
「こんにちはー!メイソン、みんな、元気ですか?私も元気です!ビデオをありがとう!とっても上手くなっててびっくりしました。みんなのがんばりはすごいです。ビッグウェーブ、歩幅も揃っていてとても綺麗でした。後ろ向きに歩くの、難しいよね。ポイントは、前歩きから後ろ歩きに変わる時、体のラインは真っ直ぐにしたままにすること。後ろから前歩きに変わる時も同じね。体が前のめりになったり、後ろにのけ反ったりしないで常に真っ直ぐにして列を揃えてね。そうするとさらに予期せぬ動きになって、見ている人を驚かせられると思うの」
実際に体を横向きにして、身振り手振りを交えながら話す。
出来るだけ簡単な言葉で説明するつもりが、ついつい熱が入ってしまった。
(ま、いいか。クレアが通訳してくれるよね)
最後にもう一度カメラに近付いた。
「みんながどんどん上手になっていて、私もがんばらないとって思いました。またビデオ送ってね。楽しみにしています。みんな元気でねー」
手を振ってから録画を止める。
見直してみると、なんとも大げさな自分の動きが恥ずかしい。
「ま、いいか」
再び口癖のように繰り返し、美桜はそのままメイソンに送信して、スマホを置く。
「みんな生き生きしてたなあ。私もがんばろ!」
頷いて、ガッツポーズをしてみた。
さっきまでの疲れは、もう感じなかった。
◇
「はーい、じゃあ今から早速バレンタインショーの振り写しします」
レッスンルームに集まったメンバーを前に、由香が言う。
「まずはこの六人でショーを固めていきます。初日を迎えたら、もう一つのチームメンバーにもレッスンしていくので、まずはあなた達で無事に完成まで持っていってね」
「はい!」
六人は揃って返事をする。
ドリーミーバレンタイン、と名付けられた今年のショーは、舞台やダンサーの人数も今までとは違う初めてづくしということで、メンバーもある程度経験を積んだ六人が選ばれた。
美桜と巧、綾乃と智也、涼花と温人の三組だ。
十四日間の開催中、ずっとこのメンバーでやる訳にはいかないので、もうひとチーム作って怪我や欠勤に備える。
今日は一月二十三日。綾乃や涼花達が有給休暇を終えて戻ってきたこの日に、ショーの最初から最後まで、一通り踊れるようにならなくてはいけない。
なぜなら、一回目のリハーサルは、明日の早朝にあるからだ。
「まず頭からね。舞台上には大きなハートのモチーフの背景があって、その後ろに女子がスタンバイします。男子は舞台裏、階段を下りたところね。冒頭、音楽と照明でスタート、音楽が盛り上がったタイミングで、女子三人がハートの後ろから現れてフリーでポーズ!そう、そんな感じ」
由香の指示に合わせて、実際に動いてみながら進めていく。
「カウント八つ止まっててね。そのあとの踊り、いきまーす。左足からワンツースリーフォー、回ってポーズ、ツーツースリーフォー、ステップ、ターン。手の動き入れてもう一回」
鏡に映る自分と由香を見ながら、三人は振り付けを体に入れていく。
「オッケー。じゃあ曲かけてやってみよう。スタンバイの位置に戻って」
三人が床に貼ってある目印のテープの位置に戻ると、みどりが曲を流した。
「よく聴いててね。ここから数えて、ワンツースリーフォー、はい出ていってポーズ!オッケー、そのまま静止、はい次から動くよ。ワンツー、そうそう」
由香は、所々指示を出したり、振りを簡単に踊ったりしながら進めていく。
が、中盤になると、ん?と首をひねって、みどりに合図する。
曲が止まり、女子三人は由香を振り返った。
どこか悪いところがあったのだろうか。
「んー…、なんだろ。今のところもう一回やってみて。センターの美桜の後ろに二人が回って、そうそこから。いくよ、ワンツースリーフォー、あ!美桜!」
急に呼ばれて、美桜は驚いて由香を見る。
「はい!なんでしょう」
「ちょっとそのポーズ変じゃない?」
「え、これですか?」
お目当ての彼にチョコを渡したいけど、恥ずかしくて行けない、というシーンだった。
「なんだろう、可愛さがまるでない」
「え、そ、そんな」
真顔でずばっと由香に言われ、美桜は怯んだ。
「美桜先輩、こんな感じはどうですか?」
綾乃がそう言って、口元に両手でグーを作り、上目づかいでパチパチ瞬きしてみせた。
「おお、いいね。そんな感じ」
由香が言い、美桜は綾乃を真似してみた。
「こうかな?」
「あっはは!それなんか違う。洗濯物を嗅いで、生乾きくさーい!みたいな」
その場にいる皆がどっと笑い、美桜は反論する。
「えー、なんですかそれ。主婦みたいな」
「だってそんな感じなんだもん」
由香はまだ笑い続けている。
「じゃあ先輩、これは?」
また綾乃の真似をして、両手を真っ直ぐ下に伸ばして組み、ちょっと体をひねってみる。
「あはは、美桜、トイレ行きたいの?」
「もう!そんなんじゃないですって」
怒ってはみたものの、綾乃の可愛らしい仕草は、なぜか自分がやると全く違って見える。
「このショーは、女の子の可愛らしさがメインなのよ。ぶりっ子すぎる感じでいいくらい。美桜、女子高生の頃を思い出しなよ」
由香の言葉に美桜は、うーんと唸る。
「私、高校生の時もぶりっ子じゃなかったし」
「まあ、そうだろうね」
少し考えてから、由香はポンッと手のひらを打った。
「よし、じゃあポジション変更!センターは綾乃ね」
「ええー?私ですかー?」
びっくりする仕草がまさに可愛らしく、美桜は頷いて綾乃の肩に手を置いた。
「うん、適役だわ。あやちゃん、お願いね」
「ええー、出来る自信ないですう」
「大丈夫だって。ほら、相手役の智也もフォローしてくれるし。ね?智也」
そう言って智也を見ると、
「ええー?僕も自信ないですう。でもがんばろう!綾乃ちゃん」
と、アイドル顔で、綾乃と同じ口調で言う。
「ははは、まさに適役だわね」
由香は苦笑いしつつ頷いた。
◇
「うわー、外は寒いね。風が冷たい」
IDを見せながら従業員用の出口を出ると、美桜は思わず首をすくめた。
「ああ。この季節は体冷やさないように気を付けなよ」
隣の巧が、美桜の首にマフラーを掛ける。
「あったかーい。いいの?巧くんは?」
「俺は平気。ほら、このダウン首元まであるから」
「そっか。ありがとう」
二人は駅までの道を並んで歩き始めた。
「あ、そうだ。ごめんね、私のせいで巧くんもセンター下ろされちゃって」
美桜の同期だが、年齢は二つ上でダンスリーダーでもある巧は、常にショーのセンターを任されてきた。
「いや、全然構わないよ。俺もあの振り付けでセンター張る自信ない」
「確かに。巧くんのイメージじゃないね」
さっきの智也と綾乃の踊りを思い出して、思わず二人で苦笑いする。
「いやー、二人ともブリブリの甘々だったな」
「あはは、なにその表現。まあでも分かるけど」
「だろ?今回のショーはあの二人で決まりだな。俺らはそっと脇で見守ろうぜ」
「ふふ、そうね。きっと大成功よね」
すると、ふと思い出したように巧が話を切り出す。
「そう言えばさ、ホワイトデーのショー、由香先輩とみどり先輩のラフな振り付けの動画もらっただろ?」
バレンタインのショーよりもホワイトデーの方が振り写しに時間がかかるとみて、由香はすでにメンバーに、簡単に踊ったものを撮影して送っていた。
「あれ見てやっぱりさ、バレエは俺普段やらないからまずいなと思って、練習してたわけ。自分のレッスンの後に」
自分のレッスンというのは、巧がダンススタジオで受け持っているダンスレッスンのことだろう。
契約社員の美桜と違いフリーで活動している巧は、このパーク以外にも、週に二度ダンスインストラクターをしていたり、単発のイベントで踊ったりしている。
「スタジオで一人、動画見ながら踊ってたんだ。そしたら次のレッスンの先生が入って来たんだけど、よりによってバレエの先生でさ」
そこまで言って溜息をついた巧に、美桜はその後を想像出来て笑った。
「ダメ出し食らっちゃったと?」
そうなんだよ、と巧はげんなりしたように言う。
「あら、巧先生。一体それは何の踊りですか?まさかクラシックバレエとか言わないでしょうね」
体をくねらせ、裏声でその先生の真似をしているらしい巧に、美桜は思わず吹き出す。
「バレエの先生って、妙に厳しいよね。ジャズやヒップホップのレッスンは、とにかく楽しくテンション上げてって雰囲気なのに、バレエはある一定のレベルまでくると、急にレッスン厳しくなる気がする」
「そう!あれなんでだ?私達はあなた達の世界とは違うわ!みたいな。妙なプライド?」
「あはは、そこまで思ってるかは分からないけど。私も、最初に習ってた頃は優しかった先生が、ポアントクラスに上がったとたん、急に恐くなったのを覚えてる。バレエの厳しさも教えていくわよ、みたいな。あれって日本だけでなく、世界共通じゃない?」
「そうなのかもなあ。やっぱり違うんだろうな、伝統あるバレエの世界は」
そう言うと巧は、もう一度そのバレエの先生の真似を始めた。
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妙な動きと口調に、美桜は笑いが止まらなくなった。
「あー、おかしい。涙出て来ちゃった」
そう言って目元をぬぐった時だった。
ふいに後ろから、美桜ちゃんと呼ばれて振り返る。
「え…、誰?あ!仁くん!」
道路に停めてある黒い車の横で、上品なロングコートに身を包んだ仁が軽く手を挙げた。
「わあ、一瞬誰かと思っちゃった。そんな格好してるんだもん。どうしたの?こんな所で」
「うん、ちょっと仕事で近くまで来てさ。もしかして美桜ちゃん、帰る頃かなと思って」
そうなんだ、と普段とは違う仁の装いをまじまじと見ていると、じゃあ美桜、俺はここで、と後ろで巧の声がした。
「あ、うん。また明日ね。あ、待って。これ返さないと」
美桜は慌ててマフラーを取ろうとする。
「いいよ、明日で」
そう言うと巧は、仁に会釈をしてから、小走りに駅の階段を上がっていった。
◇
「わー、綺麗ね。ここからうちのパークの夜景が見えるなんて知らなかった」
窓の外に広がる煌めくパークを見ながら、美桜はうっとりとする。
「美桜ちゃんの職場のすぐ近くなのに?」
「あはは、そうね。灯台下暗し、だね」
あれから仁の車で近くのホテルへ移動し、最上階のレストランに入った。
久しぶりに美桜に会えて嬉しいはずが、仁はどうにもさっき美桜と一緒にいた男性の事が気になっていた。
美桜の隣の席に置かれた鞄の上には、彼が貸したであろうマフラーが載せられている。
(さわやかな青年だったな。美桜ちゃんも楽しそうに笑ってたし。はあ、なんだよ。俺のライバルはアレンだけじゃないのか?)
「どうかした?仁くん。溜息なんかついて」
パンをオリーブオイルにつけながら美桜が聞く。
なんでもないよ、と仁は首を振った。
「そう?ならいいけど。あ、昨日大学に行ったら絵梨ちゃんに会ったよ。卒業式、三人で写真撮ろうねって言ってた」
「ああ、うん。そうだね。そう言えば美桜ちゃん、アレンとは連絡取り合ってるの?」
仁は、気になることをズバッと聞いてみた。
「ううん、全然。お互いの連絡先も知らないしね」
「そうなんだ…って、え?そうなの?」
「うん。そうなの。だから全く。あ、メイソンとは時々やり取りしてるけど」
「ええ?メイソンと?」
しーっ、声が大きいよ、と美桜が人差し指を立て、ごめんと慌てて小声で謝る。
(なんだって?あのカタブツのメイソンと?信じられない。あいついつの間に…)
一体俺のライバルは何人いるんだ?と、仁は食事の手を止めてまた溜息をついた。
◇
やがて二月になり、ドリーミーバレンタインの初日を迎えた。
初めは緊張の面持ちだった綾乃と智也も、いざステージに立つと本領発揮とばかりに笑顔を振りまき、恋する二人を見事に演じてみせた。
終演後にダンサーが出口に立ち、出てくるカップルにチョコを渡すサプライズでは、笑顔で見つめ合うカップルから、素敵でした、楽しかったです!など、嬉しい言葉をかけられた。
綾乃と智也の周りには、記念写真を撮ろうとカップルが列を作っている。
巧と美桜は、そんな綾乃達を頼もしく見ていた。
評判も上々のうちに十四日間をやり抜き、今年のバレンタインショーは幕を閉じた。
◇
「今日からいよいよホワイトデーのレッスン本格始動!がんばるぞ!」
気合を入れて、美桜はレッスンルームのドアを開けた。
体をほぐしているとやがて巧がやって来て、いきなり、ごめん!と手を合わせる。
え、何が?と美桜は驚く。
「あのさ、今日からバレエの先生来るじゃん?それで俺、ちょっと前に由香先輩に聞かれたんだ。バレエ業界には特にツテもないから、うちのダンススタジオの先生に声掛けてみてもいいかって。いいですよーって軽く答えたら、なんとうちの先生オッケーしたんだって。だから今日から来るんだ、その…」
「ああ、例のダメ出し先生?」
「うん。すまん。覚悟してくれ」
「やだ、巧くんが謝ることじゃないでしょ。それにそんな大げさな。わざわざ私達の指導に来て下さるんだもん。ありがたいよ」
笑顔でそう言った美桜だったが、いざレッスンが始まると、そんな余裕は吹き飛んだ。
「美桜さん!アラベスクの足は綺麗に伸ばす!ポールドブラは丁寧に!背中はもっと反らす!軸足しっかりパッセはもっと高く!」
矢継ぎ早に繰り出されるダメ出しの嵐。
初日のレッスンが終わり、レッスンルームを後にする頃には、美桜はもうヨレヨレだった。
「いたたた、うっ筋肉痛が…」
「大丈夫か?美桜」
巧が見かねて肩を貸してくれる。
「ごめんな、やっぱりキツイだろ?あの先生」
「ううん。巧くん、私ね、追い込まれると火がつくタイプなの。今すんごい燃えてるの。最後まであの先生に食らいついていく。そして絶対ショーを最高のものにして見せるわよ」
「お、おお」
ガッツポーズで一点を見据える美桜は、今まで見たことがないほど気合に満ちており、巧はちょっとたじろいだ。
◇
三月一日。
厳しいレッスンを乗り越え、ようやく迎えたホワイトデーのショー初日。
美桜はいつになく緊張していた。
(大丈夫。あんなに練習したんだもん。あとは思い切りやるだけ)
舞台裏で待機しながら、大きく深呼吸する。
「本番一分前!」
みどりの声を聞いて、ダンサー六人が円陣を組む。
「いよいよ初日。今までやってきたことを信じて!俺達みんなで恋人達を夢の世界に!」
巧の掛け声に、皆でおお!と、観客に聞こえないように小声で叫ぶ。
いざ、今年のホワイトデーのショー“恋人達のホワイトローズ”は幕を開けた。
真っ白な衣裳で軽やかに踊る三人の女性。
そこに男性達も現れて、楽し気に皆で踊る。
ある男性は、愛する彼女と踊りたいが、勇気を出せずにいた。
やがて夜になり、男性は彼女が一人、月明かりの中美しく踊る姿を見かける。
息を呑むほどの美しい舞。
思わず歩み出た男性は、手にしていた白いバラを捧げて愛を告白する。
そっとバラを受け取り微笑む彼女。
やがて二人は見つめ合いながら、踊り始めた。
最後は、そんな二人を祝福するかの様に、皆で楽しく踊りフィナーレを迎える。
キラキラと雪のように舞い落ちる紙吹雪の中、美桜は巧にリードされながら、微笑んでお辞儀をする。
ふと一番後ろの客席を見ると、バレエの先生が感極まったように立ち上がって、大きな拍手を送ってくれていた。
美桜は隣の巧を見上げて笑いかけた。
「いやー、良かった。素晴らしかったわ。私、ダメ出ししようと思って見ていたのに、いつの間にかすっかり入り込んじゃって。ただただうっとりしてたわ。踊りって、技術の上手い下手だけじゃないのね。はー、素敵だった」
出口で白いバラを一輪ずつプレゼントしながらお見送りしていると、最後に出て来たバレエの先生は、興奮冷めやらぬ様子で美桜と巧にそう言った。
「先生のおかげです」
そう言って二人で先生にバラを手渡す。
(いつもは鬼のような先生が、今日は恋する乙女みたい)
美桜がそう思って頬を緩めた時だった。
「あとでじっくりビデオを見させてもらうわ。ダメ出しは、明日のレッスンでね」
そう言って立ち去る先生に、
(ああ、やっぱり先生は先生だ)
がくりと美桜はうなだれた。
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過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。
互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。
✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧
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