桜のティアラ〜はじまりの六日間〜

葉月 まい

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突然の再会

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 「はあー終わった。久しぶりの充実感!」
 
 美桜は外の空気を思い切り吸い込みながら、伸びをする。

 辺りはすっかり暗くなっていた。
 
 三月十四日。
 ショーは無事に千秋楽を終えた。

 初日から徐々にSNSなどで話題になり始め、十日を過ぎた頃には、整理券があっという間に配布終了となるほどだった。

 そこで特別に、ホワイトデー当日は二公演行われることになり、嬉しい悲鳴を上げながらようやくさっき無事に最後の公演を終えたところだった。

 (レッスンは厳しかったけど、おかげで自分も成長出来たし、これを機にバレエ続けようかな)
 
 そんな事を思いながら、駅までの道を歩いている時だった。

 ふいに黒塗りの車が、ぴたりと美桜の横で止まる。

 え?と身構えていると、スーッと窓が開き、見覚えのある顔が覗いた。

 「やあやあ、美桜ちゃん」
 
 にこやかに手を挙げているのは、どこからどう見てもジョージだ。

 「え、ええ?お父様?ど、どうしてここに?」
 「うん、ちょっとおいしい天ぷらを食べたくなってね」
 「て、天ぷら?天ぷらを食べに日本に?」
 「そう。銀座にいいお店があってね。美桜ちゃんも一緒に行かないかい?」
 
 すると運転席からメイソンが降りてきて、美桜にお辞儀をすると後部ドアを開けた。

 「わ!メ、メイソン」
 
 驚いてそれしか言えないでいると、ジョージが美桜に手招きする。

 「美桜ちゃん、早く乗りなよ」
 「あ、は、はい」
 
 もう何がなんだか。
 とにかく美桜は車に乗り込んだ。

 メイソンがドアを閉め、ゆっくりと車を走らせ始める。

 「高速道路使うとあっという間に銀座に着くよ」
 「そ、そうですか、あの」
 
 一体どうしてここに?と聞こうとして、あ、そうか天ぷらを食べにか、と一人で完結する。
 
 美桜が混乱している間に、ジョージの言葉通り、あっという間に店に着いた。

 「おいしいんだよ、ここの天ぷらは。ほら、美桜ちゃんもどんどん注文しなさい」
 
 カウンターに並んで座り、ジョージは美桜にメニューを見せる。

 「私はいつもの、おまかせコースにするよ。美桜ちゃんはどれがいい?」
 「あ、じゃあ私も同じものでお願いします」
 
 メニューを早々に閉じ、美桜はジョージに聞きたいことを頭の中で整理する。

 「えっと、お父様」
 「なんだい?」

 ゆったりとお茶を飲みながら、ジョージが美桜を見る。

 「あの、日本にはいつ来られたんですか?」
 「今朝着いたんだよ」
 「じゃあ、お帰りは?」
 「明日の午前の便だ」
 「ええ?たった一泊ですか?」
 「そうなんだよ、残念ながらねえ。仕方ない。アレン達には、スコットランドの友人の所に三日ほど行ってくると言ってあるからな」
 「えっ?日本に来たことは内緒なんですか?」
 「まあね。だって天ぷら食べに銀座に行くって言ったら、反対されそうなんだもん」
 「なんだもんって、まあ、そうでしょうけど」
 「それにね、美桜ちゃん」

 改まったようにジョージは美桜に向き合う。

 「美桜ちゃんが帰った後のパレスと言ったらもう!暗いのなんのって。アレンもグレッグも、全く頭が働かなくて仕事にならんし、クレアなんぞは、三分に一回溜息をついておる。だからね、私は家出したくなったんだ。プチ家出ってやつだな」
 「プチ家出…」
 
 その割には移動距離が半端ない。

 「まあ、メイソンだけはしっかりしておる。護衛隊達も式典に向けて頑張っておるようだしな。ボーナスを出してやらねば」

 (わー、やったねみんな!ボーナスだって)
 自分のことのように美桜は嬉しくなる。

 「そういう訳だよ。でも来て良かった。天ぷらはおいしいし、美桜ちゃんにも会えた。たった三日間でも、思い切って良かったよ」
 
 そう言うとジョージは、美桜に封筒を差し出した。

 「なんでしょう?」
 「まあいいから、開けてごらん」

 美桜は封筒を手に取った。

 隅に航空会社のロゴがあり、開くとイギリス行きのチケットが入っていた。

 日付は明日。
 名前の欄は…

 (Yoshino Mio? え?これって)
 
 自分の名前が書かれていることに驚いて、パッと顔を上げてジョージを見つめる。

 「美桜ちゃん。私は今回、行きたいと思って日本に来た。たとえ一泊三日でも関係ない。ただ行きたかった、それだけだ。来なければこの三日間は、いつもの普通の三日間になっていただろう。でもほんの少し思い切ったら、こんなに楽しい思いが出来た」
 
 そこまで言うとジョージは、まじまじと美桜を見つめる。

 「美桜ちゃんが行きたいと思うなら、その飛行機に乗ればいい。何日行けるかとか、そんなことは関係ない。ただ行きたい、その気持ちがあるならそれで充分だ」
 
 そして再び天ぷらを口に運ぶと、ジョージは満面の笑みを浮かべた。

 「ああ、おいしい!最高の気分だ」



 テーブルの上に置いたチケットを見つめたまま、美桜はずっと考え込んでいた。
 
 あの後、メイソンの運転でアパートの前まで送ってもらうと、
 「じゃあね、美桜ちゃん。お休み」
 と、いつもと変わらない笑顔でジョージは手を振った。

 (行ける訳ない。こんな急にイギリスなんて。仕事もあるし、大学だってまだ行かなきゃ)
 
 そう思っても、どうしてもあの時のジョージの言葉が頭から離れなかった。

 「ただ行きたい、その気持ちがあるならそれで充分だ」



 次の日の朝、美桜は出勤すると、オフィスに貼られたシフトを確認していた。

 (十時から十二時までミーティング…)
 
 ふと手に持っていたファイルに目を落とし、隙間に挟んであった封筒を取り出す。

 (フライトは十一時半。ミーティング中か)
 ふっと小さく息を吐く。

 お父様に申し訳ないな、そう思っていると、
 「おはようございまーす」
 と、綾乃が元気に入ってきた。

 「おはよう、あやちゃん」

 美桜は急いでチケットをしまうと、タイムカードを押した綾乃と一緒にオフィスを出た。
 
 ドレッシングルームで着替えた後、お茶でも淹れようとマグカップを持って立ち上がった時だった。

 「美桜ー、いる?」
 入口から由香が顔を覗かせた。

 「はい、なんでしょうか」
 「ごめーん、シフト変更。今から外に買い出しに行ってくれる?」
 「分かりました。文房具とかですか?」
 「ううん、違うの。着替えたらオフィスに来て。あ、直帰になるから、鞄も持ってね」
 
 はい、と返事しつつ首をひねる。

 (今から買い出しで直帰?そんなにかかる?)
 
 どこまで何を買いに行くのだろうと思いながら、荷物を持ってオフィスに行く。

 「準備出来ました。あの買い出しって…」
 「うん、あのね。紅茶とショートブレッドを買ってきて欲しいの。ほら、この間お土産でくれたでしょ?もうなくなっちゃったのよ」
 「…はい?」
 
 由香の言葉に、美桜は思わず間の抜けた返事をする。

 「いや、でも、あれはイギリスの…」
 「おいしかったわー。あれと同じものお願いね。はい、これ交通費」

 そう言って由香が差し出したものを見て、美桜は飛び上がりそうになった。

 「こ、こ、これ」
 
 そう言って、さっき立っていたシフト表の前を振り返る。

 (落としたんだ。あやちゃんが来て、急いでファイルにしまった時)

 「ねえ美桜。何があったのかは知らない。聞くつもりもない。でもね、あなたは行くべきよ。さっきシフト表の前で、どんな顔してたと思う?胸が張り裂けそうなくらい切ない顔だったわよ」

 いつもの口調ではなく、真剣にゆっくりと由香は美桜に話しかける。

 「あんな顔の美桜は初めて。美桜らしくない。だから行って。いつもの美桜を取り戻してきて。ね?こっちのことはなんとかなるから」
 「え、でも…」
 
 すると、それまで隣で黙って由香の言葉を聞いていたみどりが、美桜、と口を開く。

 「ねえ、さっき美桜がそのチケットを落として、それを由香が拾ったのって、運命だと思わない?だってあなたがチケットを落とさなければ、そのままここであなたはミーティングに参加していたでしょう?きっと、イギリスに行きなさいっていう神様のお告げよ」
 
 恋愛の神様のね、と小声で付け加えて、みどりは美桜に笑いかける。

 「さあ、急いで!羽田空港だから、今からでも間に合う。ほら!」

 由香に背中を押され、美桜は涙目で二人を振り返った。

 「由香先輩、みどり先輩」
 「帰ってきたら、全部ちゃんと話してね!楽しみにしてる、お土産話。あ、お土産もね」
 
 みどりはそう言うと、さあ!と美桜を促す。

 「ありがとうございます!」
 
 美桜は二人に深々とお辞儀をすると、くるりと向きを変えて走り出した。

 「行ってらっしゃーい!」
 由香とみどりは、大きな声で見送った。



 バタバタッと慌てて玄関から部屋に入ると、美桜は急いでクローゼットからボストンバッグを引っ張り出す。

 「えっとまずはパスポートでしょ。あとは着替えと、えーっとなんだ?」
 
 急ぐあまり、頭が働かない。

 もういいや!と半ば投げやりに荷造りを終える。

 いつも出勤する時に持っている鞄を持っていけば、そこに財布やスマホなども入っている。
 
 最後に火の元や電気を確認すると、美桜は家を飛び出した。

 駅までの道を走りながら、
 (行くんだ、行けるんだ、イギリスに!)
 自然と笑顔がこぼれ出した。



 「お客様、どなたかお探しですか?」
 
 キャビンアテンダントが、優しくジョージに話しかける。

 「ああ、いや。大丈夫だ」
 
 首を伸ばして飛行機の通路をキョロキョロ見回していたジョージは、慌てて前を向いた。

 (それはそうだ。無理な話だ。イギリスだぞ?そんな急に言われて来られるはずがない)
  
 ジョージはふうっと息を吐き出し、新聞を手に取って読み始めた。

 その時だった。

 「お客様。お連れの方がいらっしゃいました」
 
 先程のキャビンアテンダントが、再び優しく声をかけてきた。

 (なんだって?)
 ジョージは顔を上げた。

 あれだけさっきまで探していたのに、いざ目の前に現れると、幻かと思って瞬きをする。

 「来ました。ただイギリスに行きたくて…」
 
 息を切らせて美桜がそう言うと、ジョージは涙を堪えながら、うんうんと頷いた。
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