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結ばれる想い
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控え室に戻った新郎新婦のもとへ、伊沢は恵真や大和と一緒に挨拶に向かった。
「野中さん、彩乃さん。本日は誠におめでとうございました」
三人で改めてお祝いの言葉をかける。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうな。伊沢、佐倉、それに藤崎ちゃんも」
彩乃と野中が立ち上がってお礼を言う。
「いいえ。お二人の幸せそうな様子にこちらまで嬉しくなりました。本当におめでとうございました」
恵真はそう言うと、受付の芳名帳とご祝儀を渡す。
「ありがとう!恵真さん。良かったらこれを受け取ってくれる?」
彩乃が笑顔で差し出したのはブーケだった。
「えっ!これって…」
「カラードレスの時のブーケはブーケトスで使っちゃったけど、これはウェディングドレスの時のブーケなの。恵真さんに受け取って欲しくて」
「そんな…。こんな大切なものを頂く訳にはいきません」
「ううん。私が贈りたいの。ね?受け取って」
でも…と恵真が戸惑っていると、野中が口を開いた。
「藤崎ちゃん、受け取ってくれないか?俺が彩乃と結婚出来たのは、藤崎ちゃんのおかげなんだ」
「ええ?!どうしてですか?」
恵真は驚いて野中を見る。
「最初に彼女が俺の名前を覚えてくれたのは、あの『食事中の鳥』のPAだったんだって。それにロンドンのお土産も」
「それから、今日の会場もね」
「ああ、そうだな。藤崎ちゃんのおかげで、俺と彩乃はこんなにも幸せな時間を過ごせた。本当にありがとう」
「そんな、私は何も…」
恐縮する恵真に、彩乃がブーケを差し出す。
おずおずと受け取ると、彩乃が小さくささやいた。
「次は恵真さんの番ね!」
そしてにっこり恵真に笑いかけた。
◇
その後、皆が雑談しているうしろで、恵真はこっそりこずえにメッセージを送る。
『こずえちゃん、お疲れ様!今日の勤務は何時上がり?』
するとすぐに返事が来た。
『恵真、お疲れー。今日は朝から飛んでたから、もう上がりだよ。今、更衣室で着替えてる』
『そうなんだ!良かったら5階のカフェでお茶でも飲まない?』
『いいねー!行く行く』
『じゃあ、待ってるね』
恵真は、ふふっと笑ってスマートフォンをしまう。
(ラッキーだなー。やっぱり恋の神様が味方してくれてるのかな?)
そして伊沢に声をかけた。
「伊沢くん。このあと5階のカフェでお茶しない?」
「いいけど。お邪魔じゃないの?佐倉さんと二人で行ったら?」
「いいのいいの。あ、先に行っててくれる?あとですぐ追いかけるから」
「へ?ああ、うん。分かった」
「それと、これも持って行ってくれない?」
「ん?何これ」
「いいから。あとでね」
首をかしげる伊沢に強引に小さな手提げのペーパーバックを渡し、恵真は大和に、そろそろ行きましょうと声をかける。
「そうだな。それじゃあ、俺達はこの辺で」
「ああ。今日はありがとう。気をつけて帰れよ」
失礼しますと、恵真と伊沢もお辞儀をして部屋を出る。
「じゃあね、伊沢くん」
「え?ああ、うん。じゃあ先に行くね」
「うん。お疲れ様!」
恵真は笑顔で伊沢に手を振った。
◇
(なんなんだ?恵真のやつ。妙ににこにこして変な感じだったな。それにこの紙袋、なんだ?)
首をひねりながら、とにかく5階のカフェに入る。
コーヒーを注文してカウンターの席に座った。
(あ、テーブル席の方が良かったかな)
そう思って店内を振り返った時だった。
「伊沢?」
急に呼ばれて顔を上げると、入り口で驚いたようにこちらを見ているこずえがいた。
「え、こずえ?どうしたの?」
「どうしたって…。恵真と待ち合わせしてるんだけど。伊沢は?」
「俺も恵真を待ってる」
は?と、こずえは上ずった声で聞き返す。
「どういう事?」
「分からん」
二人はそれぞれスマートフォンを取り出した。
「あ、恵真からメッセージ来てる」
「俺もだ」
『こずえちゃーん。ハッピーバースデー!ごめんね、急に行けなくなっちゃったの。プレゼントは伊沢くんに渡してあるから受け取ってね。素敵なバースデーを!』
………はい?とこずえは目が点になる。
『伊沢くん、ごめん!急に行けなくなっちゃった。紙袋は、こずえちゃんに渡してくれる?』
………はい?と同じく伊沢も目が点になる。
「何がどうなってるの?」
「俺に聞かれても…。とにかく、これ」
「ああ、うん。ありがとう」
こずえは伊沢から受け取った紙袋の中から、小さなカードを取り出した。
開いて読み始めたこずえに、伊沢は、あーー!!と大きな声を出す。
「びっくりした。うるさいよ、伊沢」
「ご、ごめん!俺、すっかり忘れてて…。こずえ、今日誕生日だったな」
「いいよ、別に。私だってあんたの誕生日、何もしなかったんだから」
「え、俺の誕生日覚えてたの?」
「11月1日。ワンワンワンの日。やっぱりあんた、犬なの?」
「違うわ!」
「じゃあ、何その格好。今日は七五三?」
「違うって!」
とにかく飲み物買ってくるからと、伊沢はこずえを隣の席に促す。
「コーヒーでいい?」
「うん。ブラックね」
「知ってるよ」
伊沢がカウンターに注文しに行くのを見届けてから、こずえは恵真からのプレゼントを開けてみた。
入っていたのは、紺色のポーチとハンカチのセットだった。
どちらもゴールドの縁どりがしてあり、ワンポイントの飾りもゴールドのクロス。
シックで大人っぽい雰囲気で、フライトバッグに入れて持ち歩くのに良さそうだった。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
戻ってきた伊沢が、こずえの前にコーヒーを置いてから隣に座る。
「それ、恵真からのプレゼント?こずえに似合いそうだね」
「うん、気に入った。早速明日から使おうっと」
「そっか。俺も何か用意するよ。遅れてごめん」
「いいよ、わざわざ。私だって何も渡さなかったんだし」
いや、でも…と、伊沢は視線を落とす。
「俺、考えてみたらこずえに頼ってばっかりだったなと思って。何かある度に、すぐにこずえに電話してた。ごめんな、悪かった」
「え?何、急に」
「いや、あの…。この間さ、お前に言われた通り自分から行動しようと思って、CAさん達とステイ先で食事したんだよ。そしたら、これがまあ疲れるのなんのって。女の子の相手するのって、大変なんだな。俺、今までこずえに気軽に電話して悪かったなと思って」
「別にいいけど?」
「恵真に言われたんだ。こずえも女の子だって」
ぶっ!とこずえが吹き出す。
「あんた、私のこと男だと思ってたの?」
「違うって!でも改めて思ったんだ。こずえに頼り過ぎてたなって。俺に愚痴聞かされて、嫌だっただろ?ごめん」
ふーん…と、こずえは遠くに目をやって頬杖をつく。
「だから最近電話してこなかったの?」
「うん。こずえだって、自分の時間が大事だろ?それに彼氏出来てたら、申し訳ないし」
しばらく黙っていたこずえが、ゆっくりと口を開いた。
「私もさ、恵真に言われたんだ。伊沢は子犬じゃないって」
今度は伊沢が、ぶっ!と吹き出す。
「お前、いくら俺の誕生日がワンワンワンだからって、ほんとに犬だと思ってたのか?」
「犬だとは思ってないけど、子犬だとは思ってた」
「おんなじだろ!」
伊沢は、はあとため息をついて、目の前に広がる滑走路に目をやった。
「俺さ、本当に恋愛に向いてないんだと思う。告白とかした事ないし」
「知ってる。7年間もね」
「うぐ…。まあ、それはもういいとして。この先もさ、恋愛出来ない気がする。だから先に謝っておくよ。ごめん、こずえ。自分の幸せを探せって言ってくれたのにな」
こずえも同じように前を見ながら話す。
「私も、伊沢にはあれこれ言い過ぎたかなって反省してたんだ。あれからパタッと電話こなくなったから」
「言い過ぎなんて、そんな事ないよ」
「そう?でもどうして電話してこないのかなって、心配してた」
そう言うと、ねえ、とこずえはためらいながら切り出した。
「ん、何?」
「今日のこのシチュエーションも、恵真が企んだんじゃないかと思うんだ。私ね、恵真に、伊沢のことが気になるんじゃないの?って言われたから」
「そっか。俺も恵真に聞かれた」
「そうなの?」
「うん。誰と一緒に食事するなら楽しめる?悩み事は誰に相談したい?楽しい事があったら、誰に真っ先に聞いて欲しい?って。その時俺、こずえの顔が思い浮かんでさ。恵真はそれに気づかせようとして聞いてきたんだろうな」
こずえはじっと伊沢の横顔を見つめて、次の言葉を待つ。
「俺さ、こずえと話すのは全然疲れない。何でも話しやすいし楽しい。って事は…」
って事は?と、こずえは心の中で呟く。
「こずえと同じ性格の女の子を探せばいいって事か」
ガクッとこずえは肘を滑らせる。
「なんでそうなるの?あんた、アホ?」
「な、なんだよ!真面目に話してるのに」
「こずえと同じ性格の女の子って…。なんでこずえ本人をすっ飛ばすの?」
「こずえ本人?ああ、そうか。こずえも女の子だもんな。ははは!」
「ははは、じゃない!もうあんたはほんとに…。ねえ、そんなんでこの先どうやって生きていくの?私、捨て犬とか放っておけない性格なの。大丈夫?」
「え、まあ、多分…」
はあ、やれやれ…とため息をついてから、こずえは意を決したように声を張った。
「仕方ない、私があんたの人生引き受ける」
「は?」
「だから!私があんたについててあげるわよ。悩み事も、楽しい事も、全部真っ先に私に話したいんでしょ?だったら聞いてあげる。この先もずっとね」
こずえ…と伊沢はじっと見つめる。
「めちゃくちゃかっこいいな、こずえ。惚れるわ」
「はあー?もう、バカな事しか言わないんだから」
「いや。めちゃくちゃ嬉しいよ。この先もずっと、楽しく食事したり、悩み事聞いてもらったり、何でも真っ先に話していいんだろ?」
「だからそう言ってるじゃない」
「やったね!最高に幸せだわ、俺」
無邪気に笑う伊沢に、こずえはガラにもなく顔を赤らめる。
「…伊沢」
「ん?何?」
「今日の服装、めちゃくちゃかっこいいよ」
「だろー?今日さ、野中キャプテンの結婚披露宴だったんだ。俺、司会をやって…。あ!」
急に言葉を止めた伊沢に、こずえは首をかしげる。
「どうかした?」
「こずえ、ここ出よう」
「え?どうして?」
「お前の誕生日祝い!オシャレなレストランに行くぞ!」
そう言うとこずえの手を取り、カウンターチェアを降りる。
「ほら、早く!」
コーヒーカップを片付け、こずえと手を繋いだまま伊沢は歩き出す。
「ちょ、あんたはもう…。なんだってそう変わり身が早いのよ」
「だって、やっと彼女が出来たんだもん。嬉しくてさ」
満面の笑みを浮かべる伊沢に、こずえも思わず笑い出す。
「そっか。私もあんたがようやく幸せ見つけられて嬉しいよ」
「ありがとな、こずえ。末永くよろしく頼むよ」
「ふふ、こちらこそ」
二人は繋いだ手をわざと大きく振りながら、仲良く並んで歩き始めた。
◇
その頃、大和と恵真は屋上の展望デッキに来ていた。
「うわー、気持ちのいい青空」
「ああ、そうだな」
秋らしく高い空が広がり、風も心地良く吹いている。
フライトにはベストコンディションだ。
今日も多くの飛行機が、ここから飛び立っていくのだろう。
見下ろすと、滑走路に向けて地上走行している日本ウイング航空の機体があった。
「いつ見てもかっこいいな。うちの機体のスカイブルーのデザイン。お、離陸するぞ」
滑走路に正対した機体がエンジン推力を上げる。
「Runway 34 Right. Cleared for take off」
大和のセリフに恵真もクスッと笑って続ける。
「Roger. Runway 34 Right. Cleared for take off」
ゴーと音を立てて機体が一直線に滑走路を走り出した。
「Eighty」
「Checked」
恵真のコールに大和も応える。
そろそろ離陸決心速度に達する頃だ。
「V1」
次はローテーション速度。
「VR」
ゆっくりと機首が空へと引き上げられる。
「V2」
「Positive」
「Gear up」
大和がコールし「Roger. Gear up」と恵真が答えた時、ギアがゆっくりと格納され始めるが見えた。
「あはは!タイミング、バッチリだな」
「ほんと!」
二人で機体を見上げながら笑う。
「Contact Departure. Good day!」
「Roger. Contact Departure. Good day!」
美しいひねりを見せながら空の彼方へと小さくなる機体を、二人はしばらく見つめていた。
「恵真」
「はい」
やがて大和が恵真に向き合うと、恵真も改めて大和に向き直る。
胸元に抱えたブーケが恵真を華やかに彩り、柔らかい髪とラベンダーカラーのスカートが風にふわりと揺れた。
大和はしばしその美しさに見とれたあと、ゆっくりと口を開く。
「俺はずっと、飛行機のことばかり考えてきた。どんなに飛行機バカと言われても構わない。このまま一生恋人がいなくても、結婚出来なくてもいい。本気でそう思っていた。でもそんな俺の前に、奇跡のように素敵な人が現れたんだ。いつも真面目で飛行機のことばかり考えてる、俺に負けず劣らずの飛行機バカで…」
じっと耳を傾けていた恵真の顔が、だんだんぷーっと膨れてくる。
「流行りの洋服やドラマなんか興味もなくて、飛行機の話ばっかり。女子力なんて、もしかしたらほとんどないんじゃ…」
「ちょっと、大和さん?!」
あはは!ウソウソと、大和はふくれっ面の恵真に笑う。
そして右手でそっと恵真の左頬を包んだ。
「可愛くて健気で純粋で、一生懸命でひたむきで。泣き虫で甘えん坊だけど、操縦桿を握るとめちゃくちゃかっこいい。そして真っ直ぐに俺だけを見つめてくれる。そんな恵真に俺は出会えた。本当に奇跡のようだよ」
恵真は照れたようにふふっと笑う。
「私も、恋愛なんて全く興味がありませんでした。頭の中はいつも飛行機のことでいっぱいで。流行りの服もドラマも興味ないし、メイクなんてどうでもよくて。確かに女子力ゼロかも?ふふっ」
うつむいて笑ったあと、大和を見上げる。
「でも私も、心の底から信頼出来る素晴らしい人に出会えました。悩む私を力強く励まして導いてくれる、私の道標のような人。いつも私を守って抱きしめてくれる温かい人。大和さん、あなたと出会えた事は私にとって奇跡です」
大和は恵真に優しく微笑む。
「これからもずっと一緒にいよう。たくさん飛行機の話をして、たくさん愛し合って。世界一の飛行機バカップルを目指そう」
恵真は急に真顔になる。
「ええー?!バカップル?」
「あはは!嘘だって」
恵真の瞳を覗き込んで、大和は真剣に言葉を続けた。
「世界一、君を愛している。俺にとって君以上の人なんていない。結婚しよう、恵真」
恵真の瞳に涙が込み上げてくる。
「私も、世界で一番あなたが好きです。あなたのいないこの先の人生なんて考えられません。結婚してください、大和さん」
大和は優しく微笑んで頷くと、ポケットからリングケースを取り出した。
ビロードのロイヤルブルーのケースを、大和は恵真に向けてそっと開ける。
陽の光を浴びてキラキラとまばゆく輝くダイヤモンドリングに、恵真は驚いて息を呑んだ。
大和はリングを手に取ると、恵真の左手を下からすくい上げ、ゆっくりと薬指にはめた。
ピタリと馴染むエンゲージリングに、恵真は更に驚く。
「大和さん、いつの間にこんなに素敵な指輪を?どうしてこんなにサイズもピッタリなの?」
「ふふ、さあね?」
大和はサラッと笑顔でかわし、優しく恵真を抱きしめた。
「世界一君を幸せにするよ、恵真。二人で、世界一のパイロット夫婦になろう」
「はい、大和さん」
大和は恵真の頬に触れ、恵真の目元に浮かんだ涙を親指でそっと拭う。
その時、ゴーッという飛行機のエンジン音が聞こえてきた。
あ、離陸するよ!と誰かが声を上げる。
皆が飛行機に注目する中、大和は優しく恵真に口づけた。
幸せで胸をいっぱいにする二人を祝福するかのように、日本ウイング航空の美しい機体が二人の頭上を飛び立っていった。
「野中さん、彩乃さん。本日は誠におめでとうございました」
三人で改めてお祝いの言葉をかける。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうな。伊沢、佐倉、それに藤崎ちゃんも」
彩乃と野中が立ち上がってお礼を言う。
「いいえ。お二人の幸せそうな様子にこちらまで嬉しくなりました。本当におめでとうございました」
恵真はそう言うと、受付の芳名帳とご祝儀を渡す。
「ありがとう!恵真さん。良かったらこれを受け取ってくれる?」
彩乃が笑顔で差し出したのはブーケだった。
「えっ!これって…」
「カラードレスの時のブーケはブーケトスで使っちゃったけど、これはウェディングドレスの時のブーケなの。恵真さんに受け取って欲しくて」
「そんな…。こんな大切なものを頂く訳にはいきません」
「ううん。私が贈りたいの。ね?受け取って」
でも…と恵真が戸惑っていると、野中が口を開いた。
「藤崎ちゃん、受け取ってくれないか?俺が彩乃と結婚出来たのは、藤崎ちゃんのおかげなんだ」
「ええ?!どうしてですか?」
恵真は驚いて野中を見る。
「最初に彼女が俺の名前を覚えてくれたのは、あの『食事中の鳥』のPAだったんだって。それにロンドンのお土産も」
「それから、今日の会場もね」
「ああ、そうだな。藤崎ちゃんのおかげで、俺と彩乃はこんなにも幸せな時間を過ごせた。本当にありがとう」
「そんな、私は何も…」
恐縮する恵真に、彩乃がブーケを差し出す。
おずおずと受け取ると、彩乃が小さくささやいた。
「次は恵真さんの番ね!」
そしてにっこり恵真に笑いかけた。
◇
その後、皆が雑談しているうしろで、恵真はこっそりこずえにメッセージを送る。
『こずえちゃん、お疲れ様!今日の勤務は何時上がり?』
するとすぐに返事が来た。
『恵真、お疲れー。今日は朝から飛んでたから、もう上がりだよ。今、更衣室で着替えてる』
『そうなんだ!良かったら5階のカフェでお茶でも飲まない?』
『いいねー!行く行く』
『じゃあ、待ってるね』
恵真は、ふふっと笑ってスマートフォンをしまう。
(ラッキーだなー。やっぱり恋の神様が味方してくれてるのかな?)
そして伊沢に声をかけた。
「伊沢くん。このあと5階のカフェでお茶しない?」
「いいけど。お邪魔じゃないの?佐倉さんと二人で行ったら?」
「いいのいいの。あ、先に行っててくれる?あとですぐ追いかけるから」
「へ?ああ、うん。分かった」
「それと、これも持って行ってくれない?」
「ん?何これ」
「いいから。あとでね」
首をかしげる伊沢に強引に小さな手提げのペーパーバックを渡し、恵真は大和に、そろそろ行きましょうと声をかける。
「そうだな。それじゃあ、俺達はこの辺で」
「ああ。今日はありがとう。気をつけて帰れよ」
失礼しますと、恵真と伊沢もお辞儀をして部屋を出る。
「じゃあね、伊沢くん」
「え?ああ、うん。じゃあ先に行くね」
「うん。お疲れ様!」
恵真は笑顔で伊沢に手を振った。
◇
(なんなんだ?恵真のやつ。妙ににこにこして変な感じだったな。それにこの紙袋、なんだ?)
首をひねりながら、とにかく5階のカフェに入る。
コーヒーを注文してカウンターの席に座った。
(あ、テーブル席の方が良かったかな)
そう思って店内を振り返った時だった。
「伊沢?」
急に呼ばれて顔を上げると、入り口で驚いたようにこちらを見ているこずえがいた。
「え、こずえ?どうしたの?」
「どうしたって…。恵真と待ち合わせしてるんだけど。伊沢は?」
「俺も恵真を待ってる」
は?と、こずえは上ずった声で聞き返す。
「どういう事?」
「分からん」
二人はそれぞれスマートフォンを取り出した。
「あ、恵真からメッセージ来てる」
「俺もだ」
『こずえちゃーん。ハッピーバースデー!ごめんね、急に行けなくなっちゃったの。プレゼントは伊沢くんに渡してあるから受け取ってね。素敵なバースデーを!』
………はい?とこずえは目が点になる。
『伊沢くん、ごめん!急に行けなくなっちゃった。紙袋は、こずえちゃんに渡してくれる?』
………はい?と同じく伊沢も目が点になる。
「何がどうなってるの?」
「俺に聞かれても…。とにかく、これ」
「ああ、うん。ありがとう」
こずえは伊沢から受け取った紙袋の中から、小さなカードを取り出した。
開いて読み始めたこずえに、伊沢は、あーー!!と大きな声を出す。
「びっくりした。うるさいよ、伊沢」
「ご、ごめん!俺、すっかり忘れてて…。こずえ、今日誕生日だったな」
「いいよ、別に。私だってあんたの誕生日、何もしなかったんだから」
「え、俺の誕生日覚えてたの?」
「11月1日。ワンワンワンの日。やっぱりあんた、犬なの?」
「違うわ!」
「じゃあ、何その格好。今日は七五三?」
「違うって!」
とにかく飲み物買ってくるからと、伊沢はこずえを隣の席に促す。
「コーヒーでいい?」
「うん。ブラックね」
「知ってるよ」
伊沢がカウンターに注文しに行くのを見届けてから、こずえは恵真からのプレゼントを開けてみた。
入っていたのは、紺色のポーチとハンカチのセットだった。
どちらもゴールドの縁どりがしてあり、ワンポイントの飾りもゴールドのクロス。
シックで大人っぽい雰囲気で、フライトバッグに入れて持ち歩くのに良さそうだった。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
戻ってきた伊沢が、こずえの前にコーヒーを置いてから隣に座る。
「それ、恵真からのプレゼント?こずえに似合いそうだね」
「うん、気に入った。早速明日から使おうっと」
「そっか。俺も何か用意するよ。遅れてごめん」
「いいよ、わざわざ。私だって何も渡さなかったんだし」
いや、でも…と、伊沢は視線を落とす。
「俺、考えてみたらこずえに頼ってばっかりだったなと思って。何かある度に、すぐにこずえに電話してた。ごめんな、悪かった」
「え?何、急に」
「いや、あの…。この間さ、お前に言われた通り自分から行動しようと思って、CAさん達とステイ先で食事したんだよ。そしたら、これがまあ疲れるのなんのって。女の子の相手するのって、大変なんだな。俺、今までこずえに気軽に電話して悪かったなと思って」
「別にいいけど?」
「恵真に言われたんだ。こずえも女の子だって」
ぶっ!とこずえが吹き出す。
「あんた、私のこと男だと思ってたの?」
「違うって!でも改めて思ったんだ。こずえに頼り過ぎてたなって。俺に愚痴聞かされて、嫌だっただろ?ごめん」
ふーん…と、こずえは遠くに目をやって頬杖をつく。
「だから最近電話してこなかったの?」
「うん。こずえだって、自分の時間が大事だろ?それに彼氏出来てたら、申し訳ないし」
しばらく黙っていたこずえが、ゆっくりと口を開いた。
「私もさ、恵真に言われたんだ。伊沢は子犬じゃないって」
今度は伊沢が、ぶっ!と吹き出す。
「お前、いくら俺の誕生日がワンワンワンだからって、ほんとに犬だと思ってたのか?」
「犬だとは思ってないけど、子犬だとは思ってた」
「おんなじだろ!」
伊沢は、はあとため息をついて、目の前に広がる滑走路に目をやった。
「俺さ、本当に恋愛に向いてないんだと思う。告白とかした事ないし」
「知ってる。7年間もね」
「うぐ…。まあ、それはもういいとして。この先もさ、恋愛出来ない気がする。だから先に謝っておくよ。ごめん、こずえ。自分の幸せを探せって言ってくれたのにな」
こずえも同じように前を見ながら話す。
「私も、伊沢にはあれこれ言い過ぎたかなって反省してたんだ。あれからパタッと電話こなくなったから」
「言い過ぎなんて、そんな事ないよ」
「そう?でもどうして電話してこないのかなって、心配してた」
そう言うと、ねえ、とこずえはためらいながら切り出した。
「ん、何?」
「今日のこのシチュエーションも、恵真が企んだんじゃないかと思うんだ。私ね、恵真に、伊沢のことが気になるんじゃないの?って言われたから」
「そっか。俺も恵真に聞かれた」
「そうなの?」
「うん。誰と一緒に食事するなら楽しめる?悩み事は誰に相談したい?楽しい事があったら、誰に真っ先に聞いて欲しい?って。その時俺、こずえの顔が思い浮かんでさ。恵真はそれに気づかせようとして聞いてきたんだろうな」
こずえはじっと伊沢の横顔を見つめて、次の言葉を待つ。
「俺さ、こずえと話すのは全然疲れない。何でも話しやすいし楽しい。って事は…」
って事は?と、こずえは心の中で呟く。
「こずえと同じ性格の女の子を探せばいいって事か」
ガクッとこずえは肘を滑らせる。
「なんでそうなるの?あんた、アホ?」
「な、なんだよ!真面目に話してるのに」
「こずえと同じ性格の女の子って…。なんでこずえ本人をすっ飛ばすの?」
「こずえ本人?ああ、そうか。こずえも女の子だもんな。ははは!」
「ははは、じゃない!もうあんたはほんとに…。ねえ、そんなんでこの先どうやって生きていくの?私、捨て犬とか放っておけない性格なの。大丈夫?」
「え、まあ、多分…」
はあ、やれやれ…とため息をついてから、こずえは意を決したように声を張った。
「仕方ない、私があんたの人生引き受ける」
「は?」
「だから!私があんたについててあげるわよ。悩み事も、楽しい事も、全部真っ先に私に話したいんでしょ?だったら聞いてあげる。この先もずっとね」
こずえ…と伊沢はじっと見つめる。
「めちゃくちゃかっこいいな、こずえ。惚れるわ」
「はあー?もう、バカな事しか言わないんだから」
「いや。めちゃくちゃ嬉しいよ。この先もずっと、楽しく食事したり、悩み事聞いてもらったり、何でも真っ先に話していいんだろ?」
「だからそう言ってるじゃない」
「やったね!最高に幸せだわ、俺」
無邪気に笑う伊沢に、こずえはガラにもなく顔を赤らめる。
「…伊沢」
「ん?何?」
「今日の服装、めちゃくちゃかっこいいよ」
「だろー?今日さ、野中キャプテンの結婚披露宴だったんだ。俺、司会をやって…。あ!」
急に言葉を止めた伊沢に、こずえは首をかしげる。
「どうかした?」
「こずえ、ここ出よう」
「え?どうして?」
「お前の誕生日祝い!オシャレなレストランに行くぞ!」
そう言うとこずえの手を取り、カウンターチェアを降りる。
「ほら、早く!」
コーヒーカップを片付け、こずえと手を繋いだまま伊沢は歩き出す。
「ちょ、あんたはもう…。なんだってそう変わり身が早いのよ」
「だって、やっと彼女が出来たんだもん。嬉しくてさ」
満面の笑みを浮かべる伊沢に、こずえも思わず笑い出す。
「そっか。私もあんたがようやく幸せ見つけられて嬉しいよ」
「ありがとな、こずえ。末永くよろしく頼むよ」
「ふふ、こちらこそ」
二人は繋いだ手をわざと大きく振りながら、仲良く並んで歩き始めた。
◇
その頃、大和と恵真は屋上の展望デッキに来ていた。
「うわー、気持ちのいい青空」
「ああ、そうだな」
秋らしく高い空が広がり、風も心地良く吹いている。
フライトにはベストコンディションだ。
今日も多くの飛行機が、ここから飛び立っていくのだろう。
見下ろすと、滑走路に向けて地上走行している日本ウイング航空の機体があった。
「いつ見てもかっこいいな。うちの機体のスカイブルーのデザイン。お、離陸するぞ」
滑走路に正対した機体がエンジン推力を上げる。
「Runway 34 Right. Cleared for take off」
大和のセリフに恵真もクスッと笑って続ける。
「Roger. Runway 34 Right. Cleared for take off」
ゴーと音を立てて機体が一直線に滑走路を走り出した。
「Eighty」
「Checked」
恵真のコールに大和も応える。
そろそろ離陸決心速度に達する頃だ。
「V1」
次はローテーション速度。
「VR」
ゆっくりと機首が空へと引き上げられる。
「V2」
「Positive」
「Gear up」
大和がコールし「Roger. Gear up」と恵真が答えた時、ギアがゆっくりと格納され始めるが見えた。
「あはは!タイミング、バッチリだな」
「ほんと!」
二人で機体を見上げながら笑う。
「Contact Departure. Good day!」
「Roger. Contact Departure. Good day!」
美しいひねりを見せながら空の彼方へと小さくなる機体を、二人はしばらく見つめていた。
「恵真」
「はい」
やがて大和が恵真に向き合うと、恵真も改めて大和に向き直る。
胸元に抱えたブーケが恵真を華やかに彩り、柔らかい髪とラベンダーカラーのスカートが風にふわりと揺れた。
大和はしばしその美しさに見とれたあと、ゆっくりと口を開く。
「俺はずっと、飛行機のことばかり考えてきた。どんなに飛行機バカと言われても構わない。このまま一生恋人がいなくても、結婚出来なくてもいい。本気でそう思っていた。でもそんな俺の前に、奇跡のように素敵な人が現れたんだ。いつも真面目で飛行機のことばかり考えてる、俺に負けず劣らずの飛行機バカで…」
じっと耳を傾けていた恵真の顔が、だんだんぷーっと膨れてくる。
「流行りの洋服やドラマなんか興味もなくて、飛行機の話ばっかり。女子力なんて、もしかしたらほとんどないんじゃ…」
「ちょっと、大和さん?!」
あはは!ウソウソと、大和はふくれっ面の恵真に笑う。
そして右手でそっと恵真の左頬を包んだ。
「可愛くて健気で純粋で、一生懸命でひたむきで。泣き虫で甘えん坊だけど、操縦桿を握るとめちゃくちゃかっこいい。そして真っ直ぐに俺だけを見つめてくれる。そんな恵真に俺は出会えた。本当に奇跡のようだよ」
恵真は照れたようにふふっと笑う。
「私も、恋愛なんて全く興味がありませんでした。頭の中はいつも飛行機のことでいっぱいで。流行りの服もドラマも興味ないし、メイクなんてどうでもよくて。確かに女子力ゼロかも?ふふっ」
うつむいて笑ったあと、大和を見上げる。
「でも私も、心の底から信頼出来る素晴らしい人に出会えました。悩む私を力強く励まして導いてくれる、私の道標のような人。いつも私を守って抱きしめてくれる温かい人。大和さん、あなたと出会えた事は私にとって奇跡です」
大和は恵真に優しく微笑む。
「これからもずっと一緒にいよう。たくさん飛行機の話をして、たくさん愛し合って。世界一の飛行機バカップルを目指そう」
恵真は急に真顔になる。
「ええー?!バカップル?」
「あはは!嘘だって」
恵真の瞳を覗き込んで、大和は真剣に言葉を続けた。
「世界一、君を愛している。俺にとって君以上の人なんていない。結婚しよう、恵真」
恵真の瞳に涙が込み上げてくる。
「私も、世界で一番あなたが好きです。あなたのいないこの先の人生なんて考えられません。結婚してください、大和さん」
大和は優しく微笑んで頷くと、ポケットからリングケースを取り出した。
ビロードのロイヤルブルーのケースを、大和は恵真に向けてそっと開ける。
陽の光を浴びてキラキラとまばゆく輝くダイヤモンドリングに、恵真は驚いて息を呑んだ。
大和はリングを手に取ると、恵真の左手を下からすくい上げ、ゆっくりと薬指にはめた。
ピタリと馴染むエンゲージリングに、恵真は更に驚く。
「大和さん、いつの間にこんなに素敵な指輪を?どうしてこんなにサイズもピッタリなの?」
「ふふ、さあね?」
大和はサラッと笑顔でかわし、優しく恵真を抱きしめた。
「世界一君を幸せにするよ、恵真。二人で、世界一のパイロット夫婦になろう」
「はい、大和さん」
大和は恵真の頬に触れ、恵真の目元に浮かんだ涙を親指でそっと拭う。
その時、ゴーッという飛行機のエンジン音が聞こえてきた。
あ、離陸するよ!と誰かが声を上げる。
皆が飛行機に注目する中、大和は優しく恵真に口づけた。
幸せで胸をいっぱいにする二人を祝福するかのように、日本ウイング航空の美しい機体が二人の頭上を飛び立っていった。
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