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ハネムーンフライト
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そして3月1日。
ハネムーンフライトの日がやって来た。
ブリーフィングを終えてフライトバッグを手にした恵真と大和は、集まった大勢の見送りの社員達に驚く。
「佐倉くん、藤崎くん。ハネムーンフライト、よろしく頼むよ」
そう声をかけてきたのは、なんと副社長だった。
ひえーと恵真が仰け反る横で、大和が涼しい顔で応える。
「はい。いつも通りお客様の安全第一で参ります」
「ああ。行ってらっしゃい」
他の社員達も口々に、行ってらっしゃい!良いフライトを!と声をかけてくれる。
「行って参ります」
二人でお辞儀をしてからシップへ向かう。
その途中も、グランドスタッフやすれ違うCA達から、
「いよいよですね、お気をつけて!」
「行ってらっしゃい!」
と笑顔で見送られ、恵真はペコペコしながらシップに乗り込んだ。
整備士から受け取ったエアクラフト・ログに大和がサインをしてシップを引き継ぐ。
CAとの合同ブリーフィングで、
「機長の佐倉です」と言う大和に続いて、恵真も「副操縦士の藤崎です」と頭を下げた。
「あら?今日は副操縦士も佐倉さんですよね?」
チーフパーサーにそう言われて、恵真はタジタジになる。
ふと気づくとCA達の胸元には、ハートの赤いバッジとハイビスカスの花が1輪飾られていた。
「本日はハネムーンフライトですからね。客室も明るい雰囲気で参りたいと思います」
にっこり笑うチーフパーサーに、大和も頷く。
「お客様にとって一生に一度のハネムーンが、思い出深く素晴らしいものとなるよう、皆で協力し合い最善を尽くしましょう」
「はい!」
心を一つにして皆で頷いた。
♢
「JW 186. Wind 120 at 10. Runway16 Right. Cleared for takeoff」
全ての離陸準備が整い、やがてタワーの管制官から離陸許可が伝えられた。
「Runway16 Right. Cleared for takeoff. JW 186」
恵真がリードバックを終えると、大和が気合いを入れて声をかける。
「よし、行こう。Cleared for takeoff」
「はい、お願いします。Cleared for takeoff」
ゆっくりと機体が動き出し、オートスロットルのモードが変わる。
機体は滑走路の上をどんどん加速して走り続け、エンジン推力を表す指標が離陸推力まで達した。
恵真は「Thrust Set」とコールする。
対気速度計が80ノットに達した。
「Eighty」
「Checked」
恵真のコールに大和が応える。
やがて離陸決心速度に達した。
「V1」
この先はもう飛び立つしかない。
大和の右手がスラストレバーから離れた。
「VR」
ゆっくりと大和が操縦桿を引き、機首が空へと引き上げられる。
「V2」
安全離陸速度に入り、昇降計の上昇指示を確認した恵真は、さらに「Positive」とコールする。
「Gear up」
「Roger. Gear up」
ギアが無事に格納されたのをチェックすると、管制官から交信が入った。
「JW 186. Contact Departure. Good day!」
「Contact Departure, JW 186. Good day!」
無事に巡航に入り、ホッとひと息つくと、大和が軽く恵真に声をかけてきた。
「恵真、PA入れる?」
「どどど、どうしてですか?キャプテンが入れてください。お願いします。I have」
そんなに勢い良く拒まなくても…と、大和は苦笑いする。
「分かったよ。You have」
そして何を言おうかと、大和はしばし思案した。
「ご搭乗の皆様に、コックピットよりご案内申し上げます。
本日はJWA186便 羽田発ホノルル行きハネムーンフライトにご搭乗頂き、誠にありがとうございます。
当機はただ今、順調に飛行を続けております。
途中、気流の影響で少々揺れることが予想されますが、どうぞご安心ください。
機長の佐倉 大和、副操縦士の佐倉 恵真の新米夫婦が、皆様を安全にホノルルまでお送り致します。
あ、新米なのは夫婦として、だけですのでご心配なく。
また本日は、たくさんの新婚旅行のカップルにご搭乗頂いております。
人生においても、空と同じように、時には雨の降る日もあるでしょう。
しかし雨が上がれば、虹の架かったきれいな青空が広がります。
この先どんな困難が訪れても、必ず空は晴れると信じて、二人で手を取り合い乗り越えていきましょう。
コックピットより、皆様のご多幸を心よりお祈り致します。
それでは皆様、この先もごゆっくり空の旅をお楽しみください。
We hope you enjoy the flight with us.
Thank you.
Have a good day !」
キャビンから、かすかにざわめきと拍手が聞こえてきた。
大和は恵真に、ふっと微笑みかける。
恵真も大和を見つめて微笑んだ。
(たとえこの先の未来にどんな事があったとしても、雨に打たれる辛い日々が続いたとしても。
あなたと一緒なら乗り越えられる。
大和さんと一緒なら信じられる。
『止まない雨はない、必ず空は晴れる』と)
恵真は目の前に広がる青空に、輝く未来を見たような気がした。
♢
「シップ、全てOKです」
「了解。じゃあ降りようか」
「はい。お疲れ様でした」
無事にホノルルのダニエル・K・イノウエ国際空港に着陸して全ての乗客を降ろしたあと、コックピットのドアを開けた大和と恵真は、目の前にCA達が集まっているのを見て目を丸くする。
「え、ど、どうしました?」
「佐倉さんご夫妻、ハネムーンフライトお疲れ様でした!」
お疲れ様でした!と皆が笑顔で口を揃える。
「あ、ありがとう、ございます」
二人で戸惑いながらお辞儀をする。
「これはハネムーンフライトにご搭乗頂いた新婚カップルへのプレゼントです」
ベテランのCAがそう言って、にこやかに小さなくまのぬいぐるみを二つ差し出した。
「わあ、可愛い!」
恵真は笑顔で受け取る。
タキシードとウェディングドレスを着たペアのぬいぐるみは、この便のカップルだけに贈られる特別仕様のものだった。
「それから、はい!こちらが当便のハネムーンフライト搭乗証明書でございます」
「はあ。これが噂の…」
二つ折りで厚みのあるスカイブルーの台紙を受け取った大和が、中を開いてみる。
………………………………………………
『JWA ハネムーンフライト搭乗証明書』
2024年3月1日
日本ウイング航空 186便
羽田発ーホノルル行き
お二人がこのフライトで 人生の新たな旅に飛び立たれました事をここに証します
日本ウイング航空
機長 佐倉 大和
副操縦士 佐倉 恵真
………………………………………………
そして名前の横には、それぞれ大和と恵真のサインがプリントされていた。
「ひゃあ!こ、これがお客様に配られたのですか?」
恵真が驚いて尋ねる。
「ええ。皆様、とても喜んでいらっしゃいましたよ。キャプテンのPAも素敵でしたし、お客様の笑顔が溢れたフライトでした」
「私達も、この便に乗務出来て幸せでした」
「ありがとうございました!」
拍手が起こり、大和と恵真は照れて顔を見合わせた。
「こちらこそ、ありがとうございました。私達にとっても、とても思い出深いフライトになりました。これからもよろしくお願い致します」
大和と共に、恵真も深々と頭を下げる。
「改めて、ご結婚おめでとうございます!佐倉キャプテン、恵真さん」
「ホノルルでは、束の間の新婚気分を味わってくださいね」
「私達、ラブラブなお二人を見かけても決してお邪魔は致しません!」
あはは!と皆が笑い出す。
思いがけず幸せな気分になり、大和と恵真も微笑んで頷いた。
♢
「いやー、何が何だかまだ不思議な気分だけど。とにかく無事に終わって良かったな、ハネムーンフライト」
「そうですね。一体どんなフライトなのかと身構えましたけど、いつも通りに運航出来て良かったです」
フライトバッグを引きながら、二人はホテルの部屋へと向かっていた。
「それにしても、ステイ先のホテルは1部屋でいいですよね?なんて…。ちゃっかり節約出来て、会社としてはいいよな」
「ふふ、確かにそうですね」
部屋番号を確かめてドアの前に立つと、大和はルームカードをかざす。
ピッとランプがグリーンに変わり、大和がドアを押し開けた。
「え、ええー?!」
急に大きな声を上げる大和に驚いて、何事かと恵真もうしろから部屋の中を覗き込む。
「えええーー?!」
大和よりも更に大きな声で恵真も驚く。
「こ、このお部屋…」
広々としたリビングルームには、ふかふかのソファ。
その横には大きなダイニングテーブルがあり、豪華な花とフルーツの盛り合わせが置かれていた。
奥のテラスからは、ワイキキの青い海と空がパノラマ写真のように広がっている。
そして大きなキングサイズベッドの上には、プルメリアの花を並べてハートが描かれていた。
「これは、ハネムーンカップルの為のお部屋?」
「だろうな。いやー、会社も粋な事してくれるねー」
「大和さんったら。さっきは、ちゃっかり節約して、なんて言ってたのに」
「あはは!そうだな、悪かったよ。前言撤回。有り難く新婚気分を味わわせてもらおう」
「うふふ、はい」
二人はパイロットの制服をクローゼットに掛け、ハワイらしい装いに着替える。
「恵真、可愛いな、その花柄のワンピース」
「ふふ、ありがとうございます。前にホノルルに飛んだ時に買ったの」
恵真はハイビスカスが描かれたノースリーブのワンピースを見下ろす。
「じゃあその格好でクルーと食事とか行ったの?」
「はい、キャプテンと。それがなあに?」
「なあに?じゃない!恵真、そんな格好で男と食事に行ったらダメだ!」
「男って…。キャプテンと食事しただけですよ?それにハワイなんだもの。スーツとか着る訳にいかないし」
そうだけど…と大和は釈然としない。
「大和さん?せっかく二人でハワイにいるんだから、楽しみたいの。お出かけしたらダメ?」
上目遣いに顔を覗き込まれ、大和は途端にデレッとなる。
「そうだよな。よし、恵真。早速出かけよう!」
「うん!」
恵真は嬉しそうに大和の手を繋ぐ。
「お?いつもは誰かに見られるかもって嫌がるのに、今日はいいのか?」
「うん!だって大和さんは、もう私の旦那様なんだもん」
ホテルの廊下を歩きながら、ふふっと無邪気に笑う恵真に、大和は堪らずキスをする。
「え、ちょっ!それはダメ!」
「どうして?もう見られてもいいんでしょ?」
「そういう意味じゃないの!」
誰かに見られなかったか、慌ててキョロキョロする恵真に、大和は笑い出す。
「恵真。ここはハワイだ。キスくらいみんなしてる」
「そんな、してませんよ」
「いいや、してる!じゃあ、誰かがキスしてるのを見かけたら、その度に俺もするからな」
するからなって…。なぜそんなに強気?と、恵真は呆れ顔になる。
「それでどこに行きたい?どうせいつもステイでは、その辺ランニングして部屋に籠ってたんだろう?」
「そうなの。だから今日はシーライフ・パークに行きたい!」
「よし、決まりな」
二人はフライトの疲れも忘れて、デートを楽しむ。
イルカに目を輝かせる恵真の横顔を、大和は優しく見つめて幸せな気分になる。
そして、
「あ!今あのカップル、キスしたぞ!」
と言っては、チュッと恵真にキスをした。
「もう!大和さん。わざとカップル探してるでしょ?」
「探してませんよー。ほら、恵真。お土産は?イルカのぬいぐるみ、欲しくないの?」
「欲しい!」
幸せを噛みしめながら、二人はたくさんのお土産を手にホテルに戻る。
せっかくテラスからの夜景がきれいだからと、夕食はルームサービスを頼んだ。
誰にも邪魔されずに二人の時間を過ごす。
「ねえ、大和さん」
夕食のあと、しばらくテラスから二人で海を眺めていると、恵真がふと大和に声をかけた。
「どうしましょう、あれ」
ん?と大和が恵真の視線の先を追うと、恵真はじっとベッドを見ていた。
「え、もうベッドに行きたいの?なーんだ、それならそうと…」
「ち、違いますってば!」
肩を抱き寄せようとする大和を、恵真は真っ赤になって押し返す。
「あのお花!プルメリアのハートの飾りが素敵だから、崩したくなくて。私、ソファで寝ようかな…」
「ダメ!そんなの絶対ダメだからな!」
「でも…」
すると大和は、急に恵真を抱き上げた。
「ひゃあ!何?」
大和は恵真を抱きかかえたままベッドに近づくと、片膝を花のギリギリ近くに付き、ハートの中に恵真を座らせた。
「わあ!素敵…」
周りをハートで囲まれた恵真は、うっとりとプルメリアの花に見とれている。
大和はそんな恵真を写真に収めた。
やがて大和はベッドの端に腰掛けて、恵真に笑いかけながら手を差し出す。
「お花の国のお姫様。僕と結婚してくれませんか?」
「ふふふ、はい。私と結婚してください、王子様」
恵真が大和に手を重ねると、大和はその手を引いて顔を寄せ、恵真に優しく口づけた。
「恵真」
「なあに?」
「やっぱり結婚式挙げよう。なるべく早く」
え?と恵真は、思わず大和の顔を見つめる。
入籍した時、大和に結婚式について聞かれた恵真は、式は挙げなくていいと伝えていた。
恵真としては結婚出来ただけで充分幸せだったし、結婚式の準備に時間を割いて、大和の負担になってはいけないと思っていた。
「恵真。俺がどうしても結婚式を挙げたいんだ。恵真のウェディングドレス姿を見てみたい。幸せそうに微笑む恵真の姿を」
今だってこんなに可愛いんだ。
ウェディングドレスを着たら、きっともっと…。
「お願いだ、恵真。俺と結婚式を挙げてくれないか?」
恵真は、しばらくじっと考え込む。
「でも、準備が大変で大和さんの負担にならない?お仕事だって大変なのに」
「どうして負担なんだ?恵真との結婚式だぞ?準備するのも楽しいに決まってる」
「そう、かな…」
「そうだよ。恵真、俺に一番輝いてる恵真の姿を見せてくれないか?とびきりきれいな恵真を。そして、最高に幸せな瞬間を一緒に分かち合いたい。君を必ず幸せにすると、心に刻み込む瞬間を」
恵真は少しうつむいてから、顔を上げて微笑んだ。
「はい。私も大和さんのとびきりかっこいい姿を見たいです。そして、必ず大和さんと一緒に幸せになるって、心に誓い合いたいです」
「恵真…」
大和は腕を伸ばして恵真を抱きしめる。
「すぐに探そう。恵真に似合うドレスとチャペルを」
恵真は涙ぐみ、大和の首に腕を回して頬を寄せる。
「こんなに幸せでいいの?私」
「当たり前だ。もっともっと幸せにしてみせるよ」
恵真の涙をそっと指で拭い、大和は何度も優しくキスをする。
「恵真。心から君を愛してる」
「私も。あなたを誰よりも愛しています、大和さん」
二人は見つめ合って微笑んだ。
プルメリアの花がちりばめられたベッドで大和に抱かれ、恵真は身体中に幸せが広がるのを感じた。
いつの間にか空には星が瞬き、月明かりが優しく二人に降り注いでいた。
ハネムーンフライトの日がやって来た。
ブリーフィングを終えてフライトバッグを手にした恵真と大和は、集まった大勢の見送りの社員達に驚く。
「佐倉くん、藤崎くん。ハネムーンフライト、よろしく頼むよ」
そう声をかけてきたのは、なんと副社長だった。
ひえーと恵真が仰け反る横で、大和が涼しい顔で応える。
「はい。いつも通りお客様の安全第一で参ります」
「ああ。行ってらっしゃい」
他の社員達も口々に、行ってらっしゃい!良いフライトを!と声をかけてくれる。
「行って参ります」
二人でお辞儀をしてからシップへ向かう。
その途中も、グランドスタッフやすれ違うCA達から、
「いよいよですね、お気をつけて!」
「行ってらっしゃい!」
と笑顔で見送られ、恵真はペコペコしながらシップに乗り込んだ。
整備士から受け取ったエアクラフト・ログに大和がサインをしてシップを引き継ぐ。
CAとの合同ブリーフィングで、
「機長の佐倉です」と言う大和に続いて、恵真も「副操縦士の藤崎です」と頭を下げた。
「あら?今日は副操縦士も佐倉さんですよね?」
チーフパーサーにそう言われて、恵真はタジタジになる。
ふと気づくとCA達の胸元には、ハートの赤いバッジとハイビスカスの花が1輪飾られていた。
「本日はハネムーンフライトですからね。客室も明るい雰囲気で参りたいと思います」
にっこり笑うチーフパーサーに、大和も頷く。
「お客様にとって一生に一度のハネムーンが、思い出深く素晴らしいものとなるよう、皆で協力し合い最善を尽くしましょう」
「はい!」
心を一つにして皆で頷いた。
♢
「JW 186. Wind 120 at 10. Runway16 Right. Cleared for takeoff」
全ての離陸準備が整い、やがてタワーの管制官から離陸許可が伝えられた。
「Runway16 Right. Cleared for takeoff. JW 186」
恵真がリードバックを終えると、大和が気合いを入れて声をかける。
「よし、行こう。Cleared for takeoff」
「はい、お願いします。Cleared for takeoff」
ゆっくりと機体が動き出し、オートスロットルのモードが変わる。
機体は滑走路の上をどんどん加速して走り続け、エンジン推力を表す指標が離陸推力まで達した。
恵真は「Thrust Set」とコールする。
対気速度計が80ノットに達した。
「Eighty」
「Checked」
恵真のコールに大和が応える。
やがて離陸決心速度に達した。
「V1」
この先はもう飛び立つしかない。
大和の右手がスラストレバーから離れた。
「VR」
ゆっくりと大和が操縦桿を引き、機首が空へと引き上げられる。
「V2」
安全離陸速度に入り、昇降計の上昇指示を確認した恵真は、さらに「Positive」とコールする。
「Gear up」
「Roger. Gear up」
ギアが無事に格納されたのをチェックすると、管制官から交信が入った。
「JW 186. Contact Departure. Good day!」
「Contact Departure, JW 186. Good day!」
無事に巡航に入り、ホッとひと息つくと、大和が軽く恵真に声をかけてきた。
「恵真、PA入れる?」
「どどど、どうしてですか?キャプテンが入れてください。お願いします。I have」
そんなに勢い良く拒まなくても…と、大和は苦笑いする。
「分かったよ。You have」
そして何を言おうかと、大和はしばし思案した。
「ご搭乗の皆様に、コックピットよりご案内申し上げます。
本日はJWA186便 羽田発ホノルル行きハネムーンフライトにご搭乗頂き、誠にありがとうございます。
当機はただ今、順調に飛行を続けております。
途中、気流の影響で少々揺れることが予想されますが、どうぞご安心ください。
機長の佐倉 大和、副操縦士の佐倉 恵真の新米夫婦が、皆様を安全にホノルルまでお送り致します。
あ、新米なのは夫婦として、だけですのでご心配なく。
また本日は、たくさんの新婚旅行のカップルにご搭乗頂いております。
人生においても、空と同じように、時には雨の降る日もあるでしょう。
しかし雨が上がれば、虹の架かったきれいな青空が広がります。
この先どんな困難が訪れても、必ず空は晴れると信じて、二人で手を取り合い乗り越えていきましょう。
コックピットより、皆様のご多幸を心よりお祈り致します。
それでは皆様、この先もごゆっくり空の旅をお楽しみください。
We hope you enjoy the flight with us.
Thank you.
Have a good day !」
キャビンから、かすかにざわめきと拍手が聞こえてきた。
大和は恵真に、ふっと微笑みかける。
恵真も大和を見つめて微笑んだ。
(たとえこの先の未来にどんな事があったとしても、雨に打たれる辛い日々が続いたとしても。
あなたと一緒なら乗り越えられる。
大和さんと一緒なら信じられる。
『止まない雨はない、必ず空は晴れる』と)
恵真は目の前に広がる青空に、輝く未来を見たような気がした。
♢
「シップ、全てOKです」
「了解。じゃあ降りようか」
「はい。お疲れ様でした」
無事にホノルルのダニエル・K・イノウエ国際空港に着陸して全ての乗客を降ろしたあと、コックピットのドアを開けた大和と恵真は、目の前にCA達が集まっているのを見て目を丸くする。
「え、ど、どうしました?」
「佐倉さんご夫妻、ハネムーンフライトお疲れ様でした!」
お疲れ様でした!と皆が笑顔で口を揃える。
「あ、ありがとう、ございます」
二人で戸惑いながらお辞儀をする。
「これはハネムーンフライトにご搭乗頂いた新婚カップルへのプレゼントです」
ベテランのCAがそう言って、にこやかに小さなくまのぬいぐるみを二つ差し出した。
「わあ、可愛い!」
恵真は笑顔で受け取る。
タキシードとウェディングドレスを着たペアのぬいぐるみは、この便のカップルだけに贈られる特別仕様のものだった。
「それから、はい!こちらが当便のハネムーンフライト搭乗証明書でございます」
「はあ。これが噂の…」
二つ折りで厚みのあるスカイブルーの台紙を受け取った大和が、中を開いてみる。
………………………………………………
『JWA ハネムーンフライト搭乗証明書』
2024年3月1日
日本ウイング航空 186便
羽田発ーホノルル行き
お二人がこのフライトで 人生の新たな旅に飛び立たれました事をここに証します
日本ウイング航空
機長 佐倉 大和
副操縦士 佐倉 恵真
………………………………………………
そして名前の横には、それぞれ大和と恵真のサインがプリントされていた。
「ひゃあ!こ、これがお客様に配られたのですか?」
恵真が驚いて尋ねる。
「ええ。皆様、とても喜んでいらっしゃいましたよ。キャプテンのPAも素敵でしたし、お客様の笑顔が溢れたフライトでした」
「私達も、この便に乗務出来て幸せでした」
「ありがとうございました!」
拍手が起こり、大和と恵真は照れて顔を見合わせた。
「こちらこそ、ありがとうございました。私達にとっても、とても思い出深いフライトになりました。これからもよろしくお願い致します」
大和と共に、恵真も深々と頭を下げる。
「改めて、ご結婚おめでとうございます!佐倉キャプテン、恵真さん」
「ホノルルでは、束の間の新婚気分を味わってくださいね」
「私達、ラブラブなお二人を見かけても決してお邪魔は致しません!」
あはは!と皆が笑い出す。
思いがけず幸せな気分になり、大和と恵真も微笑んで頷いた。
♢
「いやー、何が何だかまだ不思議な気分だけど。とにかく無事に終わって良かったな、ハネムーンフライト」
「そうですね。一体どんなフライトなのかと身構えましたけど、いつも通りに運航出来て良かったです」
フライトバッグを引きながら、二人はホテルの部屋へと向かっていた。
「それにしても、ステイ先のホテルは1部屋でいいですよね?なんて…。ちゃっかり節約出来て、会社としてはいいよな」
「ふふ、確かにそうですね」
部屋番号を確かめてドアの前に立つと、大和はルームカードをかざす。
ピッとランプがグリーンに変わり、大和がドアを押し開けた。
「え、ええー?!」
急に大きな声を上げる大和に驚いて、何事かと恵真もうしろから部屋の中を覗き込む。
「えええーー?!」
大和よりも更に大きな声で恵真も驚く。
「こ、このお部屋…」
広々としたリビングルームには、ふかふかのソファ。
その横には大きなダイニングテーブルがあり、豪華な花とフルーツの盛り合わせが置かれていた。
奥のテラスからは、ワイキキの青い海と空がパノラマ写真のように広がっている。
そして大きなキングサイズベッドの上には、プルメリアの花を並べてハートが描かれていた。
「これは、ハネムーンカップルの為のお部屋?」
「だろうな。いやー、会社も粋な事してくれるねー」
「大和さんったら。さっきは、ちゃっかり節約して、なんて言ってたのに」
「あはは!そうだな、悪かったよ。前言撤回。有り難く新婚気分を味わわせてもらおう」
「うふふ、はい」
二人はパイロットの制服をクローゼットに掛け、ハワイらしい装いに着替える。
「恵真、可愛いな、その花柄のワンピース」
「ふふ、ありがとうございます。前にホノルルに飛んだ時に買ったの」
恵真はハイビスカスが描かれたノースリーブのワンピースを見下ろす。
「じゃあその格好でクルーと食事とか行ったの?」
「はい、キャプテンと。それがなあに?」
「なあに?じゃない!恵真、そんな格好で男と食事に行ったらダメだ!」
「男って…。キャプテンと食事しただけですよ?それにハワイなんだもの。スーツとか着る訳にいかないし」
そうだけど…と大和は釈然としない。
「大和さん?せっかく二人でハワイにいるんだから、楽しみたいの。お出かけしたらダメ?」
上目遣いに顔を覗き込まれ、大和は途端にデレッとなる。
「そうだよな。よし、恵真。早速出かけよう!」
「うん!」
恵真は嬉しそうに大和の手を繋ぐ。
「お?いつもは誰かに見られるかもって嫌がるのに、今日はいいのか?」
「うん!だって大和さんは、もう私の旦那様なんだもん」
ホテルの廊下を歩きながら、ふふっと無邪気に笑う恵真に、大和は堪らずキスをする。
「え、ちょっ!それはダメ!」
「どうして?もう見られてもいいんでしょ?」
「そういう意味じゃないの!」
誰かに見られなかったか、慌ててキョロキョロする恵真に、大和は笑い出す。
「恵真。ここはハワイだ。キスくらいみんなしてる」
「そんな、してませんよ」
「いいや、してる!じゃあ、誰かがキスしてるのを見かけたら、その度に俺もするからな」
するからなって…。なぜそんなに強気?と、恵真は呆れ顔になる。
「それでどこに行きたい?どうせいつもステイでは、その辺ランニングして部屋に籠ってたんだろう?」
「そうなの。だから今日はシーライフ・パークに行きたい!」
「よし、決まりな」
二人はフライトの疲れも忘れて、デートを楽しむ。
イルカに目を輝かせる恵真の横顔を、大和は優しく見つめて幸せな気分になる。
そして、
「あ!今あのカップル、キスしたぞ!」
と言っては、チュッと恵真にキスをした。
「もう!大和さん。わざとカップル探してるでしょ?」
「探してませんよー。ほら、恵真。お土産は?イルカのぬいぐるみ、欲しくないの?」
「欲しい!」
幸せを噛みしめながら、二人はたくさんのお土産を手にホテルに戻る。
せっかくテラスからの夜景がきれいだからと、夕食はルームサービスを頼んだ。
誰にも邪魔されずに二人の時間を過ごす。
「ねえ、大和さん」
夕食のあと、しばらくテラスから二人で海を眺めていると、恵真がふと大和に声をかけた。
「どうしましょう、あれ」
ん?と大和が恵真の視線の先を追うと、恵真はじっとベッドを見ていた。
「え、もうベッドに行きたいの?なーんだ、それならそうと…」
「ち、違いますってば!」
肩を抱き寄せようとする大和を、恵真は真っ赤になって押し返す。
「あのお花!プルメリアのハートの飾りが素敵だから、崩したくなくて。私、ソファで寝ようかな…」
「ダメ!そんなの絶対ダメだからな!」
「でも…」
すると大和は、急に恵真を抱き上げた。
「ひゃあ!何?」
大和は恵真を抱きかかえたままベッドに近づくと、片膝を花のギリギリ近くに付き、ハートの中に恵真を座らせた。
「わあ!素敵…」
周りをハートで囲まれた恵真は、うっとりとプルメリアの花に見とれている。
大和はそんな恵真を写真に収めた。
やがて大和はベッドの端に腰掛けて、恵真に笑いかけながら手を差し出す。
「お花の国のお姫様。僕と結婚してくれませんか?」
「ふふふ、はい。私と結婚してください、王子様」
恵真が大和に手を重ねると、大和はその手を引いて顔を寄せ、恵真に優しく口づけた。
「恵真」
「なあに?」
「やっぱり結婚式挙げよう。なるべく早く」
え?と恵真は、思わず大和の顔を見つめる。
入籍した時、大和に結婚式について聞かれた恵真は、式は挙げなくていいと伝えていた。
恵真としては結婚出来ただけで充分幸せだったし、結婚式の準備に時間を割いて、大和の負担になってはいけないと思っていた。
「恵真。俺がどうしても結婚式を挙げたいんだ。恵真のウェディングドレス姿を見てみたい。幸せそうに微笑む恵真の姿を」
今だってこんなに可愛いんだ。
ウェディングドレスを着たら、きっともっと…。
「お願いだ、恵真。俺と結婚式を挙げてくれないか?」
恵真は、しばらくじっと考え込む。
「でも、準備が大変で大和さんの負担にならない?お仕事だって大変なのに」
「どうして負担なんだ?恵真との結婚式だぞ?準備するのも楽しいに決まってる」
「そう、かな…」
「そうだよ。恵真、俺に一番輝いてる恵真の姿を見せてくれないか?とびきりきれいな恵真を。そして、最高に幸せな瞬間を一緒に分かち合いたい。君を必ず幸せにすると、心に刻み込む瞬間を」
恵真は少しうつむいてから、顔を上げて微笑んだ。
「はい。私も大和さんのとびきりかっこいい姿を見たいです。そして、必ず大和さんと一緒に幸せになるって、心に誓い合いたいです」
「恵真…」
大和は腕を伸ばして恵真を抱きしめる。
「すぐに探そう。恵真に似合うドレスとチャペルを」
恵真は涙ぐみ、大和の首に腕を回して頬を寄せる。
「こんなに幸せでいいの?私」
「当たり前だ。もっともっと幸せにしてみせるよ」
恵真の涙をそっと指で拭い、大和は何度も優しくキスをする。
「恵真。心から君を愛してる」
「私も。あなたを誰よりも愛しています、大和さん」
二人は見つめ合って微笑んだ。
プルメリアの花がちりばめられたベッドで大和に抱かれ、恵真は身体中に幸せが広がるのを感じた。
いつの間にか空には星が瞬き、月明かりが優しく二人に降り注いでいた。
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