10 / 24
ひと晩
しおりを挟む
「久住、ほら、しっかりしろって」
自分のマンションに着き、支払いを済ませると、昴は心を支えてタクシーを降りる。
エレベーターで25階へ行き、部屋に入ると、心は崩れ落ちるように玄関に寝転んだ。
「わー、久住!ちょっと、そんなところで寝るなって!」
なんとかソファに座らせて、冷たいミネラルウォーターを飲ませる。
「どうだ?少しは落ち着いたか?住所、言えるか?」
心から住所を聞いたら、再びタクシーで送り届けるつもりだった。
だが、心はいっこうに口を開かない。
「なあ、久住。うちはどこだ?何か、免許証とかあったら見せてくれないか?」
すると、いきなり心はパッと目を開き立ち上がった。
「お、久住?帰れるか?今、タクシー呼ぶから…」
「トイレ行きたい」
「え?ああ、こっちだ」
昴が案内すると、心はすたすたとついてくる。
良かった、足取りもしっかりしてる、と安心していると、心は洗面所で手を洗った後、いきなり昴の歯ブラシを掴んだ。
「え、わー!久住、それ俺のだ」
歯磨き粉を付けようとする心から歯ブラシを取り上げると、心はムッとした顔で怒り出す。
「歯磨きしたいのに!」
「わ、分かった、分かったから。確か、ホテルのアメニティーの…。あった!はい、これを使って」
封を切って取り出した歯ブラシを心に握らせる。
ついでに歯磨き粉も付けてやると、心は満足そうに頷いて歯磨きを始めた。
(ふう、やれやれ。って、今度は何を?)
歯磨きを終えた心は、ばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
そして目の前にある洗顔フォームを手にして、中身を手のひらに出す。
「ちょ、それ、男用だぞ?メイク落としでもなんでもないぞ?」
昴の声など気にも留めず、心は黙って豪快に顔を洗うと、ふう!とすっきりした顔で微笑んだ。
「あ、あの久住?そろそろ住所を…」
とにかくそれだけは聞き出さなければと、昴が必死で声をかけるが、心はくるりと向きを変えて洗面所をあとにした。
リビングに戻るのかと思いきや、心は廊下の途中のドアを開けて中に入る。
「く、久住、そこは寝室…」
そう言って引き留めようとした昴は、いきなり服を脱ぎ始めた心にびっくりして慌ててドアを閉めた。
「くーずーみー!」
困り果ててドアに頭を付ける。
しばらくして物音がしなくなると、昴はドアをノックした。
「久住?入るぞ?いいか?」
返事はない。
昴は、そっとドアを開けて恐る恐る部屋を覗き込む。
ベッドの上で布団にくるまり、心はすやすやと眠っていた。
床には、脱ぎ捨てられたワンピースが無造作に置かれている。
昴は、はあーと深いため息をついた。
*****
「久住、久住?おい、朝だぞ。仕事に遅れるんじゃないか?」
結局ソファで夜を明かした昴は、翌朝の7時に寝室へ行き、心を起こした。
掛け布団の上から、すらりとした腕が素肌をさらしており、昴はなるべく見ないように目を細めて布団ごと心を揺する。
「んー…」
心が気だるげに顔をしかめて、ゆっくりと目を開けた。
キャーという悲鳴に備えて、昴は大きく一歩下がって身構える。
だが、心は昴を見ると、今何時?と短く言った。
「え?今、7時だけど」
「今日遅番だから、9時まで寝られるの。お休みなさい」
そう言って、またスーッと寝息を立てる。
「あ、そう…。お休み」
昴は呆然としながら、とりあえず寝室をあとにした。
9時にもう一度起こしに行くと、今度はパチリと目を開け、うーん…と伸びをする。
「おはよう、伊吹くん」
にっこり笑う心に、昴は顔を引きつらせる。
「お、おはよう、久住さん」
予期せぬ心の言動に、理解不能となった昴は、もはや親しい口調には戻れず、よそよそしくそう言う。
「はあー、良く寝た」
心はガバッと身体を起こし、昴は慌てて背を向けた。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯用意するから」
「ありがとう!すぐ行くね」
そそくさと部屋を出た昴は、ドアを後ろ手に閉めてため息をつく。
(はあー。俺、めちゃくちゃ振り回されてる気がする。凄いな、これが宇宙人の遠心力か…)
もはや思考回路も正常には働かない。
今までの己の経験や学んできた知識も、何の役にも立たない。
昴は、考えるのはやめて、流れに身を任せることにした。
*****
「美味しいねー、このクロワッサン。バターがたっぷりだね」
「そうだね」
「外はサクサクッとしてて、中はしっとりふわふわ。絶品だね」
「そうだね」
心が宇宙人なら、昴はロボットだろう。
思考回路を絶ち、ひたすら笑顔で同じセリフを言う。
「朝から凄く贅沢な気分!仕事もがんばれそう」
「そうだね」
「でも、夕べはごめんね。ベッド使わせてもらっちゃって」
ようやく人間らしさを取り戻し、昴は、お?と心を見る。
「夕べのこと、覚えてるの?」
「うん、覚えてるよ。私ね、絶対歯磨きしないと寝られないの。ちゃんと磨いたでしょ?」
「そうだね」
またロボットに戻ってしまう。
「愛理の家に泊まらせてもらった時も、感心されたの。心、ベロンベロンなのに、ちゃんと歯磨きするんだねーって。多分、意識なくても磨けるんじゃないかな。凄いでしょ?」
「そうだね」
「さてと!そろそろ帰るね。シャワー浴びてから仕事行きたいし。伊吹くん、泊まらせてくれてありがとう!お世話になりました」
「え?あ、ああ。いいけど」
昴は、人間に戻って考える。
「車で送って行くよ。うちどこ?」
「え、いいの?」
「うん。住所教えてくれたら」
それが一番の難関だと思っていると、心はあっさり住所を口にする。
(よ、ようやく教えてくれた!)
もはや感動すら覚える。
昴は、頭の中にしっかり記憶した。
自分のマンションに着き、支払いを済ませると、昴は心を支えてタクシーを降りる。
エレベーターで25階へ行き、部屋に入ると、心は崩れ落ちるように玄関に寝転んだ。
「わー、久住!ちょっと、そんなところで寝るなって!」
なんとかソファに座らせて、冷たいミネラルウォーターを飲ませる。
「どうだ?少しは落ち着いたか?住所、言えるか?」
心から住所を聞いたら、再びタクシーで送り届けるつもりだった。
だが、心はいっこうに口を開かない。
「なあ、久住。うちはどこだ?何か、免許証とかあったら見せてくれないか?」
すると、いきなり心はパッと目を開き立ち上がった。
「お、久住?帰れるか?今、タクシー呼ぶから…」
「トイレ行きたい」
「え?ああ、こっちだ」
昴が案内すると、心はすたすたとついてくる。
良かった、足取りもしっかりしてる、と安心していると、心は洗面所で手を洗った後、いきなり昴の歯ブラシを掴んだ。
「え、わー!久住、それ俺のだ」
歯磨き粉を付けようとする心から歯ブラシを取り上げると、心はムッとした顔で怒り出す。
「歯磨きしたいのに!」
「わ、分かった、分かったから。確か、ホテルのアメニティーの…。あった!はい、これを使って」
封を切って取り出した歯ブラシを心に握らせる。
ついでに歯磨き粉も付けてやると、心は満足そうに頷いて歯磨きを始めた。
(ふう、やれやれ。って、今度は何を?)
歯磨きを終えた心は、ばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
そして目の前にある洗顔フォームを手にして、中身を手のひらに出す。
「ちょ、それ、男用だぞ?メイク落としでもなんでもないぞ?」
昴の声など気にも留めず、心は黙って豪快に顔を洗うと、ふう!とすっきりした顔で微笑んだ。
「あ、あの久住?そろそろ住所を…」
とにかくそれだけは聞き出さなければと、昴が必死で声をかけるが、心はくるりと向きを変えて洗面所をあとにした。
リビングに戻るのかと思いきや、心は廊下の途中のドアを開けて中に入る。
「く、久住、そこは寝室…」
そう言って引き留めようとした昴は、いきなり服を脱ぎ始めた心にびっくりして慌ててドアを閉めた。
「くーずーみー!」
困り果ててドアに頭を付ける。
しばらくして物音がしなくなると、昴はドアをノックした。
「久住?入るぞ?いいか?」
返事はない。
昴は、そっとドアを開けて恐る恐る部屋を覗き込む。
ベッドの上で布団にくるまり、心はすやすやと眠っていた。
床には、脱ぎ捨てられたワンピースが無造作に置かれている。
昴は、はあーと深いため息をついた。
*****
「久住、久住?おい、朝だぞ。仕事に遅れるんじゃないか?」
結局ソファで夜を明かした昴は、翌朝の7時に寝室へ行き、心を起こした。
掛け布団の上から、すらりとした腕が素肌をさらしており、昴はなるべく見ないように目を細めて布団ごと心を揺する。
「んー…」
心が気だるげに顔をしかめて、ゆっくりと目を開けた。
キャーという悲鳴に備えて、昴は大きく一歩下がって身構える。
だが、心は昴を見ると、今何時?と短く言った。
「え?今、7時だけど」
「今日遅番だから、9時まで寝られるの。お休みなさい」
そう言って、またスーッと寝息を立てる。
「あ、そう…。お休み」
昴は呆然としながら、とりあえず寝室をあとにした。
9時にもう一度起こしに行くと、今度はパチリと目を開け、うーん…と伸びをする。
「おはよう、伊吹くん」
にっこり笑う心に、昴は顔を引きつらせる。
「お、おはよう、久住さん」
予期せぬ心の言動に、理解不能となった昴は、もはや親しい口調には戻れず、よそよそしくそう言う。
「はあー、良く寝た」
心はガバッと身体を起こし、昴は慌てて背を向けた。
「じゃ、じゃあ、朝ご飯用意するから」
「ありがとう!すぐ行くね」
そそくさと部屋を出た昴は、ドアを後ろ手に閉めてため息をつく。
(はあー。俺、めちゃくちゃ振り回されてる気がする。凄いな、これが宇宙人の遠心力か…)
もはや思考回路も正常には働かない。
今までの己の経験や学んできた知識も、何の役にも立たない。
昴は、考えるのはやめて、流れに身を任せることにした。
*****
「美味しいねー、このクロワッサン。バターがたっぷりだね」
「そうだね」
「外はサクサクッとしてて、中はしっとりふわふわ。絶品だね」
「そうだね」
心が宇宙人なら、昴はロボットだろう。
思考回路を絶ち、ひたすら笑顔で同じセリフを言う。
「朝から凄く贅沢な気分!仕事もがんばれそう」
「そうだね」
「でも、夕べはごめんね。ベッド使わせてもらっちゃって」
ようやく人間らしさを取り戻し、昴は、お?と心を見る。
「夕べのこと、覚えてるの?」
「うん、覚えてるよ。私ね、絶対歯磨きしないと寝られないの。ちゃんと磨いたでしょ?」
「そうだね」
またロボットに戻ってしまう。
「愛理の家に泊まらせてもらった時も、感心されたの。心、ベロンベロンなのに、ちゃんと歯磨きするんだねーって。多分、意識なくても磨けるんじゃないかな。凄いでしょ?」
「そうだね」
「さてと!そろそろ帰るね。シャワー浴びてから仕事行きたいし。伊吹くん、泊まらせてくれてありがとう!お世話になりました」
「え?あ、ああ。いいけど」
昴は、人間に戻って考える。
「車で送って行くよ。うちどこ?」
「え、いいの?」
「うん。住所教えてくれたら」
それが一番の難関だと思っていると、心はあっさり住所を口にする。
(よ、ようやく教えてくれた!)
もはや感動すら覚える。
昴は、頭の中にしっかり記憶した。
0
あなたにおすすめの小説
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
君に何度でも恋をする
明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。
「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」
「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」
そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる