Good day !

葉月 まい

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幸運の女神

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「佐倉キャプテンー!お疲れ様です」

シップを降りて空港のオフィスに向かっていると、後ろからCA達がわらわらと追いついてきた。

きれいなお姉さん集団は、あっという間に大和を取り囲み、恵真は思わず足を止めて見守る。

「佐倉キャプテン、今日のランディングもすてきでした!」
「良かったらこれからランチご一緒しません?」
「私達、美味しいお店知ってるんです」

歩きながら背中にCA達の声を聞いていた大和が、ふと振り返った。

集団の一番後ろにいた恵真に、藤崎、と呼びかける。

「は、はい!」

恵真は急いで近づいた。
CA達は、驚いた顔で恵真を見ている。

「藤崎、コーパイのお前がキャプテンから離れた上にCAの後ろを歩いてどうする。お客様からどう見られているか考えろ」
「はい、すみません」

確かに、機長と副操縦士がCAを挟んで離れて歩いていたら、お客様に「この飛行機に乗って大丈夫か?」と思われかねない。

恵真がうつむき加減で反省していると、大和はCA達に話し始めた。

「悪いが、今日は復路の天候が気がかりでブリーフィングに時間がかかる。呑気にランチをする暇はない。それにさっきのランディングは俺じゃない。この藤崎だ。褒めるなら彼女に言ってくれ」

そして固まっているCA達を尻目に、大和は恵真に顔を寄せて言う。

「いいか?俺のそばを離れるな」

キャッと小さくCAの声が聞こえた。



「うーん…、予想以上に厳しそうだな」

軽く食事を取ったあと、恵真は大和と復路の羽田空港行きのブリーフィングをしていた。

最新の気象情報を見ると、ちょうど羽田に到着する頃に、急速に発達した低気圧に覆われる予報だった。

雨が降っていないのが救いだが、それにしても風が強い。

「ゴーアラウンドとダイバートも視野に入れて燃料を計算しよう」
「はい」

ひと通り確認を終えると、すぐにシップに向かう時間になる。

恵真は、どうか風がおさまりますようにと祈りながらコックピットに乗り込んだ。

JWA254便、福岡空港発羽田空港行きは、満席の乗客を乗せて定時に出発した。

離陸は恵真がPFを務める。
先程の着陸と同じく、風の影響もなく無事に離陸し巡航に入った。

だが、往路のように雑談する余裕はなかった。

レーダーをチェックし、常に最新の情報を集めながら着陸に備える。

今のところ、羽田空港の滑走路は、16番のレフトを予定している。

恵真と大和は、滑走路と風の角度に風速を加味して計算し、横風成分を導き出した。

「32ノットか。この機種だと着陸可能値だな。雨も降っていないから視界もクリア。予定通り羽田に下りよう。クラブしてアプローチ、ウイングローで対応するが、少しでも危険だと感じたら即ゴーアラウンドする」
「了解しました」

冷静に答えたものの、羽田に近づき、いざ雲の下に下りてみると、あまりの風の強さに恵真は驚いた。

既に何機もゴーアラウンドしているらしく、再びアプローチする為、空港周辺で列を作って順番を待っている。

そして当然のように、ウインドシアーアラートも出ていた。

恵真は、頭の中で着陸シミュレーションをする。

まずはクラブアプローチ。
機首を風上に向け、風下に流されないようにする。

そして風上にバンクを取りつつ、旋回を止めるように風下側にラダーを取る、ウイングロー方式で着陸する。

片方の翼を下げることにより、下げられた翼の方にサイドスリップしようとする力を利用して、横風の力に対抗するのだ。

しかしウイングローは、風の強さにより必要なバンク角やラダー量が変化したり、少しスリップさせながらの飛行になる為、通常よりも難しい技術が要求される。

バンクも、深く取りすぎるとエンジンや翼の端を地面に擦ってしまうので、バンク角は常に5度程度以内に維持しなければならない。

また、メインギアが接地するタイミングが左右で違ってくる。
風上側が先に接地をしてから、風下側、ノーズギアの順番で接地することになるのだ。

バンクが入ったまま地面に近づいたり、メインギアが同時に接地しないことで思わず危険を感じてしまうが、クラブで斜めに接地するより安全だ。

頭の中ではやるべきことは分かっている。
だが、実際に風を読みながら冷静に実行するのは至難の業だ。

恵真は、はやる気持ちを抑えつついつもの手順に集中する。

「Approaching minimum」
「Checked」

大和の声も落ち着いている。

「Minimum」
「Landing」

大和が着陸を決心し、恵真も覚悟を決めた。

翼は大きく揺れ、機体もふらふらと落ち着かない。

だが、大和は下りるつもりなのだ。
恵真は、ぐっと滑走路を見据えた。

『One hundred』

いつもなら次々と流れるような自動音声のコールも妙に遅い。

『Fifty…』

ようやく地面に近づいた。

『Ten』

いつもならこのあとすぐに接地するが、大和はまだタイミングを狙っていた。

風上に翼を傾けながら、地面すれすれで止まっている状態に、恵真は思わず身体に力が入ってしまう。

すると、ふと風が弱まり機体が安定する瞬間が訪れた。

(あっ、今だ!)

恵真がそう思った時には、既に風上側のギアが接地していた。

2秒ほど片輪で走ってから、風下側のギアも接地する。

恵真は急いでスピードブレーキ・レバーの位置を確認した。

「Speed brakes up」

ノーズギアもしっかり接地し、スラスト・リバーサーで一気に減速していく。

「Reverse normal」

やがて恵真は「Sixty」とコールし、大和がレバーを戻した。

機体は無事に速度を落とし、地上走行に入る。

とその時、タワーの管制官が後続機に指示を出す声が聞こえてきた。

「Go around due to  Microburst alert」

(マイクロバースト?!)

恵真は思わず目を丸くする。
だが、自分にもタワーから地上走行の指示があり、気持ちを切り替えて応答する。

その後グランドとコンタクトし、機体は無事にゲートに到着した。

エンジンを止め、乗客が降りるざわめきを聞きながら、恵真はようやく緊張から解き放たれて呆然としていた。

(え、ちょっと待って。マイクロバーストアラート?そんな中を下りたの?)

積乱雲などから爆発的に吹き降ろす気流が、地表に衝突して吹き出す破壊的な気流をダウンバーストと言うが、その水平的な広がりが4km以上をマクロバースト、4km以内をマイクロバーストと呼んでいる。

そしてマクロバーストより、マイクロバーストの方が強い風を伴うことが多いと言われていた。

台風の強風域ほどの強い風が、突然無風になるのとほぼ同等の風の変化が起こり、失速等による墜落の危険もあり得る厳しい状況になる。

(それを一発で下りるなんて…。それにあのランディング。一体何がどうなってたの?ほんの一瞬の間に、セオリー通りに風上から下りて、しかもグイッと機体を滑走路に正対させて…。私の1秒は、佐倉さんにとっては3秒なの?すごい、本当にすごかった)

自分では作り出せない初めての感覚を思い出し、余韻に浸っていると、隣から、あれ?という声がした。

「ちょっと期待してたんだけどなあ、ナイスランディングって言葉。甘かったかな、俺」

斜めに恵真に顔を向けながら、大和がいたずらっぽく笑っている。

「ああああああ、ナナナナナ、ナイスランディング!」

焦る恵真に、大和はクスッと笑う。

「そんなにいらない。でもありがとう。お前もな、ナイスランディング!」

そして大和は恵真の頭にポンと手を置いた。



「おお!佐倉くん。見事なランディングだったよ。この風の中、他の機はゴーアラとダイバートの嵐なのに、君だけスマートに一発で下りるなんて。いやー、さすがだな」

オフィスに戻ると、ベテランの機長が近づいてきた。
教官も務める年輩の機長に、恵真は大和の一歩後ろで頭を下げる。

「いえ、タイミングが合っただけです。あの一瞬がなければ自分もゴーアラウンドしていました」
「いやでも、その一瞬を見逃さないのが君の実力だよ。本当によくやってくれた」

あくまで冷静に答える大和に、ベテラン機長は頬を緩めて嬉しそうに話す。

「ありがとうございます。コーパイの彼女もとても冷静だったので、二人で協力して下りることが出来ました」

急に視線を向けられ、恵真は、ひえっと姿勢を正す。

「いえ、あの、私は何も。全て佐倉キャプテンのお力です」

さらに一歩下がりながら慌てて答えると、ベテラン機長が笑顔で話しかけてきた。

「君もよくやってくれたね。名前は?」
「あ、はい!藤崎と申します」
「藤崎くんか。覚えておこう。佐倉くんとのフライトは、なかなか良い経験になっただろう?」
「はい!とても勉強になりました。大変貴重な経験をさせて頂きました」
「そうだろうね。君も頑張りなさい。とにかく今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます」

その後のデブリーフィング中も、大和は色々な人に声をかけられ、労われていた。

「んー、なかなか落ち着いて話が出来ないな。まあ今日は疲れているだろうし、この辺りで終わりにしようか」

恵真としては詳しく聞きたいことが山ほどあったが、疲れているであろう大和を引き留めることは出来ない。
 
素直に頷いて席を立った。

「佐倉キャプテン、本日は本当にありがとうございました」
「ああ、お疲れ様」

改めて深々と頭を下げてから、恵真は大和と別れて更衣室に向かった。



「あ、佐倉さん!お疲れ様です。聞きましたよー、マイクロバーストの中、一発ランディングですって?」

更衣室に入ると、顔見知りの副操縦士が大和に笑顔で話しかけてくる。

「別に大したことじゃない。タイミングが合ったから下りただけだ」

ネクタイを緩めながら、淡々と答える。

「いやー、それがなかなか出来ないからみんな困ってるんですよ。でもかっこいいなー。俺もサラッと言ってみたいです。『別に大したことじゃない』って」
「なんだ?それ、俺の真似か?」

最後のセリフが妙に低い声だったのを突っ込むと、あはは!と軽く流された。

「それより佐倉さん。今日は車ですか?」
「ああ、そうだけど」
「良かったですね。強風の影響で、電車はノロノロ運転らしいですよ。止まってるところもあるそうです。タクシーも全然捕まらないみたいだし、俺も今日は車にしておいて正解だったな」

ではお先に失礼します!と去っていく後ろ姿に、お疲れ様と言ってから、大和はふと恵真を思い出した。

(あいつ、無事に帰れるのかな?)

着替えを済ませて更衣室を出ると、廊下の先で立ち止まり、スマートフォンで電車の運行情報を見る。

やはりどの路線も強風の影響が出ていた。

(無理もないか。台風並みの風だしな)

ふと足音がして顔を上げると、廊下の端からこちらに向かってくる恵真の姿が見えた。

細身のジーンズにオフホワイトのジャケット姿で、パイロットの制服を着ている時より女性らしい。

大和に気づくと、目を大きくして驚いている。

「お疲れ様です。まだお帰りじゃなかったんですか?」
「ああ。お前、帰りは電車か?」
「え?はい、そうですけど…」
「風の影響で、どこも徐行運転か一時見合せだ。大変だから車で送る」

そう言うと、ええ?!と声を上げる恵真に背中を向けて歩き出す。

「あ、あの!佐倉さん!」
「なんだ?」
「まさかそんな、キャプテンに送って頂くなんて、コーパイの分際であり得ません」
「なんだそれ。そんな決まりあったか?」

早足で駐車場に向かいながら答えると、恵真が必死に追いついて来て言った。

「決まりはありませんが、私としてはあり得ません。お気持ちだけ頂きます。それでは失礼致します」

頭を下げるとくるりと背を向け、来た道を歩き出す。

「わー、ちょっと待て!」

思わず大声で呼び止める。

「そ、その、話があるんだ。そう!今日のフライトのことで」

すると恵真はビタリと立ち止まり、真剣な表情で振り返った。

「あ、そうですよね。デブリーフィングもきちんと出来なかったし、オフィスでは私へのダメ出しも言いづらいですよね。分かりました」

そして素直についてくる。

(いや、そんな話はない、んだけど…)

とにかく車に乗せようと、大和は黙っておくことにした。

助手席のドアを開け、どうぞと促すと、恵真は失礼致しますと言って乗り込む。

「えっと、住所は?」

カーナビを操作しながら、恵真が口にする住所を設定する。

「よし、じゃあ行こうか」
「はい。よろしくお願いします」

恵真は神妙な面持ちで身を硬くしている。

「うわー、ほんとに風強いな。車でも煽られる。ウイングローで走行するか?」

冗談交じりに笑ったが、恵真は固まったままだ。

「えーっと、今日は大変だったな」

とりあえず話し出すと、恵真は、はいと頷いてうつむく。

「どうした?元気ないな」
「あ、いえ、あの…」

少し言い淀んでから、思い切ったように口を開いた。

「実は私、すごく…こう、色々なハプニングを起こしやすいんです。同僚にミス・ハプニングって呼ばれるくらい。佐倉さんも、伊沢くんから話を聞かれたんですよね?」
「ん?ああ、まあ」
「だから、今日のマイクロバーストも私のせいなんじゃないかと。私、伊沢くんと違って、毎回必ずフライトで何か起こるんです。子どもの頃からそうなんです。いつも不運に見舞われて…。子どものうちは笑い話になる程度だったから良かったんですけど、パイロットになってからは…。決して笑えないですよね」

恵真の話に、大和は黙って耳を傾ける。

「だんだん怖くなってきたんです。私が乗務すると何かが起きる。私の便に乗るお客様や乗務員は、ちゃんと安全に降りられるんだろうか。もしものことが起きたら…って、そう思うと怖くて。今日のマイクロバーストも、きっと私の不運のせい。もし佐倉さんがキャプテンじゃなかったら、どうなっていたのか…」

恵真は膝に置いた両手をギュッと握りしめる。

大和は少し考えてから道を曲がり、広い脇道に出て車を路肩に停めた。

「藤崎」

右手をハンドルに載せて、身体を恵真に向ける。

「いいか、よく聞け。まず今日のマイクロバーストはお前のせいじゃない。考えてみろ、お前はマイクロバーストを起こす能力があるのか?それとも風神様なのか?違うだろ」
「は、はい。普通の人間です」
「なら、今日のことは無関係だ。それからフライトで何かが起こっても、決して不運だと思うな。お前は操縦桿を握るパイロットだ。パイロットが不運だと思えば、必ずそれは操縦にも現れる。そしてそれはお客様にも影響する。いいか、どんな事が起こっても淡々と処理するんだ。そしてそれが出来る技術を身につけろ。どんな時も落ち着いて冷静に判断し、自分と飛行機の能力を考えながら、安全を守る為にはどうするべきかの結論を出す。分かったか?」

恵真は真っ直ぐに大和を見つめて、ゆっくりと頷いた。

「はい」

先程までの暗い表情から、決意に満ちたパイロットの顔に変わった恵真に、大和も大きく頷いてみせた。



「あ、ちょっと待ってろ」

ふいに大和が口調を変えて外に目をやると、運転席のドアから外に出て行った。

「うわー、すっげー風!」

ドア越しに聞こえてきた声に、恵真は思わずふふっと笑う。

大和は、飛ばされそうになりながら近くの自動販売機に行き、缶コーヒーを二本買って戻ってきた。

「はい、どうぞ」
「え、いいんですか?」
「もちろん。ささやかだが、今日のフライトに乾杯しよう」
「ふふ、はい」

恵真は大和から受け取ると、二人で缶を軽く合わせる。

「乾杯!ナイスフライト」
「お疲れ様でした。ナイスフライト」

微笑み合ってからコーヒーを飲む。

「しっかし今日の風はすごかったな」
「佐倉さんでもそう思いますか?」
「当たり前だろ?訓練ではよくあるけど、実機ではなかなかないよ」

でも…と、大和は言葉を続ける。

「みんながゴーアラ連発する中、一発で下りられるなんてラッキーだったな。お前、全然不運なんかじゃないぞ」
「え?」

思ってもみなかった言葉に、恵真は戸惑う。

「お前は風神でも、ミス・ハプニングでもない。幸運の女神だよ」

そう言って笑う大和に、恵真も思わず笑顔になる。

「なんだ、笑うと別人だな。お前フライト中、能面みたいだったぞ」
「ええ?!ほんとですか?」
「ああ。こんな感じ」

大和は、ぼーっと真顔になってみせる。

「嘘!そんなにひどい顔でした?」
「うん。っておい、今俺のことディスっただろ?」
「え、いえ!まさかそんな!」
「いーや、言ったぞ。ひどい顔って」
「あ、そ、それは確かに…」

ブハハ!と大和は面白そうに笑う。

「佐倉さんも、そんなふうに笑ったりするんですね」

恵真はほっとしたように呟く。

「え、お前、俺のことどういうふうに思ってたの?」
「うーん、完璧な…パーフェクトパイロット、かな」
「いやー、なんかそれ嫌だわ。パーフェクトヒューマンみたい」
「あはは!」

恵真は堪えきれずに笑い出す。

「ま、俺もお前も普通の人間ってことだよ。くしゃみもすれば笑いもする。マイクロバーストは起こせない。それでも飛行機の力を借りて空を飛ぶ。そんなパイロット人生も悪くないだろ?」
「はい」

すっかり打ち解けた恵真は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「あの、佐倉さん。今日のランディングのこと、聞いてもいいですか?」
「ああ。何だ?」
「今日のウイングロー、本当にすごかったです。ギリギリの所で粘ってタイミングを狙って…。私が今だ!って思った時には、もう風上のメインギアが接地してました。片輪で走行しながらゆっくり風下のギアも下ろして、機首もグッて正面に戻してノーズギアもゆっくり接地。ウイングローなんて、一つ間違えれば風上の翼がめくれあがって大変な事になる可能性もあるのに、あんなにもスムーズに確実にこなすなんて。どうやったら出来るんですか?コツとか、あるんでしょうか?」
「んー、確かに難しいよな。クロスウインドランディングは、俺もコーパイの時はずっと苦手だった。でもさ、ある時それを上手くこなす機長と一緒になって、思わず聞いてみたんだ。どうやってやるんですか?って。今のお前みたいに」

うんうんと恵真は頷く。

「そしたら?教えてくれたんですか?」
「うん。その機長、社内切ってのプレイボーイでCAと数々の浮き名を流してる人だったんだけどさ、ウイングローなんて簡単だよー、相手を…」

そこまで言って大和は急に口をつぐむ。

「ん?どうしたんですか?」

恵真が首をかしげるが、大和はじっと黙ったままだ。

「あの、佐倉さん?」
「いや、今は話せない」
「えっ?!どうしてですか?」
「それは、その…」

大和は、真剣な表情で自分を見つめている恵真から視線をそらす。

(言えない…。あのキャプテンのセリフを再現したら、きっとこの子は幻滅する。神聖なパイロットの仕事を汚されたって思われるかも…)

「あの、だからつまり。今の俺とお前の関係性では話せないんだ。今は、まだ…」

煮え切らない口調で言うと、恵真はうつむき加減で考え込んでいる。

「それはつまり、私が未熟で佐倉さんとは対等にお話が出来ないってことですよね。佐倉さんのお話には、まだついていけないと」
「あ、いや、そうではなくて。あ、そうなのかも?」

何を言っているんだ?と自分で突っ込みたくなるが、恵真は納得したように頷いた。

「分かりました。私、しっかり勉強しておきます。佐倉さんのお話をちゃんと理解出来るようになったら、その時は改めて質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。よろしいです、とも」
「ありがとうございます。きちんと勉強しておきます」
「いや、その。はい」

大和は、とにかくここはおとなしく話をまとめることにした。

「ところで佐倉さん。私にダメ出しされるんじゃなかったんですか?」
「え?なんで?」
「だって、話があるからって車に…」
「あ!そうだったな。いや、別にダメ出しなんてないよ。そう言ったら車に乗るかなって思って」
「そうだったんですね!すみません、私の為に。お話がないならもう降りますね」
「わー、バカ!こんな所で降りてどうする!」

ドアを開けようとする恵真を、大和は必死で止める。

「いいか、じっとしてろよ。もう車出すからな!」
「あ、はい」

(まったく、どこまで真面目なんだか…)

恵真が隙を見て降りないように注意しながら、大和は無事に恵真をマンションに送り届けた。
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