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どうか幸せに…
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オフィスへと向かう廊下の先に恵真の姿を見つけて、伊沢は少し戸惑った。
声をかけようか迷っていると、ちょうどオフィスから出て来た大和が恵真に気づき、近づいて何か話し出す。
恵真は立ち止まって大和を見上げ、一言何か返したあと、にっこり笑ってみせた。
それを見た伊沢は、思わずくるりと向きを変え、来た道を戻る。
心がざわつき、たまらず更衣室に駆け込んだ。
壁に手をついて大きく息を吐く。
(7年間、ずっと恵真をそばで見てきた。あいつの表情一つで、何を考えているのか手に取るように分かる。さっきのあいつの笑顔…見たこともないような幸せそうな顔…)
間違いない。
恵真は佐倉キャプテンが好きなんだ。
重くのしかかる現実に、伊沢は打ちひしがれて動けずにいた。
◇
『こずえー、今時間あるか?』
帰宅してからも何も手につかずにぼーっとしていた伊沢は、やり切れずこずえにメッセージを送る。
すると、すぐさま電話がかかってきた。
「どしたー?伊沢」
「うん、あのさ。恵真から何か連絡あった?」
「ないよ。伊沢は?あれから恵真と話せたの?」
「いや、まったく。だけど分かった、恵真の気持ちが」
「え?」
こずえはしばらく黙り込む。
伊沢も同じように口を閉ざした。
沈黙が続く中、やがてポツリとこずえが呟く。
「諦めるの?恵真のこと」
「ああ。そうするしかない」
「出来るの?伊沢」
「出来そうにない。でも、そうするしかない」
「そっか」
しばらく考えてから、こずえは明るく言った。
「よし、聞こうじゃない。何でも話しな?伊沢の気持ち、ぶちまけたらいいよ」
「何だよそれ。何をぶちまけんの?」
「だから、何でも!恵真を諦めようって思った時のこととか」
「えー、傷口に塩塗るな、お前」
「違うよ!伊沢を楽にしてあげたいからだよ」
え…と、思いがけないこずえの言葉に伊沢は戸惑う。
「こういうことはね、さっさと吐き出した方がいいの。一人で抱えてると、時間が経てば経つほど辛くなるからね。誰かにワーッて話してスッキリした方がいいよ」
「へえー、なんか説得力あるな」
「だって、経験者だもん。それもちょうど、つい先日のこと」
ん?と伊沢は首をかしげる。
「こずえ、失恋したのか?つい最近」
「そうなのよーーー!!」
いきなり大声で叫ばれ、伊沢は思わずスマートフォンから耳を離す。
「おまっ、声デカすぎ!」
「これが冷静に話せますかってーのよ!しかも、あんたんとこの整備士よ?つき合って1年も経ってないのに、そちらさんのおきれいなCAさんとつき合うことにしたんだとさ!まったくもう、どういう社員教育してんのよ、あんたの会社は!!」
ははは!と思わず伊沢は笑う。
「何がおかしいのよ?!」
「いや、ごめん。豪快だなーと思ってさ」
「は?あんたそれ、失恋したてのか弱い乙女に言うセリフか?」
「だってお前、そうかそうか、それは辛かったなーなんて慰めてもらいたくないだろ?ビールでもガーッて飲んで、バーッとしゃべって、バタンッて寝て忘れるタイプだろ?」
「ちょっと!!あんたこそ傷口に塩塗りたくってるじゃないのよ!」
伊沢がさらにおかしそうに笑うと、こずえはふっと息をついた。
「笑う元気があるならちょっと安心ね」
「…え?」
「でもさ、伊沢。あんたは私と違って7年間も想い続けてきたんだから、やっぱり相当堪えてるはずだよ。いい?ちゃんと自分の心を労りなよ」
伊沢は、ふっと笑みを漏らす。
「すげーな、こずえ。経験値高すぎ。百戦錬磨だな」
「何それ。私が片っ端から失恋しまくってるみたいに聞こえるんですけど!」
「そうじゃないけどさ。まあ、こずえが色んなことを経験して、それを乗り越えながら強く生きてるんだなーと思った」
「確かにねー。打たれ強くはなったかな。もうさ、男なんていらないかも、私」
「ははは!そうだよ、こずえは一人でも逞しく生きていけるさ」
「それ!まさにそう言われてフラレたんですけど!!」
ええー?!と思わず伊沢は声を上げる。
「その、整備士の男に?」
「そうよ!君は一人でも逞しく生きていけるタイプだろ?だから大丈夫だよ、ですって。そんな訳あるかーー!!!」
「あはは!失礼な男だな」
「笑ってるあんたも失礼よ!」
ひとしきり笑ったあと、伊沢はすっかり気持ちが軽くなったのに気づいた。
「こずえ、ありがとな。俺、最後に恵真にちゃんと話すわ」
「…分かった。伊沢の伝えたいこと、ちゃんと恵真に話してきな」
「ああ。ちゃんと言える気がする。お前からもらったパワー、ハンパないから」
「またそれー?!だから、私も失恋したてなの!」
「はは!分かったって。今度飯でも行こうぜ」
「オッケー。朝までコースだからね。覚悟しといて」
「ラジャー」
電話を切ったあと伊沢は小さく、サンキュー、こずえと呟いた。
◇
「伊沢くん、あの。ここはちょっと…」
次の日。
Show Upの前に伊沢は恵真を、空港ターミナルの展望デッキに誘った。
飛行機を見ていた人達が、驚いたようにパイロットの制服姿の二人を振り返る。
「あの、場所変えない?」
「ん?別にいいじゃない。風向き確認してますーって感じにしてれば。ほら、今日の恵真のシップ、あれじゃない?」
「あ、うん」
「天気もいいし、気持ちいいフライトになりそうだな」
「そうだね」
二人並んで、フェンス越しにしばらく飛行機を眺める。
「なあ、恵真」
「ん?なあに」
「俺達さ、元に戻らないか?」
え…と、恵真は隣の伊沢に顔を向ける。
「俺達、しばらく変な感じだっただろ?前はもっと気さくに話してたのに、最近はオフィスですれ違っても妙によそよそしくて」
「…うん」
こずえから、伊沢に時間をあげてと言われて以来、恵真は伊沢に話しかけたりせず、挨拶を交わす程度だった。
そしてそれを、やはりどこか寂しく感じていた。
「前みたいにさ、何でも話せる仲に戻りたいんだ。7年間ずっとそうだったみたいに」
「うん。私も、やっぱり伊沢くんと何でも話したい。今までみたいに。でも伊沢くんは迷惑じゃない?私に色々話されて」
「迷惑だなんて、そんなことないよ」
「本当に?」
「ああ」
頷いた伊沢は、恵真に正面から向き合った。
「恵真。これからもお前の親友でいさせてくれ。今までと同じように」
すると恵真は、嬉しそうに微笑んだ。
「うん!私もずっと伊沢くんの親友でいたい。今までも、これからも」
そして恵真は右手を差し出す。
「いつも本当にありがとう。これからもよろしくね!」
伊沢も恵真の右手を握る。
「ああ。よろしくな」
にっこり笑ってから、恵真は腕時計に目を落とした。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。行ってらっしゃい」
「ありがとう。伊沢くんも、フライト頑張ってね」
タタッとデッキの階段を下りていく恵真の後ろ姿を見送る。
(どうか幸せにな、恵真)
心の中で呟いてから飛行機に目を移す。
「よーし、今日もいっちょ、大空に飛び立ちますか!」
気合いを入れてから、展望デッキをあとにした。
◇
「恵真、あったぞ!同じフライト」
翌月のフライトスケジュールが発表された日。
大和はマンションのダイニングテーブルで、自分と恵真のスケジュールを照らし合わせていた。
二人同じフライトを見つけると、キッチンに立つ恵真に声をかける。
「ほんとですか?どこ?」
恵真がパタパタと近づいて来た。
「ほら、ここ。千歳往復」
「ほんとだ、やったー!!」
恵真は、子どものように嬉しそうにピョンピョン跳ねる。
そんなに喜んでくれるなんて、と大和が目を細めていると、恵真がキラキラした眼差しで話し出す。
「佐倉キャプテンと乗務すると、教わることが多いから嬉しくて!」
途端に大和は、ガックリとうなだれた。
「ん?どうかしましたか?」
恵真が下から顔を覗き込んでくる。
大和はいきなり恵真を抱き上げた。
「え、ひゃあ!な、何?」
驚く恵真に、大和はグッと顔を近づける。
「恵真、俺は本気で飛行機に嫉妬してる。俺のことはキャプテンとしてしか見てくれないのか?単純に俺と一緒に飛べると喜んでくれないのか?」
「え、いえ、嬉しいです、もちろん」
「じゃあなんで、佐倉キャプテンと乗務、なんて言うんだ?どう聞いても仕事モードだろ」
「そ、それはだって、フライトはお仕事ですもん」
すると大和は、拗ねたように口をとがらせ、恵真をソファに下ろした。
「あ、あの、佐倉さん?」
隣にドサッと身を投げて座った大和の顔を、恵真はそっと覗き込む。
「…嫌だ」
「え?何が?」
「その佐倉さんってのが嫌だ!名字で呼ぶなんて。ここは職場じゃないぞ?恵真」
「でも、私にとって佐倉さんは、憧れのキャプテンですし…」
恵真が困惑すると、ますます大和は不機嫌になる。
「キャプテンの前に一人の男だ。恵真、俺とお前はキャプテンとコーパイである前に、愛する恋人同士だ」
えっ…と恵真は顔を真っ赤にさせる。
「おい、ちょっと。一緒に暮らしておいて、今さら何をそんなに照れてるんだ?」
「だって、そんな。あ、あ、愛する、恋人だなんて、そんなこと言われたら…」
はあ?と大和は呆れた声を出す。
「恵真。お前、操縦スキルは上級だけど、恋愛スキルはお子ちゃまレベルだな」
そう言うと恵真は、ぷーっと頬を膨らませる。
「ひっどーい!佐倉さん、この間は私のこと、魅力的な女性だって言ってくれたのに!」
「ああ。こんなにお子ちゃまだとは知らなかったからな」
むうーっと恵真はさらに拗ねる。
大和は、ふふっと笑った。
「嘘だよ。でもこんなに可愛いとは知らなかった」
そう言って恵真の鼻の頭をちょんとつつく。
恵真は何も言えずに真っ赤になった。
「ではコーパイくん。キャプテンの命令だ。愛する恋人の名前を呼んでくれ」
「え、なーに?さっきはキャプテンとしか見れないのか?って言ってたのに!」
「いいから早く。キャプテン命令だぞ」
恵真は、うっと言葉を詰まらせてから、小さく呟く。
「佐倉…大和さん」
「おい、病院の待ち合い室じゃないんだから。フルネームはいらない」
「大和…キャプテン」
「なんでそこで仕事に戻る?!」
上目遣いに大和を見上げ、最後に恵真は恥ずかしそうに呟いた。
「…大和さん」
ふっと大和は頬を緩める。
「合格。じゃあごほうびに、ウイングローのシミュレーションしてやろうか?」
いたずらっぽくそう言うと、恵真は、やだ!とむくれる。
「じゃあ、キスは?」
ぱちぱちと瞬きしてから、恵真は頬を赤らめて頷く。
「よし、じゃあごほうびのキスだ」
大和はそっと恵真の頭を抱き寄せて、優しくキスをした。
「ウイングロー思い出した?」
「…ちょっとだけ」
「なにー?!じゃあもう一回!」
「ええー?!」
「俺のことしか考えられなくなるまで、何度でもするぞ!」
「ちょ、待って、ん!」
何度も落とされるキスに、いつしか恵真はうっとりと大和に身体を預けていった。
声をかけようか迷っていると、ちょうどオフィスから出て来た大和が恵真に気づき、近づいて何か話し出す。
恵真は立ち止まって大和を見上げ、一言何か返したあと、にっこり笑ってみせた。
それを見た伊沢は、思わずくるりと向きを変え、来た道を戻る。
心がざわつき、たまらず更衣室に駆け込んだ。
壁に手をついて大きく息を吐く。
(7年間、ずっと恵真をそばで見てきた。あいつの表情一つで、何を考えているのか手に取るように分かる。さっきのあいつの笑顔…見たこともないような幸せそうな顔…)
間違いない。
恵真は佐倉キャプテンが好きなんだ。
重くのしかかる現実に、伊沢は打ちひしがれて動けずにいた。
◇
『こずえー、今時間あるか?』
帰宅してからも何も手につかずにぼーっとしていた伊沢は、やり切れずこずえにメッセージを送る。
すると、すぐさま電話がかかってきた。
「どしたー?伊沢」
「うん、あのさ。恵真から何か連絡あった?」
「ないよ。伊沢は?あれから恵真と話せたの?」
「いや、まったく。だけど分かった、恵真の気持ちが」
「え?」
こずえはしばらく黙り込む。
伊沢も同じように口を閉ざした。
沈黙が続く中、やがてポツリとこずえが呟く。
「諦めるの?恵真のこと」
「ああ。そうするしかない」
「出来るの?伊沢」
「出来そうにない。でも、そうするしかない」
「そっか」
しばらく考えてから、こずえは明るく言った。
「よし、聞こうじゃない。何でも話しな?伊沢の気持ち、ぶちまけたらいいよ」
「何だよそれ。何をぶちまけんの?」
「だから、何でも!恵真を諦めようって思った時のこととか」
「えー、傷口に塩塗るな、お前」
「違うよ!伊沢を楽にしてあげたいからだよ」
え…と、思いがけないこずえの言葉に伊沢は戸惑う。
「こういうことはね、さっさと吐き出した方がいいの。一人で抱えてると、時間が経てば経つほど辛くなるからね。誰かにワーッて話してスッキリした方がいいよ」
「へえー、なんか説得力あるな」
「だって、経験者だもん。それもちょうど、つい先日のこと」
ん?と伊沢は首をかしげる。
「こずえ、失恋したのか?つい最近」
「そうなのよーーー!!」
いきなり大声で叫ばれ、伊沢は思わずスマートフォンから耳を離す。
「おまっ、声デカすぎ!」
「これが冷静に話せますかってーのよ!しかも、あんたんとこの整備士よ?つき合って1年も経ってないのに、そちらさんのおきれいなCAさんとつき合うことにしたんだとさ!まったくもう、どういう社員教育してんのよ、あんたの会社は!!」
ははは!と思わず伊沢は笑う。
「何がおかしいのよ?!」
「いや、ごめん。豪快だなーと思ってさ」
「は?あんたそれ、失恋したてのか弱い乙女に言うセリフか?」
「だってお前、そうかそうか、それは辛かったなーなんて慰めてもらいたくないだろ?ビールでもガーッて飲んで、バーッとしゃべって、バタンッて寝て忘れるタイプだろ?」
「ちょっと!!あんたこそ傷口に塩塗りたくってるじゃないのよ!」
伊沢がさらにおかしそうに笑うと、こずえはふっと息をついた。
「笑う元気があるならちょっと安心ね」
「…え?」
「でもさ、伊沢。あんたは私と違って7年間も想い続けてきたんだから、やっぱり相当堪えてるはずだよ。いい?ちゃんと自分の心を労りなよ」
伊沢は、ふっと笑みを漏らす。
「すげーな、こずえ。経験値高すぎ。百戦錬磨だな」
「何それ。私が片っ端から失恋しまくってるみたいに聞こえるんですけど!」
「そうじゃないけどさ。まあ、こずえが色んなことを経験して、それを乗り越えながら強く生きてるんだなーと思った」
「確かにねー。打たれ強くはなったかな。もうさ、男なんていらないかも、私」
「ははは!そうだよ、こずえは一人でも逞しく生きていけるさ」
「それ!まさにそう言われてフラレたんですけど!!」
ええー?!と思わず伊沢は声を上げる。
「その、整備士の男に?」
「そうよ!君は一人でも逞しく生きていけるタイプだろ?だから大丈夫だよ、ですって。そんな訳あるかーー!!!」
「あはは!失礼な男だな」
「笑ってるあんたも失礼よ!」
ひとしきり笑ったあと、伊沢はすっかり気持ちが軽くなったのに気づいた。
「こずえ、ありがとな。俺、最後に恵真にちゃんと話すわ」
「…分かった。伊沢の伝えたいこと、ちゃんと恵真に話してきな」
「ああ。ちゃんと言える気がする。お前からもらったパワー、ハンパないから」
「またそれー?!だから、私も失恋したてなの!」
「はは!分かったって。今度飯でも行こうぜ」
「オッケー。朝までコースだからね。覚悟しといて」
「ラジャー」
電話を切ったあと伊沢は小さく、サンキュー、こずえと呟いた。
◇
「伊沢くん、あの。ここはちょっと…」
次の日。
Show Upの前に伊沢は恵真を、空港ターミナルの展望デッキに誘った。
飛行機を見ていた人達が、驚いたようにパイロットの制服姿の二人を振り返る。
「あの、場所変えない?」
「ん?別にいいじゃない。風向き確認してますーって感じにしてれば。ほら、今日の恵真のシップ、あれじゃない?」
「あ、うん」
「天気もいいし、気持ちいいフライトになりそうだな」
「そうだね」
二人並んで、フェンス越しにしばらく飛行機を眺める。
「なあ、恵真」
「ん?なあに」
「俺達さ、元に戻らないか?」
え…と、恵真は隣の伊沢に顔を向ける。
「俺達、しばらく変な感じだっただろ?前はもっと気さくに話してたのに、最近はオフィスですれ違っても妙によそよそしくて」
「…うん」
こずえから、伊沢に時間をあげてと言われて以来、恵真は伊沢に話しかけたりせず、挨拶を交わす程度だった。
そしてそれを、やはりどこか寂しく感じていた。
「前みたいにさ、何でも話せる仲に戻りたいんだ。7年間ずっとそうだったみたいに」
「うん。私も、やっぱり伊沢くんと何でも話したい。今までみたいに。でも伊沢くんは迷惑じゃない?私に色々話されて」
「迷惑だなんて、そんなことないよ」
「本当に?」
「ああ」
頷いた伊沢は、恵真に正面から向き合った。
「恵真。これからもお前の親友でいさせてくれ。今までと同じように」
すると恵真は、嬉しそうに微笑んだ。
「うん!私もずっと伊沢くんの親友でいたい。今までも、これからも」
そして恵真は右手を差し出す。
「いつも本当にありがとう。これからもよろしくね!」
伊沢も恵真の右手を握る。
「ああ。よろしくな」
にっこり笑ってから、恵真は腕時計に目を落とした。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。行ってらっしゃい」
「ありがとう。伊沢くんも、フライト頑張ってね」
タタッとデッキの階段を下りていく恵真の後ろ姿を見送る。
(どうか幸せにな、恵真)
心の中で呟いてから飛行機に目を移す。
「よーし、今日もいっちょ、大空に飛び立ちますか!」
気合いを入れてから、展望デッキをあとにした。
◇
「恵真、あったぞ!同じフライト」
翌月のフライトスケジュールが発表された日。
大和はマンションのダイニングテーブルで、自分と恵真のスケジュールを照らし合わせていた。
二人同じフライトを見つけると、キッチンに立つ恵真に声をかける。
「ほんとですか?どこ?」
恵真がパタパタと近づいて来た。
「ほら、ここ。千歳往復」
「ほんとだ、やったー!!」
恵真は、子どものように嬉しそうにピョンピョン跳ねる。
そんなに喜んでくれるなんて、と大和が目を細めていると、恵真がキラキラした眼差しで話し出す。
「佐倉キャプテンと乗務すると、教わることが多いから嬉しくて!」
途端に大和は、ガックリとうなだれた。
「ん?どうかしましたか?」
恵真が下から顔を覗き込んでくる。
大和はいきなり恵真を抱き上げた。
「え、ひゃあ!な、何?」
驚く恵真に、大和はグッと顔を近づける。
「恵真、俺は本気で飛行機に嫉妬してる。俺のことはキャプテンとしてしか見てくれないのか?単純に俺と一緒に飛べると喜んでくれないのか?」
「え、いえ、嬉しいです、もちろん」
「じゃあなんで、佐倉キャプテンと乗務、なんて言うんだ?どう聞いても仕事モードだろ」
「そ、それはだって、フライトはお仕事ですもん」
すると大和は、拗ねたように口をとがらせ、恵真をソファに下ろした。
「あ、あの、佐倉さん?」
隣にドサッと身を投げて座った大和の顔を、恵真はそっと覗き込む。
「…嫌だ」
「え?何が?」
「その佐倉さんってのが嫌だ!名字で呼ぶなんて。ここは職場じゃないぞ?恵真」
「でも、私にとって佐倉さんは、憧れのキャプテンですし…」
恵真が困惑すると、ますます大和は不機嫌になる。
「キャプテンの前に一人の男だ。恵真、俺とお前はキャプテンとコーパイである前に、愛する恋人同士だ」
えっ…と恵真は顔を真っ赤にさせる。
「おい、ちょっと。一緒に暮らしておいて、今さら何をそんなに照れてるんだ?」
「だって、そんな。あ、あ、愛する、恋人だなんて、そんなこと言われたら…」
はあ?と大和は呆れた声を出す。
「恵真。お前、操縦スキルは上級だけど、恋愛スキルはお子ちゃまレベルだな」
そう言うと恵真は、ぷーっと頬を膨らませる。
「ひっどーい!佐倉さん、この間は私のこと、魅力的な女性だって言ってくれたのに!」
「ああ。こんなにお子ちゃまだとは知らなかったからな」
むうーっと恵真はさらに拗ねる。
大和は、ふふっと笑った。
「嘘だよ。でもこんなに可愛いとは知らなかった」
そう言って恵真の鼻の頭をちょんとつつく。
恵真は何も言えずに真っ赤になった。
「ではコーパイくん。キャプテンの命令だ。愛する恋人の名前を呼んでくれ」
「え、なーに?さっきはキャプテンとしか見れないのか?って言ってたのに!」
「いいから早く。キャプテン命令だぞ」
恵真は、うっと言葉を詰まらせてから、小さく呟く。
「佐倉…大和さん」
「おい、病院の待ち合い室じゃないんだから。フルネームはいらない」
「大和…キャプテン」
「なんでそこで仕事に戻る?!」
上目遣いに大和を見上げ、最後に恵真は恥ずかしそうに呟いた。
「…大和さん」
ふっと大和は頬を緩める。
「合格。じゃあごほうびに、ウイングローのシミュレーションしてやろうか?」
いたずらっぽくそう言うと、恵真は、やだ!とむくれる。
「じゃあ、キスは?」
ぱちぱちと瞬きしてから、恵真は頬を赤らめて頷く。
「よし、じゃあごほうびのキスだ」
大和はそっと恵真の頭を抱き寄せて、優しくキスをした。
「ウイングロー思い出した?」
「…ちょっとだけ」
「なにー?!じゃあもう一回!」
「ええー?!」
「俺のことしか考えられなくなるまで、何度でもするぞ!」
「ちょ、待って、ん!」
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