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過去の告白
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ホテル フィオーレのオープニングセレモニーの準備は着々と進んでいた。
10月になると、ロビーとバンケットホールの内装の写真が先方から送られてくる。
平面図と照らし合わせて、更に詳しく演出の内容を詰めていった。
「ロビーは、ちょうど真ん中に丸いステージがある。ゆくゆくはピアノを置いてロビーコンサートを開く為のステージらしい。左右に水路があって小さな噴水も上がるそうだ。このステージをメインに演出するぞ」
「はい」
大地の言葉に頷き、花穂はデザイン画を新たに描き起こした。
「水路に架けられた橋のように、この丸いステージには誰でも階段で自由に上がれるのですよね? でしたら足元に敷き詰める花びらも、動線は空けておこうと思います。その分、真上からホテルのロゴをステージ中央に投影することは可能ですか?」
大森に尋ねると「任せなさーい!」と陽気に返される。
「よし。実際の寸法を測って、うちの社屋のアトリウムでシミュレーションしてみよう。3階から5階までの吹き抜けが、ちょうどフィオーレのロビーと同じくらいの高さになる。それぞれ必要なものを持って来てくれ。俺はビルの管理部に話して許可をもらってくる」
「分かりました」
一旦解散すると花穂はオフィスに戻り、作製した花びらを入れた大きなバッグを持ってアトリウムに向かった。
「このままだと人が歩いた時に、花びらがふわっと水路に落ちる可能性があるな」
アトリウムの床にテープで寸法通りに円を作り、実際に花びらを左右に敷き詰めてみたが、人が通ることは想定していなかった為、新たな問題点が出てきた。
「では全ての花びらに透明のテグスを通して繋ぎ、床にテグスを貼って固定しておくのはどうでしょうか?」
「いいけど、大変な作業になるぞ?」
「大丈夫です、時間はまだありますから。なるべく自然に花びらが降り積もったように繋ぎますね」
大地は返事をせず、心配そうな視線を花穂に向ける。
「浅倉さん、私のこと信用ならないって思ってますね?」
「いや、そうじゃない。青山にばかり負担がかかるんじゃないかと思って……。俺たちでも手伝えるものなのか?」
「うーん、ごめんなさい。お気持ちはありがたいですが、できればそっとしておいていただければ。私なりのこだわりがあるので」
「……分かった。だけどくれぐれも無理だけはするなよ?」
「はい」
大地と大森が5階に上がり、映像の投影や証明を調整する一方、花穂は3階のアトリウムでソファに座り、ひたすら花びらを繋ぎ合わせていった。
「花穂ちゃーん! 1回光らせてみていいー?」
5階から大森の声がして、花穂は上を見上げる。
「はい! まだ途中ですが、ひとまずざっくり敷き詰めてみますね」
「はいよー」
バランスを考えつつ、様々な色合いの花びらを無造作に重ねていく。
スカスカにならないよう、かと言ってこんもりと山にならないようにと、数も調節してふわりと飾った。
「こんな感じでどうでしょうかー?」
「オッケー! じゃあ、光らせてみるよー」
大森の声がアトリウムにこだましたあと、花びらがまるで命を吹き込まれたかのように優しく色づいた。
「わあ、綺麗ですね」
近くのテーブルでミーティングしていた女性社員たちが感嘆の声を上げる。
「花びらが淡い色合いで息づいてて、すごく幻想的」
「ほんと、うっとりしちゃう。あ! 光り方が変わった。すごい!」
「カラフルでほんとに生きてるみたい。素敵……」
その反応に、花穂は嬉しくなった。
「これ、どこで使うんですか?」
聞かれて花穂は「新しくオープンするホテル フィオーレの、ロビーインスタレーションです」と答える。
「へえ、きっと喜ばれますよ。私もチェックしておきますね」
「ありがとうございます」
するとまたしても頭上から声が響いてきた。
「花穂ちゃーん、次、花びらのシャワーも試すよ」
「はい! お願いします」
吊るし雛のように繋いだ花びらを、カーテン状に結んだアルミスティックを、大森がそっと5階の手すりから差し出す。
まるで花びらのシャワーが降り注ぐように、花穂の頭上にたくさんの花びらが色とりどりに輝いた。
「ひゃー、なんて素敵なの」
見守っていた女性社員たちは、花穂の隣にやって来て花びらを見上げる。
「はあ、ロマンチック。おとぎの国に来たみたいね」
「うん、プリンセスになった気分。私たちもいいアイデアが浮かびそうね」
そう言うと彼女たちは、花穂に「ありがとう! がんばってくださいね」と笑いかけてテーブルに戻った。
◇
花びらの演出については、アトリウムでシミュレーションしたことでかなりイメージが固まった。
次に、バンケットホールでの内容も詰めていく。
ゲストのテーブルに置かれたフラワーアレンジメントが光る演出は、中にLEDライトの芯を仕込んでおいてプログラミングによって光らせるが、試してみると花穂は落胆した。
「なんだかイメージと違いました。これだと人工的な感じがして、魔法がかかるどころか現実に引き戻されそう……」
「じゃあ別の演出に替えるか?」
大地に言われて、花穂は考え込む。
「そうですね……。少しお時間いただけますか?」
「……分かった。無理はするなよ」
「はい」
心配そうな大地と大森の視線を感じつつ、花穂は会議室をあとにする。
オフィスのデスクで何度もデザイン画を描き直すが、ピンと来なかった。
(織江さん。こんな時はどうしたらいいですか?)
ふと心の中でそう問いかけた。
するとかつて言われた織江の言葉が脳裏に蘇る。
『花穂、行き詰まった時はオフィスにいても無駄よ。外に出て気分転換するの。違った角度から、なにかが見えてくるかもしれないわ』
そうだ、ここにいても視野が狭くなり、気分が暗くなるだけだ。
外に出て、色んなものに目を向けてみよう。
よし、と頷くと、定時の18時になるやいなや、花穂はオフィスを出た。
◇
気の向くままに大きな公園通りを歩いていると、イチョウ並木が目に留まった。
見頃はまだだが、少しずつ黄金色に色づき始めている。
(綺麗だな。やっぱり自然に勝るものはない)
どんなに素晴らしいデザインも、自然界の美しさには太刀打ちできないのだ。
(なんだかそれって……、デザイナーの存在自体を否定された気がする。花を演出に使うのは、自然への冒涜なの?)
そう考えた途端、涙が込み上げてきた。
(違う。私はただ、花の美しさに心惹かれただけ。だからより一層その美しさを引き立てて、観る人を感動させたかった。魔法をかけるかのように、別世界を生み出したかった。だけどそれこそが、自然への冒涜なの? 咲いている花を手折ることも? 自然の美しさを讃えるなら、人の手で触れてはいけないの?)
ぽろぽろと涙がこぼれ、胸が締めつけられる。
デザイン画が描けないことよりも、もっと深く暗い闇に突き落とされた気がした。
(私がこれまでしてきたことってなに? 私が目指すものって? これから先、なにを目標にどうやって生きていけばいいの?)
負のループに捕らわれたように、どんどん自分で自分を苦しめていく。
(もう全て投げ出そうか……)
そう思った時だった。
「青山!」
ふいに大きな声で呼ばれて、花穂は顔を上げる。
大地が真剣な表情で駆け寄ってくるのが見えた。
「青山、どうした!?」
目の前まで来た大地は、息を切らしながら心配そうに花穂の顔を覗き込む。
花穂は慌てて指先で涙を拭った。
「あ、えっと。今日は久しぶりに定時で上がらせてもらいました。すみません、なにか私にご用でしたか?」
「バカ! なに言ってる」
「バカ!? ひどい。私、バカじゃないです!」
「バカだろ。なんでひとりで泣いてんだ」
そう言うと大地は花穂を両腕でギュッと抱きしめた。
「え、あの、浅倉さん?」
「言っただろ、お前はひとりじゃないって。分かってなかったのか? 簡単な日本語だぞ」
「いえ、それくらいは分かります」
「じゃあどうして俺のところに来なかった?」
「……は? なにをしに?」
「だからつまり、こうしに」
「ええ!?」
涙が完全に止まった花穂は、思い切り眉間にしわを寄せた。
「浅倉さん、あの。おっしゃる意味が……」
「うるさい、黙ってろ。俺たちは日本語が通じないんだから」
そう言うと大地はますます強く花穂を抱きしめる。
優しくポンポンと頭に手を置かれ、花穂の胸がジンとしびれた。
言葉にならない大地の温かさが、直接心に伝わってくる。
花穂はそっと大地の胸に頬を寄せて、その温もりに癒やされていた。
◇
「俺は3年前、大きなスランプに陥った」
公園のベンチに並んで座ると、やがて大地がポツリと呟いた。
え?と花穂はその横顔を見つめる。
「仕事が楽しくて仕方ない時期だった。契約件数もトップでクライアントにも喜んでもらえて、社内での評価も良かった。そんな時、あるコンペでライバル会社に負けた。2歳年下の相手に俺のプランニングを『自己満足に過ぎない』と酷評され、完膚なきまでに打ちのめされた。今となってはそう言われても仕方ないと思える。確かに俺は当時、天狗になっていたし、相手のプランニングはクライアントの意向に添う完璧なものだった。その相手が、オンリーワンプランニングの笹本 充。織江のフィアンセだ」
花穂はハッと息を呑んだ。
「まさか、そんな……」
大地は自重気味に、ふっと笑みをこぼす。
「だからどうだってことはない。笹本は男の俺から見てもかっこいいし、仕事もできる。織江が惚れ込むのも無理はない。でもまあ、当時の俺はやさぐれてた。同期の俺との友情なんて、織江にとってはかすりもしなかったんだなって。仕事だけでなく、ひとりの人間としても失格の烙印を押された気がした」
「そんなこと! 織江さんは、そんなつもりじゃ……」
「ああ、もちろん分かってる。だけど冷静にそう思えないほど、当時の俺はどうかしてた。山の頂上で偉そうにふんぞり返ってた分、一度倒れたら奈落の底まで転がり落ちたって感じだった。誰かに弱みを見せるのが嫌で、誰にも相談できず、結果としてこれまでの自分を捨てるしかなかった。仕事に楽しさなんて求めてはいけない。己のアイデアなんて封じ込めて、ただクライアントが喜びそうなことだけをプランニングする。そういうスタンスに変わった。ついでに言うと、性格もな。俺が人に冷たく無愛想なのは、青山も知ってるだろ」
花穂はなにも言葉が出てこなかった。
再会した時に雰囲気が変わっていたのはそういうことだったのかと、改めて4年前を思い出す。
(あの時の浅倉さんは、明るくて優しい印象だった。だから私はこの人に憧れて、同じ会社に入りたいと思った。だけど……)
そっと視線を移して大地の横顔を見上げた。
「浅倉さんは性格まで変わった訳じゃないです。だって言葉は冷たくても、心の温かさは伝わってくるから」
大地は驚いたように花穂を振り返る。
「お前、なにを言って……」
「私には分かります。浅倉さんは私にバカって言っておきながら、そのあとギュッて抱きしめてくれました。『おやすみなさい』って声をかけたら、目も合わさないでそっぽ向いたまま、ボソッと『おやすみ』って返してくれました。私にタクシー代を払わせまいとして『さっさと降りろ!』って言ってくれました。浅倉さんは、それくらい優しい人です」
「……お前、ひょっとしてドMか?」
「そうです」
「そ、そうです!?」
仰け反る大地に、花穂はグッと顔を寄せた。
「浅倉さんの言葉とは裏腹な優しさが、私は大好きです」
「え……」
大地は目を見開いたあと、なにかを思い出したように考え込んでいる。
「好きって構文は、目的語じゃなくて主語なんだよな?」
「は? なにを訳の分からないこと言ってるんですか」
「いや、お前がそう言ったんだろ?」
「……変なの」
「いやいや、俺じゃないって!」
花穂は唇を尖らせてうつむく。
かなり勇気を出して言ってみたのに、まともに受け止めてもくれなかったことにしょんぽりした。
すると大地がボソッと呟く。
「……ありがとう」
え?と花穂は顔を上げた。
「なんか、今になってじわじわ嬉しくなった。ディスられてるのかと思ったけど、どうやら褒めてくれてたんだよな?」
「……褒めてはいないです」
「おい」
「素直に思ったことを口にしただけです。浅倉さんは、優しい人だって」
大地は一瞬固まったあと、ふいとそっぽを向く。
覗き込むと、頬が少し赤くなっていた。
「浅倉さん? ひょっとして照れてますか?」
「バカ! 大人をからかうな」
「バカじゃないです! それに私も大人です」
「どこがだ?」
「ムキになる浅倉さんの方が子どもです!」
「なんだと!?」
「あ、パワハラですか? 誰かー、うちの会社は……」
「こら!」
大地はガバッと花穂に覆いかぶさる。
大きな腕に包まれて、花穂は息を呑んだ。
「……青山、よく聞け。お前はどんな時もひとりじゃない。いつだって俺がそばにいる。なにかあれば俺を頼れ。いいな?」
耳元で響く低い声に、花穂は胸がドキドキしてなにも言えなくなる。
「それにお前は、優秀なデザイナーだ。俺も、大森も織江も、みんながお前を認めている。なにも気にせず、自分の心のままにデザインすればいい。お前の造り出す世界は、お前にしかないセンスで溢れている。明るくて優しくて温かい世界を、魔法をかけるように生み出している。いいか? 俺の言葉を信じろ。お前は唯一無二の素晴らしいデザイナーだ」
大地は身体を離すと「分かったか?」と花穂の顔を覗き込む。
「……はい」
「よし。ようやく日本語が通じたな」
そう言って笑う大地は、4年前と同じ笑顔を浮かべていた。
◇
その次の週。
花穂は会議室で、大地と大森にフラワーアレンジメントを見せていた。
「大森さん、マイクロファイバーのスイッチを入れてください」
「オッケー」
大森がパソコンを操作すると、花が淡く光をまとった。
それは決して人工的ではなく、まるで花の命が輝いたかのように。
「へえ、綺麗だな」
大森が呟く。
「ナチュラルで、花自身が輝きを放っているみたいだ。花穂ちゃん、これどうやったの?」
「グリーンの部分を、導光ファイバーを織り込んだ布で模倣しました。葉っぱとか茎とか、こんな感じで」
花穂は花をそっと指先でよける。
「え、こんなに細かい作業を?」
「はい。光は白で統一しました。淡く色づいて見えるのは、花びら本来の色合いです」
「そうか、だからこんなに自然なんだ」
感心したように頷く大森の隣で、大地はじっと花を見つめたままだった。
「あの、浅倉さん。いかがでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、大地は顔を上げて大きく花穂に頷いてみせた。
「いいな。お前らしいアイデアだ」
花穂はホッと胸をなでおろす。
「ありがとうございます。じゃあ、これで進めても構いませんか?」
「ああ。俺もこの演出が引き立つようなプロジェクションマッピングを考える」
「はい!」
花穂は満面の笑みで返事をした。
あの日悩んだ気持ちを、大地がすっかり消し去ってくれたことを感じながら。
10月になると、ロビーとバンケットホールの内装の写真が先方から送られてくる。
平面図と照らし合わせて、更に詳しく演出の内容を詰めていった。
「ロビーは、ちょうど真ん中に丸いステージがある。ゆくゆくはピアノを置いてロビーコンサートを開く為のステージらしい。左右に水路があって小さな噴水も上がるそうだ。このステージをメインに演出するぞ」
「はい」
大地の言葉に頷き、花穂はデザイン画を新たに描き起こした。
「水路に架けられた橋のように、この丸いステージには誰でも階段で自由に上がれるのですよね? でしたら足元に敷き詰める花びらも、動線は空けておこうと思います。その分、真上からホテルのロゴをステージ中央に投影することは可能ですか?」
大森に尋ねると「任せなさーい!」と陽気に返される。
「よし。実際の寸法を測って、うちの社屋のアトリウムでシミュレーションしてみよう。3階から5階までの吹き抜けが、ちょうどフィオーレのロビーと同じくらいの高さになる。それぞれ必要なものを持って来てくれ。俺はビルの管理部に話して許可をもらってくる」
「分かりました」
一旦解散すると花穂はオフィスに戻り、作製した花びらを入れた大きなバッグを持ってアトリウムに向かった。
「このままだと人が歩いた時に、花びらがふわっと水路に落ちる可能性があるな」
アトリウムの床にテープで寸法通りに円を作り、実際に花びらを左右に敷き詰めてみたが、人が通ることは想定していなかった為、新たな問題点が出てきた。
「では全ての花びらに透明のテグスを通して繋ぎ、床にテグスを貼って固定しておくのはどうでしょうか?」
「いいけど、大変な作業になるぞ?」
「大丈夫です、時間はまだありますから。なるべく自然に花びらが降り積もったように繋ぎますね」
大地は返事をせず、心配そうな視線を花穂に向ける。
「浅倉さん、私のこと信用ならないって思ってますね?」
「いや、そうじゃない。青山にばかり負担がかかるんじゃないかと思って……。俺たちでも手伝えるものなのか?」
「うーん、ごめんなさい。お気持ちはありがたいですが、できればそっとしておいていただければ。私なりのこだわりがあるので」
「……分かった。だけどくれぐれも無理だけはするなよ?」
「はい」
大地と大森が5階に上がり、映像の投影や証明を調整する一方、花穂は3階のアトリウムでソファに座り、ひたすら花びらを繋ぎ合わせていった。
「花穂ちゃーん! 1回光らせてみていいー?」
5階から大森の声がして、花穂は上を見上げる。
「はい! まだ途中ですが、ひとまずざっくり敷き詰めてみますね」
「はいよー」
バランスを考えつつ、様々な色合いの花びらを無造作に重ねていく。
スカスカにならないよう、かと言ってこんもりと山にならないようにと、数も調節してふわりと飾った。
「こんな感じでどうでしょうかー?」
「オッケー! じゃあ、光らせてみるよー」
大森の声がアトリウムにこだましたあと、花びらがまるで命を吹き込まれたかのように優しく色づいた。
「わあ、綺麗ですね」
近くのテーブルでミーティングしていた女性社員たちが感嘆の声を上げる。
「花びらが淡い色合いで息づいてて、すごく幻想的」
「ほんと、うっとりしちゃう。あ! 光り方が変わった。すごい!」
「カラフルでほんとに生きてるみたい。素敵……」
その反応に、花穂は嬉しくなった。
「これ、どこで使うんですか?」
聞かれて花穂は「新しくオープンするホテル フィオーレの、ロビーインスタレーションです」と答える。
「へえ、きっと喜ばれますよ。私もチェックしておきますね」
「ありがとうございます」
するとまたしても頭上から声が響いてきた。
「花穂ちゃーん、次、花びらのシャワーも試すよ」
「はい! お願いします」
吊るし雛のように繋いだ花びらを、カーテン状に結んだアルミスティックを、大森がそっと5階の手すりから差し出す。
まるで花びらのシャワーが降り注ぐように、花穂の頭上にたくさんの花びらが色とりどりに輝いた。
「ひゃー、なんて素敵なの」
見守っていた女性社員たちは、花穂の隣にやって来て花びらを見上げる。
「はあ、ロマンチック。おとぎの国に来たみたいね」
「うん、プリンセスになった気分。私たちもいいアイデアが浮かびそうね」
そう言うと彼女たちは、花穂に「ありがとう! がんばってくださいね」と笑いかけてテーブルに戻った。
◇
花びらの演出については、アトリウムでシミュレーションしたことでかなりイメージが固まった。
次に、バンケットホールでの内容も詰めていく。
ゲストのテーブルに置かれたフラワーアレンジメントが光る演出は、中にLEDライトの芯を仕込んでおいてプログラミングによって光らせるが、試してみると花穂は落胆した。
「なんだかイメージと違いました。これだと人工的な感じがして、魔法がかかるどころか現実に引き戻されそう……」
「じゃあ別の演出に替えるか?」
大地に言われて、花穂は考え込む。
「そうですね……。少しお時間いただけますか?」
「……分かった。無理はするなよ」
「はい」
心配そうな大地と大森の視線を感じつつ、花穂は会議室をあとにする。
オフィスのデスクで何度もデザイン画を描き直すが、ピンと来なかった。
(織江さん。こんな時はどうしたらいいですか?)
ふと心の中でそう問いかけた。
するとかつて言われた織江の言葉が脳裏に蘇る。
『花穂、行き詰まった時はオフィスにいても無駄よ。外に出て気分転換するの。違った角度から、なにかが見えてくるかもしれないわ』
そうだ、ここにいても視野が狭くなり、気分が暗くなるだけだ。
外に出て、色んなものに目を向けてみよう。
よし、と頷くと、定時の18時になるやいなや、花穂はオフィスを出た。
◇
気の向くままに大きな公園通りを歩いていると、イチョウ並木が目に留まった。
見頃はまだだが、少しずつ黄金色に色づき始めている。
(綺麗だな。やっぱり自然に勝るものはない)
どんなに素晴らしいデザインも、自然界の美しさには太刀打ちできないのだ。
(なんだかそれって……、デザイナーの存在自体を否定された気がする。花を演出に使うのは、自然への冒涜なの?)
そう考えた途端、涙が込み上げてきた。
(違う。私はただ、花の美しさに心惹かれただけ。だからより一層その美しさを引き立てて、観る人を感動させたかった。魔法をかけるかのように、別世界を生み出したかった。だけどそれこそが、自然への冒涜なの? 咲いている花を手折ることも? 自然の美しさを讃えるなら、人の手で触れてはいけないの?)
ぽろぽろと涙がこぼれ、胸が締めつけられる。
デザイン画が描けないことよりも、もっと深く暗い闇に突き落とされた気がした。
(私がこれまでしてきたことってなに? 私が目指すものって? これから先、なにを目標にどうやって生きていけばいいの?)
負のループに捕らわれたように、どんどん自分で自分を苦しめていく。
(もう全て投げ出そうか……)
そう思った時だった。
「青山!」
ふいに大きな声で呼ばれて、花穂は顔を上げる。
大地が真剣な表情で駆け寄ってくるのが見えた。
「青山、どうした!?」
目の前まで来た大地は、息を切らしながら心配そうに花穂の顔を覗き込む。
花穂は慌てて指先で涙を拭った。
「あ、えっと。今日は久しぶりに定時で上がらせてもらいました。すみません、なにか私にご用でしたか?」
「バカ! なに言ってる」
「バカ!? ひどい。私、バカじゃないです!」
「バカだろ。なんでひとりで泣いてんだ」
そう言うと大地は花穂を両腕でギュッと抱きしめた。
「え、あの、浅倉さん?」
「言っただろ、お前はひとりじゃないって。分かってなかったのか? 簡単な日本語だぞ」
「いえ、それくらいは分かります」
「じゃあどうして俺のところに来なかった?」
「……は? なにをしに?」
「だからつまり、こうしに」
「ええ!?」
涙が完全に止まった花穂は、思い切り眉間にしわを寄せた。
「浅倉さん、あの。おっしゃる意味が……」
「うるさい、黙ってろ。俺たちは日本語が通じないんだから」
そう言うと大地はますます強く花穂を抱きしめる。
優しくポンポンと頭に手を置かれ、花穂の胸がジンとしびれた。
言葉にならない大地の温かさが、直接心に伝わってくる。
花穂はそっと大地の胸に頬を寄せて、その温もりに癒やされていた。
◇
「俺は3年前、大きなスランプに陥った」
公園のベンチに並んで座ると、やがて大地がポツリと呟いた。
え?と花穂はその横顔を見つめる。
「仕事が楽しくて仕方ない時期だった。契約件数もトップでクライアントにも喜んでもらえて、社内での評価も良かった。そんな時、あるコンペでライバル会社に負けた。2歳年下の相手に俺のプランニングを『自己満足に過ぎない』と酷評され、完膚なきまでに打ちのめされた。今となってはそう言われても仕方ないと思える。確かに俺は当時、天狗になっていたし、相手のプランニングはクライアントの意向に添う完璧なものだった。その相手が、オンリーワンプランニングの笹本 充。織江のフィアンセだ」
花穂はハッと息を呑んだ。
「まさか、そんな……」
大地は自重気味に、ふっと笑みをこぼす。
「だからどうだってことはない。笹本は男の俺から見てもかっこいいし、仕事もできる。織江が惚れ込むのも無理はない。でもまあ、当時の俺はやさぐれてた。同期の俺との友情なんて、織江にとってはかすりもしなかったんだなって。仕事だけでなく、ひとりの人間としても失格の烙印を押された気がした」
「そんなこと! 織江さんは、そんなつもりじゃ……」
「ああ、もちろん分かってる。だけど冷静にそう思えないほど、当時の俺はどうかしてた。山の頂上で偉そうにふんぞり返ってた分、一度倒れたら奈落の底まで転がり落ちたって感じだった。誰かに弱みを見せるのが嫌で、誰にも相談できず、結果としてこれまでの自分を捨てるしかなかった。仕事に楽しさなんて求めてはいけない。己のアイデアなんて封じ込めて、ただクライアントが喜びそうなことだけをプランニングする。そういうスタンスに変わった。ついでに言うと、性格もな。俺が人に冷たく無愛想なのは、青山も知ってるだろ」
花穂はなにも言葉が出てこなかった。
再会した時に雰囲気が変わっていたのはそういうことだったのかと、改めて4年前を思い出す。
(あの時の浅倉さんは、明るくて優しい印象だった。だから私はこの人に憧れて、同じ会社に入りたいと思った。だけど……)
そっと視線を移して大地の横顔を見上げた。
「浅倉さんは性格まで変わった訳じゃないです。だって言葉は冷たくても、心の温かさは伝わってくるから」
大地は驚いたように花穂を振り返る。
「お前、なにを言って……」
「私には分かります。浅倉さんは私にバカって言っておきながら、そのあとギュッて抱きしめてくれました。『おやすみなさい』って声をかけたら、目も合わさないでそっぽ向いたまま、ボソッと『おやすみ』って返してくれました。私にタクシー代を払わせまいとして『さっさと降りろ!』って言ってくれました。浅倉さんは、それくらい優しい人です」
「……お前、ひょっとしてドMか?」
「そうです」
「そ、そうです!?」
仰け反る大地に、花穂はグッと顔を寄せた。
「浅倉さんの言葉とは裏腹な優しさが、私は大好きです」
「え……」
大地は目を見開いたあと、なにかを思い出したように考え込んでいる。
「好きって構文は、目的語じゃなくて主語なんだよな?」
「は? なにを訳の分からないこと言ってるんですか」
「いや、お前がそう言ったんだろ?」
「……変なの」
「いやいや、俺じゃないって!」
花穂は唇を尖らせてうつむく。
かなり勇気を出して言ってみたのに、まともに受け止めてもくれなかったことにしょんぽりした。
すると大地がボソッと呟く。
「……ありがとう」
え?と花穂は顔を上げた。
「なんか、今になってじわじわ嬉しくなった。ディスられてるのかと思ったけど、どうやら褒めてくれてたんだよな?」
「……褒めてはいないです」
「おい」
「素直に思ったことを口にしただけです。浅倉さんは、優しい人だって」
大地は一瞬固まったあと、ふいとそっぽを向く。
覗き込むと、頬が少し赤くなっていた。
「浅倉さん? ひょっとして照れてますか?」
「バカ! 大人をからかうな」
「バカじゃないです! それに私も大人です」
「どこがだ?」
「ムキになる浅倉さんの方が子どもです!」
「なんだと!?」
「あ、パワハラですか? 誰かー、うちの会社は……」
「こら!」
大地はガバッと花穂に覆いかぶさる。
大きな腕に包まれて、花穂は息を呑んだ。
「……青山、よく聞け。お前はどんな時もひとりじゃない。いつだって俺がそばにいる。なにかあれば俺を頼れ。いいな?」
耳元で響く低い声に、花穂は胸がドキドキしてなにも言えなくなる。
「それにお前は、優秀なデザイナーだ。俺も、大森も織江も、みんながお前を認めている。なにも気にせず、自分の心のままにデザインすればいい。お前の造り出す世界は、お前にしかないセンスで溢れている。明るくて優しくて温かい世界を、魔法をかけるように生み出している。いいか? 俺の言葉を信じろ。お前は唯一無二の素晴らしいデザイナーだ」
大地は身体を離すと「分かったか?」と花穂の顔を覗き込む。
「……はい」
「よし。ようやく日本語が通じたな」
そう言って笑う大地は、4年前と同じ笑顔を浮かべていた。
◇
その次の週。
花穂は会議室で、大地と大森にフラワーアレンジメントを見せていた。
「大森さん、マイクロファイバーのスイッチを入れてください」
「オッケー」
大森がパソコンを操作すると、花が淡く光をまとった。
それは決して人工的ではなく、まるで花の命が輝いたかのように。
「へえ、綺麗だな」
大森が呟く。
「ナチュラルで、花自身が輝きを放っているみたいだ。花穂ちゃん、これどうやったの?」
「グリーンの部分を、導光ファイバーを織り込んだ布で模倣しました。葉っぱとか茎とか、こんな感じで」
花穂は花をそっと指先でよける。
「え、こんなに細かい作業を?」
「はい。光は白で統一しました。淡く色づいて見えるのは、花びら本来の色合いです」
「そうか、だからこんなに自然なんだ」
感心したように頷く大森の隣で、大地はじっと花を見つめたままだった。
「あの、浅倉さん。いかがでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、大地は顔を上げて大きく花穂に頷いてみせた。
「いいな。お前らしいアイデアだ」
花穂はホッと胸をなでおろす。
「ありがとうございます。じゃあ、これで進めても構いませんか?」
「ああ。俺もこの演出が引き立つようなプロジェクションマッピングを考える」
「はい!」
花穂は満面の笑みで返事をした。
あの日悩んだ気持ちを、大地がすっかり消し去ってくれたことを感じながら。
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親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
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