めぐり逢い 憧れてのち 恋となる

葉月 まい

文字の大きさ
9 / 20

織江の話

しおりを挟む
11月に入り、ホテル フィオーレでのリハーサルを間近に控えた週末。

花穂は久しぶりに織江とランチの約束をしていた。

「花穂!」
「織江さん!」

待ち合わせしたカフェで、二人は笑顔で抱き合う。

「久しぶりね。元気だった?」
「はい、織江さんも?」
「ええ。新しい職場もようやく慣れたかな」

店内に入ってオーダーを済ませると、すぐにおしゃべりに花を咲かせた。

「織江さんにお話ししたいことがありすぎて。なにから話せばいいのか」
「ふふっ、噂は聞いてるわよ。ホテル フィオーレのオープニングセレモニーを任されたんですってね」
「ご存知でしたか!」
「当然よ。花穂、すごくいいアイデアを出してくれたって、大地が褒めてたわよ」
「えっ、浅倉さんが?」

自分の知らないところで二人が連絡を取り合っていたなんて、と花穂は意外な気がした。

「大地、花穂のことをほんとに気にかけてたからね。大切に育てたいって思ってるんだろうな。自分みたいな想いはしてほしくないって」
「え? それって……」

花穂は言葉に詰まる。

(織江さんは知っているの? 浅倉さんがスランプに陥ったことを)

するとグラスの水をひとくち飲んでから、織江が顔を上げた。

「私の彼ね、社内では一番の成績なの。でも他の企業でどうしても勝てない相手がいた。それが大地だったの」
「えっ……」

織江の口から語られる大地の相手の話に、花穂は思わず身を固くする。

「何度戦ってもコンペで負ける。だけど、いつも清々しかったんだって。大地のプランニングは、惚れ惚れするほど素晴らしかったからって。ある時、遂にコンペで大地に勝てた。だけど嬉しさよりも憤りの方が強かった。なぜならその時の大地のプランニングは、自分に酔いしれているようなものだったから。これまでずっと憧れてきた大地の良さが、まるで感じられなかった。彼ね、それが悔しかったんだって。どうして変わってしまったのかって。それで、思わず本人にも言ってしまったの。自己満足に過ぎないんじゃないですか? って」

花穂はギュッと膝の上で拳を握りしめる。

そう言われた時の大地の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだった。

「そのことを、彼は今も後悔してる。伝えたかったことは、そんなことではなかったから。それからの大地は雰囲気も変わってしまって、近寄り難くなってしまった。だけどいつか謝りたいって。そしてコンペとは関係なく、大地らしいプランニングを見せてほしいって。そう願い続けているのよ」

話し終えた織江は、どこか寂しそうに微笑む。

花穂の胸にも切なさが込み上げてきた。

「ねえ、花穂。好きなことを仕事にするって、時に残酷なこともある。夢を掴んだからこそ、その夢を否定されたり失いそうになると、とてつもない恐怖に駆られる。私たちの世界って、そういうところなのよね。だけど、諦めたくない。だって自分が自分らしく生きていく、唯一の道だから。そう思わない?」

花穂が懸命に涙をこらえながら顔を上げると、織江はふっと笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。ひとりでは挫けそうな道でも、仲間がいてくれる。あなたにはいつだって、大地や大森がついてるわ。それに私もね。だから花穂、どんな時も自分らしく、信じた道を進むのよ?」
「……はい」

涙声で頷く花穂に、織江は手を伸ばして優しく頭をなでた。



11月のリハーサルを終え、遂にホテル フィオーレのオープニングセレモニーの日が翌日に迫る。

花穂たち3人は、前日からホテルに泊まり込んで準備に追われた。

既にプレオープンして宿泊しているゲストがいる為、ロビーの演出は深夜に作業することになっていた。

静まり返った真新しいロビーで、大地と大森が慎重に天井裏の高所作業を行う。

そのあと花穂が大理石のピカピカのステージに、花びらを敷き詰めていった。

「よし、じゃあテストするぞ」

大地の声掛けで、3人はステージを降りて上を見上げる。

まずはステージ中央にホテル フィオーレのロゴを投影する。

サラサラと文字を描くように筆記体のロゴが現れ、キラキラと細かな輝きが周りを彩った。

しばらく静止したあと、輝きながら文字が消えていく。

そしてまた同じように文字が描かれ始めた。

「ムーブメントの間隔、1分でいいかな?」

大森が言い、大地と花穂は、うーんと考え込む。

「30秒でいいかも。1分だと、動きがあることに気づかれずに立ち去られるかもしれない」
「そうですね。かと言って15秒とかだと、写真撮影するのに支障が出そうです。30秒がベストだと私も思います」

オッケーと言って、早速大森がパソコンでプログラミングを変えた。

「じゃあ次、花びらを点灯するよ」
「はい、お願いします」

再び大森がパソコンを操作し、ステージに敷き詰められた花びらが、綺麗に色づいた。

「おおー、華やか! いいな、これ」
「ああ、光り方にバリエーションがあるのがいい」

大森と大地が満足気に頷く。

フチが光るもの、表面が光るもの、そして中から淡く光るものと、花びらは色んな表情を見せる。

水色やピンク、白やオレンジなど、カラフルに様々な色合いが浮かび上がり、見守っていた数少ないホテル職員からも感嘆のため息がもれた。

「よし。じゃあフラワーシャワーも光らせて、ムーブメントを加えるぞ」

大地が上を見上げ、大森がパソコンを操作した。

シャワーのように頭上に広がる花びらのカーテンが、一斉に光り出す。

見とれていると、花びらはマイクロファンのかすかな風を受けてふわりと揺れ、回転モーターでゆっくりと回った。

「わあ、綺麗……。風に揺れて生きてるみたい」

うっとり呟く女性スタッフの声が聞こえてきて、花穂は嬉しくなる。

「青山、カメラチェックしよう。動画と静止画の両方を撮影してくれ」
「はい」

花穂はスマートフォンで静止画を何枚か、そして動画でロゴやフラワーシャワーの動きを撮影した。

「花びらの動き、もう少し緩やかにした方がいいな。あとロゴはもっとシャープに投影して、色味もゴールドを多めに」
「了解」

大森がカタカタと手早くパソコンを操作して微調整する。

「よし。朝イチで須崎さんのチェックを受けよう。そのあとバンケットホールに取りかかる。今夜はもう遅い。早く寝て明日に備えよう」

3人は用意された客室に戻った。



「ふわー、眠い。せっかくの豪華な部屋を楽しみたいけど、眠気には勝てん。おやすみー」

ふらふらと寝室に向かう大森を、花穂は「おやすみなさい」と見送る。

須崎が3人の為に用意してくれたのは、ゴージャスなセミスイートルームだった。

広いリビングを挟んで左右に寝室が2つある。
大地と大森がツインベッドルームを、花穂がダブルベッドの部屋を使うことになっていた。

「青山も部屋で休め。もう1時だぞ。本番は明日なんだからな」
「はい。それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

大地に挨拶して、花穂はダブルルームに行く。

ふう、とソファに腰を下ろすと、ローテーブルに置いたバッグを手に取り、中を確認した。

(えっと、フラワーアレンジメントが朝ホテルに届くから、そしたらこのグリーンを仕込む作業をしなくちゃ)

事前にフラワーアレンジメントのサンプルは写真でもらっていたが、実際に見てみるまではどんな具合か分からない。

(この数で足りるかな? お花のボリュームが思ったよりも少なかったら、マイクロファイバーの花びらも追加しようかな)

とにかく色んなシチュエーションに対応できるよう、花穂は頭の中でシミュレーションしながら材料を並べてみた。

(念の為、もう少しグリーンを作っておこうかな)

そう思い、導光ファイバーを織り込んだ茎や葉っぱを作っていく。

すると、コンコンとドアがノックされた。

「えっ? はい」

驚いて顔を上げると「俺だ」と大地の声がした。

「浅倉さん? どうかしましたか?」

立ち上がってドアを開けに行くと、パスローブを着た大地が立っていた。

シャワーを浴びたらしく、髪も無造作に下ろしている。

「まだ寝てなかったのか。ドアから明かりがもれてる」
「あっ、ごめんなさい。これだけやったら寝ますので」
「なにをやっている?」

そう言って大地は、花穂の肩越しに部屋を覗き込んだ。

「明日フラワーアレンジメントが届いて、もしお花のボリュームが少なかったらと心配になって」
「追加で仕込みを作ってたのか」
「はい、そうです」 

大地は小さくため息をつく。

「青山、リスクマネジメントも大事だが、セルフコントロールも同じくらい大切だ。寝不足では判断力に欠けて、ベストなパフォーマンスはできない」
「……は、い……?」
「おい、なんだその気の抜けた返事は」
「いえ、あの。英語で話されると理解するのが大変で」
「は? 俺は日本語をしゃべってるが?」
「そうなんですか?」

大地はこめかみを押さえながら「またこれか」と呟いた。

「なんで俺とお前はこうも日本語が通じないんだ?」
「私は日本語は分かりますが、英語が苦手なので」
「だから! 俺も日本語でしゃべってるってば」
「ええー、そうでしたか?」
「もういい! とにかく寝ろ」
「じゃあ、区切りのいいところまでやったら……」
「だめだ。今、区切れ。寝ろ」

区切れと言われても……と、花穂は途方に暮れる。

「青山が寝るまでここで見張ってるからな」
「はいー? 堂々と覗き?」
「違う。作業をやめてベッドに入るのを確かめるだけだ」
「シャワーと着替えの時は?」
「…………」
「覗くんだ」
「覗くか! いいから、ほら。さっさと片づけろ」

はーい、と花穂は渋々テーブルを片づける。

「ではシャワーを浴びてきます。もう見張らなくても大丈夫ですよ」
「……そうか。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

大地が部屋から出て行くと、花穂は再びテーブルに材料を広げた。

するとカチャッとドアが開く。

「青山!やっぱりお前はー」
「ひっ! 覗き魔、変態!」 
「誰が変態だ。早く寝ろ!」

ひえっと首をすくめ、花穂は仕方なくバスルームに向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

ゼロから千まで

三旨加泉
恋愛
病院で目覚めた千歳。隣には友人の彼氏がいて…?執着の強い相手に振り回される千歳の運命はいかにー

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

処理中です...