優しい雨が降る夜は

葉月 まい

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初めての合コン

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「お姉ちゃーん、お願い!」

顔の前で両手を合わせて、美空が頭を下げる。

「何度言われても無理です」
「そうおっしゃらずにー。ほら、これも社会勉強だと思って。ね?」

美月は、やれやれとため息をついた。

事の発端は、15分ほど前に美空にかかってきた電話。
夕食を食べ終えて、二人でそれぞれのんびりとリビングでくつろいでいた時だった。

「え! みっちゃん、明日来られなくなったのー? そんなあ、どうするのよ」

なにかをドタキャンされたのねと、美月は大して気にも留めずに本を読み進める。

すると電話を切った美空が、美月に切り出した。

「お姉ちゃん。明日の土曜日って、仕事?」

美空がこんなふうに、妙に可愛らしく小首をかしげる時はロクなことがない。

美月は用心しながら答えた。

「もちろん仕事ですとも。うちの職場は土日も関係ないですからね」
「うんうん、そうよね。じゃあ、何時上がり?」
「……その時の状況次第ね」
「そっかあ。それなら、早番? 遅番?」
「な、中番」
「中番? そんなのあった?」
「今出来た」

もう!と、美空はふくれっ面になる。

「ほんとは早番なんでしょ? お姉ちゃん、今日は休みだったもん。休み明けの日は、基本的に早番よね?」
「うぐっ……。おぬし見かけによらず、妙なところだけ鋭いのだな」
「ってことは、5時上がりよね? 充分間に合うよ!」
「なにに?」
「合コ……」

無理無理無理ー!と、美月は美空の言葉にかぶせて打ち消した。

「美空。いくら人数が足りなくなったからって、私を誘っちゃだめでしょ?」
「だって他に誰もいないんだもん。みーんな彼氏が出来ちゃってさ」
「だからって、この私よ? 一瞬で場の雰囲気がシラケちゃうじゃない」
「そんなことないよ。まあ、確かに今のその格好じゃ無理よ。ノーメイクに前髪ぱっつん、黒髪ストレートを後ろで束ねたおばさん結びにヨレヨレの部屋着。しかも羽織ってるカーディガン、おばあちゃんのお下がりでしょ? 見た目年齢、58歳!」

そ、そこまで!?と、美月は思わず絶句する。

「そんなの、合コンどころじゃないのは分かりきってるでしょうよ?」
「だーかーらー、私が大変身させちゃう! 30歳若返らせてみせるから!」
「それでも28歳ってこと? 私、24なんだけど」
「まあ、そこはほら、免許証見せて証明すればいいんじゃない? だから、ね? お願い!」

そうやって何度も、あの手この手で頼み込んでくるのだった。

「無理だってば。私が行って雰囲気ぶち壊すより、一人来られなくなったって方がよっぽどマシよ?」
「お姉ちゃん、分かってないわね。合コンって人数合わないと、それだけで修羅場になるのよ? それにみっちゃんを誘ったのは私だもん。私が埋め合わせしないと、みんなに顔向け出来ないし」

こういう話を聞くからますます行きたくなくなるのだと、美月はいつも合コンにマイナスイメージを持っていた。

自分には合わないと思うし、参加したこともない。

なにより、自分のせいで台無しにしてしまっては申し訳がない。

「みんな大学生なんでしょ? 私一人社会人って、浮いちゃうじゃない。とにかく、絶対に私は行かない方がいいんだから。諦めなさい、美空」
「じゃあ、お姉ちゃんは黙って座ってるだけでいいから。参加費も私が出す。で、始まって30分したら、電話がかかってきたから抜けるわねって帰っていいから。ね? 明日のお店、お料理が美味しいんだよー。高級点心食べ放題!」
「そ、そうなの?」

美月は思わずゴクリと喉を鳴らした。

「お姉ちゃん、飲茶好きだもんね。もう回転テーブルぐーるぐる回して、蒸し立てのせいろジャンジャン取っちゃって」
「い、いいの?」
「いいともー!」

色気より食い気とはまさにこのことで、美月はうっかり頷いてしまった。



そして翌日。
美月が仕事を終えると、逃がすまいと迎えに来ていた美空に手を引かれて、二人で一旦帰宅した。

「はい、まずはこれに着替えて」
「なに、これ。ワンピース?」
「じっくり見ないで。ほら、なんなら脱がせましょうか?」
「結構です!」

急かされるままワンピースに着替えると、強引にソファに座らされる。

「あとはひたすらじっとしててね。なんなら目を閉じて瞑想してて」
「分かった」
「分かった!?」
「え、だめなの?」
「いえ、どうぞ」
「うむ」

美月は目を閉じて心を無にする。
仕事であれこれ回転させていた頭を休めるように、ゆっくりと深呼吸した。

(はあ、落ち着く。なんならちょっと眠くなってきちゃった)

すると遠くから美空の声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん?」
「ん? あれ、美空?」
「もう、寝ないでよ。カックンカックンして、メイクしづらかったんだからね。でもまあ、こんなもんでいいか!」

どれ?と鏡を見ようとすると、美空に腕を引かれて立たされる。

「時間がないわ、行くわよ。靴も玄関に用意してあるから」
「えー? ヒールのある靴は無理よ」
「そう言うと思って、ストラップのローヒールシューズにしたから。足が痛くならないやつ」
「ほんとに痛くならない?」
「お試しあれ。ほら、急いで」

そんな具合に、美月は自分の出で立ちもよく分からないまま玄関を出た。



「お待たせー、みんな。紹介するね。姉の美月です」

待ち合わせ場所に行くと、美空は綺麗に着飾った3人の女の子達に美月を紹介した。

「初めまして、風間 美月と申します。いつも妹がお世話になっております」

両手を揃えてお辞儀をすると、女の子達は明るい声を上げる。

「やーん、お姉さんご丁寧ですね。こちらこそー」
「美空のお姉さんって、こんなにちゃんとしてるんだ。大人ですねー」
「おいくつですかー?」

自分の声より1オクターブは高いなと思いながら、美月はいつもの口調で答えた。

「わたくしは今年で満25歳になるところです」

すると女の子達は、人差し指を口元に当てて小首をかしげる。

「マンって、なんですかー?」
「1万ってことー?」
「やだー! 1万25歳って、ありえなーい」

それはそうでしょうとも。
さすがに私も亀ではない、と美月は口をつぐんだ。

「でもお姉さん、とってもお綺麗ですねー」
「ほんと。美空はチャライ感じなのに、お姉さんは清楚なんですねー」

は?と、美月は目をしばたたかせる。

「わたくしが、ですか?」
「うふふー、はい。あなた様でーす」

女の子達は楽しそうに顔を寄せ合った。 

「わたくしって、いいねー」
「今夜はみんなで、わたくしって使おうよー」
「さんせーい!」
「ではお姉さん、わたくしがお店までご案内いたします」
「わたくしもー!」

キャッキャッと明るい女の子達に手を引かれ、美月はお店に連れていかれた。



「お待たせしましたー!」

飲茶専門店の個室に案内されると、既に5人の男の子達が席に着いていた。

「おおー、ようこそ! さ、どうぞ座って」

真ん中にいた男の子が立ち上がって、席へと促す。

「はーい、失礼します。えっと、わたくしはここにしようかしら。お姉さんは?」
「では、わたくしはお隣に」
「あら、男女で交互に座った方がよろしいですのよ」
「そうなのですか? 作法を知らずに申し訳ありません」
「よろしくてですのー」

すると男の子達が一斉に笑い出した。

「面白いね、君達。じゃあ早速だけど、名前を聞かせてもらおうかな」

はーい!と返事をして、端の女の子から順番に名乗っていく。

「かんなでーす」
「さなえでーす」
「ゆいかでーす」
「みそらでーす」
「風間 美月と申します」

ドッと男の子達から笑いが起こった。

「なにそれ、仕込んで来たの? 超面白い!」
「あらー、わたくし達、普段からこんな感じですのー」
「楽しい時間になりそうだな。早速、乾杯しよう」

ビールで乾杯すると、次々と円卓に蒸し立てのせいろが運ばれてきた。

「お姉さん、どれがよろしくて? わたくしが取って差し上げますわ」
「ありがとう。片っ端からいただこうかしら」
「あははー! よろしくてよー」

なぜだか男性陣も乗っかり「お姉さーん、こちらも召し上がれー」と回転テーブルを回して美月の前にせいろを運ぶ。

「ありがとうございます、いただきます」
「お姉さんに贈り物、そーれ!」
「こんなにたくさん貢ぎ物が……」

いつの間にか、美月が話の中心になっていた。

「お姉さん、このふかひれスープ絶品ですよ」
「ありがとう、コラーゲンが潤いそうですね」
「じゃあ、俺からはこの桃饅頭を」
「ありがとう。でももうこの辺で。レイジースーザンで遊んではいけないわ」

ん?と皆は動きを止める。

「なんですか、レイジースーザンって」
「この回転盤の名前よ」
「これって、え?」

ええー?と、皆は声を揃えて仰け反った。

「このくるくるテーブル、そんな名前があったんだ!」
「レイジースーザンって、ショップの名前かと思ってた」
「お姉さん、それほんと?」

美月は真顔で頷く。

「直訳すると、怠け者のスーザンってことなのだけど、この回転盤をくるっと回せば、わざわざ立ち上がって取らなくてもいいから怠け者には便利だねってことで。スーザンは諸説あって、当時のイギリスではメイドの代名詞だったとか、よくある女の子の名前だからとか。ショップの名前に使われたのも、店内をぐるっと回ればお気に入りのものが見つかるってコンセプトのようです」

へえー!と一斉に感心したような声が上がった。

「さすがはお姉さん。万年生きていらっしゃるわー」
「ははは! なんだよ、それ」
「人生何周目なの? スーザン姉さん」
「教えてー、物知りなスーザン姉さーん」

結局美月はその後も、抜け出すタイミングが掴めなかった。
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