優しい雨が降る夜は

葉月 まい

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再会とスーザン姉さん

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「ありがとー、お姉ちゃん。大感謝!」

合コンが終わり、それぞれ連絡先を交換して和やかに解散すると、美空はガバッと美月に抱きついた。

「美空、重い」
「ごめんごめん。でもお姉ちゃんのおかげで大盛り上がり! 全員と連絡先交換出来たし、またみんなで会おうって。楽しみ!」
「それは良かったわ」
「スーザン姉さんもメッセージのグループに入ってって、みんな言ってたよ」
「これ以上はご勘弁を」
「まあ、追い追いね。でもほんとにありがとう! お返しに、お姉ちゃんのお気に入りのカフェでドリンクご馳走する。寄って帰ろう」

美空は上機嫌で美月と腕を組み、カフェへと入る。

「んー、土曜日の夜だから混んでるね。あ、あそこのイケメン二人組の隣が空いてるかも。すみませーん、ここ空いてますか?」

フットワークの軽い美空は、すかさずテーブルの間を縫って近づいた。

「空いてますよ、どうぞ」
「ありがとうございます! お姉ちゃん、こっちこっち」

手招きされて、美月は男性二人に会釈してから席に着く。

「お姉ちゃんは座ってて。いつものカプチーノでいい?」
「うん、ありがとう」

美空が注文カウンターに向かうと、美月は、ふうと椅子にもたれた。

手にした小さなバッグからスマートフォンを取り出そうと、ゴソゴソ探る。

(あれ? どこだろう)

自宅で着替えている時に、美空が美月のバッグから自分のバッグに中身を移し替えた為、どこになにが入っているのかよく分からなかった。

(これかな? あ、違う。美空ったら、文庫本まで入れたのね)

取り出した文庫本をもう一度バッグにしまおうとした時、ページの隙間から栞がひらりと床に落ちた。

(また落っことしちゃった。落ちやすいのかな?)

手を伸ばして拾い上げようとすると、隣の男性と手が触れ合った。

「あ、すみません」
「いいえ。……あれ?」

男性は手にした栞をじっと見てから、顔を上げる。

「君、もしかして」
「え?」

美月も男性をじっと見つめてから、「あ!」と思い出して頭を下げた。

「先日はありがとうございました」

雨の日に、このカフェで栞を拾ってくれた男性に間違いなかった。

「やっぱりあの時の。見たことある栞だから、ひょっとしてと思ったんだけど、随分印象が……」

向かい側に座っていた人が「優吾、知り合いか?」と聞くのと、「お姉ちゃん、お待たせー」と美空が戻って来たのが同時だった。

「ん? お姉ちゃんのお知り合い?」
「そういう訳ではなくて。ほら、前に話したでしょう? このカフェで栞を落とした時、拾って追いかけてくださった……」
「ああ! 【雨の日の君】ね。初めまして、妹の美空です」
「美空、まだ私の名前も申し上げてないのに……」
「そうなの? では改めまして、姉の美月と、妹の美空です」

人懐っこい笑顔を浮かべる美空に、男性二人も自己紹介する。

「初めまして、雨宮 優吾です」
「俺は優吾の同僚の立川 光太郎です」

美月も二人に向き直って頭を下げた。

「風間 美月と申します。先日は本当にありがとうございました。幸いにもこうしてまたお会い出来ましたので、なにか返礼品をお渡し出来ればと……」
「は?」

ポカンとする優吾に、美空が慌てて取り繕う。

「お姉ちゃん! ふるさと納税じゃないんだから。えっと、雨の日の君は、雨宮さんっておっしゃるんですね。すごーい、さすがですね」
「はあ……」

今度は美月が美空を咎めた。

「美空、戸惑ってらっしゃるでしょう? すみません、妹が」
「お姉ちゃんの方が戸惑わせてるわよ。大体こんなイケメンな方なのに、印象がギリギリ平成ひと桁生まれねって、どういうこと?」

すると光太郎が笑い出した。

「なんだか面白い美人姉妹だな。綺麗な装いだけど、どこかの帰り?」
「はい、少しばかり合コ……」

わー、お姉ちゃん!と、美空が美月の口をふさぐ。

「ちょっと、外で食事をした帰りでございまして。ほほほ」

美月が横目でジロリと美空を見ると、美空は目で訴えて首を振った。

やれやれと美月はため息をつく。

「あの、雨宮さん。先日は雨の中を栞を届けてくださっただけでなく、美味しいカフェのテイクアウトメニューもご馳走になってしまい……」

え?と呟く光太郎に、優吾が咳払いでごまかした。

「どういたしまして。それはそうと、ここにはよく来るの?」
「はい、仕事終わりによく立ち寄ります」
「そうか。俺達も職場が近いから、ほぼ毎日来るんだ。またばったり会ったらよろしく」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

話を終えた優吾と美月を、光太郎と美空が「で?」と促す。

「なんだよ、で? って」
「だから、それだけ?」

光太郎の言葉に、美空も頷いた。

「お姉ちゃん、そのあとは?」
「なあに、そのあとって」
「だから、もう! なんか交換するものあるでしょ?」
「あ、プレゼント交換ね。先日いただいたお返しに……」
「違うから!」

美空は憤慨すると、光太郎に話しかける。

「すみません、姉の代わりに私の……」
「こちらこそ。優吾の代わりに俺の……」

二人でスマートフォンを取り出してなにやらコソコソと話すと、満足気に顔を上げた。

「じゃあ優吾、仕事に戻るか」
「そうだな」

立ち上がった二人に、美空が笑顔で手を振る。

「じゃあ、またー」

美月が「失礼します」とお辞儀をすると、優吾も「では、また」と短く答えて去って行った。



「やーん、お姉ちゃんったら。なんだかんだ、いい出会いあるんじゃない」

優吾と光太郎が出て行くと、カップを両手で持ち上げて、美空が意味深に笑う。

「なに? いい出会いって」
「だってあんなにイケメンの雨宮さんに栞を拾ってもらって、またここで再会するなんて。しかも雨宮さん達、ほぼ毎日ここに来るってことは、これからもまた会えるってことでしょ? これはもう、行くしかなーい!」
「どこに?」
「またまたー、分かってるくせに」

美月が仏頂面でカップを口に運ぶと、美空は身を乗り出して声を潜めた。

「お姉ちゃん、どうしてそんなに恋愛に消極的なの?」
「どうしてって、別に興味ないもの。逆に美空はどうしてそんなに恋愛に前向きなの?」
「だって楽しいじゃない」
「そうかしら。私は全然楽しくなかったわ」
「そう……って、ええ!? お姉ちゃん、彼氏いたことあるの?」
「あるわよ、大学生の時に」
「衝撃……知らなかった」

呆然と呟いてから、美空は目を輝かせる。

「それでそれで? どんな人だったの?」
「普通の人。同じゼミだったからいつも一緒にいて、なんだかんだで一緒に勉強して。向こうはアパートにひとり暮らしだったから、会いやすいっていうのもあったかな」
「うっそ! ひとり暮らしの彼の部屋に上がったの? じゃあ、もしや……」
「ああ、どこまでいったかってこと? キス止まり」
「ヒィ! お姉ちゃんの口から、そんな赤裸々な……」
「美空が聞くからでしょ」

淡々とカプチーノを飲む美月に、美空はグッと顔を寄せた。

「どうして、その……キス止まりだったの? そういう雰囲気にはならなかった?」
「ん? 一度だけなったわよ。ベッドに押し倒されて」
「ングッ……、そ、それで?」
「横たわった私に、彼が覆いかぶさってきたの。で、だんだん顔が近づいてキスされて……」
「クーッ! そそそ、それで?」
「なんか、違うなって」

は?と、美空はそれまでの興奮状態から一気に真顔になる。

「なに? 違うなって」
「だから、そのままよ。上から見下ろされてキスされた時、思ったのよ。なんか違うって。だからピタッて彼の胸を押さえて止めたの。そしたら彼も素に戻って、お互い起き上がって……。私が『帰るね』って言ったら彼も『分かった』って言って、そのまま別れたの」
「いやいやいや、全然分かんないから。なにそれ、どういうこと?」

んー、そうね、と美月は頬杖をつく。

「そういうことをするのって、ものすごく心を開いた相手じゃないと無理じゃない? いざその時になって、私はこの人にそこまで気を許せないなって思ったのかも。だって普通に考えてみてよ。お互い一糸まとわぬ状態で、あろうことか合体するなんて……」
「お、お姉ちゃん!」

美空は周りを気にしながら美月を止める。

「大丈夫よ、私のことなんて誰も気にしてないから。職場でも『気配ないね』とか『居たのに気づかなかった』ってよく言われる」
「そんなことないよ。そりゃ、普段のお姉ちゃんは地味子だけど、今日はとびきり綺麗だもん。ほら、見て」

美空はバッグから小さな鏡を取り出すと、美月に見せた。

「えっ、これ、私?」

鏡の中の自分に、美月は驚く。
まつ毛は長くカールし、目元はぱっちりくっきり。
頬はチークでほんのりピンクで、唇はぷるんと潤っている。

いつもは真っ直ぐ下ろしている髪も、サイドは編み込んで毛先を巻き、前髪もすっきり横に流してあった。

メイクと髪型でこんなに変わるとは……。
もはやこれが自分だとは信じられない。

「私がばっちりメイクしてあげたの。どう? 綺麗でしょー。ちなみにそのワンピースも、ボルドーで落ち着いた印象だけど、身体のラインが分かって結構セクシーなんだよ」
「そうなの? ちょっと、どうして教えてくれなかったのよ。だから出かける前に鏡を見せてくれなかったのね?」
「ふふふー、そうなの。お姉ちゃんは磨けば光るって、前から思ってたんだ。今夜の合コンも、『イケてるスーザン姉さん』って印象だったと思うよ」
「そんなの嬉しくない!」
「まあまあ。ほら、さっきから通り過ぎる男の人達、チラッてお姉ちゃんのこと見てるよ」

むーっと、美月は頬を膨らませた。

「美空、帰るわよ」
「ええー、どうしてよ?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ。ほら、早く」
「待ってよー」

美月はカップを返却口に返すと、スタスタと急ぎ足で駅へ向かった。
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