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再会
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少し部屋で休憩してから、三人はホテルの中をあちこち見て回る。
今日はこの後、何も予定を入れておらず、ホテルでのんびりするつもりだった。
ショッピングエリアに立ち寄ると、瑠璃は感嘆の声を上げる。
「素敵ね。お洋服も雑貨も、センスが良くて高級なものばかり。あ、見て!陶器や家具もあるわ」
「ほんとだね。日本中、いや世界中から取り寄せているんだろうね」
そして一生は、以前、高坂会長が話していた事をふと思い出す。
「そう言えばね、ホテル 高坂も昔、清河さんの所に営業に行ったらしいよ」
「え、そうなの?」
「ああ。でも良い返事はもらえなかったらしい」
「清河さん、断ったってこと?どうしてなのかしら…」
高坂会長は一生に、清河を落としたフォルトゥーナの営業マンをヘッドハンティングしたいくらいだと言っていたっけ。
(それがまさか瑠璃だなんて、会長は思いも寄らないだろうな)
一生がふふっと笑みを洩らすと、瑠璃は怪訝そうな顔で首をかしげる。
「何でもないよ。さ、すみれ。お庭を見に行こうか」
「うん!」
すみれの手を繋いで歩き始めた一生に、まあいいかと瑠璃がちょっと肩をすくめた時だった。
「瑠璃さん!」
急に後ろから名前を呼ばれて、瑠璃は驚いて振り返る。
通路の先にあるブライダルコーナーから、スラリとした綺麗な女性が出て来て、こちらに駆け寄って来た。
「やっぱり瑠璃さんだ!お久しぶり!」
笑顔で瑠璃の肩を抱き寄せてハグをするその女性は…
「え、も、もしかして、麗華さん?」
「そうよー。もしかしなくても麗華様よー」
あはは!と明るく笑い飛ばす麗華は、少し見ない間にすっかり洗練された大人の女性になっていた。
「うわー、お久しぶり!すっごく綺麗なお姉さんで、一瞬誰かと思っちゃったわ」
「あらやだ!私は昔から綺麗でしょ?」
「そ、そうね。それはもちろんそうだけど…」
「なーんて、ウソウソ。あの頃はケバかったもんねー」
そう言って、また明るく笑う。
「今ね、私、ウェディングドレスの買い付けの仕事をしてるの」
「え、そうなの?」
「そう。このホテルで扱うドレスを探して、イタリアとかフランスを飛び回ってるのよ」
「すごーい!素敵ねー!」
二人で盛り上がっていると、瑠璃?と一生の声がした。
なかなかついて来ない瑠璃を不思議に思って、引き返して来たのだろう。
「あ、一生さんだ!わー、久しぶり!」
「…え?」
怪訝そうに麗華を見ている一生に、瑠璃が笑いかけた。
「一生さん、麗華さんよ」
「え、ええっ?!」
一生は驚いて目を見張る。
「やだ、そんなに驚くこと?」
「いや、だって、随分印象が…」
「ふふふ、まあね。それより一生さんこそ、変な真似しないでよね」
「へ?変な真似って?」
「ネットでしれっと予約入れたでしょ?スタッフがざわついたのよ。これは同姓同名の別人か?って」
ああ、と一生は苦笑いする、
「いや、すまなかった。まさか気付かれるとは思わなくて。部屋をグレードアップしてくれたんだろう?ありがとう」
「本当に。麗華さん、あんな豪華なお部屋をどうもありがとう」
一生と瑠璃の言葉に、麗華は手を振る。
「いいのよ、それくらい。でも良かったわ、会えて。私、昨日まで神戸のホテルで仕事してたんだけど、お二人に会いたくて今日こっちに…って、ん?」
麗華は言葉の途中で、一生の背後を覗き込む。
すみれが、一生の後ろからそっと顔を覗かせていた。
「えっ?!やだ、可愛い~!なんて美少女。もしかして、お二人のお子さん?」
すみれは恥ずかしそうに、慌てて顔を引っ込める。
「ええ、娘のすみれです。すみれ、この人は麗華お姉さんよ」
瑠璃に促され、おずおずと麗華の前に歩み出たすみれは、はにかみながら、こんにちはとお辞儀をする。
「こんにちは。すみれちゃんっていうのね。私は麗華よ」
すみれの前に屈んで麗華が声をかける。
「うわー、お人形さんみたいに可愛いわね。でもすみれちゃん?お嬢様たるもの、簡単に男の人に落ちたらだめよ?」
「ちょ、ちょっと、麗華さん」
ガーンと固まっている一生の様子を気にしつつ、瑠璃が麗華を止める。
「いい?結婚するなら、あなたのお父様みたいな人にするのよ?」
「とうさまみたいなひと?」
「そうよ。お父様は優しいでしょ?そんな人を見つけるのよ」
分かっているのか、いないのか、すみれは嬉しそうに、はい!と頷いた。
麗華は、瑠璃のふっくらしたお腹にも気付き、産まれたら教えてねーと言ってから、颯爽と去って行った。
「さ、さあ、すみれ。お庭に行ってみようね」
固まったままの一生を横目で見てから、瑠璃はすみれの空いている方の手を繋ぐ。
歩き出すと、すみれに引っ張られるようにヨロヨロと一生もついてくる。
(大丈夫かしら?今からこんなので…)
瑠璃は、こっそり苦笑いした。
(それにしても麗華さん、とっても生き生きしてたなあ。笑顔もキラキラ輝いてて…)
ふと、初めて麗華に会った時の事を思い出す。
麗華は、自分のこの先の人生に悩んでいるようだった。
そしてその悩みは、誰よりも瑠璃が1番良く理解出来た。
「…私も幸せになれるかな?」
弱々しくそう聞いてきた麗華に、瑠璃は力強く頷いてみせたっけ。
(麗華さん、今はとっても幸せそう)
瑠璃は嬉しくなって、思わずふふっと微笑んだ。
◇
次の日。
朝食を済ませると、三人は瑠璃の祖母が営む料亭に向かう。
高齢の為、もうお店に立つことはなくなっていた祖母だが、瑠璃達に会いたいと顔を出してくれた。
お座敷で一緒に昼食を頂く。
久しぶりに会う、ひ孫のすみれの成長ぶりに驚きつつ、とても嬉しそうに終始笑顔を浮かべていた。
「瑠璃、身体に気を付けてね。元気な赤ちゃんが産まれてくるよう、祈ってるからね」
名残惜しそうな祖母の両手を握って、瑠璃は頷く。
「おばあ様もお元気でね。今度は赤ちゃんも連れて来るからね」
「そうやね、楽しみやわ。それまで元気に待ってるわね」
タクシーに乗り込んだ三人に、祖母は、姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
◇
「清河さん、こんにちは!」
『ガラス工房 清河』の木の看板が立て掛けてある軒下から、瑠璃が中に声をかける。
「おおー、瑠璃ちゃんに一生さん。待っとったで。さあさあ、中へどうぞ」
奥の作業場から、作務衣姿の清河が顔を出す。
と、清河の後ろから二人の若い男の子が現れた。
「あっ、もしかして、お弟子さん?」
という瑠璃の声は、あーっ!と大きな清河の声でかき消された。
「もしや、お嬢ちゃんがすみれちゃんか?こりゃまた、可愛いのう~」
これ以上ないほど目尻を下げ、ニコニコと笑いかける清河に、すみれは、こんにちはと頭を下げる。
「すみれ、こちらは清河さんだよ」
一生の言葉に、すみれは真剣な顔で呟く。
「き、ようかんさん?」
「ようかんじゃないよ、きよかわさん」
二人のやり取りに、清河はアハハと笑う。
「なんでもええで。ようかんでも、まんじゅうでも」
「え、おまんじゅう?」
キョトンとするすみれに、清河はますます笑う。
「こりゃ参ったな。ほんまに可愛いらしいわー」
瑠璃や一生も笑い出す。
(良かった。清河さん、とってもお元気そう)
瑠璃はホッとして、一生と顔を見合わせた。
改めて、奥の和室でお茶を淹れてもらう。
「初めまして。清河さんに弟子入りさせて頂いた樋口です」
「同じく、沢田です。お目にかかれて光栄です」
二人の若い弟子は、一生達に頭を下げる。
一生は、二人に名刺を差し出した。
「初めまして。ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎 一生と申します。妻の瑠璃と、娘のすみれです」
「初めまして」
瑠璃もにこやかに頭を下げたが、二人は戸惑った様子をみせる。
「あ、は、初めまして。あの…いつもこちらにお電話を頂く、企画広報課の早乙女さんという方を、師匠は瑠璃ちゃんと呼んでいらして…その…」
するとお茶を飲みながら清河が言う。
「そうやで、その瑠璃ちゃんや。総支配人の奥さんやで」
「えっ!そ、そうでしたか!それは失礼致しました」
慌てて頭を下げる二人に、瑠璃は、いえいえと首を振る。
「私もごく普通の社員の1人ですから、そんな…」
「瑠璃ちゃんを、単なる奥さんやと思ったら大間違いやで。バリバリ仕事しよるからな。アハハ」
「え、清河さんたら」
瑠璃と清河のやり取りを、弟子の二人は面食らったように聞いていた。
「あ、そうだ!清河さん。これを渡そうと思って…」
いくつかの手土産を渡した後、瑠璃は紙袋の中から、額縁が入った箱を取り出す。
「え、なんや?」
「開けてみて下さい」
瑠璃が促すと、清河はそっとフタを取る。
「おお?!これはこれは…」
企画広報課の皆が笑顔で写っている写真と、その周りに書かれたたくさんのメッセージ。
瑠璃はそれを、綺麗な額縁に入れて持って来たのだった。
「はあ、これは嬉しいな。みなさん、懐かしいわ。全然変わってへんな」
清河は、顔をクシャクシャにして見入っている。
「良かったー。喜んで下さって」
「ほんま、おおきに。大事に飾らせてもらうわな」
「ええ。あ、そうだ!みんなから清河さん達の写真も撮ってきてって頼まれたの」
そう言って瑠璃は、胸にメッセージを抱えた清河と弟子達の三人の写真を撮った。
「うわー、良く撮れてる!」
三人とも笑顔が溢れている。
「ほんなら、瑠璃ちゃん達も一緒に撮ろう」
清河が言い、瑠璃はスマートフォンのタイマーをセットして机の上に立て掛け、全員の写真を撮った。
「わー、素敵!」
画面を見ながらそう言うと、後日、写真立てに入れてここに送ろうと瑠璃は思った。
「これとこれと…。あと、ここにあるもの全部頼むよ」
「はい!」
一生が、工房に並べられた清河の作品を次々と選んでいく。
その度に弟子の二人は、一つ一つ丁寧に取り上げて梱包していく。
だが、あまりに数が多くてすぐには準備出来ない。
「急ぎではないから、ゆっくり梱包してくれたらいいよ。後日、ホテルに送ってもらえるかな?」
「はい!かしこまりました」
一生は笑顔で二人に頷くと、小物やグラスを選んでいる瑠璃の隣に行く。
「決まった?」
「うーん、まだ迷ってるの。この小さなプレートも素敵でしょ?あと、この一輪挿しも。それに、こっちの箸置きと…」
すると一生は、弟子の二人を呼んで、瑠璃が指差したもの全てを梱包してくれるように頼む。
「こっちは、自宅に送ってくれるかな?」
そう言って、名刺の裏に住所を書き込んだ。
全ての品を会計してもらうと、その金額をすぐさまスマートフォンで清河の銀行口座に振り込む。
あまりの金額に、弟子の二人は目を白黒させていた。
「清河さん、ありがとうございました。すみれ、お待たせ」
瑠璃と一生は、工房から奥の和室に戻ると、すみれの面倒を見てくれていた清河に礼を言う。
すみれはすっかり気を許したようで、清河の膝の上に座って、きよじいじ、と呼ぶようになっていた。
「いや、ほんまに可愛いらしいわ。長生きして良かったわー」
「まあ、清河さんたら」
瑠璃もふふっと笑う。
「友達のじいさん達が、孫にデレデレになる気持ちがよう分かる。あ、そうや!すみれちゃん、ちょっとこれ持ってみてくれへんか?」
清河は、座卓の上にあった湯呑みをすみれに握らせる。
「んー、やっぱりもう少し小さい方がええな…」
そう言って真剣に考え込む。
「きよじいじ?」
すみれが顔を見上げると、ああ、すまんすまんと清河は笑顔になる。
「すみれちゃんにな、ガラスのコップ作ったろうと思って。それと、小さい皿も。ようかんとか、まんじゅう載せられる皿な」
「わあ!いいんですか?」
瑠璃が思わず声を上げる。
「ああ、作らせてくれな。小さいおててに持ちやすいように、落としてもなかなか割れへんように作るわな。色は、もちろんすみれ色や」
すみれちゃんやからな、と言って清河はまた豪快にアハハと笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
瑠璃は、最後に清河に、祖母の料亭の重箱を渡した。
「これ、日持ちがするものを詰めてあるので、良かったら召し上がって下さいね」
「助かるわ。料理はからっきし出来へんからな」
そんなやり取りの横で、一生は弟子の二人に頭を下げる。
「清河さんのこと、よろしくお願いします。何かあったら、いつでも電話で相談してくれ」
「はい!お任せ下さい」
頼もしい二人の返事に、一生もホッとして頷いた。
やがて手配したタクシーが到着する。
「じゃあ清河さん。お元気でね」
「ああ。瑠璃ちゃんも、元気な赤ちゃん産んでな」
「きよじいじ、さようなら」
「すみれちゃん、またな。元気でな」
すみれの小さな手をギュッと握ってから、清河は名残惜しそうに笑って手を振った。
いよいよ京都を発つ日。
ホテルをチェックアウトすると、少し観光地巡りをして昼食を食べてから、帰りの新幹線に乗り込んだ。
すみれは、最初の30分こそ窓の外を眺めていたが、やがて一生の膝の上ですうーっと眠りに落ちた。
「さすがに疲れたかな」
すみれの頭をなでながら、一生が優しく微笑む。
「そうね。でもとっても楽しかったわ。おばあ様にも清河さんにも会えたし、麗華さんにもね」
「ああ、そうだね。赤ちゃんが産まれたら、また来よう」
「ええ」
一生は、そっと瑠璃の頭を抱き寄せると、自分の肩にもたれさせる。
楽しかった旅の思い出と幸せを噛み締めながら、窓から見える夕焼けの景色を心に刻んだ。
今日はこの後、何も予定を入れておらず、ホテルでのんびりするつもりだった。
ショッピングエリアに立ち寄ると、瑠璃は感嘆の声を上げる。
「素敵ね。お洋服も雑貨も、センスが良くて高級なものばかり。あ、見て!陶器や家具もあるわ」
「ほんとだね。日本中、いや世界中から取り寄せているんだろうね」
そして一生は、以前、高坂会長が話していた事をふと思い出す。
「そう言えばね、ホテル 高坂も昔、清河さんの所に営業に行ったらしいよ」
「え、そうなの?」
「ああ。でも良い返事はもらえなかったらしい」
「清河さん、断ったってこと?どうしてなのかしら…」
高坂会長は一生に、清河を落としたフォルトゥーナの営業マンをヘッドハンティングしたいくらいだと言っていたっけ。
(それがまさか瑠璃だなんて、会長は思いも寄らないだろうな)
一生がふふっと笑みを洩らすと、瑠璃は怪訝そうな顔で首をかしげる。
「何でもないよ。さ、すみれ。お庭を見に行こうか」
「うん!」
すみれの手を繋いで歩き始めた一生に、まあいいかと瑠璃がちょっと肩をすくめた時だった。
「瑠璃さん!」
急に後ろから名前を呼ばれて、瑠璃は驚いて振り返る。
通路の先にあるブライダルコーナーから、スラリとした綺麗な女性が出て来て、こちらに駆け寄って来た。
「やっぱり瑠璃さんだ!お久しぶり!」
笑顔で瑠璃の肩を抱き寄せてハグをするその女性は…
「え、も、もしかして、麗華さん?」
「そうよー。もしかしなくても麗華様よー」
あはは!と明るく笑い飛ばす麗華は、少し見ない間にすっかり洗練された大人の女性になっていた。
「うわー、お久しぶり!すっごく綺麗なお姉さんで、一瞬誰かと思っちゃったわ」
「あらやだ!私は昔から綺麗でしょ?」
「そ、そうね。それはもちろんそうだけど…」
「なーんて、ウソウソ。あの頃はケバかったもんねー」
そう言って、また明るく笑う。
「今ね、私、ウェディングドレスの買い付けの仕事をしてるの」
「え、そうなの?」
「そう。このホテルで扱うドレスを探して、イタリアとかフランスを飛び回ってるのよ」
「すごーい!素敵ねー!」
二人で盛り上がっていると、瑠璃?と一生の声がした。
なかなかついて来ない瑠璃を不思議に思って、引き返して来たのだろう。
「あ、一生さんだ!わー、久しぶり!」
「…え?」
怪訝そうに麗華を見ている一生に、瑠璃が笑いかけた。
「一生さん、麗華さんよ」
「え、ええっ?!」
一生は驚いて目を見張る。
「やだ、そんなに驚くこと?」
「いや、だって、随分印象が…」
「ふふふ、まあね。それより一生さんこそ、変な真似しないでよね」
「へ?変な真似って?」
「ネットでしれっと予約入れたでしょ?スタッフがざわついたのよ。これは同姓同名の別人か?って」
ああ、と一生は苦笑いする、
「いや、すまなかった。まさか気付かれるとは思わなくて。部屋をグレードアップしてくれたんだろう?ありがとう」
「本当に。麗華さん、あんな豪華なお部屋をどうもありがとう」
一生と瑠璃の言葉に、麗華は手を振る。
「いいのよ、それくらい。でも良かったわ、会えて。私、昨日まで神戸のホテルで仕事してたんだけど、お二人に会いたくて今日こっちに…って、ん?」
麗華は言葉の途中で、一生の背後を覗き込む。
すみれが、一生の後ろからそっと顔を覗かせていた。
「えっ?!やだ、可愛い~!なんて美少女。もしかして、お二人のお子さん?」
すみれは恥ずかしそうに、慌てて顔を引っ込める。
「ええ、娘のすみれです。すみれ、この人は麗華お姉さんよ」
瑠璃に促され、おずおずと麗華の前に歩み出たすみれは、はにかみながら、こんにちはとお辞儀をする。
「こんにちは。すみれちゃんっていうのね。私は麗華よ」
すみれの前に屈んで麗華が声をかける。
「うわー、お人形さんみたいに可愛いわね。でもすみれちゃん?お嬢様たるもの、簡単に男の人に落ちたらだめよ?」
「ちょ、ちょっと、麗華さん」
ガーンと固まっている一生の様子を気にしつつ、瑠璃が麗華を止める。
「いい?結婚するなら、あなたのお父様みたいな人にするのよ?」
「とうさまみたいなひと?」
「そうよ。お父様は優しいでしょ?そんな人を見つけるのよ」
分かっているのか、いないのか、すみれは嬉しそうに、はい!と頷いた。
麗華は、瑠璃のふっくらしたお腹にも気付き、産まれたら教えてねーと言ってから、颯爽と去って行った。
「さ、さあ、すみれ。お庭に行ってみようね」
固まったままの一生を横目で見てから、瑠璃はすみれの空いている方の手を繋ぐ。
歩き出すと、すみれに引っ張られるようにヨロヨロと一生もついてくる。
(大丈夫かしら?今からこんなので…)
瑠璃は、こっそり苦笑いした。
(それにしても麗華さん、とっても生き生きしてたなあ。笑顔もキラキラ輝いてて…)
ふと、初めて麗華に会った時の事を思い出す。
麗華は、自分のこの先の人生に悩んでいるようだった。
そしてその悩みは、誰よりも瑠璃が1番良く理解出来た。
「…私も幸せになれるかな?」
弱々しくそう聞いてきた麗華に、瑠璃は力強く頷いてみせたっけ。
(麗華さん、今はとっても幸せそう)
瑠璃は嬉しくなって、思わずふふっと微笑んだ。
◇
次の日。
朝食を済ませると、三人は瑠璃の祖母が営む料亭に向かう。
高齢の為、もうお店に立つことはなくなっていた祖母だが、瑠璃達に会いたいと顔を出してくれた。
お座敷で一緒に昼食を頂く。
久しぶりに会う、ひ孫のすみれの成長ぶりに驚きつつ、とても嬉しそうに終始笑顔を浮かべていた。
「瑠璃、身体に気を付けてね。元気な赤ちゃんが産まれてくるよう、祈ってるからね」
名残惜しそうな祖母の両手を握って、瑠璃は頷く。
「おばあ様もお元気でね。今度は赤ちゃんも連れて来るからね」
「そうやね、楽しみやわ。それまで元気に待ってるわね」
タクシーに乗り込んだ三人に、祖母は、姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
◇
「清河さん、こんにちは!」
『ガラス工房 清河』の木の看板が立て掛けてある軒下から、瑠璃が中に声をかける。
「おおー、瑠璃ちゃんに一生さん。待っとったで。さあさあ、中へどうぞ」
奥の作業場から、作務衣姿の清河が顔を出す。
と、清河の後ろから二人の若い男の子が現れた。
「あっ、もしかして、お弟子さん?」
という瑠璃の声は、あーっ!と大きな清河の声でかき消された。
「もしや、お嬢ちゃんがすみれちゃんか?こりゃまた、可愛いのう~」
これ以上ないほど目尻を下げ、ニコニコと笑いかける清河に、すみれは、こんにちはと頭を下げる。
「すみれ、こちらは清河さんだよ」
一生の言葉に、すみれは真剣な顔で呟く。
「き、ようかんさん?」
「ようかんじゃないよ、きよかわさん」
二人のやり取りに、清河はアハハと笑う。
「なんでもええで。ようかんでも、まんじゅうでも」
「え、おまんじゅう?」
キョトンとするすみれに、清河はますます笑う。
「こりゃ参ったな。ほんまに可愛いらしいわー」
瑠璃や一生も笑い出す。
(良かった。清河さん、とってもお元気そう)
瑠璃はホッとして、一生と顔を見合わせた。
改めて、奥の和室でお茶を淹れてもらう。
「初めまして。清河さんに弟子入りさせて頂いた樋口です」
「同じく、沢田です。お目にかかれて光栄です」
二人の若い弟子は、一生達に頭を下げる。
一生は、二人に名刺を差し出した。
「初めまして。ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎 一生と申します。妻の瑠璃と、娘のすみれです」
「初めまして」
瑠璃もにこやかに頭を下げたが、二人は戸惑った様子をみせる。
「あ、は、初めまして。あの…いつもこちらにお電話を頂く、企画広報課の早乙女さんという方を、師匠は瑠璃ちゃんと呼んでいらして…その…」
するとお茶を飲みながら清河が言う。
「そうやで、その瑠璃ちゃんや。総支配人の奥さんやで」
「えっ!そ、そうでしたか!それは失礼致しました」
慌てて頭を下げる二人に、瑠璃は、いえいえと首を振る。
「私もごく普通の社員の1人ですから、そんな…」
「瑠璃ちゃんを、単なる奥さんやと思ったら大間違いやで。バリバリ仕事しよるからな。アハハ」
「え、清河さんたら」
瑠璃と清河のやり取りを、弟子の二人は面食らったように聞いていた。
「あ、そうだ!清河さん。これを渡そうと思って…」
いくつかの手土産を渡した後、瑠璃は紙袋の中から、額縁が入った箱を取り出す。
「え、なんや?」
「開けてみて下さい」
瑠璃が促すと、清河はそっとフタを取る。
「おお?!これはこれは…」
企画広報課の皆が笑顔で写っている写真と、その周りに書かれたたくさんのメッセージ。
瑠璃はそれを、綺麗な額縁に入れて持って来たのだった。
「はあ、これは嬉しいな。みなさん、懐かしいわ。全然変わってへんな」
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「良かったー。喜んで下さって」
「ほんま、おおきに。大事に飾らせてもらうわな」
「ええ。あ、そうだ!みんなから清河さん達の写真も撮ってきてって頼まれたの」
そう言って瑠璃は、胸にメッセージを抱えた清河と弟子達の三人の写真を撮った。
「うわー、良く撮れてる!」
三人とも笑顔が溢れている。
「ほんなら、瑠璃ちゃん達も一緒に撮ろう」
清河が言い、瑠璃はスマートフォンのタイマーをセットして机の上に立て掛け、全員の写真を撮った。
「わー、素敵!」
画面を見ながらそう言うと、後日、写真立てに入れてここに送ろうと瑠璃は思った。
「これとこれと…。あと、ここにあるもの全部頼むよ」
「はい!」
一生が、工房に並べられた清河の作品を次々と選んでいく。
その度に弟子の二人は、一つ一つ丁寧に取り上げて梱包していく。
だが、あまりに数が多くてすぐには準備出来ない。
「急ぎではないから、ゆっくり梱包してくれたらいいよ。後日、ホテルに送ってもらえるかな?」
「はい!かしこまりました」
一生は笑顔で二人に頷くと、小物やグラスを選んでいる瑠璃の隣に行く。
「決まった?」
「うーん、まだ迷ってるの。この小さなプレートも素敵でしょ?あと、この一輪挿しも。それに、こっちの箸置きと…」
すると一生は、弟子の二人を呼んで、瑠璃が指差したもの全てを梱包してくれるように頼む。
「こっちは、自宅に送ってくれるかな?」
そう言って、名刺の裏に住所を書き込んだ。
全ての品を会計してもらうと、その金額をすぐさまスマートフォンで清河の銀行口座に振り込む。
あまりの金額に、弟子の二人は目を白黒させていた。
「清河さん、ありがとうございました。すみれ、お待たせ」
瑠璃と一生は、工房から奥の和室に戻ると、すみれの面倒を見てくれていた清河に礼を言う。
すみれはすっかり気を許したようで、清河の膝の上に座って、きよじいじ、と呼ぶようになっていた。
「いや、ほんまに可愛いらしいわ。長生きして良かったわー」
「まあ、清河さんたら」
瑠璃もふふっと笑う。
「友達のじいさん達が、孫にデレデレになる気持ちがよう分かる。あ、そうや!すみれちゃん、ちょっとこれ持ってみてくれへんか?」
清河は、座卓の上にあった湯呑みをすみれに握らせる。
「んー、やっぱりもう少し小さい方がええな…」
そう言って真剣に考え込む。
「きよじいじ?」
すみれが顔を見上げると、ああ、すまんすまんと清河は笑顔になる。
「すみれちゃんにな、ガラスのコップ作ったろうと思って。それと、小さい皿も。ようかんとか、まんじゅう載せられる皿な」
「わあ!いいんですか?」
瑠璃が思わず声を上げる。
「ああ、作らせてくれな。小さいおててに持ちやすいように、落としてもなかなか割れへんように作るわな。色は、もちろんすみれ色や」
すみれちゃんやからな、と言って清河はまた豪快にアハハと笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
瑠璃は、最後に清河に、祖母の料亭の重箱を渡した。
「これ、日持ちがするものを詰めてあるので、良かったら召し上がって下さいね」
「助かるわ。料理はからっきし出来へんからな」
そんなやり取りの横で、一生は弟子の二人に頭を下げる。
「清河さんのこと、よろしくお願いします。何かあったら、いつでも電話で相談してくれ」
「はい!お任せ下さい」
頼もしい二人の返事に、一生もホッとして頷いた。
やがて手配したタクシーが到着する。
「じゃあ清河さん。お元気でね」
「ああ。瑠璃ちゃんも、元気な赤ちゃん産んでな」
「きよじいじ、さようなら」
「すみれちゃん、またな。元気でな」
すみれの小さな手をギュッと握ってから、清河は名残惜しそうに笑って手を振った。
いよいよ京都を発つ日。
ホテルをチェックアウトすると、少し観光地巡りをして昼食を食べてから、帰りの新幹線に乗り込んだ。
すみれは、最初の30分こそ窓の外を眺めていたが、やがて一生の膝の上ですうーっと眠りに落ちた。
「さすがに疲れたかな」
すみれの頭をなでながら、一生が優しく微笑む。
「そうね。でもとっても楽しかったわ。おばあ様にも清河さんにも会えたし、麗華さんにもね」
「ああ、そうだね。赤ちゃんが産まれたら、また来よう」
「ええ」
一生は、そっと瑠璃の頭を抱き寄せると、自分の肩にもたれさせる。
楽しかった旅の思い出と幸せを噛み締めながら、窓から見える夕焼けの景色を心に刻んだ。
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