魔法のいらないシンデレラ 3

葉月 まい

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生活の変化

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「お帰りなさい」

玄関で、一生から鞄を受け取りながら瑠璃が声をかける。

「ただいま、瑠璃」

一生は、瑠璃のおでこにキスをしてから笑いかけた。

「遅くなっちゃったな。すみれはもう寝た?」
「ええ。お父様に会えないって、少し寂しそうでした」
「悪かったなあ。明日の朝、謝っておこう」
「仕方ないですよ。今日は色々ありましたしね」

ダイニングテーブルに料理を並べる瑠璃に、一生が声のトーンを変えて聞く。

「あの後大丈夫だった?小山くんと青木くん」

瑠璃は、ちょっと考えてから笑顔で頷く。

「ええ。奈々ちゃんの様子も落ち着いてました。それに、以前から結婚について少し悩んでいたから、この機会にしっかり話題に出してみるって言ってました。良いきっかけになったって」
「そうか、それなら良かったけど。いやー、びっくりしたよ。まさか会議中にあんな事になるなんてさ」
「ふふふ、本当に。でもそれからは、有意義な意見交換が出来ましたよね?1回目にしては、とても内容の濃いミーティングだったと」
「ああ、確かに」

青木の思わぬ1件があったが、その後本題の意見交換を始めると、次々と話は進んだ。

やはり最初は、既存の物件を買い取り、社員に賃貸として貸す方向で進めていくのが良いのでは?と、具体的な物件について話し合った。

まずは、ホテルに近い都心部に、独身者と既婚者向けのマンション。

少し離れた郊外に、ファミリー向けの戸建て。

あともう一か所、郊外にファミリー向けマンションの合計3ヶ所で探してみることになった。

ファミリー向け物件の条件としては、ベビーカーや車椅子にも対応出来るバリアフリー。

スーパーや公園、病院などが近くにある静かな住宅街。

そういった点を踏まえて、なるべくまとめて買い取れる、売り出し中や建設中の物件を探していく。

そして、社員の家族同士が集まれる集会室も作ってはどうか?となった。

大規模な新築マンションに良く見られる、共用施設のような部屋を、ホテルの家族専用に作るのだ。

そうする事によって、日中一人で家に閉じこもり気味な高齢者や子育て中のママが、同じような人達とおしゃべりしたり、情報交換が出来る。

また、ヘルパーやベビーシッターを頼む時も、その集会室に集まって皆で過ごした方が、マンツーマンでお願いするより料金も安く抑えられるのでは?と小雪が提案した。

なるほど、ではそうしようと、高齢者向けと幼児向けの2部屋を作ろうと話したところで、また小雪が遠慮がちに手を挙げた。

「小雪先生、どうぞ」
と一生が促すと、小雪は緊張しながら立ち上がる。

「はい、あの。高齢者と幼児の部屋を分ける必要はないと思います。1つの大きな部屋に、誰でも分け隔てなく集まれる方がいいのではないでしょうか?」

へえー、そういうもんかな?と皆は首をかしげる。

「あの、私の保育士としての意見で恐縮なのですが…」
「もちろん構いませんよ。聞かせてください」

一生が、優しく頷く。

「はい。私は、昔ながらの遊び、例えば竹とんぼやコマ回し、折り紙や手遊び歌などを現代の子ども達に伝えていく事も、保育士の大きな使命だと考えています。日本の良い文化は伝承させていかなければと、保育士も日々勉強したり練習しています。でも、そんな私達より、ご近所のおじいちゃんおばあちゃんの方が、よっぽどお上手なんです。子ども達を、地域のケアセンターに連れて行くと、とても優しく教えて下さって、子ども達も興味津々で…」

確かに、うちのじいちゃんも昔、竹とんぼをナイフで削って作ってくれたわ、と加藤が言う。

「そうなんです。それにおじいちゃん達も、小さな子ども達と触れ合えるのをとても喜んで下さって…」
「分かるわー。うちのおばあちゃんも、ひ孫を抱っこするだけで、顔の表情が生き生きするのよ。なんかこう、赤ちゃんから生きる力をもらってるみたいに」

今井がそう言うと、小雪も頷く。

「ええ、本当に。ですから、高齢の方と小さな子ども達が一緒に時間を過ごす事は、お互いにとってとても良い事だと私は思います」

なるほど、と一生も大きく頷いた。

「是非そういう部屋を作りましょう。小雪先生、貴重な意見をどうもありがとう」

皆が拍手し、小雪は照れてうつむいた。

今日のミーティングはそこで終了。

各自、自分の周りのスタッフの声を聞いたり、良さそうな物件を探したりしながら、2回目のミーティングを待つ事になった。

「なんだかこの先が楽しみになってきたよ。良いプロジェクトになりそうだな」

一生の言葉に、瑠璃も頷く。

「社員が家族ぐるみで付き合っていけたら、それはきっと、仕事にも良い影響があると思います」
「ああ、そうだな。このプロジェクト、必ず最後までやり遂げるぞ!俺もますます頑張らないとな!」

二人は笑顔で頷き合った。



次の日。

青木と奈々は、出勤してすぐに総支配人室を訪れた。

「アポも取らずにすみません」

頭を下げる二人に、一生は首を振る。

「いや、構わない。それよりどうした?」
「はい、あの。まずは昨日のお礼を言わせて下さい。フレンチレストランで、美味しいお食事を頂きました。ありがとうございました」

二人はまた揃って頭を下げる。

「どういたしまして。良い時間を過ごせたか?」

すると二人は顔を見合わせてから、一生に向き直って姿勢を正した。

「はい。私はまず彼女に謝りました。会議室での失言と、この4年間、彼女を不安にさせたままでいた事。自分の中では彼女との結婚を決めていたものの、照れくさくてそれをしっかり伝えずにいた事を」

青木は隣に立つ奈々に目を向ける。

「こんなに長い間、自分の気持ちをきちんと言葉で伝えず、心細い思いをさせてしまい、本当に悪かった」

奈々は、ゆっくり首を振る。

青木はまた一生に向き直った。

「これからは心を入れ替え、彼女の気持ちにもしっかり向き合える男になると誓って、彼女にプロポーズ致しました」

一生は小さく頷いてから、奈々を見る。

少しためらってから、奈々は一生に話し始めた。

「私は、ずっとずっと優太さんだけを想ってきました。優太さんはいつも私に優しくて、それだけで幸せで…。でも4年という長い時間の中で、少しずつ不安な気持ちも生まれてきました。本当はもう、私のことはあまり好きではないのかもしれない。ただなんとなく付き合っているだけなのではないかと。自然消滅してしまうのかとも思っていました。でも瑠璃ちゃんに、優太さんは私のこと好きでいてくれてるよって言われて嬉しくて。だったら、私も優太さんと結婚したいと強く思いました」

そこで、ちらっと青木を見る。

「優太さんは、普段から気持ちを言葉にしてくれる人ではなくて…とても照れ屋なんです。だから、優太さんからプロポーズしてもらうのは無理かなって、半分諦めてました。私から言おうかな、とか、なんとなくごまかされつつ結婚する事になるのかな、と。それがまさか、会議中にあんなことを言われるとは、もうびっくりするやら恥ずかしいやらで…」

青木は、頭に手をやって苦笑いする。

「でも総支配人が、あんなふうに気遣って下さって、本当に嬉しかったです。お陰様で、とても素敵な雰囲気の中、しっかり私に向き合って結婚を申し込んでくれました。私の大事な、一生の思い出になるプロポーズをしてくれました。私は、優太さんと結婚します。4年間待たされた分、これからはずっとずっとそばにいて、たくさん想いを言葉で伝えたいです」

一生は、何度も小さく頷くと、やがて立ち上がって二人の前に歩み出た。

「おめでとう!青木くん、小山くん。私は君達を心から祝福するよ。どうかいつまでも幸せに」

二人は笑顔で頷くと、深々と頭を下げた。

「総支配人、本当にありがとうございました」

そして頭を上げると、ややためらいがちに尋ねる。

「あの…それで1つお願いがありまして」
「なんだ?」
「はい。婚姻届の証人の欄に、総支配人ご夫妻のサインを頂けないでしょうか?」
「え、俺達の?いいのか?」

二人の顔を交互に見ると、奈々も頷いた。

「私達にとって、他の人は考えられません。是非お二人にサインして頂きたいです」

一生は頷いた。

「分かった。喜んで書かせてもらうよ」
「ありがとうございます!」

パッと笑顔になって、二人は見つめ合った。



「いやー、良かった良かった。ちょっと心配でもあったんだよなー。もしかして小山くん、プロポーズ断るかなって」

二人が総支配人室を出て行くと、一生は伸びをしながら早瀬に話しかける。

「でもお前の話、本当だったな。青木くんが昇進を断る理由も、照れ屋でなかなかプロポーズ出来ずにいるんじゃないかって事も」

一生は、デスクに両肘を載せて、正面に立つ早瀬を見る。

「さすがは同期の仲だな…っておい。どうした?ボーッと突っ立って」
「は、いや、その…」
「なんだ?お前らしくない。どうしたんだ?」
「それが…その」
「おいおい、ほんとにどうした?宿題忘れた小学生か?」
「宿題?宿題って何ですか?」
「…は?何を真顔で聞いてんだ。変だぞ、お前」

それでも早瀬はモジモジと下を向いたままだ。

「こわっ、なんなんだ?どうしたんだ?頼むから言ってくれ!」

一生は立ち上がり、もはや懇願するように早瀬の両肩を掴む。

「何があっても俺はお前の味方だ!さあ、何でも言ってくれ!」
「は、はい。それが…私にも生活の変化がありまして…」
「生活の変化…?」

一生は眉間にシワを寄せる。

既婚者の早瀬の生活の変化…まさか!

「ひょっとしてお前…その、杉下くんとの間に変化が…?」
「あ…はい」

早瀬は小さく答えてうつむく。

一生は、大きく息を吐いた。

「そうか、結婚して3年だもんな。色々あるよな」
「はい」
「でも、俺にとってお前も杉下くんも、今までと何も変わらない。これからもずっと味方だ。何かあればいつでも相談に乗るからな」
「ありがとうございます。おそらく、2月頃になると思いますので、その辺りは仕事を調整させて頂ければと…」
「2月?随分先なんだな。分かった。お前の都合のいいようにしてくれて構わないからな」
「はい。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
「迷惑な訳ないだろ?気にするなよ」

一生は、ポンと早瀬の肩に手を置いた。

同じ頃…

自宅で瑠璃は、スマートフォンを片手に、ええー?!と大きな声を上げて驚いていた。

「ほんと?ほんとなの?叶恵ちゃん」
「はい。予定日は2月です。瑠璃さんの赤ちゃんと、同級生ですよー。私もう、嬉しくて嬉しくて。安定期前なのに、どうしても瑠璃さんにはお話ししたくて」
「そうなのね!私も凄く嬉しい!お身体お大事にね。お互い元気な赤ちゃんが産まれますように」

電話を切ってからも、ニコニコが止まらない。

(一生さんも、早瀬さんから聞いたかしら?あー、一生さんとも早くこの喜びを分かち合いたい!)

そしてその夜…

一生は瑠璃から話を聞き、衝撃の余りひっくり返りそうになったのだった。



「お前な、テンションが違うんだよ。なんだよ昨日のあれは?勘違いさせやがって、まったくもう」

朝から一生のボヤキは止まらない。

てっきり早瀬は叶恵と別れることになったのかと思ったのに…

まさかあのモジモジで、妊娠を伝えようとしていたなんて。

「いえ、私は別にそんなつもりは…。父親になる覚悟と責任をヒシヒシと感じながらご報告しようとしたら、途中で一生さんが察して下さって…」
「察するか!あんな硬い表情のモジモジくん見て、誰がパパになると思うんだ?」
「そうですか?」
「そうだよ!それに、お前がそんなだから、素直に喜びそびれたじゃないか」

そう言って顔を上げると、改めて早瀬に向き合う。

「おめでとう、早瀬!俺も凄く嬉しい。うちの子と同級生になるらしいじゃないか。これからも親子共々よろしくな!」
「は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします」

ビシッと背筋を伸ばして返事をしてから、早瀬はふっと表情を和らげる。

「実は、ずっと子どもが欲しいと思っていて…。だからもの凄く嬉しいんです、俺」

一生も顔をほころばせる。

「そうか。良かったな!早瀬と杉下くんなら、絶対いいパパとママになるよ。産まれてくるのが楽しみだな!」

早瀬は嬉しそうに頷いた。
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