アンコール マリアージュ

葉月 まい

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もしや社長一族ですか?!

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 4月2日の日曜日。
 フェリシア 横浜では、満開の桜の下で、宣材写真を撮る事になっていた。

 モデルはもちろん、いつもの二人だ。

 「おはようございます!」

 さわやかな笑顔を浮かべ、芸能人のようなオーラをまとった陸と璃子が、約束の時間より少し早くオフィスに入って来た。

 「わー、陸・璃子ちゃん。今日もとびきり素敵ね」
 「ほんと!オフィスの空気が浄化される気がするわ」
 「目の保養よねー」

 次々と声をかけるスタッフに、陸と璃子は神妙な面持ちで切り出す。

 「それより、先日のブライダルフェアでは、事務所の手違いでご迷惑をおかけしました」

 二人で丁寧にお辞儀をする。

 「ううん、あなた達のせいじゃないわよ」
 「そうよ、気にしないで。顔を上げて」
 「これからは、あなた達にも確認の電話を入れるわね」

 梓や希が声をかけ、最後に久保が近付いて二人に笑いかける。

 「頼りにしてるわよ。これからもよろしくね!」
 「はい!」

 二人は、さらに素敵な笑顔で頷いた。

*****

 「はい、そのまま!撮りまーす。いいね!」

 拓真の声に合わせて、陸と璃子がポーズを取る。

 「璃子ちゃん、もう少し目線上にくださーい。はい!そこ」

 少しずつ角度を変えながらシャッターを切る拓真と、流れるようにポーズを変えていく陸と璃子。

 そんな撮影風景を、真菜は希や有紗と一緒に、うっとりと見つめていた。

 「はあー、素敵!桜の花びらがふわっと璃子ちゃんの周りに舞って、まるで花の妖精みたい」

 真菜の言葉に有紗も頷く。

 「ほんとよねー。同じ人間とは思えない」
 「分かります!もう神々しいですよね。希先輩のメイクで、さらに美しいし」

 時折、希がメイクを直し、場所を移動する時は真菜がドレスのトレーンを持つ。

 途中で衣裳チェンジがあり、希も璃子のヘアメイクを変え、有紗も別のブーケを用意した。

 撮影は長時間に及んだが、陸も璃子も疲れた素振りも見せずに終始笑顔で撮影に臨んでいた。

 「はい、以上で終了です!お疲れ様でしたー」

 拓真の声に続いて、皆が二人に拍手する。

 「とってもいい写真が撮れたよ。ありがとう!後日、何枚かプレゼントするね」
 「ありがとうございます!拓真さん、凄く綺麗に撮ってくださるから、いつも楽しみなんです」

 拓真と握手してから、陸と璃子は控え室に戻った。

 「璃子ちゃん。ブーケ、プレゼントするわね。持って帰って」
 「ええー、いいんですか?ありがとうございます!有紗さん」

 希に髪型をハーフアップに変えられた璃子が、ブーケを手に有紗に微笑む。

 そんな璃子を、陸も嬉しそうに見つめていた。

*****

 「うわー、どれもこれも綺麗!素敵ねー」

 モデルの二人を見送ったあと、早速オフィスで大きなモニターに映しながら、撮ったばかりの写真を確認する。

 「これ、この角度!璃子ちゃんの左側から撮るのが、この二人の黄金角度なんだよ」

 拓真のセリフに、真菜はぷっと吹き出す。

 「黄金角度?そんなのあるの?」
 「あるさ。見て!この璃子ちゃんの綺麗な横顔。それでもって、少し離れた所から優しく璃子ちゃんを見つめる陸の眼差し。はー、もうたまらんな」
 「ふふ、それは確かにそうだね」

 興奮気味に、次々と写真をモニターに映し出す拓真に、真菜はふと聞いてみる。

 「ね、拓真くんは横浜の他の店舗でも撮影してるでしょ?他店はどんな感じなの?」
 「んー、そうだな。式場ごとにコンセプトが違うから、一概に比較出来ないけど。ひと言で言うと、例えば『ローズ みなとみらい』はゴージャスな感じだな。『カメリア 新横浜』は、パッと明るい雰囲気。『ミュゲ 美しが丘』はシンプルで洗練されてて、『マルグリット 葉山』は、ナチュラルな感じ」
 「へえー!拓真くん、凄くよく分かってるんだね」
 「当たり前だろ?カメラマンなんだから。その場所の雰囲気とか、コンセプトはいつも大事にしてる」

 真菜は、感心したように拓真を見つめる。

 「凄いねー、カメラマンって」
 「そうか?普通だけど。ちなみにさ、撮影してると、あ~この人こういう性格なのかー、みたいなのも分かるよ」
 「えっ、そうなの?」
 「うん。俺らって、一瞬たりともシャッターチャンスを逃さないようにカメラ構えてるだろ?そうすると、モデルさんがふと気を抜いて、素に戻る瞬間が分かるんだ。あ~、疲れたって感じの人もいれば、つまんないなーって表情になる人もいる。でも璃子ちゃんは違うね。あどけない少女みたいになるんだ。純粋で透明感が溢れてる。だからどの写真も綺麗なんだよなー」

 モニターを見ながら熱弁を振るう拓真の横顔に、真菜は、もしや…と考える。

 (拓真くん、璃子ちゃんのこと好きなのかな?)

 でなければ、こんなに熱く語れないだろう。

 (でもなー、璃子ちゃんは絶対に陸くんと別れたりしないだろうな。あんなお似合いのカップルもそうそういないもん。拓真くん、ここはひとつ、諦めてはくれないだろうか)

 ポンポンと肩を叩いてくる真菜を、拓真が奇妙な顔で振り返った時だった。

 「へえー、素敵な写真じゃない!」

 いつの間に来たのか、真菜達のすぐ後ろでモニターを覗き込んだ久保が、明るい声を上げる。

 「ですよね!店長、この写真、フェリシア 横浜のホームページに載せたらどうでしょう?」
 「いいわね!桜の木の下でドレスの写真が撮れるなんて、うちの良いアピールになるかも。本部に話してみるわ」
 「ぜひぜひ!」

 真菜に頷いたあと、久保は思い出したように話題を変えた。

 「ところでさ、明日新入社員の入社式でしょ?午後にオリエンテーションがあって、その翌日、つまり明後日からそれぞれ配属先でOJTが始まるの。うちにも1人配属されてくるんだけど、そのトレーナーを真菜にしようかと思ってるの」

 ええー?!と、思わず真菜は仰け反った。

 「わ、私をトレーナーに?!店長、なんて恐ろしいことを…」
 「でしょー?恐ろしいわよねー。ってことで、明後日からよろしくね!」

 そう言って去って行く。

 「て、店長。意味が分からないんですけど。ってことでって、どういう事?」

 両手で頬を押さえて呆然とする真菜を、拓真が笑い飛ばす。
  
 「ははっ!こりゃ見ものだな。真菜が新人を教えるのか。あー、恐ろしや」
 「もう!拓真くんってば、他人事だと思って」
 「ま、せいぜい頑張れよー」

 軽いノリでそう言われ、とにかく頑張ろう!と真菜は気合いを入れた。

*****

 そして迎えた4月4日。

 フェリシア 横浜に、新卒の女子社員が配属されてきた。

 「は、初めまして。川本かわもと美佳みかと申します。よろしくお願いいたします」

 緊張した面持ちで深々と頭を下げる美佳を、皆は拍手で迎え入れる。

 「ようこそ!フェリシア 横浜へ。うちは賑やかにワイワイ楽しくやってるの。これから一緒に頑張りましょうね!」

 久保の言葉に、美佳は、はいっ!と返事をする。

 「今日から早速OJTに入ります。しばらくはトレーナーと一緒に行動してね。あなたのトレーナーはこの人よ」

 久保に促され、真菜は1歩前に出る。

 「は、初めまして!さ、齊藤 真菜という者です。どうぞよろしく、お願いいたします」

 皆が一斉に笑い出す。

 「ちょっと真菜、大丈夫ー?」
 「ほんと。どっちが新入社員なんだか…」

 最後に久保が、美佳を振り返った。

 「という訳で、真菜のことよろしくね」

 皆は、さらに可笑しそうに笑い出した。

*****

 「えっと、朝まず出勤したら、このボードに自分の名前のマグネットを貼ります。ペタッとこう、こんな感じです」

 真菜が壁のホワイトボードを指差しながら説明すると、はい、と頷いて、美佳は『川本』と書かれた真新しいネームプレートをボードに貼る。

 「そしてその横に、今日の業務内容を簡単に書いておきます。私は今日、13時から新規のお客様をご案内する事になっているので、13時~園田そのだ様、上村うえむら様と書いてあります。その横の(新)というのは、新規のお客様という意味です」
 「なるほど、分かりました。私は何と書けばいいでしょうか?」
 「うーん…。OJTでいいかな。その横に、私の名前をかっこで付け加えておくといいかも」
 「はい」

 美佳はマーカーを手に取り、早速自分の名前の横に書き込んでいく。

 (齊藤さん)と書く時、何度も真菜のネームプレートを確認している美佳に、ごめんねと真菜は声をかける。

 「難しいでしょ?なんだったら、普通に斉藤でもいいよ」
 「いえ、人様のお名前を間違える訳にはいきませんから」
 「そうね、確かに。私もお客様のお名前は、毎回何度も確認するの。お名前を間違えるなんて、この上なく失礼だもんね」
 「はい。ところで、あの…」

 ちょっとためらうように、美佳が言葉を選びながら聞いてくる。

 「齊藤さんは、その…。社長と血縁関係のある方なのですか?」
 「…は?」

 何の事か一瞬分からなくなった真菜が、すっとんきょうな声を上げると、すぐ近くのデスクにいた久保が笑い出す。

 「あはは!齊藤さんだもんね、社長。美佳ちゃん、オリエンテーションで会社の概要習ったばかりなんでしょ?」
 「はい、そうなんです。社長の他にも、常務とか専務とか、たくさん齊藤さんがいらっしゃって、皆さんこの漢字の齊藤さんで…」

 そう言って、手にしていたファイルから、表紙に『株式会社 プルミエール・エトワール』と書かれた冊子を取り出した。

 「へえー、ちょっと見せてもらってもいい?」
 「はい、どうぞ」

 美佳から受け取った冊子を、真菜はパラパラとめくってみる。

 「おいおい、トレーナーさん。あなたも入社した時、その冊子はもらってるはずでしょ?それに最新の会社概要は、いつでもパソコンから見られるわよ」

 まったく…と真菜にぼやく久保の声は、どうやら耳に入っていないらしい。

 真菜は、真剣な表情で冊子に目を通している。

 「美佳ちゃん、真菜はね、まっっったく社長一族とは無関係よ。たまたま名字が一緒なだけなの」
 「そうなんですね。ちょっとホッとしました。もし社長のご令嬢とかだったらって思って、緊張してたので」
 「えー、真菜が社長令嬢?!ないない!」

 周りの皆も、笑いながら否定する。

 「ほんと、想像しただけで笑っちゃう。真菜がお嬢様なんて、ねえ?」

 そう言って皆が真菜に注目した時、当の本人は、あーー!と大きな声を上げた。

 「びっくりしたー。何よ?どうかしたの?真菜」

 真菜は答えもせず、冊子の1ページに釘付けになっていた。

 (こ、これ…。関連会社の『株式会社 アニヴェルセル・エトワール』専務取締役、齊藤 真って…)

 急いで他の項目にも目を通す。

 (確か、親会社のプルミエール・エトワールの社長って、そう!齊藤 進。で、会長が齊藤 正。みんな下の名前は漢字一文字、ってことは…)

 たまたま名字が同じだけの自分とは違う。
 齊藤 真は、きっと正真正銘、社長一族の一員…。

 「ひょえーー!」

 周りの皆が目を丸くするのも気にせず、真菜は驚きのあまり叫びながら固まった。
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