アンコール マリアージュ

葉月 まい

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ノーリアクションですか?!

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 それから数日後、園田様・上村様カップルが再び来店し、正式に挙式の日取りを決めた。

 「ご成約、誠にありがとうございます。素敵な結婚式となりますよう、精一杯お手伝いさせていただきます」

 真菜と美佳が頭を下げると、新郎も、よろしくお願いしますと、にこやかな笑顔を浮かべる。

 真菜は、ちらりと新婦の様子をうかがってみたが、やはりどこか固い表情のままだった。

 「では、こちらが結婚式当日までのスケジュールでございます。まずは、招待状の作成と発送ですね。そのあとも、引き出物の手配、お料理やデザート、テーブルコーディネートなど、色々と決めていただきたい事があるのですが、やはり1番は新婦様のウェディングドレスでしょうか?」

 そう言って真菜は、新婦に笑顔を向ける。

 「先日はドレスのご紹介だけでしたので、今日は実際に試着されてみてはいかがでしょうか?」
 「あ、ええ」

 新婦は、無表情のまま短く答える。

 「ご試着は、もちろん何度でも大丈夫ですので、今日決めなくてはいけない訳ではありません。ただ、クリーニングの関係で、挙式の日に使えないドレスも出てきますので、もしお気に召したドレスがありましたら、お早めに予約された方がよろしいかと」

 真菜の言葉を聞いて、新郎も新婦に話しかける。

 「そうだよ、亜希あき。やっぱり女の子は、ドレスが1番気になるだろ?他の人に予約されちゃう前に選んだら?」

 すると新婦は、おずおずと新郎の顔を見上げてから頷いた。

 「では、早速いくつか選んでいきましょうか」

 真菜は、笑顔で新婦の前に、ドレスのカタログを置いた。

 「新婦様は、どういったドレスがお好みですか?何かイメージとか、こだわりはありますか?」

 ページをめくりながら話しかけるが、新婦は何かを答えるでもなく、ただぼんやりとカタログに目を落としている。

 「では、ドレスのシルエットから見てみましょうか。プリンセスラインのものは、お姫様の様に可愛らしい雰囲気になります。この辺りのドレスがそうですね」
 「へえー、ゴージャスだなー」

 新婦の代わりに、新郎が身を乗り出してカタログを覗き込む。

 「こちらはAラインのドレスです。アルファベットのAのようなシルエットで、上品な雰囲気かと思います」
 「ふーん、確かに」

 これまた新郎が相槌を打つ。

 「それと、こちらはマーメイドラインのドレスですね。名前の通り人魚姫のような、女性らしく大人っぽいドレスです。さらに、ストンとしたシルエットのスレンダーライン、胸の下で切り返したエンパイアラインなどもあります」
 「おおー、こんなのもあるんだ」

 分かりやすい新郎の反応は有り難いが、肝心の新婦は、やはり無反応のままだ。

 (うーん、どうしたものか…)

 少し考えてから、提案してみる。

 「カタログの写真では分かり辛いですものね。実際のドレスを見ながら選んでみましょうか?」
 「ああ、その方がいいよね」

 新郎の問いかけに、ようやく新婦が小さく頷く。

 「では、これから試着室にご案内いたしますね。準備をしますので、少々お待ちいただけますか?」

 そう断ってから、真菜は書類を手に立ち上がる。

 美佳と一緒に一旦オフィスに戻ると、試着室入ります!と声をかけながら、ホワイトボードの『試着室』の欄に、使用中のマグネットを貼る。

 何も言わなくても、美佳は心得たように、手にしたメモ帳に手順を書き込んでいた。

 行ってらっしゃーい、の声に見送られ、真菜は美佳と新郎新婦のもとに戻る。

 「こちらです。どうぞ」

 サロンを出て短い通路を歩き、正面のドアを開けると、まるでホテルのような雰囲気の空間が広がっていた。

 「うわー、素敵ですね」

 新郎が、キョロキョロと辺りを見ながら言う。

 「こちらのソファにお掛けください。今、何着かドレスをお持ちしますね」

 そう言ってから、真菜は両手に白い手袋をはめ、ズラリと並んだドレスの中からいくつか選んで壁に掛けた。

 「まずこちらは、プリンセスラインの純白のドレスです。シルクタフタをたっぷり使ったスカートに、後ろは大きなリボンが付いたトレーンになっていて、とても可愛らしいですよ」

 高く掲げながら後ろも見せると、新郎は、おおー!と感嘆の声を上げるが、新婦は無言のままだ。

 (うーむ…。よし、次行ってみよう!)

 真菜は、隣のドレスを手に取る。

 「こちらはAラインのオフホワイトのドレスです。日本人の肌に馴染みやすい色合いですよ。スクエアネックで、鎖骨も綺麗に見せられます。お二人はガーデンでの人前式ですから、胸元のこの飾りも自然光にキラキラ映えると思いますよ」

 またもや、おおー!の声とシーン…という二人別々のリアクション。

 (めげないぞー!はいっ次!)

 「では、こちらのスレンダーラインはいかがでしょう?スタイリッシュで大人っぽい雰囲気ですね。歩きやすいので、ゲストの方ともお話しやすいですよ。綺麗な刺繍も、皆様に間近で見ていただけると思います。こんなふうに、マリアベールと合わせるのもオススメです」

 おおー!…シーン

 (ううっ…そろそろめげそう)

 「では、ひとまずこの中から試着されますか?それとも別のドレスをお持ちしましょうか?」

 新婦に問いかけてみたが、やはり黙ったままだ。

 「亜希、試しにどれか着てみたら?」

 新郎がそう言うと、少ししてから小さく頷いた。

 真菜はホッとして、笑顔で聞いてみる。

 「新婦様、どれになさいますか?」

 シーン…

 (えーっと?どうしましょうか?)

 笑顔のまま、真菜は固まる。

 「ちなみに新郎様は、どれが新婦様にお似合いだと思われますか?」

 沈黙に耐えかねて思わず話を振ると、新郎は、そうだなーと考えてから、これかな?とAラインのドレスを指差す。

 「こちらですね。新婦様、もしよろしければ、このドレスを1度着てみていただけないでしょうか?」

 シーン…

 (なんだろう、私は透明人間にでもなったのかな?)

 もはや心が折れそうになった時、新郎が、着てみなよと救いの言葉をかけてくれ、新婦はようやく頷いた。

*****

 「まず、このパニエを床に置くの。Aラインのものか、ちゃんと確認してね。あと、裏表を間違えないでね。肌に触れる側が滑らかな方なの」

 カーテンを閉めた絨毯のスペースで、真菜は美佳に教えながら準備する。

 「そしたら次に、ドレスのファスナーを下ろして、スカートの内側に手を入れて広げる。それからパニエに被せるの。こんな感じで、しっかり下まで被せてね」

 よし、これで準備オッケー!と指差し確認すると、真菜は新婦を中に招き入れた。

 ドレスに両腕を通したらお声かけ下さい、と言って一旦カーテンの外に出る。

 しばらくしても声はかからなかったが、まあ想定内だと、真菜は自分から、いかがですか?大丈夫でしょうか?と声をかける。

 かろうじて、はい、と微かに返事が聞こえてきて、失礼いたしますとカーテンの隙間から美佳と二人でサッと中に入る。

 美佳に分かりやすいようにパニエを留めると、ドレスの背中を整えながらファスナーを上げる。

 「わあ!とってもお綺麗ですね」

 鏡に映るドレス姿の新婦に、真菜はお世辞ではなく、本当にそう思った。

 シンプルな私服姿とは違い、とても華やかな雰囲気で、肩のラインも美しい。

 「サイズも良さそうですね。苦しくないですか?」

 真菜の見立て通り、9号でピッタリだった。

 「軽く髪をアップにさせていただいてもよろしいですか?」

 問いかけに返事はないが、どうぞとばかりに待っている雰囲気があり、真菜は失礼いたしますと言って、髪を上にねじりながらクリップで留めた。

 アクセサリーやベール、手袋なども、今日のところは取り敢えず真菜が選んで着けてもらう。

 「いかがですか?とても良くお似合いですね」

 鏡の中の新婦に笑顔を向ける。

 美佳も、本当にお綺麗ですねと声をかけるが、やはり新婦は黙ったままだ。

 「新郎様にも見ていただきましょうか?」

 辛抱強く反応を待つと、ようやく小さく頷いてくれた。

 「ではこちらを向いて、少々お待ち下さいね」

 カーテンの前に立った新婦のベールを整えてから、真菜はそっとカーテンを出る。

 「お待たせいたしました。新婦様、ドレスに着替えられましたよ」

 おっ…と立ち上がる新郎に、よろしいですか?と笑って少しもったいぶってから、真菜は一気にカーテンを開けた。

 一瞬息を呑んで目を見開いてから、新郎はため息のように呟く。

 「亜希、綺麗だな…」

 うふふと真菜も嬉しくなって笑う。

 「本当に、お美しいですよね。もう少しお近くへどうぞ」
 「あ、は、はい」

 新郎は新婦の前まで行き、マジマジと見つめる。

 「すごく綺麗だよ、亜希。なんだか別人みたいだ」

 うつむいていた新婦の顔が、その時ほんのり赤くなったのを真菜は見逃さなかった。

*****

 「それで、これが今日試着されたドレスの番号。あと、私が見繕って着けてもらったアクセサリーや手袋、ベールの番号も書いておくの」

 新郎新婦を見送ったあと、真菜はオフィスで美佳に書類の説明をしていた。

 「今日のところは、ドレスは仮押さえの状態だし、ベールもまだ決まってない。でも次回のご試着の時に、この間のベールを試したい、と言われて、どれだか分からないと困るでしょ?写真だと、似てる物も多くていまいちよく判別出来ないし」
 「なるほど、確かにそうですね。手袋なんて、この写真では全く分かりません」
 「そう。だから写真の横にこうやって番号を書いておくの」

 上村様のドレス姿の写真をプリントアウトし、余白に矢印で番号を書き込む。

 「それと、これは決まりではないんだけど、私はお二人にお渡しする書類は、全てコピーを残して自分で持っておくようにしてるの。ほら、例えば今日は、ブーケセレモニーは当日雨だったらどうなるのか?って質問されたでしょ?」

 先ほど新郎にそう聞かれ、雨の場合は屋根のあるテラスで行うこと、もしガーデンでの写真を撮れなかった場合は、別の日に撮影も可能だと話し、前撮りと後撮りのフォトプランの説明もしたのだった。

 「この見取り図もそう。ガーデンのテラスの位置とか、ここに列席者の椅子を並べて、新郎新婦のお二人の立ち位置はガーデンをバックに…とか、書き込みをしてから渡したでしょ?これも自分用にコピーを持っておくの。どんな説明をしたか、話の食い違いが起きないように」

 すると話が聞こえたのか、梓が声をかけてきた。

 「へえー、真菜も随分成長したわね。なんかちょっと驚いた」
 「え?私、そんなに仕事出来ませんでしたか?」
 「いや、何て言うか、仕事以前に変な事するんだもん。入社してすぐの頃なんて、お客様に紅茶お出ししてって頼んだら、ティーカップに緑茶淹れるし」

 ブハッ!と久保が飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる。

 「あったあった!そんな事。あと電話の応対も酷かったよね。もしもし、こちらはフェリシア齋藤の横浜ですが、何か?みたいな」

 オフィス中の皆がドッと笑う。

 「そうそう、そうだった。しばらく、フェリシア齋藤ってあだ名だったよね」

 事実ゆえに否定も出来ず、真菜が膨れていると、美佳までが堪え切れないとばかりに笑い出した。

 「えー、ちょっと美佳ちゃんまでー」
 「す、すみません。でも少しホッとしました。真菜先輩でも、最初はそんな感じだったんですね」

 すると、梓が片手をヒラヒラさせながら美佳に言う。

 「あの時の真菜に比べたら、美佳ちゃんなんてとっても優秀よー。あっという間に追い越しちゃうかもよ?」
 「えー?!そしたら私、もう先輩なんて呼んでもらえなくなる…」

 真菜がしょんぼりすると、久保も笑う。

 「どうする?いつの間にか、おい、真菜!とか呼ばれてこき使われたら…」
 「そ、そんな、まさか!絶対そんな事しませんから!」

 美佳が慌てて否定する。

 「そうですよ。美佳ちゃん、そんな子じゃありませんから!」

 真菜が美佳の肩を抱くと、久保は嬉しそうに笑った。

 「すっかりいいコンビね。これからも二人で頑張ってね!」

 真菜は美佳と顔を見合わせて、はいっ!と返事をした。
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