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この罪を許しますか?!
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夜の8時。
駅前のカフェに入って来たカップルを見て、真は立ち上がり深々と頭を下げる。
「急にお呼び立てして申し訳ありません。ご足労いただき、ありがとうございます」
「あ、いえ…」
二人は戸惑いながら、真の向かい側の席に座る。
水を持って来たウェイトレスに、二人がコーヒーとアイスティーを注文したあと、改めて真は名刺を差し出した。
「先程はお電話で大変失礼いたしました。私は、アニヴェルセル・エトワールの齊藤と申します」
「え、齊藤さんってこの漢字ですか?では、真菜さんのご主人ですか?」
新郎が、名刺を見ながら驚いたように聞く。
「いえ。お二人の担当の齊藤とは、たまたま名字が同じだけです。いかがでしょう?齊藤は、担当者としてきちんとやっておりますでしょうか?不手際などございませんか?」
あくまでもにこやかに話をする。
「不手際なんて、とんでもない。真菜さんのおかげで、僕達とても式が楽しみになったんです。いつも親切に相談に乗ってくれて、彼女が担当者で良かったなって、なあ?」
新郎が隣の新婦に同意を求めると、新婦も小さく頷いた。
「左様でございますか。今後も、どうぞ何なりとお申し付けください。お二人の結婚式を、私どもも精一杯お手伝いさせていただきます」
「あ、はい。ありがとうございます。あの…ところで、お話というのは?」
昼に真は、話があるから新婦と一緒に自宅近くのカフェで会えないだろうかと、新郎に電話をかけたのだった。
いきなり会ったこともない人物に呼び出されて、困惑するのも無理はない。
真は、笑顔を崩さずにこやかに話を切り出す。
「はい。実はお尋ねしたい事がございまして…。先日、会社の寮に手紙が届きました。それが、齊藤 真菜宛の手紙だったのですが、名字で誤解されたのか、私のポストに入れられたのです」
「ああ、同じ漢字ですもんね」
そう言う新郎に、真も頷く。
「そうなんです。それで、私から齊藤 真菜に届けましたが、差出人が書かれておらず、誰からの手紙なのか心当たりがないと。さらには、封筒に切手や消印もなく、どうやらご本人がわざわざ寮まで来て、直接ポストに投函したらしいのです」
そこまで言って、ちらりと新婦の様子をうかがうが、無表情なままだった。
「そこで管理人に、ポストが映った防犯カメラの映像を見せてもらいました。すると、こんな画像が…」
真がスマートフォンを取り出し、撮影した写真を見せると、新郎が覗き込んできた。
「え、これって…。亜希じゃないか?」
新郎がそう言うと、新婦はチラッと画像を見てから首を振る。
「でも、ほら、このコート、亜希がよく着てるやつだよな?」
「私も、フェリシア 横浜のサロンでお二人をお見かけした時にそう思いまして、それでこうして確認させていただこうと思った次第です」
真も新婦を見るが、頑なに首を振るだけだった。
「新婦様ではなかったのですね。大変失礼いたしました。では、防犯カメラの映像と封筒は、警察に提出します。ご迷惑をおかけいたしました」
深々と頭を下げると、新郎が、え?と声を上げる。
「警察に届けるんですか?」
「はい。と言いますのも、封筒の中に貴重品が入っておりまして。きっと送った方は、返して欲しいだろうと思いますので」
すると新郎が、再び新婦に尋ねた。
「なあ、亜希。この写真に写ってるの、やっぱり亜希だろ?」
「違うわ」
「でも俺にはどうやっても亜希に見える。ほら、この帽子も、亜希が前に被ってたやつだし」
「だから違うってば」
「封筒、今返してもらったら?」
「だから私じゃない」
「でも困るだろ?返してもらえば?」
「いらないわよ!カミソリなんて!」
…えっ、と新郎が小さく呟く。
「亜希、今、なんて…?」
新婦が、ようやく事態に気付いたようにハッとした表情になる。
「どういう事?だって封筒には、貴重品が入ってるんじゃないの?俺、お札か何かかと思ったのに、亜希、なんでカミソリなんて…」
ガタッと立ち上がり、新婦は店を飛び出して行く。
「亜希!」
追いかけようとした新郎は、立ち止まって真を見た。
「どうぞ、彼女の所へ。ゆっくりお話なさってください。後日、本社の齊藤までご連絡をいただけますか?」
そう言って、テーブルに置かれたままだった名刺をもう一度差し出すと、新郎は受け取り、頭を下げてから急いで店を出て行った。
*****
数日後。
フェリシア 横浜のサロンで、真菜と真は、新郎の園田と向き合っていた。
「この度は、大変ご迷惑をおかけしました」
そう言って深々と頭を下げる。
「園田様、顔を上げてください」
真菜が声をかけるが、新郎はうつむいたままだ。
よく見ると、肩を震わせている。
「すみません、こんな…。亜希が、まさかこんな事をするなんて…」
新郎の気持ちが落ち着くのを、真菜と真はただひたすら待つ。
昨日、本社の真のところに新郎から電話があった。
新婦から全てを聞いたらしい。
真は真菜に、新婦の亜希が、真菜宛に不審な手紙を送り、間違えて自分が開封した事だけを話した。
カミソリの刃や脅迫文には触れず、切り抜いた文字をデタラメに貼り付けただけの妙な物で、すぐ捨ててしまったと伝えてあった。
そして、新郎が話があるらしいから、自分と一緒に聞いてもらえるか?と話すと、真菜は驚きつつも何かを察したように頷いた。
やがて顔を上げた新郎が、うつむき加減でポツリポツリと話し始める。
「亜希と俺は、そもそも恋愛結婚とは言えないんです。ずっと昔から、子どもの頃から知っていて、家も近所で…。お互い恋人もいないまま27になって、親同士が、もうお前達結婚しろって。それでなんとなく、そうしようかって事になったんです。だけど俺、ここに来て、真菜さんに色々とお話してもらってるうちに、だんだん結婚式が楽しみになってきたんです。亜希のドレス姿も綺麗で、こんなに美人だったんだって思って…。俺は、結婚に迷いはなくなっていたんです。だけど、亜希は…」
唇をぐっと噛み締めて、新郎は言葉を詰まらせる。
「亜希は、そんな俺の気持ちを知らずに、勝手に妙な思い込みをしていたんです。ここで打ち合わせをしていると、俺が嬉しそうに真菜さんと話をする。それを見て、真菜さんに俺を取られるんじゃないかって。俺が真菜さんを好きになって、自分は捨てられるんじゃないかって。そんな事ある訳ないのに…。でもあいつ、どんどん妄想を膨らませていって、最後には酷い行動に出たんです。真菜さんに、不審な手紙を送り付けて、落ち込ませようとしたんです」
真は、ちらりと真菜の様子をうかがう。
ショックを受けているはずだが、真菜は毅然としたままだった。
「真菜さんが、暗い顔で元気がなくなれば、俺との話も弾まなくなると思ったらしいです。あわよくば、怖くなって仕事を辞めてくれたらって。でも真菜さんは、いつも変わらず明るく笑顔だった。それで、さらに酷い事を…」
新郎は、堪え切れなくなって涙を溢し始めた。
「あいつ、闇バイトを雇って真菜さんを…。精神的にダメージを負わせようと、真菜さんを尾行するように頼んだんです。すみません、本当に、申し訳…ありません」
涙で言葉を詰まらせながら、新郎は何度も頭を下げる。
真菜は驚いて息を呑んだまま、身体を強張らせた。
真はテーブルの下で、真菜の手をギュッと握る。
こちらに視線を向ける真菜に、大丈夫だと頷いてみせた。
「本当に申し訳ありません!亜希は、警察に突き出されるような、犯罪を犯したんです。いや、俺も無関係ではない。あいつにそんな事をさせたのは、俺にも責任がある。それに、あいつの思惑に気付いて止める事も出来なかった。真菜さん、本当にすみませんでした!でも、どうか…お願いです。あいつを見逃してやってもらえませんか?すみません!勝手な事を言ってるのは分かってます。でもあいつ、警察に捕まったら、もう二度と立ち直れない。生きる気力を失ってしまう。そんな、そんな事は…どうか、お願いです」
新郎は、ひたすら頭を下げながら懇願する。
真は、真菜の手を握りながら、そっと様子をうかがった。
(急にこんな話をされて、ショックを受けないはずはない。襲われた時の恐怖も蘇っているだろう。今すぐ何かを話せる状態ではない)
そう思い、代わりに自分が話そうと口を開いた時だった。
「園田様、顔を上げてください」
落ち着いた声で真菜が言う。
新郎は、ハッとしたように真菜を見た。
「確かに新婦様のされた事は犯罪です。どんな理由であれ、許される事ではありません。ですが、私は警察には届けません。なぜなら、もう二度と新婦様は、このような事はなさらないと思うからです。そして充分に、反省も後悔もされていると思います。園田様の様子を見て、私はそう感じました」
言葉にならない声を上げて、新郎は泣き続ける。
「すみません、本当に。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。結婚の話は白紙になりました。挙式のキャンセル料もきちんとお支払いたします。二度とこちらにご迷惑はおかけしません。本当に申し訳ありませんでした」
やがて立ち上がり、最後に深々とお辞儀した新郎に、真菜が声をかけた。
「園田様、1つお願いがあります」
ぴたりと立ち止まり、新郎が恐る恐る真菜を振り返る。
「園田様。もう一度、新婦様と結婚についてお話してみてください。キャンセルはそのあとでも間に合いますから」
えっ…と新郎は動きを止める。
「時間をかけて、もう一度新婦様に向き合ってみてください。それが私からのお願いです」
真菜は、新郎を真っ直ぐ見据えて頷いた。
*****
「はい、どうぞ」
ソファに座る真菜の前に紅茶を置くと、真も隣に腰を下ろした。
「ありがとうございます。はあ、美味しい」
紅茶を飲むと、真菜はふうとひと息つく。
「本当に良かったのか?その…、今日の話」
コーヒーを飲みながら、真菜に聞いてみる。
「ええ。社会的には間違っているでしょうけど、私はどうしても、新婦様を憎めないんです。だって、もう何度も打ち合わせをしてきて、お二人に幸せになって欲しいって、ずっと願ってきたから。それに、新婦様が新郎様のことを本当に好きなのを、私は知っています。今回は私に間違った気持ちをぶつけてしまったけれど、これからは真っ直ぐに正直に、新郎様に好きって気持ちを向けて欲しいな」
そして真に、自信なさそうに聞いてくる。
「こんな考え、甘いですか?」
真はふっと頬を緩めた。
「いや、いいんじゃないか」
そう言うと、真菜はホッとしたように微笑んだ。
「お二人、ちゃんとお話出来てるといいな」
「ああ、そうだな」
真も真菜に微笑んだ。
「それと、真さん」
「ん?何だ」
「私を守ってくれて、ありがとうございました。手紙が届いたのに黙っていたのは、私を不安にさせないためでしょう?」
「いや、それは、まあそうだが。別に大した事ではない」
「ううん。それに、それだけじゃない。いつも守ってくれて、本当にありがとうございます」
瞬きしたあと黙って目を逸らす真に、真菜はもう一度微笑んだ。
駅前のカフェに入って来たカップルを見て、真は立ち上がり深々と頭を下げる。
「急にお呼び立てして申し訳ありません。ご足労いただき、ありがとうございます」
「あ、いえ…」
二人は戸惑いながら、真の向かい側の席に座る。
水を持って来たウェイトレスに、二人がコーヒーとアイスティーを注文したあと、改めて真は名刺を差し出した。
「先程はお電話で大変失礼いたしました。私は、アニヴェルセル・エトワールの齊藤と申します」
「え、齊藤さんってこの漢字ですか?では、真菜さんのご主人ですか?」
新郎が、名刺を見ながら驚いたように聞く。
「いえ。お二人の担当の齊藤とは、たまたま名字が同じだけです。いかがでしょう?齊藤は、担当者としてきちんとやっておりますでしょうか?不手際などございませんか?」
あくまでもにこやかに話をする。
「不手際なんて、とんでもない。真菜さんのおかげで、僕達とても式が楽しみになったんです。いつも親切に相談に乗ってくれて、彼女が担当者で良かったなって、なあ?」
新郎が隣の新婦に同意を求めると、新婦も小さく頷いた。
「左様でございますか。今後も、どうぞ何なりとお申し付けください。お二人の結婚式を、私どもも精一杯お手伝いさせていただきます」
「あ、はい。ありがとうございます。あの…ところで、お話というのは?」
昼に真は、話があるから新婦と一緒に自宅近くのカフェで会えないだろうかと、新郎に電話をかけたのだった。
いきなり会ったこともない人物に呼び出されて、困惑するのも無理はない。
真は、笑顔を崩さずにこやかに話を切り出す。
「はい。実はお尋ねしたい事がございまして…。先日、会社の寮に手紙が届きました。それが、齊藤 真菜宛の手紙だったのですが、名字で誤解されたのか、私のポストに入れられたのです」
「ああ、同じ漢字ですもんね」
そう言う新郎に、真も頷く。
「そうなんです。それで、私から齊藤 真菜に届けましたが、差出人が書かれておらず、誰からの手紙なのか心当たりがないと。さらには、封筒に切手や消印もなく、どうやらご本人がわざわざ寮まで来て、直接ポストに投函したらしいのです」
そこまで言って、ちらりと新婦の様子をうかがうが、無表情なままだった。
「そこで管理人に、ポストが映った防犯カメラの映像を見せてもらいました。すると、こんな画像が…」
真がスマートフォンを取り出し、撮影した写真を見せると、新郎が覗き込んできた。
「え、これって…。亜希じゃないか?」
新郎がそう言うと、新婦はチラッと画像を見てから首を振る。
「でも、ほら、このコート、亜希がよく着てるやつだよな?」
「私も、フェリシア 横浜のサロンでお二人をお見かけした時にそう思いまして、それでこうして確認させていただこうと思った次第です」
真も新婦を見るが、頑なに首を振るだけだった。
「新婦様ではなかったのですね。大変失礼いたしました。では、防犯カメラの映像と封筒は、警察に提出します。ご迷惑をおかけいたしました」
深々と頭を下げると、新郎が、え?と声を上げる。
「警察に届けるんですか?」
「はい。と言いますのも、封筒の中に貴重品が入っておりまして。きっと送った方は、返して欲しいだろうと思いますので」
すると新郎が、再び新婦に尋ねた。
「なあ、亜希。この写真に写ってるの、やっぱり亜希だろ?」
「違うわ」
「でも俺にはどうやっても亜希に見える。ほら、この帽子も、亜希が前に被ってたやつだし」
「だから違うってば」
「封筒、今返してもらったら?」
「だから私じゃない」
「でも困るだろ?返してもらえば?」
「いらないわよ!カミソリなんて!」
…えっ、と新郎が小さく呟く。
「亜希、今、なんて…?」
新婦が、ようやく事態に気付いたようにハッとした表情になる。
「どういう事?だって封筒には、貴重品が入ってるんじゃないの?俺、お札か何かかと思ったのに、亜希、なんでカミソリなんて…」
ガタッと立ち上がり、新婦は店を飛び出して行く。
「亜希!」
追いかけようとした新郎は、立ち止まって真を見た。
「どうぞ、彼女の所へ。ゆっくりお話なさってください。後日、本社の齊藤までご連絡をいただけますか?」
そう言って、テーブルに置かれたままだった名刺をもう一度差し出すと、新郎は受け取り、頭を下げてから急いで店を出て行った。
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数日後。
フェリシア 横浜のサロンで、真菜と真は、新郎の園田と向き合っていた。
「この度は、大変ご迷惑をおかけしました」
そう言って深々と頭を下げる。
「園田様、顔を上げてください」
真菜が声をかけるが、新郎はうつむいたままだ。
よく見ると、肩を震わせている。
「すみません、こんな…。亜希が、まさかこんな事をするなんて…」
新郎の気持ちが落ち着くのを、真菜と真はただひたすら待つ。
昨日、本社の真のところに新郎から電話があった。
新婦から全てを聞いたらしい。
真は真菜に、新婦の亜希が、真菜宛に不審な手紙を送り、間違えて自分が開封した事だけを話した。
カミソリの刃や脅迫文には触れず、切り抜いた文字をデタラメに貼り付けただけの妙な物で、すぐ捨ててしまったと伝えてあった。
そして、新郎が話があるらしいから、自分と一緒に聞いてもらえるか?と話すと、真菜は驚きつつも何かを察したように頷いた。
やがて顔を上げた新郎が、うつむき加減でポツリポツリと話し始める。
「亜希と俺は、そもそも恋愛結婚とは言えないんです。ずっと昔から、子どもの頃から知っていて、家も近所で…。お互い恋人もいないまま27になって、親同士が、もうお前達結婚しろって。それでなんとなく、そうしようかって事になったんです。だけど俺、ここに来て、真菜さんに色々とお話してもらってるうちに、だんだん結婚式が楽しみになってきたんです。亜希のドレス姿も綺麗で、こんなに美人だったんだって思って…。俺は、結婚に迷いはなくなっていたんです。だけど、亜希は…」
唇をぐっと噛み締めて、新郎は言葉を詰まらせる。
「亜希は、そんな俺の気持ちを知らずに、勝手に妙な思い込みをしていたんです。ここで打ち合わせをしていると、俺が嬉しそうに真菜さんと話をする。それを見て、真菜さんに俺を取られるんじゃないかって。俺が真菜さんを好きになって、自分は捨てられるんじゃないかって。そんな事ある訳ないのに…。でもあいつ、どんどん妄想を膨らませていって、最後には酷い行動に出たんです。真菜さんに、不審な手紙を送り付けて、落ち込ませようとしたんです」
真は、ちらりと真菜の様子をうかがう。
ショックを受けているはずだが、真菜は毅然としたままだった。
「真菜さんが、暗い顔で元気がなくなれば、俺との話も弾まなくなると思ったらしいです。あわよくば、怖くなって仕事を辞めてくれたらって。でも真菜さんは、いつも変わらず明るく笑顔だった。それで、さらに酷い事を…」
新郎は、堪え切れなくなって涙を溢し始めた。
「あいつ、闇バイトを雇って真菜さんを…。精神的にダメージを負わせようと、真菜さんを尾行するように頼んだんです。すみません、本当に、申し訳…ありません」
涙で言葉を詰まらせながら、新郎は何度も頭を下げる。
真菜は驚いて息を呑んだまま、身体を強張らせた。
真はテーブルの下で、真菜の手をギュッと握る。
こちらに視線を向ける真菜に、大丈夫だと頷いてみせた。
「本当に申し訳ありません!亜希は、警察に突き出されるような、犯罪を犯したんです。いや、俺も無関係ではない。あいつにそんな事をさせたのは、俺にも責任がある。それに、あいつの思惑に気付いて止める事も出来なかった。真菜さん、本当にすみませんでした!でも、どうか…お願いです。あいつを見逃してやってもらえませんか?すみません!勝手な事を言ってるのは分かってます。でもあいつ、警察に捕まったら、もう二度と立ち直れない。生きる気力を失ってしまう。そんな、そんな事は…どうか、お願いです」
新郎は、ひたすら頭を下げながら懇願する。
真は、真菜の手を握りながら、そっと様子をうかがった。
(急にこんな話をされて、ショックを受けないはずはない。襲われた時の恐怖も蘇っているだろう。今すぐ何かを話せる状態ではない)
そう思い、代わりに自分が話そうと口を開いた時だった。
「園田様、顔を上げてください」
落ち着いた声で真菜が言う。
新郎は、ハッとしたように真菜を見た。
「確かに新婦様のされた事は犯罪です。どんな理由であれ、許される事ではありません。ですが、私は警察には届けません。なぜなら、もう二度と新婦様は、このような事はなさらないと思うからです。そして充分に、反省も後悔もされていると思います。園田様の様子を見て、私はそう感じました」
言葉にならない声を上げて、新郎は泣き続ける。
「すみません、本当に。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。結婚の話は白紙になりました。挙式のキャンセル料もきちんとお支払いたします。二度とこちらにご迷惑はおかけしません。本当に申し訳ありませんでした」
やがて立ち上がり、最後に深々とお辞儀した新郎に、真菜が声をかけた。
「園田様、1つお願いがあります」
ぴたりと立ち止まり、新郎が恐る恐る真菜を振り返る。
「園田様。もう一度、新婦様と結婚についてお話してみてください。キャンセルはそのあとでも間に合いますから」
えっ…と新郎は動きを止める。
「時間をかけて、もう一度新婦様に向き合ってみてください。それが私からのお願いです」
真菜は、新郎を真っ直ぐ見据えて頷いた。
*****
「はい、どうぞ」
ソファに座る真菜の前に紅茶を置くと、真も隣に腰を下ろした。
「ありがとうございます。はあ、美味しい」
紅茶を飲むと、真菜はふうとひと息つく。
「本当に良かったのか?その…、今日の話」
コーヒーを飲みながら、真菜に聞いてみる。
「ええ。社会的には間違っているでしょうけど、私はどうしても、新婦様を憎めないんです。だって、もう何度も打ち合わせをしてきて、お二人に幸せになって欲しいって、ずっと願ってきたから。それに、新婦様が新郎様のことを本当に好きなのを、私は知っています。今回は私に間違った気持ちをぶつけてしまったけれど、これからは真っ直ぐに正直に、新郎様に好きって気持ちを向けて欲しいな」
そして真に、自信なさそうに聞いてくる。
「こんな考え、甘いですか?」
真はふっと頬を緩めた。
「いや、いいんじゃないか」
そう言うと、真菜はホッとしたように微笑んだ。
「お二人、ちゃんとお話出来てるといいな」
「ああ、そうだな」
真も真菜に微笑んだ。
「それと、真さん」
「ん?何だ」
「私を守ってくれて、ありがとうございました。手紙が届いたのに黙っていたのは、私を不安にさせないためでしょう?」
「いや、それは、まあそうだが。別に大した事ではない」
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