アンコール マリアージュ

葉月 まい

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一体どうすりゃいいですか?!

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 「お疲れ様でーす、本日はよろしくお願いしまーす」

 声をかけながら、ローズ みなとみらいのオフィスに入ると、拓真は大きなカメラのバッグを肩から下ろした。

 「あ、拓真くん、お疲れ様。ヘアメイク、もうそろそろ終わる頃だと思うわ」

 そう言う店長に、了解です!と返事をして、カメラの準備を始める。

 程なくして、ヘアメイクの担当者がオフィスに顔を出した。

 「お疲れ様です!ヘアメイク整いました。撮影お願いしまーす」
 「はーい、今行きます。って、希先輩?」

 思わず驚くと、希も拓真を見る。

 「あらやだ。拓真か」
 「何ですか?そのテンションの急降下」
 「だって、今日はどんなイケメンカメラマンかなーって、楽しみにしてたんだもん」
 「お望み通りのイケメンカメラマンが現れましたよ!」
 「え、どこに?」

 希は、わざと遠くを探すフリをする。

 「またまたー、とぼけちゃって」
 「とぼけてるのはあんたの顔で充分よ」
 「ひっでーなー。相変わらずの毒舌」
 「あんたの軽さも相変わらずでしょ」

 ヤイヤイ言いながら控え室に向かう。

 「失礼いたします。担当カメラマンが参りました」

 1オクターブ上の声で控え室に入る希に、一瞬白けた視線を送ってから、拓真も営業スマイルで挨拶する。

 「失礼いたします。本日は誠におめでとうございます。お二人を担当させていただきます、カメラマンの小野おのと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀してから顔を上げると、部屋の片隅にいた有紗が、軽く手を振ってきた。

 (えー?凄い偶然だな。みなとみらいにこの3人なんて)

 拓真は軽く有紗に頷いてから、早速撮影に入った。

 ドレッサーの前に座る新婦と、鏡越しに新婦を見つめる新郎を、角度を調整しながら何枚か撮ると、ブーケに顔を寄せた新婦の写真、和やかに笑顔でおしゃべりするお二人の写真なども撮影する。

 希がヘアメイクを手直しするタイミング、有紗がブーケの角度を変えるタイミングも、この3人ならバッチリだ。

 (なんだかんだ言っても、やっぱりやりやすいな)

 そんな事を思いながら、挙式と披露宴も無事に撮影を終えた。

 「ありがとうございましたー。お疲れ様でしたー」

 挨拶してからオフィスを出ると、ちょうど同じように帰り支度をした希や有紗と鉢合わせた。

 「あ、拓真ー。ご飯食べてかないー?」
 「おー、いいっすね!」

 3人は揃って近くの居酒屋に入った。

*****

 「お疲れ様ー、かんぱーい」

 ゴクゴクとビールを喉に流し込む。

 「はあー、美味しい!」
 「ほんと。仕事上がりのビールって、なんでこんなに美味しいの?」
 「うわっ、有紗さん、もうグラス空っぽ!」

 拓真が驚くと、有紗がえへへーと笑う。

 「でしょー?びっくりよね。こんな綺麗なお姉さんが、まさか酒豪だなんてさ」
 「希ちゃん、酒豪じゃないわよ。お酒を嗜む大人の女性よ」
 「いやー、これはそんなレベルじゃないっすよ」
 「えー、拓真くんまで、何よー」

 料理が来る前から、ワイワイと盛り上がる。

 「珍しいよねー、みなとみらいにこの3人って」
 「確かに。まあ、平日の夜挙式ってのがそもそも珍しいですよね」

 運ばれてきた焼き鳥を食べながら拓真がそう言うと、いきなり希がグイッと顔を近付けてきた。

 「ね、拓真。あんた、何か知ってる?」
 「は?何かって、何を?」
 「真菜のこと!」
 「真菜?どうかしたんですか?あいつ」

 すると希は真顔になって、拓真と有紗を交互に見る。

 なんだ?とばかりに、二人は希に顔を寄せた。

 「最近ね、フェリシア 横浜のオフィス、真菜の話題で持ちきりなの。何でも、ある日いきなりオフィスに専務が現れてね」
 「専務?って、誰っすか?」
 「海外事業部から帰って来たばかりの、ほら!模擬挙式で真菜の新郎役だった…」
 「あー、あのイケメン?!」

 思い出したように、有紗がポンと手のひらを打つ。

 「そう、そのイケメン専務がね。閉店後に急にオフィスに来て、ひと言ボソッと言ったんだって。真菜は?って」
 「えっ、真菜は?って、呼び捨てで?」
 「そう!」
 「キャー!キュンキュンしちゃうー!それでそれで?」

 有紗は両手で頬を押さえながら目を輝かせる。

 「真菜は今接客中ですって答えたら、じゃあ表で待ってるって」
 「いやーん、何それー?で、真菜ちゃんは?そのあと一緒に帰ったって事?」
 「らしいよ。みんなでコッソリ覗いてたら、二人で車に乗ってどこかに行ったんだって」

 有紗は、後ろに倒れそうなほど仰け反ってキャーキャー言っている。

 (何だそれ?どこかってどこに行ったんだ?)

 拓真の疑問を、有紗が聞いてくれる。

 「それで?そのあとどうなったの?」
 「それがさ、次の日真菜に問い詰めても、何か上手くはぐらかされて聞けず仕舞いだったんだって」
 「ふーん、付き合ってるのかしら、二人」

 拓真は思わず、えっと声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

 「それがさー、そうでもないみたいなんだって」
 「どうして?」
 「しばらくして、専務が真菜と一緒に、お客様とサロンで真剣にお話しててさ。どうやら新婦様に何かあったらしくて、その件で新郎様が、専務と真菜に話をしたみたいなの」
 「ふーん。じゃあ、専務はそのお客様との事で、真菜ちゃんと色々話をしたって感じ?」
 「そうみたい」

 そして希は、急に拓真を振り返る。

 「拓真は?真菜から何か聞いてないの?」
 「え?いや、俺は何も…」
 「そっか。でもさ、私はまだ何かあるんじゃないかって気がするんだよねー」

 希は腕を組んで宙を見たあと、また拓真に向き直った。

 「拓真、あんたさ、いつまでもボケッとしてていいの?」
 「は?いきなり、何ですか?」

 拓真が面食らうと、有紗までが寄ってくる。

 「ほんとよー。拓真くん、真菜ちゃんが純情だからって、時間かけ過ぎよ?そろそろアタックしないと、他の人に取られちゃうわよ」
 「ちょ、ちょっと。なんでお二人とも、俺が真菜に、その、そういう前提なんですか?」

 希と有紗は、急に真顔になる。

 「あらやだ。この期に及んで、しらばっくれちゃって」
 「ほんと。まさか、気付かれてないとでも思ってたの?バレバレよ」

 拓真は、急に顔を赤らめ始めた。

 「いや、その、それは…」

 すると、希と有紗は枝豆を摘みながら話し出す。

 「まあねー、真菜は恋に恋する純情派だからさ。告白のシチュエーションとかも、きっと夢見るプランがあると思うし」
 「そう思うと、思わずためらっちゃう気持ちも分かるわ。ハードル高いものね。どれが正解なんだ?って」
 「そうそう。デートの帰りに手を繋いで告白…なんてのは、きっと順序が違うだろうし」
 「え、そうなんですか?」

 拓真は思わず身を乗り出す。

 「違うわよー、手を繋ぐ前に告白よ。真菜のプランならね」
 「じゃ、じゃあ、告白はどうやって?デートに誘う前に告白?」
 「それも違う。だって、いきなり何もないところで、付き合って下さい!だと、ロマンチックでも何でもないでしょ?」
 「ええー?!じゃあ、デートじゃないけどロマンチックなシチュエーションに持っていって告白?」
 「そう!正解」

 拓真はグッタリする。

 「そんな…どうすりゃいいんだ?そんなシチュエーション」
 「告白する前からそんなんでどうするの?まだまだ先は長いわよ」
 「そうよね。告白してオッケー貰えたとしたら、次は手を繋ぐタイミング」
 「そう。でも手を繋げたからって、じゃあ次はキスって訳にいかないからね」
 「そうそう。3歩進んで2歩下がる」

 ええー?!と、またもや拓真はグッタリする。

 「希先輩、有紗さん、今度シナリオ作ってくださいよー」
 「あらあら、そんな他力本願でどうするの?」
 「でも相談には乗るわよ。まずは告白のシチュエーションから考えてみたら?」
 「はあ、いっそのこと、酒に酔って抱き締めたい」

 それだけは絶対だめ!と、二人に睨まれ、拓真はションボリとうつむいた。

*****

 じゃあねー、私達地下鉄だからここで、と言う二人と別れ、拓真は駅への道を歩き出す。

 時計を見ると、23時を過ぎていた。

 (うわー、結構飲んでたな)

 話の内容を思い出し、拓真は大きなため息をつく。

 (俺は、真菜とは今の関係でもいいと思ってたんだけどな。でもやっぱり、誰かに取られるかもって思うと嫌だな)

 そんな事を考えながら大通りを歩いていると、ふと目の前のコンビニエンスストアから、真菜が出て来るのが見えた。

 (え?こんな所に真菜が?)

 一瞬、見間違いかと思ったが、やはりどう見ても真菜だ。

 ジーンズにカットソーというラフな格好で、手には買ったばかりらしいスイーツを持っている。

 (なんだ?その、ちょっとそこまで~みたいな雰囲気は)

 そう思いながら、真菜、と声をかけようとした時だった。

 すぐ後ろから店を出て来た長身の男性が真菜に追い付くと、肩を並べて歩いて行く。

 思わず近くの木の影に身を潜め、そっと顔を覗かせると、楽しそうに話をしながら、やがて真菜と男性は、すぐ近くのタワーマンションのエントランスに入って行った。

 (あの男の人、模擬挙式の新郎役だった…つまり、専務)

 拓真は、一気に酔いが覚めるのを感じながら立ち尽くしていた。
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