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引き受けてはくれないだろうか?!
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テレビ放送から半月が経った頃、真菜は本社を訪れていた。
久保から、齊藤専務が話があるから、本社に来て欲しいそうよ、と言われたのだ。
真は役員車を手配してくれ、真菜は優雅に横浜から本社まで、ゆったりとくつろいでやって来た。
1階の受け付けで声をかけ、案内されたソファで待っていると、やがて真がやって来た。
「お待たせ。悪いな、呼び出したりして」
「いいえ。こちらこそ、車を手配して下さって、ありがとうございました」
二人で肩を並べて歩き出す。
何だか久しぶりで照れくさくなり、真菜はうつむき加減ではにかんだ。
「テレビの反響、どうだった?」
「それはもう!凄かったです。店長、バタンキューでしたよ」
「ははっ、そうだろうな。予約数が一気に増えたもんな。真菜は?知り合いから何か言われたか?」
真菜は、少し苦笑いを浮かべる。
「はい…。色んな人から連絡が来ました。もう、笑われるやら、からかわれるやら。テレビに映る事はOKしましたけど、あんなふうに名前まで出るとは思ってなくて…。しかも、結構何度も映ってて。みんな、私の顔が変形していくって、大笑いしてました」
真も、あはは!と笑い出す。
「確かに。映る度にどんどん目が腫れていってたもんな。スマホも認証してくれないくらいに」
「あー。そうでしたね」
真菜も、ははっと乾いた声で笑う。
そして、ふと、隣の真の顔を見上げた。
「ん?どうした」
「いえ。何だか不思議な感じがして。真さん、いつもここで働いてらっしゃるんですね」
「ああ。1人寂しく部屋にこもってな」
「そうなんですか?うちの賑やかさを分けてあげたいですよ。もう、毎日ワチャワチャです」
「確かに。あそこの雰囲気はいいな。真菜も、楽しそうに仕事してるし」
そう言って微笑みかけてくる真に、真菜はどぎまぎしてうつむいた。
やがてエレベーターホールまで来ると、真は真菜にどうぞと促し、一緒に乗り込んで最上階まで来た。
廊下を歩きながら、ふと真を見上げる。
「そう言えば、今更ですけど、何の用事で呼ばれたんですか?私」
「ん?ああ。社長が真菜に話があるんだってさ」
「そうですか、社長が。って、えっ?社長?!」
ビタンと真菜は、廊下の壁に張り付いた。
「ほら。着いたぞ」
そんな真菜には目もくれず、真は、突き当りの部屋をノックする。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!真さん」
慌てて真の腕を掴んだ時、ドアが中からカチャリと開いて、落ち着いた雰囲気の綺麗な女性が現れた。
「齊藤 真菜さんをお連れしました」
そう言う真ににっこり笑いかけ、どうぞと中へ招き入れる。
どうやらそこは応接室らしかった。
「今、社長を呼んで参ります。そちらのソファにお掛けになっていて下さい」
「はい。ほら、真菜も来い」
「ははは、はい」
真に続いて歩き出すと、ふと振り返った真が、可笑しそうに笑い出す。
「真菜、右手と右足が一緒に出てるぞ」
「え?右手と右足が一緒にって、こう?」
「そう。いやだから、そうじゃなくて!それだと変だぞって。普通に歩けよ」
「普通?普通に歩いてるけど…」
「それが普通?めっちゃ変だぞ」
「え、普通って何?私の普通はこれだけど?」
「嘘だろ!そんな訳…」
その時、後ろから、ゴホンと咳払いが聞こえてきた。
振り返ると、50代位のダンディーな男の人が立っている。
「あー、お邪魔かな?」
そう言って、にっこり真菜と真を見比べる。
(はっ!この方確か、うちの社長!)
真菜は慌てて頭を下げた。
「は、は、初めまして!あ、いえ、入社面接でもお会いしましたが…あの、わたくし、齊藤 真菜と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「齊藤 真菜さんですね。社長の齊藤 昇です。今日はわざわざありがとう。さ、どうぞ座って」
「はははい!失礼致します」
真菜はガチガチになりながら、なんとかソファにちょこんと腰掛ける。
「真菜、落っこちるぞ。もう少しゆったり座ったら?」
隣から真がこっそり声をかけてくるが、真菜は、いえ、と手を振る、
「その様なお気遣いはご無用です」
すると先程の女性がコーヒーを運んで来て、三人の前に置く。
真は、テーブルの真ん中に置かれた砂糖を、真菜の近くに移動させた。
「あ、いや、そんな、かたじけない」
「真菜、大丈夫か?相当変だぞ?」
「あ、私のことはどうぞお構いなく。お見捨ておき下さい」
ヒソヒソ小声でやり取りしていると、またもや咳払いが聞こえてきた。
「あー、邪魔をして申し訳ないが、そろそろ話をしても?」
「はははい!もちろんですとも」
真菜は姿勢を正して社長に向き直る。
「真菜さん。先日のサプライズウェディングでは、本当に良い働きをしてくれましたね。お陰でテレビの反響も予想以上、我が社は、一気に注目を浴びました。本当にありがとう」
「いえ、とんでもない。お役に立てたのであれば、何よりでございます」
「それでね、あの放送以降、雑誌やテレビの取材依頼が殺到しているんだよ。もちろん式場の取材が多いのだが、社長の私にインタビューしたいというものや、真菜さんをご指名で密着取材したいという話もある。何なら、私と真菜さんの対談も、なんて言われてね。どうだろう?引き受けてくれないだろうか?」
えええー?!と真菜は、思わず仰け反る。
「その様な身に余るお話、わたくしにはとても…」
「まあ、そう言わずに…。こんなに我が社が注目を浴びるなんて、初めての事でね。この波に乗って、是非とも更なる飛躍を遂げたいと思っているのだよ。どうだろう?無理にとは言わないが、これならやっても構わない、と思うものはないかね?」
「そそそんな、滅相もない。わたくしが表に出たのでは、社のイメージダウンに繋がりかねません。その様な事になれば、わたくしは、皆様に合わせる顔もございません」
社長は、参ったという様に苦笑いする。
「真、お前から真菜さんに頼んでくれないか?どうやら仲睦まじい様子だし」
含んだ言い方をする社長に、真はゴホンと咳払いしてから口を開く。
「決してその様な事はございませんが…。取材依頼の中に、結婚情報誌のものがありましたよね?」
「ん?ああ。ドリーム ウェディングという雑誌の事か?」
えっ!と真菜が小さく声を上げる。
「はい。その雑誌なら、彼女にも合っているのではないかと思います。ウェディングプランナーの仕事を紹介するページで、インタビューは少しだけ、あとは彼女の1日の様子を追いかけて記事にしてもらえるようでした。それに我が社は今、慢性的な人材不足です。テレビ放送後、更に現場は忙しくなりました。あの雑誌でうちのプランナーが紹介されれば、求人にも反響があるかと」
ドリーム ウェディングは、真菜が毎号欠かさず買っている雑誌で、式場やドレス、指輪や引き出物などの情報はもちろん、結婚式にまつわる仕事を紹介するページもあった。
ヘアメイク、フラワーアーティスト、介添え、料理長、そしてもちろんプランナーも。
その人の1日を密着して紹介するそのページを、真菜はいつも興味津々で読んでいた。
(あのページに私が?)
社長は、真の話になるほどと頷き、真菜に聞いてくる。
「どうだろう?真菜さん。その雑誌の取材だけでも、引き受けてもらえないかな?」
「い、いえ!あのコーナーは、私もいつも拝読しておりますが、皆様そうそうたるプロフェッショナルな方ばかりでございます。わたくしのような未熟者が紙面に載るなど、とてもとても…」
真菜がブンブン手を振って断ると、社長は苦笑いしながらうつむいた。
「いやー、なかなか筋の通ったお嬢さんだ」
そして顔を上げると、真に声をかける。
「真、午後の俺との会食はキャンセルだ。その代わり、真菜さんを食事にお誘いしなさい」
ええ?と驚く真に、社長は真剣な表情で詰め寄った。
「いいか、必ず真菜さんを説得しなさい。私は社運を掛けているんだからな」
初めて見る鋭い視線の社長に圧倒され、真は生唾を飲んで頷いた。
*****
「ひゃー、何ここ?凄いお店ですね」
社長と会食する為に予約してあったホテルのフレンチレストランに、真は真菜を連れてやって来た。
「だ、大丈夫ですか?私、こんな格好で」
かっちりとしたスーツに身を包んだ真とは違い、真菜は制服にカーディガンを羽織っただけの服装だった。
居心地悪そうに、ソワソワしている。
「大丈夫だ。それにここは個室だし」
「でででも、専務の真さんが、こんなみすぼらしいひよっこと一緒にいる所を見られたら…」
と、ノックの音がしてレストランのスタッフが入って来ると、二人のグラスに水を注ぐ。
「齊藤様」
「はい!」
真菜が背筋を伸ばしてスタッフに返事をする。
「いつも当店をご利用頂き、誠にありがとうございます」
「え?私はこちらは初めてですが?」
「は?」
真がくくっと笑って遮る。
「あー、いや。構わない。今日も、いつものコースをお願いします」
「かしこまりました」
うやうやしく頭を下げてから、スタッフは部屋を出て行った。
やがて運ばれてくる料理に、真菜は、へーと1つ1つじっくり見ながら感心する。
メニューを説明するスタッフの言葉を真似て、ポワソン、ヴィアンド…とぶつぶつ繰り返しては頷いた。
「骨付き鶏もも肉のソテー ディアボロ風ソースでございます」
お辞儀をしスタッフが退出すると、真菜はじーっと料理に見入る。
「出た!これが真さん御用達の、チキンソテーのなんちゃらかんちゃらね!」
「何だそれは?別に俺の御用達ではない。それに真菜の唐揚げの方がうまいしな」
「まっさかー!んー、美味しい!これ、もの凄く美味しいですよ。どうやって作るのかな、このソース」
終始美味しい料理に感激し、最後のデザートを味わう。
「はー、平日の昼間からこんな贅沢なランチを頂けるなんて。なんだかすみません。本当は真さんと社長が会食されるはずだったのに」
「気にする事はない。それにこれは社長命令だからな。それより真菜、雑誌の取材、どうしてもだめか?あの雑誌は真菜もいつも読んでいるだろう?」
「はい。だからこそ、あのページに自分が載るのはちょっと考えられないです。私、いつも参考にさせてもらって、皆さんすごいなーって感心しながら読んでいたので。あの職業紹介のコーナーを読んで、この仕事に憧れるって読者もいるかもしれないし。そう思うと、私なんてそんな…」
「なぜそんなに卑下する?お前は優秀なプランナーだと思うが?」
「いえ、本当に私なんて…」
「俺は今まで、色々なスタッフを見てきた。だが、お前ほど熱心で、お客様に誠意を尽くすプランナーは見た事がない。これは俺の本心だ」
真剣な表情でじっと真に見つめられ、真菜は飲んでいたティーカップを置いて話し始めた。
「真さんがそう言って下さるのはとても嬉しいです。でも私は、現場でお客様と接していて、いつもどこか自信がなく、おどおどしてしまう事があります」
え?と真は意外そうに驚く。
「私、もうすぐ24才なんですけど、プランナーとしてはまだまだ信頼してもらえる年齢ではありません。想像してみて下さい。30才のカップルがいらしたとします。自分達の大事な結婚式を任せるプランナーに、これまで関わった挙式は何百組、自身の結婚式も経験済みの40代のプランナーを選ぶか、入社4年目で経験も浅く、自分の結婚式はおろか、デートもした事がない24才のプランナーを選ぶか…」
真はじっと黙って真菜の言葉に耳を傾ける。
「答えは明白ですよね。誰も、年下の頼りないプランナーを選んだりはしない。だから店長も、お客様の担当者を決める時は、まず梓先輩を第一にされています。30代後半や40代のカップルは、まず私には担当させてもらえません。それは当然の事だと思います」
「だが、それと雑誌の取材は別だろう?先方は真菜を指名しているんだし。それにお客様だって、第一印象ではベテランのプランナーを選ぶかもしれないが、真菜と接するうちに、この人に任せて良かったと思ってもらえるはずだと俺は思う」
「でもやっぱり自信がないです。雑誌なんて、どんなふうに書かれるか分からないし、もしかしたら取材中にガッカリされて、良い内容にはならないかもしれない。そしたら社のイメージも悪くなるし…」
「それなら、原稿チェックの際にNGを出せばいい。とにかく一度、まずは受けてみるのはどうだ?」
うーん…と頑なに渋り続ける真菜に、真は、よし!とばかりに身を乗り出す。
「真菜、そしたら何か報酬を社長にお願いしよう。取材を受ける代わりにってな。何がいい?昇進とか、あ、ボーナスは?」
「ええー?そんなのいりませんよ」
「どうして?言えばいい。今なら社長、絶対喜んで頷くって。な?」
「本当に結構です。そんな、お金なんて…」
「じゃあ、他に何かして欲しい事とかないか?真菜の望みなら、何だって叶えてもらえるぞ?」
「私の、望み…?」
「そうだ。何かないか?」
真はじっと真菜の言葉を待っている。
「私、私ね、お客様のとっておきスポット巡りをしてみたいんです」
は?と真は動きを止める。
「な、何だって?何巡り?」
「あのね、私、いつも新郎新婦のお二人から色々なお話を聞くんです。告白した場所、初デートで行った所、初めて手を繋いだ時、プロポーズのシチュエーション、あと、初めてキ、キスした時の事とか」
顔を赤らめてうつむきながら話す真菜を、怪訝そうに真は見つめる。
「そ、それが、何か?」
「だから、その…私もそういう場所に行って、そういう雰囲気を味わってみたいなって。どんな気持ちで新郎新婦のお二人が結婚を決意したのか、どういう時に『この人となら』って、生涯を共にする相手を確信したのか」
「は、はあ…」
真は気の抜けた返事をする。
「もう!いいです。どうせ真さんには分かってもらえないもん」
「ご、ごめん!いや、分かる、分かるよ。そうやってお二人の気持ちを知れば、更に結婚式へのイメージもしやすくなるもんな」
コクリと真菜は黙って頷く。
「よし!分かった。俺も一緒に回って再現しよう。その、何だっけ?何巡り?」
「お客様のとっておきスポット巡り」
「そう!それな。えーっと、善は急げだ。真菜、次の休みいつだ?」
「明後日の木曜日です」
「分かった。じゃあその日にしよう」
そう言って、真はどこかに電話をかけ始めた。
「社長、真です。明後日の私のスケジュール、全てリスケお願いします。はい、はい、分かりました。必ず、お約束します」
真菜は、ひえーと驚き、電話を切った真に詰め寄る。
「ちょっと真さん、大丈夫なんですか?社長にそんな…」
「ああ、構わない。社長も二つ返事でOKしてくれた。真菜さんをしっかり接待しろってさ」
ひー!と真菜は、両手で頬を挟んで仰け反った。
久保から、齊藤専務が話があるから、本社に来て欲しいそうよ、と言われたのだ。
真は役員車を手配してくれ、真菜は優雅に横浜から本社まで、ゆったりとくつろいでやって来た。
1階の受け付けで声をかけ、案内されたソファで待っていると、やがて真がやって来た。
「お待たせ。悪いな、呼び出したりして」
「いいえ。こちらこそ、車を手配して下さって、ありがとうございました」
二人で肩を並べて歩き出す。
何だか久しぶりで照れくさくなり、真菜はうつむき加減ではにかんだ。
「テレビの反響、どうだった?」
「それはもう!凄かったです。店長、バタンキューでしたよ」
「ははっ、そうだろうな。予約数が一気に増えたもんな。真菜は?知り合いから何か言われたか?」
真菜は、少し苦笑いを浮かべる。
「はい…。色んな人から連絡が来ました。もう、笑われるやら、からかわれるやら。テレビに映る事はOKしましたけど、あんなふうに名前まで出るとは思ってなくて…。しかも、結構何度も映ってて。みんな、私の顔が変形していくって、大笑いしてました」
真も、あはは!と笑い出す。
「確かに。映る度にどんどん目が腫れていってたもんな。スマホも認証してくれないくらいに」
「あー。そうでしたね」
真菜も、ははっと乾いた声で笑う。
そして、ふと、隣の真の顔を見上げた。
「ん?どうした」
「いえ。何だか不思議な感じがして。真さん、いつもここで働いてらっしゃるんですね」
「ああ。1人寂しく部屋にこもってな」
「そうなんですか?うちの賑やかさを分けてあげたいですよ。もう、毎日ワチャワチャです」
「確かに。あそこの雰囲気はいいな。真菜も、楽しそうに仕事してるし」
そう言って微笑みかけてくる真に、真菜はどぎまぎしてうつむいた。
やがてエレベーターホールまで来ると、真は真菜にどうぞと促し、一緒に乗り込んで最上階まで来た。
廊下を歩きながら、ふと真を見上げる。
「そう言えば、今更ですけど、何の用事で呼ばれたんですか?私」
「ん?ああ。社長が真菜に話があるんだってさ」
「そうですか、社長が。って、えっ?社長?!」
ビタンと真菜は、廊下の壁に張り付いた。
「ほら。着いたぞ」
そんな真菜には目もくれず、真は、突き当りの部屋をノックする。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!真さん」
慌てて真の腕を掴んだ時、ドアが中からカチャリと開いて、落ち着いた雰囲気の綺麗な女性が現れた。
「齊藤 真菜さんをお連れしました」
そう言う真ににっこり笑いかけ、どうぞと中へ招き入れる。
どうやらそこは応接室らしかった。
「今、社長を呼んで参ります。そちらのソファにお掛けになっていて下さい」
「はい。ほら、真菜も来い」
「ははは、はい」
真に続いて歩き出すと、ふと振り返った真が、可笑しそうに笑い出す。
「真菜、右手と右足が一緒に出てるぞ」
「え?右手と右足が一緒にって、こう?」
「そう。いやだから、そうじゃなくて!それだと変だぞって。普通に歩けよ」
「普通?普通に歩いてるけど…」
「それが普通?めっちゃ変だぞ」
「え、普通って何?私の普通はこれだけど?」
「嘘だろ!そんな訳…」
その時、後ろから、ゴホンと咳払いが聞こえてきた。
振り返ると、50代位のダンディーな男の人が立っている。
「あー、お邪魔かな?」
そう言って、にっこり真菜と真を見比べる。
(はっ!この方確か、うちの社長!)
真菜は慌てて頭を下げた。
「は、は、初めまして!あ、いえ、入社面接でもお会いしましたが…あの、わたくし、齊藤 真菜と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「齊藤 真菜さんですね。社長の齊藤 昇です。今日はわざわざありがとう。さ、どうぞ座って」
「はははい!失礼致します」
真菜はガチガチになりながら、なんとかソファにちょこんと腰掛ける。
「真菜、落っこちるぞ。もう少しゆったり座ったら?」
隣から真がこっそり声をかけてくるが、真菜は、いえ、と手を振る、
「その様なお気遣いはご無用です」
すると先程の女性がコーヒーを運んで来て、三人の前に置く。
真は、テーブルの真ん中に置かれた砂糖を、真菜の近くに移動させた。
「あ、いや、そんな、かたじけない」
「真菜、大丈夫か?相当変だぞ?」
「あ、私のことはどうぞお構いなく。お見捨ておき下さい」
ヒソヒソ小声でやり取りしていると、またもや咳払いが聞こえてきた。
「あー、邪魔をして申し訳ないが、そろそろ話をしても?」
「はははい!もちろんですとも」
真菜は姿勢を正して社長に向き直る。
「真菜さん。先日のサプライズウェディングでは、本当に良い働きをしてくれましたね。お陰でテレビの反響も予想以上、我が社は、一気に注目を浴びました。本当にありがとう」
「いえ、とんでもない。お役に立てたのであれば、何よりでございます」
「それでね、あの放送以降、雑誌やテレビの取材依頼が殺到しているんだよ。もちろん式場の取材が多いのだが、社長の私にインタビューしたいというものや、真菜さんをご指名で密着取材したいという話もある。何なら、私と真菜さんの対談も、なんて言われてね。どうだろう?引き受けてくれないだろうか?」
えええー?!と真菜は、思わず仰け反る。
「その様な身に余るお話、わたくしにはとても…」
「まあ、そう言わずに…。こんなに我が社が注目を浴びるなんて、初めての事でね。この波に乗って、是非とも更なる飛躍を遂げたいと思っているのだよ。どうだろう?無理にとは言わないが、これならやっても構わない、と思うものはないかね?」
「そそそんな、滅相もない。わたくしが表に出たのでは、社のイメージダウンに繋がりかねません。その様な事になれば、わたくしは、皆様に合わせる顔もございません」
社長は、参ったという様に苦笑いする。
「真、お前から真菜さんに頼んでくれないか?どうやら仲睦まじい様子だし」
含んだ言い方をする社長に、真はゴホンと咳払いしてから口を開く。
「決してその様な事はございませんが…。取材依頼の中に、結婚情報誌のものがありましたよね?」
「ん?ああ。ドリーム ウェディングという雑誌の事か?」
えっ!と真菜が小さく声を上げる。
「はい。その雑誌なら、彼女にも合っているのではないかと思います。ウェディングプランナーの仕事を紹介するページで、インタビューは少しだけ、あとは彼女の1日の様子を追いかけて記事にしてもらえるようでした。それに我が社は今、慢性的な人材不足です。テレビ放送後、更に現場は忙しくなりました。あの雑誌でうちのプランナーが紹介されれば、求人にも反響があるかと」
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その人の1日を密着して紹介するそのページを、真菜はいつも興味津々で読んでいた。
(あのページに私が?)
社長は、真の話になるほどと頷き、真菜に聞いてくる。
「どうだろう?真菜さん。その雑誌の取材だけでも、引き受けてもらえないかな?」
「い、いえ!あのコーナーは、私もいつも拝読しておりますが、皆様そうそうたるプロフェッショナルな方ばかりでございます。わたくしのような未熟者が紙面に載るなど、とてもとても…」
真菜がブンブン手を振って断ると、社長は苦笑いしながらうつむいた。
「いやー、なかなか筋の通ったお嬢さんだ」
そして顔を上げると、真に声をかける。
「真、午後の俺との会食はキャンセルだ。その代わり、真菜さんを食事にお誘いしなさい」
ええ?と驚く真に、社長は真剣な表情で詰め寄った。
「いいか、必ず真菜さんを説得しなさい。私は社運を掛けているんだからな」
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「ひゃー、何ここ?凄いお店ですね」
社長と会食する為に予約してあったホテルのフレンチレストランに、真は真菜を連れてやって来た。
「だ、大丈夫ですか?私、こんな格好で」
かっちりとしたスーツに身を包んだ真とは違い、真菜は制服にカーディガンを羽織っただけの服装だった。
居心地悪そうに、ソワソワしている。
「大丈夫だ。それにここは個室だし」
「でででも、専務の真さんが、こんなみすぼらしいひよっこと一緒にいる所を見られたら…」
と、ノックの音がしてレストランのスタッフが入って来ると、二人のグラスに水を注ぐ。
「齊藤様」
「はい!」
真菜が背筋を伸ばしてスタッフに返事をする。
「いつも当店をご利用頂き、誠にありがとうございます」
「え?私はこちらは初めてですが?」
「は?」
真がくくっと笑って遮る。
「あー、いや。構わない。今日も、いつものコースをお願いします」
「かしこまりました」
うやうやしく頭を下げてから、スタッフは部屋を出て行った。
やがて運ばれてくる料理に、真菜は、へーと1つ1つじっくり見ながら感心する。
メニューを説明するスタッフの言葉を真似て、ポワソン、ヴィアンド…とぶつぶつ繰り返しては頷いた。
「骨付き鶏もも肉のソテー ディアボロ風ソースでございます」
お辞儀をしスタッフが退出すると、真菜はじーっと料理に見入る。
「出た!これが真さん御用達の、チキンソテーのなんちゃらかんちゃらね!」
「何だそれは?別に俺の御用達ではない。それに真菜の唐揚げの方がうまいしな」
「まっさかー!んー、美味しい!これ、もの凄く美味しいですよ。どうやって作るのかな、このソース」
終始美味しい料理に感激し、最後のデザートを味わう。
「はー、平日の昼間からこんな贅沢なランチを頂けるなんて。なんだかすみません。本当は真さんと社長が会食されるはずだったのに」
「気にする事はない。それにこれは社長命令だからな。それより真菜、雑誌の取材、どうしてもだめか?あの雑誌は真菜もいつも読んでいるだろう?」
「はい。だからこそ、あのページに自分が載るのはちょっと考えられないです。私、いつも参考にさせてもらって、皆さんすごいなーって感心しながら読んでいたので。あの職業紹介のコーナーを読んで、この仕事に憧れるって読者もいるかもしれないし。そう思うと、私なんてそんな…」
「なぜそんなに卑下する?お前は優秀なプランナーだと思うが?」
「いえ、本当に私なんて…」
「俺は今まで、色々なスタッフを見てきた。だが、お前ほど熱心で、お客様に誠意を尽くすプランナーは見た事がない。これは俺の本心だ」
真剣な表情でじっと真に見つめられ、真菜は飲んでいたティーカップを置いて話し始めた。
「真さんがそう言って下さるのはとても嬉しいです。でも私は、現場でお客様と接していて、いつもどこか自信がなく、おどおどしてしまう事があります」
え?と真は意外そうに驚く。
「私、もうすぐ24才なんですけど、プランナーとしてはまだまだ信頼してもらえる年齢ではありません。想像してみて下さい。30才のカップルがいらしたとします。自分達の大事な結婚式を任せるプランナーに、これまで関わった挙式は何百組、自身の結婚式も経験済みの40代のプランナーを選ぶか、入社4年目で経験も浅く、自分の結婚式はおろか、デートもした事がない24才のプランナーを選ぶか…」
真はじっと黙って真菜の言葉に耳を傾ける。
「答えは明白ですよね。誰も、年下の頼りないプランナーを選んだりはしない。だから店長も、お客様の担当者を決める時は、まず梓先輩を第一にされています。30代後半や40代のカップルは、まず私には担当させてもらえません。それは当然の事だと思います」
「だが、それと雑誌の取材は別だろう?先方は真菜を指名しているんだし。それにお客様だって、第一印象ではベテランのプランナーを選ぶかもしれないが、真菜と接するうちに、この人に任せて良かったと思ってもらえるはずだと俺は思う」
「でもやっぱり自信がないです。雑誌なんて、どんなふうに書かれるか分からないし、もしかしたら取材中にガッカリされて、良い内容にはならないかもしれない。そしたら社のイメージも悪くなるし…」
「それなら、原稿チェックの際にNGを出せばいい。とにかく一度、まずは受けてみるのはどうだ?」
うーん…と頑なに渋り続ける真菜に、真は、よし!とばかりに身を乗り出す。
「真菜、そしたら何か報酬を社長にお願いしよう。取材を受ける代わりにってな。何がいい?昇進とか、あ、ボーナスは?」
「ええー?そんなのいりませんよ」
「どうして?言えばいい。今なら社長、絶対喜んで頷くって。な?」
「本当に結構です。そんな、お金なんて…」
「じゃあ、他に何かして欲しい事とかないか?真菜の望みなら、何だって叶えてもらえるぞ?」
「私の、望み…?」
「そうだ。何かないか?」
真はじっと真菜の言葉を待っている。
「私、私ね、お客様のとっておきスポット巡りをしてみたいんです」
は?と真は動きを止める。
「な、何だって?何巡り?」
「あのね、私、いつも新郎新婦のお二人から色々なお話を聞くんです。告白した場所、初デートで行った所、初めて手を繋いだ時、プロポーズのシチュエーション、あと、初めてキ、キスした時の事とか」
顔を赤らめてうつむきながら話す真菜を、怪訝そうに真は見つめる。
「そ、それが、何か?」
「だから、その…私もそういう場所に行って、そういう雰囲気を味わってみたいなって。どんな気持ちで新郎新婦のお二人が結婚を決意したのか、どういう時に『この人となら』って、生涯を共にする相手を確信したのか」
「は、はあ…」
真は気の抜けた返事をする。
「もう!いいです。どうせ真さんには分かってもらえないもん」
「ご、ごめん!いや、分かる、分かるよ。そうやってお二人の気持ちを知れば、更に結婚式へのイメージもしやすくなるもんな」
コクリと真菜は黙って頷く。
「よし!分かった。俺も一緒に回って再現しよう。その、何だっけ?何巡り?」
「お客様のとっておきスポット巡り」
「そう!それな。えーっと、善は急げだ。真菜、次の休みいつだ?」
「明後日の木曜日です」
「分かった。じゃあその日にしよう」
そう言って、真はどこかに電話をかけ始めた。
「社長、真です。明後日の私のスケジュール、全てリスケお願いします。はい、はい、分かりました。必ず、お約束します」
真菜は、ひえーと驚き、電話を切った真に詰め寄る。
「ちょっと真さん、大丈夫なんですか?社長にそんな…」
「ああ、構わない。社長も二つ返事でOKしてくれた。真菜さんをしっかり接待しろってさ」
ひー!と真菜は、両手で頬を挟んで仰け反った。
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ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
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※2024年初出
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