アンコール マリアージュ

葉月 まい

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これが恋人達の気持ちですか?!

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 2日後、約束の日。

 真菜は朝から鏡の前で、ああでもないこうでもないと、頭を悩ませながら身支度を整えていた。

 「今日は、告白からプロポーズまで、全てを網羅出来る様な服装にしなくっちゃ」

 経験がない分、頭でっかちになってしまい、いまいちどれが正解なのか分からない。

 取り敢えずワンピースなら、コーディネートで失敗する事もないだろうと、クローゼットから淡いピンクのノースリーブワンピースを取り出した。

 その上に、オフホワイトのパフスリーブのボレロを羽織る。

 「うん、これでいいか」

 化粧は、腕がないためいつもの軽いメイク。
 髪型も、唯一これなら出来るという、ハーフアップにした。

 小さなバッグを斜め掛けし、足元は歩きやすいペタンコのバレエシューズにする。

 そして最後に『お客様のとっておきスポット』と書いたメモ帳を見直し、よし、と頷いてバッグにしまってから部屋を出た。

*****

 「真菜」

 待ち合わせした桜木町の駅前に着き、辺りをキョロキョロしていると、後ろから名前を呼ばれて振り返る。

 真が軽く手を挙げて、近付いて来るのが見えた。

 「おはよう。待たせたか?」
 「おはようございます。ううん、私も今来たところです」
 「そうか、じゃあ行こう」
 「はい」

 並んで歩き出すと、真菜はちらりと真を盗み見る。

 爽やかなブルーのシャツに、白いチノパン、足元は、なんだかお洒落なスニーカーだった。

 (わー、こんな格好の真さん、初めて。素敵だなー)

 思わず顔がニヤけてしまう。

 「それで?まずはどこに行くんだ?」

 歩きながら真が真菜に聞く。

 「あ、はい!まずはですね『付き合う前の、まだデートとは呼べないお出かけスポット』です」

 バッグから取り出したメモ帳を見ながらそう言う真菜に、真はぶっと吹き出した。

 「…何か?」

 真菜が冷ややかな目を向けると、真は慌てて真顔になり、いえ、何も、と真剣に頷いた。

 駅からランドマークタワーの前を通り、海を目指す。

 「まだデートじゃないので、まずは気軽に『臨港パーク』に行こうと思って。本当は、『山下公園』や『港の見える丘公園』も人気だったんですけど、職場に近いのでこっちにしてみました。でも良く考えたら、真さんのマンションの近所でしたね。すみません」
 「いや、俺も行った事ないんだ、臨港パーク。楽しみだな」
 「ほんとですか?!良かった」

 嬉しくて、思わずはしゃいだ声を上げてしまう。

 15分程歩いたところで、目の前に海が広がる芝生の広い公園に着いた。

 「うわー、綺麗!」
 「ほんとだ。気持ちいいなー」

 二人で思わず深呼吸する。

 「真さん、あれ、ベイブリッジですよ」
 「おおー!結構大きく見えるな」
 「見て!海がすぐそこ。水面に手が届きそう」

 柵に身を乗り出して手を伸ばす真菜に、真は声をかける。

 「おいおい、海に落っこちるなよ」
 「そんな子どもじゃありませーん」

 すると、すぐ近くで同じ様にはしゃいでいる子ども達の声がした。

 夏休みという事もあり、あちこちで小学生らしき子ども達が走り回っている。

 「ほら、お友達だぞ、真菜」

 くくっと笑う真に、真菜はツンと顎を上げた。

 「そこまでお子ちゃまじゃありせん!」

 だが、すぐ近くの男の子達が、興奮気味に盛り上がっているのを見て、つい気になり声をかける。

 「ねえ、何を盛り上がってるの?」
 「カニだよ!カニがいる!」
 「えっ、ほんと?!」

 男の子達が指差す先を、真菜も真剣に覗き込む。

 「ほら、あそこ!」
 「ほんとだ、小さいカニ!」

 真菜も思わず興奮してしまう。
 すると、真が近付いて来た。

 「どこ?」
 「ほら、あの波が打ち寄せてるとこ!」

 潮が引くと、コンクリートの水路に小さなカニが動いているのが見える。

 「お兄ちゃん、あのカニ取れる?」
 「ん?ああ」

 真は屈んで腕を伸ばすと、潮が引くタイミングを見て、1匹捕まえた。

 「ほら」

 真が手のひらに載せたカニを、男の子達は、わー!と目を輝かせて覗き込む。

 「サワガニだな」
 「お兄ちゃん、触ってもいい?」
 「いいぞ」

 男の子は、真の手からそっとカニを掴み上げた。

 次、俺な!と、他の子も次々と手を伸ばす。

 「いいか、優しく触って、あとで海に帰してあげるんだぞ?」

 真がそう言うと、うん、分かった!と男の子達は頷く。

 よし、と男の子の頭に手を置いてから、真は真菜の所に戻って来た。

 「ん?何を書いてるんだ?」

 こちらに歩いて来た真は、真菜がメモ帳に何やら書き込んでいる手元を覗き込もうとする。

 「だーめ!秘密です」

 慌てて真菜はメモ帳を閉じる。

 ふーん?と真は不服そうだ。

 「それより真さん、見て!キッチンカーがある。何か食べません?」
 「お、いいな!」

 二人で何台か並んだキッチンカーを見比べる。

 「真菜はどれがいい?」
 「んー、あれかな?ロコモコ丼!」
 「ああ、ハワイの」

 真はキッチンカーに近付くと、ロコモコ丼を2つ買った。

 「はい、これ真菜の」
 「ありがとうございます。あ、お金…」
 「いいって、そんなの」

 財布を取り出そうとすると、真が止める。

 「だめですよ。だって今はまだ私達、付き合う前の設定なんですよ?」
 「それにしてもだ。これから告白しようと思ってるんだろ?そんな相手に財布出させてどうする」
 「だけど女の子としては、彼氏でもないのに、奢ってもらうなんてって思う訳ですよ」
 「ふーん。そんなもんか?」
 「そうです。だから…あ!そうだ」

 そう言うと真菜はタタッと芝生の方へ走り出し、自動販売機でコーヒーを2本買って戻って来た。

 「はい!こっちは真さんの分」
 「ありがとう。じゃあ遠慮なく」

 二人は微笑み合うと、木陰の芝生に座って食べ始めた。

 「はー、気持ちいいなー」

 食べ終わると真は、芝生にゴロンと仰向けに寝転ぶ。

 「真さん、お洋服汚れちゃいますよ?」
 「んー?そんなの全然構わない」

 ふふっと笑って、真菜も隣に寝転んだ。

 「真菜こそ、綺麗な服が汚れるぞ?」
 「全然構いませーん」

 そして二人で、しばらく空を見上げる。

 「…なんか、ずっとこうしていたいな」
 「うん。とっても気持ちいい」

 心地良い風、波の音、子ども達の声、明るい陽射し…

 真菜は目を閉じて、身体中に自然を感じる。

 (はあー、落ち着くなあ)

 そして、ふと隣の真を見た。

 同じ様に目を閉じているが、ピクリとも動かない。

 「…真さん?ひょっとして、寝てる?」

 返事はない。

 真菜はふふっと笑って、真の寝顔を見つめる。

 (気持ち良さそうだなー。それにしてもまつ毛長ーい。前髪が風にサラサラ揺れて、おでこが見える。かっこいいなー)

 頬杖を付いてじっと真の寝顔を見ていた真菜は、またメモ帳を取り出すと、熱心に書き込んだ。

*****

 「ふわー、良く寝た」

 やがて目覚めた真は、伸びをしながら隣の真菜を見た。

 こちらに顔を向けて、横向きにスヤスヤと眠っている。

 「真菜、真菜?」

 揺すり起こすと、うーん…と気だるそうに目を開ける。

 「うー、まだ寝たかったのにー」
 「いつまでもこんな所で寝てると風邪引くぞ?」
 「夏だもん。大丈夫ー」

 そう言って、また眠りに落ちそうになっている。

 「真菜、他にもこれからスポット巡りするんじゃないのか?まだ告白もしてないぞ?」

 すると真菜は、ガバッと起き上がった。

 「大変!プロポーズまで、まだまだあるのに!」

 真は必死で笑いを堪える。

 「そうだぞ?たどり着けるのか?ほら、次はどこへ行くんだ?」

 真菜はメモ帳をめくる。

 「えーっと、汽車道!」

 海沿いを歩いてショッピングモールの前まで来ると、駅の方へと繋がる長い橋に出た。

 「ここは汽車道っていうんですって。昔、実際に汽車が走っていた所らしいです。ほら、地面に線路の上の部分が残ってる」
 「ほんとだ。へえー、レトロな雰囲気でなんかいいな」

 真菜はメモ帳を見ると、キョロキョロと何かを探し始めた。

 「確か北側に、一段下がったプロムナードがあるって聞いたんですけど…。あ!こっちから行けるみたい」

 階段を下り、水際に沿った遊歩道に出た。

 「おおー、見晴らしいいな、ここ」
 「ええ。水面に色んな景色がキラキラ反射して、とっても素敵」

 橋の上とは違って人通りも少なく、静かに二人は水面を見つめる。

 「この間挙式されたカップルから聞いたんです。まだ友達関係だった時、夜にここで告白して、付き合う事になったんですって」
 「ああ、確かに夜景は綺麗だろうな。雰囲気もいいし」
 「ですよねー。だから1度来てみたくて。まだ昼過ぎだけど、告白するには充分な雰囲気ですよね。という訳で、はい、どうぞ」
 「は?何が?」
 「だから、告白ですよ」
 「ああ、そうか。今なのか」
 「夜景を待ってたら、プロポーズまでたどり着けないので。まだ明るいですけど、お気になさらず。はい、どうぞ」

 どうぞって、お前なあ…と渋ってみるが、真菜は真剣に真を見つめて待っている。

 「えー、では…。ゴホン!ずっと前から好きでした。僕と付き合って下さい。お願いします!」

 そう言って頭を下げなから右手を差し出した。

 シーン…と沈黙が広がる。

 「ちょっと、真菜?」

 耐え切れなくなり顔を上げると、真菜は、うーん…と考え込んでいた。

 「え…、今ので女の子はOKするんですか?何かのテレビ番組みたいでしたけど?」
 「そ、そんなの知らん。俺だって、こんな告白した事ないんだから」
 「ええー?!真さん、告白した事ないの?」
 「なんだよ!真菜にだけは言われたくないぞ?」
 「そんな、お互い様じゃないですか。真さんだって、私と似たような…」
 「ええい、もう、うるさい!」

 真は真菜の手を取ると、グッと引き寄せ、腕の中に抱き締めた。

 「真菜、お前が好きだ。俺のものになれ」

 ギュッと力を込めて抱き締めながら、耳元で熱く囁く。

 やがて、ゴ、ゴホン、と真菜の咳払いが聞こえてきた。

 「えー、はい。分かりました」
 「は?何だよ、それ」
 「無事にカップル成立です。おめでとうございます」
 「お前…、もうちょっと気の利いた返事は出来ないのか?」
 「さ!次、行きますよ。いよいよ『恋人達のデート』編です!」

 ランドマークタワーに昇って景色を眺めたり、ブラブラとショッピングモールを覗いてから、すぐ隣の横浜美術館に入る。

 「あ!モネ展やってる!私、好きなんです、クロード・モネ。『睡蓮』ももちろんだけど、『日傘をさす女』もなんか好きで」
 「ああ。モネはいいよな。オランジュリー美術館にも、いつか行くといい」
 「そっか!真さん、パリにいたんですものね。私もいつかオランジュリー美術館で、『睡蓮』を専用展示室で見てみたいなー」

 美術館のカフェでお茶を飲み、外に出ると、辺りはすっかり夕暮れの空気に変わっていた。

 「で?お次はどちらに参りましょうか?彼女さん」

 おどけて真が聞いてくる。

 「うーん、そうですね。夜景の綺麗なレストランに行きたいんですけど…。でもそこでは何も起こらないので、適当にファミレスでもいいです」
 「そんな事言って…ディナーのあとはプロポーズするんだろう?プロポーズの前にファミレスってのもな。まあ、ここは彼氏に任せなさい」

 そう言うと真は、ホテルの高層階のレストランに入る。

 「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?こんな高級なお店…」
 「そりゃお前、今夜はプロポーズしようって男なら、張り切ってこういう所に連れて来るだろうよ?そんなリアルな体験をするのが今日の目的じゃないのか?」
 「そ、それは、まあ」
 「よし。じゃあ、もう俺は彼氏だから、ここは俺がご馳走するからな。あ、ワインも飲むぞ。プロポーズ前の景気付けにな」

 そう言って、真は次々と料理やお酒をオーダーする。

 窓際の席からは外の景色が良く見え、赤く染まった夕焼け空が、やがてキラキラと星が瞬く夜空へと変わっていった。

 食事を終え、真菜は真に、ご馳走様でしたと頭を下げる。

 「いえいえ。喜んで頂けましたか?」
 「それはもう。お腹一杯!」

 心地良い夜風を受けながら、二人は輝く街を歩いて行く。

 「えーっと、真菜さん。僕はプロポーズを控えて緊張してきたのですが。一体どこへ連れて行かれるのでしょうか?」

 真が、本気なのかおどけているのか、良く分からない口調で聞いてくる。

 「んーと、この辺りだと思うんだけどなー」

 メモ帳を見ながら、真菜が辺りを見渡す。

 「あった!万国橋!」

 真菜がタタッと小走りになり、真は眉間にシワを寄せる。

 「え、ここ?こんなただの道路沿い?」

 そう言って真菜に近付く。

 「見て!真さん」

 やがて隣に並んだ真は、真菜の指差す方を見て息を呑んだ。

 「凄いっ…」

 みなとみらいの煌めく夜景が、パノラマの様に広がっている。

 「綺麗ねえ。ほら、水面に建物がキラキラ映ってるでしょ?『逆さみなとみらい』って呼ばれてるんだって」
 「本当だ。綺麗だな」

 しばらく二人で眺めたあと、真菜が再びメモ帳に目を落とす。

 「なんかね、ランドマークタワーからクイーンズスクエア、観覧車、海沿いのホテルまでが、ズラっと横並びに一気に見えるスポットがあるんだって。そこでプロポーズした新郎様がそう言ってたの。どこかなー?」

 真菜は、キョロキョロしながら、橋を行ったり来たりして景色を確かめている。

 真も少し先まで歩いてみた。

 「あ、ここだ!真菜、こっち!」

 えっ、と真菜が駆け寄って来る。

 「ほら、ここ!」

 真は真菜の両肩を掴んで、自分の前に立たせた。

 「うわー、本当だ。なんて素敵…」
 「ああ。水面にも反射して、綺麗だな」
 「凄い…圧倒されちゃう」
 「こんなスポットあるんだな」
 「うん。良かった、真さんが見つけてくれて」

 真菜が顔だけ振り返り、ふふっと微笑んで真を見上げる。

 真も微笑み返すと、やがて真剣な表情で後ろから真菜を抱き締めた。

 「真菜、結婚しよう」

 耳元で聞こえる声に、真菜は言葉を失う。

 「幸せにする、必ず。真菜、俺と結婚してくれ」

 背中に温もりを感じ、大きな腕に守られている安心感を感じながら、真菜は、はいと頷いた。

*****

 下を向き、ニヤニヤと笑いながら真菜は真と肩を並べて歩き始める。

 「良かったー。1発OKで」 
 「うん。とっても素敵なプロポーズでした。これは浮かれちゃいますね。なるほどー。こうして新婦様は、幸せな結婚式を夢見るんですね」
 「よし!今日のミッションは無事にクリアしたぞー!」
 「あ、まだですよ」

 え…と、挙げた右手を下ろしながら、真が気弱な表情で真菜を振り返る。

 「プロポーズし終わったのに?まだ何かあるのか?」
 「あります。あれです」
 「あれって?」

 真は真菜の指差す方を見上げた。

 そこには、煌めく大きな観覧車があった。

 「うわー、夜景がキラキラ!すっごく綺麗!」

 観覧車の窓から外を眺めて、真菜は子どもの様に喜ぶ。

 (確かに綺麗だし、恋人達にとってはロマンチックなシチュエーションだけど…。一体何が残ってるんだ?) 

 てっきりプロポーズがゴールだと思っていたのに、まだ真菜の中では何かが残っているらしい。

 (プロポーズのあとは、結婚だろ?まさかここで挙式って事はないよな?うーん、分からん)

 仕方なく、真は外の景色を眺めた。

 ゆっくりと時間をかけながら、二人の乗った観覧車は頂点を目指して行く。

 「あと半分位かな?頂上まで」

 真菜が、ソワソワと窓から上を見上げながら言う。

 「頂上で、何かあるのか?」

 真が聞くと、真菜は、ふふっとはにかむ。

 (頂上でやる事って…何だ?)

 考えても分からない。

 そうこうしているうちに、ゆっくり頂上が見えて来た。

 「来るかな…来るかな?今?今よね?」
 「ああ、そうだな」
 「やったー、てっぺんー!」

 真菜は思わず興奮して立ち上がり、次の瞬間ぐらりと揺れた観覧車に足を取られて体勢を崩した。

 「わっ!」
 「危ない!」

 真が慌てて抱き留める。

 顔と顔がくっ付きそうになり、真菜は慌てて真から離れ、向かい側に座り直した。

 やがて観覧車はゆっくりと下り始める。

 真はどうにも気になって聞いてみた。

 「なあ、真菜。頂上で何がやりたかったんだ?プロポーズのあとにやる事、何が残ってる?」

 真菜は少し考えてから、うつむいたまま口を開く。

 「ごめんなさい。これは、新郎新婦のお二人から聞いたエピソードではなくて…。私の夢だったんです。だから、普通ではないかも」
 「真菜の、夢?」
 「ええ。この観覧車に乗って夜景を眺めながら、1番高い所に来た時に…って」
 「1番高い所に来た時に…。あ!もしかして、婚約指輪をパカッてやつか?そうだ、そうだよ。プロポーズのあとには、婚約指輪をはめるもんな」

 間違いないと確信した真は、何度も頷いてから真菜を見る。

 「そうなんだろ?でも、ごめん。指輪は用意してなくて…」
 「ううん、指輪じゃないです。そんな、準備なんて必要ないもので…」
 「準備がいらないもの…?」

 真菜は、考え込む真を手で遮る。

 「いいです!もういいんです。どうせもう、叶わないし」
 「なんでだ?今からだって、やればいいだろ?何ならもう一度乗って…」

 そこまで言って、真はふと閃いた。

 「準備がいらないもので、プロポーズのあとに…って、ひょっとして、キスか?」

 真菜が一気に顔を赤らめる。

 「そうか、なるほど。でもそれは、今、俺とやる訳にはいかないよな。本当に好きな相手とじゃないと」
 「ううん。それももう、叶わないんです」
 「どうして?好きなやつが出来れば、その時にそいつとキスすればいいだろう?」
 「だって、私がここで夢見てたのは…その、ファーストキスだったんだもん」
 「そうか。じゃあ、好きな相手の為に、大事にとっておけばいい。そいつといつか、ここに来ればいいだろう?そうすれば、お前の夢も…」

 思わず真は言葉を止める。
 真菜が、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、真をじっと見ていた。

 「ん?どうした?俺、何か変な事言ったか?」

 真菜は、グッと唇を噛み締めたかと思うと、もう、知らない!と背を向けて去ろうとした。

 「待て!真菜!」

 そう言って真も引き留めようとする。
 そして二人は気が付いた。

 「あ…」

 ここは観覧車の中。出て行くなんて出来ない。

 真菜は、んん!と咳払いをしてから、再び座り直した。

 観覧車は、ゆっくりゆっくり下っていく。

 「あの…真菜?」

 真が堪らず声をかけると、真菜は、キッと鋭い目を向けてきた。

 「ストップ!今は一時停止でお願いします!」
 「あ、ああ。ドラマでいう、CM中みたいな?」
 「そうです。何も動きはありません」
 「わ、分かった」

 真は大人しく、観覧車が地面に到着するのを待つ。

 (しっかし遅いなー、観覧車の動きって。気まずい雰囲気で乗ると、地獄の空間だな)

 辛抱強く待ち、ようやく地上の係員の姿が見えて来た。

 「では、CM明けますので」
 「あ、ああ」

 係員が外から扉を開ける。

 「じゃあ、さよなら!」

 真菜は勢い良く飛び出すと、一目散に走り出した。

 「真菜、待てってば!」

 追いかけながら考える。

 (アホか、俺は。CM中でも、捕まえていれば良かったじゃないか)

 だが、女の子の足では逃げ切れるはずもない。

 数メートル先で真菜に追いつくと、真は腕を掴んで振り向かせた。

 「真菜!どうしたんだ?話してくれなきゃ分からないだろ?」

 逃れようとする真菜を、胸に抱き留める。

 真菜は、目に涙を溜めながら、真の胸を叩いてきた。

 「どうして?どうして真さんは覚えてないの?!私だけ?私だけが覚えてて、真さんはなんとも思ってなかったって事?真さんにとっては、あんなの、どうって事なかったのね!」

 えっ、一体何の事を…

 真が呆然としながら手を緩めた隙に、真菜は真の腕から逃れ、今度こそ走り去って行った。
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