17 / 25
これが恋人達の気持ちですか?!
しおりを挟む
2日後、約束の日。
真菜は朝から鏡の前で、ああでもないこうでもないと、頭を悩ませながら身支度を整えていた。
「今日は、告白からプロポーズまで、全てを網羅出来る様な服装にしなくっちゃ」
経験がない分、頭でっかちになってしまい、いまいちどれが正解なのか分からない。
取り敢えずワンピースなら、コーディネートで失敗する事もないだろうと、クローゼットから淡いピンクのノースリーブワンピースを取り出した。
その上に、オフホワイトのパフスリーブのボレロを羽織る。
「うん、これでいいか」
化粧は、腕がないためいつもの軽いメイク。
髪型も、唯一これなら出来るという、ハーフアップにした。
小さなバッグを斜め掛けし、足元は歩きやすいペタンコのバレエシューズにする。
そして最後に『お客様のとっておきスポット』と書いたメモ帳を見直し、よし、と頷いてバッグにしまってから部屋を出た。
*****
「真菜」
待ち合わせした桜木町の駅前に着き、辺りをキョロキョロしていると、後ろから名前を呼ばれて振り返る。
真が軽く手を挙げて、近付いて来るのが見えた。
「おはよう。待たせたか?」
「おはようございます。ううん、私も今来たところです」
「そうか、じゃあ行こう」
「はい」
並んで歩き出すと、真菜はちらりと真を盗み見る。
爽やかなブルーのシャツに、白いチノパン、足元は、なんだかお洒落なスニーカーだった。
(わー、こんな格好の真さん、初めて。素敵だなー)
思わず顔がニヤけてしまう。
「それで?まずはどこに行くんだ?」
歩きながら真が真菜に聞く。
「あ、はい!まずはですね『付き合う前の、まだデートとは呼べないお出かけスポット』です」
バッグから取り出したメモ帳を見ながらそう言う真菜に、真はぶっと吹き出した。
「…何か?」
真菜が冷ややかな目を向けると、真は慌てて真顔になり、いえ、何も、と真剣に頷いた。
駅からランドマークタワーの前を通り、海を目指す。
「まだデートじゃないので、まずは気軽に『臨港パーク』に行こうと思って。本当は、『山下公園』や『港の見える丘公園』も人気だったんですけど、職場に近いのでこっちにしてみました。でも良く考えたら、真さんのマンションの近所でしたね。すみません」
「いや、俺も行った事ないんだ、臨港パーク。楽しみだな」
「ほんとですか?!良かった」
嬉しくて、思わずはしゃいだ声を上げてしまう。
15分程歩いたところで、目の前に海が広がる芝生の広い公園に着いた。
「うわー、綺麗!」
「ほんとだ。気持ちいいなー」
二人で思わず深呼吸する。
「真さん、あれ、ベイブリッジですよ」
「おおー!結構大きく見えるな」
「見て!海がすぐそこ。水面に手が届きそう」
柵に身を乗り出して手を伸ばす真菜に、真は声をかける。
「おいおい、海に落っこちるなよ」
「そんな子どもじゃありませーん」
すると、すぐ近くで同じ様にはしゃいでいる子ども達の声がした。
夏休みという事もあり、あちこちで小学生らしき子ども達が走り回っている。
「ほら、お友達だぞ、真菜」
くくっと笑う真に、真菜はツンと顎を上げた。
「そこまでお子ちゃまじゃありせん!」
だが、すぐ近くの男の子達が、興奮気味に盛り上がっているのを見て、つい気になり声をかける。
「ねえ、何を盛り上がってるの?」
「カニだよ!カニがいる!」
「えっ、ほんと?!」
男の子達が指差す先を、真菜も真剣に覗き込む。
「ほら、あそこ!」
「ほんとだ、小さいカニ!」
真菜も思わず興奮してしまう。
すると、真が近付いて来た。
「どこ?」
「ほら、あの波が打ち寄せてるとこ!」
潮が引くと、コンクリートの水路に小さなカニが動いているのが見える。
「お兄ちゃん、あのカニ取れる?」
「ん?ああ」
真は屈んで腕を伸ばすと、潮が引くタイミングを見て、1匹捕まえた。
「ほら」
真が手のひらに載せたカニを、男の子達は、わー!と目を輝かせて覗き込む。
「サワガニだな」
「お兄ちゃん、触ってもいい?」
「いいぞ」
男の子は、真の手からそっとカニを掴み上げた。
次、俺な!と、他の子も次々と手を伸ばす。
「いいか、優しく触って、あとで海に帰してあげるんだぞ?」
真がそう言うと、うん、分かった!と男の子達は頷く。
よし、と男の子の頭に手を置いてから、真は真菜の所に戻って来た。
「ん?何を書いてるんだ?」
こちらに歩いて来た真は、真菜がメモ帳に何やら書き込んでいる手元を覗き込もうとする。
「だーめ!秘密です」
慌てて真菜はメモ帳を閉じる。
ふーん?と真は不服そうだ。
「それより真さん、見て!キッチンカーがある。何か食べません?」
「お、いいな!」
二人で何台か並んだキッチンカーを見比べる。
「真菜はどれがいい?」
「んー、あれかな?ロコモコ丼!」
「ああ、ハワイの」
真はキッチンカーに近付くと、ロコモコ丼を2つ買った。
「はい、これ真菜の」
「ありがとうございます。あ、お金…」
「いいって、そんなの」
財布を取り出そうとすると、真が止める。
「だめですよ。だって今はまだ私達、付き合う前の設定なんですよ?」
「それにしてもだ。これから告白しようと思ってるんだろ?そんな相手に財布出させてどうする」
「だけど女の子としては、彼氏でもないのに、奢ってもらうなんてって思う訳ですよ」
「ふーん。そんなもんか?」
「そうです。だから…あ!そうだ」
そう言うと真菜はタタッと芝生の方へ走り出し、自動販売機でコーヒーを2本買って戻って来た。
「はい!こっちは真さんの分」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」
二人は微笑み合うと、木陰の芝生に座って食べ始めた。
「はー、気持ちいいなー」
食べ終わると真は、芝生にゴロンと仰向けに寝転ぶ。
「真さん、お洋服汚れちゃいますよ?」
「んー?そんなの全然構わない」
ふふっと笑って、真菜も隣に寝転んだ。
「真菜こそ、綺麗な服が汚れるぞ?」
「全然構いませーん」
そして二人で、しばらく空を見上げる。
「…なんか、ずっとこうしていたいな」
「うん。とっても気持ちいい」
心地良い風、波の音、子ども達の声、明るい陽射し…
真菜は目を閉じて、身体中に自然を感じる。
(はあー、落ち着くなあ)
そして、ふと隣の真を見た。
同じ様に目を閉じているが、ピクリとも動かない。
「…真さん?ひょっとして、寝てる?」
返事はない。
真菜はふふっと笑って、真の寝顔を見つめる。
(気持ち良さそうだなー。それにしてもまつ毛長ーい。前髪が風にサラサラ揺れて、おでこが見える。かっこいいなー)
頬杖を付いてじっと真の寝顔を見ていた真菜は、またメモ帳を取り出すと、熱心に書き込んだ。
*****
「ふわー、良く寝た」
やがて目覚めた真は、伸びをしながら隣の真菜を見た。
こちらに顔を向けて、横向きにスヤスヤと眠っている。
「真菜、真菜?」
揺すり起こすと、うーん…と気だるそうに目を開ける。
「うー、まだ寝たかったのにー」
「いつまでもこんな所で寝てると風邪引くぞ?」
「夏だもん。大丈夫ー」
そう言って、また眠りに落ちそうになっている。
「真菜、他にもこれからスポット巡りするんじゃないのか?まだ告白もしてないぞ?」
すると真菜は、ガバッと起き上がった。
「大変!プロポーズまで、まだまだあるのに!」
真は必死で笑いを堪える。
「そうだぞ?たどり着けるのか?ほら、次はどこへ行くんだ?」
真菜はメモ帳をめくる。
「えーっと、汽車道!」
海沿いを歩いてショッピングモールの前まで来ると、駅の方へと繋がる長い橋に出た。
「ここは汽車道っていうんですって。昔、実際に汽車が走っていた所らしいです。ほら、地面に線路の上の部分が残ってる」
「ほんとだ。へえー、レトロな雰囲気でなんかいいな」
真菜はメモ帳を見ると、キョロキョロと何かを探し始めた。
「確か北側に、一段下がったプロムナードがあるって聞いたんですけど…。あ!こっちから行けるみたい」
階段を下り、水際に沿った遊歩道に出た。
「おおー、見晴らしいいな、ここ」
「ええ。水面に色んな景色がキラキラ反射して、とっても素敵」
橋の上とは違って人通りも少なく、静かに二人は水面を見つめる。
「この間挙式されたカップルから聞いたんです。まだ友達関係だった時、夜にここで告白して、付き合う事になったんですって」
「ああ、確かに夜景は綺麗だろうな。雰囲気もいいし」
「ですよねー。だから1度来てみたくて。まだ昼過ぎだけど、告白するには充分な雰囲気ですよね。という訳で、はい、どうぞ」
「は?何が?」
「だから、告白ですよ」
「ああ、そうか。今なのか」
「夜景を待ってたら、プロポーズまでたどり着けないので。まだ明るいですけど、お気になさらず。はい、どうぞ」
どうぞって、お前なあ…と渋ってみるが、真菜は真剣に真を見つめて待っている。
「えー、では…。ゴホン!ずっと前から好きでした。僕と付き合って下さい。お願いします!」
そう言って頭を下げなから右手を差し出した。
シーン…と沈黙が広がる。
「ちょっと、真菜?」
耐え切れなくなり顔を上げると、真菜は、うーん…と考え込んでいた。
「え…、今ので女の子はOKするんですか?何かのテレビ番組みたいでしたけど?」
「そ、そんなの知らん。俺だって、こんな告白した事ないんだから」
「ええー?!真さん、告白した事ないの?」
「なんだよ!真菜にだけは言われたくないぞ?」
「そんな、お互い様じゃないですか。真さんだって、私と似たような…」
「ええい、もう、うるさい!」
真は真菜の手を取ると、グッと引き寄せ、腕の中に抱き締めた。
「真菜、お前が好きだ。俺のものになれ」
ギュッと力を込めて抱き締めながら、耳元で熱く囁く。
やがて、ゴ、ゴホン、と真菜の咳払いが聞こえてきた。
「えー、はい。分かりました」
「は?何だよ、それ」
「無事にカップル成立です。おめでとうございます」
「お前…、もうちょっと気の利いた返事は出来ないのか?」
「さ!次、行きますよ。いよいよ『恋人達のデート』編です!」
ランドマークタワーに昇って景色を眺めたり、ブラブラとショッピングモールを覗いてから、すぐ隣の横浜美術館に入る。
「あ!モネ展やってる!私、好きなんです、クロード・モネ。『睡蓮』ももちろんだけど、『日傘をさす女』もなんか好きで」
「ああ。モネはいいよな。オランジュリー美術館にも、いつか行くといい」
「そっか!真さん、パリにいたんですものね。私もいつかオランジュリー美術館で、『睡蓮』を専用展示室で見てみたいなー」
美術館のカフェでお茶を飲み、外に出ると、辺りはすっかり夕暮れの空気に変わっていた。
「で?お次はどちらに参りましょうか?彼女さん」
おどけて真が聞いてくる。
「うーん、そうですね。夜景の綺麗なレストランに行きたいんですけど…。でもそこでは何も起こらないので、適当にファミレスでもいいです」
「そんな事言って…ディナーのあとはプロポーズするんだろう?プロポーズの前にファミレスってのもな。まあ、ここは彼氏に任せなさい」
そう言うと真は、ホテルの高層階のレストランに入る。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?こんな高級なお店…」
「そりゃお前、今夜はプロポーズしようって男なら、張り切ってこういう所に連れて来るだろうよ?そんなリアルな体験をするのが今日の目的じゃないのか?」
「そ、それは、まあ」
「よし。じゃあ、もう俺は彼氏だから、ここは俺がご馳走するからな。あ、ワインも飲むぞ。プロポーズ前の景気付けにな」
そう言って、真は次々と料理やお酒をオーダーする。
窓際の席からは外の景色が良く見え、赤く染まった夕焼け空が、やがてキラキラと星が瞬く夜空へと変わっていった。
食事を終え、真菜は真に、ご馳走様でしたと頭を下げる。
「いえいえ。喜んで頂けましたか?」
「それはもう。お腹一杯!」
心地良い夜風を受けながら、二人は輝く街を歩いて行く。
「えーっと、真菜さん。僕はプロポーズを控えて緊張してきたのですが。一体どこへ連れて行かれるのでしょうか?」
真が、本気なのかおどけているのか、良く分からない口調で聞いてくる。
「んーと、この辺りだと思うんだけどなー」
メモ帳を見ながら、真菜が辺りを見渡す。
「あった!万国橋!」
真菜がタタッと小走りになり、真は眉間にシワを寄せる。
「え、ここ?こんなただの道路沿い?」
そう言って真菜に近付く。
「見て!真さん」
やがて隣に並んだ真は、真菜の指差す方を見て息を呑んだ。
「凄いっ…」
みなとみらいの煌めく夜景が、パノラマの様に広がっている。
「綺麗ねえ。ほら、水面に建物がキラキラ映ってるでしょ?『逆さみなとみらい』って呼ばれてるんだって」
「本当だ。綺麗だな」
しばらく二人で眺めたあと、真菜が再びメモ帳に目を落とす。
「なんかね、ランドマークタワーからクイーンズスクエア、観覧車、海沿いのホテルまでが、ズラっと横並びに一気に見えるスポットがあるんだって。そこでプロポーズした新郎様がそう言ってたの。どこかなー?」
真菜は、キョロキョロしながら、橋を行ったり来たりして景色を確かめている。
真も少し先まで歩いてみた。
「あ、ここだ!真菜、こっち!」
えっ、と真菜が駆け寄って来る。
「ほら、ここ!」
真は真菜の両肩を掴んで、自分の前に立たせた。
「うわー、本当だ。なんて素敵…」
「ああ。水面にも反射して、綺麗だな」
「凄い…圧倒されちゃう」
「こんなスポットあるんだな」
「うん。良かった、真さんが見つけてくれて」
真菜が顔だけ振り返り、ふふっと微笑んで真を見上げる。
真も微笑み返すと、やがて真剣な表情で後ろから真菜を抱き締めた。
「真菜、結婚しよう」
耳元で聞こえる声に、真菜は言葉を失う。
「幸せにする、必ず。真菜、俺と結婚してくれ」
背中に温もりを感じ、大きな腕に守られている安心感を感じながら、真菜は、はいと頷いた。
*****
下を向き、ニヤニヤと笑いながら真菜は真と肩を並べて歩き始める。
「良かったー。1発OKで」
「うん。とっても素敵なプロポーズでした。これは浮かれちゃいますね。なるほどー。こうして新婦様は、幸せな結婚式を夢見るんですね」
「よし!今日のミッションは無事にクリアしたぞー!」
「あ、まだですよ」
え…と、挙げた右手を下ろしながら、真が気弱な表情で真菜を振り返る。
「プロポーズし終わったのに?まだ何かあるのか?」
「あります。あれです」
「あれって?」
真は真菜の指差す方を見上げた。
そこには、煌めく大きな観覧車があった。
「うわー、夜景がキラキラ!すっごく綺麗!」
観覧車の窓から外を眺めて、真菜は子どもの様に喜ぶ。
(確かに綺麗だし、恋人達にとってはロマンチックなシチュエーションだけど…。一体何が残ってるんだ?)
てっきりプロポーズがゴールだと思っていたのに、まだ真菜の中では何かが残っているらしい。
(プロポーズのあとは、結婚だろ?まさかここで挙式って事はないよな?うーん、分からん)
仕方なく、真は外の景色を眺めた。
ゆっくりと時間をかけながら、二人の乗った観覧車は頂点を目指して行く。
「あと半分位かな?頂上まで」
真菜が、ソワソワと窓から上を見上げながら言う。
「頂上で、何かあるのか?」
真が聞くと、真菜は、ふふっとはにかむ。
(頂上でやる事って…何だ?)
考えても分からない。
そうこうしているうちに、ゆっくり頂上が見えて来た。
「来るかな…来るかな?今?今よね?」
「ああ、そうだな」
「やったー、てっぺんー!」
真菜は思わず興奮して立ち上がり、次の瞬間ぐらりと揺れた観覧車に足を取られて体勢を崩した。
「わっ!」
「危ない!」
真が慌てて抱き留める。
顔と顔がくっ付きそうになり、真菜は慌てて真から離れ、向かい側に座り直した。
やがて観覧車はゆっくりと下り始める。
真はどうにも気になって聞いてみた。
「なあ、真菜。頂上で何がやりたかったんだ?プロポーズのあとにやる事、何が残ってる?」
真菜は少し考えてから、うつむいたまま口を開く。
「ごめんなさい。これは、新郎新婦のお二人から聞いたエピソードではなくて…。私の夢だったんです。だから、普通ではないかも」
「真菜の、夢?」
「ええ。この観覧車に乗って夜景を眺めながら、1番高い所に来た時に…って」
「1番高い所に来た時に…。あ!もしかして、婚約指輪をパカッてやつか?そうだ、そうだよ。プロポーズのあとには、婚約指輪をはめるもんな」
間違いないと確信した真は、何度も頷いてから真菜を見る。
「そうなんだろ?でも、ごめん。指輪は用意してなくて…」
「ううん、指輪じゃないです。そんな、準備なんて必要ないもので…」
「準備がいらないもの…?」
真菜は、考え込む真を手で遮る。
「いいです!もういいんです。どうせもう、叶わないし」
「なんでだ?今からだって、やればいいだろ?何ならもう一度乗って…」
そこまで言って、真はふと閃いた。
「準備がいらないもので、プロポーズのあとに…って、ひょっとして、キスか?」
真菜が一気に顔を赤らめる。
「そうか、なるほど。でもそれは、今、俺とやる訳にはいかないよな。本当に好きな相手とじゃないと」
「ううん。それももう、叶わないんです」
「どうして?好きなやつが出来れば、その時にそいつとキスすればいいだろう?」
「だって、私がここで夢見てたのは…その、ファーストキスだったんだもん」
「そうか。じゃあ、好きな相手の為に、大事にとっておけばいい。そいつといつか、ここに来ればいいだろう?そうすれば、お前の夢も…」
思わず真は言葉を止める。
真菜が、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、真をじっと見ていた。
「ん?どうした?俺、何か変な事言ったか?」
真菜は、グッと唇を噛み締めたかと思うと、もう、知らない!と背を向けて去ろうとした。
「待て!真菜!」
そう言って真も引き留めようとする。
そして二人は気が付いた。
「あ…」
ここは観覧車の中。出て行くなんて出来ない。
真菜は、んん!と咳払いをしてから、再び座り直した。
観覧車は、ゆっくりゆっくり下っていく。
「あの…真菜?」
真が堪らず声をかけると、真菜は、キッと鋭い目を向けてきた。
「ストップ!今は一時停止でお願いします!」
「あ、ああ。ドラマでいう、CM中みたいな?」
「そうです。何も動きはありません」
「わ、分かった」
真は大人しく、観覧車が地面に到着するのを待つ。
(しっかし遅いなー、観覧車の動きって。気まずい雰囲気で乗ると、地獄の空間だな)
辛抱強く待ち、ようやく地上の係員の姿が見えて来た。
「では、CM明けますので」
「あ、ああ」
係員が外から扉を開ける。
「じゃあ、さよなら!」
真菜は勢い良く飛び出すと、一目散に走り出した。
「真菜、待てってば!」
追いかけながら考える。
(アホか、俺は。CM中でも、捕まえていれば良かったじゃないか)
だが、女の子の足では逃げ切れるはずもない。
数メートル先で真菜に追いつくと、真は腕を掴んで振り向かせた。
「真菜!どうしたんだ?話してくれなきゃ分からないだろ?」
逃れようとする真菜を、胸に抱き留める。
真菜は、目に涙を溜めながら、真の胸を叩いてきた。
「どうして?どうして真さんは覚えてないの?!私だけ?私だけが覚えてて、真さんはなんとも思ってなかったって事?真さんにとっては、あんなの、どうって事なかったのね!」
えっ、一体何の事を…
真が呆然としながら手を緩めた隙に、真菜は真の腕から逃れ、今度こそ走り去って行った。
真菜は朝から鏡の前で、ああでもないこうでもないと、頭を悩ませながら身支度を整えていた。
「今日は、告白からプロポーズまで、全てを網羅出来る様な服装にしなくっちゃ」
経験がない分、頭でっかちになってしまい、いまいちどれが正解なのか分からない。
取り敢えずワンピースなら、コーディネートで失敗する事もないだろうと、クローゼットから淡いピンクのノースリーブワンピースを取り出した。
その上に、オフホワイトのパフスリーブのボレロを羽織る。
「うん、これでいいか」
化粧は、腕がないためいつもの軽いメイク。
髪型も、唯一これなら出来るという、ハーフアップにした。
小さなバッグを斜め掛けし、足元は歩きやすいペタンコのバレエシューズにする。
そして最後に『お客様のとっておきスポット』と書いたメモ帳を見直し、よし、と頷いてバッグにしまってから部屋を出た。
*****
「真菜」
待ち合わせした桜木町の駅前に着き、辺りをキョロキョロしていると、後ろから名前を呼ばれて振り返る。
真が軽く手を挙げて、近付いて来るのが見えた。
「おはよう。待たせたか?」
「おはようございます。ううん、私も今来たところです」
「そうか、じゃあ行こう」
「はい」
並んで歩き出すと、真菜はちらりと真を盗み見る。
爽やかなブルーのシャツに、白いチノパン、足元は、なんだかお洒落なスニーカーだった。
(わー、こんな格好の真さん、初めて。素敵だなー)
思わず顔がニヤけてしまう。
「それで?まずはどこに行くんだ?」
歩きながら真が真菜に聞く。
「あ、はい!まずはですね『付き合う前の、まだデートとは呼べないお出かけスポット』です」
バッグから取り出したメモ帳を見ながらそう言う真菜に、真はぶっと吹き出した。
「…何か?」
真菜が冷ややかな目を向けると、真は慌てて真顔になり、いえ、何も、と真剣に頷いた。
駅からランドマークタワーの前を通り、海を目指す。
「まだデートじゃないので、まずは気軽に『臨港パーク』に行こうと思って。本当は、『山下公園』や『港の見える丘公園』も人気だったんですけど、職場に近いのでこっちにしてみました。でも良く考えたら、真さんのマンションの近所でしたね。すみません」
「いや、俺も行った事ないんだ、臨港パーク。楽しみだな」
「ほんとですか?!良かった」
嬉しくて、思わずはしゃいだ声を上げてしまう。
15分程歩いたところで、目の前に海が広がる芝生の広い公園に着いた。
「うわー、綺麗!」
「ほんとだ。気持ちいいなー」
二人で思わず深呼吸する。
「真さん、あれ、ベイブリッジですよ」
「おおー!結構大きく見えるな」
「見て!海がすぐそこ。水面に手が届きそう」
柵に身を乗り出して手を伸ばす真菜に、真は声をかける。
「おいおい、海に落っこちるなよ」
「そんな子どもじゃありませーん」
すると、すぐ近くで同じ様にはしゃいでいる子ども達の声がした。
夏休みという事もあり、あちこちで小学生らしき子ども達が走り回っている。
「ほら、お友達だぞ、真菜」
くくっと笑う真に、真菜はツンと顎を上げた。
「そこまでお子ちゃまじゃありせん!」
だが、すぐ近くの男の子達が、興奮気味に盛り上がっているのを見て、つい気になり声をかける。
「ねえ、何を盛り上がってるの?」
「カニだよ!カニがいる!」
「えっ、ほんと?!」
男の子達が指差す先を、真菜も真剣に覗き込む。
「ほら、あそこ!」
「ほんとだ、小さいカニ!」
真菜も思わず興奮してしまう。
すると、真が近付いて来た。
「どこ?」
「ほら、あの波が打ち寄せてるとこ!」
潮が引くと、コンクリートの水路に小さなカニが動いているのが見える。
「お兄ちゃん、あのカニ取れる?」
「ん?ああ」
真は屈んで腕を伸ばすと、潮が引くタイミングを見て、1匹捕まえた。
「ほら」
真が手のひらに載せたカニを、男の子達は、わー!と目を輝かせて覗き込む。
「サワガニだな」
「お兄ちゃん、触ってもいい?」
「いいぞ」
男の子は、真の手からそっとカニを掴み上げた。
次、俺な!と、他の子も次々と手を伸ばす。
「いいか、優しく触って、あとで海に帰してあげるんだぞ?」
真がそう言うと、うん、分かった!と男の子達は頷く。
よし、と男の子の頭に手を置いてから、真は真菜の所に戻って来た。
「ん?何を書いてるんだ?」
こちらに歩いて来た真は、真菜がメモ帳に何やら書き込んでいる手元を覗き込もうとする。
「だーめ!秘密です」
慌てて真菜はメモ帳を閉じる。
ふーん?と真は不服そうだ。
「それより真さん、見て!キッチンカーがある。何か食べません?」
「お、いいな!」
二人で何台か並んだキッチンカーを見比べる。
「真菜はどれがいい?」
「んー、あれかな?ロコモコ丼!」
「ああ、ハワイの」
真はキッチンカーに近付くと、ロコモコ丼を2つ買った。
「はい、これ真菜の」
「ありがとうございます。あ、お金…」
「いいって、そんなの」
財布を取り出そうとすると、真が止める。
「だめですよ。だって今はまだ私達、付き合う前の設定なんですよ?」
「それにしてもだ。これから告白しようと思ってるんだろ?そんな相手に財布出させてどうする」
「だけど女の子としては、彼氏でもないのに、奢ってもらうなんてって思う訳ですよ」
「ふーん。そんなもんか?」
「そうです。だから…あ!そうだ」
そう言うと真菜はタタッと芝生の方へ走り出し、自動販売機でコーヒーを2本買って戻って来た。
「はい!こっちは真さんの分」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」
二人は微笑み合うと、木陰の芝生に座って食べ始めた。
「はー、気持ちいいなー」
食べ終わると真は、芝生にゴロンと仰向けに寝転ぶ。
「真さん、お洋服汚れちゃいますよ?」
「んー?そんなの全然構わない」
ふふっと笑って、真菜も隣に寝転んだ。
「真菜こそ、綺麗な服が汚れるぞ?」
「全然構いませーん」
そして二人で、しばらく空を見上げる。
「…なんか、ずっとこうしていたいな」
「うん。とっても気持ちいい」
心地良い風、波の音、子ども達の声、明るい陽射し…
真菜は目を閉じて、身体中に自然を感じる。
(はあー、落ち着くなあ)
そして、ふと隣の真を見た。
同じ様に目を閉じているが、ピクリとも動かない。
「…真さん?ひょっとして、寝てる?」
返事はない。
真菜はふふっと笑って、真の寝顔を見つめる。
(気持ち良さそうだなー。それにしてもまつ毛長ーい。前髪が風にサラサラ揺れて、おでこが見える。かっこいいなー)
頬杖を付いてじっと真の寝顔を見ていた真菜は、またメモ帳を取り出すと、熱心に書き込んだ。
*****
「ふわー、良く寝た」
やがて目覚めた真は、伸びをしながら隣の真菜を見た。
こちらに顔を向けて、横向きにスヤスヤと眠っている。
「真菜、真菜?」
揺すり起こすと、うーん…と気だるそうに目を開ける。
「うー、まだ寝たかったのにー」
「いつまでもこんな所で寝てると風邪引くぞ?」
「夏だもん。大丈夫ー」
そう言って、また眠りに落ちそうになっている。
「真菜、他にもこれからスポット巡りするんじゃないのか?まだ告白もしてないぞ?」
すると真菜は、ガバッと起き上がった。
「大変!プロポーズまで、まだまだあるのに!」
真は必死で笑いを堪える。
「そうだぞ?たどり着けるのか?ほら、次はどこへ行くんだ?」
真菜はメモ帳をめくる。
「えーっと、汽車道!」
海沿いを歩いてショッピングモールの前まで来ると、駅の方へと繋がる長い橋に出た。
「ここは汽車道っていうんですって。昔、実際に汽車が走っていた所らしいです。ほら、地面に線路の上の部分が残ってる」
「ほんとだ。へえー、レトロな雰囲気でなんかいいな」
真菜はメモ帳を見ると、キョロキョロと何かを探し始めた。
「確か北側に、一段下がったプロムナードがあるって聞いたんですけど…。あ!こっちから行けるみたい」
階段を下り、水際に沿った遊歩道に出た。
「おおー、見晴らしいいな、ここ」
「ええ。水面に色んな景色がキラキラ反射して、とっても素敵」
橋の上とは違って人通りも少なく、静かに二人は水面を見つめる。
「この間挙式されたカップルから聞いたんです。まだ友達関係だった時、夜にここで告白して、付き合う事になったんですって」
「ああ、確かに夜景は綺麗だろうな。雰囲気もいいし」
「ですよねー。だから1度来てみたくて。まだ昼過ぎだけど、告白するには充分な雰囲気ですよね。という訳で、はい、どうぞ」
「は?何が?」
「だから、告白ですよ」
「ああ、そうか。今なのか」
「夜景を待ってたら、プロポーズまでたどり着けないので。まだ明るいですけど、お気になさらず。はい、どうぞ」
どうぞって、お前なあ…と渋ってみるが、真菜は真剣に真を見つめて待っている。
「えー、では…。ゴホン!ずっと前から好きでした。僕と付き合って下さい。お願いします!」
そう言って頭を下げなから右手を差し出した。
シーン…と沈黙が広がる。
「ちょっと、真菜?」
耐え切れなくなり顔を上げると、真菜は、うーん…と考え込んでいた。
「え…、今ので女の子はOKするんですか?何かのテレビ番組みたいでしたけど?」
「そ、そんなの知らん。俺だって、こんな告白した事ないんだから」
「ええー?!真さん、告白した事ないの?」
「なんだよ!真菜にだけは言われたくないぞ?」
「そんな、お互い様じゃないですか。真さんだって、私と似たような…」
「ええい、もう、うるさい!」
真は真菜の手を取ると、グッと引き寄せ、腕の中に抱き締めた。
「真菜、お前が好きだ。俺のものになれ」
ギュッと力を込めて抱き締めながら、耳元で熱く囁く。
やがて、ゴ、ゴホン、と真菜の咳払いが聞こえてきた。
「えー、はい。分かりました」
「は?何だよ、それ」
「無事にカップル成立です。おめでとうございます」
「お前…、もうちょっと気の利いた返事は出来ないのか?」
「さ!次、行きますよ。いよいよ『恋人達のデート』編です!」
ランドマークタワーに昇って景色を眺めたり、ブラブラとショッピングモールを覗いてから、すぐ隣の横浜美術館に入る。
「あ!モネ展やってる!私、好きなんです、クロード・モネ。『睡蓮』ももちろんだけど、『日傘をさす女』もなんか好きで」
「ああ。モネはいいよな。オランジュリー美術館にも、いつか行くといい」
「そっか!真さん、パリにいたんですものね。私もいつかオランジュリー美術館で、『睡蓮』を専用展示室で見てみたいなー」
美術館のカフェでお茶を飲み、外に出ると、辺りはすっかり夕暮れの空気に変わっていた。
「で?お次はどちらに参りましょうか?彼女さん」
おどけて真が聞いてくる。
「うーん、そうですね。夜景の綺麗なレストランに行きたいんですけど…。でもそこでは何も起こらないので、適当にファミレスでもいいです」
「そんな事言って…ディナーのあとはプロポーズするんだろう?プロポーズの前にファミレスってのもな。まあ、ここは彼氏に任せなさい」
そう言うと真は、ホテルの高層階のレストランに入る。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?こんな高級なお店…」
「そりゃお前、今夜はプロポーズしようって男なら、張り切ってこういう所に連れて来るだろうよ?そんなリアルな体験をするのが今日の目的じゃないのか?」
「そ、それは、まあ」
「よし。じゃあ、もう俺は彼氏だから、ここは俺がご馳走するからな。あ、ワインも飲むぞ。プロポーズ前の景気付けにな」
そう言って、真は次々と料理やお酒をオーダーする。
窓際の席からは外の景色が良く見え、赤く染まった夕焼け空が、やがてキラキラと星が瞬く夜空へと変わっていった。
食事を終え、真菜は真に、ご馳走様でしたと頭を下げる。
「いえいえ。喜んで頂けましたか?」
「それはもう。お腹一杯!」
心地良い夜風を受けながら、二人は輝く街を歩いて行く。
「えーっと、真菜さん。僕はプロポーズを控えて緊張してきたのですが。一体どこへ連れて行かれるのでしょうか?」
真が、本気なのかおどけているのか、良く分からない口調で聞いてくる。
「んーと、この辺りだと思うんだけどなー」
メモ帳を見ながら、真菜が辺りを見渡す。
「あった!万国橋!」
真菜がタタッと小走りになり、真は眉間にシワを寄せる。
「え、ここ?こんなただの道路沿い?」
そう言って真菜に近付く。
「見て!真さん」
やがて隣に並んだ真は、真菜の指差す方を見て息を呑んだ。
「凄いっ…」
みなとみらいの煌めく夜景が、パノラマの様に広がっている。
「綺麗ねえ。ほら、水面に建物がキラキラ映ってるでしょ?『逆さみなとみらい』って呼ばれてるんだって」
「本当だ。綺麗だな」
しばらく二人で眺めたあと、真菜が再びメモ帳に目を落とす。
「なんかね、ランドマークタワーからクイーンズスクエア、観覧車、海沿いのホテルまでが、ズラっと横並びに一気に見えるスポットがあるんだって。そこでプロポーズした新郎様がそう言ってたの。どこかなー?」
真菜は、キョロキョロしながら、橋を行ったり来たりして景色を確かめている。
真も少し先まで歩いてみた。
「あ、ここだ!真菜、こっち!」
えっ、と真菜が駆け寄って来る。
「ほら、ここ!」
真は真菜の両肩を掴んで、自分の前に立たせた。
「うわー、本当だ。なんて素敵…」
「ああ。水面にも反射して、綺麗だな」
「凄い…圧倒されちゃう」
「こんなスポットあるんだな」
「うん。良かった、真さんが見つけてくれて」
真菜が顔だけ振り返り、ふふっと微笑んで真を見上げる。
真も微笑み返すと、やがて真剣な表情で後ろから真菜を抱き締めた。
「真菜、結婚しよう」
耳元で聞こえる声に、真菜は言葉を失う。
「幸せにする、必ず。真菜、俺と結婚してくれ」
背中に温もりを感じ、大きな腕に守られている安心感を感じながら、真菜は、はいと頷いた。
*****
下を向き、ニヤニヤと笑いながら真菜は真と肩を並べて歩き始める。
「良かったー。1発OKで」
「うん。とっても素敵なプロポーズでした。これは浮かれちゃいますね。なるほどー。こうして新婦様は、幸せな結婚式を夢見るんですね」
「よし!今日のミッションは無事にクリアしたぞー!」
「あ、まだですよ」
え…と、挙げた右手を下ろしながら、真が気弱な表情で真菜を振り返る。
「プロポーズし終わったのに?まだ何かあるのか?」
「あります。あれです」
「あれって?」
真は真菜の指差す方を見上げた。
そこには、煌めく大きな観覧車があった。
「うわー、夜景がキラキラ!すっごく綺麗!」
観覧車の窓から外を眺めて、真菜は子どもの様に喜ぶ。
(確かに綺麗だし、恋人達にとってはロマンチックなシチュエーションだけど…。一体何が残ってるんだ?)
てっきりプロポーズがゴールだと思っていたのに、まだ真菜の中では何かが残っているらしい。
(プロポーズのあとは、結婚だろ?まさかここで挙式って事はないよな?うーん、分からん)
仕方なく、真は外の景色を眺めた。
ゆっくりと時間をかけながら、二人の乗った観覧車は頂点を目指して行く。
「あと半分位かな?頂上まで」
真菜が、ソワソワと窓から上を見上げながら言う。
「頂上で、何かあるのか?」
真が聞くと、真菜は、ふふっとはにかむ。
(頂上でやる事って…何だ?)
考えても分からない。
そうこうしているうちに、ゆっくり頂上が見えて来た。
「来るかな…来るかな?今?今よね?」
「ああ、そうだな」
「やったー、てっぺんー!」
真菜は思わず興奮して立ち上がり、次の瞬間ぐらりと揺れた観覧車に足を取られて体勢を崩した。
「わっ!」
「危ない!」
真が慌てて抱き留める。
顔と顔がくっ付きそうになり、真菜は慌てて真から離れ、向かい側に座り直した。
やがて観覧車はゆっくりと下り始める。
真はどうにも気になって聞いてみた。
「なあ、真菜。頂上で何がやりたかったんだ?プロポーズのあとにやる事、何が残ってる?」
真菜は少し考えてから、うつむいたまま口を開く。
「ごめんなさい。これは、新郎新婦のお二人から聞いたエピソードではなくて…。私の夢だったんです。だから、普通ではないかも」
「真菜の、夢?」
「ええ。この観覧車に乗って夜景を眺めながら、1番高い所に来た時に…って」
「1番高い所に来た時に…。あ!もしかして、婚約指輪をパカッてやつか?そうだ、そうだよ。プロポーズのあとには、婚約指輪をはめるもんな」
間違いないと確信した真は、何度も頷いてから真菜を見る。
「そうなんだろ?でも、ごめん。指輪は用意してなくて…」
「ううん、指輪じゃないです。そんな、準備なんて必要ないもので…」
「準備がいらないもの…?」
真菜は、考え込む真を手で遮る。
「いいです!もういいんです。どうせもう、叶わないし」
「なんでだ?今からだって、やればいいだろ?何ならもう一度乗って…」
そこまで言って、真はふと閃いた。
「準備がいらないもので、プロポーズのあとに…って、ひょっとして、キスか?」
真菜が一気に顔を赤らめる。
「そうか、なるほど。でもそれは、今、俺とやる訳にはいかないよな。本当に好きな相手とじゃないと」
「ううん。それももう、叶わないんです」
「どうして?好きなやつが出来れば、その時にそいつとキスすればいいだろう?」
「だって、私がここで夢見てたのは…その、ファーストキスだったんだもん」
「そうか。じゃあ、好きな相手の為に、大事にとっておけばいい。そいつといつか、ここに来ればいいだろう?そうすれば、お前の夢も…」
思わず真は言葉を止める。
真菜が、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、真をじっと見ていた。
「ん?どうした?俺、何か変な事言ったか?」
真菜は、グッと唇を噛み締めたかと思うと、もう、知らない!と背を向けて去ろうとした。
「待て!真菜!」
そう言って真も引き留めようとする。
そして二人は気が付いた。
「あ…」
ここは観覧車の中。出て行くなんて出来ない。
真菜は、んん!と咳払いをしてから、再び座り直した。
観覧車は、ゆっくりゆっくり下っていく。
「あの…真菜?」
真が堪らず声をかけると、真菜は、キッと鋭い目を向けてきた。
「ストップ!今は一時停止でお願いします!」
「あ、ああ。ドラマでいう、CM中みたいな?」
「そうです。何も動きはありません」
「わ、分かった」
真は大人しく、観覧車が地面に到着するのを待つ。
(しっかし遅いなー、観覧車の動きって。気まずい雰囲気で乗ると、地獄の空間だな)
辛抱強く待ち、ようやく地上の係員の姿が見えて来た。
「では、CM明けますので」
「あ、ああ」
係員が外から扉を開ける。
「じゃあ、さよなら!」
真菜は勢い良く飛び出すと、一目散に走り出した。
「真菜、待てってば!」
追いかけながら考える。
(アホか、俺は。CM中でも、捕まえていれば良かったじゃないか)
だが、女の子の足では逃げ切れるはずもない。
数メートル先で真菜に追いつくと、真は腕を掴んで振り向かせた。
「真菜!どうしたんだ?話してくれなきゃ分からないだろ?」
逃れようとする真菜を、胸に抱き留める。
真菜は、目に涙を溜めながら、真の胸を叩いてきた。
「どうして?どうして真さんは覚えてないの?!私だけ?私だけが覚えてて、真さんはなんとも思ってなかったって事?真さんにとっては、あんなの、どうって事なかったのね!」
えっ、一体何の事を…
真が呆然としながら手を緩めた隙に、真菜は真の腕から逃れ、今度こそ走り去って行った。
0
あなたにおすすめの小説
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
課長のケーキは甘い包囲網
花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。
えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。
×
沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。
実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。
大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。
面接官だった彼が上司となった。
しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。
彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。
心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結】夕凪のピボット
那月 結音
恋愛
季節は三度目の梅雨。
大学入学を機に日本で暮らし始めた佐伯瑛茉(さえきえま)は、住んでいたマンションの改築工事のため、三ヶ月間の仮住まいを余儀なくされる。
退去先が決まらず、苦慮していた折。
バイト先の店長から、彼の親友である九条光学副社長、九条崇弥(くじょうたかや)の自宅を退去先として提案される。
戸惑いつつも、瑛茉は提案を受け入れることに。
期間限定同居から始まる、女子大生と御曹司の、とある夏のおはなし。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
【登場人物】
・佐伯 瑛茉(さえき えま)
文学部3年生。日本史専攻。日米ハーフ。
22歳。160cm。
・九条 崇弥(くじょう たかや)
株式会社九条光学副社長。
32歳。182cm。
・月尾 悠(つきお はるか)
和モダンカフェ『月見茶房』店主。崇弥の親友。
32歳。180cm。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
※2024年初出
ワイルド・プロポーズ
藤谷 郁
恋愛
北見瑤子。もうすぐ30歳。
総合ショッピングセンター『ウイステリア』財務部経理課主任。
生真面目で細かくて、その上、女の魅力ゼロ。男いらずの独身主義者と噂される枯れ女に、ある日突然見合い話が舞い込んだ。
私は決して独身主義者ではない。ただ、怖いだけ――
見合い写真を開くと、理想どおりの男性が微笑んでいた。
ドキドキしながら、紳士で穏やかで優しそうな彼、嶺倉京史に会いに行くが…
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる