アンコール マリアージュ

葉月 まい

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一体何をするつもりですか?!

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 「やあ、真菜さん。こんばんは。仕事終わりに呼び出してすまないね」
 「いえ、とんでもない。こちらこそ、わざわざ横浜までお越し頂き、ありがとうございます」
 「いや、礼には及びません。ちょうどこちらに仕事で来ていてね。さあ、どうぞ座って」
 「はい、失礼致します」

 にこやかに社長と挨拶をしてから、真菜はスタッフが引いてくれた椅子にゆっくりと座る。

 窓の外には綺麗な夜景が広がっていた。

 (すごーい、確か68階だっけ?もはや天空のレストランね)

 「申し訳ないね。社長と食事なんて、楽しくも何ともないだろうけど、真のやつが、いつまで経ってもあなたをお誘いしないもんだからね」

 そう言って社長は、真菜の隣に座る真を見た。

 真は返す言葉もないように、うつむいている。

 「やれやれ、一体どうしたもんだか。その様子では、真菜さんにきちんとお礼も言ってないのだろうな」
 「は、いや、あの」
 「真菜さん、すまないね。こいつときたらもう、最近なんとも覇気がなくてね」

 いえ、そんなと、真菜は首を振ってうつむく。

 雑誌の反響がようやく落ち着いてきた10月。
 真菜は社長から、みなとみらいのホテルに食事に誘われてやって来た。

 テレビと雑誌のおかげで、アニヴェルセル・エトワールは一気に知名度を上げ、社長がテレビのインタビューを受ける事も何度かあった。

 求人にも影響があり、中途採用の社員も何人か、フェリシア 横浜に配属され、真菜も忙しさから少し開放されていた。

 「どうだろう、真菜さん。本社に来る気はないかね?」

 美味しいフランス料理を堪能しながら、雑談を交わしているうちに、ふと社長が口にした言葉に真菜は驚く。

 「本社に、ですか?」
 「ああ。今回君には、取材と並行して普段の業務もこなしてもらい、大変な負担をかけてしまった。本当にすまなかったね。私は、現場の忙しさを甘く見ていたようだ。反省している。だが、真菜さんには、今も取材の依頼が来ているんだ。私からそれとなく断っているのだが、いずれ落ち着いたら是非と言われてね。どうだろう?今後は本社の広報課に所属して、そういったマスコミの対応に専念してもらえないだろうか?もちろん、待遇も格段に良くなるし、体力的にも楽になると思うが」

 真菜は手を止めて、頭の中を整理してから口を開いた。

 「大変有り難いお話だと思います。ですが、私のやりたい仕事は広報ではありません。お客様の結婚式をお手伝いする事です。それは今までも、そしてこれからも変わりません。たとえいくつになっても、私はずっと、お客様に接する現場で働き続けたいと思っています」

 真菜に真剣な目を向けていた社長は、やがてふっと笑って頷いた。

 「あなたがなぜお客様からの信頼が厚いのか、良く分かりました。私の提案は失礼な話でしたね。どうかこれからも、第一線でお客様の素敵な結婚式をサポートして下さい」
 「はい。ありがとうございます」

 社長は微笑んで頷くと、ところで、と口調を変えた。

 「真はなんでそんなに黙ったままなんだ?いつからそんなに、仕事の出来ない男になった?真菜さんを見習いなさい」
 「あ、は、はい」
 「やれやれ。以前はお前、真菜さんと夫婦漫才みたいに息の合ったやり取りをしていたのに、今はなんだ?恥ずかしくて好きな子と目も合わせられない中学生か?」

 ゴホッと真がむせ返る。

 「なんだ、図星か」
 「いえ、あの、そういう訳では」
 「じゃあせめて男らしく、告白くらいしなさい」

 ゴホッゴホッと、再び真は派手にむせ返った。

*****

 「ご馳走様でした。ありがとうございました」

 車に乗り込んだ社長に頭を下げると、こちらこそ、楽しい夜をありがとうと、社長は真菜に笑いかける。

 そして真に、彼女をちゃんと送って差し上げるのだぞ?と念を押してから去って行った。

 車を見送った二人は、ぽつんとホテルのエントランスに立ち尽くす。

 「えっと、じゃあ、行こうか」
 「はい」

 肩を並べて駅への道を歩き出す。

 「あー、その、体調はどうだ?熱は下がったか?」
 「はいー?熱って…、あれ半月以上前の事ですよ?」
 「そ、そうだったな。お粥とヨーグルトは、ちゃんと食べたのか?」
 「頂きました。半月以上前に、ですけど」 
 「そうか、それは、良かったな」

 真菜は、小さくため息をつく。

 (あーあ、やっと私、真さんのことが好きって気付いたのに。今夜だって、真さんに久しぶりに会えるって、楽しみだったのに。なんだか真さんは、全然楽しくないみたい)

 黙ってひたすら駅への道を歩いていた真が、やがてふと立ち止まって真菜を見た。

 「頼みがあるんだけど、いいか?」

*****

 係員が外からガチャンと扉を閉め、二人を乗せた観覧車はゆっくりと上がっていく。

 真菜はチラッと、黙ったまま外を見ている真の様子をうかがった。

 (観覧車に乗ってくれって、どういうつもりなんだろう?)

 理由も言わず、スタスタ歩き始めた真に、真菜は仕方なくついて行って、一緒に乗り込んだ。

 真菜も、窓からの夜景をぼんやりと眺めていると、ふと、向かい側の席の真がソワソワし始めた事に気付く。

 (ん?どうしたのかしら。上を気にしている?)

 どうやら真は、頂上に着くタイミングを見ている様だった。

 (ちょ、ちょっと待って。何、何をする気なの?まさか…)

 真菜が身構えていると、やがて真は、真っ直ぐ真菜を見つめてきた。

 「真菜、俺…」
 「ギャー!ちょっと待って。な、何?やめて、まさか真さん、この間の話の、あの、つまり、アレをやろうとしてる?」
 「真菜、頼むから聞いてくれ。俺、お前に謝りたくて…すまなかった」
 「何?どうしたの?」
 「だから、模擬挙式で俺、お前の大事にしていた夢を、全部奪ってしまって…。それに、観覧車が1番高い所に来た時の夢も…」
 「い、いいの。もうそれはお気になさらず」

 真菜は、後ずされないと分かっていながら、背中を窓に張り付ける。

 「いや、良くない。俺が自分を許せない。真菜の大事な夢を壊しておいて、しかもそれに気付かずにいて、更に真菜を傷つけた。だから…」

 そう言って真は、窓の外の景色を確認している。

 「ひー!だからもういいってば!それに、やり直しとか、出来ないんだからね?もう1回やったって、それはファーストじゃなく、セカンドになっちゃうんだから」
 「いや!ファーストにする」
 「ど、どうやって?」
 「だから、恋人同士になってからの初めてだ」
 「い、意味が分からないんですけど?」

 真は、もう時間がないとばかりに真菜の両肩を掴んだ。

 「真菜!俺と付き合ってくれ!」
 「ひー、ヤダー!そうやって、私が頷いたら強引にしてくるんでしょ?」
 「俺は本気だ。本気で真菜が好きなんだ。ほら、早く返事を!」
 「いやー!そんな急かすなんて、ロマンチックでもなんでもない!」
 「真菜の夢だろう?ほら、もう頂上だ。早く!」
 「分かった、分かったからー!」
 「よし、結婚しよう、真菜!」
 「はい!」

 次の瞬間、真は唇を奪うように真菜に熱くキスをした。

 真菜は、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、そっと横目で外の景色を見る。

 ゆっくりと観覧車が下り始めていた。

 やがて顔を離した真も、窓の外を確認する。

 「間に合ったか?てっぺんだった?」
 「う、うん。そうみたい」

 すると真は、ヤッター!と両手を挙げて、天井にグキッと指を突いた。

 「いってー!」
 「もう真さん、観覧車の中って狭いんだからね?暴れないで」
 「それを言うなら真菜だろう。前回、途中で降りようとしたもんな」
 「ふーんだ。今日は大人しく下まで待ちますよ」

 そして二人で黙って外を眺める。
 そのうちに、ふと冷静になって思い返した。

 「あの、ま、真さん?」
 「う、うん?なんだ?」
 「さっき、その、なんて、言ったの?」
 「そ、それなんだけど。俺、とっさに、その…」
 「まさか、け、結婚…とか言わなかったよね?」
 「いや、それが、ついうっかり、言っちゃって…」
 「つい?!ついって…。結婚ですよ?ついうっかりプロポーズする人なんて、います?」
 「いや、でも、真菜だって、はい!って返事したじゃないか」
 「それはだって、勢いに呑まれて、つい…」
 「ほら、真菜だって、ついうっかり返事したじゃないか」

 うぐっと言葉に詰まり、真菜は視線を落とす。

 真は小さく息を吸うと、真菜、と優しく呼びかけた。

 「俺は真菜の笑顔が大好きだ。拗ねた顔も可愛くて、お客様に見せる笑顔も綺麗で。感動して号泣して、真っ赤に目を腫らす真菜も大好きだ。子どもみたいに無邪気にはしゃいだり、誰よりも真剣に仕事をしたり、そんな真菜の全てが大好きだ。真菜の大事な夢を奪ってごめん。でもその分、俺がこれからどんな真菜の夢も叶えるから。だから一緒にいさせて欲しい」

 真菜は、少しうつむいてから、潤んだ瞳で真を見つめた。

 「私も、真さんが大好きです。ぶっきらぼうだけど優しくて、言葉は冷たいけど心は温かくて。子ども達に頼まれてカニを取ってあげたり、服が汚れるのなんて気にせず芝生に寝転んで寝ちゃったり。私を抱き締めて守ってくれたり、私の願いを叶えてくれたり…」
 「でも、俺、真菜の大事な夢を…」

 ううん、と真菜は微笑んで首を振る。

 「あんなの、夢なんかじゃない。形なんてどうでもいいんだって、気付いたの。大事なのは、好きな人と過ごす時間。大好きな真さんと過ごす時間が、私の宝物なの」
 「真菜…」

 真は優しく真菜を抱き締める。

 「俺と結婚してくれ、真菜。俺の一生をかけて、幸せにしてみせるから」
 「はい」

 真菜の目から、涙が溢れ落ちる。
 長い指でそっと涙を拭ってくれた真に、真菜は笑いかけた。

 「真さん、素敵なプロポーズをありがとう。夢みたいだった」
 「夢じゃないよ」

 そう言って真は、真菜に優しくキスをした。

 身体中に幸せが広がっていくような、しびれるような素敵なキス…

 これが私のファーストキスなんだ、と真菜は思った。
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