24 / 29
やりたいこととは何か?
しおりを挟む
「朱里、朱里?」
瑛に呼ばれて朱里はハッと我に返る。
「お前また号泣コースかよ。何回目だ?」
「だって、こんな素晴らしいステージ、何度観ても感動しちゃって…」
朱里はティッシュで涙を拭く。
兵庫のコンサートを終えて戻ってくると、社長に報告を兼ねて桐生家で動画を観ていた。
朱里は既に何度も観ているが、その度に涙が込み上げてくる。
「いやー、これは泣くよ。素晴らしいコンサートじゃないか」
「本当に…。皆さんの想いがひしひしと伝わってくるわ。それに吹奏楽部の女の子達の演奏、なんて素敵なのかしら」
瑛の両親も、目を潤ませる。
「ですよね?!もう私、ずっと余韻に浸っちゃって、他の事が手につかないくらいです」
「朱里、次の話だってどんどん進んでるんだぞ?来週から東条さんが、訪問演奏2ヶ所回ってくれるし、それに、そうだ!これ…」
瑛は、書類ケースの中から封筒を取り出した。
「なあに?それ」
「パーティーの招待状。東条さんから頂いたんだ。朱里、ジャパン・クラシカルミュージック・ソサエティの加賀美会長、覚えてるか?」
「ええ。音楽業界のパーティーでお会いした、クラシック界の重鎮みたいな方よね?」
「そう。その加賀美会長が主催するパーティーらしい。朱里、俺と一緒に行ってくれ。親父もおふくろ同伴で参加して欲しい。加賀美会長が挨拶したいって」
え!と皆で驚く。
「この四人で?なんだか不思議な感じだな」
「あら、でも私は楽しみだわ。朱里ちゃんと一緒に行けるなんて」
「私も。おじ様とおば様が一緒なら心強いです」
それを聞いて瑛は頷く。
「じゃあ、四人で行こう。日程は来週の金曜日の夜7時から。東条さんもいらっしゃるから、兵庫のコンサートのお礼と、訪問演奏の打ち合わせも出来ればと思ってる」
「ええ、そうね。瑛、コンサート関係はしばらく私だけでやろうか?田畑さん達のサステナブルの活動にも携わってるんでしょう?忙しくない?」
「いや、平気だ。俺もコンサート関係やりたいしな」
「そう。それならいいけど」
すると瑛の両親がにこにこと頷いた。
「いやー、瑛も随分しっかりしてきたな。これも全部朱里ちゃんのおかげだ」
「そうね。仕事のことだけじゃないわよ。瑛はいつも朱里ちゃんに助けてもらってるもの。朱里ちゃんがいなかったら、瑛は今頃どうなってたか…」
そこまで言って、ふと瑛の母は真顔になる。
「朱里ちゃん。彼氏はいるの?」
「はい?!おば様、急に何を…」
「だって朱里ちゃん、可愛いしお年頃だし。ほら、あのカルテットのチェロの彼!あの人朱里ちゃんのこと、なんだかいつも気にかけてる様子だったわ。もしや、あの人と?」
朱里は苦笑いする。
「奏先輩は、私の演奏を気にかけてくださってたんです。どうやって弾けばいいのか、いつもアドバイスしてくれて…」
「それは、手取り足取り?」
「いや、足は使わないので、手取りだけですけど」
「手は取ったのね?!」
いや、あの、弓の使い方とかですよ?と説明するが、どうやら瑛の母の頭の中には、違う絵が浮かんでいるようだった。
「手を取り合って、熱心に練習を…。こうしちゃいられないわね。朱里ちゃん、次のパーティー、よろしくね!」
何がどうよろしくなのかは分からないが、とりあえず、はいと朱里は頷いた。
*****
翌週の金曜日。
朱里は例のサロンで支度をし、瑛と一緒に菊川にパーティー会場まで送ってもらった。
瑛の両親も、もう一台の車で向かう。
到着すると、車から降りた瑛はスマートに朱里に手を差し伸べてくれる。
腕を組んで歩く瑛の両親の後ろを、瑛と朱里も同じように続いた。
途中でこちらを振り返った二人が、ふふっと笑って顔を見合わせ、朱里は、ん?と首をかしげる。
(おじ様とおば様、なんだか妙に楽しそう。仲良しだなー)
フォーマルな黒の装いの二人は、何年経っても恋人同士のような雰囲気で、とてもお似合いだ。
(いいなー、憧れちゃう)
やがて、会場のバンケットホールに着いた。
前回と同じく、ゲストは年齢層が高い上に男性がほどんどだった。
薄いパープルの、ふんわりしたシルエットのドレスを着た朱里は、一歩ホールに足を踏み入れた途端に注目を浴びる。
すぐに加賀美会長が近づいてきた。
「これはこれは、桐生さん、朱里さん。よく来てくれたね」
「加賀美会長、ご無沙汰しております。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」
朱里は瑛と一緒に頭を下げる。
「いやいや、こちらこそまた会えて嬉しいよ。先日兵庫でコンサートをされたそうだね?素晴らしいコンサートだったと噂になってるよ」
「ありがとうございます。東森芸術文化センター管弦楽団の皆様にご協力いただき、大変光栄でした」
「そうか。またぜひ、色々な楽団に声をかけてくれ。私も協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。会長、弊社の社長をご紹介してもよろしいでしょうか?」
「おお!桐生社長だね。もちろん」
瑛は両親に目配せした。
近づいてきた二人は、にこやかに会長と挨拶し、名刺を交換する。
「桐生ホールディングスさんが音楽業界にお力を貸してくださるなんて、本当に有り難いです。それに社長、立派なご子息をお持ちですね。羨ましい限りです。御社の将来も安泰ですな」
瑛と朱里を見比べて、にこにこと会長は話す。
ん?とまたもや朱里は首をかしげた。
「ありがとうございます。いやー、まだまだ未熟者ですので、どうか会長からもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い出来ればと存じます」
「いえいえ。私の方こそ、次の世代の桐生ご夫妻にもお世話になりそうですな。いやはや、楽しみにしておりますよ。ははは!」
「いやー、それはいつになりますやら。あはは!」
朱里が首をひねったまま愛想笑いを浮かべていると、東条が近づいてくるのが見えた。
「やあ、桐生さん、朱里さん。こんばんは」
「東条さん、こんばんは。この度は東森芸術文化センター管弦楽団の皆様をご紹介くださって、本当にありがとうございました。お陰様で素晴らしいコンサートになりました」
「どういたしまして。赤坂さんからも連絡がきましたよ。とても良い機会をいただいたと。素敵なコンサートになり、団員も感激していたそうです」
「そう言っていただけると有り難いです。まだまだ手探りの活動で、段取りなども不手際があったかと思いますが、皆様快く協力してくださって、本当に感謝しております」
「これからも、どんどん声をかけてくださいね。まずは私も、訪問演奏しっかり準備しますね」
「ありがとうございます。また詳しく打ち合わせをさせていただければと思います。よろしくお願いいたします」
瑛の言葉に、朱里は一緒に頭を下げる。
以前は朱里が主に話をしていたが、今では瑛がやり取りし、朱里は隣で頷いていることが多くなった。
「朱里、テラスへ行こう」
ひとしきり挨拶が終わると、瑛は朱里の肩を抱いて外へと促した。
「そこに座って」
「うん、ありがとう」
「飲み物と、軽く食べる物も取ってくる」
そう言い残し、瑛はホールに戻って行った。
朱里はぼんやりと外の景色を眺める。
ホールの賑わいと熱気が嘘のように、テラスは静かで心地良かった。
「おや?お一人ですか?」
コツンと踵の音がして振り返ると、東条がグラスを片手にテラスに足を踏み入れていた。
「東条さん」
朱里は立ち上がって会釈する。
「そんな、いいから。どうぞ座って」
東条は朱里の右手を取り、朱里が腰を下ろすのを見守る。
「朱里さん。兵庫のコンサートのこと、赤坂から詳しく聞いたよ。彼とは昔からの親友でね。何でも本音で話す仲なんだ。君のこと、とても気が利く素晴らしい女性だと褒めていた」
「えっ?いえ、そんな。バタバタ走り回ってばかりで、直前の変更や段取りの悪さなど、赤坂さんにはご迷惑をおかけしました」
「そんな事は一言も言ってなかったよ。それより、君が吹奏楽部の子ども達としっかりコミュニケーションを取っていて、どの曲がやりたいか、どうしてその曲を選んだのかをきちんと把握して伝えてくれたのが助かったって」
ああ、と朱里は視線を落とす。
「それはあの子達がしっかりしているからです。故郷を大切にする気持ち、いつか都会に出て行ったとしても、生まれ育った故郷はずっと大切に覚えていたいという気持ち。私はその言葉を赤坂さんに伝えただけです。そして赤坂さんも、あの子達の気持ちをきちんと汲んで、良いアドバイスをしてくださいました。おかげであの子達、本番ではゲネプロの時よりも遥かに良い演奏をしてくれました」
ふうーん、と東条はシャンパンを口に含んでから朱里を見る。
「君はとても良い架け橋になってくれるね。俺達音楽家にとって、どんな演奏を求められているのか、観客はどんな人達なのか、その場の雰囲気はどんな感じなのかを知ることはとても重要なんだ。そこに溝があると、お互いに良い時間は生まれない。君は素晴らしい橋渡しをしてくれる。ねえ、朱里さん。君は桐生ホールディングスの社員なの?」
「え?いいえ、私はまだ大学生です」
「そうなんだ!それならさ、俺のマネージャーとして働いてくれないかな?最初はアルバイトで、大学を卒業したら正式に俺のマネージメント事務所で雇いたい。どうかな?」
事態が呑み込めずに、は?と聞き返していると、ふいに朱里と名前を呼ばれた。
振り向くと、瑛が近づいてきて朱里の手を取る。
「社長と一緒に挨拶に回りたい」
「え、あ、はい」
朱里が立ち上がると、東条が瑛に声をかけた。
「朱里さんは桐生ホールディングスの社員じゃないのに?なぜ社長と一緒に挨拶回りをさせるの?」
瑛は朱里の腰をグッと自分に近づけてから答えた。
「彼女は桐生ホールディングスのCSR推進部、企画課芸術部門の担当者です。今夜もその仕事の一環でこのパーティーに参加しておりますので」
「ふーん、まあそういう事にしておこうか。朱里さん、考えておいてね、さっきの話。じゃあ」
そう言って東条は去って行った。
「朱里?ごめん。今食べる物持ってくるから、座ってて」
「え?挨拶回りは?」
「あれは嘘だ。とにかく座ってて。すぐ戻る」
朱里がもう一度腰を下ろすと、言葉通りすぐに瑛が戻ってきて、料理を盛り付けたプレートとミネラルウォーターのグラスを渡してくれる。
「ありがとう!」
「好きなだけ食べて。デザートもあとで持ってくるから」
「うん。瑛は食べないの?」
「ん?そうだなー。朱里が食べて美味しかったもの教えて。あとでそれを食べる」
ええ?と朱里は驚く。
「なーに?それって私は味見役なの?」
「はは!まあ、そうかもね」
「ひどーい!いいもん。美味しくても教えないから」
朱里が頬を膨らませると、瑛はふっと笑ってから朱里の隣に座った。
「朱里」
「ん?何?」
「…さっきの話、どうするの?」
「さっきの話って?」
「東条さんの、マネージャーの話」
聞いてたの?と朱里は驚く。
「ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」
「そう。私もいきなり言われて驚いただけ。何も考えてないよ」
「じゃあ、これから考えるの?」
「うーん…。東条さんのお話だけではなくて、色々自分の将来の事は考えなきゃと思ってるの」
そっか…と瑛は小さく呟く。
料理を食べながらふと会場内を見ると、瑛の両親がにこやかに他のゲストと話をしている姿が目に入った。
二人は腕を組み、ピタリと寄り添っている。
「おじ様とおば様って、いつまでも仲良しなのね。いいなあ」
「ああ。若い頃親父がおふくろに一目惚れして、猛アタックしたらしい」
「えっ!そうなの?一目惚れから結婚に漕ぎ着けるなんて、素敵だわ」
「俺にしてみたら、一目惚れより幼馴染の方がよっぽど結婚までは難しいと思うけどね」
ん?どういうこと?と思いながら、朱里はローストビーフを口に運ぶ。
(んー!これ凄く美味しい!)
そう思っていると、瑛がニヤリと笑った。
「俺もそのローストビーフ取ってこようっと」
「え?私、何も言ってないよ?」
「バーカ、何年一緒にいると思ってんだ?お前の考えてることなんて、手に取るように分かる」
うぐっと朱里は返す言葉がなかった。
*****
そろそろ帰ろうか、と瑛の父に声をかけられ、皆で挨拶をして回ることにした。
一人一人に、今夜はこれで失礼いたします。いずれまた、近いうちに…と頭を下げて回るのは、なかなか時間がかかる。
いっそのこと出口で、それでは失礼いたします!と体育会系よろしく叫んだ方が早いのでは?と朱里は思ったが、まあ、そういう訳にはいかない。
ようやく加賀美会長に挨拶を済ませ、これでひと通り大丈夫かな?と思った時、朱里さんと後ろから声をかけられた。
はい、と振り向いた朱里は、至近距離にいた東条に驚いて思わず後ずさる。
が、とっさに足を引いた為、高いヒールを履いた右足首をドレスの中でグキッとひねってしまった。
(痛っ…)
「朱里さん、またお会いする日を楽しみにしています。それから良いお返事も…」
そう言って東条は、朱里に右手を差し出す。
朱里が同じように右手を差し出し握手すると、最後に東条はスッと身をかがめて朱里の手の甲にキスをした。
朱里はすぐさま手を引く。
「それでは、桐生さんも。またご連絡いたします」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
瑛は東条と握手すると、朱里の腰に手を回してグッと抱き寄せた。
「朱里、足首大丈夫か?」
「え?あ、うん」
「無理するな。俺に寄りかかっていいから」
「ありがとう。よく分かったね」
「バーカ。何年一緒にいると思ってんだ?パート2」
ふふっと朱里は笑う。
だが、歩き始めると顔をしかめた。
思ったよりもズキズキと痛みが酷い。
なんとか1階のエントランスまで行き、菊川が開けてくれたドアから車に乗り込む。
「朱里、足見せてみろ」
瑛はすぐさま、朱里の右足首に手を添えた。
「痛っ!」
「ごめん。その様子だとだいぶ痛むだろ?腫れも強くなってる。朱里、うちで手当するから」
「え?いいよ、そんな」
「良くない。一人暮らしの家で階段も上がれないぞ?」
「そんな、大丈夫だって」
だがそのうちに、ズキンズキンとまるで心臓の鼓動のように痛みが強くなってきた。
朱里は顔を歪めてひたすら耐える。
そんな朱里の様子を見て、瑛は屋敷に着くなり朱里を抱き上げて車から降ろした。
そのまま玄関へと向かう。
先に着いていた瑛の両親と、玄関を開けている千代が驚いたようにこちらを見ている。
「ちょ、瑛!下ろして!」
恥ずかしくて必死に下りようとするが、瑛は気にも留めずに玄関を入る。
「まあ!朱里お嬢様、どうかなさいましたか?」
「足首をひねった。千代さん、氷水を」
「はい!ただいま」
瑛はリビングのソファに朱里を下ろした。
「朱里ちゃん、大丈夫?」
瑛の両親も、心配そうに覗き込む。
「大丈夫です。すみません、お騒がせしてしまって…」
「ううん。それより、そんな足では不自由だわ。今夜はここに泊まって」
ええー?と朱里は驚く。
「そんな、大丈夫ですから!」
すると、氷水で冷やしたタオルを瑛が患部に当てる。
「朱里、冷やすぞ」
ウッと朱里は顔をしかめた。
「少し触れただけでもそんなに痛むようなら、しばらくは安静にしないと」
瑛の言葉に両親も頷く。
「そうだよ、朱里ちゃん。無理に歩いて悪化したらいけない」
「それに一人で家にいたら、何かあった時に誰も気付けないわ。朱里ちゃん、しばらくうちに泊まってね。瑛、朱里ちゃんを部屋に運んでちょうだい」
「分かった」
有無を言わさぬ皆の雰囲気に呑まれ、朱里は黙って従うことにした。
瑛が再び朱里を抱き上げて2階へと上がる。
「ごめん、重いよね?」
「まあね」
「ちょっと!普通は否定するもんでしょ?」
瑛は涼しい顔で階段を上がると、以前と同じ部屋に朱里を運び、ベッドに座らせた。
千代がもう一度冷たいタオルで足首を冷やしてくれる。
「まあ、朱里お嬢様。かなり腫れてますわ。湿布を持ってきます」
「ありがとう、千代さん」
瑛が湿布を貼り、テーピングしてくれる。
おかげでかなり痛みも楽になり、朱里はホッとした。
「朱里、明日は会社休め」
「え、でも…。色々進めなきゃいけない案件があるし」
「パソコンを用意するから、ここで作業したらいい。何かあったら電話するから」
「あ、うん…」
確かにこの足では出社する方が迷惑かも、と朱里は頷いた。
千代が新しいパジャマや着替えを用意してくれ、朱里は有り難く使わせてもらった。
洗顔と歯磨きを済ませると、ゆっくりとベッドに戻る。
サイドテーブルで、瑛がノートパソコンをセッティングしていた。
「これで使えると思う。でもくれぐれも無理はするなよ」
「分かった。ありがとう!」
「じゃあ、今夜はゆっくり休め」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
瑛は、ふっと朱里に笑いかけてから部屋を出ていった。
*****
次の日の朝。
千代が部屋に運んでくれた朝食を食べていると、瑛が顔を出した。
「朱里、具合はどうだ?」
「うん。だいぶ良くなったよ。普通にしてたら痛みもないし、ゆっくり歩けば平気」
瑛はベッドに座る朱里の前に跪き、そっと足首を触る。
テーピングテープを外して腫れ具合を確かめると、新しい湿布に取り替えてまたテーピングをする。
「昨日よりは腫れも引いてるな。でももし痛みが強くなってきたら、すぐにおふくろに言えよ。主治医に往診に来てもらうから」
「分かった。ありがとう!お仕事休んじゃってごめんね」
「気にするな。ゆっくり休めよ」
「うん。行ってらっしゃい」
瑛が出かけると、朱里もパソコンを開いてメールをチェックする。
何件か届いている中に、東条からのメールもあった。
夕べ話したマネージャーの件、本気で頼みたい。良い返事を期待している、という内容だった。
うーん…と朱里は腕を組んで考え込む。
初めて東条に会った時、憧れのマエストロに会えたと舞い上がっていたっけ。
サインをもらって嬉しくて、綺麗な額に入れて部屋の壁に大切に飾った。
だが今は、そんな気持ちとは違っている。
(どうしてだろう。もしあの頃に声をかけられていたら、私はマネージャーを喜んで引き受けたのかもしれないのに)
そんなことを思いながら、他のメールもチェックした。
(あれ?長島さんからだ)
兵庫でのコンサートを懐かしく思いながらメールを開く。
読んでいるうちに、朱里は興奮して思わず頬を押さえた。
そこには、かのコンサートが地元の新聞で大きく取り上げられたこと、インターネットでも次々と拡散され、広く賞賛の声が町役場に届いたこと、そして、取り壊される予定の市民会館を、なんとか残せないか?と議論されたことが書かれていた。
コンサートの動画と共にクラウドファンディングを募ったところ、あっという間に目標額に達し、市民会館は取り壊しではなく、耐震工事をして今後も残すことになったと綴られていた。
「嘘!本当に?凄い!」
朱里は飛び上がりたくなるのを堪えて、添付されている動画を開く。
「瑛さーん!朱里さーん!」
あの女の子達が笑顔で手を振っている。
「お二人のおかげで、市民会館は残すことになりました!本当にありがとうございます!先日のコンサートは楽しくて、まるで夢のような1日でした。またいつか、市民会館でコンサートが出来ればいいなと思っています。お二人も、いつでも遊びに来てくださいね!」
最後に声を揃えて、待ってまーす!と手を振る皆に、朱里も思わず手を振る。
「良かった、本当に良かったなあ」
コンサートでの、彼女達の演奏を思い出す。
故郷を大切にし、ここで生まれ育ったことを誇りに思い、心を込めて演奏していた姿。
(なんて素敵な瞬間を共有出来たのだろう。あのコンサートは、きっとあの子達の大きな財産になったのだろうな)
そのお手伝いが出来たことを、朱里も誇らしく思う。
そして、ふと思った。
自分がやりたいことはこれだ、と。
こんなふうに音楽を通して、誰かの何かを手伝っていきたい。
音楽で人と人とを繋ぎ、心を通わせ、明るい幸せの輪を広げられたら…
それはきっと、次の世代の子ども達にも伝わっていく。
自分はそんなお手伝いをしていきたい。
朱里は自分の心に湧き上がってくる想いに、大きく頷いて決心した。
*****
「朱里ちゃーん、具合はどう?」
しばらくパソコン作業をしていると、ノックの音がして瑛の母が顔を覗かせる。
「おば様!だいぶ良くなりました。痛みもほとんどないし」
「そう?良かった。ねえ、少しお茶でも飲まない?」
「あ、はい!」
朱里が移動しなくてもいいように、千代がベッドサイドのテーブルにお茶とケーキを並べてくれた。
「朱里ちゃん、いつも本当にありがとう。瑛が迷惑ばかりかけて、ごめんなさいね」
「え?おば様、何のお話ですか?」
「うーん、色々よ。あの子、朱里ちゃんには何でも話せると思って甘えてるわね。一番大切にしなくてはいけない人は、朱里ちゃんなのに」
ん?と朱里は首をひねる。
「おば様。私、そんなふうに思ってませんよ?瑛はちゃんと私を大切にしてくれています」
まあ!と、瑛の母は目を見開く。
「そうなの?あの子、朱里ちゃんに、大切な人だって言ったの?」
「え?そういう訳ではないですけど。ほら、昨日も私の足首を心配して、テーピングもしてくれたし。まあ、色々口げんかもしますけど、なんだかんだ優しいですよ」
「え…、その程度なの?」
は?と朱里は首をかしげる。
「朱里ちゃん、そんなの人として当たり前よ?優しいとか、大切にしてくれるとか、そんなレベルじゃないわよ?」
「はあ、そうですかね?」
「そうよ!ああ、こんなんじゃだめね。あっという間に他の人に取られちゃうわ。瑛ったらもう!」
「あの、おば様?」
朱里は半分キョトンとしながら、憤慨する瑛の母の様子を見ていた。
*****
夜になり、朱里は帰宅した瑛の手を借りて1階に下りると、皆と一緒にダイニングテーブルで夕食を頂いた。
朱里は改めて、長島から届いたメールの内容を報告する。
「へえー、良かったな!朱里」
「うん!私も本当に嬉しくて。あ、瑛。女の子達が動画を送ってくれたから、あとで見せるね。また遊びに来てくださいって」
「そうかー。また行きたいな」
「うん、私も」
「よし、じゃあ、時間が出来たらまた行こう!」
うん!と朱里は笑顔で頷いた。
それと、と朱里は手を止めて話し出す。
「瑛。私、自分のやりたいこと見つけたの。今のこの活動を続けていきたい。音楽を通じて人と人とを結びつけるこの仕事を、この先もがんばりたい。だから…」
瑛に正面から向き合って告げた。
「東条さんのマネージャーになるお話は、お断りします」
朱里…と瑛が呟く。
「これからも、瑛の仕事のお手伝いをさせてください。大学を卒業したあともずっと。アルバイトでもいいから」
すると、へ?と瑛の父が素っ頓狂な声を上げた。
「アルバイトって…朱里ちゃん?君は4月から、正式なうちの社員になることになってるよ?」
は?と、今度は朱里が変な声を出す。
「え、でも私、就職活動もしてないのに…」
「いや、それはそうだろう。だって朱里ちゃんは、既に我が社の戦力だからね。色々な仕事を抱えてもらってる。逆に、君がいなくなるなんて考えてもみなかったよ。いやー、想像しただけでも怖い。朱里ちゃん、頼むから他に行くなんて言わないでおくれ」
は、はあ、と朱里は拍子抜けする。
「東条さんに、マネージャーになってくれと誘われたのかい?そりゃ、朱里ちゃんなら誘われるだろうなあ。でも朱里ちゃん。どうか我が社に力を貸してくれないかい?このまま、この活動をずっと続けてもらいたいんだ」
「あ、はい。私もずっとこの仕事に携わりたいと思っています。よろしいのでしょうか?」
「よろしいもなにも、是非ともお願いするよ。どうか正式に、4月から桐生ホールディングスの正社員になって欲しい」
朱里は決意を込めて頷いた。
「はい!よろしくお願いいたします」
わあ!と、瑛の母や千代、菊川が拍手する。
「良かったわあ。朱里ちゃん、ありがとう!これからもどうぞよろしくね」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
その場にいる皆が笑顔で喜び合った。
*****
「朱里、本当にいいのか?仕事のこと」
食事のあと、朱里に肩を貸して部屋まで来た瑛が、隣に座って話し出す。
「うん。長島さんからメールもらって、あの子達のこと思い出したら、なんだか腑に落ちたの。私がやりたいのはこれだって。東条さんも素敵な活動をされてると思う。でも私は、マネージャーではなく、架け橋としての仕事をやりたいの。東条さんには、今度お会いした時にきちんと話すね」
そっか、と小さく瑛が呟く。
「朱里。俺さ、ずっと朱里を遠ざけようとしてたんだ。これからは桐生の家から離れた方がいい。朱里にはもっと穏やかな生活を送って欲しいって。でも一緒に仕事をしていくうちに、そんなこと言ってられなくなった。だって朱里はめちゃくちゃ頼りがいがあって、頼もしくて男前で、かっこよくて、仕事が出来る男って感じで」
おい、と朱里は瑛の胸をぺしっと手の甲で叩く。
「ははは!とにかく、俺には朱里が必要なんだ。だから今日の話は本当に嬉しかった。ありがとうな、朱里」
「ふふ、こちらこそ。これからもよろしくね!」
「ああ」
二人は笑顔で微笑み合う。
朱里は心がすっきりと晴れ渡ったように感じた。
瑛に呼ばれて朱里はハッと我に返る。
「お前また号泣コースかよ。何回目だ?」
「だって、こんな素晴らしいステージ、何度観ても感動しちゃって…」
朱里はティッシュで涙を拭く。
兵庫のコンサートを終えて戻ってくると、社長に報告を兼ねて桐生家で動画を観ていた。
朱里は既に何度も観ているが、その度に涙が込み上げてくる。
「いやー、これは泣くよ。素晴らしいコンサートじゃないか」
「本当に…。皆さんの想いがひしひしと伝わってくるわ。それに吹奏楽部の女の子達の演奏、なんて素敵なのかしら」
瑛の両親も、目を潤ませる。
「ですよね?!もう私、ずっと余韻に浸っちゃって、他の事が手につかないくらいです」
「朱里、次の話だってどんどん進んでるんだぞ?来週から東条さんが、訪問演奏2ヶ所回ってくれるし、それに、そうだ!これ…」
瑛は、書類ケースの中から封筒を取り出した。
「なあに?それ」
「パーティーの招待状。東条さんから頂いたんだ。朱里、ジャパン・クラシカルミュージック・ソサエティの加賀美会長、覚えてるか?」
「ええ。音楽業界のパーティーでお会いした、クラシック界の重鎮みたいな方よね?」
「そう。その加賀美会長が主催するパーティーらしい。朱里、俺と一緒に行ってくれ。親父もおふくろ同伴で参加して欲しい。加賀美会長が挨拶したいって」
え!と皆で驚く。
「この四人で?なんだか不思議な感じだな」
「あら、でも私は楽しみだわ。朱里ちゃんと一緒に行けるなんて」
「私も。おじ様とおば様が一緒なら心強いです」
それを聞いて瑛は頷く。
「じゃあ、四人で行こう。日程は来週の金曜日の夜7時から。東条さんもいらっしゃるから、兵庫のコンサートのお礼と、訪問演奏の打ち合わせも出来ればと思ってる」
「ええ、そうね。瑛、コンサート関係はしばらく私だけでやろうか?田畑さん達のサステナブルの活動にも携わってるんでしょう?忙しくない?」
「いや、平気だ。俺もコンサート関係やりたいしな」
「そう。それならいいけど」
すると瑛の両親がにこにこと頷いた。
「いやー、瑛も随分しっかりしてきたな。これも全部朱里ちゃんのおかげだ」
「そうね。仕事のことだけじゃないわよ。瑛はいつも朱里ちゃんに助けてもらってるもの。朱里ちゃんがいなかったら、瑛は今頃どうなってたか…」
そこまで言って、ふと瑛の母は真顔になる。
「朱里ちゃん。彼氏はいるの?」
「はい?!おば様、急に何を…」
「だって朱里ちゃん、可愛いしお年頃だし。ほら、あのカルテットのチェロの彼!あの人朱里ちゃんのこと、なんだかいつも気にかけてる様子だったわ。もしや、あの人と?」
朱里は苦笑いする。
「奏先輩は、私の演奏を気にかけてくださってたんです。どうやって弾けばいいのか、いつもアドバイスしてくれて…」
「それは、手取り足取り?」
「いや、足は使わないので、手取りだけですけど」
「手は取ったのね?!」
いや、あの、弓の使い方とかですよ?と説明するが、どうやら瑛の母の頭の中には、違う絵が浮かんでいるようだった。
「手を取り合って、熱心に練習を…。こうしちゃいられないわね。朱里ちゃん、次のパーティー、よろしくね!」
何がどうよろしくなのかは分からないが、とりあえず、はいと朱里は頷いた。
*****
翌週の金曜日。
朱里は例のサロンで支度をし、瑛と一緒に菊川にパーティー会場まで送ってもらった。
瑛の両親も、もう一台の車で向かう。
到着すると、車から降りた瑛はスマートに朱里に手を差し伸べてくれる。
腕を組んで歩く瑛の両親の後ろを、瑛と朱里も同じように続いた。
途中でこちらを振り返った二人が、ふふっと笑って顔を見合わせ、朱里は、ん?と首をかしげる。
(おじ様とおば様、なんだか妙に楽しそう。仲良しだなー)
フォーマルな黒の装いの二人は、何年経っても恋人同士のような雰囲気で、とてもお似合いだ。
(いいなー、憧れちゃう)
やがて、会場のバンケットホールに着いた。
前回と同じく、ゲストは年齢層が高い上に男性がほどんどだった。
薄いパープルの、ふんわりしたシルエットのドレスを着た朱里は、一歩ホールに足を踏み入れた途端に注目を浴びる。
すぐに加賀美会長が近づいてきた。
「これはこれは、桐生さん、朱里さん。よく来てくれたね」
「加賀美会長、ご無沙汰しております。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」
朱里は瑛と一緒に頭を下げる。
「いやいや、こちらこそまた会えて嬉しいよ。先日兵庫でコンサートをされたそうだね?素晴らしいコンサートだったと噂になってるよ」
「ありがとうございます。東森芸術文化センター管弦楽団の皆様にご協力いただき、大変光栄でした」
「そうか。またぜひ、色々な楽団に声をかけてくれ。私も協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。会長、弊社の社長をご紹介してもよろしいでしょうか?」
「おお!桐生社長だね。もちろん」
瑛は両親に目配せした。
近づいてきた二人は、にこやかに会長と挨拶し、名刺を交換する。
「桐生ホールディングスさんが音楽業界にお力を貸してくださるなんて、本当に有り難いです。それに社長、立派なご子息をお持ちですね。羨ましい限りです。御社の将来も安泰ですな」
瑛と朱里を見比べて、にこにこと会長は話す。
ん?とまたもや朱里は首をかしげた。
「ありがとうございます。いやー、まだまだ未熟者ですので、どうか会長からもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い出来ればと存じます」
「いえいえ。私の方こそ、次の世代の桐生ご夫妻にもお世話になりそうですな。いやはや、楽しみにしておりますよ。ははは!」
「いやー、それはいつになりますやら。あはは!」
朱里が首をひねったまま愛想笑いを浮かべていると、東条が近づいてくるのが見えた。
「やあ、桐生さん、朱里さん。こんばんは」
「東条さん、こんばんは。この度は東森芸術文化センター管弦楽団の皆様をご紹介くださって、本当にありがとうございました。お陰様で素晴らしいコンサートになりました」
「どういたしまして。赤坂さんからも連絡がきましたよ。とても良い機会をいただいたと。素敵なコンサートになり、団員も感激していたそうです」
「そう言っていただけると有り難いです。まだまだ手探りの活動で、段取りなども不手際があったかと思いますが、皆様快く協力してくださって、本当に感謝しております」
「これからも、どんどん声をかけてくださいね。まずは私も、訪問演奏しっかり準備しますね」
「ありがとうございます。また詳しく打ち合わせをさせていただければと思います。よろしくお願いいたします」
瑛の言葉に、朱里は一緒に頭を下げる。
以前は朱里が主に話をしていたが、今では瑛がやり取りし、朱里は隣で頷いていることが多くなった。
「朱里、テラスへ行こう」
ひとしきり挨拶が終わると、瑛は朱里の肩を抱いて外へと促した。
「そこに座って」
「うん、ありがとう」
「飲み物と、軽く食べる物も取ってくる」
そう言い残し、瑛はホールに戻って行った。
朱里はぼんやりと外の景色を眺める。
ホールの賑わいと熱気が嘘のように、テラスは静かで心地良かった。
「おや?お一人ですか?」
コツンと踵の音がして振り返ると、東条がグラスを片手にテラスに足を踏み入れていた。
「東条さん」
朱里は立ち上がって会釈する。
「そんな、いいから。どうぞ座って」
東条は朱里の右手を取り、朱里が腰を下ろすのを見守る。
「朱里さん。兵庫のコンサートのこと、赤坂から詳しく聞いたよ。彼とは昔からの親友でね。何でも本音で話す仲なんだ。君のこと、とても気が利く素晴らしい女性だと褒めていた」
「えっ?いえ、そんな。バタバタ走り回ってばかりで、直前の変更や段取りの悪さなど、赤坂さんにはご迷惑をおかけしました」
「そんな事は一言も言ってなかったよ。それより、君が吹奏楽部の子ども達としっかりコミュニケーションを取っていて、どの曲がやりたいか、どうしてその曲を選んだのかをきちんと把握して伝えてくれたのが助かったって」
ああ、と朱里は視線を落とす。
「それはあの子達がしっかりしているからです。故郷を大切にする気持ち、いつか都会に出て行ったとしても、生まれ育った故郷はずっと大切に覚えていたいという気持ち。私はその言葉を赤坂さんに伝えただけです。そして赤坂さんも、あの子達の気持ちをきちんと汲んで、良いアドバイスをしてくださいました。おかげであの子達、本番ではゲネプロの時よりも遥かに良い演奏をしてくれました」
ふうーん、と東条はシャンパンを口に含んでから朱里を見る。
「君はとても良い架け橋になってくれるね。俺達音楽家にとって、どんな演奏を求められているのか、観客はどんな人達なのか、その場の雰囲気はどんな感じなのかを知ることはとても重要なんだ。そこに溝があると、お互いに良い時間は生まれない。君は素晴らしい橋渡しをしてくれる。ねえ、朱里さん。君は桐生ホールディングスの社員なの?」
「え?いいえ、私はまだ大学生です」
「そうなんだ!それならさ、俺のマネージャーとして働いてくれないかな?最初はアルバイトで、大学を卒業したら正式に俺のマネージメント事務所で雇いたい。どうかな?」
事態が呑み込めずに、は?と聞き返していると、ふいに朱里と名前を呼ばれた。
振り向くと、瑛が近づいてきて朱里の手を取る。
「社長と一緒に挨拶に回りたい」
「え、あ、はい」
朱里が立ち上がると、東条が瑛に声をかけた。
「朱里さんは桐生ホールディングスの社員じゃないのに?なぜ社長と一緒に挨拶回りをさせるの?」
瑛は朱里の腰をグッと自分に近づけてから答えた。
「彼女は桐生ホールディングスのCSR推進部、企画課芸術部門の担当者です。今夜もその仕事の一環でこのパーティーに参加しておりますので」
「ふーん、まあそういう事にしておこうか。朱里さん、考えておいてね、さっきの話。じゃあ」
そう言って東条は去って行った。
「朱里?ごめん。今食べる物持ってくるから、座ってて」
「え?挨拶回りは?」
「あれは嘘だ。とにかく座ってて。すぐ戻る」
朱里がもう一度腰を下ろすと、言葉通りすぐに瑛が戻ってきて、料理を盛り付けたプレートとミネラルウォーターのグラスを渡してくれる。
「ありがとう!」
「好きなだけ食べて。デザートもあとで持ってくるから」
「うん。瑛は食べないの?」
「ん?そうだなー。朱里が食べて美味しかったもの教えて。あとでそれを食べる」
ええ?と朱里は驚く。
「なーに?それって私は味見役なの?」
「はは!まあ、そうかもね」
「ひどーい!いいもん。美味しくても教えないから」
朱里が頬を膨らませると、瑛はふっと笑ってから朱里の隣に座った。
「朱里」
「ん?何?」
「…さっきの話、どうするの?」
「さっきの話って?」
「東条さんの、マネージャーの話」
聞いてたの?と朱里は驚く。
「ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」
「そう。私もいきなり言われて驚いただけ。何も考えてないよ」
「じゃあ、これから考えるの?」
「うーん…。東条さんのお話だけではなくて、色々自分の将来の事は考えなきゃと思ってるの」
そっか…と瑛は小さく呟く。
料理を食べながらふと会場内を見ると、瑛の両親がにこやかに他のゲストと話をしている姿が目に入った。
二人は腕を組み、ピタリと寄り添っている。
「おじ様とおば様って、いつまでも仲良しなのね。いいなあ」
「ああ。若い頃親父がおふくろに一目惚れして、猛アタックしたらしい」
「えっ!そうなの?一目惚れから結婚に漕ぎ着けるなんて、素敵だわ」
「俺にしてみたら、一目惚れより幼馴染の方がよっぽど結婚までは難しいと思うけどね」
ん?どういうこと?と思いながら、朱里はローストビーフを口に運ぶ。
(んー!これ凄く美味しい!)
そう思っていると、瑛がニヤリと笑った。
「俺もそのローストビーフ取ってこようっと」
「え?私、何も言ってないよ?」
「バーカ、何年一緒にいると思ってんだ?お前の考えてることなんて、手に取るように分かる」
うぐっと朱里は返す言葉がなかった。
*****
そろそろ帰ろうか、と瑛の父に声をかけられ、皆で挨拶をして回ることにした。
一人一人に、今夜はこれで失礼いたします。いずれまた、近いうちに…と頭を下げて回るのは、なかなか時間がかかる。
いっそのこと出口で、それでは失礼いたします!と体育会系よろしく叫んだ方が早いのでは?と朱里は思ったが、まあ、そういう訳にはいかない。
ようやく加賀美会長に挨拶を済ませ、これでひと通り大丈夫かな?と思った時、朱里さんと後ろから声をかけられた。
はい、と振り向いた朱里は、至近距離にいた東条に驚いて思わず後ずさる。
が、とっさに足を引いた為、高いヒールを履いた右足首をドレスの中でグキッとひねってしまった。
(痛っ…)
「朱里さん、またお会いする日を楽しみにしています。それから良いお返事も…」
そう言って東条は、朱里に右手を差し出す。
朱里が同じように右手を差し出し握手すると、最後に東条はスッと身をかがめて朱里の手の甲にキスをした。
朱里はすぐさま手を引く。
「それでは、桐生さんも。またご連絡いたします」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
瑛は東条と握手すると、朱里の腰に手を回してグッと抱き寄せた。
「朱里、足首大丈夫か?」
「え?あ、うん」
「無理するな。俺に寄りかかっていいから」
「ありがとう。よく分かったね」
「バーカ。何年一緒にいると思ってんだ?パート2」
ふふっと朱里は笑う。
だが、歩き始めると顔をしかめた。
思ったよりもズキズキと痛みが酷い。
なんとか1階のエントランスまで行き、菊川が開けてくれたドアから車に乗り込む。
「朱里、足見せてみろ」
瑛はすぐさま、朱里の右足首に手を添えた。
「痛っ!」
「ごめん。その様子だとだいぶ痛むだろ?腫れも強くなってる。朱里、うちで手当するから」
「え?いいよ、そんな」
「良くない。一人暮らしの家で階段も上がれないぞ?」
「そんな、大丈夫だって」
だがそのうちに、ズキンズキンとまるで心臓の鼓動のように痛みが強くなってきた。
朱里は顔を歪めてひたすら耐える。
そんな朱里の様子を見て、瑛は屋敷に着くなり朱里を抱き上げて車から降ろした。
そのまま玄関へと向かう。
先に着いていた瑛の両親と、玄関を開けている千代が驚いたようにこちらを見ている。
「ちょ、瑛!下ろして!」
恥ずかしくて必死に下りようとするが、瑛は気にも留めずに玄関を入る。
「まあ!朱里お嬢様、どうかなさいましたか?」
「足首をひねった。千代さん、氷水を」
「はい!ただいま」
瑛はリビングのソファに朱里を下ろした。
「朱里ちゃん、大丈夫?」
瑛の両親も、心配そうに覗き込む。
「大丈夫です。すみません、お騒がせしてしまって…」
「ううん。それより、そんな足では不自由だわ。今夜はここに泊まって」
ええー?と朱里は驚く。
「そんな、大丈夫ですから!」
すると、氷水で冷やしたタオルを瑛が患部に当てる。
「朱里、冷やすぞ」
ウッと朱里は顔をしかめた。
「少し触れただけでもそんなに痛むようなら、しばらくは安静にしないと」
瑛の言葉に両親も頷く。
「そうだよ、朱里ちゃん。無理に歩いて悪化したらいけない」
「それに一人で家にいたら、何かあった時に誰も気付けないわ。朱里ちゃん、しばらくうちに泊まってね。瑛、朱里ちゃんを部屋に運んでちょうだい」
「分かった」
有無を言わさぬ皆の雰囲気に呑まれ、朱里は黙って従うことにした。
瑛が再び朱里を抱き上げて2階へと上がる。
「ごめん、重いよね?」
「まあね」
「ちょっと!普通は否定するもんでしょ?」
瑛は涼しい顔で階段を上がると、以前と同じ部屋に朱里を運び、ベッドに座らせた。
千代がもう一度冷たいタオルで足首を冷やしてくれる。
「まあ、朱里お嬢様。かなり腫れてますわ。湿布を持ってきます」
「ありがとう、千代さん」
瑛が湿布を貼り、テーピングしてくれる。
おかげでかなり痛みも楽になり、朱里はホッとした。
「朱里、明日は会社休め」
「え、でも…。色々進めなきゃいけない案件があるし」
「パソコンを用意するから、ここで作業したらいい。何かあったら電話するから」
「あ、うん…」
確かにこの足では出社する方が迷惑かも、と朱里は頷いた。
千代が新しいパジャマや着替えを用意してくれ、朱里は有り難く使わせてもらった。
洗顔と歯磨きを済ませると、ゆっくりとベッドに戻る。
サイドテーブルで、瑛がノートパソコンをセッティングしていた。
「これで使えると思う。でもくれぐれも無理はするなよ」
「分かった。ありがとう!」
「じゃあ、今夜はゆっくり休め」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
瑛は、ふっと朱里に笑いかけてから部屋を出ていった。
*****
次の日の朝。
千代が部屋に運んでくれた朝食を食べていると、瑛が顔を出した。
「朱里、具合はどうだ?」
「うん。だいぶ良くなったよ。普通にしてたら痛みもないし、ゆっくり歩けば平気」
瑛はベッドに座る朱里の前に跪き、そっと足首を触る。
テーピングテープを外して腫れ具合を確かめると、新しい湿布に取り替えてまたテーピングをする。
「昨日よりは腫れも引いてるな。でももし痛みが強くなってきたら、すぐにおふくろに言えよ。主治医に往診に来てもらうから」
「分かった。ありがとう!お仕事休んじゃってごめんね」
「気にするな。ゆっくり休めよ」
「うん。行ってらっしゃい」
瑛が出かけると、朱里もパソコンを開いてメールをチェックする。
何件か届いている中に、東条からのメールもあった。
夕べ話したマネージャーの件、本気で頼みたい。良い返事を期待している、という内容だった。
うーん…と朱里は腕を組んで考え込む。
初めて東条に会った時、憧れのマエストロに会えたと舞い上がっていたっけ。
サインをもらって嬉しくて、綺麗な額に入れて部屋の壁に大切に飾った。
だが今は、そんな気持ちとは違っている。
(どうしてだろう。もしあの頃に声をかけられていたら、私はマネージャーを喜んで引き受けたのかもしれないのに)
そんなことを思いながら、他のメールもチェックした。
(あれ?長島さんからだ)
兵庫でのコンサートを懐かしく思いながらメールを開く。
読んでいるうちに、朱里は興奮して思わず頬を押さえた。
そこには、かのコンサートが地元の新聞で大きく取り上げられたこと、インターネットでも次々と拡散され、広く賞賛の声が町役場に届いたこと、そして、取り壊される予定の市民会館を、なんとか残せないか?と議論されたことが書かれていた。
コンサートの動画と共にクラウドファンディングを募ったところ、あっという間に目標額に達し、市民会館は取り壊しではなく、耐震工事をして今後も残すことになったと綴られていた。
「嘘!本当に?凄い!」
朱里は飛び上がりたくなるのを堪えて、添付されている動画を開く。
「瑛さーん!朱里さーん!」
あの女の子達が笑顔で手を振っている。
「お二人のおかげで、市民会館は残すことになりました!本当にありがとうございます!先日のコンサートは楽しくて、まるで夢のような1日でした。またいつか、市民会館でコンサートが出来ればいいなと思っています。お二人も、いつでも遊びに来てくださいね!」
最後に声を揃えて、待ってまーす!と手を振る皆に、朱里も思わず手を振る。
「良かった、本当に良かったなあ」
コンサートでの、彼女達の演奏を思い出す。
故郷を大切にし、ここで生まれ育ったことを誇りに思い、心を込めて演奏していた姿。
(なんて素敵な瞬間を共有出来たのだろう。あのコンサートは、きっとあの子達の大きな財産になったのだろうな)
そのお手伝いが出来たことを、朱里も誇らしく思う。
そして、ふと思った。
自分がやりたいことはこれだ、と。
こんなふうに音楽を通して、誰かの何かを手伝っていきたい。
音楽で人と人とを繋ぎ、心を通わせ、明るい幸せの輪を広げられたら…
それはきっと、次の世代の子ども達にも伝わっていく。
自分はそんなお手伝いをしていきたい。
朱里は自分の心に湧き上がってくる想いに、大きく頷いて決心した。
*****
「朱里ちゃーん、具合はどう?」
しばらくパソコン作業をしていると、ノックの音がして瑛の母が顔を覗かせる。
「おば様!だいぶ良くなりました。痛みもほとんどないし」
「そう?良かった。ねえ、少しお茶でも飲まない?」
「あ、はい!」
朱里が移動しなくてもいいように、千代がベッドサイドのテーブルにお茶とケーキを並べてくれた。
「朱里ちゃん、いつも本当にありがとう。瑛が迷惑ばかりかけて、ごめんなさいね」
「え?おば様、何のお話ですか?」
「うーん、色々よ。あの子、朱里ちゃんには何でも話せると思って甘えてるわね。一番大切にしなくてはいけない人は、朱里ちゃんなのに」
ん?と朱里は首をひねる。
「おば様。私、そんなふうに思ってませんよ?瑛はちゃんと私を大切にしてくれています」
まあ!と、瑛の母は目を見開く。
「そうなの?あの子、朱里ちゃんに、大切な人だって言ったの?」
「え?そういう訳ではないですけど。ほら、昨日も私の足首を心配して、テーピングもしてくれたし。まあ、色々口げんかもしますけど、なんだかんだ優しいですよ」
「え…、その程度なの?」
は?と朱里は首をかしげる。
「朱里ちゃん、そんなの人として当たり前よ?優しいとか、大切にしてくれるとか、そんなレベルじゃないわよ?」
「はあ、そうですかね?」
「そうよ!ああ、こんなんじゃだめね。あっという間に他の人に取られちゃうわ。瑛ったらもう!」
「あの、おば様?」
朱里は半分キョトンとしながら、憤慨する瑛の母の様子を見ていた。
*****
夜になり、朱里は帰宅した瑛の手を借りて1階に下りると、皆と一緒にダイニングテーブルで夕食を頂いた。
朱里は改めて、長島から届いたメールの内容を報告する。
「へえー、良かったな!朱里」
「うん!私も本当に嬉しくて。あ、瑛。女の子達が動画を送ってくれたから、あとで見せるね。また遊びに来てくださいって」
「そうかー。また行きたいな」
「うん、私も」
「よし、じゃあ、時間が出来たらまた行こう!」
うん!と朱里は笑顔で頷いた。
それと、と朱里は手を止めて話し出す。
「瑛。私、自分のやりたいこと見つけたの。今のこの活動を続けていきたい。音楽を通じて人と人とを結びつけるこの仕事を、この先もがんばりたい。だから…」
瑛に正面から向き合って告げた。
「東条さんのマネージャーになるお話は、お断りします」
朱里…と瑛が呟く。
「これからも、瑛の仕事のお手伝いをさせてください。大学を卒業したあともずっと。アルバイトでもいいから」
すると、へ?と瑛の父が素っ頓狂な声を上げた。
「アルバイトって…朱里ちゃん?君は4月から、正式なうちの社員になることになってるよ?」
は?と、今度は朱里が変な声を出す。
「え、でも私、就職活動もしてないのに…」
「いや、それはそうだろう。だって朱里ちゃんは、既に我が社の戦力だからね。色々な仕事を抱えてもらってる。逆に、君がいなくなるなんて考えてもみなかったよ。いやー、想像しただけでも怖い。朱里ちゃん、頼むから他に行くなんて言わないでおくれ」
は、はあ、と朱里は拍子抜けする。
「東条さんに、マネージャーになってくれと誘われたのかい?そりゃ、朱里ちゃんなら誘われるだろうなあ。でも朱里ちゃん。どうか我が社に力を貸してくれないかい?このまま、この活動をずっと続けてもらいたいんだ」
「あ、はい。私もずっとこの仕事に携わりたいと思っています。よろしいのでしょうか?」
「よろしいもなにも、是非ともお願いするよ。どうか正式に、4月から桐生ホールディングスの正社員になって欲しい」
朱里は決意を込めて頷いた。
「はい!よろしくお願いいたします」
わあ!と、瑛の母や千代、菊川が拍手する。
「良かったわあ。朱里ちゃん、ありがとう!これからもどうぞよろしくね」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
その場にいる皆が笑顔で喜び合った。
*****
「朱里、本当にいいのか?仕事のこと」
食事のあと、朱里に肩を貸して部屋まで来た瑛が、隣に座って話し出す。
「うん。長島さんからメールもらって、あの子達のこと思い出したら、なんだか腑に落ちたの。私がやりたいのはこれだって。東条さんも素敵な活動をされてると思う。でも私は、マネージャーではなく、架け橋としての仕事をやりたいの。東条さんには、今度お会いした時にきちんと話すね」
そっか、と小さく瑛が呟く。
「朱里。俺さ、ずっと朱里を遠ざけようとしてたんだ。これからは桐生の家から離れた方がいい。朱里にはもっと穏やかな生活を送って欲しいって。でも一緒に仕事をしていくうちに、そんなこと言ってられなくなった。だって朱里はめちゃくちゃ頼りがいがあって、頼もしくて男前で、かっこよくて、仕事が出来る男って感じで」
おい、と朱里は瑛の胸をぺしっと手の甲で叩く。
「ははは!とにかく、俺には朱里が必要なんだ。だから今日の話は本当に嬉しかった。ありがとうな、朱里」
「ふふ、こちらこそ。これからもよろしくね!」
「ああ」
二人は笑顔で微笑み合う。
朱里は心がすっきりと晴れ渡ったように感じた。
47
あなたにおすすめの小説
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
君に何度でも恋をする
明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。
「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」
「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」
そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる