幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい

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初めてのデート

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 次の日。
 会社で普段通りに仕事をしながら、チラリと瑛は隣のデスクの朱里を見る。

 見慣れているはずの朱里が、なんだか少し違った雰囲気に思えてドキドキした。

 夕べあれから、朱里が寝付くまでそばにいて、瑛は自分の屋敷に戻った。

 最後にもう一度、眠っている朱里にそっとキスをしたのは内緒だけれど…。

 そして今日は、屋敷で夕食を食べながら、朱里と一緒に社長に業務報告することになっていた。

 定時で上がり、二人は車に乗り込む。

 運転席の菊川が、バックミラー越しに二人の様子をうかがって声をかけた。

 「朱里さん、何かありましたか?」
 「え?いえ、何も」

 そうですか、と菊川はやや腑に落ちない様子で頷く。

 屋敷に着くと、久しぶりに雅と優も来ていた。

 「あーちゃー!」

 すっかり大きくなった優が駆け寄って朱里に抱きつく。

 「優くん!久しぶり。大きくなったねー」

 朱里は嬉しそうに優を抱き上げた。

 「朱里ちゃん、いらっしゃい」
 「お姉さん!お久しぶりです」
 「最近忙しそうねえ。優が、また朱里ちゃんのヴァイオリン聴きたいって言ってるの。カルテットで演奏する予定はないの?」

 あー…、と朱里は視線を逸らして考える。

 「奏先輩と光一先輩が社会人になったので、あれきり会ってないんですよ。でもまた何かの機会に演奏出来ればいいなと、私も願っています」
 「そうね、是非!楽しみにしてるわ」
 「はい、ありがとうございます」

*****

 「それで来週、和歌山県に下見に行く予定です。コンサートホールと地元の楽団を訪問して、詳しいお話を聞いてきます」
 「分かった。依頼はコンサートホールから頂いたんだっけ?」
 「はい、そうです。子ども達を集めて、生のオーケストラを楽しんでもらいたいと」

 食事をしながら、瑛が社長に説明する。
 朱里も黙って話を聞いていた。

 「じゃあ、いつものように二人に任せるよ。よろしくな」
 「はい」

 朱里と瑛が二人で返事をして、仕事の話は終わった。

 「朱里。ほら、サラダ」

 瑛が朱里の皿に料理を取り分けてくれる。

 「あ、うん。ありがとう」

 すると雅が、ん?と首をひねった。

 「ねえ、さっきから妙にいつもと違う雰囲気なんだけど。あなた達、何かあったの?」

 えっ!いや、何も…と、瑛と朱里は口を揃えてうつむく。

 「やだ!なに?その少女マンガみたいなウブな反応。見てるこっちが恥ずかしくなるわよ」

 何も言えずに赤くなる二人に、隅に控えていた菊川までもが口を開く。

 「お嬢様もそう思われますか?私も先程、車の中でお二人の様子が妙によそよそしくて、気になっておりました」

 ますます固まる二人に、皆は、ははーんとしたり顔になる。

 「えーっと、来週二人で和歌山に行くのね?桐生グループのホテルがあるから、私から予約しておくわ。菊川、あなたは同行しなくていいから」
 「かしこまりました」

 なぜか雅が話題を変えるが、何か思うところがあるらしい口調だった。

 「たまには二人でのんびり楽しんで来なさいね!」

 雅は朱里に、にっこり笑ってそう言った。

*****

 翌週、朱里と瑛は羽田から飛行機で南紀白浜空港へ飛んだ。

 「えーっと、ここから車で30分くらいだって」
 「分かった。タクシーで行こう」

 二人は空港からタクシーで、直接コンサートホールへ向かう。

 そこで今日、地元の楽団がリハーサルをしているとのことで、打ち合わせと下見を兼ねて話をすることになっていた。

 「瑛、海が見えるよ!綺麗だねー」
 「ああ」

 外の景色に釘付けになっているうちに、目的のホールに着いた。

 ロビーで、楽団の事務局長とホールの館長が出迎えてくれる。

 「これはこれは、遠い所をようこそお越しくださいました」
 「初めまして。桐生と申します」

 名刺を交換してから、まずは依頼された経緯について詳しく話を聞く。

 「この辺りもどんどん人口が減ってきまして、コンサートを開いてもなかなか客席が埋まりません。このホールを拠点に活動している地元のオーケストラも、財政難で存続が難しくなってきました。なくなってしまう前に、是非とも子ども達に生のオーケストラを聴いてもらいたいと、今回、桐生ホールディングスさんに依頼させていただいた次第です」
 「なるほど、承知しました。では、この地域の小学生と中学生を招いてのステージですね。せっかくですから、子ども達も参加出来るコーナーを企画してはどうでしょうか?例えば、合唱団とコラボしたり、楽器が出来る子ども達に演奏に加わってもらったり」

 瑛の言葉に、へえーと館長達は頷く。

 「それはよろしいですな。子ども達、いい記念になって喜ぶと思います」
 「そうですね。もしよろしければ学校で子ども達に、どんなことをオーケストラと一緒にやりたいか?と意見を募っていただいてもいいかと思います」
 「分かりました!学校とも連携して企画します。それではホールの中へどうぞ。ちょうどマエストロが指揮を振っておりますので」

 案内されて、瑛は朱里とホールの客席へと入る。

 リハーサル中の楽団の綺麗な響きが、客席の一番うしろまで聴こえてきた。

 客席数は1500席足らずと、そこまで大きなホールではないが、舞台後方席があるのは魅力的だった。

 「瑛。あの舞台の後ろの席で合唱団が歌ったら素敵じゃない?」
 「あー、確かに。いいね」

 朱里は参考にする為、何枚か写真を撮らせてもらった。

 曲が終わったタイミングで、マエストロや楽団員にも挨拶をする。

 「子ども達の為に、心に残る素敵なコンサートにしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」

 瑛と朱里が頭を下げると、皆は拍手をしながら頷いてくれた。

 今後はメールや電話で詳しいやり取りをすることにし、今日のところは引き揚げる。

 二人は、雅が予約した桐生グループのホテルに向かった。

 「瑛様。お待ちしておりました。さあ、どうぞ中へ」

 ロータリーでタクシーを降りるなり、スーツを着た男性が三人ほど近づいてきて頭を下げる。

 トランクに積んでいたキャリーバッグも、気付けばスタッフ達の手によって運ばれていた。

 ホテルのロビーに入り、てっきりフロントで受け付けをするのかと思っていた朱里は、そのままエレベーターで上層階に案内されて戸惑った。

 (な、なんだか大名行列みたいなんだけど…)

 ぞろぞろとスーツの男性やベルボーイに囲まれて廊下を進む。

 「お部屋はこちらでございます。さあ、どうぞ」

 瑛に続いて部屋の中に足を踏み入れた朱里は、驚いて目を見開く。

 貴賓室のようなその部屋は、このホテルで一番豪華で高級な部屋に違いなかった。

 「こちらにコーヒーをご用意しております。どうぞ、おくつろぎください。夕食は、19時にフレンチレストランでご予約いただいておりますが、お変わりございませんか?」

 瑛は苦笑いしつつ、はい、大丈夫ですと答える。

 では何かございましたら、いつでもご連絡を…と言い残して、スタッフ達は部屋を出ていった。

 「姉貴のやつ、夕食の予約まで入れやがって…」
 「そ、それより瑛。こんな豪華なお部屋でいいの?」
 「いいんじゃない?全部姉貴の手配だし。ほら、コーヒー飲もう」
 「う、うん」

 ソファに並んで座り、淹れたての良い香りがするコーヒーを、添えられたお菓子と一緒に味わう。

 「外の景色も綺麗ね」
 「ああ。子どもの頃、何度か来たのは覚えてるけど、随分久しぶりだなあ」

 ひと息ついてから、二人は書類を確認しつつ今後のスケジュールを立てていく。

 その時、朱里のスマートフォンが鳴った。

 「あれ?雅お姉さんからだ」

 なんだろう?と思いながら通話ボタンをタップする。

 「もしもし、お姉さん?」
 「朱里ちゃーん!もうホテルに着いた?」
 「ええ、先程無事に。お姉さん、色々手配ありがとうございました」
 「ううん、いいの。それより朱里ちゃん。クローゼットに私からのプレゼントが入ってるはずだから、ディナーにはそれを着て行ってね」

 え?と朱里が聞き返すと、じゃあね!素敵な夜を、と言って電話は切れた。

 「姉貴、なんだって?」
 「うん。なんかクローゼットにプレゼントが入ってるって。どれだろう?」

 広い部屋をキョロキョロするが、ソファや大きなテーブルがあるだけでクローゼットは見当たらない。

 すると瑛がスタスタと壁際へ行き、ドアを開けた。

 「え、もう一部屋あるの?」
 「ああ。だってここにはベッドがないだろう?」
 「あ、そう言えばそうだね」

 朱里は瑛に続いて隣の部屋へ行く。

 大きなベッドが二つと、壁にはウォークインクローゼットがあった。

 早速クローゼットの中を確認すると、カバー付きのハンガーが二つ掛けられている。

 (これかな?お姉さんの言ってたプレゼントって)

 そう思いながら、カバーのファスナーを下ろす。

 一つはダークネイビーのスーツ。
 そしてもう一つは、ボルドーのロングドレスだった。

 (…は?お姉さん、一体これは…)

 朱里はハンガーからドレスを取り出してぼう然とする。

 身体のラインを拾うようなタイトなそのドレスは、どう考えてもセクシーで大人っぽい雰囲気だ。

 (こ、こんなの恥ずかしくて着られない…)

 今までパーティーで着たドレスは、どれもふんわりとスカートが広がり、胸元もしっかり隠れるデザインのものばかりだった。

 「朱里?どうかした?」

 なかなか出て来ない朱里の様子を気にして、クローゼットに瑛が入って来た。

 「え、えっと、あの…。お姉さんが」

 慌ててドレスを背中に隠し、朱里はスーツを瑛に差し出した。

 「ディナーには、これを着て行ってって」
 「ああ、そうだな。あの店はドレスコードがあるし」

 えっ!と朱里は驚く。
 朱里が持って来た服は、ビジネススーツとちょっとしたよそ行きの私服で、およそフレンチレストランのドレスコードには匹敵しない。

 (と言うことは…。これを着るしかないってこと?)

 「もうすぐ7時だし、そろそろ支度しようか」
 「そ、そ、そうね。じゃあ私、着替えてくるね」

 とにかく一度着てみようと、朱里はそそくさとバスルームに向かった。

 ゆっくりと袖を通してから、鏡に映る自分の姿に朱里は半泣きになる。

 案の定大胆なそのドレスは、胸やウエストのラインもはっきりと分かってしまう。

 少し屈めば胸の谷間も見えてしまいそうだった。

 (ど、どうしよう)

 焦りつつなんとかごまかそうと、朱里は軽くシニヨンにしていた髪を下ろし、サイドから胸の上に流すように左肩の上でゆるく結った。

 (えーっと、あとはウエスト…。あーん、これはもうどうにもならない)

 カーディガンを腰に巻く?いや、そんなのおかしいに決まってる、とブツブツ考えながら、とにかくメイクを少し直す。

 「朱里?支度出来た?」

 ノックの音がして、瑛が声をかけてきた。

 「あ、うん。出来たけど、その、あの…」

 煮え切らない返事を不審に思ったのか、瑛が、入るぞと言いながらドアを開ける。

 ダークネイビーのスーツを着こなした瑛の姿に朱里が驚いて見とれていると、朱里の何倍もの驚きを隠さず、瑛が固まって目を見開いた。

 「あ、あの…。どうしよう、私。別の服に着替えた方がいいよね?」

 自信なさげに朱里が小さくそう言うと、瑛はハッと我に返る。

 「いや、そのままでいい。行こう」

 そう言って朱里の肩を抱いて歩き出す。

 あー、せめてショールでもあれば腕に掛けて腰のラインを隠せたのに…と朱里がまだブツブツ考えていると、部屋を出たところで瑛が朱里の腰に腕を回した。

 「…朱里、ウエスト細いんだな」

 触られているだけでも恥ずかしいのに、そんなセリフまで言われて、朱里はもう耳まで真っ赤になって絶句する。

 「これはちょっと、他のヤローには見せられない。個室にしてもらおう」

 だが雅は最初からそのつもりで予約してくれたらしく、何も言わなくても個室に案内された。

 席に着くと、ようやく朱里はホッとする。

 (ふう、これでとりあえず腰から下は見られないわよね)

 キャンドルが灯されたテーブルには、真っ白なクロスとオシャレな形に整えられたナフキン。

 洗練された部屋の雰囲気と、見慣れない紳士的な瑛の装いに、朱里の頬は既にお酒でも飲んだかのように赤く染まっていた。

 「朱里。何が食べたい?」

 メニューを見ながら瑛が聞く。

 「え、あの、瑛にお任せします」
 「じゃあ、ビーフのコースでいい?ステーキ食べたいだろ?」

 そう言って、瑛はいたずらっぽく笑う。

 いつもなら、もう何よ!と言い返すところだったが、朱里は照れて、うん、と小さく頷いた。

 「朱里…、ちょっ、その、可愛いのやめてくれる?」
 「え?何が?」
 「いや、だからその…。困るんだ、可愛すぎるから」
 「そ、そんなこと言われても…」

 朱里はますます赤くなる。

 するとタイミング良く、スタッフがオーダーを取りに来た。

 瑛がメニューを見ながら注文し、お酒は飲みやすいシャンパンを…と頼む。

 うやうやしく頭を下げてスタッフが退室すると、また部屋は二人きりになり静まり返った。

 「えっと、朱里」
 「はい。なあに?」
 「あの…、そうだ!明日、どこか行きたい所あるか?飛行機は遅い時間だから、観光してから帰ろう」
 「本当?いいの?」

 朱里の顔がパッと明るくなったのを見て、瑛は微笑んだ。

 「ああ。どこでも朱里の好きな所に行こう」
 「そしたらね、アニマルワールドに行きたい」
 「いいよ、そうしよう」
 「やったー!楽しみ」

 朱里がふふっと笑い、瑛も嬉しくなる。

 程なくして運ばれてきたシャンパンで乾杯し、美味しいフレンチを堪能してから部屋に戻る。

 すぐさま着替えようとする朱里を、瑛が止めた。

 「ちょっと待って、朱里」
 「え、何が?」
 「あの、そんなにすぐに着替えなくても…」
 「だって恥ずかしいんだもん」
 「いや、せめてソファでお茶飲むだけでも」

 とその時、ピンポーンと部屋のチャイムが鳴った。

 「あれ?誰だろ」

 瑛がドアを開ける。

 「夜分に失礼いたします。瑛様、この度は誠におめでとうございます。いやー、あんなに小さかった瑛坊ちゃまが、こんな日を迎えられるとは…。嬉しい限りでございます。こちらは当ホテルから、ささやかながらのお祝いでございます。どうぞお二人でお召し上がりくださいませ。それでは、失礼いたします」

 黒いスーツを着た50代くらいの男性が、ワゴンを押しながら入って来たかと思うと、ダーッとしゃべってまた出ていった。

 二人はしばしポカンとする。

 「あの方どなたなの?」
 「昔、副総支配人だった人で、今はこのホテルの総支配人なんだ」
 「ふうん…。なんだか感慨深そうだったけど、何のことなの?こんな日を迎えられるとはって」
 「さあ、俺にもさっぱり」

 朱里はドレスを着替えたかったことも忘れて、ワゴンに近付く。

 大きなトレイの上のシルバーのフタをそっと開けてみた。

 「わあ!」

 イチゴと生クリームのホールケーキ、赤いバラのフラワーアレンジメント、そして小さなカードが添えられていた。

 瑛がカードを開いて読む。

 「ご婚約、誠におめでとうございます?!え、どういうこと?」

 二人で顔を見合わせる。
 だが、思い当たる事は一つしかなかった。

 「姉貴のやつ…。何を勘違いしてるんだか」

 瑛はため息をついたが、朱里はケーキに目が釘付けだった。

 「瑛、このケーキ食べてもいい?」
 「ん?ああ、もちろん。今、紅茶淹れるよ」

 朱里がソファテーブルにケーキを置き、瑛がティーカップを並べる。

 二人は並んでソファに座り、美味しいケーキを味わった。

 「でも、良かったのかな?食べちゃって」

 ペロリとケーキを食べたあと、紅茶を飲みながら朱里が言う。

 「え?どういうこと?」
 「だって、婚約なんて誤解なのに。違いますってお返しした方が良かったんじゃない?」
 「でも、返されても困るだけだろ?」
 「そうだけど。食べちゃったら認めることになるんじゃない?婚約しましたって」
 「ああ、そうか。まあ、いいんじゃない?いずれそうなるんだから、嘘じゃないし」

 え…と朱里は戸惑う。

 「い、いずれ、そうなるの?あの、その…」
 「ん?朱里、照れてるの?」
 「いや、だって。まだ私達、そ、そんなに深い仲じゃないし…」

 ガチャリと瑛がティーカップを落としそうになる。

 「あの…、朱里?もしかして、煽ってる?その、そうなりたいって…」

 え?と首をかしげて考えてから、朱里は一気に顔を赤らめる。

 「ち、ち、違うの!そういう意味じゃなくて!全然!全くそんなことないから!」
 「そんな全力で否定されると…。それはそれで悲しくなるな」
 「えっと、瑛?」

 うつむく瑛を、朱里が心配そうに覗き込む。
 瑛は、ふっと頬を緩めた。

 「大丈夫。朱里のこと大切にするから。心配しないで」

 朱里が笑顔で、うん!と頷くと、瑛はちょっと苦笑いした。

 「でもその可愛さには負ける。それとその大胆なドレス姿も。朱里、カップ置いて」

 朱里がティーカップをテーブルに置くと、瑛はグッと朱里を抱き寄せた。

 「未来の俺の婚約者さん。今はせめてキスさせて」

 そう言って朱里の肩を抱き、深く口づける。

 角度を変えて何度も落とされるキスに、うっとりと朱里の身体から力が抜けていく。

 瑛はそんな朱里を強く胸に抱き締めた。
 頭をなでながら耳元で囁く。

 「朱里。俺は朱里が大好きだ。いつか必ずプロポーズするから、待ってて欲しい」

 朱里は頬を染めて頷く。

 「うん。私も瑛が大好きよ。ずっと瑛だけを想いながら待ってるね」

 瑛は身体を離し、朱里と見つめ合って微笑んでからもう一度優しくキスをした。

*****

 「瑛、見て見て!パンダだよ、可愛いー」

 良く晴れた次の日。
 二人は朝からアニマルワールドに来ていた。

 朱里は目を輝かせて、瑛の手を引っ張る。

 「コロンってしてる。可愛いなあ」

 まだ子どものパンダが、ツリーハウスに登ろうと足を踏ん張っていた。

 「お尻フリフリだね。がんばれー」

 ようやく上の段によじ登ったパンダに、朱里はやったー!とはしゃぐ。

 瑛はパンダよりも、朱里ばかり見ていた。

 (ほんと、可愛いなあ)

 子どもの頃にもこんなふうによく一緒に出かけたが、今日の二人は違う。

 互いの手をしっかり握り、微笑み合って初めてのデートを楽しんでいた。

 パンダの顔のハンバーガーを食べたり、イルカやペンギンなど海の生き物を観たり。

 午後はトラムツアーで広い園内を回った。

 「あ、アルパカだ!あの、のほほんとした顔、瑛にそっくりだね!」
 「おい」

 真顔になる瑛に、朱里はさらに楽しそうに笑う。

 お土産コーナーでパンダのぬいぐるみやアルパカのキーホルダーなど、たくさん買い込んでから、満面の笑みで空港に向かう。

 飛行機の窓から遠ざかる和歌山の景色を眺め、しみじみと朱里が言った。

 「素敵な1日だったな。瑛と友達だった時は、ただただ楽しかったけど、恋人になってからはもっと楽しくて、さらに幸せ」

 瑛はふっと微笑むと、朱里の頭を自分の肩にもたれさせ、髪にそっとキスをする。

 「朱里のこと、これからも、もっともっと幸せにするから」
 「うん!私も。瑛のこと幸せにする」

 二人は大切な思い出とたくさんの幸せを胸に抱えて、窓の外の綺麗な景色を眺めていた。
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