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第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー7 リーダー
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白と木目の清潔な館内に生き残った9人の間の緊張をアッバースは如実に感じ取る。部屋ごとの反目と疑惑。殺す者への恐怖、殺される恐怖。
その中で生き延びるために踏みにじらなければならないものー
気づかないふりで明るくふるまう。いつもの能天気さー実際あきれられるほど自分は能天気だーのふりで笑い、満遍なく声をかける。
モデルはスティーブンだ。
太陽のような男。多種多様な人間を惹きつけまとめられるリーダーをアッバースは彼しか知らない。
(あいつだったらこんな時どうした?)
つい考えてしまう。
クラスの連中は「本物」のスティーブンを知っている。その前でまがい物を演じるのはお笑い草、とんだ道化ではないか。
「え? 君は君だよ。全然スティーブンには見えない」
胸の内を発露したアッバースにナラヤンの言葉はあっけなかった。
広間のカーペットの上にクッションを並べて座る。奥で洗濯物を畳むラジューと女子棟への通路を監視しつつ、左手向こうには他の4号室の住人ー「人狼」スディープにイジャイとルチアーノがテーブル回りに座るのも目に入れつつだ。
「ぼくだって同じだ」
ナラヤンが続ける。
「スティーブンだったらどうするだろう。何を選んでどう決断するのかってずっと考えてる。だけど、あいつみたいには落ち着けない」
駄目だなあとぼやく。
「あいつ結構慌てる時あるだろ?」
「だけどさ、腹の底っていうか芯が動いていない感じ。だから後に持ち越さない」
「ならわかる」
大きく頷く。
「ぼくはスティーブンの猿真似をしているように見えてる?」
「いいや。お前はお前だ」
ふっと漏れた笑いに体が少しだけ弛む。
隣でナラヤンも唇に綺麗なカーブを作って微笑んだ。端正な顔での笑顔に彼らしい慎ましさが滲む。
ここにスティーブンがいれば完璧だった。
我が家のリーダーといえば父だろう。
共和国記念日の前だったからちょうど去年の今頃、アッバースの前に父は店の帳簿を広げた。
『来年は十年生で共通試験の年だ。そろそろ将来のことも考えるだろう』
小さなスニーカー屋で家族を養うのは大変だと父は説いた。
『たまたまお前の出来が良くて助かっているが、お前の子どももそうとは限らない。……おれの遺伝が出るかもしれんしな』
頭をかいた父の顔が思い出される。
子どもに思うような教育を与えてやれず、おもちゃもクリケットバットも今時常識のパソコンも満足には買ってやれない。親としてそれがどれだけ辛いか。
アッバースは成績がいいのだから店を継ぐことにこだわらなくていい。
『俺っ……靴屋……成れないの……?』
『兄ちゃんをいじめるな!』
すぐ下の弟が飛び込んできて自分が泣いていることに気がついた。
階段を降りて店を覗き、商品を手にうれしそうなお客さんを見るのが好きだった。将来はこの笑顔をたくさん見るんだと想像していた。
『僕が仕事に就けないとか思ってんだろ? 頑張って仕事は探すから! だからお店は兄ちゃんにあげてよ!』
怒鳴る弟の剣幕に、
『継いじゃ駄目だって訳じゃないんだが……』
父がぼそぼそと言う間にも鼻をすすっていた。いい年をしてそれくらいで泣くなどみっともない。思い出せば気恥ずかしい。
耐えられなかったのは、仕入れと売上、1階が店で2階が住居の貸家での生活コストを見せられれば余裕がないのがよくわかったからだ。父の言い分が染みるように伝わって、だからこそ追い詰められた。
父はひとり仕事だが、母や自分たち家族をまとめるという意味でやはりすごいリーダーだと思う。その後父は、実態を見るのが一番だと寮から帰る週末や長い休みに仕事を手伝わせてくれるようになった。
『Eコマースとかいいビジネスチャンスになりそうだけど』
『ネット通販はそう儲けは出ないぞ。組合でもほとんど手を引いた。今度その話も聞きに行くか』
『うん! たださ、俺が継ぐ頃までにITも技術もどれだけ進歩すると思う?』
十年前、AIがこれだけ普通の人に使われると考えただろうか。
『それはそうだ』
笑いながら話せるようになった。
実際の仕事を見れば店を継ぎたい思いはより増した。
収入アップは必要不可欠、祖父の頃普通の靴屋だったのを父がスニーカー屋にしたように自分もチャレンジして必ず店を繁盛させる!
「やべ……。我が家のリーダーは親父だなって思ったらホームシック来ちまった」
あの店に帰ってお客さんの笑顔を見る。親父とお袋と弟たちとー
「お前んとこの親父さんは会社勤めだよな。だったらホントにリーダーじゃねえのか?」
「仕事場での父さんがどうかなんてわからないよ」
素っ気ない。会社員と自宅併設の店との違いか。
「今日の投票はラジューとスディープ、どちら優先とかあるのか」
自分にはわからないとナラヤンに振る。
「ラジューかな。あいつの部屋は人狼と漂泊者で証言が信用できない」
スレーシュがふたりを縛り、殺された後ヴィノードがラジューを捕縛し直したとの言い分も信じられない。
「その点ナイナは村人だから」
部屋での出来事は同室者にしかわからないのはニルマラ殺しも同じだが、生き残ったナイナには占い結果が出ている。
アッバースは同意した。
「ナイナがニルマラを殺すのは無理だろうしな。昨日踊った時のニルマラのジャンプ、覚えてるか?」
「いやそこまでは」
「ダンスであれだけ鍛えていたら体力も違う」
ナイナはニルマラには力負けするだろう。
「やはり人狼は男だな」
「だがうちの部屋に隠し通路の類はなかった」
ベッドの下に潜ったり移動させて壁との間をチェックし、クローゼットの中に頭を突っ込んで確認した。
「外からの封鎖も無意味だった」
テーブル以外にも椅子をかませたりとナラヤンは工夫してアッバースたちの4号室とラジューがいる2階5号室前にバリケードを作ったが、朝には双方どかされていたという。
「……ハルジートとサントーシュとカマリを殺したのは誰だと思ってる?」
3日目の夜までの犠牲者についてだ。
スレーシュは人狼に殺されたのだから人狼ではない。夜ラジューが外に出ていたとしても嘘で庇う理由がない。そしてもうひとりの人狼はどの部屋から来たのか?
ナラヤンはこちらを見て、
「お前の言うことは信じられる。だったら……睡眠ガスか何かが使われたのかもしれない」
5号室ならスティーブンやスレーシュら、4号室の自分たちは強制的に寝かされて人狼の部屋出入りに気づかなかったのではないかというのだ。
「そっちか。その発想はなかったわ」
「夕めし何作るんだ」
聞けばナラヤンの眉はぴくりと動いた。朝昼の調理がこたえているらしい。
「今夜もダル」
朝と違い玉ねぎとトマトベースだ。女子棟巡回で、
「ナイナ様のご指導を賜った」
とうめく。
「ある意味こっちと同じか」
ノンベジはシャキーラが残したマサラを使いやはり玉ねぎ・トマトベースで煮込む。
「レシピの肝は骨付きってとこ」
アッバースはナラヤンの耳元にささやいた。
その中で生き延びるために踏みにじらなければならないものー
気づかないふりで明るくふるまう。いつもの能天気さー実際あきれられるほど自分は能天気だーのふりで笑い、満遍なく声をかける。
モデルはスティーブンだ。
太陽のような男。多種多様な人間を惹きつけまとめられるリーダーをアッバースは彼しか知らない。
(あいつだったらこんな時どうした?)
つい考えてしまう。
クラスの連中は「本物」のスティーブンを知っている。その前でまがい物を演じるのはお笑い草、とんだ道化ではないか。
「え? 君は君だよ。全然スティーブンには見えない」
胸の内を発露したアッバースにナラヤンの言葉はあっけなかった。
広間のカーペットの上にクッションを並べて座る。奥で洗濯物を畳むラジューと女子棟への通路を監視しつつ、左手向こうには他の4号室の住人ー「人狼」スディープにイジャイとルチアーノがテーブル回りに座るのも目に入れつつだ。
「ぼくだって同じだ」
ナラヤンが続ける。
「スティーブンだったらどうするだろう。何を選んでどう決断するのかってずっと考えてる。だけど、あいつみたいには落ち着けない」
駄目だなあとぼやく。
「あいつ結構慌てる時あるだろ?」
「だけどさ、腹の底っていうか芯が動いていない感じ。だから後に持ち越さない」
「ならわかる」
大きく頷く。
「ぼくはスティーブンの猿真似をしているように見えてる?」
「いいや。お前はお前だ」
ふっと漏れた笑いに体が少しだけ弛む。
隣でナラヤンも唇に綺麗なカーブを作って微笑んだ。端正な顔での笑顔に彼らしい慎ましさが滲む。
ここにスティーブンがいれば完璧だった。
我が家のリーダーといえば父だろう。
共和国記念日の前だったからちょうど去年の今頃、アッバースの前に父は店の帳簿を広げた。
『来年は十年生で共通試験の年だ。そろそろ将来のことも考えるだろう』
小さなスニーカー屋で家族を養うのは大変だと父は説いた。
『たまたまお前の出来が良くて助かっているが、お前の子どももそうとは限らない。……おれの遺伝が出るかもしれんしな』
頭をかいた父の顔が思い出される。
子どもに思うような教育を与えてやれず、おもちゃもクリケットバットも今時常識のパソコンも満足には買ってやれない。親としてそれがどれだけ辛いか。
アッバースは成績がいいのだから店を継ぐことにこだわらなくていい。
『俺っ……靴屋……成れないの……?』
『兄ちゃんをいじめるな!』
すぐ下の弟が飛び込んできて自分が泣いていることに気がついた。
階段を降りて店を覗き、商品を手にうれしそうなお客さんを見るのが好きだった。将来はこの笑顔をたくさん見るんだと想像していた。
『僕が仕事に就けないとか思ってんだろ? 頑張って仕事は探すから! だからお店は兄ちゃんにあげてよ!』
怒鳴る弟の剣幕に、
『継いじゃ駄目だって訳じゃないんだが……』
父がぼそぼそと言う間にも鼻をすすっていた。いい年をしてそれくらいで泣くなどみっともない。思い出せば気恥ずかしい。
耐えられなかったのは、仕入れと売上、1階が店で2階が住居の貸家での生活コストを見せられれば余裕がないのがよくわかったからだ。父の言い分が染みるように伝わって、だからこそ追い詰められた。
父はひとり仕事だが、母や自分たち家族をまとめるという意味でやはりすごいリーダーだと思う。その後父は、実態を見るのが一番だと寮から帰る週末や長い休みに仕事を手伝わせてくれるようになった。
『Eコマースとかいいビジネスチャンスになりそうだけど』
『ネット通販はそう儲けは出ないぞ。組合でもほとんど手を引いた。今度その話も聞きに行くか』
『うん! たださ、俺が継ぐ頃までにITも技術もどれだけ進歩すると思う?』
十年前、AIがこれだけ普通の人に使われると考えただろうか。
『それはそうだ』
笑いながら話せるようになった。
実際の仕事を見れば店を継ぎたい思いはより増した。
収入アップは必要不可欠、祖父の頃普通の靴屋だったのを父がスニーカー屋にしたように自分もチャレンジして必ず店を繁盛させる!
「やべ……。我が家のリーダーは親父だなって思ったらホームシック来ちまった」
あの店に帰ってお客さんの笑顔を見る。親父とお袋と弟たちとー
「お前んとこの親父さんは会社勤めだよな。だったらホントにリーダーじゃねえのか?」
「仕事場での父さんがどうかなんてわからないよ」
素っ気ない。会社員と自宅併設の店との違いか。
「今日の投票はラジューとスディープ、どちら優先とかあるのか」
自分にはわからないとナラヤンに振る。
「ラジューかな。あいつの部屋は人狼と漂泊者で証言が信用できない」
スレーシュがふたりを縛り、殺された後ヴィノードがラジューを捕縛し直したとの言い分も信じられない。
「その点ナイナは村人だから」
部屋での出来事は同室者にしかわからないのはニルマラ殺しも同じだが、生き残ったナイナには占い結果が出ている。
アッバースは同意した。
「ナイナがニルマラを殺すのは無理だろうしな。昨日踊った時のニルマラのジャンプ、覚えてるか?」
「いやそこまでは」
「ダンスであれだけ鍛えていたら体力も違う」
ナイナはニルマラには力負けするだろう。
「やはり人狼は男だな」
「だがうちの部屋に隠し通路の類はなかった」
ベッドの下に潜ったり移動させて壁との間をチェックし、クローゼットの中に頭を突っ込んで確認した。
「外からの封鎖も無意味だった」
テーブル以外にも椅子をかませたりとナラヤンは工夫してアッバースたちの4号室とラジューがいる2階5号室前にバリケードを作ったが、朝には双方どかされていたという。
「……ハルジートとサントーシュとカマリを殺したのは誰だと思ってる?」
3日目の夜までの犠牲者についてだ。
スレーシュは人狼に殺されたのだから人狼ではない。夜ラジューが外に出ていたとしても嘘で庇う理由がない。そしてもうひとりの人狼はどの部屋から来たのか?
ナラヤンはこちらを見て、
「お前の言うことは信じられる。だったら……睡眠ガスか何かが使われたのかもしれない」
5号室ならスティーブンやスレーシュら、4号室の自分たちは強制的に寝かされて人狼の部屋出入りに気づかなかったのではないかというのだ。
「そっちか。その発想はなかったわ」
「夕めし何作るんだ」
聞けばナラヤンの眉はぴくりと動いた。朝昼の調理がこたえているらしい。
「今夜もダル」
朝と違い玉ねぎとトマトベースだ。女子棟巡回で、
「ナイナ様のご指導を賜った」
とうめく。
「ある意味こっちと同じか」
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