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第7章 旅立ち
7ー11 人狼たちの時間7(6日目)
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〈6日目〉
『最後の日のぼくのぶざまさは君たちが見た通りだ。人狼しか知らないことは……ヴィノードのことくらいだろう』
頬杖を付いて動画を見ていたヴィノードが瞬きをした。
遡って3日目の夜だったろうか。
「いざという時の投票目標を選んでおかねえか?」
ダウドが提案した。
「この中の誰かに票が集まりそうになったり逆に話がまとまらなくて、票が割れて少ない票数で処刑されそうな日に……。おれたちは3票、バーラムとニルマラも入れれば5票まとめられる」
会議の場では相談出来ないから決めておきたいという。
「それまずくない? 私たちが仲間だってばれちゃうよ」
「ヴィノードはどうかな」
名前を出したのはナラヤンだ。
「あいつなら他にも反感を持つ奴がいる。票も入るだろう」
「ラジューの方がよくねえか?」
とはダウド。
「あからさま過ぎる」
ナラヤンは顔をしかめナイナも、
「ラジューは難しいよ。あの子がいなくなったら誰が私たちの世話をするの? 皆それは考えるでしょ」
『最後の会議、1回目の投票でナイナがヴィノードに入れたのはこのことと、人狼だとばれたぼくと同じスディープに入れるのを避けて身を守ろうとしたんだと思う』
ナラヤンはヴィノードに罠もかけていた。
スレーシュの返り血を浴びたコートは、バーラムが抜けもう誰も文句を言わないひとりの自室に持ち帰った。昼過ぎに隙を見て階段踊り場から上に放り投げ、
『漂泊者へ 隠せ!』
とレトルトカレーの箱裏にナイフで切り込んだ英語のメモを付けた。
男子棟2階を使うのはもうヴィノードとラジューだけで、ラジューが中央棟や女子棟にいる時間を見計らえば作業出来る。
この日の投票で処刑する第一目標はラジュー、次点がスディープだったが、数の上では村人でも人殺しの人狼を手伝ったと主張すればヴィノードにも票を集められる。
スケープゴートは多ければ多いほどいい。
『思ったんだが結局ラジューの方に利用されてしまった』
彼は水場に近い隠し扉からしばしば2階に上がりモニターで「プレイヤー」の動向を確認していたらしい。
『素人のぼくたちじゃかなわない訳だ』
とナラヤンは居ずまいを正す。
『カルマ・ヨーガっていうのは私心を入れず、結果を求めず神様への捧げ物として行動すること。もっと言うなら自分は空になって神様の道具として使っていただく。その時は悪いカルマも良いカルマも生じない』
行動そのものを修行にするヒンドゥーの道のひとつだールチアーノやアッバースたちヒンドゥー教徒以外に向けて説明する。
この国で育てばある程度は知っているが。
『tasmàd ajñana-sambhutam hit-stham jñanasinatmanah
chittoainam samsayam yogam atisthottistha bharata
(それ故、知識の剣により、無知から生じた、自己の心にある疑惑を断ち、〔行為の〕ヨーガに依拠せよ。立ち上がれ、アルジュナ。(バガヴァッド・ギーター4.42)) 』
荒野を渡り恵みの雨をもたらす雲を呼び風が流れる。
そのように伸びやかでかつ正確な抑揚の詠唱が画面のこちらに響く。
ナラヤンのサンスクリット詠みはいつも美しい。
『ぼくは自分が助かりたいのもあったけれど、同じ人狼陣営ーバーラム、ダウド、何よりもナイナやコマラ、ミナ、ニルマラと言った女の人たちを助けるために毎夜「人狼の仕事」を神様に捧げているつもりでいた。アルジュナ気取りで剣をふるって』
苦く笑う。
『mayisarvanikarmanisannyasyadhyatma-cetasa
nirãsir nirmamo bhutoà yudhyasa vigata-joarah
(すべての行為を私のうちに放擲し、自己(アートマン)に関することを考察して、願望なく、「私のもの」という思いなく、苦熱を離れて戦え。(バガヴァッド・ギータ3.30)) 』
ナラヤンは伏せ気味だった顔を戻し視線を真っ直ぐこちらに注ぐ。
『だけど話してきた通りぼくは殺すことに捉われていった。クラスメートの命を奪うのは苦しかった。一方で生殺与奪の権を持つ優越感に高揚し、征服欲を満たし万能感に酔いだしたのも確かだ。最低限に殺すのではなく人狼の勝利のため早くたくさん殺そうと貪欲になった。
自分ではそれに気付いていなくて、毎晩部屋を出る前には祈り、戻ってからもその日の「成功」と手をかけた相手のよりよき転生を祈念してマントラを唱えていた』
全てが終わり、捕縛され警察の車に乗っていて思い出した。
『サントーシュにぼくだと気付かれたかもしれなかった瞬間。ラジューの部屋のドアが開かなかった時。カマラは突然包丁で襲ってきて、ニルマラに蹴り飛ばされ……一番危険だったのはスレーシュに面を取られそうになった時だ』
運がよければ神様のご加護だと喜んだ。だが苦境では名を呼ぼうともしなかった。
思い出しもしなかった。
神様は、ナラヤンの頭にも心にもどこにもいなかった。
『これは行為のヨーガではない』
諦観のこもった視線が画面を泳ぐ。
『ぼくはただの人殺しだ』
そう理解して警察の取り調べには全面的な協力を心がけた。
『アッバースを犠牲にすることも仕方がないとぼくは思っていた。手にはかけたくないからむしろ投票で殺されてくれと願った。なのにアッバースはぼくが人殺しなのを知っていて、それでも生かそうとしてくれた』
アッバースとルチアーノはクラスメートを守って大人たちとも勇敢に戦い、イジャイは奴らから与えられた「切り札」を連中に向けてそこに加わった。ヴィノードも女子を守り、スディープは小さなことへの気づきからラジューの正体に迫った。
アディティは体調が優れないにも関わらず首輪の針を防ぐ方法を考え広めた。
バーラムはダウドを献身的に看病し、犬に噛まれても助けを求めシャキーラと共に見知らぬ土地を何時間も歩いた。そのシャキーラがたどった方向をよく覚えていたことが監禁場所を特定しより早い警察の救助に導いた。
そしてその礎にはクラスの団結を促し、細かいことにも気を配ってとにかく生き延びようと訴えたスティーブンの姿があった。
困ったように頭を掻くアッバースを見据えたようにナラヤンが言う。
『神様の行動をしたのは皆の方だ』
<注>
・サンスクリット 南アジアにて古代より使われた言語。ヒンドゥー教聖典及び仏典の一部などに使用された。現在もヒンドゥー教の典礼言語として使われ、インド憲法による22の指定言語にも入っている。漢字表記では「梵語」
・バガヴァッド・ギーターはまさに戦争が始まろうとした時、武人のアルジュナが敵方に親戚や恩師を見て戦えないとクリシュナに訴えるところから始まります。対してクリシュナが武士として自分のなすべきことを行え、と信仰の真髄を授け、最後納得したアルジュナは戦場に復帰します。
(つまりナラヤンは自らをアルジュナに見立て神の意志に従って殺していると考えた)
※バガヴァッド・ギーターのサンスクリット表記はサイト「Bhagavad-gita.org」より引用しました。なお前出岩波文庫より引用の日本語文の傍点は筆者によるものです。
『最後の日のぼくのぶざまさは君たちが見た通りだ。人狼しか知らないことは……ヴィノードのことくらいだろう』
頬杖を付いて動画を見ていたヴィノードが瞬きをした。
遡って3日目の夜だったろうか。
「いざという時の投票目標を選んでおかねえか?」
ダウドが提案した。
「この中の誰かに票が集まりそうになったり逆に話がまとまらなくて、票が割れて少ない票数で処刑されそうな日に……。おれたちは3票、バーラムとニルマラも入れれば5票まとめられる」
会議の場では相談出来ないから決めておきたいという。
「それまずくない? 私たちが仲間だってばれちゃうよ」
「ヴィノードはどうかな」
名前を出したのはナラヤンだ。
「あいつなら他にも反感を持つ奴がいる。票も入るだろう」
「ラジューの方がよくねえか?」
とはダウド。
「あからさま過ぎる」
ナラヤンは顔をしかめナイナも、
「ラジューは難しいよ。あの子がいなくなったら誰が私たちの世話をするの? 皆それは考えるでしょ」
『最後の会議、1回目の投票でナイナがヴィノードに入れたのはこのことと、人狼だとばれたぼくと同じスディープに入れるのを避けて身を守ろうとしたんだと思う』
ナラヤンはヴィノードに罠もかけていた。
スレーシュの返り血を浴びたコートは、バーラムが抜けもう誰も文句を言わないひとりの自室に持ち帰った。昼過ぎに隙を見て階段踊り場から上に放り投げ、
『漂泊者へ 隠せ!』
とレトルトカレーの箱裏にナイフで切り込んだ英語のメモを付けた。
男子棟2階を使うのはもうヴィノードとラジューだけで、ラジューが中央棟や女子棟にいる時間を見計らえば作業出来る。
この日の投票で処刑する第一目標はラジュー、次点がスディープだったが、数の上では村人でも人殺しの人狼を手伝ったと主張すればヴィノードにも票を集められる。
スケープゴートは多ければ多いほどいい。
『思ったんだが結局ラジューの方に利用されてしまった』
彼は水場に近い隠し扉からしばしば2階に上がりモニターで「プレイヤー」の動向を確認していたらしい。
『素人のぼくたちじゃかなわない訳だ』
とナラヤンは居ずまいを正す。
『カルマ・ヨーガっていうのは私心を入れず、結果を求めず神様への捧げ物として行動すること。もっと言うなら自分は空になって神様の道具として使っていただく。その時は悪いカルマも良いカルマも生じない』
行動そのものを修行にするヒンドゥーの道のひとつだールチアーノやアッバースたちヒンドゥー教徒以外に向けて説明する。
この国で育てばある程度は知っているが。
『tasmàd ajñana-sambhutam hit-stham jñanasinatmanah
chittoainam samsayam yogam atisthottistha bharata
(それ故、知識の剣により、無知から生じた、自己の心にある疑惑を断ち、〔行為の〕ヨーガに依拠せよ。立ち上がれ、アルジュナ。(バガヴァッド・ギーター4.42)) 』
荒野を渡り恵みの雨をもたらす雲を呼び風が流れる。
そのように伸びやかでかつ正確な抑揚の詠唱が画面のこちらに響く。
ナラヤンのサンスクリット詠みはいつも美しい。
『ぼくは自分が助かりたいのもあったけれど、同じ人狼陣営ーバーラム、ダウド、何よりもナイナやコマラ、ミナ、ニルマラと言った女の人たちを助けるために毎夜「人狼の仕事」を神様に捧げているつもりでいた。アルジュナ気取りで剣をふるって』
苦く笑う。
『mayisarvanikarmanisannyasyadhyatma-cetasa
nirãsir nirmamo bhutoà yudhyasa vigata-joarah
(すべての行為を私のうちに放擲し、自己(アートマン)に関することを考察して、願望なく、「私のもの」という思いなく、苦熱を離れて戦え。(バガヴァッド・ギータ3.30)) 』
ナラヤンは伏せ気味だった顔を戻し視線を真っ直ぐこちらに注ぐ。
『だけど話してきた通りぼくは殺すことに捉われていった。クラスメートの命を奪うのは苦しかった。一方で生殺与奪の権を持つ優越感に高揚し、征服欲を満たし万能感に酔いだしたのも確かだ。最低限に殺すのではなく人狼の勝利のため早くたくさん殺そうと貪欲になった。
自分ではそれに気付いていなくて、毎晩部屋を出る前には祈り、戻ってからもその日の「成功」と手をかけた相手のよりよき転生を祈念してマントラを唱えていた』
全てが終わり、捕縛され警察の車に乗っていて思い出した。
『サントーシュにぼくだと気付かれたかもしれなかった瞬間。ラジューの部屋のドアが開かなかった時。カマラは突然包丁で襲ってきて、ニルマラに蹴り飛ばされ……一番危険だったのはスレーシュに面を取られそうになった時だ』
運がよければ神様のご加護だと喜んだ。だが苦境では名を呼ぼうともしなかった。
思い出しもしなかった。
神様は、ナラヤンの頭にも心にもどこにもいなかった。
『これは行為のヨーガではない』
諦観のこもった視線が画面を泳ぐ。
『ぼくはただの人殺しだ』
そう理解して警察の取り調べには全面的な協力を心がけた。
『アッバースを犠牲にすることも仕方がないとぼくは思っていた。手にはかけたくないからむしろ投票で殺されてくれと願った。なのにアッバースはぼくが人殺しなのを知っていて、それでも生かそうとしてくれた』
アッバースとルチアーノはクラスメートを守って大人たちとも勇敢に戦い、イジャイは奴らから与えられた「切り札」を連中に向けてそこに加わった。ヴィノードも女子を守り、スディープは小さなことへの気づきからラジューの正体に迫った。
アディティは体調が優れないにも関わらず首輪の針を防ぐ方法を考え広めた。
バーラムはダウドを献身的に看病し、犬に噛まれても助けを求めシャキーラと共に見知らぬ土地を何時間も歩いた。そのシャキーラがたどった方向をよく覚えていたことが監禁場所を特定しより早い警察の救助に導いた。
そしてその礎にはクラスの団結を促し、細かいことにも気を配ってとにかく生き延びようと訴えたスティーブンの姿があった。
困ったように頭を掻くアッバースを見据えたようにナラヤンが言う。
『神様の行動をしたのは皆の方だ』
<注>
・サンスクリット 南アジアにて古代より使われた言語。ヒンドゥー教聖典及び仏典の一部などに使用された。現在もヒンドゥー教の典礼言語として使われ、インド憲法による22の指定言語にも入っている。漢字表記では「梵語」
・バガヴァッド・ギーターはまさに戦争が始まろうとした時、武人のアルジュナが敵方に親戚や恩師を見て戦えないとクリシュナに訴えるところから始まります。対してクリシュナが武士として自分のなすべきことを行え、と信仰の真髄を授け、最後納得したアルジュナは戦場に復帰します。
(つまりナラヤンは自らをアルジュナに見立て神の意志に従って殺していると考えた)
※バガヴァッド・ギーターのサンスクリット表記はサイト「Bhagavad-gita.org」より引用しました。なお前出岩波文庫より引用の日本語文の傍点は筆者によるものです。
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